2017年01月25日

H.Prey The Schubert Song Cycles

この映像作品はこれまでずっと2枚組NTSC-DVDで流通していたが、やっとblu-ray1枚にまとめられ、発売された。
preybdschub.jpgHERMANN PREY
The Schubert Song Cycles
   「美しき水車小屋の娘」
   「白鳥の歌」(付:秋)
   「冬の旅」
   ドキュメンタリー

ヘルマン・プライ(バリトン)
レオナード・ホカンソン(ピアノ)
ヘルムート・ドイチュ(ピアノ)
(UNITEL-Cmajor Blu-Ray EU輸入盤)


PCMステレオ音声+ドルビーデジタル5.1ch、英・仏・西字幕。
この盤の場合、画質、音質共にこれまでと比べ特にアップしているわけでもないが、こうして新フォーマット発売があることで盤の消滅を防ぐことにもなっているわけだから、喜ぶべきだろう。
とにかくデータが荒れないうちにユニテルにあるシューマン、Rシュトラウスも早期にデジタル化願いたいものだ。

さて、この盤は「冬の旅」が1984年、「美しき水車小屋の娘」「白鳥の歌」が1986年の製作。
いずれもライヴではなく、貴族の小さな客用広間のような場所で収録されている。
暗めの間接照明の中、比較的親しげな空気感に演出されていて、リートに似合っている。

「美しき水車小屋の娘」
いつものようにすべて通常の版を使って、特に差別化ははかっていない。
ただ、例によって「仕事を終えた夕べの集い」の最終行のくりかえす単語が他の歌手と違う「プライ仕様」になっている事ぐらいだろう。
「水車屋の花」のピアノパートも、いつものプライだと3節目をオクターヴ上げて弾かせ「涙の雨」の前奏と繋げるのだが、ここでは慣用版へと戻し、弾き終えたあとに楽譜を開き直す間をおいて気分の転換をみている。
どちらかというと全体に淡々とした演奏で、感情の起伏も抑え気味だ。
冒険を避けたのは、これは観客を前にした1回限りの瞬間芸術ではなく、繰り返し鑑賞されるものであるということを強く意識してのことだろうか。
その割には細かい修正はなく、プライの発声の部分的なムラや、ピアノパートの微妙な傷がそのままになっている。
コンサート・ライヴとセッション録音の中間といった位置づけか。
プライは、この世代のバリトン歌手としては、「美しき水車小屋の娘」の演奏回数がかなり多い。
ザルツブルクやホーエネムス、そして来日公演でも度々歌っていた。
反対に、ディースカウなどはこの曲集を観客の前ではほとんど歌わなかったわけで、捉え方そのものが大きく違うのだろう。
田舎芝居のような詩と、民謡風の有節曲で占められたこの曲集の、どこに芸術的価値を見出すのか、という点で、アプローチの仕方が大きく変わるのだと思われる。
民謡曲に大きな芸術性を見出し、愛唱したプライだったが、それでもこの曲集には常に苦戦しているのがわかる。
シューベルトが曲に含ませた毒や棘が、プライの素直な表現を打ち砕こうと、待ち構えている。
それは常に意識しせねばならなかったに違いないのだ。
ここには70年代初めのエンゲルとの「天真爛漫」と言われた歌唱とは全く異なる世界が広がっていた。

「冬の旅」
プライにとってのシューベルト映像作品第1作として1984年に収録された。ピアニストは80年代に入って共演が多くなったヘルムート・ドイチュ。
こういった観客のいない準セッション録音は、作品への没頭はしやすいと思うが、独特の高揚感や熱気を生みにくい。ドイチュのピアノは冷静で、これまで録音されていた「逞しいリズムを打ち出すエンゲル」や、「理知的に詩と音楽を解釈するサヴァリッシュ」と全く異なっている。この頃のプライの評価として、急激に「落ち着いた歌唱を聴かせるようになった」と言われたりしたのは、まさにドイチュのテンポ感や音量バランスのとりかたにあったろう。実際、同じ頃でも別のピアニストとはいつもの「プライ的」な起伏や歌い崩しがあった。そう考えるとピアニストの作品アプローチはとても大きな要素なのだ。
この頃になると、プライは自らがシューベルトの自筆譜から校訂した版を使って歌っている。ただ、手稿譜のまま歌っているわけではなく、あくまで出版譜に手を入れるにとどめているようだ。音楽学者でないプライにとって、音符の位置の相違は明確でも、シューベルト独特の記譜法(フェルマータやアクセント等)に関して、どこまで自分の説を主張できたかはわからない。聴感上、それほど突飛なことにはなっていない。
「若い頃から何度も歌い間違えていると指摘された部分が、実は手稿譜では自分が歌っている通りと知り驚いた…」と、ボーナストラックのインタヴューでも語っている。
また、初期の頃から「最後の望み」のミュラーの原詩を参照した歌詩変更が特徴だったが、当然、ここでも反映している。
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ここでのプライは淡々と、歩行リズム制御しつつ、怒りすぎず嘆きすぎず旅をすすめている。
彼のいつもの解釈通り、「宿屋」では、それまで力なく足元ばかり見ていた主人公は、静かに未来を見据えるような前向きな力をふりしぼり、強く歌いきる。その様子が、涙を潤ませた表情と共に感動的だ。

