2017年06月10日

ディースカウのDGシューベルト全集

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ。
彼が戦後のドイツ声楽界最大の巨星であったことは誰もが認めるところ。
その大きさを世に示し、実感させた仕事のひとつが「シューベルト歌曲大全集」だった。
ディースカウにはこの全集以前から「網羅主義」ともいえる方針は見えていて、エレクトローラ=EMIにもかなりの録音をしている。彼が特に身構えることなく次々に繰り出す「音の大論文」に、音楽界は驚愕した。そのジャンルが「リート」という特殊なものだった故、世界中の人が話題にするようなことにはならなかったが、彼が生涯に残した膨大な録音と著作は現在も将来も、このジャンルの指針として高い価値を持ち続けることだろう。
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シューベルト:歌曲大全集

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
ジェラルド・ムーア(ピアノ)

(DG 22枚組 国内盤)



さて、このシューベルトだが、アルバムの題名は“Schubert LIEDER”だけ。
シューベルトが書いた膨大なリートのうち、不自然なく男声独唱で歌え、楽曲として完成されたものをほぼ全て収録したわけだが、未完成作品や草稿、異版は省いている。
シューベルトは「最初は書き散らかし、その後に幾度も改訂する」傾向があったので、これは賢明な判断だったろう。その上さらに、ディースカウ自身の基準で「芸術的な価値が低い」と判断したものは切り捨てている。この辺がアンチが嫌悪する部分なのだが、そのことを黙っていればいいものを、彼は必ず著作で詳細に記しているのだ。正直なのか、自分の価値基準に絶対的な自信があるからなのかわからないが、実際の彼の人柄とは関係なく、そういう時の饒舌で強い論調はあまり褒められたものではない。

dfd-sliederLP.jpgシューベルト:歌曲大全集
第1巻「後期の作品」
第2巻「初期・中期の作品」
第3巻「3大歌曲集」

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
ジェラルド・ムーア(ピアノ)
(グラモフォン LP 12+13+4枚組 国内盤)



この全集の日本発売盤LPのライナーノーツに寄稿している著名な評論家や演奏家たちは、この偉業を手放しに賛美することはしていない。慎重というか、判断を回避している。そこではこれまでのディースカウの歌唱スタイルを分析したり、レコーディングの記録映像から見て取れるディースカウの取り組み姿勢について感想を述べることに終始しているのだ。この全集が巨大すぎて、発売前のテスト盤視聴で書けることは何もなかったのだろう。1枚ものなら聴かずにただの経験談を書いてもつっこまれないし、既発売盤が少しでもあるなら、そこだけ書けば誤魔化せる。しかし29枚すべて新録音では何を書いても矛盾が起こると感じたのだろう。
そんな、載せなくてもいい文であっても、スペースを字で埋めるのが、日本のレコードライナーの悪しき習慣なのだ。評論家諸氏も気の毒だ。そんなことも考えてしまった。
畑中氏はここに「あまりにもつきつめられ、ひとつひとつの音符への強烈な問いかけが用意されている為、時に息苦しくなる時もあったのは否めない。そんな時、僕はヘルマンプライの少し間の抜けたようなリートを楽しんだものだった・・・」そう書いているが、こんなふうに多くの評論家や演奏家がディースカウを褒めつつも、微妙な違和感を持っているのが垣間見えて面白い。
ディースカウは「多くの聴衆が求めるもの」を排してまでも、シューベルト演奏の基本指針となるような全集を作ろうとした。本人は「そうだ」と言明するはずもないが、作曲年月日順にほぼ全てを収録した編集方針に加え、著作「シューベルトの歌曲をたどって」を読むとそう確信できる。
これはシューベルトに、リートというジャンルに、音楽そのものに対する、彼の強い姿勢のあらわれだった。自分の音楽、解釈への絶対的自信の強固さ。この記事の最初を繰り返すようだが、その自信が曖昧でないことがこの全集の価値を高めているといえるだろう。

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個人的な思い出をひとつ。
僕がこの全集を手にしたのは中3だった。高校合格祝いとして第1巻のLPを買ってもらった。その日から1日1枚、必ず聴いて、ローテーションで繰り返した。
その時の歌唱の印象としては、全体的にテンポが速めで、発音が強く、それが多少荒いのかな?と思った。当時は数曲を除いては初めて聴く曲ばかりだったのであくまで感覚なのだが・・・40年以上たった今でも基本的な印象は変わらない。
第2巻は高2になってから中古で買い、第3巻はエアチェックをテープに録って聴いた。
CD化されてからは当然、すぐに入手した。その時、LPは手放してしまったが、音の微妙な陰影がLPのほうが優れているように感じていて、結局、最近買いなおした^^;
これは自分にはリートを聴く「指針」であり、重要な「参考書」。
好きなのはあくまでプライ。聴いて楽しいのもプライ。
しかし、勉強好きな人だって、勉強のすべてが楽しいわけじゃない。必要と考えるから忍耐強く取り込むのだ。
自分はこの全集を通じてドイツ文学とヨーロッパ文化に興味を持った。
直接的な音楽の力とは違う方向への入口。
今ではディースカウの歌うリートはそんな存在のような気がしている。

posted by あひる★ぼんび at 23:02| Comment(4) | 音楽

2017年06月05日

ヴェヒター父子の共演

エバーハルト・ヴェヒターはオーストリアのバリトン。プライと同じ1929年7月生まれで、1992年に没している。その死のタイミングが歌劇場の要職が決まりそうな時期だったこともあり、不穏なうわさも流れた記憶がある。
ヴェヒターはプライとほぼ同じ声域の役を歌っていた。幾分バス寄りの厚い響きの声を持ち、リートも歌ったが、それよりもモーツアルトからRシュトラウス、ヴァグナー、幾つかのイタリアオペラまで歌っている。また、オペレッタや軽い作品も得意にしていた。
そういう意味では、ディースカウよりよほどプライの比較対象とされそうなのだが、なぜか話題に上ることがなかった。ヴィーンに生まれ、そこを中心に活動したので情報が拡散しずらくローカルな位置付けにされていたのだろう。その辺はクンツと同様の傾向だった。
プライなどの多くのスター歌手たちは、故郷がどこなのか分からなくなるほど世界中を旅し、世界的な評価と引き換えに、強烈な漂泊感・孤独感を持ち続けるものだ。しかし彼の場合はヴィーンに根をおろし、そこに歌手人生を花咲かせることができた。幸福な花の一輪だったといえそうだ。

こんなアルバムがあった。
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ヴェヒター(エバーハルトとフランツ)
 ヴィーン歌謡集〜良く知られた歌とデュエット

エバーハルト・ヴェヒター(バリトン)
フランツ・ヴェヒター(バリトン)
(ARIOLA LP オーストリア輸入盤)




これは1984年に、エバーハルトが息子フランツと作った親子共演アルバムだ。
フランツ・ヴェヒターは1955年生まれ、父よりテノーラルな明るく軽い響きのバリトン歌手。
(この辺も、プライ父子の関係に類似している。彼らの場合は単独の共演盤を残さなかったのが残念)
フランツもまた、オペレッタの舞台を中心に活動しているようだが、日本までは全く活動状況が聞こえて来ない。明るさと暖かさが心地よい声なので、リートを歌ってもさぞ似合うと思う。

さて、ここに集められたものはすべてヴィーン歌謡。伴奏は「シュランメルン」編成のアンサンブルで、AB面とも真ん中の一曲に朗読を入れ、独特の雰囲気を出している。
エバーハルトの歌い方は…このジャンルらしい酔いどれ気分とダミ声ぎみの発声を駆使(笑)している。
普通に歌ってくれればいいのに、と思うのは聴いている自分が外国の人間だからだろう。
これは一種の民族的コブシであり、スタイルなのだ。
標準ドイツ語ではなくヴィーン訛りそのままの方言歌詞を、曲の輪郭が崩れそうになるほど過剰に表情をつけて歌う。
あれ、ヴェヒターってこんなに「性格バリトン」な声だったっけ?と耳を疑う事しばしばだった。
フランツの声がやけに爽やかなせいもあるかもしれない。
ハンサム好青年と酔いどれ親父。なかなかのものだ。
録音に際しては、おそらく綿密な練習や解釈の摺合せはなかったかもしれない。
編曲自体、かなりラフに聴こえる。ここをギシギシ締めてしまうとしまうと「ドイツ人の音楽」になってしまうわけで、彼等がおそらくは拘ったであろう正真正銘のヴィーンっ子のスタイルを「ゆるさ」の中に貫いているようだった。
このアルバムはCD時代の幕開けのリリースだが、LPとテープ発売のみでCD化はされていなかったと思う。
没してしばらくすると、淘汰がおこり、一定の評価に即したもの以外は「なかったもの」となる。
この偉大な歌手の素顔、実際に生きた証しを感じられるちょっと粋な暖かなこういったアルバムが埋もれてしまうのは残念なことだと思う。


posted by あひる★ぼんび at 22:50| Comment(4) | 音楽

2017年04月19日

ギロヴェッツの三重奏曲

音楽に求めるものは人それぞれだが、自分は「心の安定」のひとつの材料として聴いている。
ただ、特効薬ではないので、聴けば必ず安定するというものではないし、必ず「癒される」わけでもない。
しかし「聴く気がおきない」という時は、心がかなり荒み弱っているというバロメーターのように感じたりもする。
今、忙しさと諸々のことで、それこそ聴く気がおきない状況…なので少々記事も気が入らないのだが、なんとなくかけた1枚が意外にも楽しめたものだったので、とりあえず記事にしておこうと思う。

アダルベルト・マティアス・ギロヴェッツはボヘミア地方の生まれ。
本名はヴォイチェク・マチヤシュ・イーロヴェッツという。
1763年生まれだが、1850年まで生き、地元で父親から音楽の手ほどきを受けた後、パリ、ロンドンで研鑽しつつ活躍した。
その後ヴィーンに定住し、宮廷副楽長、楽長として長く活躍した。
歴史的には1789年のフランス革命、その後のナポレオンの登場と失脚、反動・・・とヨーロッパ各国は大きな渦の中であり、モーツァルト、ハイドン、そしてベートーヴェン、シューベルト、メンデルスゾーン、シューマン…なんと多くの作曲家の生涯をカヴァーしていて、その変遷を肌に直に感じていたことだろう。
ギロヴェッツ自身はハイドンに強い影響を受けていたようだが、モーツァルトは彼の作品を高く評価していたという。ちなみにショパンがヴィーンでデヴューした時に弾いたのはギロヴェッツの協奏曲だったし、そのショパンを最大の激励と賛辞をもってヴィーンの楽壇に紹介したのはギロヴェッツだった。
自作曲がハイドンの名で出回ってしまったり、本人の承諾なしで楽譜が販売されたりと、少々不幸な事件にも遭遇しているものの、比較的安定した環境で人生をおくれた恵まれた生涯だったと言えるかもしれない。
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ギロヴェッツ:ピアノ三重奏曲集
ソナタ変ホ長調op.23-2
ソナタ変ロ長調op.28-1
ソナタニ短調op14-2
ソナタイ長調op12-1

トリオ・フォルテピアノ
(NCA membran ドイツ輸入盤)



ここに集められた曲は、50曲近くある彼の「ピアノ三重奏曲」の中からの4曲。
正式名称は「クラヴサンまたはピアノフォルテの為のソナタ、ヴァイオリンまたはフルート、チェロのオブリガート付」という、なんだか少々長い題名の曲だが、モーツァルトやベートーヴェンの「ヴァイオリンソナタ」も大体こういう題がついているから、これが当時のこの種のスタイルの楽曲の慣習的な表記だったわけだ。ここではフォルテピアノ、ヴァイオリン、チェロという標準的な「ピアノ三重奏」編成をとっている。
全体はハイドン的な穏やかな雰囲気だが、各所にベートーヴェンを思わせるフレーズが出てくる。
彼の曲はどの曲もこの時代の平均的な手法で書かれ、とても聴きやすい。
それを平凡と言ってしまえばそれまでだが、二流ローカルな音楽に聴こえないのは、技法がしっかり身について感性と一体化しているからだろう。
激動する社会の中でうまく立ち振る舞い、広い見識が柔軟な感性を生んだようで、硬直しない自由な気分を感じる。
幻想、夢想はまだ薄いが、まもなく花咲くことになるロマン派音楽の萌芽も匂わせている。
ギロヴェッツだけがそうだった、というわけではなく、正に激動の時代の文化が生んだその典型のひとつといえるだろう。
演奏のトリオ・フォルテピアノは全員女性で、グループ名通りピリオド楽器による素朴な響き。豊穣な響きのモダン演奏とは対極だが、妙なアクセントをつけず、過剰な装飾もいれず、素直に楽曲の魅力を伝えてくれている。
疲れた体に邪魔にならない演奏だった。
後期古典派や初期ロマン派の音楽が好きならば必ず楽しめると思う。

posted by あひる★ぼんび at 23:20| Comment(0) | 音楽

2017年04月04日

サカルトヴェロの仄かな光と影〜カンチェリの音楽D

グルジアと呼ばれていた国が「ジョージア」に変わり、最近はマスコミでもそう表示するようになった。
ロシア読みが英語読みに変わったところで、その国家のアイデンティティの行き場所はどんなものかと疑問になってしまうのだが、まあ、本人たちがジョージアと呼んでくれという希望なのだから、いいのだろう。
サカルトヴェロという元々の呼称はまた陰になるわけだ。
考えてみれば「日本国」だって、ニッポン、あるいはニホンと呼ぶのは日本人だけで、国際的にはジャパンとかハポンとかヤーパンと呼ばれている。だが、戦勝国米英の呼ぶジャパンに嫌悪感を持つ人などそうはいない。他国から直接の侵略支配を受けた経験のない国らしい柔軟性なのだと思う。

