2017年10月22日

マルタンの音楽A

長い歴史に支えられた西洋の調性音楽のルールは、いつでも音楽に安心感と信頼性を与えるものだった。
近代以降の作曲家が率先して破壊しようとしたのはこの「安心感」だったろう。
創造を生業とする「芸術家」は、いつでも独自性と個性を追求する。
いくら追求しても既成のルールの中ではおのずと限界を感じるもの。
その限界と折り合いをつけながら音を見つけるのが本来のはずだが、壊すことで音楽の新たな展開に結びつくなどと考える時代があった。
それが20世紀だった。
しかし、生み出す意思を忘れて壊す刺激だけを求めるようになると、間違いに気が付く。
これは「逃げ」なのでは? と、その間違いに早々に気付き進路補正をした作曲家もいれば、マルタンのように最初から相応の距離を置いて、表現の範囲として12音技法などを扱った者もいた。
逆に、音楽を数学的に分解してほぼ「ノイズ」までつきつめてしまったツワモノもいた。
実に面白い100年だったと言えるだろう。

このアルバムは前に紹介のものに続く「自作自演集第2集」。
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マルタン:
ヴァイオリン協奏曲(1951)
ピアノ協奏曲第2番(1970)

    ヴォルフガング・シュナイダーハン(ヴァイオリン)
    パウル・パドゥラ=スコダ(ピアノ)
フランク・マルタン(指揮)ルクセンブルク放送管弦楽団
(VOX-ワーナー LP 国内盤)



ここにはヴァイオリン協奏曲とピアノ協奏曲という、大作2曲を収録している。
どちらも古典的なフォルムを持った曲だが、雰囲気そのものは第1集より「あぁ、現代音楽だ」と思えるものだ。
しかしいずれも「前衛」に走ることはなく、12音技法に近い形の音型に埋め尽くされてはいても、調性音楽という最終着地点を持っているのがいかにもマルタンらしい。
実はこれが「聴きやすさ」を生んでいる大きな要素だと思う。

まずヴァイオリン協奏曲。1951年の作品で、初演は翌年に名手シゲティによって行われている。
急―緩―急の伝統的3楽章の堂々たる佇まいだ。当然ながら、印象的なメロディがあるはずもないのだが、気迫で一気に聴かせる曲になっている。
「現代音楽」というくくりにもかかわらず、でこれまでに3回もレコーディングされているということからも、単なる作り手の自己満足ではなく後世に残りうる作品なのだと思う。
ピアノ協奏曲第2番はマルタンがパドゥラ=スコダのために書いた。79歳、1969年の作品。
「親愛なるパウル君―私の篤い友情と深い賞賛をこめて」と、初演の大成功へのメッセージを寄せている。
鋭角的でダイナミックな作品。ここでのパドゥラ=スコダは鮮やかに一気呵成に弾ききっている。
ふだん、ドイツ古典派の音楽をピリオド楽器を使って演奏する大家というイメージがあるのだが、どうやら彼にはもうひとつの顔があるようだ。
「パウル君が弾くのでなければ全く違う曲を作った」というぐらいだから、技巧派ヴィルトーゾの認識が強かったのだろう。
そんなパドゥラ=スコダは先日90歳の誕生日を迎えた。いつまでもお元気でいていただきたい。

現在では自作自演盤もCD化され、気楽に楽しむことが出来る。広く人気が得られる種類の音楽ではないけれど、真面目に生きた作曲家の足跡が消えずにすんだことは喜ばしいと思う。

posted by あひる★ぼんび at 21:10| Comment(0) | 音楽

2017年10月01日

マルタンの音楽

フランク・マルタンは1890年スイス・ジュネーヴ生まれ、1974年に移住先のオランダで亡くなっている。
作曲と教鞭、そして自作曲の指揮と、晩年まで積極的な活動を行っていた。
彼は少年時代からバッハを敬愛していたようだが、作品に直接反映している様子は聴きとれない。
むしろ、時代の空気、フランクやダンディ、ラヴェルらフランス近代音楽の影響、
そして新ヴィーン学派の「十二音技法」まで取り入れ、実に多面的な表情の音楽を発表し続けた。
彼は無調音楽には批判的だったという。
しかし、決してそれに敵対姿勢をとるのではなく、しっかりとりこんで創造に生かすというアウフヘーベン(止揚)を心がけていたようだ。

これはマルタンが晩年に残した自作自演アルバムのひとつ。
I_4790ss.jpgマルタン:
協奏曲〜ハープシーコードと小管弦楽の為の(1952)
バラード〜トロンボーンと管弦楽の為の(1940)
バラード〜ピアノと管弦楽の為の(1939)

クリスティアーノ・ジャコテ(ハープシーコード)
アルミン・ロジン(トロンボーン)
セバズティアン・ベンダ(ピアノ)
フランク・マルタン(指揮)ローザンヌ室内管弦楽団
(VOX-ワーナー LP 国内盤)



1972年のセッション録音。商品価値を上げる為の小細工のない、安定していて心地よい録音だ。
地味で堅実な性格だったというマルタンにふさわしい。

曲は、3曲とも不思議な既視感をもつ。
似ているといえば、ラヴェルっぽい響きだが、どこか違う。
つまり聴き易く、この時代の音楽にありがちな聴くのをやめたくなるような音響実験は一切ない。
安心感と安定感。いや、これが彼を有名にすることを妨げた要因なのかもしれないが。

ハープシーコード協奏曲はバッハ的なフレーズで満たされているのか、といえばそんな部分は聴き取れず、ただ急−緩−急というバッハも愛好したイタリアバロックスタイルと、カデンツァの入れ方にその時代へのオマージュを感じるのみだ。

トロンボーン・バラードはコンクールの課題曲としてピアノ伴奏で書かれたものの改作ということ。
7分の時間制限があった原曲を数パーセント拡大し、9分弱のコンチェルタンテになっている。
「フニクリフニクラ」を思わせるフレーズ(そんな話はマルタンは全くしていない)が聴かれるのが面白く、全体に高度な技法が盛り込まれているにもかかわらず、そのあたりがこの曲を親しみやすくしている。

ピアノ・バラードはフランスバロックの協奏曲、緩−急−緩−急のフォームを持っている。
新しいスタイルのフレーズもあるにはあるが、単純な主和音でそれを解決する部分が、むしろ新鮮だった。
こういうスタイルを「面白い」と思うか「工夫がない」とするかはもはや受け取る側の好みかもしれない。

マルタンは大戦の激動期を故郷の中立国スイスで過ごし、戦後なぜかオランダに移住し、終の棲家とするという不思議な行動をとった。
作品からは深い感動感銘はもてないながら、自分は3曲とも繰り返し聴きたくなる音楽に思えた。
いや、マルタンという名をきいて「あぁ、あの曲の!」という人などほとんどいないだろう。
それがもったいないと思う。

現代においても写実主義をとっていた画家、アンドリュー・ワイエスの言葉を思い出す。
「人生とはもっと真面目なものだよ」・・・これは刺激的な流行にのる現代画家達にに向けたひとこと。
マルタンにも共通するポリシーを感じている。

posted by あひる★ぼんび at 13:32| Comment(0) | 音楽

2017年09月19日

思い出のレコードからC〜ランパルのモーツァルト

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W.A.モーツァルト:
フルート協奏曲 第1番、第2番
フルートと管弦楽の為のアンダンテ

    ジャン・ピエール・ランパル(フルート)
    テオドール・グシュルバウアー(指揮)
    ウィーン交響楽団
(エラート LP 国内盤)



これは1967年のレコード。
日本コロムビアの「デ・ラックスシリーズ」といういわば企画品で、定価は2500円と書かれている。

レコードの値段は基本的にずっとこれぐらいの価格で、それは現在のメディアにも引き継がれているわけだが、厚生労働省の統計資料ではこの頃の一般サラリーマンの月収は36200円(標準的手当込、課税前)ただし、現在の月収平均を35万前後とした、かなりお役所らしいありえない数値のものなのだが・・・
いずれにせよ「レコード」というものがいかに贅沢品だったかがわかる。

それは趣味としていた人にとっては「蔵書」であり「宝」である。
これ以前からジャケットを簡略化して値段を数百円下げたものや、大胆に半額にした「廉価盤」もあったが、それらはいくぶん盤質にむらがあって、50年経過した現在ではザラザラと針音を生じさせてしまうものも出ている。
明らかに価格をおさえる方向を間違えた為なのだが、まあ、それは当時は将来のことなどわからなかったろう。1000円だって充分高価な買い物だったわけだからもう少し考えるべきだったのでは?とも思う。

70年代の高度成長は大きく経済状況を変えた。
自分自身が小遣いでレコードを買い始めた頃(1973年以降)には廉価盤の質も向上していたし、
70年代おわりともなれば海外盤が専門店で国内盤より安く入手できるようになり、まるで様相が違ってきた。
無産階級の中高生にはありがたいことだった。
しかし、一種のグローバル化と技術革新の競争過熱は、80年代のLP終焉に向かって一直線。
「進化」と「簡略化」と結果としての「商品としての魅力の低下」へ進んでしまったようだ。
CDの登場が止めをさしたのは確かだが、それだけが原因ではないように思う。

ともあれ、これは輝かしいLP全盛期の一枚。
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布張りの上製本仕様、26ページの分厚い解説書の紙質も印刷も高品位で、50年たった今も劣化していない。解説内容そのものは時代なりだし、まるでエッセイなのだけれど…縮小されてはいるが、全曲のスコアも収録されている。
盤はさすが限定仕様、レーベル部分もエッジも丁寧な仕上げで、材質起因のノイズも少ない。うちの保管が良かったというより、紛れもなく製品の水準の高さなのだと思う。

当時の若手指揮者のホープ、グシュルバウアー(録音時27歳)の演奏もまた時代を反映したロマンティックな解釈で、この曲にしては大きめの編成のオーケストラを優雅にドライブている。
すでに大ベテランとして君臨していたランパルのフルートも鮮やかで伸びやかだ。
ランパルの演奏は、フルートを愛好する人たちから少々荒いと言われがちだったようだが、こういう古典曲をダイナミックに演奏する際の手段でもあったのだろう。
ここでのランパルの演奏は違和感を感じないどころか、最近の「ピリオド」では味わえない生気がある。
思えば、この頃は学問や理屈より感覚が優先されていた、音楽を素直に楽しむには良い時代だったのだろう。
こういう伸びやかな演奏を改めて聴くと、現代の環境が「音楽を楽しむ人」「音楽を豊かに表現できる人」を生むのか、ちょっと疑問になる。
もちろん、これを初めて聴いた小学低学年の頃はそんなことは考えようもなく、比べる材料もなく、美しくなぜか少し寂しげな(時にちょっと眠くなる^^;)音楽だと捉えていた。
とにかく刺激だけが楽しみではないことを、穏やかに教えてくれる演奏だった。
中学時代、仲良しにフルートをやっていた友人がいて、彼はランパルはあまり好きではないと言っていた。大御所マルセル・モイーズの数少ない録音が、彼の心の師匠だったようだ。
時々、2番のコンチェルトの部分的なパッセージやドップラーを吹いて聴かせてくれた。
心からスッゲーッと思った^^
それもまた、大切な思い出だ。


posted by あひる★ぼんび at 23:27| Comment(4) | 音楽

2017年09月04日

組曲「占星術」(!?)