「白鳥の歌」
こちらは1986年の収録で、ピアノはホカンソン。この映像に関してはVHS、LD、DVDと昔から広く流通している。声の調子としては残念ながら好調とは言えず「兵士の予感」などは少々乱れているし、なぜかホカンソンも「春のあこがれ」などいくつかミスタッチ気味になる部分があって、気にならなくもない。
リートの歌唱映像は、今でこそ数多く目にすることができるが、この録画の頃はとても貴重だったわけで、これ位の演奏の傷で価値が揺らぐものではなかったろう。
ここでは同じ頃録音のビアンコーニとのDENON盤と同じく、レルシュタープ部分に「秋」を加え、15曲版として歌っている。
できればリサイタル時のように、「戸外で」「あこがれ」「月にさまよう人」「窓辺にて」に「鳩の使い」を並べ、ザイドルグループを構築してほしかった。その形での録音を最期まで残さなかったのが残念だ。色々な歌手の「白鳥の歌」を聴いたが、あれほど「鳩の使い」がしっくり収まっている例は思いつかないぐらいだ。
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ボーナストラックとして、スタジオで収録したと思われる各曲集の簡単な紹介と、長めのインタヴュー・ドキュメンタリーが収録されている。内容は生い立ち、少年合唱団時代、ダンスホール歌手時代の話、リート歌手として「冬の旅」の発見エピソード、バイロイトの思い出、2つのフィガロ役のこと、パパゲーノのこと…どれも短くエディットされているが、ユニテルのオペラ映像作品からの部分映像や、バイロイト初舞台の様子、演出にチャレンジした際の様子など、ちょっと珍しいシーンも織り交ぜて飽きさせない構成になっている。特に難しいことは言っていないが、日本語字幕がないのが残念。あればもっと楽しめたのに…と思った。
posted by あひる★ぼんび at 23:44| Comment(4) | プライ

2017年01月21日

春の合宿を考える!

今年も春の合宿を考える時期になった。
会員数が減ってしまい、かつての「中高生合宿」や「中高青合宿」という名称では難しくなってしまった。
基本的なコンセプトは継承しつつ小4から参加可能な「春の高学年合宿」として実施のはこびとなった。
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にがりの会の場を借りての事実上の実行委員会発足。
まゆちゃんの「卓球やりたい」
けっけの「温泉はいりてぇ」の2点はまず実現に向け計画にin。
場所は秩父の温泉宿梁山泊に決定。4月の頭の土日。
僕はその日は抜けられない仕事なので、終業次第に駆けつけor不参加になりそうだ。
残念ながら^^;
熱く計画を語り合ってるゆえか、エアコンつけ忘れ。
みんな厚着のままだった^^
まぁ、クーラーナシのバスで夏のキャンプに行ったメンバーだ。
それぐらいの難行苦行はなんのそのか。

とにかく、こういう行事は続けることが重要。
やりたい子がいる限り、絶やしてはいけない。

***
駅に「3月のライオン」仕様の電車。
きゃりぱみゅ仕様や999仕様に比べると地味なのはごく短期間の運用だからかな。
あ、でも暗殺教室仕様は結構頑張ってたよなぁ。
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posted by あひる★ぼんび at 23:32| Comment(0) | 劇場

2017年01月19日

芸術家の肖像〜アリアとリート

prey2292.jpegDas künstler-porträt
セヴィリアの理髪師/フィガロの結婚/ドン・ジョヴァンニ/
皇帝と船大工/刀鍛冶/ジプシー男爵/
ガスパローネ/ボカッチョ からのアリア
ベートーヴェン・シューマン・ブラームスのリート/
ドイツ民謡2曲

