2021年01月17日

春に向かう

2回目の緊急事態宣言のあと、生活の何が変わったのか、まるで曖昧なのが不思議であり、むしろ恐ろしく思う。
すでに自分の仕事は破綻していて、たぶん今後はサバイバル戦が続くだろう。
生であれ録音物であれ「音楽をゆっくり聴く」というありふれて容易なはずの行動が難しくなっている。
これは物理的な問題ではなく精神的な要素がありそうだ。
さらに最近は、空も見上げず、風景を眺める余裕も失っていた。
心のゆとりや潤いを大切にしたい。
季節の変化を忘れてはいけない。やがて春が来る。

フローリアン・プライの歌、ノヴァーリス四重奏団による"Die Möwe und mein Herz"(カモメと私の心)

https://www.youtube.com/watch?v=7McXE4_mLU8

この曲はテオドール・シュトルムの詩にアドルフ・クルト・ベームが付曲したもの。
シュトルムは北ドイツに生まれ、その風土を愛した。
この詩は韻としてenなどを多用して、北欧言語風を演出しているように聞こえる。
ベームはヘルマン世代、1926年生まれの作曲家で、昨年2月に逝去した。

こういった作品をレパートリーに入れるのも父親譲りだろうか。
ヘルマンが心を癒すのに使っていた別宅を引き継いだフローリアン。
彼もまた、森や湖や自然を愛好するようになっているようだ。


Die Möwe und mein Herz

Hin gen Norden zieht die Möwe,
Hin gen Norden zieht mein Herz;
Fliegen beide aus mitsammen,
Fliegen beide heimatwärts.

Ruhig, Herz! du bist zur Stelle;
Flogst gar rasch die weite Bahn -
Und die Möwe schwebt noch rudernd
Überm weiten Ozean.

カモメと私の心

北へと渡っていくカモメ
私の心も北へとはやる
両方共に飛びたち
両方共にふるさとに向かう

落ち着け 心よ ここにとどまれ
あなたは急ぎ遠い道をやってきた
カモメは今なお羽ばたきながら
大海の上を飛んでいる


だいぶ意訳になってしまったが、ニュアンスはこんな感じだ。
映像アーティストでもあるフローリアンの静かで美しい動画である。

posted by あひる★ぼんび at 14:32| Comment(4) | 音楽

2020年12月27日

2020年は・・・

今年、世界は想像できなかった事態に陥ってしまって、当然自分の生活も大きく変わった。
仕事として音楽に関わってもいたが、これが成り立たず、当然、趣味としての音楽からは遠ざかることになった。
来年、どうなるだろう。
年代わりは「節目」ではあるが、実際は連続した時間なので、デジタル的な突然の変化はないだろう。
生き続けるためには、着実に対処せねば。

今年、このブログも更新回数が激減してしまった。
各種の子ども関係の行事から手を引き、音楽もほとんど聴けていない現状では、今のところ「来年は頻度をあげよう」・・・などとは言えないけれど、諦めているわけではない。もう少しどうにかしたい^^;

***********

フローリアン・プライの歌で、シューマンの「月の夜」
リーダークライスop39はフローリアンの父へルマンのデヴュー時からのレパートリーで、エレクトローラからリリースしていた。
カセットに録音したその歌唱を、フローリアンは少年時代から愛聴していたという。
親子だし、当然解釈上も影響はあるだろうが、プロレスラー体型でしっかりした顎の父と、長身細身で顎も小さめのフローリアンでは共鳴が全く異なる。良し悪しではなく、それが個性というものだろう。
あまり父親と比較して語るべきではない。彼ももう60代半ばである。


https://www.youtube.com/watch?v=NY2HBAQ0S9w

月の夜   アイヒェンドルフ:詩

それは まるで 空が大地に
静かに口づけしているようだった
花に彩られた大地が
わたしを夢見てくれるようにと

そよ風が野を渡り
麦の穂がかすかに揺らめいて
森はひそやかにざわめいていた
それは星の瞬く夜だった

そしてわたしの魂は
大きく翼を広げ
静かな世界の上を羽ばたいた
まるでわが家へ帰っていくかのように

Es war,als hätt' der Himmel,
Die Erde still geküßt,
Daß sie im Blütenschimmer
Von ihm nur träumen müßt.

Die Luft ging durch die Felder,
Die Ähren wogten sacht,
Es rauschten leis die Wälder,
So sternklar war die Nacht.

Und meine Seele spannte
Weit ihre Flügel aus,
Flog durch die stillen Lande,
Als flöge sie nach Haus.


posted by あひる★ぼんび at 11:48| Comment(2) | 音楽

2020年09月06日

思い出のレコードからI〜若きフェラスの演奏

続けて、前記事ペナリオと同時期に購入のもの。

ferr-me.jpg
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調Op.35,
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調Op.64


   クリスチャン・フェラス(ヴァイオリン)
   フィルハーモニア管弦楽団
   コンスタンティン・シルヴェストリ(指揮)
(セラフィム LP 国内盤)




実は、最近ネットオークションでその2枚を落札し、再鑑賞の機会を得たので、この記事を書いている。
ペナリオのグリ&ラフもこのフェラスのメン&チャイも、CDを買い直すことはしなかった。
「これでなくては…」というインパクトではなかったというよりは、レコードで満足できたことや、次々に現れる新盤からのチョイスを優先してしまったためだろう。

fer-jun.jpg
独奏のクリスチャン・フェラスは1933年生まれ。1982年に49歳で没したフランスのヴァイオリニスト。
フェラスは若い頃は、並はずれた技量と、端整なルックスでスター奏者となり、EMIやDGに多数の録音を残した。
ただ、神経質な性格が災いして、過度の飲酒癖と鬱病をかかえていた。
自宅ビルから投身というショッキングな人生のピリオドを迎えるまで、コンサートは続けたものの、世間の演奏評価は安定しなくなっていたようだ。
この盤の録音は1957年。ここから感じる「自由な歌心」は光っていて、今も色あせることはない。
この後の一連のDG録音の、メーカーや指揮者を忖度してしまったようなものより、ずっと良い演奏に感じた。
「良さ」というのは演奏精度とか録音の状態だけではない。フェラスが上り調子だった時期のこの盤は、とにかく演奏することに喜びが溢れているようで、美しく颯爽としている。
メンデルスゾーンのロマンティックな…例えば第1楽章第2主題のような部分での独特の粘りと夢見るような解釈は自分の好みにぴったりだった。全体に活発な演奏で、翳りなく爽やかだ。
チャイコフスキーは一般的な版(アウアーらの手による改竄版、つまり適度にカットが施され、編成も現代オケにあわせてある)で、演奏されている。結構目立つカットがあるが、それさえ気にしなければとても聴きやすい演奏だ。初めて聴いた頃は他を知らないこともあり、違和感がなかった。

メンデルスゾーンの協奏曲は、当時、中2の鑑賞教材になっていた。授業で聴く1年前にレコードを買って聴いていたことになる。小学生の頃、父や母とレコード屋に立ち寄ると、「ねえねえ、これどんな曲?」などと、主題を鼻歌で歌ってもらった。また曲の印象を細かく訊いたりもした。まあなんというか、迷惑だったろうに、よく嫌がらずに相手をしてくれたなあ、と今更に思う。だからこの曲も低学年の頃から鼻歌で知っていた(笑)
また、中学生ともなれば、ヨーロッパの中での「ユダヤ系」の苦難について、いくつもの本から知識を得ていた。ところが、教科書の解説は何を学ばせようとしているのか不明な内容だった。
「メンデルスゾーンは裕福な銀行家の子息で、音楽も明るく伸びやかで幸福感にあふれている」とか。
まあ、貧乏作曲家よりはずっと安定していたのは確かだが、民族問題を匂わせるのはご法度だったのだろう。
19世紀中くすぶり続け、20世紀に入ってからはユダヤ排斥で演奏禁止・楽譜焚書までおこるわけで、そんなことも含めて教える勇気は、多分教育界にはないのだ。

それより何より、フェラスを知らない方は、ぜひ、この盤をきいてもらいたい。
カラヤンとのDG盤ではなく、このシルヴェストリの誠実なサポートの、この盤を聴いてほしい。

posted by あひる★ぼんび at 21:11| Comment(2) | 音楽

2020年08月29日

思い出のレコードからH〜ペナリオの協奏曲録音

自分の小遣いでレコードを買い始めた当初は、レギュラー価格の盤に手を出すことはなく、廉価盤シリーズからチョイスしていた。
最新録音がないとか、ジャケのデザインが落ちるとか、そんな短所はあったものの、1970年代のいわゆるLP全盛期においては、それまでに結構「名盤定番」評価を得たものだったり、演奏者の知名度と実際レベルのバランスのいいものが多く、入門者には最適だった。
中学生の自分が3,4番目ぐらいに購入したのがこれだった。
pennario-grieg.jpg
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番
グリーグ:ピアノ協奏曲

   レナード・ペナリオ(ピアノ)
   ロスアンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団
   エーリヒ・ラインスドルフ(指揮)
(セラフィム LP 国内盤)





ペナリオは1924年ニューヨーク州バファローに生まれ、ロスで育ち、2008年にカリフォルニア州ラホヤで没した生粋のアメリカン・ピアニスト。
ラフマニノフの追悼演奏会で2番を弾いたのは彼であり、作曲家以外による最初の協奏曲全曲録音も彼だった。また、映画「旅愁」で彼の演奏が使われ、世間の認知度を高めたことも特筆だ。
グリーグについては、ダラスの演奏会で急なピアニストのキャンセルで困っていた指揮者ユージン・グーセンスが、たまたま「この曲なら知っているよ!」と言う当時12歳のペナリオの言葉を真に受け、大抜擢。見事に代役を務めあげ、注目を集めたというエピソードがある。実際は「聴いたことはある」程度だったらしいが、短い練習期間での公演成功であり、やはり天才だ。1950年代になると、彼のレコードはギーゼキングと並び常に「売れる」ものだったという。
いかにもアメリカな話だが、そんないわくつきの2曲が聴ける盤である。
2曲とも名曲中の名曲であり定番の名演も多く、これは決して「これでなくては」という演奏ではない。
今、改めて聴いてみると、この演奏自体は民族色が希薄で、テンポも凭れずサラリとしている。
しかしそれがかえって作品の持つ味わいを醸し出しているようだった。ペナリオの、明るい音色がとにかく爽やかだった。彼は自由にポップな感覚でテンポを揺らすのだが、ラインスドルフは常に冷静で崩れない。
潤いのない録音なのだが、それはこの場合マイナスには感じず、重くなることを防いでいるようだった。

ラフマニノフの2番はその3楽章コーダがFENラジオ(いわゆる旧進駐軍放送)の夜のクラシック番組のテーマ曲になっていて、当時、番組パーソナリティを担当していたカーメン・ドラゴン氏の流暢な英語と共に、中学生には充分すぎるほどのインパクトと多彩な楽曲を提供してくれていた。自分の場合、基本的な楽曲の知識の入口はこの番組だったとも言える。
この盤、ラフマニノフもグリーグも特に第2楽章が美しかった。
それこそ、このジャケ写のイメージはぴったりで、夕日に煌めく水面を思わせた。これより以前、父所有の盤で聴いたルービンシュタインの演奏で感じた「悲哀」や「孤独感」はなかった。もっとさっぱりとしている。
その感覚は今聴いても基本的に変わらない。
両曲とも冒頭が強インパクトなので、そこに耳がいってしまいがちだが、派手さのないこの演奏は、全体バランスで聴かせているのがわかる。なんだ、地味じゃないかと言わずに、じっくりと聴き込むにはいい演奏だと思う。実際、この演奏が今の音楽趣味の1つの入口になったほどの、自分にとっては名盤なのだ。

posted by あひる★ぼんび at 14:20| Comment(0) | 音楽

2019年12月28日

2019年クリスマス、シュライアー逝去

ペーター・シュライアーが25日に亡くなった。
1935年7月、マイセン生まれ。
言うまでもなく、第二次世界大戦後のドイツ楽壇を支えた大歌手の一人なのだが、情報量は意外な程少ない。社会主義体制だった東ドイツ時代の経歴の公開が限定的だということもあるだろう。
この辺はかの国のアーティストすべてにあてはまること。ただ、彼の場合、壁の崩壊のあと、HJロッチュやOスウィトナーと違い、スパイを疑われて活動が制限されるようなことはなかった。
むしろ「当局」という縄をとかれたことで、歌手・指揮者として自由に世界中を飛び回れるようになっていった。

