2018年03月30日

スクリデのストラヴィンスキーとマルタン

ラトヴィアの女流ヴァイオリニスト、バイバ・スクリデのオルフェオへの録音のひとつ。

彼女は1981年生まれ、37歳になるわけだからもはや「若手」というのは失礼だろう。
美少女ヴァイオリニストとしてメーカーが売りこんでいたのはついこの前だった気もするが、時の流れは早いものだ。
デヴューの頃から明確な輪郭を持った音色と、正確な音程感で安定した演奏を聴かせていて、活躍が楽しみな演奏家の1人だったが、期待通り、地味ながら着実に腕を上げているようだ。

sku003.jpgストラヴィンスキー:ヴァイオリン協奏曲ニ調
サーカス・ポルカ
オネゲル:パシフィック231、ラグビー
マルタン:ヴァイオリン協奏曲

  バイバ・スクリデ(ヴァイオリン)
  BBCウェールズ・ナショナル管弦楽団
  ティエリー・フィッシャー(指揮)
(オルフェオ EU輸入盤)



このアルバムは新譜ではなく、2011年の録音。
スクリデ30歳の時のものだが、今更の記事となる^^;
曲目はストラヴィンスキーとマルタンの協奏曲、そしてオネゲルの管弦楽曲を収めるという意欲作。
作品に厳密な繋がりがあるわけではなく、雰囲気・色合いに共通性を感じる選曲になっているのが面白い。
トータルで聴き通しても違和感なく、また退屈することもない良く考えられた並びだと思う。

ストラヴィンスキーの協奏曲は大管弦楽の有名曲とは対照的な室内楽的な親密な響きを持っていて、おどけているようで実にクール、皮肉とか単なる諧謔ともまた違う、しゃれっ気のある音楽。
スクリデの演奏は程よい緊張感の中でユーモアを描き出していて、聴きやすい。
これがコパチンスカヤあたりだったらもっと刺激ある解釈を見せたろうと思う。
続けてオネゲルの管弦楽曲2曲。「パシフィック231」は、言うまでもなく「機関車描写音楽」なのだが、ここでは特別な強調はしていない。前後の曲のバランスを考えるに、これぐらいが程よい。
続いて「ラグビー」。231に比べるとインパクトの薄い曲なので、最近録音されるのは珍しいかもしれない。
マルタンの協奏曲については以前に自作自演盤を紹介したが、このように複数録音が存在する現近代曲は珍しく、そういう意味ではすっかり市民権を得た楽曲と言えるだろう。
自演の大家によるものに比べると、大げさにならないよう控えめに演奏していて、それが親しみやすさを生んでいるようだった。
そのあとに演奏されるストラヴィンスキーの「サーカス・ポルカ」は楽しく、さながらちょっとした「アンコール」の様に聴こえた。
このアルバムは総じて地味目の音楽が並んでいるが、スクリデのカラーもあるのだろう。
それでトータルバランスがとれているのだ。
多くの人が進んで買うようなアルバムにはなり様もないが、このジャンルを愛好する人には、長く聴き続けられる1枚になると思う。
posted by あひる★ぼんび at 23:37| Comment(0) | 音楽

2018年01月13日

思い出のレコードからD〜レスピーギの「鳥」

考えてみると、好きな音楽、思い入れの大きい曲は、そのほとんどが20歳前後までに聴いたものだ。
やはり感性のスポンジの柔軟さや吸収率は、その頃までが優れているのだろう。
さらに人生の中での「初心の感動」の作用は大きく、最初に何を聴くかは後々に大きな影響をもたらすもののようだ。

レスピーギの「鳥」を初めて聴いたのは中1の頃だった。
ドラティの演奏だったと思う。FM放送をカセットテープに録って何度も聴いた。
「めんどり」の原曲のラモーの曲は知っていたし、「ナイチンゲール」のメロディはヴァン・エイクのリコーダー曲として聴き覚えていた。一番印象深かったのは「鳩」。
関係ない事なのだが、それを聴いて思い浮かべたのは、家族で見に行った「メリー・ポピンズ」の映画の中の「2ペンスを鳩に」のシーンだった。それは聖堂前の階段で貧しい身なりのおばあさんが鳩に餌付けをしている様子。
この組曲の他曲に比べると、この「鳩」は、言われなければその鳥とはわからない。レスピーギは楽器法の工夫で鳴き声らしき演出は施してはいるが、原曲自体に描写性はないのだろう。でも、どこか悲しげなこのメロディに、見たこともないヨーロッパの寺院の風景や空、飛び立つ鳩の影が重なり、心に焼きついて離れなかった。

高校時代、その「鳥」がマリナーの新録音・新譜として発売された。

resgli.jpg
レスピーギ:
「鳥」
「ボッティチェルリの3枚の絵」


ネヴィル・マリナー(指揮)
アカデミー室内管弦楽団
(エンジェル LP 国内盤)



この頃、マリナーのレスピーギの演奏は「リュートの為の古代舞曲とアリア」をすでに聴いていたが、ドラティと比べると幾分スマートすぎるように感じていた。
あのように上品に優雅に流されたらちょっとなぁ…と少し心配があった。
しかし、この曲に関しては、むしろ丁寧さとその上品さが良かった。
かなり小編成のようで、鮮やかさと軽やかさが健康美を生んでいるようだった。
また、B面の「ボッティチェルリの3枚の絵」はこの盤で初めて聴く曲だったが、第2曲のエスニックな不思議な音色が印象深く、何度も聴きかえした。この時もこの後も、「好き」な曲にはなっていないのに、印象深く、まるで「性格俳優」のような音楽だと思える。「鳥」もそうだが、聴きやすい演奏時間の曲。いや、つまりこの盤、収録時間が短いのだ。

音楽とは関係ない事だが、実は、購入したその日、レコードをかける時にミスを犯した。
ワクワクしながら買ったばかりのレコードを居間のテーブルに置く時、よく確認しなかったために、たまたまこぼれていた芳香剤をしっかりしみこませてしまったのだ。
以後、CD化されるまで何年間も、この曲をかける度にその匂いも楽しまなければならなくなった^^;

その後CD時代に入って、マリナーはフィリップスにこの曲を再録音したが、曲自体の温度感の印象が違って当惑。
旧盤のCD化再発を待つしかなかったが、いざ再発ものを聴いてみても、違和感が先に来てしまった。
結局どうしてもそのCDの音に納得できず、廉価再発盤のLPを再購入。
(この記事のジャケット写真はその再発盤)
これも若干、音の印象が違う気がする。つまり、脳内で架空の印象が作られていた疑惑が生じることになった。
…こうなると結局香しい盤の方を聴き続けることになる。
まあ、この曲は匂いの記憶と完全にセットになっているわけで、もはやそれでもいいと思えている。
posted by あひる★ぼんび at 21:59| Comment(0) | 音楽

2017年12月18日

アメリングのクリスマスA

前回紹介の「ヨーロッパのクリスマスを歌う」の続編とも言える1枚。
データはどこにも書かれていないが、1980年のリリースなので、70年代の終わり頃の録音と思われる。
コンセプトも似ていて、クリスマスに関連する曲を時代も国境も取り払った選曲で1枚にまとめている。
歌詞もそれぞれのオリジナル言語で歌っているというのも同じ。

ame-cris3.jpg「アメリング、クリスマスを歌う」
 エリー・アメリング(ソプラノ)
 ダルトン・ボールドウィン(ピアノ)
 アルダ・ストゥロップ、
 ジャネッケ・ヴァン・デル・メール(ヴァイオリン)
 アネッケ・ウィッテンボッシュ(チェンバロ)
 リヒテ・ヴァン・デル・メール(チェロ)   他
(CBS LP 国内盤)


曲目は
Aスカルラッティ:御降誕の為のパストラルカンタータ
Rシュトラウス:クリスマスの気分
レーガー:マリアの子守歌
ヴォルフ:主顕節
コルネリウス:クリスマスの歌op8
ディーペンブロック:子守歌
ニン:カスティーリャ地方のビリャンシーコ
ニン:バスク地方のビリャンシーコ


各面1曲目に規模の大きい曲を置いて「聴き応え」を作っている。
メーカーによる寄せ集めではなく、練られて組まれたものなので、重くなることもなく、逆に聴き流されることもなく、
充実した構成になっているのがさすがだ。

欠点といえば、曲間が短すぎて、余韻が消えてしまうことだろうか。
アメリングが丁寧に、本当に繊細で極限の美しさを聴かせる「マリアの子守歌」、
ところがその余韻に浸る間もなく、「主顕節」の少しおどけた語り口調に切り替わってしまい、気分が追いつかないのだ。
これは本当に残念に思った。

このアルバムを聴いていると、極端に時間が早く過ぎていく。
緩やかで穏やかな音の連なりなのに、本当に不思議なことだ。
アメリングの声は相変わらず澄み切って美しい。
気負いの全くない、作為的な抑揚をつけない素直な歌声である。
「豊潤な声」を好む人には物足りなく感じるのかもしれないが、彼女は無理にスタイルの変更を試みなかったことで声を保てたのだ。
そのレパートリー選択のシビアさも、歌手としての哲学も感じるほどだった。
このアルバムの場合、歌詞の内容こそ「クリスマス」だが、ハレの気分は薄く、また意外と、純正の聖歌を聴くような極端な宗教的気分とも違う。
うまくバランスをとって、「音楽そのもの」とアメリングの美声を楽しめる小カンタータ+リートの優れたアルバムだと思った。

ところで、彼女の名前の表記だが、日本での初期のEMIやHM、CBSの表記はアメリンクとアメリングの2通りだった。フィリップス時代になってからアーメリング表記が増えた。オランダ語のことはよく知らないが、実際の発音に近いのはアーメリングなのだろう。
本名エリザベート・サラ・アーメリング(Elisabeth Sara Ameling)1933年生まれ。1996年にステージは引いたが、現在でも世界のあちこちでマスタークラスを開催している。
いつまでもお元気に活躍して頂きたい。

posted by あひる★ぼんび at 20:35| Comment(10) | 音楽

2017年12月15日

アメリングのクリスマス

amel-cris2.jpg
「ヨーロッパのクリスマスを歌う」
エリー・アメリング(ソプラノ)
ダルトン・ボールドウィン(ピアノ) 佐藤豊彦(リュート)
アルバート・ド・クラーク(オルガン) 他
(EMI LP 国内盤)




これは本当に名盤だと思う。
ただし、曲が曲だけに「知る人ぞ知る」となってしまったのはしょうがないだろう。
リート好きには大きな魅力を発揮する曲目で、アメリングの若く清らかな声が静かな祈りの雰囲気を描き出している。
リートファンやアメリングファンから高い評価と熱い支持を得ていたアルバムにもかかわらず、2008年にCDがインターナショナル・リリースされるまで事実上埋もれてしまっていた。
今さら記事にするのも変かも知れないが、クリスマスも近づいたので、まだ聴いていない方は是非、という意味も込めて書いておきたいと思う。

収録曲はこんなふう。
<イギリス編>
伝承: 明るい土手にすわっていたら
伝承:その歌はやさしかったよ
<ドイツ&オーストリア編>
ベギニケル写本:私の心は、甘き歓喜に酔いしれます
ベギニケル写本:また新たな喜びが
ベギニケル写本:さあ、坊やをあやしましょう
シレジア民謡:山の上を
ブラームス:宗教的な子守唄Op. 91-2
ハイドン:はした女XXIIId, Nr.1
<オランダ&フランダース編>
オランダ民謡:おお、イスラエルの聖らかな処女よ
フランダース民謡:小さな、小さなイエス
<スペイン編>
カタルーニャ民謡:クリスマスの歌
カタルーニャ民謡:ビリャンシーコ〜クリスマスの踊り唄
アンダルシア民謡:コルドバのビリャンシーコ
アンダルシア民謡:アンダルシアのビリャンシーコ
<フランス編>
民謡:牡牛と灰色ロバにはさまれて
民謡:羊飼いの呼び声
民謡:マリアのために
ドビュッシー:家のない子どもたちのためのクリスマス
ラヴェル:おもちゃのクリスマス


