2017年06月26日

プライのヴォルフ・アイヒェンドルフ

山歩きが好きで、ドイツの深い森を愛好したプライは、その風景をふんだんによみ込んだアイヒェンドルフの文学に愛着を持っていた。
その詩が「リート」になる時、より強靭な生命を得たと感じたことだろう。
歌謡性と幻想のバランスの良いシューマンの諸作品と、ドイツ語の響きやその心理の奥を読むような、リートの醍醐味を感じさせるヴォルフの諸作品は特に好きだったようだ。
彼のリート録音の初期のグループの中心にそれらがあったのも納得できる。
プライは1952年にリートリサイタルを開始している。レパートリーは彼の感性にマッチしたシューベルト、そしてレーヴェとシューマンの有名曲。
そこにヴォルフを加えるべく勉強を続けていた。プライとして自然に歌うことのできたシューベルトに比べると、ヴォルフの少々屈折した世界は細かい分析と綿密な練習が必要だったのだろう。

彼はまず、アイヒェンドルフとイタリア、スペインから手を付けている。
このリート・デヴューから60年代初めのプライの歌唱は、幾分声に頼って情緒に流れる傾向があった。
その特徴は、口うるさい評論家の批判のターゲットにされがちではあったが、それは常に「歌を聴く喜び」を与えてくれるものだった。
美声であるからこそ、湧きだす感情や淡いメロディに込めたロマンの香りを感じ取ることができる。
後に声に落ち着きを加えてからは、旋律より言葉の比重が高く演劇的なメーリケへの付曲を多く歌うようになっている。
いずれもプライの甘く若々しく、なおかつ深い声が、かくもヴォルフを深刻さと難解さから掬い上げているのが、作曲家と演奏家の時を隔てた幸福な邂逅と言えるだろう。

ヴォルフはシューマン以上に集中的(偏執的?)な作曲方法をとるのが常だったが、「アイヒェンドルフの詩によるリート集」は作曲時期に比較的幅がある。最初期は1880年、連作集を計画するも頓挫、1886〜88年に再び取り組むが、連作扱いにはしなかった。各曲に気分の共通性はあるものの、有機的に綿密に動機を結び付けたり、調性を綿密に配置して全曲に統一感を持たせる配慮はない。したがって「美しき水車小屋の娘」や「詩人の恋」のように、全曲を通して歌われることが絶対条件ではなく、リサイタルやアルバムでは数曲が抜き出され、自由に配置されることが多い。

プライ1回目の「アイヒェンドルフの詩によるリート集」
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ヴォルフ:アイヒェンドルフの詩によるリート(18曲)

ヘルマン・プライ(バリトン)
ギュンター・ヴァイセンボルン(ピアノ)

(COLUMBIA 10in.LP ドイツ輸入盤)




収録しているのは、一般的に知られる全20曲から女声用2曲を省いた18曲。
リリースは10インチ(25p)モノラル盤だった。
ジャケット上に録音データがなく、いつ録音されたものか正確には掴めないが、後の資料等から1957年〜58年、ベルガーの歌唱と組み合わせた「イタリア歌曲集」と同じ頃のものと思われる。
50年代は、こういうふうに1人の歌手が1人の作曲家の作品をコンプリート的に録音するというアルバムがやっと登場し始めた時期だった。
ドイツ敗戦で頓挫したドイツリートプロジェクト以来、33と1/3回転12インチ、10インチ盤が普及して実現しやすくなったのだ。
また、天才歌手ディースカウの登場と、すでにピークを過ぎてしまった大御所ラウハイゼンに代わり、幅広いレパートリーを持つムーアや、若手のヴァイセンボルンらが活躍を始めた時期でもあった。
この盤は「イタリア歌曲集」同様、再発売の機会に恵まれなかったようで、他種はまるで見かけない。
まとまった形では埋もれたままで、CD化もされていないのが惜しまれる。

東芝が60年代終わりにリリースした巨大プロジェクト「ドイツ歌曲大全集」のヴォルフの巻の中で、20曲中前半10曲をプライのこの1回目の録音で収録している。「郷愁」以降後半10曲はディースカウの録音を使用している。すでにヴォルフについてもスペシャリストの域だったディースカウを差し置いてプライに占有させるわけにはいかなかったのだろう。
もちろん、ディースカウは非の打ち所のない立派な歌唱なのだが、こうして並べると、解釈と落ち着きではディースカウ、しかし、声の幅や勢いの点ではプライが勝る。
そして全く異なる色彩の風景が広がっているのを感じる。それを実感したセットだった。
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ドイツ歌曲大全集第9巻〜ヴォルフ第2集
〜メーリケとアイヒェンドルフの詩によるリート

エリーザベト・シュヴァルツコプフ(ソプラノ)
ヴィクトリア・デ・ロスアンヘレス(ソプラノ)
ヘルマン・プライ(バリトン)
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
ハンス・ホッター(バスバリトン)
(東芝EMI LP4枚組 国内盤)


このBOX以外では、各種のオムニバスやコンピレーションに1〜4曲、バラバラに収録され必ず顔を出す録音だった。そんな「穴埋め素材」のような扱いはCD時代に入っても変わらない。
当時のプライの艶やかな声と率直な感情表現、ヴァイセンボルンの鮮やかなタッチが高評価を受け、愛聴する人も多かったようだ。そんなふうに、演奏の存在価値は誰からも明白だが、この扱いは何か軽く見られているようで、はなはだ残念だ。