彼の声は硬質な細身の個性的なもので、一聴すればすぐにわかる。
決して大きな声ではないのに、オーケストラ伴奏であってもそれを貫くような遠達性を持っていた。
特定の単語に癖があったり、低音が極端に弱く、またフォルテでは時にヒステリックに感じ「schreier(金切り声でわめく)」という名前そのものだと揶揄するアンチも湧いた。
楽壇や業界の、第2のヴンダーリヒを求める要望からか、イタリアオペラやポップスまで歌ったが、彼は万能歌手ではなかったようだ。残念ながらそれらにエンタメ的な閃きは感じなかった。
しかし、声を必要以上に張る必要のない、小編成の器楽伴奏やピアノリートでの端正な表現は独特の存在感だった。また宗教曲での彼の均整の取れた表現はいつも神々しいほどだった。

2000年6月にオペラから引退。その際、2005年に引退すると決め、日本では2005年11月に最終公演を行った。同年12月のチェコ公演をもって歌手活動から完全引退した。
…なのだが、SWR2の企画のオムニバス盤「WIEGEN LIEDER1に2009年8月ライプツィヒでの新録音が収録されている。(この盤は隠れた名盤だと思う。ここにはコボウやカウフマン、トレーケル、プレガルディエン父子らも特別録音を行っている、もう、マニア垂涎の1枚なのだ)

シュライアーの「人生の中で、音楽のない時間は意味がない」「その日の演奏会は翌日の為のアイドリングでもある(実際はアインジンゲンという言葉だが、意図はそう捉えられる)」という言葉や、来日時も移動中の車でも歌っていたという話から、ストイックというより、歌に憑りつかれた人生だったわけだ。
そんな人が10年以上沈黙するわけはない。ここ数年は糖尿病とその合併症との戦いだったようだが、そうなるまでは教育活動は続けていたとの事。2009年の声を聴く限り、何の衰えも感じない。
あるいはどこからか新録音がでてくるかもしれないと思っている。
schreier01.jpg
自分はシュライアーさんの歌でシューマンやメンデルスゾーンの魅力を知りました。
多くの喜びと感動をありがとうございました。
どうぞ安らかに・・・。

posted by あひる★ぼんび at 23:49| Comment(2) | 音楽

2019年11月08日

ローテンベルガーのリートアルバム

アンネリーゼ・ローテンベルガーは1926年生まれ、2010年に83歳で亡くなったドイツのソプラノ。戦後ヨーロッパの音楽界の黄金期に活躍した名歌手の1人で、1988年という早い段階で引退してしまったので、円熟を聴くことはできなかったが、EMIに残された数々のオペレッタの録音は現在も世界中で愛聴され続けている。
歌だけではなくTV出演にも積極的で、数本のレギュラー番組を持っていた。それらはどれも明るく流麗なナレーションが心地よく、音楽の楽しさを伝えていたという。フィルムによるTV放送という性格上、残っているものには限りがあり、全貌は知り様がないのだが・・・それでも個人が録画したいくつか映像をYoutube等で楽しむことができる。

ローテンベルガーはドイツオペラとオペレッタ出演に歌手活動の主軸があった。
しかし、リートリサイタルも世界各地で行っていて、評価も高かった。
ただ、製品化されたリサイタル盤となると決して多いとはいえない。
本人が内省的な曲より、明るいものを好んだこと、そして同時期に活動する同じ声域の歌手が多かった事もあるだろう。1910年代生まれのシュヴァルツコプフ、30年代の生まれのマティスやヤノヴィッツ、アメリングの間を繋ぐ世代のトップ的存在であり、リートの復興を支えた1人として、もっと評価されても良いと思う。
彼女の歌をあらわすキーワードは「歌う歓び」と「声の温かさ」。
残された録音を聴くと、音楽的にも、そこにあたる姿勢も、プライに近いところがあるのかな?と思えた。
理屈をこえた部分に存在している「歌」。
特に伴奏の音量と張り合う必要のないピアノリートからは、彼女の自然な声の表情を聴きとることができる。
オーケストラ相手では、時に気張りすぎて幾分歳より老けて聴こえることもあったが、ピアノリートにその心配はない。可憐さと深さがいいバランスで響いてくる。

ro155.jpg「ローテンベルガー名唱集」
   シューベルト:岩の上の羊飼い
          流れの上で
   マイアベーア:羊飼いの歌
   シュポア:6つのドイツ語歌曲

アンネリーゼ・ローテンベルガー(ソプラノ)
ギュンター・ヴァイセンボルン(ピアノ)
ゲルド・シュタルケ(クラリネット)
ノルベルト・ハウプトマン(ホルン)
(EMI LP 国内盤)



この盤に集められた曲は、クラリネットorホルンの助奏付のリートで、表現上は純粋なピアノリートより歌謡的で、なおかつ外に向かうエネルギーを強く持つもの。
A面にはマイアベーアを挟んで、シューベルトの名作2曲が置かれている。
最初の「岩の上の羊飼い」は名盤名演奏が多い曲なので、何かと不利な部分がありそうだ。
だが、ホルン付の「流れの上で」は女声によるものは珍しい。少し強めの声で、決然とした表現をとっているので、この曲がベートーヴェンへのオマージュ(旋律線が「英雄」の第2楽章をモチーフとしている)であることがよくわかる。
アメリングのもの(CBS)より寧ろ、適正かもしれないと思えた。
B面はシュポアの「6つのドイツ語歌曲」。
シュポアは言う。「テキストを真剣に受け取るなら、大きな困難を持っている。しかし、声がクラリネットと競うことができるほど美しければ、心を奪うような効果をあげることができる・・・」
そんな風に、作曲者自身が外面的な美の重要性を宣言してしまったサロン風の軽さのある「歌謡」なのだが、まさにそのことがディースカウやシュヴァルツコプフをこれらの作品から遠ざけた。
(逆にプライは積極的にステージに上げていたというのが面白い)
ローテンベルガーはクラリネットと共に歌い競い、この作品の楽しさを伝えている。
どの曲にも余計な装飾は一切いれず、素直に歌っている。音楽に「陽」と「陰」の両面があるとすれば、彼女は常に「陽」を意識して組み立てている。
聴き手も素直にその喜びに浸るのが正解だろう。


posted by あひる★ぼんび at 23:49| Comment(2) | 音楽

2019年06月22日

思い出のレコードからF〜ストコフスキーの「惑星」

stko-hol.jpg
ホルスト:組曲「惑星」

ロスアンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団
ロジェ・ワーグナー合唱団
レオポルト・ストコフスキー(指揮)
(セラフィム LP 国内盤)




「ホルストの惑星」といえば、自分にとってはこの演奏だ。
中学時代に買って、たっぷりと楽しんだ、思い出深いレコードでもある。
1956年2月、キャピトルレコードによる「3チャンネルステレオ録音」(盤はSQやQSではなく、ごく普通の2チャンネルステレオ)で、現代のオーディオの音質からすればとりたてて良いものでもない。
しかし、当時のものとしてはかなり安定したバランスを持っていて、のちにストコフスキーが嵌る(というかLONDONが売りにする)フェイズ4よりはずっと聴きやすい音質だ。
初出時の受容状況は自分が生まれる前なので知り様もないが、この曲の世界初のステレオ録音だったそうで、かなりの話題になったらしい。
ほぼ近い時期にカラヤン(1961年)やボールト(1966年)もステレオ録音している。今振り返ると、日本での発売が近い時期になってしまったこともあってか、それぞれが「ついにステレオでこの曲が聴ける!」とオーバー気味に宣伝しているのが面白い。
自分自身、この盤のあとすぐにカラヤンやオーマンディの盤を入手して聴いたが、ストコフスキーのものが一番個性的で楽しめた。ただ、ナマイキな中学生はこれを名曲名演奏と呼ぶことを躊躇わせる「何か」を感じたのだった^^;

さて、魔術師ストコフスキーはこの曲にどんな魔法をかけたのだろうか。
アメリカ人の好みを知り尽くした彼が、ポピュラーやジャズがメインの「キャピトルレーベル」に録音したあって、さぞかしあの手この手を動員しているのでは?と思ったが、実際はエンタメ性を無理に盛り込む改変は試みていない。大きな変更といえば「火星」のエンディングの銅鑼の扱い位だろう。
あとは管と弦の音量バランスや楽器配置で演出をつけること、休符やアクセントの付加ぐらいにとどまっている。
なにしろホルストは生前、この曲の楽器編成変更や編曲を許可しなかったそうだ。死後も、娘イモージェンによってこの掟が守られ、ストコフスキーもどうやらそれを遵守したようだ。
メーカーも下手な事をして遺族に発売販売NGを出されては困るとも考えたのかもしれない。
…が、この曲は原曲そのものが潜在的に「エンタメ性」を持っていて、そのままでも充分に大衆にアピールできるとの解釈分析もあったことが伺える。
ストコフスキーはテンポの揺らしも強弱さえもそれほどオーバーにはしていない。
他の作品でも言えることだが、彼の表現自体は、どちらかというと、いつも冷静で淡白なのだ。
一旦、計算して導き出した答えは変更しない。
ある意味、それは映画やアニメに付随させる音楽のスタイルを反映しているともいえそうだ。演奏がその時の気分で変わってしまっては、固定した映像に関わるそれらの仕事は難しくなってしまうだろう。それは、アーサー・フィードラーやカーメン・ドラゴンといった、よりエンタメ性の強い指揮者たちにも共通する、「自由な表現ではなく、自由な計算に基づく綿密なアレンジ」と「名人芸的な手堅い演奏」でこそ成立する世界のような気がしている。
この演奏は、「火星」の切迫したリズムで恐怖をあおり、「金星」では孤独な静寂を歌い、「木星」は素朴に温度感を、天王星では諧謔を増幅して聴かせている。各曲、職人芸の極みの見事な結実の記録だ。
今なら、躊躇わずに名曲名演奏だと言い切れる。
やはりストコフスキーは偉大だった。

posted by あひる★ぼんび at 23:08| Comment(0) | 音楽

2019年05月19日

ゲーテの詩によるリート集

triogoe-s.jpg
「ゲーテと音楽」
(ゲーテの詩に付曲された
ライヒャルト、ツェルター、ベートーヴェン
シューベルト、ヴォルフ、ブゾーニのリート集)

カールハインツ・ミュラー(バリトン)
ヘレ・ミュラー・ティーメンス(ピアノ)

(TORIO 国内盤 LP)




収録曲は以下の通り。
ライヒャルト:ラプソディ/プロメテウス/近さ
ツェルター:憩いのない恋/嘆き
シューベルト:野ばら/最初の喪失/ひめごと/湖上て/
狩人の夕べの歌/竪琴弾きの歌第1
ベートーヴェン:5月の歌/悲しみの喜び/憧れ
ただ憧れを知る人だけが
ヴォルフ:羊飼い/竪琴弾き
ブゾーニ:ブランダーの歌/メフィストの歌
不機嫌の歌/有難くもない慰め