録音は1976年頃のもので、LPは77年にリリースされた。
これらの曲目は作曲年代に軽く400年の幅があり、歌詞の言語も英語、ドイツ語、ラテン語、オランダ語、カタルーニャ語、スペイン語、フランス語7ヶ国語になっている。
「祈り」というものは根源的な人間の思考であり、それぞれの文化の中の道徳や価値観の中で若干の違いはあるものの、幸福を願う気持ちは同じなのだと確認できる。
特に、ブラームスがドイツ民謡として編曲した「眠りの精」の元ネタといえるベギニケル写本からの曲(「眠りの精」は19世紀の作曲家ツッカルマーリョがこの写本の曲に手を加え、伝承曲として出版。それをブラームスが民謡と信じて編曲発表した)や、14世紀伝承曲のモチーフ(レーガーも「マリアの子守歌」として使用)による大曲「宗教的な子守歌」など、リートファンからすると興味深い。
B面はスペインやラテンからフランス近代の曲になるが、ドビュッシーの有名な「家のない子のクリスマス」とか、戦争の闇を描いた曲も収録して、単純なクリスマスアルバムではないことを実感させる。
凄いのは、それらが違和感なく一枚の中で共存できていることだ。アメリングの爽やかな澄んだ声は、必要以上に重い空気を出すことがない。
基本的に、アメリングは、美しさと優しさ、温かさからメッセージを送っている。

amecri.jpg
イギリス・ドイツ・スペイン・オランダ
のクリスマスの歌

エリー・アメリング(ソプラノ)
ダルトン・ボールドウィン(ピアノ) 佐藤豊彦(リュート)
アルバート・ド・クラーク(オルガン) 他
(Brilliant Classicsオランダ輸入盤)



CDはクラシックのCDを買っている人なら誰もが知るオランダのブリリアントレーベルから発売された。
LP発売から約30年の時がたっている。CDでの復活は奇跡のようにも思えた。
そのCD化からもすでに10年近くが過ぎようとしているが、廃盤にはしてほしくない1枚だ。

こういう音楽はCDで気楽に聴くのも良いが、このアルバムはLPで、少しばかり面倒なアクションを経て、丁寧に聴く方がずっと良いと思う。美しい声と演奏なので、BGMにして心地よいのは当然なのだが、そういう聴き方は申し訳ない気がする。しっかり集中して鑑賞したいアルバムだ。
何より、世間の賑やかな商戦とは対極の、こういうものを聴きながら過ごすクリスマスのほうが、自分は好きである。

posted by あひる★ぼんび at 22:05| Comment(2) | 音楽

2017年12月12日

ペルシャの市場にて

言うまでもなく「ペルシャの市場にて」はイギリスのアルバート・ケテルビー(1875〜1959)が1920年に書いた「名曲」。
20世紀中はそこそこの数の録音リリースがあったし、小学校の鑑賞教材でもあり、誰もが知っている曲だった。
大英帝国的視点のみで中東を描いた6分間ほどの音の絵巻物で、そこには異国文化への強い憧れも溢れていて、差別意識で不快になることはない。その憧れの方向が明快で、無邪気を装っているので、誰でも理解できる楽しさがある。まあ、だからこそ鑑賞教材に選ばれたのだろう。
ペルシャ(イラン・イラクあたり)は本来、強国である。長い間、中東の小国を支配し君臨する支配側でもあったのだが、英国の国力はそれに勝った。この曲が発表された翌年にはイラクに傀儡王政をひき、委任統治領としている。オスマントルコからの「アラブ解放」は大英帝国にとっての大義名分であり、おいしすぎる利権だったのだ。この曲もそんな時代に便乗し、遠回しのプロパガンダも含んだ「あだ花」ともいえそうだ。

自分がこの曲を初めて聴いた時は小3ぐらいだったろうか。
母が買ってきた「ホームミュージック集」のLPに入っていて、オーケストラではなく、日本人のエレクトーン奏者による演奏だった。
どうやら当時の僕は、そのLPの中ではこの1曲だけ気にいったようだった。
いろいろな名曲が入っていたと思うが、何が入っていたか全く覚えていないから、つまりそういうことだろう。盤は早くに処分してしまったので、これ以上のことはわからない。
とにかくエスニックな暑苦しさを癒すような「王女のテーマ」の優雅な下降音形、ゆるやかな盛り上がりが好きだった。

さて、久しぶりにLPレコードでこの曲を聴いた。
今回聴いたのは80年代の初めごろに発売されたホームミュージック15枚組BOXセットの中の1枚目、第1曲。
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「ペルシャの市場にて」
      〜珠玉のホームコンサート
ビクター・RCA・フィリップスの名盤より


(ビクター LP15枚組 国内盤)




このセットはビクターファミリークラブの企画で、誰もが楽しめる好演名演の定番を集めたもので、手抜きや切り貼り感のない選曲もすぐれている。これについてはまた後日書くが、まずは「ペルシャの市場にて」である。ボックスの装丁画がモーツァルト父子で、メインタイトルと関係ないし、中身もあまり古典派よりでないのはご愛嬌か^^;

「ペルシャの市場にて」の演奏はアーサー・フィードラー指揮、ボストン・ポップスの名盤として知られる1950年代末の録音。活気にあふれ、聴き手へのサービス全開の演奏だ。
団員による「物乞いの合唱」とガヤがノイジーで粗野で良い^^。
王女のテーマも雄大優雅。これぐらい恥ずかしげなく盛り上げてくれると、この曲のちょっと不誠実な、怪しげな味わいも伝わってきて、それも良いと思う。
娯楽と芸術の境界線が曖昧なのは、つまり優れている証拠、本物の証なのだ。
昔はこんな演奏が沢山あった。それを聴いて、音楽が好きになった。
そのことを思い出させてくれる演奏だ。
つくづく、音楽が好きで良かった♪今、聴く喜びを改めて実感している。

posted by あひる★ぼんび at 23:57| Comment(0) | 音楽

2017年11月24日

北欧のジャポニズム作品

19世紀末、日本が開国し、一気に大陸に押し出したことで、世界中がこの「独特な文化を持つ小国」に注目した。
それまでトルコやイスラム圏、インド、中国を題材にしたオリエンタリズム作品は数多かったが、その「火」に油を注ぐ感じで、多くの芸術家がこの異形文化を作品に反映させようとした。
クラシック音楽のオペラの有名どころではサリバンの「ミカド」、プッチーニの「蝶々夫人」、マスカーニの「イリス」等があり、それらからは「外国人から見た日本のイメージ」をうかがうことが出来て興味深い。
まあ、いい加減な思い込み、偏見と誤解のオンパレードなのだが、不思議と「憧れ」が散りばめられていてそんなに嫌な感じはしない。

フィンランドの作曲家、レヴィ・マデトヤ(1887〜1947)はその流行の波に少し遅れて、1927年に「オコン・フオコ」というバレエ・パントマイムを発表する。
彼は中央ヨーロッパ旅行中にたまたまこの脚本に出会ったようだ。
この作品のあらすじとしては「コッペリア」の舞台を日本に置き換えたものと思えばわかりやすい。

人形師オコンフオコは自分の理想の女性像を反映した人形ウメガワを造る。
この人形に全霊を込めたためか、とある嵐の夜、そこに「魂」が宿り、人形は息づき始める。
やがてウメガワはオコンを誘惑するようになり、オコンもすっかり魅せられてしまう。
そうなると穏やかではないのはオコンの妻イアイ。
奇妙な三角関係となり、いざこざが起こる。
騒動を聞きつけた友人たちがオコンのもとを訪れると、過ちを悔いたオコンはすでに自刃しており、狂気に堕ちた妻イアイがウメガワを切り刻んでいるところだった…

組曲版はいくつか録音があるようだが、全曲となるとこれだけか。
okon.jpg
マデトヤ:
バレエパントマイム「オコン・フオコ」op.58(全曲)

ヘレナ・ユントゥネン(Sop)
トゥオマス・カタヤラ(Ten)
オウル交響楽団 オウル室内Cho
アルヴォ・ヴォルメル(指揮)
(ALBA フィンランド輸入盤)



主役名の「オコン・フオコ」は日本的に思える音を羅列しただけで、特別な意味はなく、対応する漢字もないらしい。
「ウメガワ」は近松の人形浄瑠の登場人物「遊女梅川」からだろうか。
「イアイ」は居合という言葉からの着想だろうか。
楽曲は短い曲の集合体で、ソプラノ・テノール・合唱・管弦楽による80分近い大規模なものになっている。
マデトヤはそれほど強い個性的なサウンドを提示する作曲家ではないので、全体的には少し聴きなれない音を導入した「地味な大曲」。
音響的には「いつものシベリウス人脈のもの」なのだが、時代を反映したのか、音の並びに不自然な跳躍がある。
この時代の北欧管弦楽曲として聴けば、問題なく楽しめる。
特にシベリウス的な音が好きならばマデトヤは決して期待を裏切らないだろう。

マデトヤの日本に対する認識はせいぜい「日露戦争でロシアに勝った小国」「第一次大戦に便乗して南洋のドイツ領をせしめた国」程度だったはずだ。
日本と、中国・韓国の文化の違いなど、理解していないようだ。
この曲も妙なところで銅鑼が鳴ったり、シロフォンなどの扱いがまるで日本的ではない。
日本人だってフィンランドとスウェーデンとノルウェーの文化の違いを語れる人なんてほとんどいないだろう。それと同じなのだ。
ハラキリという題の曲があったり、ゲイシャも出てきたりと、なにやら「日本らしきもの」のステレオタイプをちりばめただけの脚本にそのまま附曲したようで、文化的な考証不足で日本人からしたら支離滅裂、外国人には深い理解は不能…その辺の弱さがこの曲を舞台での実演から遠ざけているようにも思えた。
この作品の少し前にドイツのオルフが書いた日本題材のオペラ「犠牲」では、理不尽な武家の美徳(君主の為に自らの息子の首を差し出す)を描いていた。「正しい道徳とされるものが最も悪魔的な結果を生む」という展開は日本人にはさほど抵抗がなくても、西洋人には何よりショッキングかもしれない。
彼等には日本は常に不思議の国。その不思議さが創作意欲を掻き立てるのは確かではあるのだが。

posted by あひる★ぼんび at 23:33| Comment(0) | 音楽

2017年10月22日

マルタンの音楽A

長い歴史に支えられた西洋の調性音楽のルールは、いつでも音楽に安心感と信頼性を与えるものだった。
近代以降の作曲家が率先して破壊しようとしたのはこの「安心感」だったろう。
創造を生業とする「芸術家」は、いつでも独自性と個性を追求する。
いくら追求しても既成のルールの中ではおのずと限界を感じるもの。
その限界と折り合いをつけながら音を見つけるのが本来のはずだが、壊すことで音楽の新たな展開に結びつくなどと考える時代があった。
それが20世紀だった。
しかし、生み出す意思を忘れて壊す刺激だけを求めるようになると、間違いに気が付く。
これは「逃げ」なのでは? と、その間違いに早々に気付き進路補正をした作曲家もいれば、マルタンのように最初から相応の距離を置いて、表現の範囲として12音技法などを扱った者もいた。
逆に、音楽を数学的に分解してほぼ「ノイズ」までつきつめてしまったツワモノもいた。
実に面白い100年だったと言えるだろう。

このアルバムは前に紹介のものに続く「自作自演集第2集」。
mart-2.jpg

マルタン:
ヴァイオリン協奏曲(1951)
ピアノ協奏曲第2番(1970)

    ヴォルフガング・シュナイダーハン(ヴァイオリン)
    パウル・パドゥラ=スコダ(ピアノ)
フランク・マルタン(指揮)ルクセンブルク放送管弦楽団
(VOX-ワーナー LP 国内盤)



ここにはヴァイオリン協奏曲とピアノ協奏曲という、大作2曲を収録している。
どちらも古典的なフォルムを持った曲だが、雰囲気そのものは第1集より「あぁ、現代音楽だ」と思えるものだ。
しかしいずれも「前衛」に走ることはなく、12音技法に近い形の音型に埋め尽くされてはいても、調性音楽という最終着地点を持っているのがいかにもマルタンらしい。
実はこれが「聴きやすさ」を生んでいる大きな要素だと思う。

まずヴァイオリン協奏曲。1951年の作品で、初演は翌年に名手シゲティによって行われている。
急―緩―急の伝統的3楽章の堂々たる佇まいだ。当然ながら、印象的なメロディがあるはずもないのだが、気迫で一気に聴かせる曲になっている。
「現代音楽」というくくりにもかかわらず、でこれまでに3回もレコーディングされているということからも、単なる作り手の自己満足ではなく後世に残りうる作品なのだと思う。
ピアノ協奏曲第2番はマルタンがパドゥラ=スコダのために書いた。79歳、1969年の作品。
「親愛なるパウル君―私の篤い友情と深い賞賛をこめて」と、初演の大成功へのメッセージを寄せている。
鋭角的でダイナミックな作品。ここでのパドゥラ=スコダは鮮やかに一気呵成に弾ききっている。
ふだん、ドイツ古典派の音楽をピリオド楽器を使って演奏する大家というイメージがあるのだが、どうやら彼にはもうひとつの顔があるようだ。
「パウル君が弾くのでなければ全く違う曲を作った」というぐらいだから、技巧派ヴィルトーゾの認識が強かったのだろう。
そんなパドゥラ=スコダは先日90歳の誕生日を迎えた。いつまでもお元気でいていただきたい。