 ヘルマン・プライ(バリトン)
 スウィトナー/ザノテッリ/ヘーガー/アラース
 レーハン/ベルク/ミハルスキ(以上指揮)
 ムーア/エンゲル/メルツァー(ピアノ) 他
(Crystal-prisma LP ドイツ輸入盤)


これはオリジナルのリサイタル盤ではなく、再発廉価の編集コンピレーションなので、紹介するほどのものではないかもしれない。しかし、CDに比べるとずっと扱いが面倒なLPならでは、というか、編集者の工夫が読み取れるようだし、また、収録時間が短めなので弛緩なく楽しめる。
集められているのはプライが1957年から1968年の11年間にエレクトローラに録音したオペラ、オペレッタの全曲盤やオリジナル抜粋盤、そしてリートのリサイタル盤から数曲。
構成としてA面はオペラアリア、B面はリート4曲のあとにブラームスの民謡編曲1曲、続けて民謡2曲、そのあとオペレッタナンバー。
LPはCDほど自在に曲をスキップできないので、たぶん多くの聴き手は一度針を乗せたらその面は最後まで聴ききる・・・そんなふうに通して聴くことを想定して、変化をもたせようという工夫が見られる。
プライ自身がアルバムを作るときは自身で曲目曲順をプログラムするのが常だったが、それはこういう盤ではあり得なかった。が、もともとプライのプログラムの感性は素直なので、「彼ならたぶんこうする」の想像は難しくはない。ぐちゃっと集めただけでなく、それなりのポリシー(戦略)で並べることの大切さを感じる。その意味ではこの盤は合格点だろう。

ジャケットの、まだ若いプライのポートレートを眺めながら、歌う喜びに溢れた若々しい歌声を聴くのは本当に楽しい。
こういうのはそれぞれの全曲盤とは違った印象で楽しめるし、曲の並びと組み合わせでオリジナルとは異なって聴こえるものだ。録音状態が曲ごとに違っても、気にしない…気にしない癖をつければよい。
それも含めて、面白さを見出してしまったら、それはもう抜け出すことが困難な「ドロ沼」である^^
自分は見つけるたびに望んで飛び込んできた。抜け出したくもない。
こういうアルバムの場合、特にCD化の必要はないだろう。
むしろLPだからこそ楽しめるのだと思えた。
posted by あひる★ぼんび at 23:16| Comment(8) | プライ

2017年01月15日

和太鼓ワークショップ

「野老太鼓の皆さんと太鼓をたたこう!」というイベント。
今月末の例会事前ということで小手指公民館を会場に行われた。
参加者の出足はあまりよくなかったが、運営さんと太鼓サークルの方々の柔らかい雰囲気で
楽しいワークショップになった♪
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まずは腕前披露。子ども達は真剣に聴き入っていた。
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日本の伝統楽器にもかかわらず、案外とその存在が遠くなっている「和太鼓」
なによりもまず触れてみること、叩いてみることが大切。
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ということで、あまり難しい要求はなく、きちんと初歩の初歩を教えてもらえた。
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ワークショップのあとは調理室でおしること甘酒で一服!
ワタクシはどちらもニガテでして^^;
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腹ごなしに風船バレー。
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大きい風船は滞空時間が異様に長い。
運動神経や年齢が問われない遊びなのでこれはおすすめであります^^

例年の「劇場新年会」とはカラーが違ったようだけど、こういう集まりは本当に良いと思う。
posted by あひる★ぼんび at 23:45| Comment(0) | 劇場

2017年01月08日

久々の鎧飾り補修改造!

今日は悪天候で気温も低く、わざわざ出かける気もおこらなかったので…
久々に鎧飾りの補修改造。

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この鎧飾りの製作者さん、すいません。手を加えてます!!
模型作り趣味の餌食にしてしまいますっっっ!