カールハインツ・ミュラーは1934年ドイツ・テューリンゲン生まれ 。
ジュネーヴとマンハイムで学び、1960年に宗教曲でデヴューしている。
彼は「バス」と表記されることが多かったが、それはレパートリーのほとんどが宗教曲だったため、楽譜上のパート表記に準じた為だろう。実際は一聴すればわかるハイバリトン、いわゆる「騎士バリトン」の2枚目声である。
Muller.jpg
ここでのミュラーは、崩すことのない丁寧な歌唱で、くぐもった所のない明快な発音である。
何でも歌えそうな軽やかな声だが、彼はエンタメの世界には踏み込まなかった。
バッハなどの宗教曲と古典派リート、そして、1968年からはハノーファーで後進の教育に取り組み、それ以上に仕事を広げることをしなかったようだ。残念な気もするが、彼のポリシーだったのだろう。
ミュラーはこのアルバムでも、直接的な演劇的効果を狙うことはせず、音楽に乗った言葉の響きで情景を描写していく。ディースカウのような学術分析はしていないし、特に説明的には聴こえない。そしてまた、プライのような楽しげで活発なエネルギーの放出もない。このへんは「面白みを欠いている」と感じるかも知れないが、一聴では淡白に感じるこのバランス感覚は、聴きこむほどに味わいを感じるものだ。
賢明な表現者は誰もが知る事だが、例えば悲哀に満ちた曲で、歌い手側が泣いてしまっては聴き手には何も伝わらない。
抑制された表現の中、物語が冷静に語られるとき、そこにあるべき音楽世界が鮮明に浮かび上がってくるのだ。
とにかく演出が少ないので、聴き流しには向かない。地味な選曲ともども、どちらかというと「玄人向け」かもしれない。

この盤のジャケットの絵は、ティシュバインの「ローマ近郊でのゲーテ」。
1787年頃描かれたもので、かなり広く知られた絵画作品だ。
Goethe1786.jpg

貴族的な風貌と威厳がかなり美化され、また、実際よりおそらく若作りに描き出されている。
レコードやCDで使われることも大変に多く、この盤以外に、プライの国内フィリップス盤、プライとアメリングのコンピレーション独フィリップス盤、CDでは白井貴子のアルバム、歴史的録音BOXなどとにかく高頻度だ。もっとも、この盤ではデザインのために反転されている。よくあることだが、あまり感心しない^^;
ジャケットのデザインは中身の印象を大きく左右する。この高貴なゲーテ像のおかげもあってか、このアルバムもかなり上品に聴こえたのは確かだ。

posted by あひる★ぼんび at 20:55| Comment(5) | 音楽

2019年04月16日

バスティアニーニのラストアルバム

bas01.jpg「イタリアを歌う」
ディ・カプア:オ・ソレ・ミオ
デ・クルティス:帰れソレントへ
カルディルロ:カタリ 作者不詳:光さす窓辺
デンツァ:来たれ/妖精のまなざし
ビルリ:こおろぎは歌う
トスティ:マレキアーレ/セレナード/最後の歌

  エットーレ・バスティアニーニ(バリトン)
  岩城宏之(指揮)フィルハーモニア管弦楽団
(ロンドン LP 国内盤)



高校時代に、FMでこのアルバム収録曲を聴いた時「テノールっぽい歌い回しをするバスだな」と思った。
それまでヴェルディのオペラでは特に感じてはいなかったのだが、こういったカンツォーネ・ナポリターナでは、キメ所の音の選びやフェルマータが、テノールが歌う時のままに思えたのだった。そして、声質自体はバリトンというよりバスの重い響きだと感じたのだった。

バスティニーニは1922年生まれ、大戦終了直後の1945年に頭角をあらわし、数年はバス歌手として活躍したが、1952年にバリトンとして再デヴューしている。
なんでも、オペラのテノールパートをたまたま歌ったその声を聴いたルチアーノ・ベッタリーニ(音楽教師、編作曲家)が、バスティアニーニに強く転向を薦めたのだそうだ。本人も自分の低音に違和感と負担、限界を感じていたから、その話を快諾し、バス歌手として決まっていた仕事をすべてキャンセルして、バリトンを歌うべく再勉強に入ったのだという。
名バリトン、バスティアニーニの誕生だ。

そんなエピソードもあるとおり、イタリアン・テノールの定番曲を集めたこのアルバムは思いきりそのまま「声の低いテノール」の様相がある。
1965年、2度目の来日時に録音した彼の「ラスト・アルバム」でもあった。
指揮は岩城宏之。オーケストラはフィルハーモニア管。
岩城氏はバスティアニーニの声を立派にサポートしている。イタリア歌手独特のルバートや、伸ばしを的確なバランスで包み込んでいる。
編曲は全体的に控えめながら、「光さす窓辺」はベルリーニのパロディになっていて、ちょっとクスっときた。そういえばこの曲、長らく「ベルリーニ作曲では?」と言われていたものだ。

同時期、デッカ=ロンドンのレーベルからはデル・モナコやディ・ステファノのナポレターナアルバムが複数出ていて、愛好家の宝になっていたのだが、このバスティアニーニのものも独特の輝きを持った宝石のひとつと言えるだろう。

彼は61年に咽頭がんにかかっている。声帯を失うことを恐れ、外科手術を拒否し、放射線治療を繰り返しながら舞台に立っていた。
病気を周囲に漏らさぬようにしていたということだ。しかし、1965年には複数転移を起こし、1967年に世を去ってしまった。
全盛期を知る人にはこの頃のオペラ録音も、初来日63年のステージも「かつての輝きもない声」と捉える向きもあったようだが、NHKに残された「もう手の施しようもなくなっている」はずの1965年の映像も、そしてこのアルバムも、立派で堂々とした声である。


https://www.youtube.com/watch?v=uW-7Pg8C3qY

がんに侵され、しかも転移に悩まされているなどと、言われなければわからないし、逆に言えば、健康な時はどれほどの輝かしい声だったのか、想像が難しいほどのものだ。

美男の美声歌手。
もちろん低声歌手独特の威厳と渋さも備えていた。さぞ人気だったことだろう。
デヴューからわずか20年、バリトンとなって正味14年程の短い活動期間に、強烈なインパクトを残した名歌手の1人だった。
アルバムの最終曲がトスティの「最後の歌」というのがなにやら意味深である。
彼の脳裏には何が浮かんでいたのだろうか。
この曲の歌詞自体は「嫁いでしまう彼女への最後のセレナード」なのだが、サラリとした感触ながら、別の惜別の思いが聴き取れてしまうものだった。


posted by あひる★ぼんび at 23:42| Comment(2) | 音楽

2019年04月06日

春の脳内BGM

家の周りの桜も咲いた。
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正面のひとつは、もう老木で、数年前に半分折れてしまった。
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入り口の1本は成長しすぎて上を切って高さ制限を受けている^^;
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芝桜も花盛り
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春の情景を見るたび、脳内BGMとして流れるのはグリーグの「春」。
ヴィニエの「春」という詩に付曲したピアノ・リートだが、一般には弦楽合奏曲「最後の春(過ぎし春)」として知られている。
美しい花と、空、そして独特の春の息吹を感じるたび、その曲が頭の中をリピートする。
それは中高生時代から変わらないのだが、心持はその頃と明らかに違う。
永遠に続くと思っていた日々は、またたく間に過ぎ、詩人がここに込めた思いは今では別の様相で自分の中に佇むようになった。



このブログでいつもコメントを入れて下さってるサルミアッキさんが、そのヴィニエの「春」を和訳してくれた。
公開のお許しをいただけたので紹介させて頂きます♪

サルミアッキさんによると、ヴィニエのこの詩はノルウェー語ランスモールで書かれていて、一般的なブークモールに比べ、かなり濃厚な地方色の中にあり、日本語に当てはめるのは難しいらしい。
たとえば、日本の東北弁での「しばれる」が単に「寒い」だけの意味ではないように、生活言語として単語自体に強い感情や背景があり、しかも音声的には単純で語数が少ない…その為に思い切った省略と意訳が必要になるとのことだった。
「あくまで雰囲気を読み取る手がかりとしてください。どうやってもヴィニエの詩句感覚を再現するのは不可能なようです。意訳どころか、明らかに誤訳散見なのですが、お許しを。訳者はわかってますから(笑)
また、出版物によって語句が異なっています。いっそ別物として、とりあえず…」

春  Våren  ヴィニエ

再び冬が逃げ 春に時を譲るのを見る
去年のようにサクランボの木も また花であふれる
再び氷は消え 大地が姿を現す
雪溶けの水は 滝の様にほとばしる
再び草は緑に萌え 花と共に現れる
再び春鳥の声がして 太陽はやがて夏に向かう

日がな 春の香に浸り この目をうるおし
日がな くつろぎ 春の陽を浴びる
春が贈るのは 摘み取った一輪の花
そこには祖先の魂が踊っている
白樺ともみの木の間の春の不思議
私が削り出す笛の音は
すすり泣くようにそれを訴えるだろう

(省かれた第2節)
再び春の丘で 光が踊るのを見る
蝶たちは舞い 花を揺らしている
私はこの春の息吹に ずっと失くしていたものを見つける
私は寂しく問う「これが最後だろうか?」
なるようになるがいい それでも命の息吹を感じる
この春の中で すべてが終わるのなら


確かに、北欧人と自分のように東京近郊の日本人では、「春」というだけでも全く意味が違う。
季節ごとの生死観も歴史も全く違う、異文化の言語におきかえるというのは、不可能に近い。
単純すぎても説明的でもいけないし、語の訳を正確にしたからと言って詩人の心が伝わるものでもない。
サルミアッキさんは人生の半分をノルウェーとフィンランドで生活しているので、かなり感覚は現地人に近いかもしれないけれど^^

しかし…極力簡略にしてくれたという訳詩をナビゲーターに、自分はきっと文字通り最後まで、春ごとに脳内に流れるこの曲に浸るだろうと予想している。

弦楽版


バーバラ・ボニーのしみじみとした名唱



posted by あひる★ぼんび at 02:24| Comment(2) | 音楽

2019年02月22日

エックの自作自演集

ヴェルナー・エックは1901年生まれ、1983年に没したドイツの作曲家、指揮者、教育者。
本名はヴェルナー・ヨーゼフ・マイアーだったが、結婚した1923年以降、「エック」を名乗っている。
このエックegkは 「Ein großer Künstler(素晴らしい芸術家)」あるいは「Ein guter Komponist(良い作曲家)」の略号だとも言われている。彼自身はヴァイオリニスト(Geigerin)の妻の名Elisabeth Karlから作ったと主張していた。真面目にこんなことを言っていたとしたら、なんだか面白い。着想がDAIGO的^^;

エックはカール・オルフの弟子であり、大戦期にはその明快な作風がヒトラーや宣伝相ゲッベルスに気に入られ、ベルリンオリンピックの祝典音楽やナチスのプロパガンダ映画の音楽で名声を上げた。
戦後は、ナチス協力者の汚名を被りながらも、指揮活動、ベルリン音楽大学学長や国際著作権連合代表など、重要ポストを歴任している。そのへんも師匠オルフと似た状況だった。
指導や教育能力の評価は下がらなかったものの、作品の多くはコンサートから姿を消し、作曲家としては「忘れられた」というより「忘れなければならない」ものという扱いを受けている。決して演奏禁止ではないが、公開演奏は躊躇する種類のものであり、反ユダヤ主義が表面化してしまった以上は看過できないということなのだろう。
そもそもルターの宗教改革も、その根源のキリスト教会の在り方も「反ユダヤ」には変わりないのだから、何を今さら感も拭えない。黒く浮き出した民族ヘイトのシミを表面だけ塗りつぶしたところで消えるものではないし、塗らなければ粛清します、というのもまたファシズムの一種だと思うのだが。
プロパガンダと歴史の闇を意識せずに聴くことのできない音楽、というのも不幸だ。

この盤は1966年発売で、エック自身が指揮した自作自演アルバム。

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エック:自作自演管弦楽曲集
   聖アントワーヌの誘惑(1945)
   中国のナイチンゲールのバレエ(1953)
   オーケストラ付きのヴァイオリン音楽(1936)

ヴェルナー・エック(指揮)
バイエルン放送交響楽団
ジャネット・ベイカー(アルト)
ワンダ・ウィルコミルスカ(ヴァイオリン)
(DG  LP 西ドイツ輸入盤)