1914年から1916年、星にまつわる神話を題材に、第一次世界大戦の頃に書かれたのがホルストの「惑星」。
この曲がレコーディングされるようになり、まれに演奏会にもとりあげられるようになった(ホルスト自身が抜粋演奏や編曲を厳しく禁じていたせいで実演が困難だった)のは1960年代以降。
東西世界の宇宙開発が活発になった時代だったので、一般の人はその「惑星」という題名から「占星術・神話世界」ではなく「宇宙」をイメージすることになった。
発売されるメディアのアートワークのほとんどが天体なのだから、なおさら。この(恐らく意図した)誤認が「大当たり」となった。
もし、ホルストが作曲意図通りに題名を「占星術」とかにしたならば、現在の人気はありえなかったろう。
星に託された神々の伝説は、各惑星の「ビジュアル」のインパクトからは遠い。
よって、オーケストレーションは凝っていて楽器の種類も多いが大げさではなく、概ね地味な使い方をしている。壮大か精緻か、アプローチ変更の余地はあるとはいえ、映画音楽的世界を期待するには曲の構造がサービス不足、それを求めるとおかしなことになるだろう。
しかし、1950年代終わりから1960年代の初めの、有名指揮者の演奏は案外とエンタメ性が高い。
この時代の物としては、作曲家のスタイルを尊重して手堅く描いた初演指揮者でもあるボールト、禁を破って曲に手を入れ、かゆい所に手が届く(!)ストコフスキー、明晰明快に磨き、耽美的なカラヤン、この3点が典型と言えるかもしれない。

カラヤン&ウィーンフィルの「惑星」を久しぶりに聴いた。
1961年に録音され、60年代から80年代までのアナログオーディオ全盛期に名盤として君臨した1枚だ。
オリジナルのLPは中学の頃購入したが、とっくの昔に処分してしまったので、しばらく耳にすることがなかった。CDも一時期持っていたが、それも手放した。
…自分の中ではその程度の価値感覚だったのだ。曲自体、好きとまでいえない状態だったので、余計だろう。当時、面白いと思えたのはTVの洋画劇場のエンディングテーマだった「木星」とたんたんたぬきに似ている「天王星」ぐらいだった。「半端にわかりやすい音楽」が苦手だったのかもしれない。これは子どもの頃からそうだった。同じ時間を鑑賞に費やすなら、ディーリアスやシベリウスのほうがずっと好ましかったのだ。

これを久々に聴いた理由はBlu-layオーディオ化されたものを入手したからだ。
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ホルスト:組曲「惑星」op.32
   ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮)
   ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
   ウィーン国立歌劇場合唱団

(ユニバーサル・ハピネット Blu-rayAudio 国内盤)



ブルーレイディスクに96kHz/24bitと192kHz/24bitのリニアPCM音声を収録している。
2Lレーベルに比べると少々半端なハイレゾだが、うちのチープなシステムでは充分だ。
ってか、これでもちゃんと再生できているのか確証が持てないけれど^^;
が、まあ、不満はないからいいのか。 アナログLP的なまろやかさの中、スクラッチにびくびくすることなく暖かな豊かな音が聴けるわけで、本当に良いメディアだと思う。
細部のパートの音まで聴き取れるのは、この年代のデッカの録音技術も高度だったということだろう。
LPではノイズに消され、CDでは決して気付けなかった音列が蘇っている驚異があった。
そういう発見は「金星」や「海王星」など、特に弱音主体の部分で顕著なのだ。
全体を通して、この時代のカラヤンのすっきりテンポがとても心地良い。粗野さを残したウィーンフィル、アナログ時代らしく、ヴォリューム操作で多少平坦化している以外は小細工がなさそうな録音…そんな中で素朴なエンタメ性が楽しめる。
考えてみれば、1960年代位まではどこのオーケストラもそこそこラフで、また、指揮者の「オレ様度」によって音楽が変容するのが何よりも面白かったものだ。
高度な専門教育を受け、技術的にも磨かれた演奏家達が、最新の技術の元でスマートな演奏を繰り広げている現在。それはそれで良い事なのだが、この時代の流れは、ノイズや人間的な疵と共に、覇気と生き生きとした力まで割り引いてしまったのかもしれない。
こういう最新メディアのひとつの形が忠実な過去再現だとしたら、それはそれで歓迎するけれど、結局過去は過去。すでに化石となったものは蘇って動いたりはしない。新しい覇気がほしい今日この頃だ。
音楽を聴きながら、そんなことを考えているなんて、いやあ、自分も歳をとったものだなぁ・・・。

posted by あひる★ぼんび at 23:43| Comment(2) | 音楽

2017年08月21日

純粋な、真のファミリーソング

mer-shima.jpg「メルヘンをうたう」
ドレミの歌・チムチムチェリー・星の王子さま
スヌーピーの大冒険・虹の彼方・マルセリーノの歌
二人の天使・ヴィリアの歌・いつも夢の中で
オリバーのマーチ・こうして踊ろう・ママに捧げる歌

島田祐子(ソプラノ)
杉並児童合唱団 ニューサウンズエコー
ポリドールオーケストラ
(ポリドール LP 国内盤)




これを聴いたのは高校生の頃。
島田さんの歌声はずっと以前から聴きなれていたし、収録曲もいくつかの新しい曲以外は幼い頃から知っているものだった。
最初に新譜としてFM放送で流れた時の印象は、島田さんが歌うと全部が「みんなのうた」テイストになるのだな、ということだった。
その声は、後年以上に若く伸びやかで気負いも感じない。
当時、「ベルカントの観点からは・・・」とか「本格的なオペラ発声としては」とか、色々難しいことを言う評論家はいたようだが、彼女の日本語の発音の自然さは、当時のクラシック系ソプラノ歌手随一だったと思う。
オペラの発声はこうでなければ、なんてものは本来ないのだし、そもそもここに収録している種類の歌のほとんどはオペラ発声は似合わないし、それを採用するのは音楽的ではない。日本人に向けて歌うのであれば、しかも楽しさを伝えようというのであれば島田さんの解釈はベストだ。何しろ歌えないのではなく、表現上の選択なわけで。

自分自身、当時から歌謡曲よりフォーク・ロック、それよりクラシックが好きであり、子どもの歌やミュージカルナンバーも好きだったから、このアルバムの収録曲は特に親しみを感じるものだった。
アレンジはクラシカルなポップス、つまり典型的なホームミュージック。
曲によってはメロディそのものが唱歌風に大きく変えられているものもある。
フンパーディンクの「こうして踊ろう」は元のメルヘンオペラの枠を飛び越えて、幼児用の歌集で見かけるお遊戯用改変版。「あしぶみトントントンそのてをパンパンパン」…ちょっと気恥ずかしい感じだ^^;
だが、19世紀にジルヒャーが「菩提樹」を改変し日本をはじめ世界ではそちらのほうが有名になった例があるように、良い編曲は曲に新たな生命を与えるものだ。品位を失わない範囲で主旋律を抽出してわかりやく覚えやすくするのは悪いことではない。

歌詩については岩谷時子氏による「ヴィリアの歌」などは、原語のオペレッタを聴いてもこちらを口ずさみたくなるほどぴったりきている。
「ヴィリアおおヴィリア森の美女、麗しの面影よ ヴィリアおおヴィリア命でも君の為なら・・・」
原詩の物語の流れをそのままうまく日本語にあてはめるこの手法は見事だ。
また、あらかわひろし氏による「チムチムチェリー」や峰陽氏による「オリバーのマーチ」はNHK教育の歌番組で聴き慣れたバージョン。
そしてペギー葉山さんの才気溢れる名作詩「ドレミの歌」・・・元々名曲だが、日本語歌詞が更なる永遠の生命を与えた名作だ。
「虹の彼方に」や当時の最新曲「星の王子さま」も収録され、これらも実に見事なはまり具合だと思う。
ダニエル・リカーリの世界的ヒット「二人の天使」、あのダバダ〜ダバダバダバダバ〜は本家を髣髴とさせる。より純度が高く感じたのは彼女の声質からだろう。

このアルバムがCD化されているかどうかは確認していないが、今では半ば忘れられた存在になってしまった感がある。
そうしてしまうのはもったいない、上質の、本気のファミリーアルバム。
ここから聴こえてくる純粋な、真のファミリーソングが完全に「過去のもの」になってしまうとしたら、今は何とさびしい時代なのだろうと改めて思った。

島田さんにはこのLP録音当時、こうもりのアデーレ役や学生王子のケティ役で生の歌に接することができた。
また後には仕事でもお会いすることもできた。
早期にステージを引退し、情報は何も入らなくなってしまったが、引退後は後進の指導にあたっているときく。
いつまでもお元気でいてほしい。
posted by あひる★ぼんび at 23:42| Comment(4) | 音楽

2017年08月12日

「ハンガリーの三羽烏」そろい踏み

「ハンガリーの三羽烏」・・・クラシックファンでこう聴いて、「ああ、あの…」と思うのは自分と同世代以上だろう。
ラーンキ・デジュー(1951- )
コチシュ・ゾルターン(1952- 2016)
シフ・アンドラーシュ(1953- )

共にハンガリー国籍、1950年代前半生まれのピアニスト。
ハンガリーの状態が安定をとりもどした70年代、ほぼ同時期に初来日を果たし、それぞれ端正で若々しい演奏でファンを獲得した。
チェコの同世代ヴァイオリニスト、ヴァーツラフ・フデチェク(1952- )もそうだったが、3人の中では特に、個性的過ぎない爽やかルックスのデジュー・ラーンキが若い女性たちを虜にしていた。
来日してすぐ、ポップスターでは当たり前の「ファンクラブ」結成もあり、また、サイン会・握手会も数多く開催されていた。
当時高校生の自分は、男子であるし、ほかに聴きたい演奏も数多かったので、「話題のひとつ」的な捉えかただったし「アイドル展開」にメーカーの売らんかな意識を感じて、抵抗感もあった。しかし、それを越えて、中高年演奏家ばかりのクラシック音楽の世界に彼らのような「新しい風」が起こっていることは嬉しかった。
「年寄り音楽を聴いて面白い?」
そんなことをよく友人に問われることが多く、ある意味「好きなものは好き」としか答えられないはがゆさと面倒くささがあったので、彼らのように見た目から美しいスター性、アイドル性は本当に貴重な救世主に思えた。

さて、この盤。

hung-lks.jpgモーツァルト:
2台のピアノのための協奏曲(第10番)
3台のピアノのための協奏曲(第7番)

   コチシュ・ゾルターン(ピアノ)
   シフ・アンドラーシュ(ピアノ)
   ラーンキ・デジュー(ピアノ)
   フェレンチク・ヤーノシュ(指揮)
   ハンガリー国立管弦楽団
(フンガロトン LP キング国内盤)


のちにコチシュはフィリップス、シフはデッカと契約しているが、このデビュー時点では3人とも同じフンガロトンレーベルだし、レパートリーも共通しているので、特に共演に困難はなかったはず。しかし案外こういう企画はされず、ラーンキとコチシュで分担して弾きわけたモーツァルト独奏曲集などはあるにはあったが、3人そろっての共演盤は珍しかったと思う。
この盤でのパートは第1がラーンキ、第2がコチシュ、第3がシフである。
ほぼ均一のタッチと音色で、全体に颯爽とした演奏だ。
ハンガリーのオーケストラは明るい響きではないので、そこはうまくバランスが取れているし、フィレンチクもツボをおさえ、若者達のテンポ感をコントロールしている。
決して能天気に空虚にならないし、全体の「歌心」が心地よく、すべては「あれ、もう終わり?」と思ったほど弛緩なく軽やかに駆け抜ける演奏だ。緊張感ではなくシンパシーで聴かせてしまうのはまさに「若さの特権」なのだろう。
同時期にこれだけの才能ある奏者が現れたのは奇跡の様だった。
これがハンガリーでなくアメリカだったら大宣伝だったかもしれない。
結果的に聴く人数は制限されることにはなったが、消費されることなくショービズの餌食になることなく、3羽の烏がハンガリーを中心に飛び続けることができたのはラッキーだったと言えそうだ。

この3人、その後の歩む道はそれぞれだった。

シフはソリストとしてはシューベルト演奏に定評があるし、リート伴奏者として多くの歌手に信頼を得ている。室内楽への参加も多く、また現代音楽の世界にも踏み入っている。
コンサート、メディアの数では3人の中で一番の知名度といえるかもしれない。
極端に内向的に聴こえることが多いので、時折聴くのが苦しくなることがあるが、自己のスタイルを完全に確立しているのがわかる。

コチシュは早くから指揮者・編曲者としても活躍の場を広げていて、演奏スタイルは積極性が強かった。
テンポを速くとることが多く、歌いすぎない。ある意味シフの対極かもしれない。
指揮もピアノ演奏もキビキビとした音楽運びが力強く、心地よいものが多かった。去年、64歳というまだまだ活躍できる歳で亡くなったのが惜しまれる。

ラーンキは2人に比べると中庸温和な雰囲気だ。誠実で崩しのない演奏が、曲によっては物足りなくなりそうだが、案外とシューマンなどには名演も多い。
また、室内楽にも良い適性を聴かせてくれていた。デビュー時の(日本での)スタートダッシュ的売り込みは、むしろ彼の本質ではなかった。
彼は最近も来日し、演奏会を開いている。
その公演は衰えのない鮮やかな演奏、綺麗に歳を重ねた容姿、「美青年の演奏家」という思い出を裏切らないものだったと聞いている。

彼らの若き日、青春の記録。もう2度と3羽が揃うことは叶わないが、ジャケットの笑顔同様、微笑みを交し合うような音楽は永遠である。

posted by あひる★ぼんび at 23:31| Comment(2) | 音楽

2017年07月30日

ムーアの誕生日

ジェラルド・ムーア。20世紀を代表する偉大なるリート伴奏者である。
見識の広さ、技術の確かさ、自分と歌手それぞれの主張をうまく調整できる柔軟性も持っていたようで、ただ頑固なだけの大家ではなかった。
彼が「世界最高」という評価に辿りつけたのは彼のそういった部分と、戦勝国の人間だったという、この世代の人では実にラッキーな条件もあるだろう。(やはり運も才能のうちなのか)ヨーロッパの戦雲に蹂躙されナチスドイツの敗退と共にフェイドアウトせざるを得なかったラウハイゼンと、どうしても比べてしまう。少なくとも技術を常に磨く要のあるピアニストには、活動空白や制限は地獄であり、それを回避できたのはすごい幸運なのだ。
1899年、イギリス・ハーフォードに生まれ、カナダのトロントで育った。そこでデヴューを飾った後、イギリスに戻る。大戦後は当時の一流の音楽家たちと共演し、その実力を発揮し続けた。
ステージ引退は1967年と思いのほか早いが、70年代はプライやディースカウと数多くのレコーディングを果たし、1987年に亡くなるまで活発に著作活動も行った。
1962年の回想録「Am I Too Loud?」は面白いし、「シューベルト三大歌曲集〜解釈と演奏法」は多くのヒントを与えてくれる。また、引退直後から取り組んだディースカウとの「シューベルト・リート全集」は、専門家のみならず音楽ファンにとって、貴重な宝となるものになったといえるだろう。
そんなムーアも今年で没後30年、そして今日7月30日は118歳の誕生日である。