とりあえず今日は、鎧の背中の「逆板」を製作して取り付け、一番下の小札の糸を赤く染めてみた。
5月人形飾りの鎧はほとんどの場合、「逆板」が省略されている。
実際に着るわけではないので、要らないのだが、こだわってしまうと見た目でもこれが欲しくなる。
また、日本人の宗教的慣習からルール化していた下段の赤糸、
これも5月人形ではデザイン上、自由な色が多くなっている。
神道に基づく魔除けなのだから、丹、つまり必ず赤色か朱色(緋色)でなければならない。

また、兜の鍬形台もはずし、シンプルに。
これも人形飾りでは派手な大鍬形、獅子や龍まで付けたりしたものが多いが、平安末期・鎌倉初期の鎧兜では、鍬形は大将印として良いとしても獅子や龍はまずあり得なかった。
何もつけないか、丸い金具をうつ程度が一般的だ。

今回参考にしてるのは東京御嶽神社の重要文化財の大鎧の写真等。
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今日はここまでにしておいて、次は胴の右の壷板、蝙蝠付製作。
そして一番のポイント、前面の「弦走韋」。さてどうなりますか。

(部品名がマニアックでごめんなさい。わかりませんよね〜。でも説明はここではしません^^;)

日本の伝統文化と美的感覚が生んだ、「世界一優美な武具」大鎧。
日本人ってすごいと思う。


posted by あひる★ぼんび at 22:31| Comment(0) | 日記

2017年01月04日

プライ1回目の「冬の旅」録音

プライにリートを歌う「意欲」と「決意」を作ったのは1948年、ディースカウがリサイタルで歌った「冬の旅」を聴いたことだったという。
この件については以前もこのブログで取り上げたが、これは「意欲」というより自分自身に対する衝撃的な危機感だったようだ。
プライにとっては、レコードで楽しむシュルスヌスは「憧れ」であり、いつか到達可能な夢の形だったろうが、目の前で同世代の男が、考え得る最高の歌を聴かせている姿は…自分の夢に疑問を持つほどのダメージをくらったようなのだ。

しかしプライは不安に負けなかった。
「劇場専属オペラ歌手」としてデヴューしたプライがリートリサイタルを開催できるようになるまでは数年を待たなければならないが、ドイツ語版イタリアオペラやローカルなジングシュピールを歌う傍らで「夢」にむけての勉強を怠ることなく続け、やがて劇場契約を持たないフリー歌手になり、ついに才能を開花させた。

プライは1952年にリサイタルの舞台に初めて「冬の旅」をのせるが、レコーディングまでには更に10年程準備をしている。そして、60年代初め「冬の旅」をエレクトローラにセッション録音する。
ピアニストは同世代のカール・エンゲル。ディースカウの「冬の旅」の衝撃体験から10数年が過ぎていた。
綿密な準備で作られたこの録音はプライ初期の代表的名盤として今でも聴かれ続けている。
(ちなみに1965年にはザルツブルク音楽祭でブレンデルと「冬の旅」をやっている。61年「ベートーヴェン」62年「美しき水車小屋の娘」同様、このコンビは解釈問題での対立が顕著で、それでも何年にも渡って何回も共演させたのは本人たちの意思ではなく、商業的事情だったのだろう。若い彼らはまだまだ我儘のいえる立場ではなかったわけだ)

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シューベルト:冬の旅 D911(全曲)

ヘルマン・プライ(バリトン)
カール・エンゲル(ピアノ)
 (東芝 2枚組 LP 国内盤)




これはまだこのアルバムが「最新録音」扱いだった60年代の日本国内盤である。
この頃のLPは片面の収録時間が短いので程良く集中して音楽を楽しめる。
昔、父が、ヒュッシュのSP盤「冬の旅」は20枚組だったよと言っていたが、それはちょっと困るけれど・・・CD、DVD、BLU-LAYとメディアは進化し、収録できる時間もとんでもなく長くなったが、人間の集中力はたかが知れているわけで、最適収録時間のLPの発明普及はそのまま音楽文化の発展に寄与したことは間違いない。
2枚組、赤透明のエバーグリーン盤。これも以前書いたが塩ビ素材に静電防止剤を多く練りこんで、通常の「不透明黒」ではなく「透明赤」の色素が使われた。この業界で現在も延々続く「素材違いによる音質改善をセールスポイントにする」そのはしりみたいなものだ。この頃、東芝はいわばフラッグシップ規格にこれを持ち込んだ。確かに静電気はおこりにくいようだが、正直なところ、それ以外の効果は理解の外だった。
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この盤のジャケットデザインは、当時の外盤のディースカウの「冬の旅」の完全な使いまわし。次の再発からは別ジャケットに変わったが、この安易さは、日本での当時の立場そのものなのかな?ディースカウなんてほとんどが布や化粧紙貼りのBOXなのにねぇ^^;
演奏そのものは高評価だったようで、LP時代もCD時代も何度も再発売を繰り返している。