まず、B面後半に入っている最後の曲から紹介したい。
この1936年の「オーケストラ付きのヴァイオリン音楽」は、ヒトラーが独裁政権を握って3年、ナチスドイツはヨーロッパ中で快進撃を続けていた時期のものである。師匠オルフの「カルミナブラーナ」などと近い時期の作品だが、ああいった原始的なエネルギーはここにはなく、別段、民衆鼓舞扇動の意思は感じられない。
彼にとって音楽を書く作業は政治的活動ではなかった。
少なくとも、許される範囲で自由であろうとした、ありたかったということだろう。

最初に入っている作品が1945年の「聖アントワーヌの誘惑」
オーケストラ付のアルト独唱リートの体裁だ。
テキストはフローベールが1874年に出版したもので、「アントワーヌ(アントニウス)がテーベ山頂で、一夜にあらゆる宗教の神々の幻覚を経験し、生命の始原を見て、やがて朝日のなかにキリストを見出す」という教祖開眼のような物語。
ドイツ人ならゲーテの「ファウスト」を使いそうなのだが、やはりナチス崩壊の年ということもあったのだろう、ナショナリズムを回避しようと考えたのだろうか。もっとも、作曲を進めていたのはナチス政権化だったはずだから、検閲によくかからなかったものだと思ってしまった。
まあ、その頃にはナチスにとっては新作音楽なんぞどうでも良くなっていたのかもしれないが。
エックのこの時期の創作意欲がどの程度だったのかわからない。この曲は、緊張はあっても気迫を削がれたような、どこか虚脱した音楽になってしまっている。
熱と運動性が下がった分、意外と現代的な音楽として響いてくる。
これを聴くと、ナチスの許で数々の作品を生んできたのは、必ずしも嫌々だったわけではない…なんとなくそう思えてくる。
政権の崩壊は開放を意味しそうなものだが、彼にとってはそうでもなかったのだ。良くも悪くも、どんな非常時にもナチスは仕事の場を保障してくれたのだから。

その2つに挟まれて両面またぎで収録されているのが「中国のナイチンゲールのバレエ音楽」
1953年の作品。戦後作品となるとタガが外れた風になるかと思いきや、前衛に走ることない保守的な和声に終始している。
全く中国的東洋的ではなく、異国趣味を意図したものではない。「ブンチャカチャ」という人を食ったようなリズムの音楽は、楽しさとはまた違う、奇妙な違和感を伴いながら進行していく。
ショスタコーヴィチの皮肉や諧謔や暗黒面とも異なり、エックが戦後10年越えてもなお引きずらねばならなくなった親ナチスの「烙印」が何やら彼の芸術や創作意欲を蝕んでいる痕跡を感じた。

こんな記事を書いてしまったが、エックの立場や成立状況を知らないならば、これらはきっと素直に聴ける音楽たちだ。
エックはべつに戦犯というわけではない。彼もまた、あの戦争の時代をそのようにしか生きられなかった、大きな傷を負った芸術家のひとりなのだ。

posted by あひる★ぼんび at 23:18| Comment(0) | 音楽

2019年02月13日

思い出のレコードからE〜クレツキのシベ2

中学に入学した年の春、「完全に」自分の小遣いだけで買った最初のレコードがこれだった。
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シベリウス:交響曲第2番二長調op.43

   パウル・クレツキ(指揮)
   フィルハーモニア管弦楽団

(セラフィム LP 国内盤)




それまでは、レコードを買う時は、親がお金を出してくれていた。
但しその場合、何か特別な機会に限られたし、「家族で楽しめる系」の音楽になるので、この種の曲は除外されていた。 せいぜいヴィヴァルディの「四季」が限界点だろう。
実際、これを購入する1ヶ月前に「四季」を買ってもらっている。
そんなわけで、これを選んで、自分の小遣いで買ったというのは、ある意味大きな出来事だった。
今考えれば、これがその後の自分の嗜好の方向を決定づけるものだった。

なぜこの曲だったか。
買った日のことを覚えている。
それまでよく行っていたレコード屋がその日はたまたま休業で、開店して間もない店を覗いてみたのだった。
小さい店なのでクラシックは300枚前後しかない。しかも予算は1200円ぐらいまで。
しかし幸い、この店の品揃えはセラフィムとコロムビアの廉価盤(いわゆる1000円盤)が中心だったので、選択肢は少しはあった。ベートヴェンやモーツァルトはまあ、親に言えば買ってもらえるもの…ということで、近代のものを漁ったわけだ。
いきなり手にヒットしたのがこの盤だった。偶然であって、何の想いもない。
ただ、すでにシベリウスの1番や、幾つかの初期の交響詩はFMやFENで聴いたことがあり、「2番もきっと良さげ…」という、それだけの根拠である。
指揮者クレツキの名も知らないし、特に欲しくなるようなジャケットでもなかったのだが…出逢いとはこんなものなのだ。
好きな曲を買うのではなく、買って繰り返し聴くことで好きになる。
いや、好きにならなかったら小遣いがもったいない!だから好きになるまで聴く。
そんな決心の上で鑑賞に取り組むという、決死パターンだ。
店長さんはどう思ったろうか。なんだか小さい子がクラシックのわけわからんレコードを買おうとしている、ぐらいか。当時の自分の身長は130p以下。チビで細かったから小4ぐらいにしか見えなかったはずだ。この店長さんにはこの後20年以上お世話になるわけなのだが、この時はまだそのことはわかっていない。

さて、この盤、全体にすっきりとした演奏で聴きやすいと感じた。
ただ、当時の感覚では、気まぐれな動機が現れては消え、その感情は喜怒哀楽どれにもあてはまらないもののように感じていた。しかし、終楽章の雄大さはこれまで聴いた音楽のどれとも違った。
母の感想は「これは難しいね。グリーグのほうがいいよ。」だったが、僕は満足だった^^
ここから始まる音楽登山の結果、家族もきっとすぐに耐性をつけたことだろう。

今、改めて聴くと、この演奏は特に「フィンランド風」を強調してはいないが、第2楽章の「間」や独特のリズム感覚があって、北欧より幾分南下した温度感があると思う。
この曲の成立にはイタリア旅行の強烈な印象が影響を及ぼしているとのことだが、当然そこまで暖色ではない。イギリスのオケをポーランド人が振った、ときけば、納得の演奏だ。
LPには録音年の記載はなかったが、後に1955年のものだと知った。
ステレオ初期のものと考えたら、技術陣もなかなかの健闘だと思う。3楽章での音の揺れ、終楽章だけ所々音場が違うとか、マニアックに音にこだわってしまったら批判もあるだろうが、まあ、通常の家庭の再生環境なら問題ないと思う。あれこれ音をいじっている様子もなく、素朴さがシベリウスには似合っているように感じた。
何よりこの演奏の歌心、高揚感に感動した思い出が勝る。
この演奏を聴かなかったら、シベリウスを聴き続けていなかったかもしれないし、とにかく、素晴らしい出会いの1枚だった。

ところで、この盤は同じ規格番号で青いジャケットのものも存在する。1000円盤という価格があっけなく破綻して1200円に値上げされた関係もあるのだろうか。
また、保管時、シュリンクをはずさなかったので経年変化でつっぱって、ジャケットが歪んでしまった。
だが、中の盤には何の影響もなかったようだ。レコードは本当に強いメディアだと思う。


posted by あひる★ぼんび at 23:21| Comment(4) | 音楽

2019年01月29日

アダムのシューベルト

今月10日、テオ・アダムが亡くなった。1926年生まれ、92歳だったそうだ。

舞台デヴューは1949年だが、その頃はまだ東ドイツの情報が西側に入ることはなかったようだ。
しかし、1960年代後半から、シュライアーなどとともにビクターや徳間から多数のレコードがリリースされ、来日も実現し、リートやオペラの愛好家に高評価で迎えられるようになっていった。
東ドイツの音楽家ということで、公演内容も「当局」を通したお堅いものだったし、突然テレビ出演するなんていうこともありえなかった。
このアダムやシュライアーなど、東ドイツ演奏家の録音物やコンサート評には「商業主義に毒されていない端整な音楽表現」とか、結構お決まりのキャッチコピーが付くことが多かった。
実は自分にはその違いがわからなかった。あまりに多くの音楽専門誌が書くものだから、なんとなく「そういうものなのだろう」という感覚にはなっていたが…。
高校生だった自分は、「端正で誠実に聴こえるのは事実だが、それと商業主義かどうかは関係ないのでは?」「クラシック歌手もひとつの職業だ。そこに相応の対価がなければ意味がないのでは?」そんなことを考えたものだった。結構クール^^;

ずっとのちにシュライアーがインタヴューで「西側での客演や録音は、外貨獲得に積極的な当局から高額の報酬を得られるし、何より自由な空気が吸えるのだから話に乗らない手はありませんでした。中には知り得た情報を伝えることで更なる高額対価を得ていた人もいましたよ」とカミングアウトしている。
これは商業主義よりヤバイかも…でもまあ、世の中そんなものである。シュライアーは他人事みたいな言い方をしていたが、自身はどうだったんだろう^^;
統一ドイツになってから、HJロッチュにスパイ容疑がかかったり、スウィトナーすら取り調べを受け、行動が制限されていたのは周知のこと。K・ザンデルリンクの党運動家宣言やケーゲルのピストル自殺も政治的な事件であり、彼等は皆、被害者でもあったのだろう。

さて、アダムはヴァグナー歌手として期待を集めていた。
実際の舞台に接した評論家からは「丁寧な表現だが声量が充分ではない」とか「こもり声で表現も固く、全体に聴き取りずらい」とか勝手な感想が出されていた。なじみの薄い中堅に冷たい音楽界である。
確かに、繊細な表現を盛り込むことを重要視すれば、声量は制限せざるをえなくなるだろう。いくつかのアルバムを聴く限り、彼はそちらの歌手だった。だから、大編成のオケが鳴りつづけるヴァグナーより、ピアノ一台と対峙するリートのほうが、彼の良い面が出てくる気がした。

普段から頻繁に聴く程、アダムのリートに親しんでいるわけではないが、LP時代から時折聴いていたのが、これ。

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シューベルト:リート集
(魔王/羊飼いの嘆きの歌/ひめごと/ガニュメート/
さすらい人の夜の歌/御者クロノスに/初めての失恋/
アトラス/彼女の絵姿/漁師の娘/都会/
ドッペルゲンガー/鳩の使い)

テオ・アダム(バスバリトン)
ルドルフ・ドゥンケル(ピアノ)
(ドイツシャルプラッテン 国内盤)




「魔王」などの有名曲と「白鳥の歌」のハイネのうち「海辺にて」以外の5曲+鳩という、重量感のある選曲の1枚。CD化にあたってLP1枚分そのままなので、もたれることなく聴き通せる。
1964年〜65年の録音で、声も若々しい。また、感情を露にすることはなく、「魔王」すら冷静そのもの。そういう淡白さが、好みの分かれる部分かもしれないが、こういうスタイルもいいものだと思った。
「アトラス」など、本来激しいはずの曲でも威圧的にならず、少し愁いを感じる鼻にかかった声を丁寧に響かせている。さらに彼の古風な「舞台ドイツ語」がシューベルトの音楽に実にうまくマッチしている。
すべて「暗さ」を感じない「深さ」である。
幾分、LPとCDでは音質の印象が異なるが、どちらも「それとして良い」と思った。
この盤の他に良く聴いていたのはレーヴェのバラード集、そしてシューマンとRシュトラウスのリート集だが、どれもとても良い。
おりおりここでも記事にしていきたいと思っている。


posted by あひる★ぼんび at 23:03| Comment(2) | 音楽

2018年11月03日

聖書原作のドラマ〜ベルリオーズのテ・デウム

今年のハロウィンは、渋谷の喧騒がクローズアップされて、日本人の不思議ちゃんっぷりを世界にアピールしてしまった。
あの報道は、騒ぎを防ぎたいのか煽りたいのか。
今の若者は・・・という免罪符でくくって、適度に儲けている人がいることを隠したいのか。
本来はどうでもいいことを特集して、今本当に考えるべきことをはぐらかしたいのか。
そんなことにも寂しさを感じる秋である。