1967年2月20日、ムーアの引退コンサートの記録がレコード・CDに残されている。
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ジェラルド・ムーア・フェアウェルコンサート
  ジェラルド・ムーア(ピアノ)
  エリザベート・シュヴァルツコプフ(ソプラノ)
  ヴィクトリア・デ・ロスアンヘレス(ソプラノ)
  ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
(東芝 2枚組LP 国内盤)




縁の深いシュヴァルツコプフ、ロス・アンヘレス、ディースカウと共に、この記念演奏会を楽しく成功させている。
この人選はEMIの敏腕プロデューサー、ウォルター・レッグがムーアに「印象深い好きな歌手」を訊いて決められたそうだが、はっきりレーベルとしての商業的意図を感じるものではある。そもそも、このコンサート企画そのものがムーアの意思がすべてだったとも思えないわけで、まあ、世の中そんなものだろう。
いずれにせよ栄光に満ちた大演奏家の引退試合であるから、悲壮感は全くない。
また年齢的にも余力充分で、ハレの気分と相俟って、誰もが安心して楽しめるものになっている。
ディースカウはいつもの通り、冷静に誠実に役割を果たしている。ムーアとシューベルトの全集に取り組むのはこの直後からで、レコードのライナーノートには当然まだそのことは触れられていない。
しかも、録音先はDGだったわけで、ここでいう「フェアウェル」はむしろEMIとの別れだったのかな?とも思えた。
ここでのシュヴァルツコプフとロスアンヘレスによる二重唱、ロッシーニの「ゴンドラ競技」や「2匹の猫の歌」などは会場から笑いが起こり、楽しげだ。自分は中学生の頃、この演奏をFMで聴いて驚いた記憶がある。声楽リサイタルは真面目なもので、笑うような場面はないはずだ、と思っていたからだ。二人の名ソプラノが徹底して演じていて、流石だった。
最後の最後、短いスピーチの後に「音楽に寄せて」をソロで弾く。
しみじみと感謝をこめて紡ぐピアノの音が感動的だ。

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LPレコードはしっかりした箱に入った2枚組で、当日のプログラム冊子の現物が付録としてついている。
LPに収録されなかった曲目もそのまま書かれているが、出演者サインなども載っていて、音楽ファンにとって宝物になりうる仕様。
昨今のダウンロード販売やストリーミングでは決して味わえない感覚だ。
そのままCD化されたものも何度か再発されていたが、LPの宝物感には叶わない気がする。
名演奏家、最高の伴奏者の遺産として長く残したいセットだと思う。
posted by あひる★ぼんび at 19:15| Comment(4) | 音楽

2017年06月10日

ディースカウのDGシューベルト全集

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ。
彼が戦後のドイツ声楽界最大の巨星であったことは誰もが認めるところ。
その大きさを世に示し、実感させた仕事のひとつが「シューベルト歌曲大全集」だった。
ディースカウにはこの全集以前から「網羅主義」ともいえる方針は見えていて、エレクトローラ=EMIにもかなりの録音をしている。彼が特に身構えることなく次々に繰り出す「音の大論文」に、音楽界は驚愕した。そのジャンルが「リート」という特殊なものだった故、世界中の人が話題にするようなことにはならなかったが、彼が生涯に残した膨大な録音と著作は現在も将来も、このジャンルの指針として高い価値を持ち続けることだろう。
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シューベルト:歌曲大全集

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
ジェラルド・ムーア(ピアノ)

(DG 22枚組 国内盤)



さて、このシューベルトだが、アルバムの題名は“Schubert LIEDER”だけ。
シューベルトが書いた膨大なリートのうち、不自然なく男声独唱で歌え、楽曲として完成されたものをほぼ全て収録したわけだが、未完成作品や草稿、異版は省いている。
シューベルトは「最初は書き散らかし、その後に幾度も改訂する」傾向があったので、これは賢明な判断だったろう。その上さらに、ディースカウ自身の基準で「芸術的な価値が低い」と判断したものは切り捨てている。この辺がアンチが嫌悪する部分なのだが、そのことを黙っていればいいものを、彼は必ず著作で詳細に記しているのだ。正直なのか、自分の価値基準に絶対的な自信があるからなのかわからないが、実際の彼の人柄とは関係なく、そういう時の饒舌で強い論調はあまり褒められたものではない。

dfd-sliederLP.jpgシューベルト:歌曲大全集
第1巻「後期の作品」
第2巻「初期・中期の作品」
第3巻「3大歌曲集」

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
ジェラルド・ムーア(ピアノ)
(グラモフォン LP 12+13+4枚組 国内盤)



この全集の日本発売盤LPのライナーノーツに寄稿している著名な評論家や演奏家たちは、この偉業を手放しに賛美することはしていない。慎重というか、判断を回避している。そこではこれまでのディースカウの歌唱スタイルを分析したり、レコーディングの記録映像から見て取れるディースカウの取り組み姿勢について感想を述べることに終始しているのだ。この全集が巨大すぎて、発売前のテスト盤視聴で書けることは何もなかったのだろう。1枚ものなら聴かずにただの経験談を書いてもつっこまれないし、既発売盤が少しでもあるなら、そこだけ書けば誤魔化せる。しかし29枚すべて新録音では何を書いても矛盾が起こると感じたのだろう。
そんな、載せなくてもいい文であっても、スペースを字で埋めるのが、日本のレコードライナーの悪しき習慣なのだ。評論家諸氏も気の毒だ。そんなことも考えてしまった。
畑中氏はここに「あまりにもつきつめられ、ひとつひとつの音符への強烈な問いかけが用意されている為、時に息苦しくなる時もあったのは否めない。そんな時、僕はヘルマンプライの少し間の抜けたようなリートを楽しんだものだった・・・」そう書いているが、こんなふうに多くの評論家や演奏家がディースカウを褒めつつも、微妙な違和感を持っているのが垣間見えて面白い。
ディースカウは「多くの聴衆が求めるもの」を排してまでも、シューベルト演奏の基本指針となるような全集を作ろうとした。本人は「そうだ」と言明するはずもないが、作曲年月日順にほぼ全てを収録した編集方針に加え、著作「シューベルトの歌曲をたどって」を読むとそう確信できる。
これはシューベルトに、リートというジャンルに、音楽そのものに対する、彼の強い姿勢のあらわれだった。自分の音楽、解釈への絶対的自信の強固さ。この記事の最初を繰り返すようだが、その自信が曖昧でないことがこの全集の価値を高めているといえるだろう。

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個人的な思い出をひとつ。
僕がこの全集を手にしたのは中3だった。高校合格祝いとして第1巻のLPを買ってもらった。その日から1日1枚、必ず聴いて、ローテーションで繰り返した。
その時の歌唱の印象としては、全体的にテンポが速めで、発音が強く、それが多少荒いのかな?と思った。当時は数曲を除いては初めて聴く曲ばかりだったのであくまで感覚なのだが・・・40年以上たった今でも基本的な印象は変わらない。
第2巻は高2になってから中古で買い、第3巻はエアチェックをテープに録って聴いた。
CD化されてからは当然、すぐに入手した。その時、LPは手放してしまったが、音の微妙な陰影がLPのほうが優れているように感じていて、結局、最近買いなおした^^;
これは自分にはリートを聴く「指針」であり、重要な「参考書」。
好きなのはあくまでプライ。聴いて楽しいのもプライ。
しかし、勉強好きな人だって、勉強のすべてが楽しいわけじゃない。必要と考えるから忍耐強く取り込むのだ。
自分はこの全集を通じてドイツ文学とヨーロッパ文化に興味を持った。
直接的な音楽の力とは違う方向への入口。
今ではディースカウの歌うリートはそんな存在のような気がしている。

posted by あひる★ぼんび at 23:02| Comment(4) | 音楽

2017年06月05日

ヴェヒター父子の共演

エバーハルト・ヴェヒターはオーストリアのバリトン。プライと同じ1929年7月生まれで、1992年に没している。その死のタイミングが歌劇場の要職が決まりそうな時期だったこともあり、不穏なうわさも流れた記憶がある。
ヴェヒターはプライとほぼ同じ声域の役を歌っていた。幾分バス寄りの厚い響きの声を持ち、リートも歌ったが、それよりもモーツアルトからRシュトラウス、ヴァグナー、幾つかのイタリアオペラまで歌っている。また、オペレッタや軽い作品も得意にしていた。
そういう意味では、ディースカウよりよほどプライの比較対象とされそうなのだが、なぜか話題に上ることがなかった。ヴィーンに生まれ、そこを中心に活動したので情報が拡散しずらくローカルな位置付けにされていたのだろう。その辺はクンツと同様の傾向だった。
プライなどの多くのスター歌手たちは、故郷がどこなのか分からなくなるほど世界中を旅し、世界的な評価と引き換えに、強烈な漂泊感・孤独感を持ち続けるものだ。しかし彼の場合はヴィーンに根をおろし、そこに歌手人生を花咲かせることができた。幸福な花の一輪だったといえそうだ。

こんなアルバムがあった。
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ヴェヒター(エバーハルトとフランツ)
 ヴィーン歌謡集〜良く知られた歌とデュエット

エバーハルト・ヴェヒター(バリトン)
フランツ・ヴェヒター(バリトン)
(ARIOLA LP オーストリア輸入盤)




これは1984年に、エバーハルトが息子フランツと作った親子共演アルバムだ。
フランツ・ヴェヒターは1955年生まれ、父よりテノーラルな明るく軽い響きのバリトン歌手。
(この辺も、プライ父子の関係に類似している。彼らの場合は単独の共演盤を残さなかったのが残念)
フランツもまた、オペレッタの舞台を中心に活動しているようだが、日本までは全く活動状況が聞こえて来ない。明るさと暖かさが心地よい声なので、リートを歌ってもさぞ似合うと思う。

さて、ここに集められたものはすべてヴィーン歌謡。伴奏は「シュランメルン」編成のアンサンブルで、AB面とも真ん中の一曲に朗読を入れ、独特の雰囲気を出している。
エバーハルトの歌い方は…このジャンルらしい酔いどれ気分とダミ声ぎみの発声を駆使(笑)している。
普通に歌ってくれればいいのに、と思うのは聴いている自分が外国の人間だからだろう。
これは一種の民族的コブシであり、スタイルなのだ。
標準ドイツ語ではなくヴィーン訛りそのままの方言歌詞を、曲の輪郭が崩れそうになるほど過剰に表情をつけて歌う。
あれ、ヴェヒターってこんなに「性格バリトン」な声だったっけ?と耳を疑う事しばしばだった。
フランツの声がやけに爽やかなせいもあるかもしれない。
ハンサム好青年と酔いどれ親父。なかなかのものだ。
録音に際しては、おそらく綿密な練習や解釈の摺合せはなかったかもしれない。
編曲自体、かなりラフに聴こえる。ここをギシギシ締めてしまうとしまうと「ドイツ人の音楽」になってしまうわけで、彼等がおそらくは拘ったであろう正真正銘のヴィーンっ子のスタイルを「ゆるさ」の中に貫いているようだった。
このアルバムはCD時代の幕開けのリリースだが、LPとテープ発売のみでCD化はされていなかったと思う。
没してしばらくすると、淘汰がおこり、一定の評価に即したもの以外は「なかったもの」となる。
この偉大な歌手の素顔、実際に生きた証しを感じられるちょっと粋な暖かなこういったアルバムが埋もれてしまうのは残念なことだと思う。


posted by あひる★ぼんび at 22:50| Comment(4) | 音楽

2017年04月19日

ギロヴェッツの三重奏曲

音楽に求めるものは人それぞれだが、自分は「心の安定」のひとつの材料として聴いている。
ただ、特効薬ではないので、聴けば必ず安定するというものではないし、必ず「癒される」わけでもない。
しかし「聴く気がおきない」という時は、心がかなり荒み弱っているというバロメーターのように感じたりもする。
今、忙しさと諸々のことで、それこそ聴く気がおきない状況…なので少々記事も気が入らないのだが、なんとなくかけた1枚が意外にも楽しめたものだったので、とりあえず記事にしておこうと思う。