同リート集2回目の録音は1968年と70年。ピアノはコンラート・リヒターだった。
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ヴォルフ:アイヒェンドルフの詩によるリート(20曲)

ヘルマン・プライ(バリトン)
コンラート・リヒター(ピアノ)

(EMI LP 国内盤)





こちらは前回同様女声用2曲を省き、そこに遺作2曲を加えている。
解釈としては基本的な変更はないようだ。美声はそのまま、リズムが流れてしまうことがなくなり、多くの聴き手が期待するプライの姿が明確になっている。
1960年代後半から共演回数が多かったリヒターだが、このコンビでの録音物はそれほど多くなく、リサイタルライヴ盤と名曲集などが短い期間にDECCAに数点残されただけだった。
プライは常に「共に歌うピアニスト」を求めたが、その意味でもリヒターとは相性が良かったようだ。
この盤は「忘れがたき名演奏」として取り上げる評論家も多い。
1971年、2度目の来日記念盤としての「最新録音」のリリースだった。
この日本盤LPのライナーでは「ドイツ歌曲大全集」に収録した旧録音との比較が述べられているが、この新盤を圧倒的に褒めているわりに、あちこちのオムニバス盤で耳にできるヴォルフ録音はこのリヒターとのものではなく、1回目のものが多かった。
充実度ではこの録音のほうが上かもしれないが、若々しい瞬発力と鮮やかさの点からそうなったのだろう。
しかもこの盤がCD化されたのは追悼盤としてが初めてであり、その後の再発もない。
ヴォルフは、日本人にはやはり高いハードルなのかもしれない。

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ヴォルフ:アイヒェンドルフの詩によるリート(20曲)

ヘルマン・プライ(バリトン)
コンラート・リヒター(ピアノ)

(EMI 国内盤)




音の印象がLPとCDではかなり異なるが、そこは一長一短…マスターは今後劣化していくだろうから、まあこのタイミングでCD化されたのは大きな意味があったと思う。

その後、フィリップスのエディションでも数曲取り上げているが、まとまったものはリヒターとの盤を最後に、晩年になってもついに録音しなかった。
プライは「リートもオペラの各役も、歌うにふさわしい年齢があるものだよ」と言っていたことがある。
プライ自身「ヴォルフのこれらのリート集には若者の声がふさわしい」と考えていたフシがあり、そのため一定年齢を越えてからは歌うことを避けたようだった。
全曲網羅主義でなかったプライらしいと思う。

posted by あひる★ぼんび at 23:23| Comment(12) | プライ

2017年06月24日

キャンプ実行委員会進行中

今年もキャンプ実行委員会が発足。
対象者の減少とレギュラーメンバーの多忙、時代自体の大変化で年々実行が困難になる中、それでもやりたい気持ちを持ち寄って、こうして続けている。貴重な行事のひとつだと思う。

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かつての100人規模、50人規模と現在の20人前後(ひと班規模)のキャンプが同じ方法で運営できるわけではない。
でも、やりたいと思う内容そのものは変わらないのだから、それが難しいのだ。
その難しさをどうクリアするかを話し合う場にもなりそうだ。
筏遊びはとっくに出来なくなり、打ち上げ花火禁止が一般的になり、直火の炊事が出来る場も減った。
キャンプファイヤーも難しくなりつつある。
昔キャンプで魅力だった部分が規制で蝕まれていく。
行う側の良識と良心に基づいて実行されていた内容は、現在は通用しなくなっている。
続けてきたキャンプは「仲間と共に自然に親しむ」ものだが、親しむといっても「自然」つまり「環境」にとっては必ずしも優しくはないのは事実。それでも、そういう自然へのごめんなさいを通して、その大切さや愛しさを学ぶ。そして、多世代で行動することで「生きること」を学ぶ。

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僕は今年のキャンプについては、説明会もディキャンプも当日も参加できない。
とても残念だ。

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まもなく、いわゆる「共謀罪」に関する法律が施行される。
反対派の不安は拡大解釈で、すべて杞憂であると言い切る政権だが、果たしてそうだろうか。
世の中はどう動くのだろう。
posted by あひる★ぼんび at 23:56| Comment(0) | 劇場

2017年06月17日

プライ最初のミュージカルナンバー集

多くのドイツ人にとって、オペレッタやジングシュピールは身近な娯楽だった。
19世紀から綿々と続き、戦中戦後も咲き続けたこの「芸術の花」。
そのオペレッタやジングシュピールがアメリカの自由な空気の中で進化したのがミュージカル。
ドイツ国内でそれらは、決して卑下されるものではなかったのだが、一部の面倒な権威ある人達が音楽の中にまで「ドイツ民族の威厳」を持ち込んだ時、標的にされてしまったのだ。
わかりやすさが仇になった。
これらオペレッタ・ミュージカルを含み、ポップス中心にした「庶民の娯楽音楽」U-musik、交響楽やソナタなどを「純粋な芸術音楽」E-musik。二つの音楽は全く違い、区別されるべきという考え方だ。
(例えば、ヒトラーはレハールを愛好していたが公言はせず、ヴァグナーこそを最高の音楽とした。本人はヴァグナーを理解することも、プライベートに聴くこともなかったという)
この民族主義(というより人種主義)起因の暗黙の身分のような住み分けは、長く尾をひくことになる。
しかし、ドイツで実際に広く親しまれているのも、音楽文化を支えているのも結局は「庶民の娯楽」だったわけで、現代ではそんな住み分けはほとんど希薄化したように思う。
むしろ日本。日本の評論家・演奏家・教育者・愛好者が西洋クラシック受容の過程で、一部のドイツ音楽の神格化に同調した為、その思想ポーズが残ってしまったわけだ。