++++++++++++++++++++
閑話休題。

ベルリオーズは「幻想交響曲」&「レリオ」のように、当時の時代性を考慮に入れても、かなり不道徳な題材を用いた作品を送り出したり、必然性に疑問符がつくほどの肥大編成を指定したり、オーケストラの楽器配置を音響効果優先で変更したりと、独創的な活動を展開していた。
普通は、宗教観や社会的立場が大胆さの邪魔をするものだが、彼の場合は生涯を通してその大胆さを貫いたのだから、立派な芸術だ。
ベルリオーズは特別な信仰を持っていなかった、という説がある。これは大きな要素だ。
そうであれば、宗教という巨大で深遠な世界ですら、単純に芸術の題材のひとつとして捉えられるということだからだ。逆に「ローマカトリック教会の敬虔で熱心な信徒であった」とする研究者もいるが、ならば、劇的効果のために、テキストの変更(つまり聖書の文言の書き換え)や、順序変更などできるものだろうか?
無信仰だったと考えるほうが理解しやすい。
もし、そんな彼の宗教的作品をはじめて聴くのなら、レクイエムよりこのテ・デウムのほうが良いと思う。
全曲で40分程度なので、聴きやすいと思う。
ベルリオーズには珍しく、わかりやすく、感情豊かなメロディがここにはある。
例によって巨大な編成が実感できる部分は少ないのだが、第1曲と終曲が派手なので、それを求める人はそこで満足できるだろう。
宗教的な敬虔な感動は期待すべきではない。これはあくまで立体音響のドラマなのだ。
ベルリオーズが想定した音場は、パイプオルガンの対面上にオーケストラ、その上バルコニーに児童合唱団。
オケを左右に挟んで2つの合唱団。
ベルリオーズ指揮による聖トゥスタッシュ教会での初演(1855年)では、弦100、管打50、合唱200、児童合唱600・・・合計950人だったそうだ。
1848年の2月革命で、荒廃したパリ疲弊した市民に、この曲はどのように受容されたのだろうか。
異例なほどに力強く明快な表情のこの曲には、明らかにパリ市民を力づけようとした意図が見える。
完成から初演まで5年以上かかってしまい、「空気入れ」効果自体は幾分薄れてしまったにせよ、ベルリオーズには珍しい「陽」の音楽といえるだろう。

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ベルリオーズ:テ・デウムop.22
         (3つの合唱団とオルガン、管弦楽の為の)

ジャン・ドゥプイ(テノール)ジャン・ギヨー(オルガン)
ダニエル・バレンボイム(指揮)
パリ管弦楽団、合唱団
パリ児童合唱団、メトリーズ・ド・ラ・レジューレクシオン
(CBS-SONY SQLP 国内盤)



この盤は1976年9月28,29日、この曲が初演されたパリの教会で録音された。
LPはこの時期の多くのSONY盤同様、SQ4chシステムで作られている。
おそらく録音時の制約もあったのか、位置効果の演出は大きくはないが、空気感がほどよく、大編成のこの曲を無理なく再現していると感じる。
SACDやBA化してくれればよいのだが、需要ないか^^;
ベルリオーズのレクイエムを360度マルチのSACDで聴いた時、初めてあの曲の音響設計が理解できた。
作曲者が位置バランスで音響効果を狙った作品は、そういう再生技術を借りる必要もあると感じる。

この演奏は、ピアニストとして名を馳せていたバレンボイムが指揮者としても売り出し始めた「若手」表記の時期の録音で、意欲的で颯爽とした指揮っぷりだ。
合唱の音質も、テノール独唱も全体に若い。
彼らがかなりのハイテンションで一気に聴かせてくれる。
宗教的題材とはいえ、祝典音楽と考えれば、無理に深みを演出する必要もないのだ。
わざわざ初演会場で大編成を組んで、SQ録音するというのに、恒例通りの2曲カット6曲版。
もったいないなと一瞬思うが、LP時代なのだからこれが最適だったのだと納得した。

posted by あひる★ぼんび at 23:53| Comment(4) | 音楽

2018年07月05日

指揮者ディ−スカウ

ディースカウは1970年代に入るとぼちぼちと指揮をはじめ、80年代までは結構な量の活動を展開している。
しかし、その評価の方はあまり褒められたものではなかったようだ。
実際の出来以前に、片手間にちょっとかじっただけで「指揮者」になれるはずがない、
なめるんじゃない!といった、クラシック音楽愛好家なら誰でも考える当然の批判が多かった。
団員からは「こんな退屈な時間ははやく終わってほしい」と暴言を言われ、
デヴュー演奏会に招待したクレンペラーには「すまないね。その日はショルティが歌う冬の旅を聴きにいくので」などと皮肉られたりもした。
プライはディースカウのこの件について問われると「私はやりません。指揮は歌手の仕事ではありませんよ。私はずっと歌手でいたいのです」と、はっきり否定した。
…そんなふうに世間から軽視され、冷たくあしらわれてしまうことは予測できただろうに、ディースカウはなぜ手をだしたのだろう。
芸術に対する征服欲と、ステイタス的に自分のプライドを満たすため?
戦争で専門教育を中断され、独学と才能で勝負するしかなかった彼の、一種の学歴コンプレックスの裏返し?
真意は不明である。
ただ、彼の、常に文献を読み解いて、哲学を見出そうと考える姿勢が、オーケストラスコアを見るうちに湧き出したのだろう。
彼としては自然な成り行きだったのかもしれない、とは思えた。

さて、このレコード。
dis-schum.jpg
シューマン:
交響曲第3番「ライン」変ホ長調op.97
マンフレッド序曲op115

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(指揮)
バンベルク交響楽団
(BASF LP 西ドイツ輸入盤)



シューマンの交響曲は、垢抜けないオーケストレーションの為に少々評価が煮え切らない現状がある。
誰がやっても感動が約束されている「名曲」ではなく、なぜこの選曲だったのだろうか?とも思う。
実際聴いてみた結果は、とても「普通」だった。聴こえてきたのはあくまで「ローカルオーケストラの素朴なシューマン演奏」であり、すっきりとしている。
曲はいたって素直に流れ、何らかの仕掛けを期待しても叶わず、何事もなく終わってしまった。
リートの時のようなポルタメントの付加も特になく、テンポもやダイナミクスも堅実だ。
とても聴きやすい、シューマンの交響曲としては爽やかに響いている演奏だと思う。
ただ、残念ながら、「あの」ディースカウが指揮した、ということでなければ、特別な存在意義が見えてこないもののような気もするのだ。
まるで若手指揮者のような初々しさと、ベテランオケに遠慮している微妙な感じも並列している。
「私は歌手以前に芸術家です」という彼の中では、これも芸術家としての正当な表現手段だったのだ、とは思う。

そういえば、ディースカウが歌うシューマンを聴くたびに感じたことは、彼の歌い方が夢想瞑想を拒絶する厳しさを持ってしまっていて、それがシューマンの気質とはずれているのでは?ということだった。
彼は男声で歌えるものは全て歌ってしまったわけだが、メロディを甘美に歌い上げるのではなく、あくまでも言葉を立てていた。
彼はポルタメントを多用してレガートに歌う癖があったが、それにもかかわらずメロディが極めて冷静に響く。
それはディースカウで最初に聴いた曲なら違和感はないが、プライやシュライアーで聴きなれた曲は耳にキツく感じ、たとえ、それが世の評論家達から高評価だったとしても、自分は受け入れがたいものだった。
彼が録音した主要作曲家の全集は一通り聴いた。
共通して感じたのはそれぞれの作曲家の個性よりディースカウの個性だった。そして「歌心」ではなく「芸術感」と「哲学」。それらは、好きになれずともやはり一種の指針ではあったのは確かだ。

この録音は1976年前後のものだが、この後も15年程、ディースカウは歌手業と指揮者業を続けた。
彼の周囲にそれを強く否定し、忠告する人はいなかったのだろうか。
悪くはない、が、その程度の仕上がりで良しとするなら、世紀の大歌手としての偉業を残そうという大芸術家が、まだまだ充分歌える年齢でやることではないと思った。
爽やかに流れるこの演奏を聴きながら、そんな微妙な気持ちにさせられたのだった。

posted by あひる★ぼんび at 23:28| Comment(7) | 音楽

2018年07月01日

幻のオペラ「イルメリン」〜ディーリアスの音楽D

「イルメリン」はディーリアスが1890年から92年に書いた彼の最初のオペラだった。
北欧の童話が題材で、北国の王女イルメリンの恋への憧れと夢想で展開される。初々しい恋物語で、ニルスという、いわば白馬の王子も現れる。・・・まさにそれだけなのだが、ディーリアスはこれに極めて美しい音楽をつけた。
それは現代の自分達が持っているイメージでの「ディーリアスの音楽」そのもので、穏やかで繊細、哀愁を帯びた北欧民謡風のメロディに満たされている。
ディーリアス自身がもっと積極性や野心を持っていて、この作品を強引に売りこんだなら結果は違ったかもしれないが、この穏やか過ぎる音楽は世紀末の喧騒にはまるで似合わなかった。
結局、世間にアピールできる要素を見出せないまま、この作品は早々に埋もれてしまった。

舞台作品というものは、観客が劇場の椅子に座り、舞台で繰り広げられるドラマに身を浸す為のものである。
しっかりしたコンセプトの「世界」がそこに出来上がっていれば、その中に観客を誘うことができる。
したがって、その評価や人気は、時代の空気や流行に左右される宿命をもつものだ。
どんなに音楽芸術として優れていてもタイミングが悪ければ存在感をもてないし、爆発的熱狂で迎えられた作品でも、ある時期以降、顧みる人が全くいなくなるというミステリーも起こるのだ。
現代のアイドルや芸人の人気とどこか似ている気もする^^;

「イルメリン」完成のおよそ40年後の1931年、フェンビーとビーチャムは「イルメリン」から印象的なメロディを抽出し、「イルメリン前奏曲」を作った。
夏の朝もやの中の高原を思わせる空気感が全曲を支配していて、世界中で演奏機会も多く、ディーリアス作品の中で高い人気を持っている。
ビーチャムはさらにオペラの主要曲のメロディを器楽に置き換えた「イルメリン組曲」も発表した。
ヒット作ではなく、上演されずに完全に埋もれてしまっている作品を元に、新たに前奏曲や組曲が作られるというのは異例だろう。
これらの作品を聴いて気に入れば、本編に興味を持つのが当然なはずだが、なぜかこの作品の場合、オペラ本体は忘れられたまま。
これも異例中の異例だ。どこまでも運のない作品なのか、と思う。

deliusirmelin.jpgディーリアス:「イルメリン」(全曲)
アイリーン・ハンナン(イルメリン王女)
マイケル・リッポン(王様)
ジョン・ミッチンソン(ニルス王子)
BBCシンガーズ
BBCコンサート管弦楽団
ノーマン・デル・マー(指揮)
(BBC ARTIUM LP3枚組 UK輸入盤)



この盤は1892年に完成された3幕版オペラをそのまま演奏したもので、当然、有名な「前奏曲」は収録されていない。
短い導入フレーズのあと、すぐにイルメリンの歌が入り、物語はモノローグ調に進行する。
最初の動機からしてかの「イルメリン前奏曲」そのものだが、それがそのまま2時間に延長されている感じだ。つまり、あの前奏曲が好きな人には夢のような世界が続く。
しかし逆に言えば・・・この「一色感」が、ピンとこない人にとってはただのふわふわした音の羅列でしかない・・・それがこのオペラが認知されない原因でもあったということだろう。
この「イルメリン」は美しいメロディに満たされているが、これに続くオペラ2作目「魔法の泉」に至っては、印象深いメロディすらなく、不発も納得できてしまうものだった。
どうもディーリアス作品はそういうキャラクターのようだ。
強いインパクトは皆無だが、普通に口ずさめるわかりやすさがある。
ただ、ドラマに起伏がないので、主役の力量で作品全体の印象が大きく左右されてしまう怖さもあると思う。
イルメリン役とニルス役の声や歌いまわしが気に入らなければアウトになりそうなのだ。
この盤の場合、どちらももう少々若々しい声のほうが良かったかもしれない。
少女の初恋物語を描くのに、妙齢の豊かな声ではリアル感が薄くなる。
この作品に限らず、いわゆる「メルヒェンオペラ」(「ヘンゼルとグレーテル」や「マッチ売りの少女」「人魚姫」など・・・)の主役人選は極めて困難だったろうと思われる。オペラというのは常に「脳内変換」が必要になる世界とはいえ、変換レベルを小さく出来るならそうしてほしいところ。
もっとも、このレコードは世界初の全曲録音であり、他に競合盤がないのだから比較材料皆無。
とても美しい絵柄のBOXに簡単な解説と全曲の英文テキストが添えられていて、レコードのレーベル面もカラフルでおしゃれだ。
アートワークは重要で、もしこれが灰色や黒のカートンだったら聴こえてくる音楽までその色に染まってしまうだろう。
この曲を聴き始める時、イメージするのはきっとこの絵の王女と王子なのだ。
聴きなれた有名オペラでは起こらない現象ではあるのだが。