アダルベルト・マティアス・ギロヴェッツはボヘミア地方の生まれ。
本名はヴォイチェク・マチヤシュ・イーロヴェッツという。
1763年生まれだが、1850年まで生き、地元で父親から音楽の手ほどきを受けた後、パリ、ロンドンで研鑽しつつ活躍した。
その後ヴィーンに定住し、宮廷副楽長、楽長として長く活躍した。
歴史的には1789年のフランス革命、その後のナポレオンの登場と失脚、反動・・・とヨーロッパ各国は大きな渦の中であり、モーツァルト、ハイドン、そしてベートーヴェン、シューベルト、メンデルスゾーン、シューマン…なんと多くの作曲家の生涯をカヴァーしていて、その変遷を肌に直に感じていたことだろう。
ギロヴェッツ自身はハイドンに強い影響を受けていたようだが、モーツァルトは彼の作品を高く評価していたという。ちなみにショパンがヴィーンでデヴューした時に弾いたのはギロヴェッツの協奏曲だったし、そのショパンを最大の激励と賛辞をもってヴィーンの楽壇に紹介したのはギロヴェッツだった。
自作曲がハイドンの名で出回ってしまったり、本人の承諾なしで楽譜が販売されたりと、少々不幸な事件にも遭遇しているものの、比較的安定した環境で人生をおくれた恵まれた生涯だったと言えるかもしれない。
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ギロヴェッツ:ピアノ三重奏曲集
ソナタ変ホ長調op.23-2
ソナタ変ロ長調op.28-1
ソナタニ短調op14-2
ソナタイ長調op12-1

トリオ・フォルテピアノ
(NCA membran ドイツ輸入盤)



ここに集められた曲は、50曲近くある彼の「ピアノ三重奏曲」の中からの4曲。
正式名称は「クラヴサンまたはピアノフォルテの為のソナタ、ヴァイオリンまたはフルート、チェロのオブリガート付」という、なんだか少々長い題名の曲だが、モーツァルトやベートーヴェンの「ヴァイオリンソナタ」も大体こういう題がついているから、これが当時のこの種のスタイルの楽曲の慣習的な表記だったわけだ。ここではフォルテピアノ、ヴァイオリン、チェロという標準的な「ピアノ三重奏」編成をとっている。
全体はハイドン的な穏やかな雰囲気だが、各所にベートーヴェンを思わせるフレーズが出てくる。
彼の曲はどの曲もこの時代の平均的な手法で書かれ、とても聴きやすい。
それを平凡と言ってしまえばそれまでだが、二流ローカルな音楽に聴こえないのは、技法がしっかり身について感性と一体化しているからだろう。
激動する社会の中でうまく立ち振る舞い、広い見識が柔軟な感性を生んだようで、硬直しない自由な気分を感じる。
幻想、夢想はまだ薄いが、まもなく花咲くことになるロマン派音楽の萌芽も匂わせている。
ギロヴェッツだけがそうだった、というわけではなく、正に激動の時代の文化が生んだその典型のひとつといえるだろう。
演奏のトリオ・フォルテピアノは全員女性で、グループ名通りピリオド楽器による素朴な響き。豊穣な響きのモダン演奏とは対極だが、妙なアクセントをつけず、過剰な装飾もいれず、素直に楽曲の魅力を伝えてくれている。
疲れた体に邪魔にならない演奏だった。
後期古典派や初期ロマン派の音楽が好きならば必ず楽しめると思う。

posted by あひる★ぼんび at 23:20| Comment(0) | 音楽

2017年04月04日

サカルトヴェロの仄かな光と影〜カンチェリの音楽D

グルジアと呼ばれていた国が「ジョージア」に変わり、最近はマスコミでもそう表示するようになった。
ロシア読みが英語読みに変わったところで、その国家のアイデンティティの行き場所はどんなものかと疑問になってしまうのだが、まあ、本人たちがジョージアと呼んでくれという希望なのだから、いいのだろう。
サカルトヴェロという元々の呼称はまた陰になるわけだ。
考えてみれば「日本国」だって、ニッポン、あるいはニホンと呼ぶのは日本人だけで、国際的にはジャパンとかハポンとかヤーパンと呼ばれている。だが、戦勝国米英の呼ぶジャパンに嫌悪感を持つ人などそうはいない。他国から直接の侵略支配を受けた経験のない国らしい柔軟性なのだと思う。

ギヤ・カンチェリはサカルトヴェロ(今後、このブログではジョージアではなくそう書くことにする!)の代表的な現代作曲家のひとりだ。
これまでもこのブログで何度も取り上げてきた。
宗教性薄く、政治思想性薄く、実験音楽要素も薄い。
ある意味、同世代の、また居住地域の音楽には珍しいスタイルだと思う。
実際は映画などの娯楽サブカルチャーとは密接な位置にいる人で、そのつもりならいくらでも「売れ線」音楽が作れそうな人なのだ。しかし商魂見え見えのわかりやすい音楽&セールスを展開する道を選ばなかった。ソ連→ロシアに支配された国にいた為というのも要因ではある。それもあって、屈折した感覚と、その謎っぷりが魅力なのだ。初期から現在まで、そんな謎オーラを発散させ続けているのだ。

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カンチェリ:
キアロスクーロ
トワイライト

ギドン・クレーメル(指揮&ヴァイオリン)
パトリシア・コパチンスカヤ(ヴァイオリン)
クレメラータ・バルティカ
(ECM ドイツ輸入盤)




題名が示すとおり、バロック時代へのリスペクトを仄かに感じる(ただそれは気分だけの話で音楽的にはいつものカンチェリそのものだが…)「キアロスクーロ(明暗対比)」と、
病気療養中、窓外のポプラの木々を眺めることで着想を得たという「トワイライト」…
以上、ヴァイオリンと室内管弦楽による新作2曲で構成されたアルバム。
相変わらず断片的にわかりやすいメロディを散りばめ、ゼロと100の音量差を演出した音楽だ。
ただ、フルオーケストラではないので突然の轟音に肝を潰しそうになることはなく、安心して音に浸れる。
動乱の祖国から西側オランダに移住し、しばらくになったわけだが、すっかり心の安定を得たということだろう。
相変わらず暗色の哀しげなフレーズに埋められているものの、かつてのような死の影や苦みは幾分薄らいだ気がする。
つまり軋むようなグロテスクな音列で吠えてしまうことがなくなった。安心なような、残念なような…^^;
両曲とも静寂とその音列が醸し出す幽玄が楽しめる音楽だ。
カンチェリの「どの曲も金太郎飴」という感覚に特に嫌悪感がなければ、ペルトやタヴナーなどの宗教的な気分とは異なる独特の浮遊感も心地よい。
カンチェリのスペシャリストと言っても過言ではないクレーメルと彼の楽団も、ツボを心得た演奏を聴かせる。鋭角的で斬新なアプローチで知られる女流コパチンスカヤの参加も嬉しいが、小さな毒サソリがコブラの群れの中に混じったところで特別な凄味はなく、むしろ至って清冽な印象だった。
それでも、久々に程よい「カンチェリ毒」が楽しめた1枚だった♪

posted by あひる★ぼんび at 23:38| Comment(0) | 音楽

2017年02月27日

冬のリンゴ〜フィンランド合唱曲集

明るい曲想であっても、常に短調へ向かうような旋律線、奇をてらったわけではないながら、独特な和声。
北欧産の食べ物同様、好みは大きく分かれそうだが、それらを一度気に入ってしまうと、
何度でもその世界に浸りたいと思ってしまうのがこの種の音楽だろう。
これもそんな合唱曲を集めたアルバムだ。

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冬のリンゴ
〜フィンランドのロマンティックな合唱曲
 シベリウス・マデトヤ・イェルネフェルト・クーラ
 パルムグレン・マーサロ・伝承民謡 等


クレメッティ音楽大学室内合唱団
ヘイッキ・リーモラ(指揮)
(ALBA フィンランド輸入盤)



収録曲は次の通り
◇ジャン・シベリウス(1865-1957)
  船旅・恋人(合唱版JS160c)・歌い潰した声
◇トイヴォ・クーラ(1883-1918)
  舟歌・春の歌・リンゴがずっと咲いている・曙
  キャラバンの合唱・おやすみ・メロディ
◇アルマス・イェルネフェルト(1869-1958)
  恋人たちの小径
◇アルマス・マーサロ(1885-1960)
  子守歌
◇セリム・パルムグレン(1878-1951)
  子守歌・夏の夕暮れ・スウィング・ポプラ・夜に
  悲歌・夏至祭・春のメロディ・春風・春の蝶
  ためいき・海にて
◇レーヴィ・マデトヤ(1887-1947)
  3つの民謡
◇村のバラ(伝承曲)


シベリウス、クーラ、イェルネフェルト等、このジャンルが好きな人には聴きなれた名前が並ぶ。
しかしシベリウスやマデトヤというメジャー作曲家ではなく、クーラやパルムグレンを重点的に取り上げているところが、このアルバムの面白い点であり、それも民謡を下敷きにした曲が大半なので、「近代合唱曲集」の難解さは全くなく、全体に素朴な雰囲気ができあがっている。
シベリウス・アカデミーでエリクソンに学んだというリーモラに率いられたクレメッティ音楽大学室内合唱団は、混声合唱、人数は少なめで透明感が高い。
独唱者も清楚な声の歌手が選ばれている。
必ずしも技巧的に精練されているわけではないが、完全な職業合唱団にはない「初心の感動」のような新鮮さもあって、好感触だ。
聴きなれたシベリウスの「恋人」も、構成や音符の並びに執着して冷静さを演出する演奏が多い中、テキストの内容に沿った感情表現をしていて、その独特の雰囲気が良い。

アルバムの題名は「冬のリンゴwinter Apple」だが、収録曲でリンゴが歌われているのはクーラの1曲のみ。つまりは誰もがappleをリンゴと訳してはみるものの、本当はもっと抽象化されたイメージなのだろう。
そもそもappleそのものは古くは果物全般を指す語だったわけだから、もっと宗教的な意味も含めて深い比喩もあるに違いない。
神聖と世俗、至福、その反対の失われた幸福や追憶、永遠の憧れ…様々ながら、なんとなく、イメージがロマンティックで良い感じだ ^^

冬場に聴く北国の音楽はやはり多少、寒い。
曲が春や夏の情景を歌っていても、結局聴こえてくる音は寒色なのだ。
ここでも「音楽に国境はないが国籍はある」を再び実感する1枚でもあった。
posted by あひる★ぼんび at 23:47| Comment(2) | 音楽

2017年02月22日

バウアーの「冬の旅」

ヨーハン・ルートヴィヒ・ヴィルヘルム・ミュラー(1794-1827)はアンハルト公国(ドイツ東部ザクセン近隣)デッサウにて、仕立屋の家に生まれ、プロイセン王国ベルリンで学んだ。そして、対ナポレオン戦争ではプロイセン軍将校として周辺国で転戦し、退役後はアンハルト公国に戻り、教職・学術調査員・宮廷顧問官などを務めている。
そのミュラーの詩人としての著作、連作詩「冬の旅」(1824年出版)は、登場人物の職種やキャラクターが具体的だった「美しき水車小屋の娘」と異なり、物語全体が観念的・抽象的に進行する。
シューベルトはこの詩集(「ウラーニア」掲載の12編)に感銘を受け、テキスト全体をほぼそのまま使用し、1827年に凝縮された音楽をつけた。その後、詩集「遍歴ホルン吹きの遺稿」に追加された12編を読み、こちらにも曲をつけ、現在の24曲の連作リート集が成立した。
この娯楽性を持たない画期的な「リートによるドラマ」は、演奏者の「解釈」の幅が大きい作品となっている。

詩の表面上から読み取れることは
*ほぼ同時代、リアルタイムの話である。
*場所はドイツ語文化圏、その周辺国のどこか。
*主人公はクリスチャンの男性で、自由恋愛が可能な身分。
つまり上流ではないが決して下層ではない。
*主人公は恋人とは別国人である。
…とりあえずは、それだけなのだ。

トーマス・エドゥアルト・バウアーは1970年生まれのドイツのバリトン歌手で、少々地味ながら結構な数のリートを録音している。
解釈や発声にディースカウの影響を感じない貴重な(?)存在だと思う。

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シューベルト:「冬の旅」Op89, D911(全曲)
  トーマス・E・バウアー(バリトン)
  ジークフリート・マウザー(ピアノ)

(Oehms  ドイツ輸入盤)



彼の最初の冬の旅録音は2004年9月。イルクーツクでのライヴ収録。
(この盤については旧ブログでも1度記事にしていた)
バウアーのモンゴル−ロシア−シベリア公演をドキュメンタリーにした番組「シベリアのシューベルト」の一環で作られ、リリースされた。
極寒の地を巡演して、コンディションを極限に追い込むという、ほぼ意味不明の過酷条件下のもの。
キワモノと思いきや、真摯にバウアー自身の感動が伝わってくる歌唱だった。
バウアーの声は元々「風邪声」だが、一段とその傾向強く明らかにコンディションを崩していて、「春の夢」では声がひっくりかえりまで起こっていた。
そんな傷演奏だが何故か心に響き、強い印象を残すものだった。