プライはそんな難しい時代の中で、E-U両面で活躍した歌手だった。(そのことはここで何度も記事にしてきた)
プライは戦後しばらくの間、友人たちとバンドを組み、ソ連軍・米軍のキャンプや酒場でピアノやアコーディオンを弾き、ポップスを歌って生業としていた。既に声の素晴らしさは認められていて、音楽の道に進むことも決めていた。しかし、具体的な道として彼はクラシックを選んだ。
まさにその住み分け故、ポピュラー音楽と決別の必要が出てしまったのだ。プライは悲壮な決意でバンド活動に終止符を打たねばならなかった。
COLUMBIAは英国に母体があったこともあり、オペラとリート両面で新進注目株のプライに白羽の矢を立てたようだ。
流行が過ぎれば消えてしまうポップスターと違い、クラシック歌手では長期セールスが見込めるわけで、ポップス系も歌いたかったプライにとっても、双方悪い話ではなかっただろう。

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Hermann Prey Singt Musicals
「回転木馬」
「マイ・フェア・レディ」
「キス・ミー・ケイト」
「アニーよ銃をとれ」

ヘルマン・プライ(ヴォーカル)
カール・ミハルスキ指揮グラウンケ交響楽団
(COLUMBIA 7in.EP ドイツ輸入盤)



4曲収録の7インチ盤。プライにとっては、これがこのジャンルでの最初期の公式録音となった。
当時のドイツの常識では外国曲はドイツ語訳詩で歌うものだが、ここでは4曲とも英語で歌っている。
これらのミュージカルや映画は当時、世界的にヒットし、ドイツでも話題の作品だった。
彼自身がこれらミュージカルの舞台に立ったわけではないが、その堂々とした声量と美声はポップシンガー以上にミュージカルにぴったりで、盤の売り上げはなかなかに好調だったようだ。
結果的に、追加プレスや規格品番、レーベルを移行して長く現役を保った録音だった。

マルカートレーベルの移行再発盤はこんなパッケージ。
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Hermann Prey Sings Musicals
<初出盤に同じ>
(MARCATO 7in.EP ドイツ輸入盤)





再発盤のタイトルは英語に変わっている。
戦前、英米のレーベルがイタリアオペラの歌手にポップススタンダードを歌わせる企画がはやったが、この盤のヒットはドイツの音楽界に多少の影響をもたらしていたようだ。再びそういうクロスオーヴァー企画が登場するきざしが出ていた。何匹ものドジョウを狙って、(あろうことか)当然同レーベルの専属歌手だったディースカウにも話がいったようだが、彼は「ああいうものを歌うスキルは持ち合わせていない」として一蹴し、生涯このジャンルに寄りつかなかった。

こちらはオペレッタのナンバーと組み合わせたオムニバス。
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Beliebte Melodien aus Operetten und Musicals
ヘルマン・プライ、ハインツ・ホッペ
アネリーゼ・ローテンベルガー、エリカ・ケート
フランツ・アラース、カール・ミハルスキ
ヴェルナー・シュミット=ベルケ
(HORZU LP ドイツ輸入盤)





なんだか妙な雰囲気のジャケットだが^^;こういうオムニバスは何種類か出ている。
この60年代はじめにプライは、指揮者ミハルスキと7インチ(いわゆるシングル盤)10インチ(いわゆるミニアルバム盤)用の名歌集を多数録音していた。それらにオペレッタ全曲盤や抜粋盤から有名曲をひっぱってアルバムに仕上げたものだ。
不思議なのは日本のクラシックファンの反応で、プライ贔屓の人には概ね好評ながら、そうでない人からは「資源の無駄」的な低評価、あるいは「無視」されている種類の録音。評論家たちの「メーカーの要請で片手間に取り組んだであろう…」はそんな時の常套句。
本人に尋ねたのかな?日本人の閉鎖性はドイツ人以上なのかもしれない。

プライは、60年代のインタヴューでは「世界中にはたくさんの美しい歌が溢れています。私が歌えるものなら、この声を通して、素晴らしさや楽しさを皆様と分かち合いたいと思っています」と述べている…しかし、80年代半ばには「私はあちら (ミュージカルやポップス) の世界は諦めました」と語り、また晩年95年のインタヴューでは「今は以前にくらべてかなりステージに立つ回数を抑え、その中でよりよいものを目指すよう心がけています」と変化していた。
実際、この間に「マイ・フェア・レディ」などのミュージカル出演の企画オファーもあったようだが、結局実現することはなかった。残念ではあるが、まさにそれはレパートリーの精査の結果だったのだと思う。
それでも心持ちは変わらなかったのだろう。
「歌うことは神様が与えてくださった私の使命なのです。私は神様がお望みになる限り…もういいよと言われるまでは歌い続けます。」
いつも彼は真剣真摯に「うたびと」であろうとした。どんな歌を歌っても彼の声が心に響くのはまさに「だからこそ」なのだ。
posted by あひる★ぼんび at 19:26| Comment(4) | プライ