現在では自作自演盤もCD化され、気楽に楽しむことが出来る。広く人気が得られる種類の音楽ではないけれど、真面目に生きた作曲家の足跡が消えずにすんだことは喜ばしいと思う。

posted by あひる★ぼんび at 21:10| Comment(0) | 音楽

2017年10月01日

マルタンの音楽

フランク・マルタンは1890年スイス・ジュネーヴ生まれ、1974年に移住先のオランダで亡くなっている。
作曲と教鞭、そして自作曲の指揮と、晩年まで積極的な活動を行っていた。
彼は少年時代からバッハを敬愛していたようだが、作品に直接反映している様子は聴きとれない。
むしろ、時代の空気、フランクやダンディ、ラヴェルらフランス近代音楽の影響、
そして新ヴィーン学派の「十二音技法」まで取り入れ、実に多面的な表情の音楽を発表し続けた。
彼は無調音楽には批判的だったという。
しかし、決してそれに敵対姿勢をとるのではなく、しっかりとりこんで創造に生かすというアウフヘーベン(止揚)を心がけていたようだ。

これはマルタンが晩年に残した自作自演アルバムのひとつ。
I_4790ss.jpgマルタン:
協奏曲〜ハープシーコードと小管弦楽の為の(1952)
バラード〜トロンボーンと管弦楽の為の(1940)
バラード〜ピアノと管弦楽の為の(1939)

クリスティアーノ・ジャコテ(ハープシーコード)
アルミン・ロジン(トロンボーン)
セバズティアン・ベンダ(ピアノ)
フランク・マルタン(指揮)ローザンヌ室内管弦楽団
(VOX-ワーナー LP 国内盤)



1972年のセッション録音。商品価値を上げる為の小細工のない、安定していて心地よい録音だ。
地味で堅実な性格だったというマルタンにふさわしい。

曲は、3曲とも不思議な既視感をもつ。
似ているといえば、ラヴェルっぽい響きだが、どこか違う。
つまり聴き易く、この時代の音楽にありがちな聴くのをやめたくなるような音響実験は一切ない。
安心感と安定感。いや、これが彼を有名にすることを妨げた要因なのかもしれないが。

ハープシーコード協奏曲はバッハ的なフレーズで満たされているのか、といえばそんな部分は聴き取れず、ただ急−緩−急というバッハも愛好したイタリアバロックスタイルと、カデンツァの入れ方にその時代へのオマージュを感じるのみだ。

トロンボーン・バラードはコンクールの課題曲としてピアノ伴奏で書かれたものの改作ということ。
7分の時間制限があった原曲を数パーセント拡大し、9分弱のコンチェルタンテになっている。
「フニクリフニクラ」を思わせるフレーズ(そんな話はマルタンは全くしていない)が聴かれるのが面白く、全体に高度な技法が盛り込まれているにもかかわらず、そのあたりがこの曲を親しみやすくしている。

ピアノ・バラードはフランスバロックの協奏曲、緩−急−緩−急のフォームを持っている。
新しいスタイルのフレーズもあるにはあるが、単純な主和音でそれを解決する部分が、むしろ新鮮だった。
こういうスタイルを「面白い」と思うか「工夫がない」とするかはもはや受け取る側の好みかもしれない。

マルタンは大戦の激動期を故郷の中立国スイスで過ごし、戦後なぜかオランダに移住し、終の棲家とするという不思議な行動をとった。
作品からは深い感動感銘はもてないながら、自分は3曲とも繰り返し聴きたくなる音楽に思えた。
いや、マルタンという名をきいて「あぁ、あの曲の!」という人などほとんどいないだろう。
それがもったいないと思う。

現代においても写実主義をとっていた画家、アンドリュー・ワイエスの言葉を思い出す。
「人生とはもっと真面目なものだよ」・・・これは刺激的な流行にのる現代画家達にに向けたひとこと。
マルタンにも共通するポリシーを感じている。

posted by あひる★ぼんび at 13:32| Comment(0) | 音楽

2017年09月19日

思い出のレコードからC〜ランパルのモーツァルト

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W.A.モーツァルト:
フルート協奏曲 第1番、第2番
フルートと管弦楽の為のアンダンテ

    ジャン・ピエール・ランパル(フルート)
    テオドール・グシュルバウアー(指揮)
    ウィーン交響楽団
(エラート LP 国内盤)



これは1967年のレコード。
日本コロムビアの「デ・ラックスシリーズ」といういわば企画品で、定価は2500円と書かれている。

レコードの値段は基本的にずっとこれぐらいの価格で、それは現在のメディアにも引き継がれているわけだが、厚生労働省の統計資料ではこの頃の一般サラリーマンの月収は36200円(標準的手当込、課税前)ただし、現在の月収平均を35万前後とした、かなりお役所らしいありえない数値のものなのだが・・・
いずれにせよ「レコード」というものがいかに贅沢品だったかがわかる。

それは趣味としていた人にとっては「蔵書」であり「宝」である。
これ以前からジャケットを簡略化して値段を数百円下げたものや、大胆に半額にした「廉価盤」もあったが、それらはいくぶん盤質にむらがあって、50年経過した現在ではザラザラと針音を生じさせてしまうものも出ている。
明らかに価格をおさえる方向を間違えた為なのだが、まあ、それは当時は将来のことなどわからなかったろう。1000円だって充分高価な買い物だったわけだからもう少し考えるべきだったのでは?とも思う。

70年代の高度成長は大きく経済状況を変えた。
自分自身が小遣いでレコードを買い始めた頃(1973年以降)には廉価盤の質も向上していたし、
70年代おわりともなれば海外盤が専門店で国内盤より安く入手できるようになり、まるで様相が違ってきた。
無産階級の中高生にはありがたいことだった。
しかし、一種のグローバル化と技術革新の競争過熱は、80年代のLP終焉に向かって一直線。
「進化」と「簡略化」と結果としての「商品としての魅力の低下」へ進んでしまったようだ。
CDの登場が止めをさしたのは確かだが、それだけが原因ではないように思う。

ともあれ、これは輝かしいLP全盛期の一枚。
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布張りの上製本仕様、26ページの分厚い解説書の紙質も印刷も高品位で、50年たった今も劣化していない。解説内容そのものは時代なりだし、まるでエッセイなのだけれど…縮小されてはいるが、全曲のスコアも収録されている。
盤はさすが限定仕様、レーベル部分もエッジも丁寧な仕上げで、材質起因のノイズも少ない。うちの保管が良かったというより、紛れもなく製品の水準の高さなのだと思う。

当時の若手指揮者のホープ、グシュルバウアー(録音時27歳)の演奏もまた時代を反映したロマンティックな解釈で、この曲にしては大きめの編成のオーケストラを優雅にドライブている。
すでに大ベテランとして君臨していたランパルのフルートも鮮やかで伸びやかだ。
ランパルの演奏は、フルートを愛好する人たちから少々荒いと言われがちだったようだが、こういう古典曲をダイナミックに演奏する際の手段でもあったのだろう。
ここでのランパルの演奏は違和感を感じないどころか、最近の「ピリオド」では味わえない生気がある。
思えば、この頃は学問や理屈より感覚が優先されていた、音楽を素直に楽しむには良い時代だったのだろう。
こういう伸びやかな演奏を改めて聴くと、現代の環境が「音楽を楽しむ人」「音楽を豊かに表現できる人」を生むのか、ちょっと疑問になる。
もちろん、これを初めて聴いた小学低学年の頃はそんなことは考えようもなく、比べる材料もなく、美しくなぜか少し寂しげな(時にちょっと眠くなる^^;)音楽だと捉えていた。
とにかく刺激だけが楽しみではないことを、穏やかに教えてくれる演奏だった。
中学時代、仲良しにフルートをやっていた友人がいて、彼はランパルはあまり好きではないと言っていた。大御所マルセル・モイーズの数少ない録音が、彼の心の師匠だったようだ。
時々、2番のコンチェルトの部分的なパッセージやドップラーを吹いて聴かせてくれた。
心からスッゲーッと思った^^
それもまた、大切な思い出だ。


posted by あひる★ぼんび at 23:27| Comment(4) | 音楽

2017年09月04日

組曲「占星術」(!?)

1914年から1916年、星にまつわる神話を題材に、第一次世界大戦の頃に書かれたのがホルストの「惑星」。
この曲がレコーディングされるようになり、まれに演奏会にもとりあげられるようになった(ホルスト自身が抜粋演奏や編曲を厳しく禁じていたせいで実演が困難だった)のは1960年代以降。
東西世界の宇宙開発が活発になった時代だったので、一般の人はその「惑星」という題名から「占星術・神話世界」ではなく「宇宙」をイメージすることになった。
発売されるメディアのアートワークのほとんどが天体なのだから、なおさら。この(恐らく意図した)誤認が「大当たり」となった。
もし、ホルストが作曲意図通りに題名を「占星術」とかにしたならば、現在の人気はありえなかったろう。
星に託された神々の伝説は、各惑星の「ビジュアル」のインパクトからは遠い。
よって、オーケストレーションは凝っていて楽器の種類も多いが大げさではなく、概ね地味な使い方をしている。壮大か精緻か、アプローチ変更の余地はあるとはいえ、映画音楽的世界を期待するには曲の構造がサービス不足、それを求めるとおかしなことになるだろう。
しかし、1950年代終わりから1960年代の初めの、有名指揮者の演奏は案外とエンタメ性が高い。
この時代の物としては、作曲家のスタイルを尊重して手堅く描いた初演指揮者でもあるボールト、禁を破って曲に手を入れ、かゆい所に手が届く(!)ストコフスキー、明晰明快に磨き、耽美的なカラヤン、この3点が典型と言えるかもしれない。

カラヤン&ウィーンフィルの「惑星」を久しぶりに聴いた。
1961年に録音され、60年代から80年代までのアナログオーディオ全盛期に名盤として君臨した1枚だ。
オリジナルのLPは中学の頃購入したが、とっくの昔に処分してしまったので、しばらく耳にすることがなかった。CDも一時期持っていたが、それも手放した。
…自分の中ではその程度の価値感覚だったのだ。曲自体、好きとまでいえない状態だったので、余計だろう。当時、面白いと思えたのはTVの洋画劇場のエンディングテーマだった「木星」とたんたんたぬきに似ている「天王星」ぐらいだった。「半端にわかりやすい音楽」が苦手だったのかもしれない。これは子どもの頃からそうだった。同じ時間を鑑賞に費やすなら、ディーリアスやシベリウスのほうがずっと好ましかったのだ。

これを久々に聴いた理由はBlu-layオーディオ化されたものを入手したからだ。
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ホルスト:組曲「惑星」op.32
   ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮)
   ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
   ウィーン国立歌劇場合唱団

(ユニバーサル・ハピネット Blu-rayAudio 国内盤)



ブルーレイディスクに96kHz/24bitと192kHz/24bitのリニアPCM音声を収録している。
2Lレーベルに比べると少々半端なハイレゾだが、うちのチープなシステムでは充分だ。
ってか、これでもちゃんと再生できているのか確証が持てないけれど^^;
が、まあ、不満はないからいいのか。 アナログLP的なまろやかさの中、スクラッチにびくびくすることなく暖かな豊かな音が聴けるわけで、本当に良いメディアだと思う。
細部のパートの音まで聴き取れるのは、この年代のデッカの録音技術も高度だったということだろう。
LPではノイズに消され、CDでは決して気付けなかった音列が蘇っている驚異があった。
そういう発見は「金星」や「海王星」など、特に弱音主体の部分で顕著なのだ。
全体を通して、この時代のカラヤンのすっきりテンポがとても心地良い。粗野さを残したウィーンフィル、アナログ時代らしく、ヴォリューム操作で多少平坦化している以外は小細工がなさそうな録音…そんな中で素朴なエンタメ性が楽しめる。
考えてみれば、1960年代位まではどこのオーケストラもそこそこラフで、また、指揮者の「オレ様度」によって音楽が変容するのが何よりも面白かったものだ。
高度な専門教育を受け、技術的にも磨かれた演奏家達が、最新の技術の元でスマートな演奏を繰り広げている現在。それはそれで良い事なのだが、この時代の流れは、ノイズや人間的な疵と共に、覇気と生き生きとした力まで割り引いてしまったのかもしれない。
こういう最新メディアのひとつの形が忠実な過去再現だとしたら、それはそれで歓迎するけれど、結局過去は過去。すでに化石となったものは蘇って動いたりはしない。新しい覇気がほしい今日この頃だ。
音楽を聴きながら、そんなことを考えているなんて、いやあ、自分も歳をとったものだなぁ・・・。

posted by あひる★ぼんび at 23:43| Comment(2) | 音楽

2017年08月21日

純粋な、真のファミリーソング

mer-shima.jpg「メルヘンをうたう」
ドレミの歌・チムチムチェリー・星の王子さま
スヌーピーの大冒険・虹の彼方・マルセリーノの歌
二人の天使・ヴィリアの歌・いつも夢の中で
オリバーのマーチ・こうして踊ろう・ママに捧げる歌

島田祐子(ソプラノ)
杉並児童合唱団 ニューサウンズエコー
ポリドールオーケストラ
(ポリドール LP 国内盤)