このプライの「冬の旅」の話にもどる。
若き日のプライの歌唱はいつでも前のめりで、少々リズムが流れる傾向があった。この盤の場合、エンゲルがしっかり止揚をかけていて、アクセントも整えてくれている。ディースカウと共演していたヒリングや常に分析的なムーア、自由なデムス…彼等よりお見事…というか、プライの特質に合致しているピアノを聴かせている。
この盤の西野氏の解説(なぜかそこにはヒュッシュとディースカウのことばかり^^;)にもあるのだが、なぜかこの録音でのプライは各詩句語尾の子音をあいまいに発音していて、「独白」状態を演出している。その分エンゲルがそれを受け止め、全体の輪郭バランスをつけている。
また、シューベルトが改変したとされる詩を原文に戻して歌っている。このことはあまり話題にならなかったようだが、実際大きなチャレンジだった。
まだピリオド的研究が流行する前のものなので、ピアノパートや表情記号の検証などは行われていないが、プライはこの後、手稿楽譜を細かく検証したクリティカル・ヴァージョンを成立させるそのスタートとなっている。のちにその版は80年代にDENON録音で披露することになった。

プライの「旅」の主人公は、悲しみの中にはいるが、それほど絶望していない。
城門前の噴水の「菩提樹」を越え、雪の荒野に歩みを進めるうちに「とんでもないことをしてしまった!」と気付く様子なのだ。
絶望し、諦めた人間は喜怒哀楽が薄くなるはずだが、プライは常に濃厚な感情を読み込んでいる為、音楽があちこちで「平坦」を演出していても「生きてやる!」と抵抗を続ける。
後半に至って、さすがに放心が起こるが、それとて、「宿屋」で自分の心の意思(必ずしも希望ではないけれど)を確認し解脱を試みる。もちろん、それは魂が体からの開放されることなのか、逆に死からの決別かはわからないが、プライは晩年に至るまで、ここに強い意志と決意を織り込んでいる。
だから、最終曲の老音楽師との足取りも決して重くはならないのだ。死だけを道連れにしていた旅に、横を歩く友が出来た。主人公よりずっと深い苦難を歩いてきた老音楽師。行く末は見えないが、その存在は将来を映した鏡でもあったろう。

生きることは死ぬことより辛く、困難さがつきまとう。実は、死ぬのは簡単なのだ。
まして極寒の冬であれば、黙って動かなければ本当に簡単に死ねる。
ではなぜ、主人公は歩き回る?
死に場所を探しているのではなく、生きたいのだ。
思いを巡らし、もがき葛藤するのは生きることを諦めていないからだ。
「冬の旅」は主人公が「旅をしている」限り、本当の諦念はない。
プライ自身はこの旅が冥府への道であることを否定していないが、同時に、必要以上に低く移調して歌うことは暗く重くなり、シューベルトの調選択の意図に反するので注意すべき…とバスやバリトン独唱にありがちな陰鬱設定に警鐘も鳴らしている。
常に生を意識させるプライの解釈は、真っ当で理屈に合っていると思う。


posted by あひる★ぼんび at 20:40| Comment(4) | プライ

2017年01月01日

2017年、あけましておめでとうございます。

今年は晴れ!電線越し、マンションのうしろから、初日の出。

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皆様、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします!

2017年。世の中いろいろあるけれど、こうして元旦の朝を迎えられたことが何よりも嬉しい。

ちょうど初日の反対側、朝の光を受ける真っ白な富士山もきれいだった。

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まもなく街はいつものように賑やかに活動を開始するのだろう。

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正月早々、今朝は体調がよろしくない。全く困ったもので・・・とにかく、今年は健康を回復したい。
今のままでは、やりたいことや望んでいることも実現できない。度々、思っていることと違う選択肢を選ばなければならない。
でも、こういうのは自業自得、自分のことを後回しにしてきたツケみたいなものだ。
「回復・改善努力」何よりもそれ。今年はまずそこからだと考えている。

posted by あひる★ぼんび at 12:04| Comment(4) | 日記

2016年12月23日

聖夜〜シャウシュピールハウスのクリスマス

「シャウシュピールハウス」は旧東ベルリンにあった伝統ある劇場で、東ドイツの代表的音楽ホールのひとつだった。
現在の統一ドイツになってからは「コンツェルトハウス・ベルリン」の名称で存続している。
このDVDは「シャウシュピールハウス」でのクリスマスガラコンサートの収録で、ドイツのテレビ局が放映するために製作したものらしい。