持てる限りの時間をこれに費やして、ゆったりと聴く覚悟さえついていれば、ディーリアスの世界を堪能できる。
その夢の世界に浸る喜びも感じられるだろう。
1985年にリリースされてからCD化歴があるようなないような、かといってLP自体も入手絶対不可というわけでもない・・・まるでこの作品そのもののような存在の曖昧さがある、というのも面白い。
とにかく、ディーリアス好きの方は必聴盤だと思う。

posted by あひる★ぼんび at 22:39| Comment(2) | 音楽

2018年05月29日

若きホッターの冬の旅

ホッターが歌った「冬の旅」といえばヴェルバとのDG盤とドゥコピルとのSONY盤が有名だろう。
どちらも、元々のホッターの落ち着いた響きの声と、壮年期に入ってからのものということもあり、「冬の旅」は絶望とそこから諦念に至る様子を歌うものという印象を与えるものになっていた。
ところが、本人には諦念などというつもりはないらしく、一貫して「全体が陰鬱で重くなりすぎてはいけない」し、ピアノパートには「豊かな情景描写を要求する」という発言をくりかえしていた。
つまり、彼の声から聴き手が勝手に聴きとってしまう部分が、彼自身の意図とはずれがちだったということだろうか。
この辺は、かつてヒュッシュの録音が、録音条件の関係でテンポを速めて歌い、彼の明晰な発音発声と相まって、絶望感のない文学的な作品に仕上がっていたり、プライのように、自身は「生への希望」を折り込まず、むしろ「冥府への歩み」であるとしていても、聴き手は彼の声質から勝手に希望を見出してしまう、というのと同じだろう。
(ゲルネはインタヴューで「冬の旅」の主人公は死なず、生へ回帰していくと述べているが、実際の演奏は絶望の迷宮から出られる様子がないように聴こえる。それも面白い。)
逆に言えば、もしホッター自身が暗く歌う意図をもったりしたら、この曲集はもっととんでもないシロモノになっただろうとも言えるわけだ。

自分がホッターの「冬の旅」で好んで聴くのは1943年、ベルリン放送による録音だ。
rau32.jpg
ラウハイゼンの芸術bR2
シューベルト:冬の旅(全曲)

   ハンス・ホッター(バスバリトン)
   ミヒャエル・ラウハイゼン(ピアノ)

(Membran 66枚組 ドイツ輸入盤)



ドイツAEGが開発し、1939年から放送局で正式運用されたマグネトフォンによる録音で、この録音の頃には音質も向上していた。
SPと異なり、収録時間に制限がないので、演奏者の自由な表現が可能になっている。

これは当時ナチスが推し進めた国家プロジェクトである「ドイツリート集大成」の一環としてなされたものだった。
ラウハイゼンの明晰なピアノ演奏と共に、当時35歳のホッターがこの曲を、ある意味「あろうことか」颯爽と歌い上げている。

若者が、社会的疎外と大失恋から街を去ろうとする第1曲が特に秀悦で独特な解釈。
本人は「あの時は感情描写に比重を置きすぎた」と回顧していたようだが、唯一無二の存在価値だと思う。
テンポは普通の歩行速度で始まるが、すぐに足がもつれる。時々、立ち止まりそうになっては気を取り直したように足を進める。
第3節では「Gute nacht 」の語が出るたびに立ち止まりそうになっている(実際にはわずかな呼吸の間と、ピアノのルバートなのだが…)のが、この旅が望んでの旅ではないことを明確にしているようだった。
未練たらたら、後ろ髪ひかれるとはこのことだろう。そして最終節の「sacht,sacht(そっと、そっと)」でまた立ち止まりそうになる…。
この録音では度々この「立ち止まりそうな」部分があり、感情が高ぶるとこの主人公はどうやらそうなってしまうようだ。
ピアノがそのたびに回復を試み、歩みを強制する。
ホッターの当時のこの解釈がどういう根拠でなのかは知らない。
怒りでも恐怖でもなく、何やら大きなものから逃げなければならない強迫観念にとらわれてはいるものの、終始感情豊かだった。
むろん、後のDGやSONY盤のほうが深みを感じる安定した演奏だと思うが、それらとは別の魅力があると思った。

作詩者ミュラーは、プロイセン軍の士官だった。
プロイセン軍は1813年秋、ナポレオンを相手に戦をして、おびただしい死傷者をだしながらもどうにか勝利している。しかし戦争はそこで終結しなかった。
1814年、ミュラーはベルギーに駐留している間、その地の女性(ユダヤ系でナポレオン軍人の妻という資料もある)と恋仲になったようだ。これが元凶でミュラーは軍での立場をなくしてしまう。
再びうごめきだす強敵ナポレオン・・・限界を感じたミュラーは恋に見切りをつけ、名誉を捨て、危険な極寒の雪中をいちかばちか故郷目指して逃げたのだ。
鉄の掟のプロイセンの軍、うごめくフランス軍、捕まれば当然ただではすまない。
どっちにしても地獄なら、未来に可能性のある方を選ぶ…ということだったのかもしれない。
「美しき水車小屋の娘」や、マーラーの「さすらう若人の歌」のようなごく若い徒弟修業者の恋だけでは、この究極の選択は在り得ないのだ。
いずれにしても、結果的にミュラーの脱走は成功した。
直後の1815年、有名な「ワーテルローの戦い」の前哨戦でプロイセンはフランスに壊滅的な大打撃を受けてしまう。それでも余力を振り絞り再び背後から追撃したことが、連合軍大勝利のきっかけになる。
そんなふうに両軍とも絶滅戦の悲惨な状況だったわけで、逃げていなければミュラーは戦死していたかもしれないし、そうなると「冬の旅」も生まれなかったことになる。
何が幸いになったかはわからないが、なぜか重罪に問われることもなく数年で一応の名誉回復も成す。
しかし、過酷な従軍と真冬の山岳縦走でミュラーの体は弱っていたようで、若死の一因になったとされている。
やはり、「冬の旅」は「死の旅」だったのだ。

生の輝きから急転直下、死で完結する「水車小屋」と、永遠の生の彷徨いを歌う「冬の旅」。
厳しさの種類は違うが、「地獄のバリエーション」には違いない。
ミュラーもシューベルトもとんでもないものを残したものだ、と改めて思った。

posted by あひる★ぼんび at 23:07| Comment(4) | 音楽

2018年04月20日

ローゼンのレコード

チャールズ・ローゼン(1927−2012)はアメリカのピアニスト。
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フランス文学の博士であり、人生の大半を文筆家とフランス語教育者として過ごした。
オックスフォード、ハーバード、シカゴ他、一流大学のフランス語教授として教鞭をとる傍らのピアニスト活動だった。
また、そのピアニスト業はコンサートをメインにしていたので、同世代の奏者と比べると録音は多くはない。
しかし、実力と業績は大きく、現在でも残されたもののほとんどをCDで聴くことができる。

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ショパン:ピアノ協奏曲第2番ヘ短調 op21
リスト:ピアノ協奏曲第1番 変ホ長調

リチャード・ローゼン(ピアノ)
ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
ジョン・プリッチャード(指揮)
(odyssey LP 米輸入盤)



この演奏は現在は普通にCDで聴けるわけだが、これはLP盤。
中古屋でたまたま手にした米国輸入盤で、ジャケットの劣化が激しく盤もカビカビ。安価なジャンク扱いだった。実は、このレコード、アントルモンのコーナーに紛れていて、気づかず買ってきた…というのが正直なところ。
針をおろす前にアルコールでカビや付着物をふき取り、電解水で洗浄して…その時、レーベルの演奏者名を見て、ありゃ???と初めて気が付いたのだった。
ローゼンか…と、特に何のイメージも期待もしないままに針をおろした。

ショパンの第2協奏曲の前奏の音を聴いてびっくり。
なんと懐かしいアナログ特有の厚みあるオケの響きだろう!そして、鮮やかで凭れることないピアノ。
確かに、「ショパンはかくあるべし」といった一般に期待されるロマンティックな演奏とは違い、ドイツ古典派のような雰囲気もある。
アラウの演奏に通じるような重心の低さで、バッハやモーツァルトの古典様式美に憧れていたという若きショパン像が見えてくるようだった。
テンポは標準的だが、、しかし体感時間の短い演奏だった。
プリッチャードはオーケストラをかなり豪快に鳴らしていて、ショパンにありがちな管弦楽パートの瑕疵も感じなかった。
続くリストは…こちらも落ち着いた演奏。ローゼンはショパンと同じテンションと音で取り組んでいるようなのだ。曲が曲だけに、こちらはもっと派手に演出してもいいのでは?と思ってしまった。
自分はこの曲自体があまり好きではないのだが、案外と楽しめた。
特にトライアングルのリアルな響きが面白かった。普通は控えめに聴こえるように調整するだろうに、ここでは恥ずかしい位にチロリンチロリン。この存在感は「トライアングル協奏曲」と揶揄される姿そのもののバランスだった^^

ローゼンはショパン弾きとして名の知れたローゼンタールの弟子であり、しっかりした知識博識の持ち主だった。ヴィルトージティに遠く、常に音楽学的で曖昧さがない。サービスに欠けた演奏は、評判が上がらなくても仕方ないだろう。だがこの、地味ながら誠実さを感じる演奏は忘れがたい好印象を残す。
偶然聴いた盤だったが、今後、愛聴できそうだ。

posted by あひる★ぼんび at 20:41| Comment(2) | 音楽

2018年03月30日

スクリデのストラヴィンスキーとマルタン

ラトヴィアの女流ヴァイオリニスト、バイバ・スクリデのオルフェオへの録音のひとつ。

彼女は1981年生まれ、37歳になるわけだからもはや「若手」というのは失礼だろう。
美少女ヴァイオリニストとしてメーカーが売りこんでいたのはついこの前だった気もするが、時の流れは早いものだ。
デヴューの頃から明確な輪郭を持った音色と、正確な音程感で安定した演奏を聴かせていて、活躍が楽しみな演奏家の1人だったが、期待通り、地味ながら着実に腕を上げているようだ。

sku003.jpgストラヴィンスキー:ヴァイオリン協奏曲ニ調
サーカス・ポルカ
オネゲル:パシフィック231、ラグビー
マルタン:ヴァイオリン協奏曲

  バイバ・スクリデ(ヴァイオリン)
  BBCウェールズ・ナショナル管弦楽団
  ティエリー・フィッシャー(指揮)
(オルフェオ EU輸入盤)



このアルバムは新譜ではなく、2011年の録音。
スクリデ30歳の時のものだが、今更の記事となる^^;
曲目はストラヴィンスキーとマルタンの協奏曲、そしてオネゲルの管弦楽曲を収めるという意欲作。
作品に厳密な繋がりがあるわけではなく、雰囲気・色合いに共通性を感じる選曲になっているのが面白い。
トータルで聴き通しても違和感なく、また退屈することもない良く考えられた並びだと思う。