2017年06月10日

ディースカウのDGシューベルト全集

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ。
彼が戦後のドイツ声楽界最大の巨星であったことは誰もが認めるところ。
その大きさを世に示し、実感させた仕事のひとつが「シューベルト歌曲大全集」だった。
ディースカウにはこの全集以前から「網羅主義」ともいえる方針は見えていて、エレクトローラ=EMIにもかなりの録音をしている。彼が特に身構えることなく次々に繰り出す「音の大論文」に、音楽界は驚愕した。そのジャンルが「リート」という特殊なものだった故、世界中の人が話題にするようなことにはならなかったが、彼が生涯に残した膨大な録音と著作は現在も将来も、このジャンルの指針として高い価値を持ち続けることだろう。
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シューベルト:歌曲大全集

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
ジェラルド・ムーア(ピアノ)

(DG 22枚組 国内盤)



さて、このシューベルトだが、アルバムの題名は“Schubert LIEDER”だけ。
シューベルトが書いた膨大なリートのうち、不自然なく男声独唱で歌え、楽曲として完成されたものをほぼ全て収録したわけだが、未完成作品や草稿、異版は省いている。
シューベルトは「最初は書き散らかし、その後に幾度も改訂する」傾向があったので、これは賢明な判断だったろう。その上さらに、ディースカウ自身の基準で「芸術的な価値が低い」と判断したものは切り捨てている。この辺がアンチが嫌悪する部分なのだが、そのことを黙っていればいいものを、彼は必ず著作で詳細に記しているのだ。正直なのか、自分の価値基準に絶対的な自信があるからなのかわからないが、実際の彼の人柄とは関係なく、そういう時の饒舌で強い論調はあまり褒められたものではない。

dfd-sliederLP.jpgシューベルト:歌曲大全集
第1巻「後期の作品」
第2巻「初期・中期の作品」
第3巻「3大歌曲集」

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
ジェラルド・ムーア(ピアノ)
(グラモフォン LP 12+13+4枚組 国内盤)



この全集の日本発売盤LPのライナーノーツに寄稿している著名な評論家や演奏家たちは、この偉業を手放しに賛美することはしていない。慎重というか、判断を回避している。そこではこれまでのディースカウの歌唱スタイルを分析したり、レコーディングの記録映像から見て取れるディースカウの取り組み姿勢について感想を述べることに終始しているのだ。この全集が巨大すぎて、発売前のテスト盤視聴で書けることは何もなかったのだろう。1枚ものなら聴かずにただの経験談を書いてもつっこまれないし、既発売盤が少しでもあるなら、そこだけ書けば誤魔化せる。しかし29枚すべて新録音では何を書いても矛盾が起こると感じたのだろう。
そんな、載せなくてもいい文であっても、スペースを字で埋めるのが、日本のレコードライナーの悪しき習慣なのだ。評論家諸氏も気の毒だ。そんなことも考えてしまった。
畑中氏はここに「あまりにもつきつめられ、ひとつひとつの音符への強烈な問いかけが用意されている為、時に息苦しくなる時もあったのは否めない。そんな時、僕はヘルマンプライの少し間の抜けたようなリートを楽しんだものだった・・・」そう書いているが、こんなふうに多くの評論家や演奏家がディースカウを褒めつつも、微妙な違和感を持っているのが垣間見えて面白い。
ディースカウは「多くの聴衆が求めるもの」を排してまでも、シューベルト演奏の基本指針となるような全集を作ろうとした。本人は「そうだ」と言明するはずもないが、作曲年月日順にほぼ全てを収録した編集方針に加え、著作「シューベルトの歌曲をたどって」を読むとそう確信できる。
これはシューベルトに、リートというジャンルに、音楽そのものに対する、彼の強い姿勢のあらわれだった。自分の音楽、解釈への絶対的自信の強固さ。この記事の最初を繰り返すようだが、その自信が曖昧でないことがこの全集の価値を高めているといえるだろう。

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個人的な思い出をひとつ。
僕がこの全集を手にしたのは中3だった。高校合格祝いとして第1巻のLPを買ってもらった。その日から1日1枚、必ず聴いて、ローテーションで繰り返した。
その時の歌唱の印象としては、全体的にテンポが速めで、発音が強く、それが多少荒いのかな?と思った。当時は数曲を除いては初めて聴く曲ばかりだったのであくまで感覚なのだが・・・40年以上たった今でも基本的な印象は変わらない。
第2巻は高2になってから中古で買い、第3巻はエアチェックをテープに録って聴いた。
CD化されてからは当然、すぐに入手した。その時、LPは手放してしまったが、音の微妙な陰影がLPのほうが優れているように感じていて、結局、最近買いなおした^^;
これは自分にはリートを聴く「指針」であり、重要な「参考書」。
好きなのはあくまでプライ。聴いて楽しいのもプライ。
しかし、勉強好きな人だって、勉強のすべてが楽しいわけじゃない。必要と考えるから忍耐強く取り込むのだ。
自分はこの全集を通じてドイツ文学とヨーロッパ文化に興味を持った。
直接的な音楽の力とは違う方向への入口。
今ではディースカウの歌うリートはそんな存在のような気がしている。