「冬の旅」の本質は物理的に冬であることとか、過酷な長旅とかそこではないはずなのだが…
・・・と思っていたら、バウアーは5年後の2009年8月に再び「冬の旅」を録音し、
そこでこの「冬の旅」の成立に関して、彼の見解を示している。

ミュラーは1814年、20歳でプロイセン軍に従軍し、ブリュッセル遠征でナポレオン軍と対峙した。
彼はその地でベルギーの女性と恋愛関係になった。しかし同年冬、その恋は破局してしまう。
すると、彼は無謀にも冬の荒野をぬけ、故郷デッサウへと帰還してしまったのだった。
翌年の彼の書簡・日記・作品から、強い傷心と社会的不名誉(無断帰還に対する制裁?)を蒙ったことが伺え、この体験が深く「冬の旅」に反映していると結論付けている。

つまり、彼のアプローチは作者ミュラーの疎外と逃避の旅の「追体験」を図ったものだというのだ。

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シューベルト:「冬の旅 」Op89, D911(全曲)
  トーマス・E・バウアー (バリトン)
  ジョス・ファン・インマゼール(フォルテピアノ)

(ZIGZAG フランス輸入盤)




バウアーの声は開放的ではないし、パワーは感じないが、暖かみがあり、柔らかい。
往年の歌手で言えば、テオ・アダムを思わせる少しくぐもった鼻にかかった響き。
この「冬の旅」では特に、感情を放出せず冷静さを心掛けているようで、「心が動かなくなってしまうほどの悲しみと衝撃の後の出来事」であると実感できる。
何をそんなに嘆いているの?何をそんなに怒っているの?と聴いている方が心配になってしまうような歌唱とは対照的だが、上記の声の特徴から、特に分析的には感じない。
また、インマゼールの演奏が適度にラフで、動かなくなってしまった主人公の心を補足するように揺れ、親しみを持って歌手に寄り添っている事で、うまくバランスがとられている。彼らの「冬の旅」が決して孤独なだけにならないのはそんな「伴侶」あってのことだろう。

1曲目はゆっくり目のテンポで穏やかに歌い進め、時々立ち止まりそうな空気を醸し出す。
この「立ち止まり」が心に強い余韻を残す。
何人もの演奏で聴かれる「怒り」はここにはない。歌詞に描かれる「疎外」への不条理の意味をかみしめるものの、実感すらわかない様子。
決然たる思いをもって旅に出たわけではなかった…それがかえって猛烈な痛みに変わっていく。
見込みの甘さが生む恐怖を味わい、その感覚は失恋も身分問題も吹き飛ばしてしまう。

なのにその後も怒りにシフトできないことに、なにやら独特の展開を感じた。

考えてみれば、本気で死ぬつもりだったら旅の苦難など何でもない。
いちいち嘆くのはおかしな話で、鴉が不吉にまとわりつこうと、山小屋で髪が白く凍りつこうと、山道で鬼火に迷おうと、太陽が3つ見えようと、何も恐れるものではない。
しかし、「冬の旅」の主人公は常に心乱れ、嘆き、恨み言を口にしている。
…覚悟など何もなかったのだ。そんな若者の気持ちのどの部分に寄り添うか。あるいは突き放すか。
歴代多くの歌手達は色々なアプローチを聴かせてきた。
民族意識と宗教宗派、身分制度が人々を階層化し、分断していたミュラーやシューベルトの時代と、「無縁社会」とまで言われるほどに個々の人間が必要以上に「孤独」になってしまった現代…彼らの時代の芸術作品に接する時、何か常に人間という存在の普遍的な性質について問われているような気がしてくる。

ささやかな幸せの中で生きていた平凡な若者が突然荒野に放り出され、歩き回り、絶望の意味を知り、死の目前で「生」への執着を確認する…
ただ絶望しているのではない点が、恐ろしい物語なのだ。
改めて「冬の旅」とはかくもスゴイ曲集なのだ、と確認。深い深い、真の名曲である。

「シベリアのシューベルト」より

https://www.youtube.com/watch?v=_3JKHH-Fhyg

https://www.youtube.com/watch?v=eGhPYBJRLF4
posted by あひる★ぼんび at 23:20| Comment(2) | 音楽

2017年02月06日

ダンツィのピアノ五重奏曲

フランツ・イグナツ・ダンツィ(1763-1826)はドイツ・マンハイムで活躍した作曲家で、ベートーヴェンの同時代人、音楽的にはモーツァルトとフォン・ヴェーバーを結ぶ作風を持つ。
通常で言う「ピアノ五重奏」と異なるのは重奏楽器がすべて管楽器だということ。
この辺は同時代の作曲家ライヒャ(レイハ)が開拓した管楽重奏のスタイル、この時代のハルモニアムジークの流行の影響だろう。
丁度、宮廷や貴族のサロン内にとどまらない、聴衆を前にしたコンサートが行われるようになった時期であり、音楽はより多様になった。しかしそれは間もなく淘汰へ向かう出発点だった。
バロックや古典の残像が薄まっていったロマン派時代、いわば叙事から叙情へ向かう時期を迎えるわけだ。
かつて日本の著名オーボエ奏者のM氏はライヒャやダンツィらのこういった曲を「死んでもやりたくない」と一蹴してしまったようだが、わからないでもない。
演奏者が苦労する割に、聴衆は面白くない場合も多々あるのだ。曲がつまらない、というより、演奏者がバランスを取り辛く、結果耳障りな音楽になってしまったり、逆に消極的なものになってしまったり…もどかしいのだろう。
確かに「オーボエ・フルート・バッソン」はバロック時代からの黄金サウンドかもしれないが、そこにクラリネットやホルンが入り、常に音量のあるピアノがそれを掻き回すなら、「(耳に)良い音楽」は生まれない。
作曲家のほうも聴かせる工夫や仕掛けは特に用意しなかったわけで…。

dan-p5.jpgダンツィ:ピアノ五重奏曲集
 ヘ長調op.53(ピアノ・フルート・オーボエ・クラリネット・バッソン)
 ニ短調op.41(ピアノ・フルート・オーボエ・ホルン・バッソン)
 二長調op.54(ピアノ・フルート・オーボエ・クラリネット・バッソン)

クリスティーネ・ショルンスハイム(フォルテピアノ)
ライヒャ五重奏団
(NCA-Membran SACD ドイツ輸入盤)




先に述べた音響上の問題点に関しては、この盤は何の心配もない。
演奏家は思い思いに腕を発揮しているし、上記の事をしっかり考慮したバランスがとられている。
編成上一番心配なホルンも飛び出してしまったりはしないし、名手ショルンスハイムのフォルテピアノも主張しすぎず(鳴り続けてはいるが)他を掻き消すことがない。
音楽は常に明るく、マイナー主調の楽章でも激情にさらされている部分は皆無で、その延々たる穏やかな音の並びが「シューベルト的な雰囲気」まで匂わせている。
もし、もっと耳を引くフレーズがあれば、きっと名曲に列せられたかもしれないが、特定の楽器が前面でソロを取ることがない。常にシンパシー、ハーモニーを重要視していて、それを愉しむ、そういう音楽なのだ。ヴィルトーゾ奏者はここには必要ない。これはM氏が嫌った理由のひとつかもしれないが、ある種、美点であり、そこを気にいるかどうかがこれらの作品に対する好みの分かれ目なのだろう。

この録音は放送局の製作ながら、放送用を「ついでに」製品化したものではなく、アルバムとして考慮された破綻ない上質のSACD盤になっている。
音はしっかり鮮明に捉えられ、アンサンブルも綺麗だが、ピリオド楽器ゆえ、元々の音色が全体にくすんでいる。SACDの空気感を持ってしても、生演奏の響きは再現できないようだ。
聴こえてくる音楽が、時代的にすでに「古雅」を楽しむ種類の物ではないことがなんだか残念だった。18世紀終盤の上質な娯楽音楽であることはわかるが、現代の環境・現代人の耳との相性はきっと考える以上に良くないのだろう、と改めて思ってしまった。

posted by あひる★ぼんび at 23:28| Comment(2) | 音楽

2017年01月28日

色〜ラインハルト・マイA

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「色」1990年アルバム
(私のベルリン/兵士は皆帰ってくる/ひとり/仔馬のバラード
少女/11月のゴルフ/錆びた車/ルチアーノのレストランで
世界の果ての私の村/選挙日/二つの椅子の間/私たち)

ラインハルト・マイ(ヴォーカル)

(インターコード ドイツ輸入盤)




故郷ベルリンへの愛を歌った「私のベルリン」にはじまり、淡々と紡がれた歌の花束。
ここに集められた歌は、アルバム名の通り色彩感があると言えないこともないが、どの歌も哀愁と、毒を含んでほろ苦い。残念ながら、日本人にはそのほろ苦さの根源のすべてを理解することはできそうもない。
マイは少々多弁すぎる詩句に、ドイツという国とそこに住む人々がここ100年余りで蒙った災難と、歴史や民族間の歪みを深く刻んだ。
軽く楽しい歌を提供してくれるポップシンガーではなく、ドイツ人のステレオタイプとも言えそうな固さと重さを厭わないメッセージシンガーなのだ。
その歌詞は宗教哲学的な要素は薄い。題材が現代社会と日常生活ゆえ、必要以上に過激に響いてしまうこともある。
穏やかな声や容姿、曲想とは不釣り合いなほどだ。
ラインハルト・マイは大戦中の1942年の生まれ。
彼が物心ついた頃のベルリンは、連合軍空爆による破壊、そしてソ連軍の包囲、略奪を受けた。
瓦礫の山となった街は再建もなかなか進まず、この「私のベルリン」にはその様子が描かれている。
その後には冷戦のいざこざをもろに蒙った街であり、マイの心には大きな傷が残ったことだろう。
そんな歌をアルバムの冒頭に置いているので、明るい気持ちで聴けるはずもない。
どの曲も皮肉にあふれ、隠喩を多用、シャンソン風の「ひとり」や、愛の危機と再生を信じる気持ちを歌った「私たち」は言葉の壁を越えて聴く者に不思議な思いを呼び起こす。
たまに陽気なアレンジの曲が出て来ても翳りは隠せず、オペラ風の演出をした「ルチアーノのレストラン」は、もともと声の力で聴かせるタイプではないマイには不似合いになってしまっている。
・・・そんな風に歌としてはマイナス要因が目立つのに、多くのファンを獲得し、ヨーロッパ各国で愛好され続けている不思議・・・。
そういう風に歌詞で聴かせる歌手ゆえ、ドイツ語から遠い日本人に知られていないのは当然なのだろう。
Youtubeから引用。
https://www.youtube.com/watch?v=kmGBylGJ30Q
「私たち」


posted by あひる★ぼんび at 21:45| Comment(6) | 音楽

2016年12月22日

ハンプソンの叙情的間奏曲

ハンプソンはレナーテ・ヒルマール=ヴォルトという研究者と共に、ベルリンの国会図書館で、シューマンの手による楽譜原稿を発見した。
「抒情的間奏曲からの20のリート」と題された、いわば「詩人の恋の初稿」である。
曲はEMIから事実上の世界初録音としてリリースされた。1994年10月のことである。

hamp-sch.jpg
シューマン:ハイネの詩によるリート集
*リーダークライスop24
*哀れなペーターT-V
*叙情的間奏曲からの20のリート

トーマス・ハンプソン(バリトン)
ヴォルフガング・サヴァリッシュ(ピアノ)
(EMI EU輸入盤)




いかにも推敲前の散漫さを感じるその曲を初めて聴いた時、「詩人の恋」全16曲へと改訂して大正解!と思ったものだ。
現行版と著しく異なる第1曲からして粗野で、各曲のメロディもオプション部分を使わないので音域が狭く、とにかく地味に響いていた。
ハンプソン自身も探りながらだったのだろう。サヴァリッシュのやけに冷静なピアノと相俟って、慎重きわまりない歌唱だと感じた。

そのときから10年以上たった2007年12月ミュンヘンでのライヴを収録したのがこのDVDだ。
hanpschum.jpgシューマン:
「ケルナーの詩による12のリート」op.35
「ハイネの抒情的間奏曲からの20のリート」

トーマス・ハンプソン(バリトン)
ヴォルフラム・リーガー(ピアノ)
( EUROART-UNITEL DVD オーストリア輸入盤)





ここでの歌唱は、以前のそれとはまるで対照的な、オペラティックで劇的・積極的な音楽だった。
唾は塊となって飛び、額のみならず顔中汗まみれ。クリスマス直前真冬の収録だというのに…
これは迸る感情が体内で飽和して溢れているのだろう。終始、世にも恐ろしげな怒りの表情。
心の内側を彷徨うことと、表面への放出を繰り返しながら、精神崩壊ギリギリなのでは?と心配になるほどの熱唱だった。
ピアニストがサヴァリッシュからヴォルフラム・リーガーという人に代わったことだけが理由ではないだろう。
10年歌いこんでハンプソンが得た「解釈」なのだと思う。