これを聴いたのは高校生の頃。
島田さんの歌声はずっと以前から聴きなれていたし、収録曲もいくつかの新しい曲以外は幼い頃から知っているものだった。
最初に新譜としてFM放送で流れた時の印象は、島田さんが歌うと全部が「みんなのうた」テイストになるのだな、ということだった。
その声は、後年以上に若く伸びやかで気負いも感じない。
当時、「ベルカントの観点からは・・・」とか「本格的なオペラ発声としては」とか、色々難しいことを言う評論家はいたようだが、彼女の日本語の発音の自然さは、当時のクラシック系ソプラノ歌手随一だったと思う。
オペラの発声はこうでなければ、なんてものは本来ないのだし、そもそもここに収録している種類の歌のほとんどはオペラ発声は似合わないし、それを採用するのは音楽的ではない。日本人に向けて歌うのであれば、しかも楽しさを伝えようというのであれば島田さんの解釈はベストだ。何しろ歌えないのではなく、表現上の選択なわけで。

自分自身、当時から歌謡曲よりフォーク・ロック、それよりクラシックが好きであり、子どもの歌やミュージカルナンバーも好きだったから、このアルバムの収録曲は特に親しみを感じるものだった。
アレンジはクラシカルなポップス、つまり典型的なホームミュージック。
曲によってはメロディそのものが唱歌風に大きく変えられているものもある。
フンパーディンクの「こうして踊ろう」は元のメルヘンオペラの枠を飛び越えて、幼児用の歌集で見かけるお遊戯用改変版。「あしぶみトントントンそのてをパンパンパン」…ちょっと気恥ずかしい感じだ^^;
だが、19世紀にジルヒャーが「菩提樹」を改変し日本をはじめ世界ではそちらのほうが有名になった例があるように、良い編曲は曲に新たな生命を与えるものだ。品位を失わない範囲で主旋律を抽出してわかりやく覚えやすくするのは悪いことではない。

歌詩については岩谷時子氏による「ヴィリアの歌」などは、原語のオペレッタを聴いてもこちらを口ずさみたくなるほどぴったりきている。
「ヴィリアおおヴィリア森の美女、麗しの面影よ ヴィリアおおヴィリア命でも君の為なら・・・」
原詩の物語の流れをそのままうまく日本語にあてはめるこの手法は見事だ。
また、あらかわひろし氏による「チムチムチェリー」や峰陽氏による「オリバーのマーチ」はNHK教育の歌番組で聴き慣れたバージョン。
そしてペギー葉山さんの才気溢れる名作詩「ドレミの歌」・・・元々名曲だが、日本語歌詞が更なる永遠の生命を与えた名作だ。
「虹の彼方に」や当時の最新曲「星の王子さま」も収録され、これらも実に見事なはまり具合だと思う。
ダニエル・リカーリの世界的ヒット「二人の天使」、あのダバダ〜ダバダバダバダバ〜は本家を髣髴とさせる。より純度が高く感じたのは彼女の声質からだろう。

このアルバムがCD化されているかどうかは確認していないが、今では半ば忘れられた存在になってしまった感がある。
そうしてしまうのはもったいない、上質の、本気のファミリーアルバム。
ここから聴こえてくる純粋な、真のファミリーソングが完全に「過去のもの」になってしまうとしたら、今は何とさびしい時代なのだろうと改めて思った。

島田さんにはこのLP録音当時、こうもりのアデーレ役や学生王子のケティ役で生の歌に接することができた。
また後には仕事でもお会いすることもできた。
早期にステージを引退し、情報は何も入らなくなってしまったが、引退後は後進の指導にあたっているときく。
いつまでもお元気でいてほしい。
posted by あひる★ぼんび at 23:42| Comment(4) | 音楽

2017年08月12日

「ハンガリーの三羽烏」そろい踏み

「ハンガリーの三羽烏」・・・クラシックファンでこう聴いて、「ああ、あの…」と思うのは自分と同世代以上だろう。
ラーンキ・デジュー(1951- )
コチシュ・ゾルターン(1952- 2016)
シフ・アンドラーシュ(1953- )

共にハンガリー国籍、1950年代前半生まれのピアニスト。
ハンガリーの状態が安定をとりもどした70年代、ほぼ同時期に初来日を果たし、それぞれ端正で若々しい演奏でファンを獲得した。
チェコの同世代ヴァイオリニスト、ヴァーツラフ・フデチェク(1952- )もそうだったが、3人の中では特に、個性的過ぎない爽やかルックスのデジュー・ラーンキが若い女性たちを虜にしていた。
来日してすぐ、ポップスターでは当たり前の「ファンクラブ」結成もあり、また、サイン会・握手会も数多く開催されていた。
当時高校生の自分は、男子であるし、ほかに聴きたい演奏も数多かったので、「話題のひとつ」的な捉えかただったし「アイドル展開」にメーカーの売らんかな意識を感じて、抵抗感もあった。しかし、それを越えて、中高年演奏家ばかりのクラシック音楽の世界に彼らのような「新しい風」が起こっていることは嬉しかった。
「年寄り音楽を聴いて面白い?」
そんなことをよく友人に問われることが多く、ある意味「好きなものは好き」としか答えられないはがゆさと面倒くささがあったので、彼らのように見た目から美しいスター性、アイドル性は本当に貴重な救世主に思えた。

さて、この盤。

hung-lks.jpgモーツァルト:
2台のピアノのための協奏曲(第10番)
3台のピアノのための協奏曲(第7番)

   コチシュ・ゾルターン(ピアノ)
   シフ・アンドラーシュ(ピアノ)
   ラーンキ・デジュー(ピアノ)
   フェレンチク・ヤーノシュ(指揮)
   ハンガリー国立管弦楽団
(フンガロトン LP キング国内盤)


のちにコチシュはフィリップス、シフはデッカと契約しているが、このデビュー時点では3人とも同じフンガロトンレーベルだし、レパートリーも共通しているので、特に共演に困難はなかったはず。しかし案外こういう企画はされず、ラーンキとコチシュで分担して弾きわけたモーツァルト独奏曲集などはあるにはあったが、3人そろっての共演盤は珍しかったと思う。
この盤でのパートは第1がラーンキ、第2がコチシュ、第3がシフである。
ほぼ均一のタッチと音色で、全体に颯爽とした演奏だ。
ハンガリーのオーケストラは明るい響きではないので、そこはうまくバランスが取れているし、フィレンチクもツボをおさえ、若者達のテンポ感をコントロールしている。
決して能天気に空虚にならないし、全体の「歌心」が心地よく、すべては「あれ、もう終わり?」と思ったほど弛緩なく軽やかに駆け抜ける演奏だ。緊張感ではなくシンパシーで聴かせてしまうのはまさに「若さの特権」なのだろう。
同時期にこれだけの才能ある奏者が現れたのは奇跡の様だった。
これがハンガリーでなくアメリカだったら大宣伝だったかもしれない。
結果的に聴く人数は制限されることにはなったが、消費されることなくショービズの餌食になることなく、3羽の烏がハンガリーを中心に飛び続けることができたのはラッキーだったと言えそうだ。

この3人、その後の歩む道はそれぞれだった。

シフはソリストとしてはシューベルト演奏に定評があるし、リート伴奏者として多くの歌手に信頼を得ている。室内楽への参加も多く、また現代音楽の世界にも踏み入っている。
コンサート、メディアの数では3人の中で一番の知名度といえるかもしれない。
極端に内向的に聴こえることが多いので、時折聴くのが苦しくなることがあるが、自己のスタイルを完全に確立しているのがわかる。

コチシュは早くから指揮者・編曲者としても活躍の場を広げていて、演奏スタイルは積極性が強かった。
テンポを速くとることが多く、歌いすぎない。ある意味シフの対極かもしれない。
指揮もピアノ演奏もキビキビとした音楽運びが力強く、心地よいものが多かった。去年、64歳というまだまだ活躍できる歳で亡くなったのが惜しまれる。

ラーンキは2人に比べると中庸温和な雰囲気だ。誠実で崩しのない演奏が、曲によっては物足りなくなりそうだが、案外とシューマンなどには名演も多い。
また、室内楽にも良い適性を聴かせてくれていた。デビュー時の(日本での)スタートダッシュ的売り込みは、むしろ彼の本質ではなかった。
彼は最近も来日し、演奏会を開いている。
その公演は衰えのない鮮やかな演奏、綺麗に歳を重ねた容姿、「美青年の演奏家」という思い出を裏切らないものだったと聞いている。

彼らの若き日、青春の記録。もう2度と3羽が揃うことは叶わないが、ジャケットの笑顔同様、微笑みを交し合うような音楽は永遠である。

posted by あひる★ぼんび at 23:31| Comment(2) | 音楽

2017年07月30日

ムーアの誕生日

ジェラルド・ムーア。20世紀を代表する偉大なるリート伴奏者である。
見識の広さ、技術の確かさ、自分と歌手それぞれの主張をうまく調整できる柔軟性も持っていたようで、ただ頑固なだけの大家ではなかった。
彼が「世界最高」という評価に辿りつけたのは彼のそういった部分と、戦勝国の人間だったという、この世代の人では実にラッキーな条件もあるだろう。(やはり運も才能のうちなのか)ヨーロッパの戦雲に蹂躙されナチスドイツの敗退と共にフェイドアウトせざるを得なかったラウハイゼンと、どうしても比べてしまう。少なくとも技術を常に磨く要のあるピアニストには、活動空白や制限は地獄であり、それを回避できたのはすごい幸運なのだ。
1899年、イギリス・ハーフォードに生まれ、カナダのトロントで育った。そこでデヴューを飾った後、イギリスに戻る。大戦後は当時の一流の音楽家たちと共演し、その実力を発揮し続けた。
ステージ引退は1967年と思いのほか早いが、70年代はプライやディースカウと数多くのレコーディングを果たし、1987年に亡くなるまで活発に著作活動も行った。
1962年の回想録「Am I Too Loud?」は面白いし、「シューベルト三大歌曲集〜解釈と演奏法」は多くのヒントを与えてくれる。また、引退直後から取り組んだディースカウとの「シューベルト・リート全集」は、専門家のみならず音楽ファンにとって、貴重な宝となるものになったといえるだろう。
そんなムーアも今年で没後30年、そして今日7月30日は118歳の誕生日である。

1967年2月20日、ムーアの引退コンサートの記録がレコード・CDに残されている。
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ジェラルド・ムーア・フェアウェルコンサート
  ジェラルド・ムーア(ピアノ)
  エリザベート・シュヴァルツコプフ(ソプラノ)
  ヴィクトリア・デ・ロスアンヘレス(ソプラノ)
  ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
(東芝 2枚組LP 国内盤)




縁の深いシュヴァルツコプフ、ロス・アンヘレス、ディースカウと共に、この記念演奏会を楽しく成功させている。
この人選はEMIの敏腕プロデューサー、ウォルター・レッグがムーアに「印象深い好きな歌手」を訊いて決められたそうだが、はっきりレーベルとしての商業的意図を感じるものではある。そもそも、このコンサート企画そのものがムーアの意思がすべてだったとも思えないわけで、まあ、世の中そんなものだろう。
いずれにせよ栄光に満ちた大演奏家の引退試合であるから、悲壮感は全くない。
また年齢的にも余力充分で、ハレの気分と相俟って、誰もが安心して楽しめるものになっている。
ディースカウはいつもの通り、冷静に誠実に役割を果たしている。ムーアとシューベルトの全集に取り組むのはこの直後からで、レコードのライナーノートには当然まだそのことは触れられていない。
しかも、録音先はDGだったわけで、ここでいう「フェアウェル」はむしろEMIとの別れだったのかな?とも思えた。
ここでのシュヴァルツコプフとロスアンヘレスによる二重唱、ロッシーニの「ゴンドラ競技」や「2匹の猫の歌」などは会場から笑いが起こり、楽しげだ。自分は中学生の頃、この演奏をFMで聴いて驚いた記憶がある。声楽リサイタルは真面目なもので、笑うような場面はないはずだ、と思っていたからだ。二人の名ソプラノが徹底して演じていて、流石だった。
最後の最後、短いスピーチの後に「音楽に寄せて」をソロで弾く。
しみじみと感謝をこめて紡ぐピアノの音が感動的だ。

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LPレコードはしっかりした箱に入った2枚組で、当日のプログラム冊子の現物が付録としてついている。
LPに収録されなかった曲目もそのまま書かれているが、出演者サインなども載っていて、音楽ファンにとって宝物になりうる仕様。
昨今のダウンロード販売やストリーミングでは決して味わえない感覚だ。
そのままCD化されたものも何度か再発されていたが、LPの宝物感には叶わない気がする。
名演奏家、最高の伴奏者の遺産として長く残したいセットだと思う。
posted by あひる★ぼんび at 19:15| Comment(4) | 音楽