ギヤ・カンチェリはサカルトヴェロ(今後、このブログではジョージアではなくそう書くことにする!)の代表的な現代作曲家のひとりだ。
これまでもこのブログで何度も取り上げてきた。
宗教性薄く、政治思想性薄く、実験音楽要素も薄い。
ある意味、同世代の、また居住地域の音楽には珍しいスタイルだと思う。
実際は映画などの娯楽サブカルチャーとは密接な位置にいる人で、そのつもりならいくらでも「売れ線」音楽が作れそうな人なのだ。しかし商魂見え見えのわかりやすい音楽&セールスを展開する道を選ばなかった。ソ連→ロシアに支配された国にいた為というのも要因ではある。それもあって、屈折した感覚と、その謎っぷりが魅力なのだ。初期から現在まで、そんな謎オーラを発散させ続けているのだ。

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カンチェリ:
キアロスクーロ
トワイライト

ギドン・クレーメル(指揮&ヴァイオリン)
パトリシア・コパチンスカヤ(ヴァイオリン)
クレメラータ・バルティカ
(ECM ドイツ輸入盤)




題名が示すとおり、バロック時代へのリスペクトを仄かに感じる(ただそれは気分だけの話で音楽的にはいつものカンチェリそのものだが…)「キアロスクーロ(明暗対比)」と、
病気療養中、窓外のポプラの木々を眺めることで着想を得たという「トワイライト」…
以上、ヴァイオリンと室内管弦楽による新作2曲で構成されたアルバム。
相変わらず断片的にわかりやすいメロディを散りばめ、ゼロと100の音量差を演出した音楽だ。
ただ、フルオーケストラではないので突然の轟音に肝を潰しそうになることはなく、安心して音に浸れる。
動乱の祖国から西側オランダに移住し、しばらくになったわけだが、すっかり心の安定を得たということだろう。
相変わらず暗色の哀しげなフレーズに埋められているものの、かつてのような死の影や苦みは幾分薄らいだ気がする。
つまり軋むようなグロテスクな音列で吠えてしまうことがなくなった。安心なような、残念なような…^^;
両曲とも静寂とその音列が醸し出す幽玄が楽しめる音楽だ。
カンチェリの「どの曲も金太郎飴」という感覚に特に嫌悪感がなければ、ペルトやタヴナーなどの宗教的な気分とは異なる独特の浮遊感も心地よい。
カンチェリのスペシャリストと言っても過言ではないクレーメルと彼の楽団も、ツボを心得た演奏を聴かせる。鋭角的で斬新なアプローチで知られる女流コパチンスカヤの参加も嬉しいが、小さな毒サソリがコブラの群れの中に混じったところで特別な凄味はなく、むしろ至って清冽な印象だった。
それでも、久々に程よい「カンチェリ毒」が楽しめた1枚だった♪

posted by あひる★ぼんび at 23:38| Comment(0) | 音楽

2017年02月27日

冬のリンゴ〜フィンランド合唱曲集

明るい曲想であっても、常に短調へ向かうような旋律線、奇をてらったわけではないながら、独特な和声。
北欧産の食べ物同様、好みは大きく分かれそうだが、それらを一度気に入ってしまうと、
何度でもその世界に浸りたいと思ってしまうのがこの種の音楽だろう。
これもそんな合唱曲を集めたアルバムだ。

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冬のリンゴ
〜フィンランドのロマンティックな合唱曲
 シベリウス・マデトヤ・イェルネフェルト・クーラ
 パルムグレン・マーサロ・伝承民謡 等


クレメッティ音楽大学室内合唱団
ヘイッキ・リーモラ(指揮)
(ALBA フィンランド輸入盤)



収録曲は次の通り
◇ジャン・シベリウス(1865-1957)
  船旅・恋人(合唱版JS160c)・歌い潰した声
◇トイヴォ・クーラ(1883-1918)
  舟歌・春の歌・リンゴがずっと咲いている・曙
  キャラバンの合唱・おやすみ・メロディ
◇アルマス・イェルネフェルト(1869-1958)
  恋人たちの小径
◇アルマス・マーサロ(1885-1960)
  子守歌
◇セリム・パルムグレン(1878-1951)
  子守歌・夏の夕暮れ・スウィング・ポプラ・夜に
  悲歌・夏至祭・春のメロディ・春風・春の蝶
  ためいき・海にて
◇レーヴィ・マデトヤ(1887-1947)
  3つの民謡
◇村のバラ(伝承曲)


シベリウス、クーラ、イェルネフェルト等、このジャンルが好きな人には聴きなれた名前が並ぶ。
しかしシベリウスやマデトヤというメジャー作曲家ではなく、クーラやパルムグレンを重点的に取り上げているところが、このアルバムの面白い点であり、それも民謡を下敷きにした曲が大半なので、「近代合唱曲集」の難解さは全くなく、全体に素朴な雰囲気ができあがっている。
シベリウス・アカデミーでエリクソンに学んだというリーモラに率いられたクレメッティ音楽大学室内合唱団は、混声合唱、人数は少なめで透明感が高い。
独唱者も清楚な声の歌手が選ばれている。
必ずしも技巧的に精練されているわけではないが、完全な職業合唱団にはない「初心の感動」のような新鮮さもあって、好感触だ。
聴きなれたシベリウスの「恋人」も、構成や音符の並びに執着して冷静さを演出する演奏が多い中、テキストの内容に沿った感情表現をしていて、その独特の雰囲気が良い。

アルバムの題名は「冬のリンゴwinter Apple」だが、収録曲でリンゴが歌われているのはクーラの1曲のみ。つまりは誰もがappleをリンゴと訳してはみるものの、本当はもっと抽象化されたイメージなのだろう。
そもそもappleそのものは古くは果物全般を指す語だったわけだから、もっと宗教的な意味も含めて深い比喩もあるに違いない。
神聖と世俗、至福、その反対の失われた幸福や追憶、永遠の憧れ…様々ながら、なんとなく、イメージがロマンティックで良い感じだ ^^

冬場に聴く北国の音楽はやはり多少、寒い。
曲が春や夏の情景を歌っていても、結局聴こえてくる音は寒色なのだ。
ここでも「音楽に国境はないが国籍はある」を再び実感する1枚でもあった。
posted by あひる★ぼんび at 23:47| Comment(2) | 音楽

2017年02月22日

バウアーの「冬の旅」

ヨーハン・ルートヴィヒ・ヴィルヘルム・ミュラー(1794-1827)はアンハルト公国(ドイツ東部ザクセン近隣)デッサウにて、仕立屋の家に生まれ、プロイセン王国ベルリンで学んだ。そして、対ナポレオン戦争ではプロイセン軍将校として周辺国で転戦し、退役後はアンハルト公国に戻り、教職・学術調査員・宮廷顧問官などを務めている。
そのミュラーの詩人としての著作、連作詩「冬の旅」(1824年出版)は、登場人物の職種やキャラクターが具体的だった「美しき水車小屋の娘」と異なり、物語全体が観念的・抽象的に進行する。
シューベルトはこの詩集(「ウラーニア」掲載の12編)に感銘を受け、テキスト全体をほぼそのまま使用し、1827年に凝縮された音楽をつけた。その後、詩集「遍歴ホルン吹きの遺稿」に追加された12編を読み、こちらにも曲をつけ、現在の24曲の連作リート集が成立した。
この娯楽性を持たない画期的な「リートによるドラマ」は、演奏者の「解釈」の幅が大きい作品となっている。

詩の表面上から読み取れることは
*ほぼ同時代、リアルタイムの話である。
*場所はドイツ語文化圏、その周辺国のどこか。
*主人公はクリスチャンの男性で、自由恋愛が可能な身分。
つまり上流ではないが決して下層ではない。
*主人公は恋人とは別国人である。
…とりあえずは、それだけなのだ。

トーマス・エドゥアルト・バウアーは1970年生まれのドイツのバリトン歌手で、少々地味ながら結構な数のリートを録音している。
解釈や発声にディースカウの影響を感じない貴重な(?)存在だと思う。

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シューベルト:「冬の旅」Op89, D911(全曲)
  トーマス・E・バウアー(バリトン)
  ジークフリート・マウザー(ピアノ)

(Oehms  ドイツ輸入盤)



彼の最初の冬の旅録音は2004年9月。イルクーツクでのライヴ収録。
(この盤については旧ブログでも1度記事にしていた)
バウアーのモンゴル−ロシア−シベリア公演をドキュメンタリーにした番組「シベリアのシューベルト」の一環で作られ、リリースされた。
極寒の地を巡演して、コンディションを極限に追い込むという、ほぼ意味不明の過酷条件下のもの。
キワモノと思いきや、真摯にバウアー自身の感動が伝わってくる歌唱だった。
バウアーの声は元々「風邪声」だが、一段とその傾向強く明らかにコンディションを崩していて、「春の夢」では声がひっくりかえりまで起こっていた。
そんな傷演奏だが何故か心に響き、強い印象を残すものだった。

「冬の旅」の本質は物理的に冬であることとか、過酷な長旅とかそこではないはずなのだが…
・・・と思っていたら、バウアーは5年後の2009年8月に再び「冬の旅」を録音し、
そこでこの「冬の旅」の成立に関して、彼の見解を示している。

ミュラーは1814年、20歳でプロイセン軍に従軍し、ブリュッセル遠征でナポレオン軍と対峙した。
彼はその地でベルギーの女性と恋愛関係になった。しかし同年冬、その恋は破局してしまう。
すると、彼は無謀にも冬の荒野をぬけ、故郷デッサウへと帰還してしまったのだった。
翌年の彼の書簡・日記・作品から、強い傷心と社会的不名誉(無断帰還に対する制裁?)を蒙ったことが伺え、この体験が深く「冬の旅」に反映していると結論付けている。

つまり、彼のアプローチは作者ミュラーの疎外と逃避の旅の「追体験」を図ったものだというのだ。

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シューベルト:「冬の旅 」Op89, D911(全曲)
  トーマス・E・バウアー (バリトン)
  ジョス・ファン・インマゼール(フォルテピアノ)

(ZIGZAG フランス輸入盤)




バウアーの声は開放的ではないし、パワーは感じないが、暖かみがあり、柔らかい。
往年の歌手で言えば、テオ・アダムを思わせる少しくぐもった鼻にかかった響き。
この「冬の旅」では特に、感情を放出せず冷静さを心掛けているようで、「心が動かなくなってしまうほどの悲しみと衝撃の後の出来事」であると実感できる。
何をそんなに嘆いているの?何をそんなに怒っているの?と聴いている方が心配になってしまうような歌唱とは対照的だが、上記の声の特徴から、特に分析的には感じない。
また、インマゼールの演奏が適度にラフで、動かなくなってしまった主人公の心を補足するように揺れ、親しみを持って歌手に寄り添っている事で、うまくバランスがとられている。彼らの「冬の旅」が決して孤独なだけにならないのはそんな「伴侶」あってのことだろう。

1曲目はゆっくり目のテンポで穏やかに歌い進め、時々立ち止まりそうな空気を醸し出す。
この「立ち止まり」が心に強い余韻を残す。
何人もの演奏で聴かれる「怒り」はここにはない。歌詞に描かれる「疎外」への不条理の意味をかみしめるものの、実感すらわかない様子。
決然たる思いをもって旅に出たわけではなかった…それがかえって猛烈な痛みに変わっていく。
見込みの甘さが生む恐怖を味わい、その感覚は失恋も身分問題も吹き飛ばしてしまう。