posted by あひる★ぼんび at 23:02| Comment(4) | 音楽

2017年06月05日

ヴェヒター父子の共演

エバーハルト・ヴェヒターはオーストリアのバリトン。プライと同じ1929年7月生まれで、1992年に没している。その死のタイミングが歌劇場の要職が決まりそうな時期だったこともあり、不穏なうわさも流れた記憶がある。
ヴェヒターはプライとほぼ同じ声域の役を歌っていた。幾分バス寄りの厚い響きの声を持ち、リートも歌ったが、それよりもモーツアルトからRシュトラウス、ヴァグナー、幾つかのイタリアオペラまで歌っている。また、オペレッタや軽い作品も得意にしていた。
そういう意味では、ディースカウよりよほどプライの比較対象とされそうなのだが、なぜか話題に上ることがなかった。ヴィーンに生まれ、そこを中心に活動したので情報が拡散しずらくローカルな位置付けにされていたのだろう。その辺はクンツと同様の傾向だった。
プライなどの多くのスター歌手たちは、故郷がどこなのか分からなくなるほど世界中を旅し、世界的な評価と引き換えに、強烈な漂泊感・孤独感を持ち続けるものだ。しかし彼の場合はヴィーンに根をおろし、そこに歌手人生を花咲かせることができた。幸福な花の一輪だったといえそうだ。

こんなアルバムがあった。
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ヴェヒター(エバーハルトとフランツ)
 ヴィーン歌謡集〜良く知られた歌とデュエット

エバーハルト・ヴェヒター(バリトン)
フランツ・ヴェヒター(バリトン)
(ARIOLA LP オーストリア輸入盤)




これは1984年に、エバーハルトが息子フランツと作った親子共演アルバムだ。
フランツ・ヴェヒターは1955年生まれ、父よりテノーラルな明るく軽い響きのバリトン歌手。
(この辺も、プライ父子の関係に類似している。彼らの場合は単独の共演盤を残さなかったのが残念)
フランツもまた、オペレッタの舞台を中心に活動しているようだが、日本までは全く活動状況が聞こえて来ない。明るさと暖かさが心地よい声なので、リートを歌ってもさぞ似合うと思う。

さて、ここに集められたものはすべてヴィーン歌謡。伴奏は「シュランメルン」編成のアンサンブルで、AB面とも真ん中の一曲に朗読を入れ、独特の雰囲気を出している。
エバーハルトの歌い方は…このジャンルらしい酔いどれ気分とダミ声ぎみの発声を駆使(笑)している。
普通に歌ってくれればいいのに、と思うのは聴いている自分が外国の人間だからだろう。
これは一種の民族的コブシであり、スタイルなのだ。
標準ドイツ語ではなくヴィーン訛りそのままの方言歌詞を、曲の輪郭が崩れそうになるほど過剰に表情をつけて歌う。
あれ、ヴェヒターってこんなに「性格バリトン」な声だったっけ?と耳を疑う事しばしばだった。
フランツの声がやけに爽やかなせいもあるかもしれない。
ハンサム好青年と酔いどれ親父。なかなかのものだ。
録音に際しては、おそらく綿密な練習や解釈の摺合せはなかったかもしれない。
編曲自体、かなりラフに聴こえる。ここをギシギシ締めてしまうとしまうと「ドイツ人の音楽」になってしまうわけで、彼等がおそらくは拘ったであろう正真正銘のヴィーンっ子のスタイルを「ゆるさ」の中に貫いているようだった。
このアルバムはCD時代の幕開けのリリースだが、LPとテープ発売のみでCD化はされていなかったと思う。
没してしばらくすると、淘汰がおこり、一定の評価に即したもの以外は「なかったもの」となる。
この偉大な歌手の素顔、実際に生きた証しを感じられるちょっと粋な暖かなこういったアルバムが埋もれてしまうのは残念なことだと思う。


posted by あひる★ぼんび at 22:50| Comment(4) | 音楽

2017年05月28日

高学年合宿2017まとめ報告会

午前中、「今ごろになって」報告会。
本当は参加者以外のその世代の子達と親が集まってくれると嬉しいのだけれど・・・
つつましい規模ながら、手順はやはり大切だ。それでこそ次の一歩がある。

文集もできた。表紙裏表紙はこんなふう。
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まずはゲーム。ふつうに「なんでもバスケット」
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実長のあいさつと記録DVDの鑑賞。
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一発芸大会がほぼ全長収録!現場に参加していない自分には貴重なものだった♪

そのあとテーブル卓球トーナメントふたたび。
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みんなうまいもんだ!!
文集を読んで、また今日のみんなの顔を見て、今年の合宿も大成功だった、と思った。

次は夏のキャンプ。
行ける子行けない子様々だけれど、楽しく実行できるといいと願う。
多分、僕は今年も後方支援。再び参加できるのはいつの日かなぁ。

posted by あひる★ぼんび at 23:51| Comment(0) | 劇場

2017年05月21日

文集作りと高学年例会

5月20日(土)
「にがりの会」の時間を使って、合宿の文集作り。
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来週日曜の報告会で配布する予定なので急がなければならないのだが・・・
なんだか原稿があるはずのところに見当たらない・・・ということで、「来週配布」は微妙なことに。
焦ることもない、地球がとまるわけじゃないし。というわけで、その分のんびり写真の編集。
実長、副実長、いつもお疲れ様です♪