dvd2aa.jpg聖夜〜シャウシュピールハウスのクリスマス
  ドレスデン国立歌劇場管弦楽団
  フェルディナンド・ライトナー(指揮)
  テルツ少年合唱団・合唱隊
  ザゴールスク修道院聖歌隊
  ドリス・ゾッフェル/ヨッヘン・コヴァルスキー
  ヘルマン・プライ/ジークフリート・イェルザレム
  ギュトラー・ブラス・アンサンブル 他
(ARTHAUS DVD EU輸入盤)

  

これにはどこにも収録年の記載がない。再発売盤の宣伝資料では1990年ということになっているが、画質や、出演者の容姿を見るとドイツ統一直前の収録の可能性もありそうだが、詳細はわからない。
一夜のコンサートライヴの所々にクリスマス前後のドイツの雪景色のイメージ映像が挿入されていて、バイエルン放送の「ヘルマンプライ共にクリスマスを」を思い出させ、雰囲気は上々だ。

ジークフリート・イェルザレム
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ドリス・ゾッフェル
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ヨッヘン・コヴァルスキ
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画質が旧東ドイツのアナログTVクォリティなのが少々残念だが、トランペットのギュトラーや、イェルザレム、コヴァルスキなど、まだまだ皆若々しい容姿で、ライトナーも元気そのものだ。
ゾッフェルやコヴァルスキの声の後にイェルザレムのテノールを聴くとやけに太い声に感じたのだが、きっと耳の錯覚だろう。現場ではどう響いていたのだろう。ヴァーグナー・テノールでありながら、オペレッタでも人気が高かった彼である。空気感の大きな響きは録音マイクに乗り難いものだからだ。
その辺はプライの声が録音と生では印象が大きく違うことでも感じる部分で、人間の声が持つ幅広く複雑な周波数をそのままとらえるのはとても難しいことなのだ。
合唱はテルツ少年合唱団&合唱隊。清らかで丁寧に歌っている。ゲルハルト・シュミットガーデンの元気すぎる位陽気な指揮が面白かった。さすが、子ども達をまとめる特殊技能を持った人だ^^
珍しいのは他メンバーと少々異質なロシア正教会のザゴールスク修道院聖歌隊が参加して10分ほど歌っていることだろう。

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音色も見た雰囲気も「黒」。
クリスマスはドイツプロテスタントだけのものではないと言う所だろう。敬虔な祈りを感じる演奏だ。

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プライの容姿はこのメンバーの中ではすでに大御所の貫録が出ていて驚くが、声は変わることのない若々しさでフィナーレ近くの3曲に参加している。
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ラストは出演者全員で「聖夜」をおごそかに歌う。
本当に、パーティ的な騒々しさの全くないコンサートだった。
特別なショー演出皆無、出演者のトークすらなく、ナレーションも入らない。全員が真摯な態度と表情で敬虔なクリスマスコンサートを作っている。

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このDVDはほぼ同時期に輸入盤・国内盤違うパッケージで流通し、何度か再発売されている。
自分は輸入盤しか持っていない。
収録曲は必ずしもクリスマス音楽ではないが、しみじみと静かに過ごしたい方には最適なDVDだ。
何より、こんなコンサートに参加してクリスマスを過ごしてみたいと思った。
<収録曲>
1. 扉を開けよ(フライリングハウゼン)
2. ばらの花咲き出でぬ(エサイの根より)(プレトリウス)
3. アヴェマリア(グノー)
4. ユビラーテ「主に向かって喜びの叫びをあげよ」(プレトリウス)
5. 聖らに星すむ今宵(アダン)
6. 甘き喜びのうちに(プレトリウス)
7. クリスマスオラトリオより「心からの喜び」(バッハ)
8. ロシア正教会聖歌3曲
 (アミン,栄光は父と子と/主は神なり,我等を照らせり/今,処女は永住の主を生む)
9. 管弦楽組曲第3番よりアリア(バッハ)
10. クリスマスオラトリオより「道を整えよ」(バッハ)
11. ハープ協奏曲変ロ長調op.4-6から第1楽章(ヘンデル)
12. オンブラ・マイ・フ(ヘンデル)
13. シェメッリ歌曲集より「やさしくも愛らしき」(バッハ)
14. キャロル「ヨゼフ,愛するヨゼフ」(14世紀古曲)
15. マカベウスのユダより「見よ,勇者は帰る」(ヘンデル)
16. 聖夜(グルーバー)