Im wunderschönen Monat Mai (美しい五月に)
Aus meinen Tränen sprießen (僕の涙から)
Der Rose, die Lilie, die Taube, die Sonne (ばら百合鳩太陽)
Wenn ich in deine Augen seh' (君の瞳を見つめる時)
Dein Angesicht (君の顔は→のちのOp.127-2)
Lehn' deine Wang'(君の頬を寄せよ→のちのOp.142-2)
Ich will meine Seele tauchen (僕の心を潜めよう)
Im Rhein, im heiligen Strome (ライン川、その聖なる流れに)
Ich grolle nicht (僕は恨むまい)
Und wüßten's die Blumen, die kleinen (花がわかってくれたなら)
Das ist ein Flöten und Geigen (あれはフルートとヴァイオリン)
Hör' ich das Liedchen klingen (あの人の歌を聞くと)
Ein Jüngling liebt ein Mädchen (ある若者が娘に恋をした)
Am leuchtenden Sommermorgen (まばゆい夏の朝に)
Es leuchtet meine Liebe(僕の愛は輝き渡る→のちのOp.127-3)
Mein Wagen rollet langsam(僕の馬車はゆっくりと→のちのOp.142-4)
Ich hab' im Traum geweinet (僕は夢の中で泣いた)
Allnächtlich im Traume (夜毎君の夢を見る)
Aus alten Märchen winkt es (昔話の中から)
Die alten, bösen Lieder (古い忌わしい歌)


曲の構成としては「詩人の恋」の16曲に「君の顔」「君の頬を寄せよ」「僕の愛は輝き渡る」「僕の馬車はゆっくりと」の4曲が加わっているだけなのだが、幾つかの曲は現行版とは異なるメロディをもっていて、当然、表現の方向性も違って聴こえるのだ。

ハンプソンの解釈では、意外にも、怒りの頂点とも言える曲が「僕は恨むまい」ではなく「あれはフルートとヴァイオリン」にあった。
そこには聴きなれた現行版の歌謡性は全くなく、朗唱スタイルで怒りをストレートにぶちまけている。
また、「僕の馬車はゆっくりと」の最後の音に続けて「僕は夢の中で泣いた」が歌われることで、この夢は馬車の中での白昼夢、ピアノパートには車輪が踏む石のゴツゴツとした衝撃、なんだか納得のいく状況だと思った。
明るいはずの「僕の恋は輝き渡る」も「ある若者が娘に恋をした」も皮肉と自虐にあふれ、すべてに邪気と死の影が憑りついている。ハンプソンの魔王のような表情も恐ろしい。憑依されたような異様な目・・・。
最後の2曲も、世間で言われるような落ち着いた詩人の「恋の回想」などではない。
怒りの極致の放心と完全な崩壊である。故に、ピアノの後奏のなんと哀しいこと。
こうなるとこの曲集はシューマンにとっての「冬の旅」のようにも聴こえる。
それは共に旅する楽師もいない、永遠に孤独な「心の旅」だ。

01DSCF4088.JPG
    知っているかい この棺桶が
   こんなに大きく重いわけを
   僕は この中に僕の愛と
   僕の苦しみを ともに沈めたのだ・・・
   
   (終曲Die alten, bösen Lieder最終節より)




シューマンはクララとの恋が成就したそのタイミングでなぜこの曲を書いたのか。
それは「詩人の恋」の形態では感じることのなかった、大きな謎である。
多くの解説に「少々色合いの異なる4曲を省いて・・・」とあるが、それだけではないだろう。おそらくコンセプト自体の大転換だったのだ。
スターピアニスト・クララと人気上昇中の音楽家ロベルトが結婚直後にこの形でこれを世に出すのは、あまりにも不吉と思えたのだろう。ゆえに4年ほど温め、物語の体裁を整え、メロディに歌謡性を加えて発表したのでは…と思えるのだ。
結局、数年後には本当に精神崩壊がはじまり、10数年で自らを葬り去ることになるのだが・・・すでに何か予見していたということなのかもしれない。

もう1点、このDVDで、ハンプソンの人気の秘密がわかる気がした。それはCDを聴いていたのではわからない部分で、観客を前にしての高揚と緊張をいかに自分の芸術と結びつけるか、という才能だ。
プライやディースカウの実演でも感じた、大家の必要条件。ハンプソンも大家への道を歩み始めたのだと確信できた。

音楽そのものとは関係ない事だが、最後の拍手があまりにも早すぎる。
ハンプソンが現実世界に戻ってくる前のフライングブラヴォー。
全てを台無しにしかねない蛮行だ。正直、バカ野郎!と思った。
昔、プライのコンサートで「美しき水車小屋の娘」の最後の音が消える前にやらかしたやつがいたが、あの時は怒りより残念さで眩暈がしたものだ。パドモアのリサイタルでも大いびきをかいているオジサンがいた。本当にあなたは何を聴きに来たのですか?!とつくづく尋ねたくなる。
posted by あひる★ぼんび at 23:11| Comment(2) | 音楽

2016年12月12日

バランスという才能〜ティペットの音楽

マイケル・ケンプ・ティペットは英国の作曲家・指揮者。1905年に生まれ1998年に亡くなった。
ネット上で見られるプロフィールは、音楽に対する幼年期の天才性と並べて、「中流の上」の家柄だとか、徴兵拒否による投獄や思想活動、マイノリティな性癖など、およそ音楽とは関係ないことばかりが雑多にとりあげられているので、音楽的特徴部分がぼやかされる表記になってしまっている。
そのへんはなんとも不思議なのだが…その作品を聴いたことのある者にとっては、何となく、さもあらんと思えてしまうのが面白い。
彼の作品は、破綻なく、適度に技巧的だが、唯一無二といえるほどの個性があるか、というと疑問符がついてしまう。多分、強い嫌悪感を持つ人はいないだろうが、感動で虜になる人も少ないだろう…そんな感じ。

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ティペット:
   管弦楽の為の協奏曲
   トリプル・コンチェルト

ジョルジ・パウク(ヴァイオリン)
ノブコ・イマイ(ヴィオラ)
ラルフ・キルシバウム(チェロ)
ロンドン交響楽団 コリン・ディヴィス(指揮)
(フィリップス EU輸入盤)



このCDには2つの作品が収録されている。
こういう音楽を聴くたびに頭をよぎるのは「音楽とは」という定義の部分だ。
ある「音」が作曲家が定めた法則で鳴らされる時「音楽」と呼べるものになる。
しかし、近現代の法則は多様すぎて、聴きなれない人には「音」から「音楽」に進化する過程で別方向にシフトしてしまう可能性がある。
まあ、ティペットの場合、まだ同国のマクミランの作品のような、工事現場のような濁音ではないのでまだ聴きやすいが、それでも「音合わせ?」とか「音楽はいつはじまるのですか?」と訊かれてしまいそうなのはまさに時代性なのだろう。
ペルトのような静方向の刺激はなく、タヴナーのような神秘性もない。シュニトケのような諧謔も、メシアンのような技巧も感じない。そして何より、聴き手へのサービスが何もない。
そんな、ないないづくしの音楽だが、視点を変えて捉えれば、音の断片が集積と解体を繰り返す中に過去の大作曲家たちの「影」が映し出されているような面白さがある。
近代の作曲家が愛好し、20世紀の半ばに大流行した「オケコン」やベートーベンら古典派の「トリプル」という編成を借り、それらのエコーを呼び覚まそうとするかのようだった。
そんな、聴き流すことも深読みもどちらも可能な音楽というのは、そんなにはない。
流石、地味ながら、全世界に一定の愛好者を生んでいる作曲家の作品だと思った。
彼の理解者・積極的紹介者のひとり、ディヴィスらの演奏もとても丁寧だ。

20世紀の音楽芸術は「不幸な時代」に突入していた。ティペットの生涯はその20世紀をまるまるカヴァーしている。通常のルールではそこまでの過去数百年でやりきってしまった感のある「作曲」という仕事。
独創性を意識してしまうと素直に書けるはずもなく、まして、資本主義社会の中で芸術を職業として成立させ、生涯その立場を全うしようとしたら、違う部分のバランス感覚が常に必要になっただろう。
ちょっと聴いただけではただ淡白なティペットの音楽も、実は考え抜かれたバランスの上にあるとしたら、何やら計り知れない「才能」を感じるのだ。
21世紀に入って、音楽芸術はどのように展開するのだろうか。まるで停滞しているように思えてならないのだけれど・・・。


posted by あひる★ぼんび at 23:14| Comment(4) | 音楽

2016年11月23日

作曲家としてのリパッティ

ディヌ・リパッティは1917年ルーマニアのブカレスト生まれ、1950年ジュネーヴで没したピアニスト。 ルーセルやブーランジェに作曲を学び、ピアノの腕をコルトーに見出され、演奏活動するが、その才能を期待されながら、人生の上り坂の途中に33歳で病没してしまった。
彼の詳細についてはファンサイトも多数存在するので、そちらを参照して頂きたい。ここでは敢えてとりあげない。
その実像が必ずしも明確でないのは、レコード会社が売り材料として業績の1部を歪めてしまったこと、そして遺族が「理想的なイメージ」を守ろうと色々規制したせいだろう。それほどに期待を集め、早すぎる死を惜しまれるスターだったのだ。

lippa-5.jpgリパッティ:作品集
  古風なコンチェルティーノop3(1936)
  夜想曲(1937) 夜想曲(1939)
  左手の為のソナタ(1941)
  バッハによるパストラーレ(1942)
  バッハのカンタータBWV208からの2つの編曲(1950)

パドゥア・ベネト室内管弦楽団 ゲルト・メディツ(指揮)
マルコ・ヴィンツェンツィ(ピアノ)
(Dynamic イタリア輸入盤)



ここに集められているのはリパッティの10代から亡くなる年のバッハの編曲作品まで、生涯にわたる作品が集められている。
まず「コンチェルティーノop3」。
この作品はまだ10代のリパッティがバッハら先人に最大のリスペクトを込めて書いた、ピアノ独奏と室内合奏による4楽章からなる協奏的作品。
第1楽章はまるでカンタータの編曲のようなメロディを持つ優しい表情をしている。
第2楽章はヴァイオリンとヴィオラのソロを伴うロマンティックな音楽。
あとの2つの楽章は少し個性が弱い気がするが、伸びやかだ。
時代的なヴィルトージティからはるか遠く、地味である。
ある意味、リパッティのアーティストとしてのスタイルを反映しているようにも思えた。 続く2つの夜想曲は、極めてダークだ。
同じ人の作品とは思えないほど、分裂的で、12音技法で出来上がりそうなラインをもつ不安げな曲。「世界大戦に向かう不安な空気を表して…」とか「病気の最初の兆候が…」とか言ったら信じてしまいそうだ。
バッハのカンタータ・コラールの編曲は、ブゾーニらの手の込んだ編曲とは趣の大きく異なるシンプルなものだ。

ヴィルトーゾ的な派手な活動展開をしなかったリパッテイゆえ、作品にもそのカラーはみられない。難しいのはその場合、世間一般が必ずしも価値(というより面白さ?)を認めないことがあるということだろう。古くはリスト、ラフマニノフやゴドフスキ−らの派手なパフォーマンスは人を引きつけるが、細やかに紡がれる音では、激動の時代の中でアピールするのは難しいのだ。彼の丁寧に編みこまれた音楽は、コマーシャリズムもヴィルトージティもそぐわない。埋もれてしまうのは惜しいものだが、彼の短い生涯と同様に記憶の中だけに響くものになっていくのだろう。
静かに流れる音楽を聴きながら、そう思えてしまった。

posted by あひる★ぼんび at 23:19| Comment(0) | 音楽

2016年11月01日

「北欧の声楽」

Singerpur「シンガープア」あるいは「ジンガープル」。
男声5人、女声1人のドイツのヴォーカルアンサンブル。
1991年に結成され、当初のレパートリーはジャズ音楽を中心に据えたものだったようだが、1994年に女声歌手が加わってから、アーリーミュージックに重心がシフトしていった。
一般に認知されたのはその頃なので、当時から現在までアーリーミュージックのヴォーカルアンサンブルと見なされることが多いようだ。

sinpnor2.jpg
「北欧の声楽」(21曲)
ステンハンマル/パルクマン/フォクステット/
ラウタヴァーラ/リンドベリ/サルマント/
ペッタション=ベリエル/タウロ/ハンソン/他の作品

ジンガープル(ヴォーカルアンサンブル)
(MEMBRAN ARSMUSICI ドイツ輸入盤)