2017年06月10日

ディースカウのDGシューベルト全集

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ。
彼が戦後のドイツ声楽界最大の巨星であったことは誰もが認めるところ。
その大きさを世に示し、実感させた仕事のひとつが「シューベルト歌曲大全集」だった。
ディースカウにはこの全集以前から「網羅主義」ともいえる方針は見えていて、エレクトローラ=EMIにもかなりの録音をしている。彼が特に身構えることなく次々に繰り出す「音の大論文」に、音楽界は驚愕した。そのジャンルが「リート」という特殊なものだった故、世界中の人が話題にするようなことにはならなかったが、彼が生涯に残した膨大な録音と著作は現在も将来も、このジャンルの指針として高い価値を持ち続けることだろう。
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シューベルト:歌曲大全集

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
ジェラルド・ムーア(ピアノ)

(DG 22枚組 国内盤)



さて、このシューベルトだが、アルバムの題名は“Schubert LIEDER”だけ。
シューベルトが書いた膨大なリートのうち、不自然なく男声独唱で歌え、楽曲として完成されたものをほぼ全て収録したわけだが、未完成作品や草稿、異版は省いている。
シューベルトは「最初は書き散らかし、その後に幾度も改訂する」傾向があったので、これは賢明な判断だったろう。その上さらに、ディースカウ自身の基準で「芸術的な価値が低い」と判断したものは切り捨てている。この辺がアンチが嫌悪する部分なのだが、そのことを黙っていればいいものを、彼は必ず著作で詳細に記しているのだ。正直なのか、自分の価値基準に絶対的な自信があるからなのかわからないが、実際の彼の人柄とは関係なく、そういう時の饒舌で強い論調はあまり褒められたものではない。

dfd-sliederLP.jpgシューベルト:歌曲大全集
第1巻「後期の作品」
第2巻「初期・中期の作品」
第3巻「3大歌曲集」

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
ジェラルド・ムーア(ピアノ)
(グラモフォン LP 12+13+4枚組 国内盤)



この全集の日本発売盤LPのライナーノーツに寄稿している著名な評論家や演奏家たちは、この偉業を手放しに賛美することはしていない。慎重というか、判断を回避している。そこではこれまでのディースカウの歌唱スタイルを分析したり、レコーディングの記録映像から見て取れるディースカウの取り組み姿勢について感想を述べることに終始しているのだ。この全集が巨大すぎて、発売前のテスト盤視聴で書けることは何もなかったのだろう。1枚ものなら聴かずにただの経験談を書いてもつっこまれないし、既発売盤が少しでもあるなら、そこだけ書けば誤魔化せる。しかし29枚すべて新録音では何を書いても矛盾が起こると感じたのだろう。
そんな、載せなくてもいい文であっても、スペースを字で埋めるのが、日本のレコードライナーの悪しき習慣なのだ。評論家諸氏も気の毒だ。そんなことも考えてしまった。
畑中氏はここに「あまりにもつきつめられ、ひとつひとつの音符への強烈な問いかけが用意されている為、時に息苦しくなる時もあったのは否めない。そんな時、僕はヘルマンプライの少し間の抜けたようなリートを楽しんだものだった・・・」そう書いているが、こんなふうに多くの評論家や演奏家がディースカウを褒めつつも、微妙な違和感を持っているのが垣間見えて面白い。
ディースカウは「多くの聴衆が求めるもの」を排してまでも、シューベルト演奏の基本指針となるような全集を作ろうとした。本人は「そうだ」と言明するはずもないが、作曲年月日順にほぼ全てを収録した編集方針に加え、著作「シューベルトの歌曲をたどって」を読むとそう確信できる。
これはシューベルトに、リートというジャンルに、音楽そのものに対する、彼の強い姿勢のあらわれだった。自分の音楽、解釈への絶対的自信の強固さ。この記事の最初を繰り返すようだが、その自信が曖昧でないことがこの全集の価値を高めているといえるだろう。

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個人的な思い出をひとつ。
僕がこの全集を手にしたのは中3だった。高校合格祝いとして第1巻のLPを買ってもらった。その日から1日1枚、必ず聴いて、ローテーションで繰り返した。
その時の歌唱の印象としては、全体的にテンポが速めで、発音が強く、それが多少荒いのかな?と思った。当時は数曲を除いては初めて聴く曲ばかりだったのであくまで感覚なのだが・・・40年以上たった今でも基本的な印象は変わらない。
第2巻は高2になってから中古で買い、第3巻はエアチェックをテープに録って聴いた。
CD化されてからは当然、すぐに入手した。その時、LPは手放してしまったが、音の微妙な陰影がLPのほうが優れているように感じていて、結局、最近買いなおした^^;
これは自分にはリートを聴く「指針」であり、重要な「参考書」。
好きなのはあくまでプライ。聴いて楽しいのもプライ。
しかし、勉強好きな人だって、勉強のすべてが楽しいわけじゃない。必要と考えるから忍耐強く取り込むのだ。
自分はこの全集を通じてドイツ文学とヨーロッパ文化に興味を持った。
直接的な音楽の力とは違う方向への入口。
今ではディースカウの歌うリートはそんな存在のような気がしている。

posted by あひる★ぼんび at 23:02| Comment(4) | 音楽

2017年06月05日

ヴェヒター父子の共演

エバーハルト・ヴェヒターはオーストリアのバリトン。プライと同じ1929年7月生まれで、1992年に没している。その死のタイミングが歌劇場の要職が決まりそうな時期だったこともあり、不穏なうわさも流れた記憶がある。
ヴェヒターはプライとほぼ同じ声域の役を歌っていた。幾分バス寄りの厚い響きの声を持ち、リートも歌ったが、それよりもモーツアルトからRシュトラウス、ヴァグナー、幾つかのイタリアオペラまで歌っている。また、オペレッタや軽い作品も得意にしていた。
そういう意味では、ディースカウよりよほどプライの比較対象とされそうなのだが、なぜか話題に上ることがなかった。ヴィーンに生まれ、そこを中心に活動したので情報が拡散しずらくローカルな位置付けにされていたのだろう。その辺はクンツと同様の傾向だった。
プライなどの多くのスター歌手たちは、故郷がどこなのか分からなくなるほど世界中を旅し、世界的な評価と引き換えに、強烈な漂泊感・孤独感を持ち続けるものだ。しかし彼の場合はヴィーンに根をおろし、そこに歌手人生を花咲かせることができた。幸福な花の一輪だったといえそうだ。

こんなアルバムがあった。
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ヴェヒター(エバーハルトとフランツ)
 ヴィーン歌謡集〜良く知られた歌とデュエット

エバーハルト・ヴェヒター(バリトン)
フランツ・ヴェヒター(バリトン)
(ARIOLA LP オーストリア輸入盤)




これは1984年に、エバーハルトが息子フランツと作った親子共演アルバムだ。
フランツ・ヴェヒターは1955年生まれ、父よりテノーラルな明るく軽い響きのバリトン歌手。
(この辺も、プライ父子の関係に類似している。彼らの場合は単独の共演盤を残さなかったのが残念)
フランツもまた、オペレッタの舞台を中心に活動しているようだが、日本までは全く活動状況が聞こえて来ない。明るさと暖かさが心地よい声なので、リートを歌ってもさぞ似合うと思う。

さて、ここに集められたものはすべてヴィーン歌謡。伴奏は「シュランメルン」編成のアンサンブルで、AB面とも真ん中の一曲に朗読を入れ、独特の雰囲気を出している。
エバーハルトの歌い方は…このジャンルらしい酔いどれ気分とダミ声ぎみの発声を駆使(笑)している。
普通に歌ってくれればいいのに、と思うのは聴いている自分が外国の人間だからだろう。
これは一種の民族的コブシであり、スタイルなのだ。
標準ドイツ語ではなくヴィーン訛りそのままの方言歌詞を、曲の輪郭が崩れそうになるほど過剰に表情をつけて歌う。
あれ、ヴェヒターってこんなに「性格バリトン」な声だったっけ?と耳を疑う事しばしばだった。
フランツの声がやけに爽やかなせいもあるかもしれない。
ハンサム好青年と酔いどれ親父。なかなかのものだ。
録音に際しては、おそらく綿密な練習や解釈の摺合せはなかったかもしれない。
編曲自体、かなりラフに聴こえる。ここをギシギシ締めてしまうとしまうと「ドイツ人の音楽」になってしまうわけで、彼等がおそらくは拘ったであろう正真正銘のヴィーンっ子のスタイルを「ゆるさ」の中に貫いているようだった。
このアルバムはCD時代の幕開けのリリースだが、LPとテープ発売のみでCD化はされていなかったと思う。
没してしばらくすると、淘汰がおこり、一定の評価に即したもの以外は「なかったもの」となる。
この偉大な歌手の素顔、実際に生きた証しを感じられるちょっと粋な暖かなこういったアルバムが埋もれてしまうのは残念なことだと思う。


posted by あひる★ぼんび at 22:50| Comment(4) | 音楽

2017年04月19日

ギロヴェッツの三重奏曲

音楽に求めるものは人それぞれだが、自分は「心の安定」のひとつの材料として聴いている。
ただ、特効薬ではないので、聴けば必ず安定するというものではないし、必ず「癒される」わけでもない。
しかし「聴く気がおきない」という時は、心がかなり荒み弱っているというバロメーターのように感じたりもする。
今、忙しさと諸々のことで、それこそ聴く気がおきない状況…なので少々記事も気が入らないのだが、なんとなくかけた1枚が意外にも楽しめたものだったので、とりあえず記事にしておこうと思う。

アダルベルト・マティアス・ギロヴェッツはボヘミア地方の生まれ。
本名はヴォイチェク・マチヤシュ・イーロヴェッツという。
1763年生まれだが、1850年まで生き、地元で父親から音楽の手ほどきを受けた後、パリ、ロンドンで研鑽しつつ活躍した。
その後ヴィーンに定住し、宮廷副楽長、楽長として長く活躍した。
歴史的には1789年のフランス革命、その後のナポレオンの登場と失脚、反動・・・とヨーロッパ各国は大きな渦の中であり、モーツァルト、ハイドン、そしてベートーヴェン、シューベルト、メンデルスゾーン、シューマン…なんと多くの作曲家の生涯をカヴァーしていて、その変遷を肌に直に感じていたことだろう。
ギロヴェッツ自身はハイドンに強い影響を受けていたようだが、モーツァルトは彼の作品を高く評価していたという。ちなみにショパンがヴィーンでデヴューした時に弾いたのはギロヴェッツの協奏曲だったし、そのショパンを最大の激励と賛辞をもってヴィーンの楽壇に紹介したのはギロヴェッツだった。
自作曲がハイドンの名で出回ってしまったり、本人の承諾なしで楽譜が販売されたりと、少々不幸な事件にも遭遇しているものの、比較的安定した環境で人生をおくれた恵まれた生涯だったと言えるかもしれない。
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ギロヴェッツ:ピアノ三重奏曲集
ソナタ変ホ長調op.23-2
ソナタ変ロ長調op.28-1
ソナタニ短調op14-2
ソナタイ長調op12-1

トリオ・フォルテピアノ
(NCA membran ドイツ輸入盤)



ここに集められた曲は、50曲近くある彼の「ピアノ三重奏曲」の中からの4曲。
正式名称は「クラヴサンまたはピアノフォルテの為のソナタ、ヴァイオリンまたはフルート、チェロのオブリガート付」という、なんだか少々長い題名の曲だが、モーツァルトやベートーヴェンの「ヴァイオリンソナタ」も大体こういう題がついているから、これが当時のこの種のスタイルの楽曲の慣習的な表記だったわけだ。ここではフォルテピアノ、ヴァイオリン、チェロという標準的な「ピアノ三重奏」編成をとっている。
全体はハイドン的な穏やかな雰囲気だが、各所にベートーヴェンを思わせるフレーズが出てくる。
彼の曲はどの曲もこの時代の平均的な手法で書かれ、とても聴きやすい。
それを平凡と言ってしまえばそれまでだが、二流ローカルな音楽に聴こえないのは、技法がしっかり身について感性と一体化しているからだろう。
激動する社会の中でうまく立ち振る舞い、広い見識が柔軟な感性を生んだようで、硬直しない自由な気分を感じる。
幻想、夢想はまだ薄いが、まもなく花咲くことになるロマン派音楽の萌芽も匂わせている。
ギロヴェッツだけがそうだった、というわけではなく、正に激動の時代の文化が生んだその典型のひとつといえるだろう。
演奏のトリオ・フォルテピアノは全員女性で、グループ名通りピリオド楽器による素朴な響き。豊穣な響きのモダン演奏とは対極だが、妙なアクセントをつけず、過剰な装飾もいれず、素直に楽曲の魅力を伝えてくれている。
疲れた体に邪魔にならない演奏だった。
後期古典派や初期ロマン派の音楽が好きならば必ず楽しめると思う。