なのにその後も怒りにシフトできないことに、なにやら独特の展開を感じた。

考えてみれば、本気で死ぬつもりだったら旅の苦難など何でもない。
いちいち嘆くのはおかしな話で、鴉が不吉にまとわりつこうと、山小屋で髪が白く凍りつこうと、山道で鬼火に迷おうと、太陽が3つ見えようと、何も恐れるものではない。
しかし、「冬の旅」の主人公は常に心乱れ、嘆き、恨み言を口にしている。
…覚悟など何もなかったのだ。そんな若者の気持ちのどの部分に寄り添うか。あるいは突き放すか。
歴代多くの歌手達は色々なアプローチを聴かせてきた。
民族意識と宗教宗派、身分制度が人々を階層化し、分断していたミュラーやシューベルトの時代と、「無縁社会」とまで言われるほどに個々の人間が必要以上に「孤独」になってしまった現代…彼らの時代の芸術作品に接する時、何か常に人間という存在の普遍的な性質について問われているような気がしてくる。

ささやかな幸せの中で生きていた平凡な若者が突然荒野に放り出され、歩き回り、絶望の意味を知り、死の目前で「生」への執着を確認する…
ただ絶望しているのではない点が、恐ろしい物語なのだ。
改めて「冬の旅」とはかくもスゴイ曲集なのだ、と確認。深い深い、真の名曲である。

「シベリアのシューベルト」より

https://www.youtube.com/watch?v=_3JKHH-Fhyg

https://www.youtube.com/watch?v=eGhPYBJRLF4
posted by あひる★ぼんび at 23:20| Comment(2) | 音楽

2017年02月06日

ダンツィのピアノ五重奏曲

フランツ・イグナツ・ダンツィ(1763-1826)はドイツ・マンハイムで活躍した作曲家で、ベートーヴェンの同時代人、音楽的にはモーツァルトとフォン・ヴェーバーを結ぶ作風を持つ。
通常で言う「ピアノ五重奏」と異なるのは重奏楽器がすべて管楽器だということ。
この辺は同時代の作曲家ライヒャ(レイハ)が開拓した管楽重奏のスタイル、この時代のハルモニアムジークの流行の影響だろう。
丁度、宮廷や貴族のサロン内にとどまらない、聴衆を前にしたコンサートが行われるようになった時期であり、音楽はより多様になった。しかしそれは間もなく淘汰へ向かう出発点だった。
バロックや古典の残像が薄まっていったロマン派時代、いわば叙事から叙情へ向かう時期を迎えるわけだ。
かつて日本の著名オーボエ奏者のM氏はライヒャやダンツィらのこういった曲を「死んでもやりたくない」と一蹴してしまったようだが、わからないでもない。
演奏者が苦労する割に、聴衆は面白くない場合も多々あるのだ。曲がつまらない、というより、演奏者がバランスを取り辛く、結果耳障りな音楽になってしまったり、逆に消極的なものになってしまったり…もどかしいのだろう。
確かに「オーボエ・フルート・バッソン」はバロック時代からの黄金サウンドかもしれないが、そこにクラリネットやホルンが入り、常に音量のあるピアノがそれを掻き回すなら、「(耳に)良い音楽」は生まれない。
作曲家のほうも聴かせる工夫や仕掛けは特に用意しなかったわけで…。

dan-p5.jpgダンツィ:ピアノ五重奏曲集
 ヘ長調op.53(ピアノ・フルート・オーボエ・クラリネット・バッソン)
 ニ短調op.41(ピアノ・フルート・オーボエ・ホルン・バッソン)
 二長調op.54(ピアノ・フルート・オーボエ・クラリネット・バッソン)

クリスティーネ・ショルンスハイム(フォルテピアノ)
ライヒャ五重奏団
(NCA-Membran SACD ドイツ輸入盤)




先に述べた音響上の問題点に関しては、この盤は何の心配もない。
演奏家は思い思いに腕を発揮しているし、上記の事をしっかり考慮したバランスがとられている。
編成上一番心配なホルンも飛び出してしまったりはしないし、名手ショルンスハイムのフォルテピアノも主張しすぎず(鳴り続けてはいるが)他を掻き消すことがない。
音楽は常に明るく、マイナー主調の楽章でも激情にさらされている部分は皆無で、その延々たる穏やかな音の並びが「シューベルト的な雰囲気」まで匂わせている。
もし、もっと耳を引くフレーズがあれば、きっと名曲に列せられたかもしれないが、特定の楽器が前面でソロを取ることがない。常にシンパシー、ハーモニーを重要視していて、それを愉しむ、そういう音楽なのだ。ヴィルトーゾ奏者はここには必要ない。これはM氏が嫌った理由のひとつかもしれないが、ある種、美点であり、そこを気にいるかどうかがこれらの作品に対する好みの分かれ目なのだろう。

この録音は放送局の製作ながら、放送用を「ついでに」製品化したものではなく、アルバムとして考慮された破綻ない上質のSACD盤になっている。
音はしっかり鮮明に捉えられ、アンサンブルも綺麗だが、ピリオド楽器ゆえ、元々の音色が全体にくすんでいる。SACDの空気感を持ってしても、生演奏の響きは再現できないようだ。
聴こえてくる音楽が、時代的にすでに「古雅」を楽しむ種類の物ではないことがなんだか残念だった。18世紀終盤の上質な娯楽音楽であることはわかるが、現代の環境・現代人の耳との相性はきっと考える以上に良くないのだろう、と改めて思ってしまった。

posted by あひる★ぼんび at 23:28| Comment(2) | 音楽

2017年01月28日

色〜ラインハルト・マイA

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「色」1990年アルバム
(私のベルリン/兵士は皆帰ってくる/ひとり/仔馬のバラード
少女/11月のゴルフ/錆びた車/ルチアーノのレストランで
世界の果ての私の村/選挙日/二つの椅子の間/私たち)

ラインハルト・マイ(ヴォーカル)

(インターコード ドイツ輸入盤)




故郷ベルリンへの愛を歌った「私のベルリン」にはじまり、淡々と紡がれた歌の花束。
ここに集められた歌は、アルバム名の通り色彩感があると言えないこともないが、どの歌も哀愁と、毒を含んでほろ苦い。残念ながら、日本人にはそのほろ苦さの根源のすべてを理解することはできそうもない。
マイは少々多弁すぎる詩句に、ドイツという国とそこに住む人々がここ100年余りで蒙った災難と、歴史や民族間の歪みを深く刻んだ。
軽く楽しい歌を提供してくれるポップシンガーではなく、ドイツ人のステレオタイプとも言えそうな固さと重さを厭わないメッセージシンガーなのだ。
その歌詞は宗教哲学的な要素は薄い。題材が現代社会と日常生活ゆえ、必要以上に過激に響いてしまうこともある。
穏やかな声や容姿、曲想とは不釣り合いなほどだ。
ラインハルト・マイは大戦中の1942年の生まれ。
彼が物心ついた頃のベルリンは、連合軍空爆による破壊、そしてソ連軍の包囲、略奪を受けた。
瓦礫の山となった街は再建もなかなか進まず、この「私のベルリン」にはその様子が描かれている。
その後には冷戦のいざこざをもろに蒙った街であり、マイの心には大きな傷が残ったことだろう。
そんな歌をアルバムの冒頭に置いているので、明るい気持ちで聴けるはずもない。
どの曲も皮肉にあふれ、隠喩を多用、シャンソン風の「ひとり」や、愛の危機と再生を信じる気持ちを歌った「私たち」は言葉の壁を越えて聴く者に不思議な思いを呼び起こす。
たまに陽気なアレンジの曲が出て来ても翳りは隠せず、オペラ風の演出をした「ルチアーノのレストラン」は、もともと声の力で聴かせるタイプではないマイには不似合いになってしまっている。
・・・そんな風に歌としてはマイナス要因が目立つのに、多くのファンを獲得し、ヨーロッパ各国で愛好され続けている不思議・・・。
そういう風に歌詞で聴かせる歌手ゆえ、ドイツ語から遠い日本人に知られていないのは当然なのだろう。
Youtubeから引用。
https://www.youtube.com/watch?v=kmGBylGJ30Q
「私たち」


posted by あひる★ぼんび at 21:45| Comment(6) | 音楽

2016年12月22日

ハンプソンの叙情的間奏曲

ハンプソンはレナーテ・ヒルマール=ヴォルトという研究者と共に、ベルリンの国会図書館で、シューマンの手による楽譜原稿を発見した。
「抒情的間奏曲からの20のリート」と題された、いわば「詩人の恋の初稿」である。
曲はEMIから事実上の世界初録音としてリリースされた。1994年10月のことである。

hamp-sch.jpg
シューマン:ハイネの詩によるリート集
*リーダークライスop24
*哀れなペーターT-V
*叙情的間奏曲からの20のリート

トーマス・ハンプソン(バリトン)
ヴォルフガング・サヴァリッシュ(ピアノ)
(EMI EU輸入盤)




いかにも推敲前の散漫さを感じるその曲を初めて聴いた時、「詩人の恋」全16曲へと改訂して大正解!と思ったものだ。
現行版と著しく異なる第1曲からして粗野で、各曲のメロディもオプション部分を使わないので音域が狭く、とにかく地味に響いていた。
ハンプソン自身も探りながらだったのだろう。サヴァリッシュのやけに冷静なピアノと相俟って、慎重きわまりない歌唱だと感じた。

そのときから10年以上たった2007年12月ミュンヘンでのライヴを収録したのがこのDVDだ。
hanpschum.jpgシューマン:
「ケルナーの詩による12のリート」op.35
「ハイネの抒情的間奏曲からの20のリート」

トーマス・ハンプソン(バリトン)
ヴォルフラム・リーガー(ピアノ)
( EUROART-UNITEL DVD オーストリア輸入盤)





ここでの歌唱は、以前のそれとはまるで対照的な、オペラティックで劇的・積極的な音楽だった。
唾は塊となって飛び、額のみならず顔中汗まみれ。クリスマス直前真冬の収録だというのに…
これは迸る感情が体内で飽和して溢れているのだろう。終始、世にも恐ろしげな怒りの表情。
心の内側を彷徨うことと、表面への放出を繰り返しながら、精神崩壊ギリギリなのでは?と心配になるほどの熱唱だった。
ピアニストがサヴァリッシュからヴォルフラム・リーガーという人に代わったことだけが理由ではないだろう。
10年歌いこんでハンプソンが得た「解釈」なのだと思う。

Im wunderschönen Monat Mai (美しい五月に)
Aus meinen Tränen sprießen (僕の涙から)
Der Rose, die Lilie, die Taube, die Sonne (ばら百合鳩太陽)
Wenn ich in deine Augen seh' (君の瞳を見つめる時)
Dein Angesicht (君の顔は→のちのOp.127-2)
Lehn' deine Wang'(君の頬を寄せよ→のちのOp.142-2)
Ich will meine Seele tauchen (僕の心を潜めよう)
Im Rhein, im heiligen Strome (ライン川、その聖なる流れに)
Ich grolle nicht (僕は恨むまい)
Und wüßten's die Blumen, die kleinen (花がわかってくれたなら)
Das ist ein Flöten und Geigen (あれはフルートとヴァイオリン)
Hör' ich das Liedchen klingen (あの人の歌を聞くと)
Ein Jüngling liebt ein Mädchen (ある若者が娘に恋をした)
Am leuchtenden Sommermorgen (まばゆい夏の朝に)
Es leuchtet meine Liebe(僕の愛は輝き渡る→のちのOp.127-3)
Mein Wagen rollet langsam(僕の馬車はゆっくりと→のちのOp.142-4)
Ich hab' im Traum geweinet (僕は夢の中で泣いた)
Allnächtlich im Traume (夜毎君の夢を見る)
Aus alten Märchen winkt es (昔話の中から)
Die alten, bösen Lieder (古い忌わしい歌)


曲の構成としては「詩人の恋」の16曲に「君の顔」「君の頬を寄せよ」「僕の愛は輝き渡る」「僕の馬車はゆっくりと」の4曲が加わっているだけなのだが、幾つかの曲は現行版とは異なるメロディをもっていて、当然、表現の方向性も違って聴こえるのだ。

ハンプソンの解釈では、意外にも、怒りの頂点とも言える曲が「僕は恨むまい」ではなく「あれはフルートとヴァイオリン」にあった。
そこには聴きなれた現行版の歌謡性は全くなく、朗唱スタイルで怒りをストレートにぶちまけている。
また、「僕の馬車はゆっくりと」の最後の音に続けて「僕は夢の中で泣いた」が歌われることで、この夢は馬車の中での白昼夢、ピアノパートには車輪が踏む石のゴツゴツとした衝撃、なんだか納得のいく状況だと思った。
明るいはずの「僕の恋は輝き渡る」も「ある若者が娘に恋をした」も皮肉と自虐にあふれ、すべてに邪気と死の影が憑りついている。ハンプソンの魔王のような表情も恐ろしい。憑依されたような異様な目・・・。
最後の2曲も、世間で言われるような落ち着いた詩人の「恋の回想」などではない。
怒りの極致の放心と完全な崩壊である。故に、ピアノの後奏のなんと哀しいこと。
こうなるとこの曲集はシューマンにとっての「冬の旅」のようにも聴こえる。
それは共に旅する楽師もいない、永遠に孤独な「心の旅」だ。