このNordisk Vokalmusik(北欧の声楽)は1997年にリリースされたもの。
ケルン西ドイツ放送(WDR)の企画。
北欧諸国には「合唱音楽」の伝統があって、各国は異なる民族ながらそれぞれ特徴ある文化の花を開かせている。このアルバムには、ほとんど聴いたことのないような現代作曲家の作品に、ステンハンマルやP-ベリエル、ラウタヴァーラといった比較的名の知られた作曲家の作品を散りばめている。ここにグリーグやシベリウスなどの国際的評価が確定している作曲家を含めなかったのはひとつの見識だろうか?
各国にはそれらを得意とする優秀な合唱団が多数あるわけで、それらの団体が取り組みそうなナンバーを集めて、異国人の彼らがこうしてアルバムにするのは勇気ある挑戦にも思えた。
しかし、歌い方はいつもの通り。特に気負うことなく、締め上げず、磨きすぎず、張り詰めすぎず、心地よい。オペラ歌手が集まって、まんまの発声でポップスを歌うようなゲテモノ(失礼!)ではないので、終始安心して聴ける。たまに口の悪い評論家がこのアンサンブルの緩さをあれこれ言うことがあるようだが、特にそう感じる部分はなかった。とにかく、もともと広いジャンルを歌っていた彼等にとってはこれらは「レパートリーのひとつ」なのかもしれないが、リリースされるアルバムは中世ルネッサンスものばかりなので、多くの人には珍しいレパートリーと聴こえたことだろう。
男声5人にソプラノ1人という変則的な編成で、丁寧に次々と歌われる小曲たち。
発声としてはドイツ的な要素はそれほど感じず、より柔らかい小規模アンサンブルの多いイギリス風の響きを持っているように聴こえた。
その独特の編成と声質が、こういう「寒い国」の音楽に一段と「孤独感」のような風景を加えている。
声質としてはこのグループが普段取り上げているルネッサンスやバロックの宗教曲と何ら変わりはないのだが、このように「特に変えない・付け足さない」というのは、ある意味、ありそうでない切り口で、新鮮に感じたのは確かだ。
いわゆる本場ものは大抵、編成が大きい。その分厚い男声の低音や明晰な女声も特徴的で良いのだが、うまく歌われれば歌われるほど、技術的な面に耳がいってしまう。素晴らしい前提で「気楽にちょっと聴いてみよう」とはならないものが多いと感じていた。
対してこの演奏。
薄味で、深みはないかもしれない。ダイナミクスも狭い。さらに…これは大きいことなのだが、日本人が聴いた場合の言葉の壁は避けられない。フィン語やノルウェー語の意味が聴き取れない自分たちが、それでも感動を呼び起こされるとすれば、純粋に「旋律線」と「響き」だけが勝負になる。これはもはやハードルなどという生易しいものではないだろう。
しかし…自分としては、最初の1曲から「イメージの深い森」に行くことができた。当然全ての曲ではないが、素晴らしいと思った。やはり、技巧的な曲より、シンプルに「北欧的美旋律」(←北欧ポップスやロックが流行した時、やたら音楽評論家が使った言葉)を紡いだ曲は強い。タウロの「秋の歌」など、キャッチーで先の見通しの良いメロディが直接感性を刺激してくる。それらの曲を弾みに、少々散漫だったり難解すぎる他の曲もさらりと楽しめてしまうようだった。
今の季節にぴったりの美しい時間を提供してくれる1枚だった。
posted by あひる★ぼんび at 23:11| Comment(2) | 音楽

2016年10月22日

思い出のレコードからB〜ペールギュント組曲

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グリーグ:
ペールギュント第1組曲・第2組曲
4つのノルウェー舞曲

  ジャンフランコ・リヴォリ指揮
  ウィーン音楽祭管弦楽団
(コンサートホール LP 国内盤)





僕は、3歳の頃にはすでに所沢住みだったのだが、浅草の母の実家の理髪店が忙しい時期には、母は僕や妹をつれて戻って、店を手伝っていた。
「忙しい」わけだから、かまってもらえるはずはなく、僕は大きなステレオ装置の前に寝そべって、よくレコードを聴いていた。(ポータブル機ではなく、フルサイズ・フルオートだったので、レコードさえ乗っていれば幼児にも扱えた)そんな僕の愛聴盤のひとつがこの「ペールギュント」だった。
それでも、手が空くと母は色々な本を読んでくれたし、これを聴くときは、時々、母がペールの物語を読み聞かせてくれた。
当時の自分が内容をどこまで理解していたか…当然そんなことは知り様もないが、後の感覚では充分というかかなり正確に物語を把握していたと思う。
母はどうやらイプセンの「ペールギュント」をしっかり調べていて、その複雑な物語の核心をはずさぬようにわかりやすく整理して伝えてくれていたようだった。
自分自身が小学生の頃には「組曲」では当然描かれていない部分まで細かく知っていたのがその証明だ。
音楽が鳴ると脳内で映像が展開される。
その映像は…不思議なことに「山の魔王」の姿がウルトラマンシリーズの怪獣になることはなかった。真面目に幼いなりに、持てる知識を総動員してイメージできていた。この曲集は19世紀異国趣味流行の関係で、様々な国々の情景(かなりステレオタイプだが)が盛り込まれているから、母はそんな国々を解説する教材としても良いと思ったのかもしれない。中高生になってから知った北欧の情景やモロッコの砂漠が、イメージとそれほど違っていなかったことはむしろ大きな驚きだった。

この演奏の指揮者、リヴォリは1921年イタリア生まれ。2005年に没しているが、この盤を録音した頃はまだ若手だったはずだ。演奏はコンサートホール・ソサエティから数点が出ていたが、もちろん、この盤を聴いていた頃はそんな部分に興味が行くことはなかった。
当時、浅草の家にあった「ペールギュント」はこのリヴォリ盤のほか、ビーチャム盤もあったと記憶している。ビーチャム盤は声楽パートが含まれ、それがかえってイメージの邪魔になったのか、とにかく気楽に良く聴いたのはこのリヴォリ盤だった。
もう一つの愛聴盤はブラームスの「ハンガリー舞曲全曲」だった。
ジョセフォヴィッツ指揮ウィーン音楽祭管の演奏で、力強さとセンチメンタルが共存した4番と20番がお気に入りだった。ちなみにその盤は母がうちに持って来ていたので、未だに所有している。
コンサートホール・ソサエティの会員制レコード通販は1962年に始まっていて、この盤は初期の頒布物だったようだ。これらの盤の所有者が誰なのかは知らない。母か、たくさんいる叔母叔父の誰かか。それぞれがコンサートホール・ソサエティやリーダースダイジェストを定期購読していたから、今でもその辺はわからない。
高校生になった頃、祖父が亡くなった。事情があって、数年後には浅草の実家にはいかなくなってしまい、このリヴォリの盤については、その後の行方は知る術がなかった。

そんなこんなで、これはオークションで買いなおしたもの。
良い時代になったものだ。たいていの過去のものはよほど希少でない限り手に入る。
但し、これについてはもはや音楽鑑賞の為ではなく、自分と、母の思い出の為のものだ。
思い出の中で今も鳴っている「あの音」と、そこにかぶさる「母の声」を打ち消したくない思いも強く、こうして買い直してからは聴いていない。
「ペールギュント」自体は数十種類を所有しているので、音楽を楽しみたい時はそちらを聴くことにしているわけだし。

posted by あひる★ぼんび at 19:02| Comment(4) | 音楽

2016年09月14日

思い出のレコードからA〜モラーヌのフォーレ

カミーユ・モラーヌは1911年生まれのフランスのバリトン。
フランスオペラの認知度はイタリアオペラより低く、また、フランスのメロディ(芸術歌曲)もドイツリートほど一般に知られていなかった。いくらモラーヌがどれだけそのジャンルで活躍したところで、日本での人気は一部の愛好家に留まっていた。
ほぼ同世代のスゼーほどインターナショナルな活動をしていなかったこともあるだろう。
モラーヌは声に余力を充分残しているうちに舞台を降りてしまい、後半生はほとんど教育活動に時間を割いたようだ。 亡くなったのは2010年。99歳という長寿だった。
若き日の声以外を知らないのだが、甘く、柔らかく、テノーラルなハイバリトン。
パンゼラより、スゼーよりずっと軽やかな美声に思えた。

そのモラーヌが歌ったフォーレの歌曲集は、中学時代からずっと自分の愛聴盤だった。

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フォーレ:歌曲集
夢のあとに/漁夫/この世で/ネル/秋/夜明け/
ある日の詩/ゆりかご/秘密/イスパハンのバラ/
贈り物/涙/墓場にて/バラ/消え去らぬ香り/牢獄/
アルペッジョ/夕暮れ/一番懐かしい道/9月の森/

カミーユ・モラーヌ(バリトン)
ピエール・メイヤール=ヴェルジュ(ピアノ)
(日本コロムビア LP 国内盤)


廉価盤なので歌詞カードがなく、当然フランス語もわからないのだが、「夢のあとに」「漁夫」「ゆりかご」…次々に繰り出すセンチメンタルなメロディラインに聴きほれた。
フォーレの音楽の力とモラーヌの霊感に満ちた歌唱、それだけで充分感動できたのだ。

また、当時の自分はモラーヌの容姿風貌を知らなかった。
モラーヌのフォーレのLPは後期作品集はエラートレーベル、初期・中期作品集はマイナーレーベルのものなのだが、日本コロンビアの廉価版方針でデザインが極めて簡素、どの盤にもフォーレのポートレートしか載っていなかったのだ。
その為、脳内ではモラーヌの風貌=フォーレになってしまっていたのだ。
CD時代に入ってから初めてモラーヌの御尊顔を拝したが、フォーレよりずっと爽やかなお顔。
いや、声のイメージとぴったなのだが、ちょっとした逆ドッキリだった。
Camille.jpg

このLPには録音データがないが、1950年代後半の録音と思われる。
STEREO表記はあるものの、実際は左右チャンネルごとはモノラルっぽい平面的な音。
だが、じつはこれが面白い。
なんと、片チャンネルにはモラーヌの声だけが入っていて、もう片方はモラーヌの声の微かなアンビエントとピアノパートが入っている。
再生場所が広い部屋で、音量も確保できる環境の場合、しっかり調整をとればモラーヌとピアノのリアルさが半端ない。隣りの部屋から聴いたら(隣りがミソ。音自体には奥行きがない為)まるでそこで演奏しているようなのだ。
モラーヌのみにすると無伴奏になるので、フォーレがどんなふうにヴォーカルパートを書いたか丸わかりになるし、ピアノのみにすると微かなガイドヴォーカル付のカラオケになってしまう。製作者の意図とは関係なくいろいろ楽しめた。

このLPは80年代の終わりにCD化されていて、もちろんその盤も買った。
maurane-fau.jpg
(XCP フランス輸入盤)
こちらはバランスをとって、きちんとミックスされていた。
なんだかちょっとがっかりだった^^;
もちろん気兼ねなく繰り返し気軽に聴けるのはCDだし、安定した音でモラーヌの真価が聴き取れるのは嬉しいことだ。

そんなわけで、レコードのほうは観賞&遊び&自分の歌唱練習に重宝した一枚だった。
おかげで随分傷んでしまって…ああ、これはもうダメだな、と思っていたところ、天の助け。ヤフオクで超廉価で未開封盤を落札できたのだった。
これはそれこそ、このLPじゃなければダメ!!という一品なのだ。めでたしめでたし。

posted by あひる★ぼんび at 23:50| Comment(3) | 音楽

2016年08月14日

思い出のレコードから〜シュライアーのシューマン

その曲が「特別」なのではなく、演奏者が「特別」なわけでもない。
色々な条件が折り重なって、そこに同居して、結果「特別」に感じるものがある。
これもそのひとつ。

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シューマン:リーダークライスop.39
ハイネ・ライニック・モーゼン他によるリート集


ペーター・シュライアー(テノール)
ノーマン・シェトラー(ピアノ)
(徳間エテルナ LP 国内盤)





このレコードは、高1の時、行きつけの店で購入した。「昭和50年6月6日」のことだ。
以後見かけることはなかった。そう…リートのアルバムなど、よほど売れる確証がない限り店頭には出ないし、売れてしまえば再入荷はしないのだ。
高校から自宅の中間点にその店はあったので、放課後はよく立ち寄った。店長さんはこんな高校生の一方的なオタ話によくつきあって下さった。さぞ迷惑だったことだろう。店はとっくの昔に廃業してしまったようなので、謝ることもできないのだが。おそらく店長さんは、たびたびプライやディースカウ、シュライアーのLPを買っていく僕をターゲットに入荷してくれたのだと思う。ネットショップの「あなたへのおすすめ」以上に確実なおすすめだった^^

その購入日はジャケット裏面最下部に記入してある。
このルールは、父が「持ち物には自分の名と何年何月何日どこで買ったか書いておけ」という「古い時代の習慣」を半ば強要していたのがはじまり。 読書家が蔵書に記名記録するのと同じだ。素直に従ったのは、どうせ転売はしないし、納得の上のことである。
6月6日は行っていた高校の開校記念日だった。休校日だから出向いて買ったことになる。翌日は恒例の成績順位が公開される「実力テスト」があったはず(この時は入学からまだ2ヶ月で、まだその過酷さには気付いていないのだが…)で、買った日にすぐに聴いたかどうかは覚えていない。