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2017年04月04日

サカルトヴェロの仄かな光と影〜カンチェリの音楽D

グルジアと呼ばれていた国が「ジョージア」に変わり、最近はマスコミでもそう表示するようになった。
ロシア読みが英語読みに変わったところで、その国家のアイデンティティの行き場所はどんなものかと疑問になってしまうのだが、まあ、本人たちがジョージアと呼んでくれという希望なのだから、いいのだろう。
サカルトヴェロという元々の呼称はまた陰になるわけだ。
考えてみれば「日本国」だって、ニッポン、あるいはニホンと呼ぶのは日本人だけで、国際的にはジャパンとかハポンとかヤーパンと呼ばれている。だが、戦勝国米英の呼ぶジャパンに嫌悪感を持つ人などそうはいない。他国から直接の侵略支配を受けた経験のない国らしい柔軟性なのだと思う。

ギヤ・カンチェリはサカルトヴェロ(今後、このブログではジョージアではなくそう書くことにする!)の代表的な現代作曲家のひとりだ。
これまでもこのブログで何度も取り上げてきた。
宗教性薄く、政治思想性薄く、実験音楽要素も薄い。
ある意味、同世代の、また居住地域の音楽には珍しいスタイルだと思う。
実際は映画などの娯楽サブカルチャーとは密接な位置にいる人で、そのつもりならいくらでも「売れ線」音楽が作れそうな人なのだ。しかし商魂見え見えのわかりやすい音楽&セールスを展開する道を選ばなかった。ソ連→ロシアに支配された国にいた為というのも要因ではある。それもあって、屈折した感覚と、その謎っぷりが魅力なのだ。初期から現在まで、そんな謎オーラを発散させ続けているのだ。

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カンチェリ:
キアロスクーロ
トワイライト

ギドン・クレーメル(指揮&ヴァイオリン)
パトリシア・コパチンスカヤ(ヴァイオリン)
クレメラータ・バルティカ
(ECM ドイツ輸入盤)




題名が示すとおり、バロック時代へのリスペクトを仄かに感じる(ただそれは気分だけの話で音楽的にはいつものカンチェリそのものだが…)「キアロスクーロ(明暗対比)」と、
病気療養中、窓外のポプラの木々を眺めることで着想を得たという「トワイライト」…
以上、ヴァイオリンと室内管弦楽による新作2曲で構成されたアルバム。
相変わらず断片的にわかりやすいメロディを散りばめ、ゼロと100の音量差を演出した音楽だ。
ただ、フルオーケストラではないので突然の轟音に肝を潰しそうになることはなく、安心して音に浸れる。
動乱の祖国から西側オランダに移住し、しばらくになったわけだが、すっかり心の安定を得たということだろう。
相変わらず暗色の哀しげなフレーズに埋められているものの、かつてのような死の影や苦みは幾分薄らいだ気がする。
つまり軋むようなグロテスクな音列で吠えてしまうことがなくなった。安心なような、残念なような…^^;
両曲とも静寂とその音列が醸し出す幽玄が楽しめる音楽だ。
カンチェリの「どの曲も金太郎飴」という感覚に特に嫌悪感がなければ、ペルトやタヴナーなどの宗教的な気分とは異なる独特の浮遊感も心地よい。
カンチェリのスペシャリストと言っても過言ではないクレーメルと彼の楽団も、ツボを心得た演奏を聴かせる。鋭角的で斬新なアプローチで知られる女流コパチンスカヤの参加も嬉しいが、小さな毒サソリがコブラの群れの中に混じったところで特別な凄味はなく、むしろ至って清冽な印象だった。
それでも、久々に程よい「カンチェリ毒」が楽しめた1枚だった♪

posted by あひる★ぼんび at 23:38| Comment(0) | 音楽

2017年02月27日

冬のリンゴ〜フィンランド合唱曲集

明るい曲想であっても、常に短調へ向かうような旋律線、奇をてらったわけではないながら、独特な和声。
北欧産の食べ物同様、好みは大きく分かれそうだが、それらを一度気に入ってしまうと、
何度でもその世界に浸りたいと思ってしまうのがこの種の音楽だろう。
これもそんな合唱曲を集めたアルバムだ。

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冬のリンゴ
〜フィンランドのロマンティックな合唱曲
 シベリウス・マデトヤ・イェルネフェルト・クーラ
 パルムグレン・マーサロ・伝承民謡 等


クレメッティ音楽大学室内合唱団
ヘイッキ・リーモラ(指揮)
(ALBA フィンランド輸入盤)



収録曲は次の通り
◇ジャン・シベリウス(1865-1957)
  船旅・恋人(合唱版JS160c)・歌い潰した声
◇トイヴォ・クーラ(1883-1918)
  舟歌・春の歌・リンゴがずっと咲いている・曙
  キャラバンの合唱・おやすみ・メロディ
◇アルマス・イェルネフェルト(1869-1958)
  恋人たちの小径
◇アルマス・マーサロ(1885-1960)
  子守歌
◇セリム・パルムグレン(1878-1951)
  子守歌・夏の夕暮れ・スウィング・ポプラ・夜に
  悲歌・夏至祭・春のメロディ・春風・春の蝶
  ためいき・海にて
◇レーヴィ・マデトヤ(1887-1947)
  3つの民謡
◇村のバラ(伝承曲)


シベリウス、クーラ、イェルネフェルト等、このジャンルが好きな人には聴きなれた名前が並ぶ。
しかしシベリウスやマデトヤというメジャー作曲家ではなく、クーラやパルムグレンを重点的に取り上げているところが、このアルバムの面白い点であり、それも民謡を下敷きにした曲が大半なので、「近代合唱曲集」の難解さは全くなく、全体に素朴な雰囲気ができあがっている。
シベリウス・アカデミーでエリクソンに学んだというリーモラに率いられたクレメッティ音楽大学室内合唱団は、混声合唱、人数は少なめで透明感が高い。
独唱者も清楚な声の歌手が選ばれている。
必ずしも技巧的に精練されているわけではないが、完全な職業合唱団にはない「初心の感動」のような新鮮さもあって、好感触だ。
聴きなれたシベリウスの「恋人」も、構成や音符の並びに執着して冷静さを演出する演奏が多い中、テキストの内容に沿った感情表現をしていて、その独特の雰囲気が良い。

アルバムの題名は「冬のリンゴwinter Apple」だが、収録曲でリンゴが歌われているのはクーラの1曲のみ。つまりは誰もがappleをリンゴと訳してはみるものの、本当はもっと抽象化されたイメージなのだろう。
そもそもappleそのものは古くは果物全般を指す語だったわけだから、もっと宗教的な意味も含めて深い比喩もあるに違いない。
神聖と世俗、至福、その反対の失われた幸福や追憶、永遠の憧れ…様々ながら、なんとなく、イメージがロマンティックで良い感じだ ^^

冬場に聴く北国の音楽はやはり多少、寒い。
曲が春や夏の情景を歌っていても、結局聴こえてくる音は寒色なのだ。
ここでも「音楽に国境はないが国籍はある」を再び実感する1枚でもあった。
posted by あひる★ぼんび at 23:47| Comment(2) | 音楽

2017年02月22日

バウアーの「冬の旅」

ヨーハン・ルートヴィヒ・ヴィルヘルム・ミュラー(1794-1827)はアンハルト公国(ドイツ東部ザクセン近隣)デッサウにて、仕立屋の家に生まれ、プロイセン王国ベルリンで学んだ。そして、対ナポレオン戦争ではプロイセン軍将校として周辺国で転戦し、退役後はアンハルト公国に戻り、教職・学術調査員・宮廷顧問官などを務めている。
そのミュラーの詩人としての著作、連作詩「冬の旅」(1824年出版)は、登場人物の職種やキャラクターが具体的だった「美しき水車小屋の娘」と異なり、物語全体が観念的・抽象的に進行する。
シューベルトはこの詩集(「ウラーニア」掲載の12編)に感銘を受け、テキスト全体をほぼそのまま使用し、1827年に凝縮された音楽をつけた。その後、詩集「遍歴ホルン吹きの遺稿」に追加された12編を読み、こちらにも曲をつけ、現在の24曲の連作リート集が成立した。
この娯楽性を持たない画期的な「リートによるドラマ」は、演奏者の「解釈」の幅が大きい作品となっている。

詩の表面上から読み取れることは
*ほぼ同時代、リアルタイムの話である。
*場所はドイツ語文化圏、その周辺国のどこか。
*主人公はクリスチャンの男性で、自由恋愛が可能な身分。
つまり上流ではないが決して下層ではない。
*主人公は恋人とは別国人である。
…とりあえずは、それだけなのだ。

トーマス・エドゥアルト・バウアーは1970年生まれのドイツのバリトン歌手で、少々地味ながら結構な数のリートを録音している。
解釈や発声にディースカウの影響を感じない貴重な(?)存在だと思う。

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シューベルト:「冬の旅」Op89, D911(全曲)
  トーマス・E・バウアー(バリトン)
  ジークフリート・マウザー(ピアノ)

(Oehms  ドイツ輸入盤)



彼の最初の冬の旅録音は2004年9月。イルクーツクでのライヴ収録。
(この盤については旧ブログでも1度記事にしていた)
バウアーのモンゴル−ロシア−シベリア公演をドキュメンタリーにした番組「シベリアのシューベルト」の一環で作られ、リリースされた。
極寒の地を巡演して、コンディションを極限に追い込むという、ほぼ意味不明の過酷条件下のもの。
キワモノと思いきや、真摯にバウアー自身の感動が伝わってくる歌唱だった。
バウアーの声は元々「風邪声」だが、一段とその傾向強く明らかにコンディションを崩していて、「春の夢」では声がひっくりかえりまで起こっていた。
そんな傷演奏だが何故か心に響き、強い印象を残すものだった。

「冬の旅」の本質は物理的に冬であることとか、過酷な長旅とかそこではないはずなのだが…
・・・と思っていたら、バウアーは5年後の2009年8月に再び「冬の旅」を録音し、
そこでこの「冬の旅」の成立に関して、彼の見解を示している。

ミュラーは1814年、20歳でプロイセン軍に従軍し、ブリュッセル遠征でナポレオン軍と対峙した。
彼はその地でベルギーの女性と恋愛関係になった。しかし同年冬、その恋は破局してしまう。
すると、彼は無謀にも冬の荒野をぬけ、故郷デッサウへと帰還してしまったのだった。
翌年の彼の書簡・日記・作品から、強い傷心と社会的不名誉(無断帰還に対する制裁?)を蒙ったことが伺え、この体験が深く「冬の旅」に反映していると結論付けている。

つまり、彼のアプローチは作者ミュラーの疎外と逃避の旅の「追体験」を図ったものだというのだ。

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シューベルト:「冬の旅 」Op89, D911(全曲)
  トーマス・E・バウアー (バリトン)
  ジョス・ファン・インマゼール(フォルテピアノ)

(ZIGZAG フランス輸入盤)




バウアーの声は開放的ではないし、パワーは感じないが、暖かみがあり、柔らかい。
往年の歌手で言えば、テオ・アダムを思わせる少しくぐもった鼻にかかった響き。
この「冬の旅」では特に、感情を放出せず冷静さを心掛けているようで、「心が動かなくなってしまうほどの悲しみと衝撃の後の出来事」であると実感できる。
何をそんなに嘆いているの?何をそんなに怒っているの?と聴いている方が心配になってしまうような歌唱とは対照的だが、上記の声の特徴から、特に分析的には感じない。
また、インマゼールの演奏が適度にラフで、動かなくなってしまった主人公の心を補足するように揺れ、親しみを持って歌手に寄り添っている事で、うまくバランスがとられている。彼らの「冬の旅」が決して孤独なだけにならないのはそんな「伴侶」あってのことだろう。

1曲目はゆっくり目のテンポで穏やかに歌い進め、時々立ち止まりそうな空気を醸し出す。
この「立ち止まり」が心に強い余韻を残す。
何人もの演奏で聴かれる「怒り」はここにはない。歌詞に描かれる「疎外」への不条理の意味をかみしめるものの、実感すらわかない様子。
決然たる思いをもって旅に出たわけではなかった…それがかえって猛烈な痛みに変わっていく。
見込みの甘さが生む恐怖を味わい、その感覚は失恋も身分問題も吹き飛ばしてしまう。

なのにその後も怒りにシフトできないことに、なにやら独特の展開を感じた。

考えてみれば、本気で死ぬつもりだったら旅の苦難など何でもない。
いちいち嘆くのはおかしな話で、鴉が不吉にまとわりつこうと、山小屋で髪が白く凍りつこうと、山道で鬼火に迷おうと、太陽が3つ見えようと、何も恐れるものではない。
しかし、「冬の旅」の主人公は常に心乱れ、嘆き、恨み言を口にしている。
…覚悟など何もなかったのだ。そんな若者の気持ちのどの部分に寄り添うか。あるいは突き放すか。
歴代多くの歌手達は色々なアプローチを聴かせてきた。
民族意識と宗教宗派、身分制度が人々を階層化し、分断していたミュラーやシューベルトの時代と、「無縁社会」とまで言われるほどに個々の人間が必要以上に「孤独」になってしまった現代…彼らの時代の芸術作品に接する時、何か常に人間という存在の普遍的な性質について問われているような気がしてくる。