01DSCF4088.JPG
    知っているかい この棺桶が
   こんなに大きく重いわけを
   僕は この中に僕の愛と
   僕の苦しみを ともに沈めたのだ・・・
   
   (終曲Die alten, bösen Lieder最終節より)




シューマンはクララとの恋が成就したそのタイミングでなぜこの曲を書いたのか。
それは「詩人の恋」の形態では感じることのなかった、大きな謎である。
多くの解説に「少々色合いの異なる4曲を省いて・・・」とあるが、それだけではないだろう。おそらくコンセプト自体の大転換だったのだ。
スターピアニスト・クララと人気上昇中の音楽家ロベルトが結婚直後にこの形でこれを世に出すのは、あまりにも不吉と思えたのだろう。ゆえに4年ほど温め、物語の体裁を整え、メロディに歌謡性を加えて発表したのでは…と思えるのだ。
結局、数年後には本当に精神崩壊がはじまり、10数年で自らを葬り去ることになるのだが・・・すでに何か予見していたということなのかもしれない。

もう1点、このDVDで、ハンプソンの人気の秘密がわかる気がした。それはCDを聴いていたのではわからない部分で、観客を前にしての高揚と緊張をいかに自分の芸術と結びつけるか、という才能だ。
プライやディースカウの実演でも感じた、大家の必要条件。ハンプソンも大家への道を歩み始めたのだと確信できた。

音楽そのものとは関係ない事だが、最後の拍手があまりにも早すぎる。
ハンプソンが現実世界に戻ってくる前のフライングブラヴォー。
全てを台無しにしかねない蛮行だ。正直、バカ野郎!と思った。
昔、プライのコンサートで「美しき水車小屋の娘」の最後の音が消える前にやらかしたやつがいたが、あの時は怒りより残念さで眩暈がしたものだ。パドモアのリサイタルでも大いびきをかいているオジサンがいた。本当にあなたは何を聴きに来たのですか?!とつくづく尋ねたくなる。
posted by あひる★ぼんび at 23:11| Comment(2) | 音楽

2016年12月12日

バランスという才能〜ティペットの音楽

マイケル・ケンプ・ティペットは英国の作曲家・指揮者。1905年に生まれ1998年に亡くなった。
ネット上で見られるプロフィールは、音楽に対する幼年期の天才性と並べて、「中流の上」の家柄だとか、徴兵拒否による投獄や思想活動、マイノリティな性癖など、およそ音楽とは関係ないことばかりが雑多にとりあげられているので、音楽的特徴部分がぼやかされる表記になってしまっている。
そのへんはなんとも不思議なのだが…その作品を聴いたことのある者にとっては、何となく、さもあらんと思えてしまうのが面白い。
彼の作品は、破綻なく、適度に技巧的だが、唯一無二といえるほどの個性があるか、というと疑問符がついてしまう。多分、強い嫌悪感を持つ人はいないだろうが、感動で虜になる人も少ないだろう…そんな感じ。

tip1.jpg
ティペット:
   管弦楽の為の協奏曲
   トリプル・コンチェルト

ジョルジ・パウク(ヴァイオリン)
ノブコ・イマイ(ヴィオラ)
ラルフ・キルシバウム(チェロ)
ロンドン交響楽団 コリン・ディヴィス(指揮)
(フィリップス EU輸入盤)



このCDには2つの作品が収録されている。
こういう音楽を聴くたびに頭をよぎるのは「音楽とは」という定義の部分だ。
ある「音」が作曲家が定めた法則で鳴らされる時「音楽」と呼べるものになる。
しかし、近現代の法則は多様すぎて、聴きなれない人には「音」から「音楽」に進化する過程で別方向にシフトしてしまう可能性がある。
まあ、ティペットの場合、まだ同国のマクミランの作品のような、工事現場のような濁音ではないのでまだ聴きやすいが、それでも「音合わせ?」とか「音楽はいつはじまるのですか?」と訊かれてしまいそうなのはまさに時代性なのだろう。
ペルトのような静方向の刺激はなく、タヴナーのような神秘性もない。シュニトケのような諧謔も、メシアンのような技巧も感じない。そして何より、聴き手へのサービスが何もない。
そんな、ないないづくしの音楽だが、視点を変えて捉えれば、音の断片が集積と解体を繰り返す中に過去の大作曲家たちの「影」が映し出されているような面白さがある。
近代の作曲家が愛好し、20世紀の半ばに大流行した「オケコン」やベートーベンら古典派の「トリプル」という編成を借り、それらのエコーを呼び覚まそうとするかのようだった。
そんな、聴き流すことも深読みもどちらも可能な音楽というのは、そんなにはない。
流石、地味ながら、全世界に一定の愛好者を生んでいる作曲家の作品だと思った。
彼の理解者・積極的紹介者のひとり、ディヴィスらの演奏もとても丁寧だ。

20世紀の音楽芸術は「不幸な時代」に突入していた。ティペットの生涯はその20世紀をまるまるカヴァーしている。通常のルールではそこまでの過去数百年でやりきってしまった感のある「作曲」という仕事。
独創性を意識してしまうと素直に書けるはずもなく、まして、資本主義社会の中で芸術を職業として成立させ、生涯その立場を全うしようとしたら、違う部分のバランス感覚が常に必要になっただろう。
ちょっと聴いただけではただ淡白なティペットの音楽も、実は考え抜かれたバランスの上にあるとしたら、何やら計り知れない「才能」を感じるのだ。
21世紀に入って、音楽芸術はどのように展開するのだろうか。まるで停滞しているように思えてならないのだけれど・・・。


posted by あひる★ぼんび at 23:14| Comment(4) | 音楽

2016年11月23日

作曲家としてのリパッティ

ディヌ・リパッティは1917年ルーマニアのブカレスト生まれ、1950年ジュネーヴで没したピアニスト。 ルーセルやブーランジェに作曲を学び、ピアノの腕をコルトーに見出され、演奏活動するが、その才能を期待されながら、人生の上り坂の途中に33歳で病没してしまった。
彼の詳細についてはファンサイトも多数存在するので、そちらを参照して頂きたい。ここでは敢えてとりあげない。
その実像が必ずしも明確でないのは、レコード会社が売り材料として業績の1部を歪めてしまったこと、そして遺族が「理想的なイメージ」を守ろうと色々規制したせいだろう。それほどに期待を集め、早すぎる死を惜しまれるスターだったのだ。

lippa-5.jpgリパッティ:作品集
  古風なコンチェルティーノop3(1936)
  夜想曲(1937) 夜想曲(1939)
  左手の為のソナタ(1941)
  バッハによるパストラーレ(1942)
  バッハのカンタータBWV208からの2つの編曲(1950)

パドゥア・ベネト室内管弦楽団 ゲルト・メディツ(指揮)
マルコ・ヴィンツェンツィ(ピアノ)
(Dynamic イタリア輸入盤)



ここに集められているのはリパッティの10代から亡くなる年のバッハの編曲作品まで、生涯にわたる作品が集められている。
まず「コンチェルティーノop3」。
この作品はまだ10代のリパッティがバッハら先人に最大のリスペクトを込めて書いた、ピアノ独奏と室内合奏による4楽章からなる協奏的作品。
第1楽章はまるでカンタータの編曲のようなメロディを持つ優しい表情をしている。
第2楽章はヴァイオリンとヴィオラのソロを伴うロマンティックな音楽。
あとの2つの楽章は少し個性が弱い気がするが、伸びやかだ。
時代的なヴィルトージティからはるか遠く、地味である。
ある意味、リパッティのアーティストとしてのスタイルを反映しているようにも思えた。 続く2つの夜想曲は、極めてダークだ。
同じ人の作品とは思えないほど、分裂的で、12音技法で出来上がりそうなラインをもつ不安げな曲。「世界大戦に向かう不安な空気を表して…」とか「病気の最初の兆候が…」とか言ったら信じてしまいそうだ。
バッハのカンタータ・コラールの編曲は、ブゾーニらの手の込んだ編曲とは趣の大きく異なるシンプルなものだ。

ヴィルトーゾ的な派手な活動展開をしなかったリパッテイゆえ、作品にもそのカラーはみられない。難しいのはその場合、世間一般が必ずしも価値(というより面白さ?)を認めないことがあるということだろう。古くはリスト、ラフマニノフやゴドフスキ−らの派手なパフォーマンスは人を引きつけるが、細やかに紡がれる音では、激動の時代の中でアピールするのは難しいのだ。彼の丁寧に編みこまれた音楽は、コマーシャリズムもヴィルトージティもそぐわない。埋もれてしまうのは惜しいものだが、彼の短い生涯と同様に記憶の中だけに響くものになっていくのだろう。
静かに流れる音楽を聴きながら、そう思えてしまった。

posted by あひる★ぼんび at 23:19| Comment(0) | 音楽

2016年11月01日

「北欧の声楽」

Singerpur「シンガープア」あるいは「ジンガープル」。
男声5人、女声1人のドイツのヴォーカルアンサンブル。
1991年に結成され、当初のレパートリーはジャズ音楽を中心に据えたものだったようだが、1994年に女声歌手が加わってから、アーリーミュージックに重心がシフトしていった。
一般に認知されたのはその頃なので、当時から現在までアーリーミュージックのヴォーカルアンサンブルと見なされることが多いようだ。

sinpnor2.jpg
「北欧の声楽」(21曲)
ステンハンマル/パルクマン/フォクステット/
ラウタヴァーラ/リンドベリ/サルマント/
ペッタション=ベリエル/タウロ/ハンソン/他の作品

ジンガープル(ヴォーカルアンサンブル)
(MEMBRAN ARSMUSICI ドイツ輸入盤)



このNordisk Vokalmusik(北欧の声楽)は1997年にリリースされたもの。
ケルン西ドイツ放送(WDR)の企画。
北欧諸国には「合唱音楽」の伝統があって、各国は異なる民族ながらそれぞれ特徴ある文化の花を開かせている。このアルバムには、ほとんど聴いたことのないような現代作曲家の作品に、ステンハンマルやP-ベリエル、ラウタヴァーラといった比較的名の知られた作曲家の作品を散りばめている。ここにグリーグやシベリウスなどの国際的評価が確定している作曲家を含めなかったのはひとつの見識だろうか?
各国にはそれらを得意とする優秀な合唱団が多数あるわけで、それらの団体が取り組みそうなナンバーを集めて、異国人の彼らがこうしてアルバムにするのは勇気ある挑戦にも思えた。
しかし、歌い方はいつもの通り。特に気負うことなく、締め上げず、磨きすぎず、張り詰めすぎず、心地よい。オペラ歌手が集まって、まんまの発声でポップスを歌うようなゲテモノ(失礼!)ではないので、終始安心して聴ける。たまに口の悪い評論家がこのアンサンブルの緩さをあれこれ言うことがあるようだが、特にそう感じる部分はなかった。とにかく、もともと広いジャンルを歌っていた彼等にとってはこれらは「レパートリーのひとつ」なのかもしれないが、リリースされるアルバムは中世ルネッサンスものばかりなので、多くの人には珍しいレパートリーと聴こえたことだろう。
男声5人にソプラノ1人という変則的な編成で、丁寧に次々と歌われる小曲たち。
発声としてはドイツ的な要素はそれほど感じず、より柔らかい小規模アンサンブルの多いイギリス風の響きを持っているように聴こえた。
その独特の編成と声質が、こういう「寒い国」の音楽に一段と「孤独感」のような風景を加えている。
声質としてはこのグループが普段取り上げているルネッサンスやバロックの宗教曲と何ら変わりはないのだが、このように「特に変えない・付け足さない」というのは、ある意味、ありそうでない切り口で、新鮮に感じたのは確かだ。
いわゆる本場ものは大抵、編成が大きい。その分厚い男声の低音や明晰な女声も特徴的で良いのだが、うまく歌われれば歌われるほど、技術的な面に耳がいってしまう。素晴らしい前提で「気楽にちょっと聴いてみよう」とはならないものが多いと感じていた。
対してこの演奏。
薄味で、深みはないかもしれない。ダイナミクスも狭い。さらに…これは大きいことなのだが、日本人が聴いた場合の言葉の壁は避けられない。フィン語やノルウェー語の意味が聴き取れない自分たちが、それでも感動を呼び起こされるとすれば、純粋に「旋律線」と「響き」だけが勝負になる。これはもはやハードルなどという生易しいものではないだろう。
しかし…自分としては、最初の1曲から「イメージの深い森」に行くことができた。当然全ての曲ではないが、素晴らしいと思った。やはり、技巧的な曲より、シンプルに「北欧的美旋律」(←北欧ポップスやロックが流行した時、やたら音楽評論家が使った言葉)を紡いだ曲は強い。タウロの「秋の歌」など、キャッチーで先の見通しの良いメロディが直接感性を刺激してくる。それらの曲を弾みに、少々散漫だったり難解すぎる他の曲もさらりと楽しめてしまうようだった。
今の季節にぴったりの美しい時間を提供してくれる1枚だった。
posted by あひる★ぼんび at 23:11| Comment(2) | 音楽