このジャケットの新緑の情景と爽やかな空気感は、そのままこれを聴く時の勝手な期待と先入観に結びついた。40年を経て、なおもその印象からは抜けられず、シューマンのリートから感じるのはまず春の息吹である。
「くるみの木」や「君は花のように」「君の顔は」、そしてop39が描き出す世界には新緑の風と光が満ちていた。本来はもっとダークで屈折したアイヒェンドルフやハイネのテキストからもそのときめきを(勝手に)読み取っていた。
すべて、このジャケットとシュライアーの歌のなせる業だった。
さらに音楽の教科書にあった「はすの花」を歌う時も、ほとんどこの盤のマネをしていたのも覚えている。(ちなみに別の刷り込みのあったシューベルトの諸作品では思い切りプライのマネをしてしまっていた。)
この盤のシュライアーは折り目正しく、過剰な表現がない。発音も後年ような癖はなく、またヒステリックになる部分も皆無。総じて淡白。シェトラーの粒のそろった、しかし間をたっぷりとった穏やかでサラリとした感触のピアノも素晴らしい。
同時期の彼等の「詩人の恋」が過剰な強い表現だったのは驚きと残念感いっぱいだったが・・・。

毎朝、登校時間まで自分の部屋で、寝転がってそれらのリートをカセットテープにダビングしたものを聴いていた。
窓からのぞく緑と空の色を眺め、ただぼんやりとする時間。
歌詩はすべて覚えてしまった。その記憶力を学校の英語で発揮すれば、かなりのもんになれるぞ!…なんて、先生にもよく言われたのだったが^^;
今でも、聴いて思い浮かべるのは、たくさんの友人たちの笑顔や、中高生時代の出来事、父や母のこと…音楽とも歌詩内容とも関係ないことばかりだ。
つまり、「音楽」を聴いているのではなく「思い出」を聴いているわけだ。
30cmのタイムマシン。CD化されてはいるが、時間旅行にはレコード盤の音が良いようだ♪

posted by あひる★ぼんび at 22:38| Comment(3) | 音楽

2016年07月20日

ボッセの穏やかな遺言

ゲルハルト・ボッセ。1922年生まれ。ゲヴァントハウス管弦楽団の名コンサートマスターとして長く活躍し、ゲヴァントハウス・バッハ管弦楽団の創立者。晩年の10数年は日本で新日本フィルや神戸市室内合奏団、大学での講師として活動した。
老マエストロにありがちなギチギチ楽員を締め上げるタイプではなく、むしろその対極、永年の楽団員としての演奏感覚と深い学識を生かした指示で端正にまとめる手腕を持っていた。
「リラックス、リラックス!」ボッセはどんな時もそんな言葉を楽員に投げかけたという。
「この曲はもう何度もやったからという気持ちになることが、いちばんよくない」
「正しい音を弾くだけでは不十分」
「繊細な表現を実現するには、テクニックと感情の両方が必要。加えて知識と冷静な分析も必要」
「指揮者をしていて、いちばん幸せだと思うのは、演奏会のあとでメンバーが来て、楽しかったと言ってくれるときです。ステージ上の演奏者が幸せでなければ、お客さんを幸せにできるはずがありません」

ボッセが亡くなったのは2012年5月。これはその1年前の2011年3月10日に録音されたCD。
bosse-kobe.jpg
J・Sバッハ:ブランデンブルク協奏曲(全曲)
ゲルハルト・ボッセ(指揮)神戸市室内合奏団
白井圭 (vn)平尾雅子&瀬田麗 (ガンバ)花崎薫 (vc)
北谷直樹 (チェンバロ)白尾彰 (fl)岩佐雅美 (fg)
古部賢一、森枝繭子&多田敦美 (ob)垣本昌芳&永武靖子 (hr)
太田光子&宇治川朝政 (ブロックフレーテ)、高橋敦 (tr)
(Altus 2枚組 国内盤)



このCDライナーノートに書かれたの本人の言葉。
  この録音を聴くたび、あの日のことを思い出すだろう。
  愛する人を亡くし、家を失い、故郷まで失って傷ついた人々の心が、
  J.S. バッハの音楽から何かを受け取ろうとする時、私たちの演奏が
  少しなりともその仲立ちになれるなら、これほどの喜びはない。

そう、このCDはその演奏会のライヴ録音だ。開演から終演までの記録ではなく、曲順や曲間に編集があり、アンコールもカットされているが、ボッセも団員も自ら最高の演奏だったと自認するコンサート録音がこうして残されたことは喜ばしい。
スマートな演奏だ。無駄にピリオドに影響されていないようで、フレーズのリズムや音色が若々しい。
「18世紀の音楽に必要なのは話し言葉のアーティキュレーション」というボッセ。ドイツ語的に書かれたバッハの音楽を日本人が把握するのは大変だったと思うが、ここではしっかりその意図を汲み取って演奏している。
人によってはもっと暗い音色を好むのかもしれないが、ボッセ自身がソリストを精査厳選し集めたメンバーは優秀で、技術的な不安も、余計な翳りも曇りもない演奏に仕上がっている。

以前「年に何回か無性に管弦楽組曲やブランデンブルクを聴きたくなる」といったことをこのブログに書いたことがあった。これもそうした気分で購入したものだった。
随分前からボッセ/ゲヴァントハウスによるブランデンブルクは愛聴していて「東ドイツのバッハ」の先入観を覆す爽やかな演奏が印象的だった。
この盤に関しては「日本の合奏団と全員日本人のソリストによる演奏」ということで今度は極めて中性的な演奏になるのかな・・・というやはり勝手な先入観を持って手にしたのが正直なところだった。
しかし、聴いてみれば・・・音が立ち、踊り歌う。活発にして優雅。しかし18世紀の慣習から逸脱することもなく堂々と「音楽」を聴かせてくれていた。
ただ、聴きながら「この演奏中は明日起こる悲惨な出来事はだれも予想できなかったのだろうな」とか「1年少しでボッシュさんも神に召されてしまうなんて、それもわからなかったのだろうな」などと考えてしまったのも事実だ。でもそれは演奏のせいではない。
今こうして楽興の時に浸れる幸せを感じる事は大切だと思う。天災は避けられないながら、被害を最小にする工夫や、人災で災害を上塗りしない工夫は何か等、そこにも思いを巡らすのも重要だと、聴くたび確認することになる盤でもある。

この記事を書いているのは7月20日の朝。
さっき、7時25分、茨城県震源でM5の地震があった。
うちは高層なので結構大げさに揺れる。災害はいつ起こるかわからないな。
注意怠ることなく備えよ!それが難しいのだけれど^^;
posted by あひる★ぼんび at 23:52| Comment(0) | 音楽

2016年06月14日

マリー・ジャエルの肖像

マリー・ジャエルは1846年アルザス地方に生まれ、1925年にパリで没したフランスの女流作曲家・ピアニスト。
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旧姓はトローマンといい、9歳でモシュレスに期待をかけられ、その予想通りパリ音楽院を首席で卒業し、ピアニストとして活躍した。
1866年、作曲家アルフレッドと結婚。ブラームス、サンサーンス、リストらと交友し、後にはリストからピアノの手ほどきも受けたという。
1882年に夫は逝去してしまうが、彼女はその後もかなりの数の作品を生み出し、オペラ、管弦楽曲も多数書いた。しかし、20世紀に入ってからは教育家の視点が強まったようで、作曲よりも音楽心理学やピアノ教則関連の著作を数多く発表するようになる。
現在、マリー・ジャエルの名があまり知られていない明確な理由はわからない。
特に意図あって埋もれさせられたわけではなく、話題性を極めたのちは、ローカルな教育活動に落ち着いてしまって、20世紀に急激に変貌した産業構造に乗れなかったから、といえなくもない。彼女の音楽を継続的に頻繁にとりあげる「国際的スター指揮者」や「ヴィルトーゾピアニスト」がいれば状況は違ったようにも思うのだ。
ではそれは何故いなかった?と問うなら、やはりフランスやヨーロッパの音楽界は男性優位社会であり、歴史的に根強い「女性差別」があるからなのだろう。作品内容ではなく、女性というだけで黙殺された作曲家は少なくない。最近この問題に着目する研究家も出てきたから、将来状況が変わってくる可能性はあるだろう。

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マリー・ジャエル:
・連作歌曲「熊たちの伝説」
・チェロ協奏曲ヘ短調
・ピアノ協奏曲第1番ニ短調/第2番ハ短調
・12のワルツとフィナーレ(連弾)
・ピアノ独奏曲集(組曲「麗しき日々」/地獄で(2曲)/
  煉獄で(2曲)/天国で(2曲)/雨の降る日)

  エルヴェ・ニケ指揮 ブラッセルズ・フィルハーモニック
  ジョゼフ・スヴェンセン指揮 リル国立o. グザヴィエ・フィリプス(vc)
  ダヴィド・ビスミュート、ニコラ・スタヴィ、ロマン・デシャルム、
ダヴィド・ヴィオリ、ダナ・チョカルリ(ピアノ)
リディヤ&サーニャ・ビジャク(ピアノ連弾)
  シャンタル・サントン=ジェフェリ(S)
(Ediciones Singulares 3枚組 フランス輸入盤)


この3枚のCDには声楽曲(メロディ)、ピアノ独奏曲、協奏曲などがまとめられている。
この盤のBOOK装丁は内容が充実していて美しいが、若干盛り込みすぎて、記載の優先順位が「CDを聴きたい人向け」ではないようで、データや曲目がわかりづらい難点がある。
まあ、それは本質的な問題ではない^^;とにかく、単発売ではほとんど気が付かないこれらの録音をまとめて聴けるのは大変にありがたい。音楽史の本の中で、名前だけでスルーしてしまう作曲家の作品が現実の音として存在感を持って迫ってくるのは大きな驚きと喜びだった。
作風は保守的。同時代のフランスの諸派の自由で実験的な響きより、ドイツ・ライプツィヒ人脈の手堅い音楽に、19世紀末のヴィルトーゾ性を加味したような雰囲気だ。特に短調主体に進む派手目な2つのピアノ協奏曲はロマン派協奏曲好きにはたまらない味わいがあるだろう。
posted by あひる★ぼんび at 22:25| Comment(0) | 音楽

2016年06月10日

ハウゼッガーの自然交響曲

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ハウゼッガー:「自然交響曲」
  〜大管弦楽と混声合唱のための

       
WDRケルン放送交響楽団&合唱団
アリ・ラシライネン(指揮)
(CPO SACD ドイツ輸入盤)





ジクムント・フォン・ハウゼッガー(1872-1948)は、オーストリアのシュタイアーマルク州グラーツに生まれ、ミュンヘンで没した指揮者・作曲家。彼はブルックナー作品の紹介、特に弟子たちの改竄版ではない「オリジナルに近い形」での演奏に積極的だったという。ブルックナーの交響曲第9番原典版の初演も彼が行っている。また、オイゲン・ヨッフムの師匠でもあった。
音楽的には熱烈ヴァグネリアンだったようで、作品にはそれが色濃く反映していると言われているが、この交響曲しか耳にしていないので、わからない。
実際のところ、この「自然交響曲」の巨大な編成も、時代の音楽の流行に急激に合わなくなっている感もあったろう。
1911年という作曲年代を考えると、さあ、振り子をどこに振ろうか…という状態だったに違いない。
曲は4つの楽章が切れ目なく演奏され、クライマックスには混声合唱が加わる。マーラーの交響曲第2番、あるいは第8番の第2部のようなスタイルだ。そのマーラー第8は1910年、ハウゼッガーが活躍していたミュンヘンで初演されているから、その話題と成功がこの作品にも影響を与えているとも考えられる。

どんなものもそうだろうが、対象物が「極端なもの」の場合、好きな人は絶賛し、嫌いな人は眉をひそめる…これもそんな感じだ。フォアグラのごとく肥大した編成のオーケストラが綿々と謳い上げる交響曲。
ブルックナーを得意とするシェフがマーラーの手法で、Rシュトラウス風調味料で仕上げました…という後期ロマン派の極端な面を総動員したように聴こえた。しかも多分に映画音楽あるいは劇伴奏を思わせる作品だった。開始から末尾まで面白く聴けるし、大編成の管弦楽に合唱とオルガンまで加わるサウンドはドラマティックであり、長さも全曲で56分程度とほどほどなので、とても親しみのもてる曲だと思う。
でもこれが「名曲」の列に加えられていないことに、なんとなく納得がいってしまう気がするのはなぜだろう^^;
この曲がある日突然話題になって、名曲の仲間入り!は絶対にありえないのだろうな、と。
ゴッホの名画「星の夜」(1888年)をあしらったジャケットも、2005年から2006年にかけて行われた録音も、北欧音楽でお馴染みのラシライネンの采配、ケルン放送響の名人芸も、鮮やかで美しく、好印象の1枚だった。
posted by あひる★ぼんび at 23:27| Comment(0) | 音楽