posted by あひる★ぼんび at 23:57| Comment(4) | プライ

2016年12月22日

ハンプソンの叙情的間奏曲

ハンプソンはレナーテ・ヒルマール=ヴォルトという研究者と共に、ベルリンの国会図書館で、シューマンの手による楽譜原稿を発見した。
「抒情的間奏曲からの20のリート」と題された、いわば「詩人の恋の初稿」である。
曲はEMIから事実上の世界初録音としてリリースされた。1994年10月のことである。

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シューマン:ハイネの詩によるリート集
*リーダークライスop24
*哀れなペーターT-V
*叙情的間奏曲からの20のリート

トーマス・ハンプソン(バリトン)
ヴォルフガング・サヴァリッシュ(ピアノ)
(EMI EU輸入盤)




いかにも推敲前の散漫さを感じるその曲を初めて聴いた時、「詩人の恋」全16曲へと改訂して大正解!と思ったものだ。
現行版と著しく異なる第1曲からして粗野で、各曲のメロディもオプション部分を使わないので音域が狭く、とにかく地味に響いていた。
ハンプソン自身も探りながらだったのだろう。サヴァリッシュのやけに冷静なピアノと相俟って、慎重きわまりない歌唱だと感じた。

そのときから10年以上たった2007年12月ミュンヘンでのライヴを収録したのがこのDVDだ。
hanpschum.jpgシューマン:
「ケルナーの詩による12のリート」op.35
「ハイネの抒情的間奏曲からの20のリート」

トーマス・ハンプソン(バリトン)
ヴォルフラム・リーガー(ピアノ)
( EUROART-UNITEL DVD オーストリア輸入盤)





ここでの歌唱は、以前のそれとはまるで対照的な、オペラティックで劇的・積極的な音楽だった。
唾は塊となって飛び、額のみならず顔中汗まみれ。クリスマス直前真冬の収録だというのに…
これは迸る感情が体内で飽和して溢れているのだろう。終始、世にも恐ろしげな怒りの表情。
心の内側を彷徨うことと、表面への放出を繰り返しながら、精神崩壊ギリギリなのでは?と心配になるほどの熱唱だった。
ピアニストがサヴァリッシュからヴォルフラム・リーガーという人に代わったことだけが理由ではないだろう。
10年歌いこんでハンプソンが得た「解釈」なのだと思う。

Im wunderschönen Monat Mai (美しい五月に)
Aus meinen Tränen sprießen (僕の涙から)
Der Rose, die Lilie, die Taube, die Sonne (ばら百合鳩太陽)
Wenn ich in deine Augen seh' (君の瞳を見つめる時)
Dein Angesicht (君の顔は→のちのOp.127-2)
Lehn' deine Wang'(君の頬を寄せよ→のちのOp.142-2)
Ich will meine Seele tauchen (僕の心を潜めよう)
Im Rhein, im heiligen Strome (ライン川、その聖なる流れに)
Ich grolle nicht (僕は恨むまい)
Und wüßten's die Blumen, die kleinen (花がわかってくれたなら)
Das ist ein Flöten und Geigen (あれはフルートとヴァイオリン)
Hör' ich das Liedchen klingen (あの人の歌を聞くと)
Ein Jüngling liebt ein Mädchen (ある若者が娘に恋をした)
Am leuchtenden Sommermorgen (まばゆい夏の朝に)
Es leuchtet meine Liebe(僕の愛は輝き渡る→のちのOp.127-3)
Mein Wagen rollet langsam(僕の馬車はゆっくりと→のちのOp.142-4)
Ich hab' im Traum geweinet (僕は夢の中で泣いた)
Allnächtlich im Traume (夜毎君の夢を見る)
Aus alten Märchen winkt es (昔話の中から)
Die alten, bösen Lieder (古い忌わしい歌)


曲の構成としては「詩人の恋」の16曲に「君の顔」「君の頬を寄せよ」「僕の愛は輝き渡る」「僕の馬車はゆっくりと」の4曲が加わっているだけなのだが、幾つかの曲は現行版とは異なるメロディをもっていて、当然、表現の方向性も違って聴こえるのだ。