2016年10月22日

思い出のレコードからB〜ペールギュント組曲

gri-riv.jpg
グリーグ:
ペールギュント第1組曲・第2組曲
4つのノルウェー舞曲

  ジャンフランコ・リヴォリ指揮
  ウィーン音楽祭管弦楽団
(コンサートホール LP 国内盤)





僕は、3歳の頃にはすでに所沢住みだったのだが、浅草の母の実家の理髪店が忙しい時期には、母は僕や妹をつれて戻って、店を手伝っていた。
「忙しい」わけだから、かまってもらえるはずはなく、僕は大きなステレオ装置の前に寝そべって、よくレコードを聴いていた。(ポータブル機ではなく、フルサイズ・フルオートだったので、レコードさえ乗っていれば幼児にも扱えた)そんな僕の愛聴盤のひとつがこの「ペールギュント」だった。
それでも、手が空くと母は色々な本を読んでくれたし、これを聴くときは、時々、母がペールの物語を読み聞かせてくれた。
当時の自分が内容をどこまで理解していたか…当然そんなことは知り様もないが、後の感覚では充分というかかなり正確に物語を把握していたと思う。
母はどうやらイプセンの「ペールギュント」をしっかり調べていて、その複雑な物語の核心をはずさぬようにわかりやすく整理して伝えてくれていたようだった。
自分自身が小学生の頃には「組曲」では当然描かれていない部分まで細かく知っていたのがその証明だ。
音楽が鳴ると脳内で映像が展開される。
その映像は…不思議なことに「山の魔王」の姿がウルトラマンシリーズの怪獣になることはなかった。真面目に幼いなりに、持てる知識を総動員してイメージできていた。この曲集は19世紀異国趣味流行の関係で、様々な国々の情景(かなりステレオタイプだが)が盛り込まれているから、母はそんな国々を解説する教材としても良いと思ったのかもしれない。中高生になってから知った北欧の情景やモロッコの砂漠が、イメージとそれほど違っていなかったことはむしろ大きな驚きだった。

この演奏の指揮者、リヴォリは1921年イタリア生まれ。2005年に没しているが、この盤を録音した頃はまだ若手だったはずだ。演奏はコンサートホール・ソサエティから数点が出ていたが、もちろん、この盤を聴いていた頃はそんな部分に興味が行くことはなかった。
当時、浅草の家にあった「ペールギュント」はこのリヴォリ盤のほか、ビーチャム盤もあったと記憶している。ビーチャム盤は声楽パートが含まれ、それがかえってイメージの邪魔になったのか、とにかく気楽に良く聴いたのはこのリヴォリ盤だった。
もう一つの愛聴盤はブラームスの「ハンガリー舞曲全曲」だった。
ジョセフォヴィッツ指揮ウィーン音楽祭管の演奏で、力強さとセンチメンタルが共存した4番と20番がお気に入りだった。ちなみにその盤は母がうちに持って来ていたので、未だに所有している。
コンサートホール・ソサエティの会員制レコード通販は1962年に始まっていて、この盤は初期の頒布物だったようだ。これらの盤の所有者が誰なのかは知らない。母か、たくさんいる叔母叔父の誰かか。それぞれがコンサートホール・ソサエティやリーダースダイジェストを定期購読していたから、今でもその辺はわからない。
高校生になった頃、祖父が亡くなった。事情があって、数年後には浅草の実家にはいかなくなってしまい、このリヴォリの盤については、その後の行方は知る術がなかった。

そんなこんなで、これはオークションで買いなおしたもの。
良い時代になったものだ。たいていの過去のものはよほど希少でない限り手に入る。
但し、これについてはもはや音楽鑑賞の為ではなく、自分と、母の思い出の為のものだ。
思い出の中で今も鳴っている「あの音」と、そこにかぶさる「母の声」を打ち消したくない思いも強く、こうして買い直してからは聴いていない。
「ペールギュント」自体は数十種類を所有しているので、音楽を楽しみたい時はそちらを聴くことにしているわけだし。

posted by あひる★ぼんび at 19:02| Comment(4) | 音楽

2016年09月14日

思い出のレコードからA〜モラーヌのフォーレ

カミーユ・モラーヌは1911年生まれのフランスのバリトン。
フランスオペラの認知度はイタリアオペラより低く、また、フランスのメロディ(芸術歌曲)もドイツリートほど一般に知られていなかった。いくらモラーヌがどれだけそのジャンルで活躍したところで、日本での人気は一部の愛好家に留まっていた。
ほぼ同世代のスゼーほどインターナショナルな活動をしていなかったこともあるだろう。
モラーヌは声に余力を充分残しているうちに舞台を降りてしまい、後半生はほとんど教育活動に時間を割いたようだ。 亡くなったのは2010年。99歳という長寿だった。
若き日の声以外を知らないのだが、甘く、柔らかく、テノーラルなハイバリトン。
パンゼラより、スゼーよりずっと軽やかな美声に思えた。

そのモラーヌが歌ったフォーレの歌曲集は、中学時代からずっと自分の愛聴盤だった。

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フォーレ:歌曲集
夢のあとに/漁夫/この世で/ネル/秋/夜明け/
ある日の詩/ゆりかご/秘密/イスパハンのバラ/
贈り物/涙/墓場にて/バラ/消え去らぬ香り/牢獄/
アルペッジョ/夕暮れ/一番懐かしい道/9月の森/

カミーユ・モラーヌ(バリトン)
ピエール・メイヤール=ヴェルジュ(ピアノ)
(日本コロムビア LP 国内盤)


廉価盤なので歌詞カードがなく、当然フランス語もわからないのだが、「夢のあとに」「漁夫」「ゆりかご」…次々に繰り出すセンチメンタルなメロディラインに聴きほれた。
フォーレの音楽の力とモラーヌの霊感に満ちた歌唱、それだけで充分感動できたのだ。

また、当時の自分はモラーヌの容姿風貌を知らなかった。
モラーヌのフォーレのLPは後期作品集はエラートレーベル、初期・中期作品集はマイナーレーベルのものなのだが、日本コロンビアの廉価版方針でデザインが極めて簡素、どの盤にもフォーレのポートレートしか載っていなかったのだ。
その為、脳内ではモラーヌの風貌=フォーレになってしまっていたのだ。
CD時代に入ってから初めてモラーヌの御尊顔を拝したが、フォーレよりずっと爽やかなお顔。
いや、声のイメージとぴったなのだが、ちょっとした逆ドッキリだった。
Camille.jpg

このLPには録音データがないが、1950年代後半の録音と思われる。
STEREO表記はあるものの、実際は左右チャンネルごとはモノラルっぽい平面的な音。
だが、じつはこれが面白い。
なんと、片チャンネルにはモラーヌの声だけが入っていて、もう片方はモラーヌの声の微かなアンビエントとピアノパートが入っている。
再生場所が広い部屋で、音量も確保できる環境の場合、しっかり調整をとればモラーヌとピアノのリアルさが半端ない。隣りの部屋から聴いたら(隣りがミソ。音自体には奥行きがない為)まるでそこで演奏しているようなのだ。
モラーヌのみにすると無伴奏になるので、フォーレがどんなふうにヴォーカルパートを書いたか丸わかりになるし、ピアノのみにすると微かなガイドヴォーカル付のカラオケになってしまう。製作者の意図とは関係なくいろいろ楽しめた。

このLPは80年代の終わりにCD化されていて、もちろんその盤も買った。
maurane-fau.jpg
(XCP フランス輸入盤)
こちらはバランスをとって、きちんとミックスされていた。
なんだかちょっとがっかりだった^^;
もちろん気兼ねなく繰り返し気軽に聴けるのはCDだし、安定した音でモラーヌの真価が聴き取れるのは嬉しいことだ。

そんなわけで、レコードのほうは観賞&遊び&自分の歌唱練習に重宝した一枚だった。
おかげで随分傷んでしまって…ああ、これはもうダメだな、と思っていたところ、天の助け。ヤフオクで超廉価で未開封盤を落札できたのだった。
これはそれこそ、このLPじゃなければダメ!!という一品なのだ。めでたしめでたし。

posted by あひる★ぼんび at 23:50| Comment(3) | 音楽

2016年08月14日

思い出のレコードから〜シュライアーのシューマン

その曲が「特別」なのではなく、演奏者が「特別」なわけでもない。
色々な条件が折り重なって、そこに同居して、結果「特別」に感じるものがある。
これもそのひとつ。

ps-et3033s.JPG
シューマン:リーダークライスop.39
ハイネ・ライニック・モーゼン他によるリート集


ペーター・シュライアー(テノール)
ノーマン・シェトラー(ピアノ)
(徳間エテルナ LP 国内盤)





このレコードは、高1の時、行きつけの店で購入した。「昭和50年6月6日」のことだ。
以後見かけることはなかった。そう…リートのアルバムなど、よほど売れる確証がない限り店頭には出ないし、売れてしまえば再入荷はしないのだ。
高校から自宅の中間点にその店はあったので、放課後はよく立ち寄った。店長さんはこんな高校生の一方的なオタ話によくつきあって下さった。さぞ迷惑だったことだろう。店はとっくの昔に廃業してしまったようなので、謝ることもできないのだが。おそらく店長さんは、たびたびプライやディースカウ、シュライアーのLPを買っていく僕をターゲットに入荷してくれたのだと思う。ネットショップの「あなたへのおすすめ」以上に確実なおすすめだった^^

その購入日はジャケット裏面最下部に記入してある。
このルールは、父が「持ち物には自分の名と何年何月何日どこで買ったか書いておけ」という「古い時代の習慣」を半ば強要していたのがはじまり。 読書家が蔵書に記名記録するのと同じだ。素直に従ったのは、どうせ転売はしないし、納得の上のことである。
6月6日は行っていた高校の開校記念日だった。休校日だから出向いて買ったことになる。翌日は恒例の成績順位が公開される「実力テスト」があったはず(この時は入学からまだ2ヶ月で、まだその過酷さには気付いていないのだが…)で、買った日にすぐに聴いたかどうかは覚えていない。

このジャケットの新緑の情景と爽やかな空気感は、そのままこれを聴く時の勝手な期待と先入観に結びついた。40年を経て、なおもその印象からは抜けられず、シューマンのリートから感じるのはまず春の息吹である。
「くるみの木」や「君は花のように」「君の顔は」、そしてop39が描き出す世界には新緑の風と光が満ちていた。本来はもっとダークで屈折したアイヒェンドルフやハイネのテキストからもそのときめきを(勝手に)読み取っていた。
すべて、このジャケットとシュライアーの歌のなせる業だった。
さらに音楽の教科書にあった「はすの花」を歌う時も、ほとんどこの盤のマネをしていたのも覚えている。(ちなみに別の刷り込みのあったシューベルトの諸作品では思い切りプライのマネをしてしまっていた。)
この盤のシュライアーは折り目正しく、過剰な表現がない。発音も後年ような癖はなく、またヒステリックになる部分も皆無。総じて淡白。シェトラーの粒のそろった、しかし間をたっぷりとった穏やかでサラリとした感触のピアノも素晴らしい。
同時期の彼等の「詩人の恋」が過剰な強い表現だったのは驚きと残念感いっぱいだったが・・・。

毎朝、登校時間まで自分の部屋で、寝転がってそれらのリートをカセットテープにダビングしたものを聴いていた。
窓からのぞく緑と空の色を眺め、ただぼんやりとする時間。
歌詩はすべて覚えてしまった。その記憶力を学校の英語で発揮すれば、かなりのもんになれるぞ!…なんて、先生にもよく言われたのだったが^^;
今でも、聴いて思い浮かべるのは、たくさんの友人たちの笑顔や、中高生時代の出来事、父や母のこと…音楽とも歌詩内容とも関係ないことばかりだ。
つまり、「音楽」を聴いているのではなく「思い出」を聴いているわけだ。
30cmのタイムマシン。CD化されてはいるが、時間旅行にはレコード盤の音が良いようだ♪

posted by あひる★ぼんび at 22:38| Comment(3) | 音楽

2016年07月20日

ボッセの穏やかな遺言

ゲルハルト・ボッセ。1922年生まれ。ゲヴァントハウス管弦楽団の名コンサートマスターとして長く活躍し、ゲヴァントハウス・バッハ管弦楽団の創立者。晩年の10数年は日本で新日本フィルや神戸市室内合奏団、大学での講師として活動した。
老マエストロにありがちなギチギチ楽員を締め上げるタイプではなく、むしろその対極、永年の楽団員としての演奏感覚と深い学識を生かした指示で端正にまとめる手腕を持っていた。
「リラックス、リラックス!」ボッセはどんな時もそんな言葉を楽員に投げかけたという。
「この曲はもう何度もやったからという気持ちになることが、いちばんよくない」
「正しい音を弾くだけでは不十分」
「繊細な表現を実現するには、テクニックと感情の両方が必要。加えて知識と冷静な分析も必要」
「指揮者をしていて、いちばん幸せだと思うのは、演奏会のあとでメンバーが来て、楽しかったと言ってくれるときです。ステージ上の演奏者が幸せでなければ、お客さんを幸せにできるはずがありません」