5月21日(日)
入間産業文化センターで、高学年の例会。
作品はデフパペットシアター・ひとみによる「森と夜と世界の果てへの旅」
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1950年代にアフリカ・ナイジェリアの作家チュツオーラによって書かれた「ヤシ酒のみ」が原作とのこと。
「アフリカ」というと日本人にとっては未開イメージで、明らかに「アフリカン・ステレオタイプ」が出来上がっている。
しかし大戦後は特に、列強の植民地支配から脱却して急激にグローバル化し、実際はすでに当事者たちの生活からもそれらの伝統や風景は遠くなっていったようだ。
この物語が作られた1950年代はまさにそんな時代なのだが、作者はあえてアフリカ文化へのノスタルジーをふんだんに含め、今回の人形劇化もそのスタイルに準じているようだった。
なにしろ10歳からヤシ酒に飲んだくれる「酒飲み坊ちゃん」が主人公、長じてから、亡くなったヤシ酒作りの名人に会いに死者の国を冒険、そこで嫁まで得たりする物語。
かなりぶっとんでるが、アフリカ民話のスタイルゆえに自然と許されてしまうようだった。
そこにで描かれる物語にある宗教観のようなものは、唯一神の西欧よりも八百万神信仰の日本人には理解しやすいはずのものだ。物語展開も日本の「むかし話」から遠くない。エピソードの展開が刺激的なので少々攪乱されるだけで、ラストの「なんでも願いを叶えてくれるたまご」も浦島太郎の玉手箱と何ら変わりはない。
物語が含む不整合や不条理はあまりつっこまずに流して観たほうがいいと思った。
「嫌悪」も「感動」も関係ない所で視覚的に強いインパクトを与えてくる舞台。
ろう者の感覚の中で造られた演出、といわれても、にわかにピンとはこなかったが、
人形のつくりの見事さと、生演奏の音楽のエネルギーは素晴らしかった。
緊張感をもたせすぎず、適度にラフなのも作品の雰囲気に合っているように思え、好感が持てた。
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ロビーでは劇に出てくる死神ファミリーのアクセサリーなどが売られていた。
いや、これはちょっとあせあせ(飛び散る汗)
posted by あひる★ぼんび at 23:34| Comment(0) | 劇場

2017年05月13日

フィリップス「プライ・リートエディション」〜第3巻

19世紀は、クンスト・リート全盛期であり、リート歌手にとっては重要な作曲家がひしめきあう時代だった。ナポレオン戦争とその反動による殺戮はヨーロッパを荒廃させたが、征服と解放の繰り返しの中で絶対的な身分制度が揺らぎ、異文化の輸出入もおこった。そういう強い刺激によって芸術は活性化を見たのだ。
しかし、やはり不安定な時代の産物ゆえ、玉石混淆は否めず、多くの作品は時の流れと共に忘れ去られてしまった。
酒場の流行歌や労働歌は常に流れ去るもの。しかし、楽譜として出版された「芸術作品」は、歌ってみようという歌手さえいれば、こうして時を越えて聴くことができるわけだ。
戦後ドイツで最も意欲的な歌手、ディースカウによって同趣向のアルバムは多数、EMIやDGに録音され、愛好家の話題になっていたが、ディースカウの場合、「今さら歌うに値しない芸術価値の低い作品」と判断したものはとりあげなかった。作曲技法上の問題、テキストの文学性・・・彼はかなり厳しい基準を持っていた。ゆえに、とりあげていない作品も多かった。
例えばジルヒャーの作品。シュヴァーベンの宝としてプライは特に愛唱したが、ディースカウはほとんど無視している。また、オペレッタやジングシュピールを多く残したローカル作曲家に対する待遇が、2人では正反対だったというのも面白い。
プライはエディションを組むに当たって、そういったロマン派リートを第1巻とこの第3巻に住み分けさせた。ディースカウの批判の対象になったようなローカル作曲家のものは1巻のほうにまとめ、3巻を一般的に考える大家でまとめている。結果的に賢明なアイデアだったと思う。これによって、ドイツのリート文化がローカルからグローバルへと変化していく過程(実際は同居しているものだが・・・)が見えてくるからだ。

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プライ・リートエディション第3巻
「ロマン派の時代、シューマンからヴォルフ」

ヘルマン・プライ(バリトン)
ジェラルド・ムーア
レオナード・ホカンソン
カール・エンゲル(以上ピアノ)
(独フィリップス LP8枚組 ドイツ輸入盤)



さて、このLP8枚、CDだと6枚のセット、録音時期は1971年〜73年(72年が多い)だが、ヴォルフのうちの数曲をリリースの74年に追加録音して加えている。
プライのコンディションはムーアやエンゲルとの録音はほぼ好調を維持しているが、ホカンソンとのメンデルスゾーンは少々ばらつきがある。名曲「歌の翼に」などはぶら下がり気味に聴こえる。リストは、調子以前に曲との相性がイマイチのようだ。以前から得意とするコルネリウスやドイツの堅牢な音楽を守っているヴァグナーは良かった。

1.「詩人作曲家シューマン」(3枚)〜シューマン
2.「ロマン派の哀愁とビーダーマイアー時代」
   〜メンデルスゾーン、リスト、ヴァグナー、フランツ、コルネリウス
3.「単純化された郷愁」(2枚)〜ブラームス
4.「ヴォルフの凝縮された世界」(2枚)〜ヴォルフ

LPセットはこんな感じだった。面割が明快で、つめこんでしまったCDより聴きやすかった。以前も書いたが、プライはアルバム制作時に曲順にかなり神経を使っていた。レコード鑑賞者は、針を落とした時が開演、面の切れ目が休憩、1枚の終わりは終演。そのことをプライ自身がしっかり押さえていたのだろう。プライの少年期から青年期の入口は世界大戦の激動の中だった。その中でレコードやラジオの音楽が与えてくれた出会いは、多くの喜びを心に刻みつけた。そんなふうに「繰り返し聴いて心に刻む」重要性を知っていたので、レコード録音を「二次的産物」とか「所詮」とか言わず、丁寧にとりくんでいたのだろう。