ハンプソンの解釈では、意外にも、怒りの頂点とも言える曲が「僕は恨むまい」ではなく「あれはフルートとヴァイオリン」にあった。
そこには聴きなれた現行版の歌謡性は全くなく、朗唱スタイルで怒りをストレートにぶちまけている。
また、「僕の馬車はゆっくりと」の最後の音に続けて「僕は夢の中で泣いた」が歌われることで、この夢は馬車の中での白昼夢、ピアノパートには車輪が踏む石のゴツゴツとした衝撃、なんだか納得のいく状況だと思った。
明るいはずの「僕の恋は輝き渡る」も「ある若者が娘に恋をした」も皮肉と自虐にあふれ、すべてに邪気と死の影が憑りついている。ハンプソンの魔王のような表情も恐ろしい。憑依されたような異様な目・・・。
最後の2曲も、世間で言われるような落ち着いた詩人の「恋の回想」などではない。
怒りの極致の放心と完全な崩壊である。故に、ピアノの後奏のなんと哀しいこと。
こうなるとこの曲集はシューマンにとっての「冬の旅」のようにも聴こえる。
それは共に旅する楽師もいない、永遠に孤独な「心の旅」だ。

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    知っているかい この棺桶が
   こんなに大きく重いわけを
   僕は この中に僕の愛と
   僕の苦しみを ともに沈めたのだ・・・
   
   (終曲Die alten, bösen Lieder最終節より)




シューマンはクララとの恋が成就したそのタイミングでなぜこの曲を書いたのか。
それは「詩人の恋」の形態では感じることのなかった、大きな謎である。
多くの解説に「少々色合いの異なる4曲を省いて・・・」とあるが、それだけではないだろう。おそらくコンセプト自体の大転換だったのだ。
スターピアニスト・クララと人気上昇中の音楽家ロベルトが結婚直後にこの形でこれを世に出すのは、あまりにも不吉と思えたのだろう。ゆえに4年ほど温め、物語の体裁を整え、メロディに歌謡性を加えて発表したのでは…と思えるのだ。
結局、数年後には本当に精神崩壊がはじまり、10数年で自らを葬り去ることになるのだが・・・すでに何か予見していたということなのかもしれない。

もう1点、このDVDで、ハンプソンの人気の秘密がわかる気がした。それはCDを聴いていたのではわからない部分で、観客を前にしての高揚と緊張をいかに自分の芸術と結びつけるか、という才能だ。
プライやディースカウの実演でも感じた、大家の必要条件。ハンプソンも大家への道を歩み始めたのだと確信できた。

音楽そのものとは関係ない事だが、最後の拍手があまりにも早すぎる。
ハンプソンが現実世界に戻ってくる前のフライングブラヴォー。
全てを台無しにしかねない蛮行だ。正直、バカ野郎!と思った。
昔、プライのコンサートで「美しき水車小屋の娘」の最後の音が消える前にやらかしたやつがいたが、あの時は怒りより残念さで眩暈がしたものだ。パドモアのリサイタルでも大いびきをかいているオジサンがいた。本当にあなたは何を聴きに来たのですか?!とつくづく尋ねたくなる。
posted by あひる★ぼんび at 23:11| Comment(2) | 音楽

2016年12月17日

にがりの会年末恒例鍋会2016

今年もいつのまにかそんなシーズン。
毎年末恒例、一種の忘年会。
材料持ち寄りなので毎年大変な「かたより」を起こすのだけれど、今年は少々「ニンジン祭」、そしてけっけが持ってきた大量の「餅巾着」祭りだった。
自分はきりたんぽ、生タラ、鶏肉だんご、スライス餅、きのこを持参。
予定していたメンバー(セントストマックwつばさとか、きらとかけいとか)が
風邪やら多忙やらで来られなくなったりで、ちょっと残念だったけど、
わーたん一家やみねちゃんも加わって、にぎやかに雑談の中であっという間の3時間だった。
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自分はどうも体調が思わしくなく、材料を提供してそこにいただけで、一口も食べられかった。
お茶すら飲む気がおきない、なんとも強烈なだるさとめまい。
ただ、おいしそうに食べるみんなの様子を見ているのは本当に楽しかった^^
今年は戸田シェフがいたから具や汁の補充も気にする必要がなかったし♪

ほんと、結局今年は終始健康状態に悩まされてしまったわけだ。
来年はとにかく健康に過ごしたいなぁ・・・。
posted by あひる★ぼんび at 23:41| Comment(0) | 劇場