ボッセが亡くなったのは2012年5月。これはその1年前の2011年3月10日に録音されたCD。
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J・Sバッハ:ブランデンブルク協奏曲(全曲)
ゲルハルト・ボッセ(指揮)神戸市室内合奏団
白井圭 (vn)平尾雅子&瀬田麗 (ガンバ)花崎薫 (vc)
北谷直樹 (チェンバロ)白尾彰 (fl)岩佐雅美 (fg)
古部賢一、森枝繭子&多田敦美 (ob)垣本昌芳&永武靖子 (hr)
太田光子&宇治川朝政 (ブロックフレーテ)、高橋敦 (tr)
(Altus 2枚組 国内盤)



このCDライナーノートに書かれたの本人の言葉。
  この録音を聴くたび、あの日のことを思い出すだろう。
  愛する人を亡くし、家を失い、故郷まで失って傷ついた人々の心が、
  J.S. バッハの音楽から何かを受け取ろうとする時、私たちの演奏が
  少しなりともその仲立ちになれるなら、これほどの喜びはない。

そう、このCDはその演奏会のライヴ録音だ。開演から終演までの記録ではなく、曲順や曲間に編集があり、アンコールもカットされているが、ボッセも団員も自ら最高の演奏だったと自認するコンサート録音がこうして残されたことは喜ばしい。
スマートな演奏だ。無駄にピリオドに影響されていないようで、フレーズのリズムや音色が若々しい。
「18世紀の音楽に必要なのは話し言葉のアーティキュレーション」というボッセ。ドイツ語的に書かれたバッハの音楽を日本人が把握するのは大変だったと思うが、ここではしっかりその意図を汲み取って演奏している。
人によってはもっと暗い音色を好むのかもしれないが、ボッセ自身がソリストを精査厳選し集めたメンバーは優秀で、技術的な不安も、余計な翳りも曇りもない演奏に仕上がっている。

以前「年に何回か無性に管弦楽組曲やブランデンブルクを聴きたくなる」といったことをこのブログに書いたことがあった。これもそうした気分で購入したものだった。
随分前からボッセ/ゲヴァントハウスによるブランデンブルクは愛聴していて「東ドイツのバッハ」の先入観を覆す爽やかな演奏が印象的だった。
この盤に関しては「日本の合奏団と全員日本人のソリストによる演奏」ということで今度は極めて中性的な演奏になるのかな・・・というやはり勝手な先入観を持って手にしたのが正直なところだった。
しかし、聴いてみれば・・・音が立ち、踊り歌う。活発にして優雅。しかし18世紀の慣習から逸脱することもなく堂々と「音楽」を聴かせてくれていた。
ただ、聴きながら「この演奏中は明日起こる悲惨な出来事はだれも予想できなかったのだろうな」とか「1年少しでボッシュさんも神に召されてしまうなんて、それもわからなかったのだろうな」などと考えてしまったのも事実だ。でもそれは演奏のせいではない。
今こうして楽興の時に浸れる幸せを感じる事は大切だと思う。天災は避けられないながら、被害を最小にする工夫や、人災で災害を上塗りしない工夫は何か等、そこにも思いを巡らすのも重要だと、聴くたび確認することになる盤でもある。

この記事を書いているのは7月20日の朝。
さっき、7時25分、茨城県震源でM5の地震があった。
うちは高層なので結構大げさに揺れる。災害はいつ起こるかわからないな。
注意怠ることなく備えよ!それが難しいのだけれど^^;
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2016年06月14日

マリー・ジャエルの肖像

マリー・ジャエルは1846年アルザス地方に生まれ、1925年にパリで没したフランスの女流作曲家・ピアニスト。
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旧姓はトローマンといい、9歳でモシュレスに期待をかけられ、その予想通りパリ音楽院を首席で卒業し、ピアニストとして活躍した。
1866年、作曲家アルフレッドと結婚。ブラームス、サンサーンス、リストらと交友し、後にはリストからピアノの手ほどきも受けたという。
1882年に夫は逝去してしまうが、彼女はその後もかなりの数の作品を生み出し、オペラ、管弦楽曲も多数書いた。しかし、20世紀に入ってからは教育家の視点が強まったようで、作曲よりも音楽心理学やピアノ教則関連の著作を数多く発表するようになる。
現在、マリー・ジャエルの名があまり知られていない明確な理由はわからない。
特に意図あって埋もれさせられたわけではなく、話題性を極めたのちは、ローカルな教育活動に落ち着いてしまって、20世紀に急激に変貌した産業構造に乗れなかったから、といえなくもない。彼女の音楽を継続的に頻繁にとりあげる「国際的スター指揮者」や「ヴィルトーゾピアニスト」がいれば状況は違ったようにも思うのだ。
ではそれは何故いなかった?と問うなら、やはりフランスやヨーロッパの音楽界は男性優位社会であり、歴史的に根強い「女性差別」があるからなのだろう。作品内容ではなく、女性というだけで黙殺された作曲家は少なくない。最近この問題に着目する研究家も出てきたから、将来状況が変わってくる可能性はあるだろう。

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マリー・ジャエル:
・連作歌曲「熊たちの伝説」
・チェロ協奏曲ヘ短調
・ピアノ協奏曲第1番ニ短調/第2番ハ短調
・12のワルツとフィナーレ(連弾)
・ピアノ独奏曲集(組曲「麗しき日々」/地獄で(2曲)/
  煉獄で(2曲)/天国で(2曲)/雨の降る日)

  エルヴェ・ニケ指揮 ブラッセルズ・フィルハーモニック
  ジョゼフ・スヴェンセン指揮 リル国立o. グザヴィエ・フィリプス(vc)
  ダヴィド・ビスミュート、ニコラ・スタヴィ、ロマン・デシャルム、
ダヴィド・ヴィオリ、ダナ・チョカルリ(ピアノ)
リディヤ&サーニャ・ビジャク(ピアノ連弾)
  シャンタル・サントン=ジェフェリ(S)
(Ediciones Singulares 3枚組 フランス輸入盤)


この3枚のCDには声楽曲(メロディ)、ピアノ独奏曲、協奏曲などがまとめられている。
この盤のBOOK装丁は内容が充実していて美しいが、若干盛り込みすぎて、記載の優先順位が「CDを聴きたい人向け」ではないようで、データや曲目がわかりづらい難点がある。
まあ、それは本質的な問題ではない^^;とにかく、単発売ではほとんど気が付かないこれらの録音をまとめて聴けるのは大変にありがたい。音楽史の本の中で、名前だけでスルーしてしまう作曲家の作品が現実の音として存在感を持って迫ってくるのは大きな驚きと喜びだった。
作風は保守的。同時代のフランスの諸派の自由で実験的な響きより、ドイツ・ライプツィヒ人脈の手堅い音楽に、19世紀末のヴィルトーゾ性を加味したような雰囲気だ。特に短調主体に進む派手目な2つのピアノ協奏曲はロマン派協奏曲好きにはたまらない味わいがあるだろう。
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2016年06月10日

ハウゼッガーの自然交響曲

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ハウゼッガー:「自然交響曲」
  〜大管弦楽と混声合唱のための

       
WDRケルン放送交響楽団&合唱団
アリ・ラシライネン(指揮)
(CPO SACD ドイツ輸入盤)





ジクムント・フォン・ハウゼッガー(1872-1948)は、オーストリアのシュタイアーマルク州グラーツに生まれ、ミュンヘンで没した指揮者・作曲家。彼はブルックナー作品の紹介、特に弟子たちの改竄版ではない「オリジナルに近い形」での演奏に積極的だったという。ブルックナーの交響曲第9番原典版の初演も彼が行っている。また、オイゲン・ヨッフムの師匠でもあった。
音楽的には熱烈ヴァグネリアンだったようで、作品にはそれが色濃く反映していると言われているが、この交響曲しか耳にしていないので、わからない。
実際のところ、この「自然交響曲」の巨大な編成も、時代の音楽の流行に急激に合わなくなっている感もあったろう。
1911年という作曲年代を考えると、さあ、振り子をどこに振ろうか…という状態だったに違いない。
曲は4つの楽章が切れ目なく演奏され、クライマックスには混声合唱が加わる。マーラーの交響曲第2番、あるいは第8番の第2部のようなスタイルだ。そのマーラー第8は1910年、ハウゼッガーが活躍していたミュンヘンで初演されているから、その話題と成功がこの作品にも影響を与えているとも考えられる。

どんなものもそうだろうが、対象物が「極端なもの」の場合、好きな人は絶賛し、嫌いな人は眉をひそめる…これもそんな感じだ。フォアグラのごとく肥大した編成のオーケストラが綿々と謳い上げる交響曲。
ブルックナーを得意とするシェフがマーラーの手法で、Rシュトラウス風調味料で仕上げました…という後期ロマン派の極端な面を総動員したように聴こえた。しかも多分に映画音楽あるいは劇伴奏を思わせる作品だった。開始から末尾まで面白く聴けるし、大編成の管弦楽に合唱とオルガンまで加わるサウンドはドラマティックであり、長さも全曲で56分程度とほどほどなので、とても親しみのもてる曲だと思う。
でもこれが「名曲」の列に加えられていないことに、なんとなく納得がいってしまう気がするのはなぜだろう^^;
この曲がある日突然話題になって、名曲の仲間入り!は絶対にありえないのだろうな、と。
ゴッホの名画「星の夜」(1888年)をあしらったジャケットも、2005年から2006年にかけて行われた録音も、北欧音楽でお馴染みのラシライネンの采配、ケルン放送響の名人芸も、鮮やかで美しく、好印象の1枚だった。
posted by あひる★ぼんび at 23:27| Comment(0) | 音楽

2016年05月02日

ベシュトラインのシューマンアルバム

ウルフ・ベシュトラインは1959年ドイツ最北端のシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州生まれのバリトン歌手。
「国際的に活躍」と言えるほどスター的展開はしていないが、誠実な良い歌を聴かせてくれる。NAXOSのシューベルトリート全集でも好演しているし、バロックや古典派の宗教曲でもいつも好ましい印象がある。
「バスバリトン」と紹介されることが多いが、実際はかなりテノーラルな響きを持っていて、低音域は弱く柔らかい。パワーを要求されない曲なら凭れない爽やかさでしっくりくる。
耳を引きつける声ではないのに、そのディースカウともプライとも違う響きは、○○に似ているという該当者を思いつかせない。また、リズムのとり方や発音にも個性があるようだ。響く音とひっこんでしまう音があるので、伴奏楽器の響きに同化するカメレオンっぷりも特筆だ。歌い癖なのか、意図的な表現なのかわからないが・・・これは言葉では説明が難しい。興味がある人は機会があったら聴いてみてほしい。

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シューマン:
 ケルナーの詩による12のリート Op.35
 哀れなペーター
 二人の擲弾兵
 あなたの顔は 
 詩人の恋 Op.48

ウルフ・ベシュトライン(Br)シュテファン・ロウ(P)
(Hanssler ドイツ輸入盤)



このアルバムの録音は2003年、ベシュトラインは40代だった。
シューマンの「ケルナーの詩による12のリート」と「詩人の恋」を2本柱にして、ハイネによるバラード&リート3曲をサンドしている。
彼の声はドラマティックな曲では予想通り不利だが、静かな曲ではピアノの減衰音にすら注意をはらった「静寂の音」を最大限聴かせてくれている。凡庸な演奏では退屈になりかねないこのリート集のスローな曲で、ベシュトラインは繊細で静かな情熱を伝えてくれている。
「詩人の恋」は全体的に速いテンポ。通常の出版譜を使用していて、オプション記入された高い音を選択しているというのも標準的だ。だが、第1曲から以外にもあっさりと流しているのが意外だった。面白いのが第7曲「私は恨むまい」の超高速テンポ。しかもピアニストは左手の動きを極単に強調していて、まるでラフマニノフの協奏曲2番の第1楽章を思わせた。これは初耳の衝撃的な音だった。共演ピアニストのロウの解釈だろうか。
さらに数曲の歌で、メロディの取り方が初稿との折衷になっているかのような部分があり、ハっとさせられた。歌い癖でそうしてしまったのか?ぐらいの違いなのだが、古楽もやってきた当人にしてみればその音のほうが感覚的に自然なのだろう。
「詩人の恋」の初稿にあたる「叙情的間奏曲からの20のリート」はハンプソンぐらいしか録音していないので、ベシュトラインにも歌ってほしいものだと思った。
このCDはSWR制作。現在は入手が難しいようだが、ベシュトラインの目下の代表盤にもなりうるアルバムなので、そういうレーベルの事情で流通しなくなっている数点と共に復活を願いたい。