ストラヴィンスキーの協奏曲は大管弦楽の有名曲とは対照的な室内楽的な親密な響きを持っていて、おどけているようで実にクール、皮肉とか単なる諧謔ともまた違う、しゃれっ気のある音楽。
スクリデの演奏は程よい緊張感の中でユーモアを描き出していて、聴きやすい。
これがコパチンスカヤあたりだったらもっと刺激ある解釈を見せたろうと思う。
続けてオネゲルの管弦楽曲2曲。「パシフィック231」は、言うまでもなく「機関車描写音楽」なのだが、ここでは特別な強調はしていない。前後の曲のバランスを考えるに、これぐらいが程よい。
続いて「ラグビー」。231に比べるとインパクトの薄い曲なので、最近録音されるのは珍しいかもしれない。
マルタンの協奏曲については以前に自作自演盤を紹介したが、このように複数録音が存在する現近代曲は珍しく、そういう意味ではすっかり市民権を得た楽曲と言えるだろう。
自演の大家によるものに比べると、大げさにならないよう控えめに演奏していて、それが親しみやすさを生んでいるようだった。
そのあとに演奏されるストラヴィンスキーの「サーカス・ポルカ」は楽しく、さながらちょっとした「アンコール」の様に聴こえた。
このアルバムは総じて地味目の音楽が並んでいるが、スクリデのカラーもあるのだろう。
それでトータルバランスがとれているのだ。
多くの人が進んで買うようなアルバムにはなり様もないが、このジャンルを愛好する人には、長く聴き続けられる1枚になると思う。
posted by あひる★ぼんび at 23:37| Comment(0) | 音楽

2018年01月13日

思い出のレコードからD〜レスピーギの「鳥」

考えてみると、好きな音楽、思い入れの大きい曲は、そのほとんどが20歳前後までに聴いたものだ。
やはり感性のスポンジの柔軟さや吸収率は、その頃までが優れているのだろう。
さらに人生の中での「初心の感動」の作用は大きく、最初に何を聴くかは後々に大きな影響をもたらすもののようだ。

レスピーギの「鳥」を初めて聴いたのは中1の頃だった。
ドラティの演奏だったと思う。FM放送をカセットテープに録って何度も聴いた。
「めんどり」の原曲のラモーの曲は知っていたし、「ナイチンゲール」のメロディはヴァン・エイクのリコーダー曲として聴き覚えていた。一番印象深かったのは「鳩」。
関係ない事なのだが、それを聴いて思い浮かべたのは、家族で見に行った「メリー・ポピンズ」の映画の中の「2ペンスを鳩に」のシーンだった。それは聖堂前の階段で貧しい身なりのおばあさんが鳩に餌付けをしている様子。
この組曲の他曲に比べると、この「鳩」は、言われなければその鳥とはわからない。レスピーギは楽器法の工夫で鳴き声らしき演出は施してはいるが、原曲自体に描写性はないのだろう。でも、どこか悲しげなこのメロディに、見たこともないヨーロッパの寺院の風景や空、飛び立つ鳩の影が重なり、心に焼きついて離れなかった。

高校時代、その「鳥」がマリナーの新録音・新譜として発売された。

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レスピーギ:
「鳥」
「ボッティチェルリの3枚の絵」


ネヴィル・マリナー(指揮)
アカデミー室内管弦楽団
(エンジェル LP 国内盤)



この頃、マリナーのレスピーギの演奏は「リュートの為の古代舞曲とアリア」をすでに聴いていたが、ドラティと比べると幾分スマートすぎるように感じていた。
あのように上品に優雅に流されたらちょっとなぁ…と少し心配があった。
しかし、この曲に関しては、むしろ丁寧さとその上品さが良かった。
かなり小編成のようで、鮮やかさと軽やかさが健康美を生んでいるようだった。
また、B面の「ボッティチェルリの3枚の絵」はこの盤で初めて聴く曲だったが、第2曲のエスニックな不思議な音色が印象深く、何度も聴きかえした。この時もこの後も、「好き」な曲にはなっていないのに、印象深く、まるで「性格俳優」のような音楽だと思える。「鳥」もそうだが、聴きやすい演奏時間の曲。いや、つまりこの盤、収録時間が短いのだ。

音楽とは関係ない事だが、実は、購入したその日、レコードをかける時にミスを犯した。
ワクワクしながら買ったばかりのレコードを居間のテーブルに置く時、よく確認しなかったために、たまたまこぼれていた芳香剤をしっかりしみこませてしまったのだ。
以後、CD化されるまで何年間も、この曲をかける度にその匂いも楽しまなければならなくなった^^;

その後CD時代に入って、マリナーはフィリップスにこの曲を再録音したが、曲自体の温度感の印象が違って当惑。
旧盤のCD化再発を待つしかなかったが、いざ再発ものを聴いてみても、違和感が先に来てしまった。
結局どうしてもそのCDの音に納得できず、廉価再発盤のLPを再購入。
(この記事のジャケット写真はその再発盤)
これも若干、音の印象が違う気がする。つまり、脳内で架空の印象が作られていた疑惑が生じることになった。
…こうなると結局香しい盤の方を聴き続けることになる。
まあ、この曲は匂いの記憶と完全にセットになっているわけで、もはやそれでもいいと思えている。
posted by あひる★ぼんび at 21:59| Comment(0) | 音楽

2017年12月18日

アメリングのクリスマスA

前回紹介の「ヨーロッパのクリスマスを歌う」の続編とも言える1枚。
データはどこにも書かれていないが、1980年のリリースなので、70年代の終わり頃の録音と思われる。
コンセプトも似ていて、クリスマスに関連する曲を時代も国境も取り払った選曲で1枚にまとめている。
歌詞もそれぞれのオリジナル言語で歌っているというのも同じ。

ame-cris3.jpg「アメリング、クリスマスを歌う」
 エリー・アメリング(ソプラノ)
 ダルトン・ボールドウィン(ピアノ)
 アルダ・ストゥロップ、
 ジャネッケ・ヴァン・デル・メール(ヴァイオリン)
 アネッケ・ウィッテンボッシュ(チェンバロ)
 リヒテ・ヴァン・デル・メール(チェロ)   他
(CBS LP 国内盤)


曲目は
Aスカルラッティ:御降誕の為のパストラルカンタータ
Rシュトラウス:クリスマスの気分
レーガー:マリアの子守歌
ヴォルフ:主顕節
コルネリウス:クリスマスの歌op8
ディーペンブロック:子守歌
ニン:カスティーリャ地方のビリャンシーコ
ニン:バスク地方のビリャンシーコ


各面1曲目に規模の大きい曲を置いて「聴き応え」を作っている。
メーカーによる寄せ集めではなく、練られて組まれたものなので、重くなることもなく、逆に聴き流されることもなく、
充実した構成になっているのがさすがだ。

欠点といえば、曲間が短すぎて、余韻が消えてしまうことだろうか。
アメリングが丁寧に、本当に繊細で極限の美しさを聴かせる「マリアの子守歌」、
ところがその余韻に浸る間もなく、「主顕節」の少しおどけた語り口調に切り替わってしまい、気分が追いつかないのだ。
これは本当に残念に思った。

このアルバムを聴いていると、極端に時間が早く過ぎていく。
緩やかで穏やかな音の連なりなのに、本当に不思議なことだ。
アメリングの声は相変わらず澄み切って美しい。
気負いの全くない、作為的な抑揚をつけない素直な歌声である。
「豊潤な声」を好む人には物足りなく感じるのかもしれないが、彼女は無理にスタイルの変更を試みなかったことで声を保てたのだ。
そのレパートリー選択のシビアさも、歌手としての哲学も感じるほどだった。
このアルバムの場合、歌詞の内容こそ「クリスマス」だが、ハレの気分は薄く、また意外と、純正の聖歌を聴くような極端な宗教的気分とも違う。
うまくバランスをとって、「音楽そのもの」とアメリングの美声を楽しめる小カンタータ+リートの優れたアルバムだと思った。

ところで、彼女の名前の表記だが、日本での初期のEMIやHM、CBSの表記はアメリンクとアメリングの2通りだった。フィリップス時代になってからアーメリング表記が増えた。オランダ語のことはよく知らないが、実際の発音に近いのはアーメリングなのだろう。
本名エリザベート・サラ・アーメリング(Elisabeth Sara Ameling)1933年生まれ。1996年にステージは引いたが、現在でも世界のあちこちでマスタークラスを開催している。
いつまでもお元気に活躍して頂きたい。

posted by あひる★ぼんび at 20:35| Comment(10) | 音楽

2017年12月15日

アメリングのクリスマス

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「ヨーロッパのクリスマスを歌う」
エリー・アメリング(ソプラノ)
ダルトン・ボールドウィン(ピアノ) 佐藤豊彦(リュート)
アルバート・ド・クラーク(オルガン) 他
(EMI LP 国内盤)




これは本当に名盤だと思う。
ただし、曲が曲だけに「知る人ぞ知る」となってしまったのはしょうがないだろう。
リート好きには大きな魅力を発揮する曲目で、アメリングの若く清らかな声が静かな祈りの雰囲気を描き出している。
リートファンやアメリングファンから高い評価と熱い支持を得ていたアルバムにもかかわらず、2008年にCDがインターナショナル・リリースされるまで事実上埋もれてしまっていた。
今さら記事にするのも変かも知れないが、クリスマスも近づいたので、まだ聴いていない方は是非、という意味も込めて書いておきたいと思う。

収録曲はこんなふう。
<イギリス編>
伝承: 明るい土手にすわっていたら
伝承:その歌はやさしかったよ
<ドイツ&オーストリア編>
ベギニケル写本:私の心は、甘き歓喜に酔いしれます
ベギニケル写本:また新たな喜びが
ベギニケル写本:さあ、坊やをあやしましょう
シレジア民謡:山の上を
ブラームス:宗教的な子守唄Op. 91-2
ハイドン:はした女XXIIId, Nr.1
<オランダ&フランダース編>
オランダ民謡:おお、イスラエルの聖らかな処女よ
フランダース民謡:小さな、小さなイエス
<スペイン編>
カタルーニャ民謡:クリスマスの歌
カタルーニャ民謡:ビリャンシーコ〜クリスマスの踊り唄
アンダルシア民謡:コルドバのビリャンシーコ
アンダルシア民謡:アンダルシアのビリャンシーコ
<フランス編>
民謡:牡牛と灰色ロバにはさまれて
民謡:羊飼いの呼び声
民謡:マリアのために
ドビュッシー:家のない子どもたちのためのクリスマス
ラヴェル:おもちゃのクリスマス


録音は1976年頃のもので、LPは77年にリリースされた。
これらの曲目は作曲年代に軽く400年の幅があり、歌詞の言語も英語、ドイツ語、ラテン語、オランダ語、カタルーニャ語、スペイン語、フランス語7ヶ国語になっている。
「祈り」というものは根源的な人間の思考であり、それぞれの文化の中の道徳や価値観の中で若干の違いはあるものの、幸福を願う気持ちは同じなのだと確認できる。
特に、ブラームスがドイツ民謡として編曲した「眠りの精」の元ネタといえるベギニケル写本からの曲(「眠りの精」は19世紀の作曲家ツッカルマーリョがこの写本の曲に手を加え、伝承曲として出版。それをブラームスが民謡と信じて編曲発表した)や、14世紀伝承曲のモチーフ(レーガーも「マリアの子守歌」として使用)による大曲「宗教的な子守歌」など、リートファンからすると興味深い。
B面はスペインやラテンからフランス近代の曲になるが、ドビュッシーの有名な「家のない子のクリスマス」とか、戦争の闇を描いた曲も収録して、単純なクリスマスアルバムではないことを実感させる。
凄いのは、それらが違和感なく一枚の中で共存できていることだ。アメリングの爽やかな澄んだ声は、必要以上に重い空気を出すことがない。
基本的に、アメリングは、美しさと優しさ、温かさからメッセージを送っている。

amecri.jpg
イギリス・ドイツ・スペイン・オランダ
のクリスマスの歌

エリー・アメリング(ソプラノ)
ダルトン・ボールドウィン(ピアノ) 佐藤豊彦(リュート)
アルバート・ド・クラーク(オルガン) 他
(Brilliant Classicsオランダ輸入盤)