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「ロマン派のリート集」
メンデルスゾーン/リスト/ヴァグナー/フランツ
コルネリウス/タイバー/ダンツィ/トマーシェク
シュポア/マルシュナー/ヴェーバー/ジルヒャー

ヘルマン・プライ(バリトン)
レオナード・ホカンソン/ミヒャエル・クリスト(ピアノ)
カール・シャイト(ギター)
(蘭フィリップス LP2枚組 オランダ輸入盤)



LP時代のこの巻からの分売は、シューマンのうちホカンソンとの2枚(国内盤あり)、ブラームス全部(2枚組国内盤あり)、ヴォルフ(1枚分輸入のみ)、それ以外の作曲家のものは上の写真のように「ロマン派のリート集」として、第1巻のジルヒャーやマルシュナーなどと組み合わせたものが、2枚組BOXとして本家フィリップスから発売されていた。

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プライ・リートエディションVol.3
「ロマン派の時代、シューマンからヴォルフ」

ヘルマン・プライ(バリトン)
ジェラルド・ムーア
レオナード・ホカンソン
カール・エンゲル(以上ピアノ)
(独フィリップス 6枚組 ドイツ輸入盤)



CDは6枚に圧縮。カットはないが、面割を無視してつめこんでいる。また、解説はテキストのみになっている。傷やノイズを気にせず気楽に聴けるのはありがたいが、利便性と引き換えにどれだけの楽しみを奪ったか考えると複雑な気持ちになる。

また、このプライ・エディションは「第2巻シューベルト」以外は、一度簡略化廉価発売された後は単売は未発売が多い。プライも没後20年近くとなり「ヒストリカル歌手」に仲間入りしてしまった現代、フィリップス社も存在せず、もはや完璧な形での復刻リリースは難しいだろう。そう思うと残念でならない。


posted by あひる★ぼんび at 23:41| Comment(2) | プライ

2017年05月03日

川越南の吹部定演

ミューズで川越南高の吹部の定演を聴いてきた。
高校生活のほとんどすべてをかけた部員たちの努力の結晶。
演奏に対して批評の言葉は何もない。そのエネルギーに感服するのみだ。何より音が気迫をもって「立っている」のが素晴らしかった。
プロのオーケストラは音量を極限まで押さえ、ここぞとばかりに放出するタイミングを用意するが、彼女らの演奏にはそういう計算だけではない、体当たりのパワーがあった。
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プログラムの裏表紙に「ウィンドオーケストラ」とあるように、ブラスバンドではなく、正真正銘「管のオーケストラ」としての音作りになっている。
なにより1年生を含めると68人は結構な大編成。
プログラムも吹奏楽用の曲はなく、すべてがオーケストラ曲の編曲だった。

第1部 トマ:レイモン序曲 グノー:ファウストより4曲 スッペ:ボッカチオ序曲
第2部 ムソルグスキー:ボリスゴドゥノフより戴冠式
チャイコフスキー:眠れる森の美女より3曲 スラブ行進曲
第3部 エルガー:威風堂々2番 オーベール:フラ・ディアヴォロ序曲
ヴェルディ:弦楽四重奏より第1楽章 ワーグナー「ローエングリン」より


こうなると楽器編成を工夫する必要があるはずだが、実際かなり苦労がありそうだった。
内声を受け持つチェロやヴィオラの代わりになる楽器が少ない。この団の場合、サックス群、小中バス群、ホルンといったトランペットとトロンボーンの間を埋めるパートの人数が少ないのだ。
第2部のロシア音楽はその意味でとても難しかったと思う。
精一杯健闘しているのがわかるだけに、音楽が「骨格」をあらわにしてしまうのがもったいないと思った。
巧妙な編曲がされているにせよ、いくら練習を積んでも「ない音」を補完する術はないわけで。

このミューズ大ホールは残響が極端に長いホールで、本当に「よく響く」が、音圧が不充分になったり、楽器の解像度がもやもやと感じられなくなることがある。世界的なオーケストラでもそういう感想を持つことが度々なのだが、なんと彼女らはそれを突き抜けて音を響かせていた。音の干渉を怖れないのは若さのパワー?!
爽快な音が心地よかった。
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ところで、このプログラムは誰が決めたのだろう?指揮を担当している先生だろうか。
左手を多用し、全体に表情のあるマエストロタイプの指揮をする方だったので、ああ、マニアックな嗜好なのかな…と少々失礼なことまで考えてしまったほどだ^^;
意図的に王道を微妙に外してるあたり、クラシックマニアからすればなかなかに興味深いセットリストだが、さてさて、演奏する高校生世代にとってはどうなのだろう??王道曲の愉しさを知ってから演奏したほうが望ましいと思うのだけれど・・・青春をかけて、この曲でいいのかなぁ・・・とちょっと心配ではあった。
(それでも近年の吹奏楽用オリジナル曲よりはずっと聴きやすいし確かなものだけれど)
なんてごちゃごちゃ言うのは単なるボヤキ。
終演後、送り出しの団員達の晴れやかな笑顔と、満場の観客の満足な表情がこの演奏会の素晴らしさを証明していた。久々に良い演奏会に出会った♪ひとみちゃん、良かったよ〜!!
posted by あひる★ぼんび at 23:18| Comment(0) | 日記