ささやかな幸せの中で生きていた平凡な若者が突然荒野に放り出され、歩き回り、絶望の意味を知り、死の目前で「生」への執着を確認する…
ただ絶望しているのではない点が、恐ろしい物語なのだ。
改めて「冬の旅」とはかくもスゴイ曲集なのだ、と確認。深い深い、真の名曲である。

「シベリアのシューベルト」より

https://www.youtube.com/watch?v=_3JKHH-Fhyg

https://www.youtube.com/watch?v=eGhPYBJRLF4
posted by あひる★ぼんび at 23:20| Comment(2) | 音楽

2017年02月06日

ダンツィのピアノ五重奏曲

フランツ・イグナツ・ダンツィ(1763-1826)はドイツ・マンハイムで活躍した作曲家で、ベートーヴェンの同時代人、音楽的にはモーツァルトとフォン・ヴェーバーを結ぶ作風を持つ。
通常で言う「ピアノ五重奏」と異なるのは重奏楽器がすべて管楽器だということ。
この辺は同時代の作曲家ライヒャ(レイハ)が開拓した管楽重奏のスタイル、この時代のハルモニアムジークの流行の影響だろう。
丁度、宮廷や貴族のサロン内にとどまらない、聴衆を前にしたコンサートが行われるようになった時期であり、音楽はより多様になった。しかしそれは間もなく淘汰へ向かう出発点だった。
バロックや古典の残像が薄まっていったロマン派時代、いわば叙事から叙情へ向かう時期を迎えるわけだ。
かつて日本の著名オーボエ奏者のM氏はライヒャやダンツィらのこういった曲を「死んでもやりたくない」と一蹴してしまったようだが、わからないでもない。
演奏者が苦労する割に、聴衆は面白くない場合も多々あるのだ。曲がつまらない、というより、演奏者がバランスを取り辛く、結果耳障りな音楽になってしまったり、逆に消極的なものになってしまったり…もどかしいのだろう。
確かに「オーボエ・フルート・バッソン」はバロック時代からの黄金サウンドかもしれないが、そこにクラリネットやホルンが入り、常に音量のあるピアノがそれを掻き回すなら、「(耳に)良い音楽」は生まれない。
作曲家のほうも聴かせる工夫や仕掛けは特に用意しなかったわけで…。

dan-p5.jpgダンツィ:ピアノ五重奏曲集
 ヘ長調op.53(ピアノ・フルート・オーボエ・クラリネット・バッソン)
 ニ短調op.41(ピアノ・フルート・オーボエ・ホルン・バッソン)
 二長調op.54(ピアノ・フルート・オーボエ・クラリネット・バッソン)

クリスティーネ・ショルンスハイム(フォルテピアノ)
ライヒャ五重奏団
(NCA-Membran SACD ドイツ輸入盤)




先に述べた音響上の問題点に関しては、この盤は何の心配もない。
演奏家は思い思いに腕を発揮しているし、上記の事をしっかり考慮したバランスがとられている。
編成上一番心配なホルンも飛び出してしまったりはしないし、名手ショルンスハイムのフォルテピアノも主張しすぎず(鳴り続けてはいるが)他を掻き消すことがない。
音楽は常に明るく、マイナー主調の楽章でも激情にさらされている部分は皆無で、その延々たる穏やかな音の並びが「シューベルト的な雰囲気」まで匂わせている。
もし、もっと耳を引くフレーズがあれば、きっと名曲に列せられたかもしれないが、特定の楽器が前面でソロを取ることがない。常にシンパシー、ハーモニーを重要視していて、それを愉しむ、そういう音楽なのだ。ヴィルトーゾ奏者はここには必要ない。これはM氏が嫌った理由のひとつかもしれないが、ある種、美点であり、そこを気にいるかどうかがこれらの作品に対する好みの分かれ目なのだろう。

この録音は放送局の製作ながら、放送用を「ついでに」製品化したものではなく、アルバムとして考慮された破綻ない上質のSACD盤になっている。
音はしっかり鮮明に捉えられ、アンサンブルも綺麗だが、ピリオド楽器ゆえ、元々の音色が全体にくすんでいる。SACDの空気感を持ってしても、生演奏の響きは再現できないようだ。
聴こえてくる音楽が、時代的にすでに「古雅」を楽しむ種類の物ではないことがなんだか残念だった。18世紀終盤の上質な娯楽音楽であることはわかるが、現代の環境・現代人の耳との相性はきっと考える以上に良くないのだろう、と改めて思ってしまった。

posted by あひる★ぼんび at 23:28| Comment(2) | 音楽

2017年01月28日

色〜ラインハルト・マイA

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「色」1990年アルバム
(私のベルリン/兵士は皆帰ってくる/ひとり/仔馬のバラード
少女/11月のゴルフ/錆びた車/ルチアーノのレストランで
世界の果ての私の村/選挙日/二つの椅子の間/私たち)

ラインハルト・マイ(ヴォーカル)

(インターコード ドイツ輸入盤)




故郷ベルリンへの愛を歌った「私のベルリン」にはじまり、淡々と紡がれた歌の花束。
ここに集められた歌は、アルバム名の通り色彩感があると言えないこともないが、どの歌も哀愁と、毒を含んでほろ苦い。残念ながら、日本人にはそのほろ苦さの根源のすべてを理解することはできそうもない。
マイは少々多弁すぎる詩句に、ドイツという国とそこに住む人々がここ100年余りで蒙った災難と、歴史や民族間の歪みを深く刻んだ。
軽く楽しい歌を提供してくれるポップシンガーではなく、ドイツ人のステレオタイプとも言えそうな固さと重さを厭わないメッセージシンガーなのだ。
その歌詞は宗教哲学的な要素は薄い。題材が現代社会と日常生活ゆえ、必要以上に過激に響いてしまうこともある。
穏やかな声や容姿、曲想とは不釣り合いなほどだ。
ラインハルト・マイは大戦中の1942年の生まれ。
彼が物心ついた頃のベルリンは、連合軍空爆による破壊、そしてソ連軍の包囲、略奪を受けた。
瓦礫の山となった街は再建もなかなか進まず、この「私のベルリン」にはその様子が描かれている。
その後には冷戦のいざこざをもろに蒙った街であり、マイの心には大きな傷が残ったことだろう。
そんな歌をアルバムの冒頭に置いているので、明るい気持ちで聴けるはずもない。
どの曲も皮肉にあふれ、隠喩を多用、シャンソン風の「ひとり」や、愛の危機と再生を信じる気持ちを歌った「私たち」は言葉の壁を越えて聴く者に不思議な思いを呼び起こす。
たまに陽気なアレンジの曲が出て来ても翳りは隠せず、オペラ風の演出をした「ルチアーノのレストラン」は、もともと声の力で聴かせるタイプではないマイには不似合いになってしまっている。
・・・そんな風に歌としてはマイナス要因が目立つのに、多くのファンを獲得し、ヨーロッパ各国で愛好され続けている不思議・・・。
そういう風に歌詞で聴かせる歌手ゆえ、ドイツ語から遠い日本人に知られていないのは当然なのだろう。
Youtubeから引用。
https://www.youtube.com/watch?v=kmGBylGJ30Q
「私たち」


posted by あひる★ぼんび at 21:45| Comment(6) | 音楽

2016年12月22日

ハンプソンの叙情的間奏曲

ハンプソンはレナーテ・ヒルマール=ヴォルトという研究者と共に、ベルリンの国会図書館で、シューマンの手による楽譜原稿を発見した。
「抒情的間奏曲からの20のリート」と題された、いわば「詩人の恋の初稿」である。
曲はEMIから事実上の世界初録音としてリリースされた。1994年10月のことである。

hamp-sch.jpg
シューマン:ハイネの詩によるリート集
*リーダークライスop24
*哀れなペーターT-V
*叙情的間奏曲からの20のリート

トーマス・ハンプソン(バリトン)
ヴォルフガング・サヴァリッシュ(ピアノ)
(EMI EU輸入盤)




いかにも推敲前の散漫さを感じるその曲を初めて聴いた時、「詩人の恋」全16曲へと改訂して大正解!と思ったものだ。
現行版と著しく異なる第1曲からして粗野で、各曲のメロディもオプション部分を使わないので音域が狭く、とにかく地味に響いていた。
ハンプソン自身も探りながらだったのだろう。サヴァリッシュのやけに冷静なピアノと相俟って、慎重きわまりない歌唱だと感じた。

そのときから10年以上たった2007年12月ミュンヘンでのライヴを収録したのがこのDVDだ。
hanpschum.jpgシューマン:
「ケルナーの詩による12のリート」op.35
「ハイネの抒情的間奏曲からの20のリート」

トーマス・ハンプソン(バリトン)
ヴォルフラム・リーガー(ピアノ)
( EUROART-UNITEL DVD オーストリア輸入盤)





ここでの歌唱は、以前のそれとはまるで対照的な、オペラティックで劇的・積極的な音楽だった。
唾は塊となって飛び、額のみならず顔中汗まみれ。クリスマス直前真冬の収録だというのに…
これは迸る感情が体内で飽和して溢れているのだろう。終始、世にも恐ろしげな怒りの表情。
心の内側を彷徨うことと、表面への放出を繰り返しながら、精神崩壊ギリギリなのでは?と心配になるほどの熱唱だった。
ピアニストがサヴァリッシュからヴォルフラム・リーガーという人に代わったことだけが理由ではないだろう。
10年歌いこんでハンプソンが得た「解釈」なのだと思う。

Im wunderschönen Monat Mai (美しい五月に)
Aus meinen Tränen sprießen (僕の涙から)
Der Rose, die Lilie, die Taube, die Sonne (ばら百合鳩太陽)
Wenn ich in deine Augen seh' (君の瞳を見つめる時)
Dein Angesicht (君の顔は→のちのOp.127-2)
Lehn' deine Wang'(君の頬を寄せよ→のちのOp.142-2)
Ich will meine Seele tauchen (僕の心を潜めよう)
Im Rhein, im heiligen Strome (ライン川、その聖なる流れに)
Ich grolle nicht (僕は恨むまい)
Und wüßten's die Blumen, die kleinen (花がわかってくれたなら)
Das ist ein Flöten und Geigen (あれはフルートとヴァイオリン)
Hör' ich das Liedchen klingen (あの人の歌を聞くと)
Ein Jüngling liebt ein Mädchen (ある若者が娘に恋をした)
Am leuchtenden Sommermorgen (まばゆい夏の朝に)
Es leuchtet meine Liebe(僕の愛は輝き渡る→のちのOp.127-3)
Mein Wagen rollet langsam(僕の馬車はゆっくりと→のちのOp.142-4)
Ich hab' im Traum geweinet (僕は夢の中で泣いた)
Allnächtlich im Traume (夜毎君の夢を見る)
Aus alten Märchen winkt es (昔話の中から)
Die alten, bösen Lieder (古い忌わしい歌)


曲の構成としては「詩人の恋」の16曲に「君の顔」「君の頬を寄せよ」「僕の愛は輝き渡る」「僕の馬車はゆっくりと」の4曲が加わっているだけなのだが、幾つかの曲は現行版とは異なるメロディをもっていて、当然、表現の方向性も違って聴こえるのだ。

ハンプソンの解釈では、意外にも、怒りの頂点とも言える曲が「僕は恨むまい」ではなく「あれはフルートとヴァイオリン」にあった。
そこには聴きなれた現行版の歌謡性は全くなく、朗唱スタイルで怒りをストレートにぶちまけている。
また、「僕の馬車はゆっくりと」の最後の音に続けて「僕は夢の中で泣いた」が歌われることで、この夢は馬車の中での白昼夢、ピアノパートには車輪が踏む石のゴツゴツとした衝撃、なんだか納得のいく状況だと思った。
明るいはずの「僕の恋は輝き渡る」も「ある若者が娘に恋をした」も皮肉と自虐にあふれ、すべてに邪気と死の影が憑りついている。ハンプソンの魔王のような表情も恐ろしい。憑依されたような異様な目・・・。
最後の2曲も、世間で言われるような落ち着いた詩人の「恋の回想」などではない。
怒りの極致の放心と完全な崩壊である。故に、ピアノの後奏のなんと哀しいこと。
こうなるとこの曲集はシューマンにとっての「冬の旅」のようにも聴こえる。
それは共に旅する楽師もいない、永遠に孤独な「心の旅」だ。

01DSCF4088.JPG
    知っているかい この棺桶が
   こんなに大きく重いわけを
   僕は この中に僕の愛と
   僕の苦しみを ともに沈めたのだ・・・
   