ベシュトラインが歌ったタールベルクのリートがあったので貼っておく。
消されてたらご了承を。

https://www.youtube.com/watch?v=NwSmUDaE3es

ベシュトライン世代の歌手は不遇と言えるかもしれない。
フローリアン・プライ、オラフ・ベーア、アンドレアス・シュミット、ボー・スコウフス…彼らはデヴューのその時から、ディースカウやプライの業績と、いつも比べられ続けた。
気が付けば皆、既に50代後半である。20世紀の終わりから21世紀の初めを担うはずだった芸術家たち。今でこそ名は知られているものの、それぞれの個性を正当に認められるようになるのに時間がかかりすぎた。聴き手が「太陽は2ついらない」の感覚では芸術界はダメになってしまうだろう。

内容と関係ないが、このジャケット写真、個人的に大好きだ。
自分の子ども時代のアイドル、シジミチョウ♪(*^^*)
たぶんツバメシジミのヨーロッパ種だろう。
中ジャケも、ディスクレーベル面もこれだから、嬉しくなる♪
posted by あひる★ぼんび at 23:47| Comment(2) | 音楽

2016年04月29日

ヤーコプス流「天地創造」

「天地創造」という題名から想像すると壮大な楽曲だろうと思ってしまうが、時代性を考えても、J・ハイドンの特徴を考えても、中庸にして温和な音楽が展開されている。
そんなことは誰もが周知のこと…でもないのが世間だ。
作曲者のことをさしおいて、「天地創造」という壮大な題名だけで興味を持つ人は案外と多く、そういう人はだいたい壮大なハリウッド史劇映画的なものを想像してしまうわけで^^;
クラシックに詳しい人やクリスチャンでない限りは、まあ、そんなところだろう。
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ハイドン:オラトリオ「天地創造」Hob.XXI-2
  ユリア・クライター(ソプラノ)
  マキシミリアン・シュミット(テノール)
  ヨハネス・ヴァイサー(バリトン)
  フライブルクバロックオーケストラ RIAS室内合唱団
  ルネ・ヤーコプス(指揮)
(HarmoniaMundi 3枚組(CD+PALDVD)EU輸入盤)



さて、この曲については以前、カラヤン指揮ヴンダーリヒ&プライ&ヤノヴィッツのザルツブルクライヴを紹介した。
あれはロマン派の巨大声楽曲的に演出されていて、それこそ「天地創造」の題のイメージから遠くないものだった。
今回のヤーコプス盤はそれとはある意味対極の演奏なので、まるで別曲を聴くようで面白かった。
20世紀中盤のロマンティックを極めたカラヤン盤と、21世紀初頭の「時代演奏」。
演奏には「流行」があって、40年越えの時の流れは大きな変革を生んだ。この間に「ピリオド演奏」というジャンルのようなものが成立したのは大きいだろう。
ただその実態は、考古学的な自由度があるのをいいことに、音楽学者や演奏者があれやこれやの自己流の工夫を持ちこむものだからすっかり玉石混交になってしまった。そうなると受け取る側もまた自分の審美眼に合致したものを良しとする。いよいよプロの評論が意味をなさないことになってきた感じだ。
さてこの演奏、なかなか面白い。
ひたすら活発なテンポ感、全体の強弱が大中小3段シフトしかないような設定、不完全な機能の楽器を不完全なまま鳴らす勇気。ハイドンらしいとか、その時代の忠実な再現とか、そんなことではなく、まさに近年のヤーコプス流にしっかり固められている。
添付されたDVDのレコーディングメイキングでは、コートを着たままの合唱団員たちやレコーディング会場に置かれた卓球台でゲームを楽しんだあとそのまま着席して演奏する楽団員など、緊張感はあまりない様子が映っている。演奏がはじまれば急にピシっとなるのが流石プロだ。ピリオド仕様のティンパニの刺激的な音を和らげるために布袋でミュートして叩かせている様子や、各パートのバランスを厳密に卓で調整する姿が確認できた。
演奏会ライヴではない、これはあくまで録音芸術なのだ。
CDは2枚組で、最初の1枚に1部2部のすべて、2枚目に3部が入っている。
原始的な響きが光に満ち、和らいでいく様子が、こうしてしまうと1枚目と2枚目で別曲のようにも聴こえてしまい、推移が多少わかりにくいかな?と思った。
バス・テノール・ソプラノ、独唱者は個性を前面に出すタイプではなく、あくまでハイドンの音楽に寄り添い、合奏に溶け込もうとしているようだった。幾分、ソプラノがモーツァルトのオペラのようなスタイルを感じさせるが、全体から乖離するような違和感は一切ない。
20世紀風スマートの極みのカラヤン盤や、記事にはしていないがピリオドスタイルのリリンク盤では感じなかったことがひとつ。
この音楽にはバッハやヘンデルがいて、モーツァルトがいて、ベートーヴェンがいて、彼らがハイドンの言葉を借りて聴き手に語りかけてくる。 そして時折、シューベルトやメンデルスゾーンの萌芽も感じる。
神が創る世界の広がりにリンクするように、まさに音楽の「天地創造」となっているようだった。
ひたすら地味でこじんまりとした、壮大とはほど遠い演奏だが、なんだか暖かく嬉しくなる演奏だった。

posted by あひる★ぼんび at 23:34| Comment(0) | 音楽

2016年04月10日

ヘルベックのオルガン交響曲

ヨハン・ヘルベック(1831- 1877)はヴィーン生まれのオーストリアの作曲家。
仕立て屋の子息だが、哲学・法学をヴィーン大学で学んだ後、ほぼ独学で音楽を身に付けたということだ。
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合唱団指揮からスタートし、やがてブラームスやヴァーグナーの大規模声楽作品の演奏でヴィーン楽壇の注目を集め、大先輩格のベルリオーズからも最高の指揮者と評価を受けている。また、ブルックナー同様、シューベルトを敬愛し、作品の紹介を積極的に行い、1865年には埋もれていたロ短調交響曲(いわゆる未完成交響曲)を初演している。
その後、円熟期に差し掛かる手前の40代半ばで肺炎で急死してしまったが、数々の業績を讃えて、死後、オーストリア王室から騎士の称号を授与された。
しかし、時の流れは非情なもので、死後140年近くたった現在ではその作品が顧みられることは少ない。
同時代の巨星たちの影ですっかり「忘れられた」存在になってしまったわけだが、彼の音楽が復権する為には、いつの日か積極的に再演してくれる大指揮者が現れることを祈るしかないのだろう。

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ヘルベック:交響曲第4番ニ短調
       交響的変奏曲

イレネー・ペロー (オルガン)
ハンブルク交響楽団
マルティン・ハーゼルベック(指揮)
(NCAメンブラン SACD ドイツ輸入盤)




この盤には、19世紀末当時の作曲界で「流行」していた「オルガン付交響曲」「交響的変奏曲」という2スタイルの曲を収録している。
最初は交響曲第4番。
この曲は編成にパイプオルガンを伴う、25分という短めの交響曲だ。ブルックナーが登場した時代と考えると、ずいぶん慎ましく聴こえる作品だ。
なにしろ「壮大にオルガンが鳴り、金管楽器が活躍する」…あのサンサーンスの第3のような作品とはほぼ真逆を行く。
4楽章構成。管弦楽も標準2管編成。
最初の楽章は、まるでバッハのオルガン曲の管弦楽編曲、かつてストコフスキーが好んでやっていたあのタイプの音楽を思わせる。
それよりずっと穏やかで遊びも少ないが、かえってそれが心地よい。
ファンタジー映画でそのまま使われそうな雰囲気まで持っている。おそらくバッハ時代のエコーを意識して、そのエッセンスだけを音楽化した為に、必要以上の重厚さや深刻さからは遠くなったのだろう。
続く楽章はブラームスの交響作品の緩徐楽章のような穏やかなもの、第3楽章は通例通りスケルツォだが、それは題だけで諧謔性も軽やかさも持たない地味な音楽だ。
終楽章は、これもバッハ風のフーガを取り入れているようだが、管楽器群はオルガンと一体化し、弦セクションはそこから遊離したテンポ感で細かい無窮動フレーズを鳴らし続けるという、ちょっと不思議な音楽…というか、時代を反映した実験的な響きも盛り込んでいる。

「交響的変奏曲」は主題と11の変奏で構成された36分ほどの管弦楽曲。音響変化が押さえぎみで、堅実さが前面に出ているひたすら地味なためか、少々長めに感じる。同じ題名の曲は、ちょっと思いつくだけでもフランクやダンディ、そしてドヴォルザークの作品などあるが、ヘルベックは特に楽器編成に手を入れることなく書いている。目先の奇抜さに頼らないのはある意味では自分の生み出す音楽に対する自信の表れでもあったのかもしれない。

この盤はマルチチャンネルを含むSACDハイブリッドで、オルガンも管弦楽も空気感たっぷりに収録され、ストレスのない音でこの未知の作品を楽しむことができた。指揮のハーゼルベックについてはブルックナーの第1交響曲(capricco)やのリスト交響詩全集(NCA)以外は聴いたことがなかった。誠実な音楽づくりで好感が持てる。この盤でのオルガンは70年代生まれのペローが担当しているが、ハーゼルベック自身もオルガニストとしても活躍中で、来日公演もあったようだ。

posted by あひる★ぼんび at 23:32| Comment(0) | 音楽

2016年03月25日

ヘンシェル&岡原の「冬の旅」

ピアニストの岡原慎也氏は1994年にヘルマン・プライと「冬の旅」で共演した。
その時の演奏は、NHKによって映像に残されているが、本当に素晴らしいものだった。
絶望と、憧れと、諦念と、寂寥感、孤独感・・・それらが静かに二人の演奏家の周りでうずまくようだった。
しかし、その公演は岡原氏からすると「どうにか切り抜けたが」…と、不納得な仕上がりだったという。
スター歌手のスケジュール調整の関係もあって練習や打ち合わせが足りず、何より、親子ほども歳の離れた大家に気後れしてしまったようなのだ。
その後間もなく、氏はやはり大御所のテオ・アダムとも共演する。
それで氏は考えた。
・・・自分と同世代の歌手と共演し、納得のいく演奏をしよう・・・一種のリベンジをはかろう、と。
そうして、共演できる歌手を探したのだという。しかし、理想的なリート歌手は限定されていてなかなか見つからなかった。
そんな中、「僕なんかどう?」という感じで話を持ちかけてきた歌手がいた。
ディートリヒ・ヘンシェル。1967年ベルリン生まれのバリトン歌手。
国内のプロモーターの契約を持たなかったこの頃のヘンシェルの営業活動はかなり自由で活発だったようだ。
そうして岡原氏の口利きで日本デヴューしたヘンシェルは、96年以降、毎年来日を重ねた。もちろん岡原氏とはリサイタルで名コンビネーションを聴かせ、97年来日公演の「冬の旅」は大変な名演だったという評判である。
その「冬の旅」を1998年5月、ドイツでセッション録音したのがこれ。
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シューベルト:冬の旅(全曲)
  ディートリヒ・ヘンシェル(バリトン)
  岡原慎也(ピアノ)

(音楽之友社 国内盤)



このアルバムには「30歳のシューベルトが30歳のミュラーの詩に付けた曲を30歳の歌手が歌う」というキャッチがついている。
ヘンシェルの声は幾分ディースカウより重いが、歌いくちはソックリで、ちょっとしたクローン。しかも、若き日の、ではなく充実期のディースカウの雰囲気を持っている。
高音域で声質がガラリと変わることも、顎を引いた状態で顔の筋肉を上に引っ張って出すような発声もほぼそのままに聴こえる。ちなみに、最近はすっかり師匠の呪縛を抜けたようだが、まだこの盤では忠実なディースカウ・スタイルだ。
ヘンシェルの声には暖色の明るさはないので、キャッチコピーが表面上の特徴にはなっていない。だが当然、30歳の若者の旅は人生最後の旅とはなりえず、死の影や諦念は希薄に感じる。そんな歌の淡白な部分を、岡原氏は気合と気迫で埋めていく。歌手に寄り添い共に歌う姿勢が見事だ。相当な準備を持って取り組んだと思われ、どんな音も無駄に鳴らすことない丁寧な演奏。それを破る瞬間も欲しいと思ってしまうのは贅沢だろうか?いずれにしても冬の旅の名演のひとつと言えるだろう。
ちなみにこの盤の歌詩の邦訳は岡原氏によるもの。明快で素直な訳文で読みやすい。