2017年05月02日

プライ1回目の「詩人の恋」

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シューマン:詩人の恋 op.48
リーダークライス op.39

ヘルマン・プライ(バリトン)
カール・エンゲル(ピアノ)

(EMI ドイツ輸入盤)



両曲ともプライの得意レパートリーだが、この曲の録音としては最初のものになる。
プライとエンゲルのコンビでは、60年から70年代半ばまでEMIエレクトローラ系、テレフンケン・デッカ系、フィリップス、バスフ等に主要なリートの録音を行っていた。
しかし、2人のステージ共演は数えるほどしかなかったというから、意外である。
残された録音のどれもが後年のホカンソンとの共演よりも良さげに聴こえ、これはエンゲルのリズムのメリハリと推進力の賜物なのだろう。
プライの個性的なリズムや歌い癖をものともせずに、実にうまいバランスで押し出してくる「合わせる能力」の高さ。この世代の「リートに取り組んでいるピアニスト」の中ではピカイチだったと思われる。

62年頃に録音されたと思われる、この「詩人の恋」は一般的な改訂版を使用し、すべてオプションの高い音を選んでいる。各曲の移調の選択に問題がなくもないが、それはそれとして割り切って聴くほうがいいだろう。それはバリトンが歌うときは宿命的な行為なのだ。
にもかかわらず、このプライの録音は発売当時、専門家や研究者の間で話のネタにされていた。彼の人気が上がってからは議論にもなり、中には「プライの無知の象徴・勉強不足」のように言う評論家まであらわれた。多くは他の歌手を褒める根拠にアンチに利用されたわけだ。
クラシックとはなんとメンドクサイ世界。本質はそんなことではなく、表現も含めて何を聴き手に伝えるかなのだが、そっちが置き去りになることが多く、未だに進歩がないのが残念だ。

テンポは遅めながら、緩急の差が大きくエンゲルはテキパキ進める感じなので、体感速度は速い。
また、1曲の中でのテンポの揺らし幅が、後年より大きくなっている。
第1曲の後奏でテンポを一段と落し、第2曲を限界まで間をあける…静寂がそのまま心の深くにしみこむような響きの余韻を味わえる。
ただ、60年代のプライは発声に少々のロスがあって、またリズムが流れやすかった。
日本の音楽雑誌では、音程の不安定さがたびたび話題になったが、実際はそちらよりもこの発声のムラのほうが気になることがあった。
ただそれも、感情の起伏の大きな歌では「表現」となっていて、他の歌手では味わえないスリリングさがあり、大きな魅力だった。
「私は恨むまい」の艶やかで朗々としたA音!
そして、言葉にこめた細やかな感情は、単純な喜怒哀楽ではない複雑な「愛」を伝えているようだった。
片思い→成就→破局→怒り哀しみ→放心→回顧→昇華
そう分類してステレオタイプに描くのではなく、クララとの恋の成就にあえてこの曲を書いたシューマンの複雑な不安心理を探るかのように歌い進めている。
ディースカウのように詩に対する分析的な姿勢ではなく、また、この前のハンプソンのような怒りと愛の告別でもない。
あくまで1人の迷える青年のポートレートのようだった。
安定感を加えた10年後のフィリップス盤、さらに10年後、一段と落ち着きと深みを持ったDENON盤(どちらもホカンソンとの共演)と、すべて違ったアプローチで残してくれたことに感謝したい。

アイヒェンドルフの詩によるリーダークライスも、伸びやかに歌っている。
通常ならハイネによるop.24と組み合わせるものだろうが、この頃はそちらはそれほど歌っていなかったようだ。
本人もニヒルで屈折したハイネの世界より、民謡風の言葉とメロディに溢れたこちらのほうが自分に合っていると思っていたのだろう。
プライが愛したドイツの森の風景描写、伝説、そして静かな心象風景。それを克明に描き出す12曲の絵巻物。
声の艶とパワーも充分に生かせるリート集なので、プライにはうってつけ。こちらもほぼ10年ごとに録音を残してくれている。

ドイツ輸入盤のLPはこれ。
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(columbia-EMI  LP ドイツ輸入盤)
他にケルナーも加えた2枚組や、「詩人の恋」とケルナーから9曲を組んだものも出ていた。
なお、このジャケットは国内盤にも使われたことがあった。

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(東芝 LP 国内盤)
こちらは初期の国内盤LP。半透明赤の、いわゆる赤盤。
CDと、輸入盤LP、国内盤LP、それぞれ音の印象がだいぶ違う。
どれもそれなりの良さがあり、また物足りなさもある。
CDなどはそれこそ再発売の度に大胆にリマスターされているのだが、どれもあまり良い状態とは思えない。
LPの音からはどんどん遠ざかっているようだ。
マスターは…というより現場の音はどうだったのか聴いてみたい。
艶やかなプライの美声はどうやら当時のメディアには収まりきらなかった。
もともと収まりきらなかったものはいくら化粧しても無駄なこと。
録音元のレーベルはすでになく、移動したマスターテープも年月の経過と共に確実に劣化していく。
プライが現代の人ならどんなに良かったろうか。
ああ、もったいない、とつくづく思うのだ^^;

posted by あひる★ぼんび at 23:33| Comment(12) | プライ