   (終曲Die alten, bösen Lieder最終節より)




シューマンはクララとの恋が成就したそのタイミングでなぜこの曲を書いたのか。
それは「詩人の恋」の形態では感じることのなかった、大きな謎である。
多くの解説に「少々色合いの異なる4曲を省いて・・・」とあるが、それだけではないだろう。おそらくコンセプト自体の大転換だったのだ。
スターピアニスト・クララと人気上昇中の音楽家ロベルトが結婚直後にこの形でこれを世に出すのは、あまりにも不吉と思えたのだろう。ゆえに4年ほど温め、物語の体裁を整え、メロディに歌謡性を加えて発表したのでは…と思えるのだ。
結局、数年後には本当に精神崩壊がはじまり、10数年で自らを葬り去ることになるのだが・・・すでに何か予見していたということなのかもしれない。

もう1点、このDVDで、ハンプソンの人気の秘密がわかる気がした。それはCDを聴いていたのではわからない部分で、観客を前にしての高揚と緊張をいかに自分の芸術と結びつけるか、という才能だ。
プライやディースカウの実演でも感じた、大家の必要条件。ハンプソンも大家への道を歩み始めたのだと確信できた。

音楽そのものとは関係ない事だが、最後の拍手があまりにも早すぎる。
ハンプソンが現実世界に戻ってくる前のフライングブラヴォー。
全てを台無しにしかねない蛮行だ。正直、バカ野郎!と思った。
昔、プライのコンサートで「美しき水車小屋の娘」の最後の音が消える前にやらかしたやつがいたが、あの時は怒りより残念さで眩暈がしたものだ。パドモアのリサイタルでも大いびきをかいているオジサンがいた。本当にあなたは何を聴きに来たのですか?!とつくづく尋ねたくなる。
posted by あひる★ぼんび at 23:11| Comment(2) | 音楽

2016年12月12日

バランスという才能〜ティペットの音楽

マイケル・ケンプ・ティペットは英国の作曲家・指揮者。1905年に生まれ1998年に亡くなった。
ネット上で見られるプロフィールは、音楽に対する幼年期の天才性と並べて、「中流の上」の家柄だとか、徴兵拒否による投獄や思想活動、マイノリティな性癖など、およそ音楽とは関係ないことばかりが雑多にとりあげられているので、音楽的特徴部分がぼやかされる表記になってしまっている。
そのへんはなんとも不思議なのだが…その作品を聴いたことのある者にとっては、何となく、さもあらんと思えてしまうのが面白い。
彼の作品は、破綻なく、適度に技巧的だが、唯一無二といえるほどの個性があるか、というと疑問符がついてしまう。多分、強い嫌悪感を持つ人はいないだろうが、感動で虜になる人も少ないだろう…そんな感じ。

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ティペット:
   管弦楽の為の協奏曲
   トリプル・コンチェルト

ジョルジ・パウク(ヴァイオリン)
ノブコ・イマイ(ヴィオラ)
ラルフ・キルシバウム(チェロ)
ロンドン交響楽団 コリン・ディヴィス(指揮)
(フィリップス EU輸入盤)



このCDには2つの作品が収録されている。
こういう音楽を聴くたびに頭をよぎるのは「音楽とは」という定義の部分だ。
ある「音」が作曲家が定めた法則で鳴らされる時「音楽」と呼べるものになる。
しかし、近現代の法則は多様すぎて、聴きなれない人には「音」から「音楽」に進化する過程で別方向にシフトしてしまう可能性がある。
まあ、ティペットの場合、まだ同国のマクミランの作品のような、工事現場のような濁音ではないのでまだ聴きやすいが、それでも「音合わせ?」とか「音楽はいつはじまるのですか?」と訊かれてしまいそうなのはまさに時代性なのだろう。
ペルトのような静方向の刺激はなく、タヴナーのような神秘性もない。シュニトケのような諧謔も、メシアンのような技巧も感じない。そして何より、聴き手へのサービスが何もない。
そんな、ないないづくしの音楽だが、視点を変えて捉えれば、音の断片が集積と解体を繰り返す中に過去の大作曲家たちの「影」が映し出されているような面白さがある。
近代の作曲家が愛好し、20世紀の半ばに大流行した「オケコン」やベートーベンら古典派の「トリプル」という編成を借り、それらのエコーを呼び覚まそうとするかのようだった。
そんな、聴き流すことも深読みもどちらも可能な音楽というのは、そんなにはない。
流石、地味ながら、全世界に一定の愛好者を生んでいる作曲家の作品だと思った。
彼の理解者・積極的紹介者のひとり、ディヴィスらの演奏もとても丁寧だ。

20世紀の音楽芸術は「不幸な時代」に突入していた。ティペットの生涯はその20世紀をまるまるカヴァーしている。通常のルールではそこまでの過去数百年でやりきってしまった感のある「作曲」という仕事。
独創性を意識してしまうと素直に書けるはずもなく、まして、資本主義社会の中で芸術を職業として成立させ、生涯その立場を全うしようとしたら、違う部分のバランス感覚が常に必要になっただろう。
ちょっと聴いただけではただ淡白なティペットの音楽も、実は考え抜かれたバランスの上にあるとしたら、何やら計り知れない「才能」を感じるのだ。
21世紀に入って、音楽芸術はどのように展開するのだろうか。まるで停滞しているように思えてならないのだけれど・・・。


posted by あひる★ぼんび at 23:14| Comment(4) | 音楽

2016年11月23日

作曲家としてのリパッティ

ディヌ・リパッティは1917年ルーマニアのブカレスト生まれ、1950年ジュネーヴで没したピアニスト。 ルーセルやブーランジェに作曲を学び、ピアノの腕をコルトーに見出され、演奏活動するが、その才能を期待されながら、人生の上り坂の途中に33歳で病没してしまった。
彼の詳細についてはファンサイトも多数存在するので、そちらを参照して頂きたい。ここでは敢えてとりあげない。
その実像が必ずしも明確でないのは、レコード会社が売り材料として業績の1部を歪めてしまったこと、そして遺族が「理想的なイメージ」を守ろうと色々規制したせいだろう。それほどに期待を集め、早すぎる死を惜しまれるスターだったのだ。

lippa-5.jpgリパッティ:作品集
  古風なコンチェルティーノop3(1936)
  夜想曲(1937) 夜想曲(1939)
  左手の為のソナタ(1941)
  バッハによるパストラーレ(1942)
  バッハのカンタータBWV208からの2つの編曲(1950)

パドゥア・ベネト室内管弦楽団 ゲルト・メディツ(指揮)
マルコ・ヴィンツェンツィ(ピアノ)
(Dynamic イタリア輸入盤)



ここに集められているのはリパッティの10代から亡くなる年のバッハの編曲作品まで、生涯にわたる作品が集められている。
まず「コンチェルティーノop3」。
この作品はまだ10代のリパッティがバッハら先人に最大のリスペクトを込めて書いた、ピアノ独奏と室内合奏による4楽章からなる協奏的作品。
第1楽章はまるでカンタータの編曲のようなメロディを持つ優しい表情をしている。
第2楽章はヴァイオリンとヴィオラのソロを伴うロマンティックな音楽。
あとの2つの楽章は少し個性が弱い気がするが、伸びやかだ。
時代的なヴィルトージティからはるか遠く、地味である。
ある意味、リパッティのアーティストとしてのスタイルを反映しているようにも思えた。 続く2つの夜想曲は、極めてダークだ。
同じ人の作品とは思えないほど、分裂的で、12音技法で出来上がりそうなラインをもつ不安げな曲。「世界大戦に向かう不安な空気を表して…」とか「病気の最初の兆候が…」とか言ったら信じてしまいそうだ。
バッハのカンタータ・コラールの編曲は、ブゾーニらの手の込んだ編曲とは趣の大きく異なるシンプルなものだ。

ヴィルトーゾ的な派手な活動展開をしなかったリパッテイゆえ、作品にもそのカラーはみられない。難しいのはその場合、世間一般が必ずしも価値(というより面白さ?)を認めないことがあるということだろう。古くはリスト、ラフマニノフやゴドフスキ−らの派手なパフォーマンスは人を引きつけるが、細やかに紡がれる音では、激動の時代の中でアピールするのは難しいのだ。彼の丁寧に編みこまれた音楽は、コマーシャリズムもヴィルトージティもそぐわない。埋もれてしまうのは惜しいものだが、彼の短い生涯と同様に記憶の中だけに響くものになっていくのだろう。
静かに流れる音楽を聴きながら、そう思えてしまった。

posted by あひる★ぼんび at 23:19| Comment(0) | 音楽

2016年11月01日

「北欧の声楽」

Singerpur「シンガープア」あるいは「ジンガープル」。
男声5人、女声1人のドイツのヴォーカルアンサンブル。
1991年に結成され、当初のレパートリーはジャズ音楽を中心に据えたものだったようだが、1994年に女声歌手が加わってから、アーリーミュージックに重心がシフトしていった。
一般に認知されたのはその頃なので、当時から現在までアーリーミュージックのヴォーカルアンサンブルと見なされることが多いようだ。

sinpnor2.jpg
「北欧の声楽」(21曲)
ステンハンマル/パルクマン/フォクステット/
ラウタヴァーラ/リンドベリ/サルマント/
ペッタション=ベリエル/タウロ/ハンソン/他の作品

ジンガープル(ヴォーカルアンサンブル)
(MEMBRAN ARSMUSICI ドイツ輸入盤)



このNordisk Vokalmusik(北欧の声楽)は1997年にリリースされたもの。
ケルン西ドイツ放送(WDR)の企画。
北欧諸国には「合唱音楽」の伝統があって、各国は異なる民族ながらそれぞれ特徴ある文化の花を開かせている。このアルバムには、ほとんど聴いたことのないような現代作曲家の作品に、ステンハンマルやP-ベリエル、ラウタヴァーラといった比較的名の知られた作曲家の作品を散りばめている。ここにグリーグやシベリウスなどの国際的評価が確定している作曲家を含めなかったのはひとつの見識だろうか?
各国にはそれらを得意とする優秀な合唱団が多数あるわけで、それらの団体が取り組みそうなナンバーを集めて、異国人の彼らがこうしてアルバムにするのは勇気ある挑戦にも思えた。
しかし、歌い方はいつもの通り。特に気負うことなく、締め上げず、磨きすぎず、張り詰めすぎず、心地よい。オペラ歌手が集まって、まんまの発声でポップスを歌うようなゲテモノ(失礼!)ではないので、終始安心して聴ける。たまに口の悪い評論家がこのアンサンブルの緩さをあれこれ言うことがあるようだが、特にそう感じる部分はなかった。とにかく、もともと広いジャンルを歌っていた彼等にとってはこれらは「レパートリーのひとつ」なのかもしれないが、リリースされるアルバムは中世ルネッサンスものばかりなので、多くの人には珍しいレパートリーと聴こえたことだろう。
男声5人にソプラノ1人という変則的な編成で、丁寧に次々と歌われる小曲たち。
発声としてはドイツ的な要素はそれほど感じず、より柔らかい小規模アンサンブルの多いイギリス風の響きを持っているように聴こえた。
その独特の編成と声質が、こういう「寒い国」の音楽に一段と「孤独感」のような風景を加えている。
声質としてはこのグループが普段取り上げているルネッサンスやバロックの宗教曲と何ら変わりはないのだが、このように「特に変えない・付け足さない」というのは、ある意味、ありそうでない切り口で、新鮮に感じたのは確かだ。
いわゆる本場ものは大抵、編成が大きい。その分厚い男声の低音や明晰な女声も特徴的で良いのだが、うまく歌われれば歌われるほど、技術的な面に耳がいってしまう。素晴らしい前提で「気楽にちょっと聴いてみよう」とはならないものが多いと感じていた。
対してこの演奏。
薄味で、深みはないかもしれない。ダイナミクスも狭い。さらに…これは大きいことなのだが、日本人が聴いた場合の言葉の壁は避けられない。フィン語やノルウェー語の意味が聴き取れない自分たちが、それでも感動を呼び起こされるとすれば、純粋に「旋律線」と「響き」だけが勝負になる。これはもはやハードルなどという生易しいものではないだろう。
しかし…自分としては、最初の1曲から「イメージの深い森」に行くことができた。当然全ての曲ではないが、素晴らしいと思った。やはり、技巧的な曲より、シンプルに「北欧的美旋律」(←北欧ポップスやロックが流行した時、やたら音楽評論家が使った言葉)を紡いだ曲は強い。タウロの「秋の歌」など、キャッチーで先の見通しの良いメロディが直接感性を刺激してくる。それらの曲を弾みに、少々散漫だったり難解すぎる他の曲もさらりと楽しめてしまうようだった。
今の季節にぴったりの美しい時間を提供してくれる1枚だった。
posted by あひる★ぼんび at 23:11| Comment(2) | 音楽