ヘンシェルはその後も誠実な歌唱を聴かせ、一段と実力もつけた。しかし「大歌手フィッシャー=ディースカウの弟子にして後継者」とのふれこみで推されたものの、その目論見通りにはいかなかった。スターが持つ華やかさがなく、師匠のレパートリーをなぞることもなかったからだろう。
現在49歳の充実期を迎えているわけだが、これからどんな活動を展開してくれるだろうか。
岡原氏ともども、さらなる活躍を期待したいと思う。
posted by あひる★ぼんび at 23:13| Comment(2) | 音楽

2016年02月26日

シュライアー、若き日の「ブラームス・ドイツ民謡集」

自分がはじめてこの曲集を聴いたのはエディト・マティスの演奏だったが、LPとしてはシュライアーの旧録音がはじめてだった。
徳間がETERNA名義で出していたLPは、シュライアーの印象的な横顔だった。CD時代に入ってから「美しき水車小屋の娘」や「バッハ・カンタータ集」など数々のジャケットに使い回される名ショットだが、この時はかなりジャケ買い要素もあった気がしている^^
ジャケットに使われていたのはこの写真。
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テレフンケン(キング)からはドレスデン聖十字架合唱団のドイツ民謡アルバムとシャッフルされてリリースされた。しかし、演奏者名だけで内容詳細を判別できずに購入した為、中を見れば全く同じ録音・・・ごく近い時期に二重購入となってしまった。
今ならまあいいか…だが、当時高校生だった自分は、小遣いをやりくりしての購入であり、しかも2枚組は高額。物凄く悔しかったのを憶えている。当時は東ドイツシャルプラッテンの録音物は西側各社に権利が売られていて、日本でも、エテルナ名義での徳間以外ではグラモフォン名義でポリドールから、EMI名義で東芝から、テレフンケン名義でキングから、レーベル無銘でビクターから…という具合に、そこらじゅうの会社で「少しずつ」販売されていたのだ。しかも困ったことに録音データがデタラメだった。記載された年月日とロケーションはほとんど信用できなかった。ロシアのメロディアもめちゃくちゃだった(名盤「晩祷」など実際と10年ずれている)が、しかしそちらは書いてない場合がほとんどなので、そのほうが親切な気もしたぐらいだ。
ちなみにこれは一番最新のデータは1986年になっているが、完全な誤植。それでは70年代に発売できるはずもなく、幾つかの情報の多数決で1968年3〜4月ということで良いのだろうと思われる。

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ブラームス:ドイツ民謡集(15曲)
ドヴォルザーク:ジプシーの歌 op55

  ペーター・シュライアー(テノール)
  ルドルフ・ドゥンケル(ピアノ)
(徳間 LP/CD 国内盤)




ここで選ばれているのは以下の15曲。
*あつあつになってしまった
*すてきな乙女よ、入れておくれ (1:31)
*今晩は、ぼくのおりこうなかわいこちゃん
*僕の想いいだくすべては
*いとしいひとよ
*僕の彼女は赤い唇
*お起き、いとしい人よ
*どうやって家の中に入ったらいい?
*今夜わたしは眠れない
*ああ、今宵出掛けられたら
*優しい娘が歩いていた
*マリアはさすらいの旅に出た
*おねえちゃん、おねえちゃん
*ああ、天使のような羊飼いの娘よ
*陽はもう輝かない


ある意味ではありふれた選曲にみえる。音楽的な完成度を考慮したうえで、歌い手にも聴き手にも心地よい選曲にするとだいたいこうなるのだろう。「菩提樹が立っている」や「下の谷間では」等が選ばれなかったのが残念な気もする。とにかくシュライアーの声質には静かで緩やかな曲が似合う。活発すぎたり強音を持つ曲だと、それこそヒステリックにシュライアー(絶叫)してしまう傾向があるし、感情を込めすぎると突然に奇妙な発音になりがちなので^^;

「ジプシーの歌」の方は中の1曲「わが母の教え給いし歌」が有名だが、その他の曲も味わい深い。
シュライアーは元々のヘイドゥクによるドイツ語詞ではなく、ヴェレクの再訳を用いている。彼はこの曲を68年の当録音と、79年、83年の計3回録音しているから、気に入っていたのだろう。
先に述べたような唐突な強声が気にならないでもないが、いや、それはそれで刺激的でいいのかな?
煌びやかなピアノパートともども鮮やかな印象の演奏だ。
シュライアーのこの頃の曖昧さのない正確な音程はこれらの曲のメロディラインを一層鮮明に浮かび上がらせ、その美しさを堪能させてくれる。すばらしい1枚だと思っている。

posted by あひる★ぼんび at 23:32| Comment(0) | 音楽

2016年02月15日

タヴナーのピアノ独奏曲集


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タヴナー:
ゾディアック(1997)/イパコエ(1997)/
ペリン(1977)/マンドゥードルス(1982)/
プラティルパ〜ピアノ独奏版(2003)/
2匹のネコの思い出(1986)


ラルフ・ファン・ラート(ピアノ)
(naxos EU輸入盤)



ジョン・タヴナー(1944-2013)の音楽はこのブログでは「神秘のヴェール」を随分前にとりあげた。
今回のこれは彼の書いたピアノ独奏曲を集めたもので、声楽や管弦楽とは少し異なる世界が繰り広げられている。
彼の後半生の音楽は「神秘主義」として語られることが多く、正教、ヒンドゥー教、イスラム教など他宗教の要素を積極的に取り入れていたという。
信仰に関しては本人は正教徒であると主張していたようだが、改宗していた時期もあるようで、彼にとっての宗教は絶対的なものではなく、「神秘的なもの」への興味、宗教哲学のコレクター趣味だったのでは?と思えてならない。
書かれた作品は案外、多様式には響かない。「教会旋法を用いた宗教的作品」として耳に届く。にもかかわらず、宗教的な敬虔さとか感動とかとは少々違う方向を持っていて、信仰信条吐露ではないようだ。
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タヴナーの風貌は壮年期以降のフランツ・リストの肖像を思わせる。
リストはある時期から悟りの境地に入っていたようだが、タヴナーからは現世の色々な欲というか煩悩のオーラのようなものが^^;
ただ、思うに「煩悩」は現代の豊かな生活には重要であると思う。世捨て人が良いはずもない。

さて、タヴナーのピアノ独奏曲は多くはないようで、ここに収められた数曲で彼の人生のうちの1977年から2003年までを俯瞰できる。アルバム自体が2007年の春の録音なので、最晩年の作品は入っていないわけだが、これで多分、我々一般人には充分だろう。
1曲目の「ゾディアックス」ほとんど微かな音の短い導入曲、それに続けての「イパコエ」は13分の中規模曲だが、タヴナーを適度に知る人にも違和感はないだろう。特徴としてはメロディよりも「音」の喜怒哀楽の表情がしっかりしている。ボンと鳴らした音がそれだけで多くを語るようなのだ。この曲でならされる音列は…東方正教会由来の古い聖歌のメロディが元と思われるが、ぼんやり流れを聴くと、日本の唱歌「ふるさと」のようにも聴こえてしまった。ペルトのひたすら静謐な世界とは異なり、音数もダイナミクスも多様に変化する。
続く「ペリン」は鬱陶しいほどクドいフレーズが繰り返される。そこにはナンカロウの自動演奏ピアノを聴くような無機性を感じた。ラートの指の速さは並はずれたものだと思うが…なんだろう、決して心地よい音楽ではなく、全体に無神経さも感じる。
ペットのネコにインスパイアされて書いたという「マンドゥールス」は、これはちょっとした箸休め?ショパンの断片は何だろう??気まぐれな音楽だ。
「プラティルパ」は2003年に書かれた30分の大曲。タヴナーの音楽を知る人には違和感ないし「彼らしい」と感じることだろう。ちなみにラートはこの曲のピアノと管弦楽版も録音している。
最後に再びネコを扱った曲でアルバムはしめられる。
いろいろな理屈がくっついて、鑑賞に説明が必要になるのは「ゲンオン」としては特に珍しくないのだろう。タヴナーの場合はそれをきいてもあまりピンとこないのが特徴かもしれないが・・・。
果たしてタヴナー自身は、これらの音楽を、コンサートや録音物で繰り返し聴かれるものとして書いたのだろうか?
実験音楽、音響実験というほど奇抜ではないが、聴き手の感性に対する積極性、あるいはひきつけるというサービスを全く考慮していない。
何やら意図がほとんどくみとれないまま、曲は次々進み、アルバムは終わってしまった。
こういう音楽の感想を書くのはやはり難しい、それを改めて感じた1枚だった。
posted by あひる★ぼんび at 23:50| Comment(0) | 音楽

2016年02月04日

噂でつぶされた名誉〜サリエリ

アントニオ・サリエリ(1750−1825)は存命中は宮廷楽士長としてヨーロッパ中の尊敬を集め、自作に限らない人気オペラや大規模声楽作品の上演を積極的に行った。また、ベートーヴェン、シューベルト、リストらを指導した優れた教育者でもあった。慈善活動にも熱心であったと伝えられている。
尊敬を集めれば嫉妬も生むのが世の常。後半生の彼を襲った「盗作事件」や「モーツァルト毒殺」といった根も葉もない噂は独り歩きした挙句、それを扱ったプーシキンの「モーツァルトとサリエリ」、それを元にしたRコルサコフのオペラ、そして近年は映画「アマデウス」によって、現在ではすっかり悪役イメージが定着してしまった。ちなみにサリエリはモーツァルトの5歳上。映画では老音楽家だったが、実際の二人はほぼ同世代人ということになる。
富も名声も得ていた成功者サリエリが、貧乏作曲家モーツァルトを妬む理由は何一つなく、むしろモーツァルトのほうが「あいつがいるから私が出世できない」とサリエリを邪魔にしていたという証言もある。
また、サリエリが無口で無愛想だったのは単純にドイツ語がうまくなかったからという説もあり、映画のような高慢偏屈とは遠い人柄だったようだ。
…自分の中でもサリエリの姿はスネイプ先生と重なっていたりするのだけれど^^;
映画のヒットもきっかけとなって、サリエリの作品の発掘と再評価も始まったのは怪我の功名。
もっとも、当時の常識からはみ出していたモーツァルトの音楽に比べると、時代の様式に忠実なサリエリの音楽はインパクトが薄く感じるだろう。それを発想が貧弱とか言うのは酷というものだと思う。

sli-req.jpgサリエリ:レクイエム ハ短調
ベートーヴェン:静かな海と楽しい航海
シューベルト:声を聞き給えD.963

アリアンナ・ズーカーマン(sp)シモーナ・アイヴス(m-s)
アダム・ズニコウスキ、マリウス・ブレンチウ(ten)
ルイス・ロドリゲス(br)ペドロ・リベイロ(オーボエ)
アリス=キャプロー・スパークス(コールアングレ)
アントニオ・エステイレイロ(オルガン)
リスボン・グルベンキアン管弦楽団&合唱団
ローレンス・フォスター(指揮)
(ペンタトーン SACD ドイツ輸入盤)



2009年11月リスボンでのコンサートライブ。
サリエリのレクイエムは、標準的なカトリック葬儀典礼のテキストを選び、構成も真面目。
曲想はオペラ風というわけではないが、和声も素直な分、歌心はモーツァルトよりむしろ深いと感じた。
斬新さとは対極の、慣習に沿った厳格な作曲技法と楽曲構成、その中から浮かび上がる悼みと敬虔な気分。
静かに湧きあがる昂揚感と、華やかさを演出する金管ファンファーレ。伝統を重んじた大音楽家サリエリが誠意をもって書き上げたろう名曲だと思う。
この曲は日本でも演奏記録があり、つまりは決して幻の音楽ではないものの、このまま「演奏機会が極端に少ない曲」にとどめてしまうのはもったいないと思う。
ただ、全体的に保守的な音の並びは、誰がどんな風に演奏しても良い曲になるという種類のものではなく、演奏者の力量で印象が大きく左右されてしまう恐さもあるように感じた。・・・いや、この盤以外の演奏は聴いてないのだが。
40分に満たない曲なので、当然カップリング曲がある。この盤にはベートーヴェンの小さなカンタータとシューベルトのオフェルトリウムが収録されている。
2人ともサリエリの弟子である。サリエリは無報酬で二人に音楽を教授したようだ。
ベートーヴェンは師に作品を献呈したこともあり、またサリエリも「ウェリントンの勝利」の副指揮者も担当したようだが、ベートーヴェン自身からサリエリへの明確な感謝表明の様子は伝わっていない。
シューベルトに至っては、少年時代から目をかけてもらい、作曲家として売り込む際には自身の楽譜表紙に「サリエリの弟子」とその名を使っておきながら、別の場面では師匠を鬱陶しがるよう発言を繰り返していた。保守的で厳しい師匠に対する若者の反応などは、いつの世もそんなもののようだ^^;
両曲とも、折り目正しく整った演奏。しかも音がいい。
忘れられたサリエリと偉大な弟子2人のすばらしい1枚だと思う。

posted by あひる★ぼんび at 23:40| Comment(2) | 音楽