CDはクラシックのCDを買っている人なら誰もが知るオランダのブリリアントレーベルから発売された。
LP発売から約30年の時がたっている。CDでの復活は奇跡のようにも思えた。
そのCD化からもすでに10年近くが過ぎようとしているが、廃盤にはしてほしくない1枚だ。

こういう音楽はCDで気楽に聴くのも良いが、このアルバムはLPで、少しばかり面倒なアクションを経て、丁寧に聴く方がずっと良いと思う。美しい声と演奏なので、BGMにして心地よいのは当然なのだが、そういう聴き方は申し訳ない気がする。しっかり集中して鑑賞したいアルバムだ。
何より、世間の賑やかな商戦とは対極の、こういうものを聴きながら過ごすクリスマスのほうが、自分は好きである。

posted by あひる★ぼんび at 22:05| Comment(2) | 音楽

2017年12月12日

ペルシャの市場にて

言うまでもなく「ペルシャの市場にて」はイギリスのアルバート・ケテルビー(1875〜1959)が1920年に書いた「名曲」。
20世紀中はそこそこの数の録音リリースがあったし、小学校の鑑賞教材でもあり、誰もが知っている曲だった。
大英帝国的視点のみで中東を描いた6分間ほどの音の絵巻物で、そこには異国文化への強い憧れも溢れていて、差別意識で不快になることはない。その憧れの方向が明快で、無邪気を装っているので、誰でも理解できる楽しさがある。まあ、だからこそ鑑賞教材に選ばれたのだろう。
ペルシャ(イラン・イラクあたり)は本来、強国である。長い間、中東の小国を支配し君臨する支配側でもあったのだが、英国の国力はそれに勝った。この曲が発表された翌年にはイラクに傀儡王政をひき、委任統治領としている。オスマントルコからの「アラブ解放」は大英帝国にとっての大義名分であり、おいしすぎる利権だったのだ。この曲もそんな時代に便乗し、遠回しのプロパガンダも含んだ「あだ花」ともいえそうだ。

自分がこの曲を初めて聴いた時は小3ぐらいだったろうか。
母が買ってきた「ホームミュージック集」のLPに入っていて、オーケストラではなく、日本人のエレクトーン奏者による演奏だった。
どうやら当時の僕は、そのLPの中ではこの1曲だけ気にいったようだった。
いろいろな名曲が入っていたと思うが、何が入っていたか全く覚えていないから、つまりそういうことだろう。盤は早くに処分してしまったので、これ以上のことはわからない。
とにかくエスニックな暑苦しさを癒すような「王女のテーマ」の優雅な下降音形、ゆるやかな盛り上がりが好きだった。

さて、久しぶりにLPレコードでこの曲を聴いた。
今回聴いたのは80年代の初めごろに発売されたホームミュージック15枚組BOXセットの中の1枚目、第1曲。
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「ペルシャの市場にて」
      〜珠玉のホームコンサート
ビクター・RCA・フィリップスの名盤より


(ビクター LP15枚組 国内盤)




このセットはビクターファミリークラブの企画で、誰もが楽しめる好演名演の定番を集めたもので、手抜きや切り貼り感のない選曲もすぐれている。これについてはまた後日書くが、まずは「ペルシャの市場にて」である。ボックスの装丁画がモーツァルト父子で、メインタイトルと関係ないし、中身もあまり古典派よりでないのはご愛嬌か^^;

「ペルシャの市場にて」の演奏はアーサー・フィードラー指揮、ボストン・ポップスの名盤として知られる1950年代末の録音。活気にあふれ、聴き手へのサービス全開の演奏だ。
団員による「物乞いの合唱」とガヤがノイジーで粗野で良い^^。
王女のテーマも雄大優雅。これぐらい恥ずかしげなく盛り上げてくれると、この曲のちょっと不誠実な、怪しげな味わいも伝わってきて、それも良いと思う。
娯楽と芸術の境界線が曖昧なのは、つまり優れている証拠、本物の証なのだ。
昔はこんな演奏が沢山あった。それを聴いて、音楽が好きになった。
そのことを思い出させてくれる演奏だ。
つくづく、音楽が好きで良かった♪今、聴く喜びを改めて実感している。

posted by あひる★ぼんび at 23:57| Comment(0) | 音楽

2017年11月24日

北欧のジャポニズム作品

19世紀末、日本が開国し、一気に大陸に押し出したことで、世界中がこの「独特な文化を持つ小国」に注目した。
それまでトルコやイスラム圏、インド、中国を題材にしたオリエンタリズム作品は数多かったが、その「火」に油を注ぐ感じで、多くの芸術家がこの異形文化を作品に反映させようとした。
クラシック音楽のオペラの有名どころではサリバンの「ミカド」、プッチーニの「蝶々夫人」、マスカーニの「イリス」等があり、それらからは「外国人から見た日本のイメージ」をうかがうことが出来て興味深い。
まあ、いい加減な思い込み、偏見と誤解のオンパレードなのだが、不思議と「憧れ」が散りばめられていてそんなに嫌な感じはしない。

フィンランドの作曲家、レヴィ・マデトヤ(1887〜1947)はその流行の波に少し遅れて、1927年に「オコン・フオコ」というバレエ・パントマイムを発表する。
彼は中央ヨーロッパ旅行中にたまたまこの脚本に出会ったようだ。
この作品のあらすじとしては「コッペリア」の舞台を日本に置き換えたものと思えばわかりやすい。

人形師オコンフオコは自分の理想の女性像を反映した人形ウメガワを造る。
この人形に全霊を込めたためか、とある嵐の夜、そこに「魂」が宿り、人形は息づき始める。
やがてウメガワはオコンを誘惑するようになり、オコンもすっかり魅せられてしまう。
そうなると穏やかではないのはオコンの妻イアイ。
奇妙な三角関係となり、いざこざが起こる。
騒動を聞きつけた友人たちがオコンのもとを訪れると、過ちを悔いたオコンはすでに自刃しており、狂気に堕ちた妻イアイがウメガワを切り刻んでいるところだった…

組曲版はいくつか録音があるようだが、全曲となるとこれだけか。
okon.jpg
マデトヤ:
バレエパントマイム「オコン・フオコ」op.58(全曲)

ヘレナ・ユントゥネン(Sop)
トゥオマス・カタヤラ(Ten)
オウル交響楽団 オウル室内Cho
アルヴォ・ヴォルメル(指揮)
(ALBA フィンランド輸入盤)



主役名の「オコン・フオコ」は日本的に思える音を羅列しただけで、特別な意味はなく、対応する漢字もないらしい。
「ウメガワ」は近松の人形浄瑠の登場人物「遊女梅川」からだろうか。
「イアイ」は居合という言葉からの着想だろうか。
楽曲は短い曲の集合体で、ソプラノ・テノール・合唱・管弦楽による80分近い大規模なものになっている。
マデトヤはそれほど強い個性的なサウンドを提示する作曲家ではないので、全体的には少し聴きなれない音を導入した「地味な大曲」。
音響的には「いつものシベリウス人脈のもの」なのだが、時代を反映したのか、音の並びに不自然な跳躍がある。
この時代の北欧管弦楽曲として聴けば、問題なく楽しめる。
特にシベリウス的な音が好きならばマデトヤは決して期待を裏切らないだろう。

マデトヤの日本に対する認識はせいぜい「日露戦争でロシアに勝った小国」「第一次大戦に便乗して南洋のドイツ領をせしめた国」程度だったはずだ。
日本と、中国・韓国の文化の違いなど、理解していないようだ。
この曲も妙なところで銅鑼が鳴ったり、シロフォンなどの扱いがまるで日本的ではない。
日本人だってフィンランドとスウェーデンとノルウェーの文化の違いを語れる人なんてほとんどいないだろう。それと同じなのだ。
ハラキリという題の曲があったり、ゲイシャも出てきたりと、なにやら「日本らしきもの」のステレオタイプをちりばめただけの脚本にそのまま附曲したようで、文化的な考証不足で日本人からしたら支離滅裂、外国人には深い理解は不能…その辺の弱さがこの曲を舞台での実演から遠ざけているようにも思えた。
この作品の少し前にドイツのオルフが書いた日本題材のオペラ「犠牲」では、理不尽な武家の美徳(君主の為に自らの息子の首を差し出す)を描いていた。「正しい道徳とされるものが最も悪魔的な結果を生む」という展開は日本人にはさほど抵抗がなくても、西洋人には何よりショッキングかもしれない。
彼等には日本は常に不思議の国。その不思議さが創作意欲を掻き立てるのは確かではあるのだが。

posted by あひる★ぼんび at 23:33| Comment(0) | 音楽

2017年10月22日

マルタンの音楽A

長い歴史に支えられた西洋の調性音楽のルールは、いつでも音楽に安心感と信頼性を与えるものだった。
近代以降の作曲家が率先して破壊しようとしたのはこの「安心感」だったろう。
創造を生業とする「芸術家」は、いつでも独自性と個性を追求する。
いくら追求しても既成のルールの中ではおのずと限界を感じるもの。
その限界と折り合いをつけながら音を見つけるのが本来のはずだが、壊すことで音楽の新たな展開に結びつくなどと考える時代があった。
それが20世紀だった。
しかし、生み出す意思を忘れて壊す刺激だけを求めるようになると、間違いに気が付く。
これは「逃げ」なのでは? と、その間違いに早々に気付き進路補正をした作曲家もいれば、マルタンのように最初から相応の距離を置いて、表現の範囲として12音技法などを扱った者もいた。
逆に、音楽を数学的に分解してほぼ「ノイズ」までつきつめてしまったツワモノもいた。
実に面白い100年だったと言えるだろう。

このアルバムは前に紹介のものに続く「自作自演集第2集」。
mart-2.jpg

マルタン:
ヴァイオリン協奏曲(1951)
ピアノ協奏曲第2番(1970)

    ヴォルフガング・シュナイダーハン(ヴァイオリン)
    パウル・パドゥラ=スコダ(ピアノ)
フランク・マルタン(指揮)ルクセンブルク放送管弦楽団
(VOX-ワーナー LP 国内盤)



ここにはヴァイオリン協奏曲とピアノ協奏曲という、大作2曲を収録している。
どちらも古典的なフォルムを持った曲だが、雰囲気そのものは第1集より「あぁ、現代音楽だ」と思えるものだ。
しかしいずれも「前衛」に走ることはなく、12音技法に近い形の音型に埋め尽くされてはいても、調性音楽という最終着地点を持っているのがいかにもマルタンらしい。
実はこれが「聴きやすさ」を生んでいる大きな要素だと思う。

まずヴァイオリン協奏曲。1951年の作品で、初演は翌年に名手シゲティによって行われている。
急―緩―急の伝統的3楽章の堂々たる佇まいだ。当然ながら、印象的なメロディがあるはずもないのだが、気迫で一気に聴かせる曲になっている。
「現代音楽」というくくりにもかかわらず、でこれまでに3回もレコーディングされているということからも、単なる作り手の自己満足ではなく後世に残りうる作品なのだと思う。
ピアノ協奏曲第2番はマルタンがパドゥラ=スコダのために書いた。79歳、1969年の作品。
「親愛なるパウル君―私の篤い友情と深い賞賛をこめて」と、初演の大成功へのメッセージを寄せている。
鋭角的でダイナミックな作品。ここでのパドゥラ=スコダは鮮やかに一気呵成に弾ききっている。
ふだん、ドイツ古典派の音楽をピリオド楽器を使って演奏する大家というイメージがあるのだが、どうやら彼にはもうひとつの顔があるようだ。
「パウル君が弾くのでなければ全く違う曲を作った」というぐらいだから、技巧派ヴィルトーゾの認識が強かったのだろう。
そんなパドゥラ=スコダは先日90歳の誕生日を迎えた。いつまでもお元気でいていただきたい。

現在では自作自演盤もCD化され、気楽に楽しむことが出来る。広く人気が得られる種類の音楽ではないけれど、真面目に生きた作曲家の足跡が消えずにすんだことは喜ばしいと思う。

posted by あひる★ぼんび at 21:10| Comment(0) | 音楽