2017年11月15日

DENONのプライ・プロジェクト

日本コロムビアは1983年ドイツに進出、デノンジャーマニー・エレクトロニックを設立した。
すでにヨーロッパでの「録音」は開始していたが、そういった出張録音ばかりではなく、本腰を入れて最先端のデジタルオーディオ技術を売りこむ目論見だった。
しかし、当時のコロムビアのカタログは東欧・東独・フランスのアーティストが中心。
一般のドイツ人にはまるで馴染みがないものであることに気づき、思案したそうだ。
議論の上、「大物ドイツ人アーティストを起用してアルバムを作ろう!」ということになり、(どういうわけか)プライに白羽の矢が立った。
プライは日本コロムビアにしてみればオイロディスク・レーベルを通じて馴染みのアーティストであり、1960年代から数多くのアルバムを発売してきた経緯もあったのだろう。
間もなく同社の副社長西村氏の推しと英断で交渉がスタート、録音スタッフも世界的に名の通った技術者ヴォルフ・エリクソンを起用、かくして「3年間7枚」+1枚の集中的なプロジェクトが実行された。

これは在ドイツ企業にとっても英断なのだ。
現代のドイツ人にとっては「ドイツリート」は必ずしも親しみのあるものではない。
「菩提樹」や「野ばら」のように半ば民謡化した曲はともかく、古典的なドイツ語の古風な言い回しは、よほどの文学好きでなければ馴染みがなかった。
戦後、ディースカウやプライの登場によって「かろうじて」その灯は消えずにすんだが、リサイタルはもはや満席は望めず、すっかり過去のものとなってしまっていたのだ。
…とはいえ、これらはドイツが誇る伝統文化には違いなく、理解する素地は充分あるはず。
ある意味、めったに聴けない=新鮮ととらえることも可能とあれば、CD時代に移行する時期にディスカヴァリーの意味も込めて新譜発売を試みるのもひとつの開拓になると発想したのだろう。
実際のところ、インバルのマーラーやヴァイルのモーツァルトはそこそこの売り上げがあったようだし、シューベルト、シューマンもプライ円熟期の再録音、しかもそれが「日本企業の企画」ということで、各方面の注目を集めるのに成功したのだった。

ラインナップはこうなった。

@シューベルト「冬の旅」(ピアノ:ビアンコーニ)
Aシューベルト「白鳥の歌」(ピアノ:ビアンコーニ)
Bシューマン「詩人の恋」「リーダークライスop24」「ハイネ作品集」(ピアノ:ホカンソン)
Cシューベルト「美しき水車小屋の娘」(ピアノ:ビアンコーニ)
Dドイツリート名曲集「愛の歌」(ピアノ:ホカンソン)
Eシューマン「リーダークライスop39」「ケルナーの12の歌」(ピアノ:ホカンソン)
Fモーツァルト「オペラアリア集」(指揮:ヴァイル)
*マーラー「交響曲第8番」のソリスト(指揮:インバル)

「DENONのオーディオ機器の発表会に彼がゲストで登場すると、マスコミは騒然とし「プライが録音した日本の会社DENON」の認知度は急上昇した」とのこと。
60年代から80年代のプライのドイツでの人気は予想以上だったのだ。
彼はオペラの大スターであり、リートの名手、そして何よりTVでお馴染みのタレントでもあった。
口の悪い評論家諸氏からすれば何やら色物扱いだったかもしれないが、世間の人気、ドイツの一般人からは断然の支持を得ていたのだ。
売り上げが充分だったかははどう考えても微妙だろう・・・が、宣伝効果は抜群だった。
オペレッタやオペラを中心に企画したならまた違ったろう。すでにプライはこの頃にはU音楽から手を引くことに決めていて、そちらをオファーしても無理だったろうけれど、時期をもう少しひっぱることができれば、のちに日本コロムビア専属となる鮫島有美子とのオペレッタアルバムなども可能だったと思われる。
なお、同時期1985年にはサヴァリッシュとのベートーヴェンリート集がDENON名義でリリースされているが、それは1980〜1981年のオイロディスクのライセンスであり、このプロジェクトではない。

個々の盤についてはおりおり触れようと思う。直前から同時期にわたるインターコードへの連続録音(レーヴェ・シューベルト・ブラームス・バッハ)と共に、これまでの歌唱スタイルが大きく変化した時期の物であり、かつてのプライのイメージとは若干違って感じる。
もともと深い響きを持った声が、表層の柔らかさが弱まった分強調され、逞しさと渋さを感じるものとなっている。

これらはLPからCDに移行していく頃のものであり、それぞれほぼ同時期の発売だった。
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とにかく日本コロムビアはこの最新メディアに力をいれようとしていた。
金額的にはLPの販売価格とリンクさせ、安めに設定していた。
「冬の旅」は3800円、「詩人の恋」は3500円で、どちらもスリップケース入り別冊解説書付にして、LPレコードの重厚な仕様を損なわずに移行させようという努力も見えていた。
CDの音は軽く薄く、少々珍妙な気がしたが、「高音質」と言われてしまうと装置との相性なのだと勝手に納得するマジックもあった。
厚みや暖かみは劣っても、チリプツ音にヒヤヒヤせず聴けるメリットは感じたものだ。
多くの音楽愛好家がCDへの切り替えを迷っていた時代。
今では遠い昔のことのように思える。

posted by あひる★ぼんび at 23:37| Comment(2) | プライ

2017年11月02日

フィリップス「プライ・リートエディション」〜第4巻

第4巻はほんのわずかに間をあけて1975年にリリースされた。間といっても1年なのだが、この間にメインの会社形態が変わり、BOX裏には大きくPolyGramのロゴマークが入った。
業界としては各社新しい録音方式「デジタル録音・PCM録音」の研究を進めていて、まだそれは製品となるには数年時間が必要だった。10年の後、CDがLPに取って代わろうなどと誰に想像できたろう?
激動期直前の短い安定期であり、同時に廉価で手間をかけない製品をメインにしていく「合理主義」が蔓延し始める、そんな時代だった。
なにしろ新譜レコードの盤は薄くベコベコ、ジャケットや解説も簡略化という、滅びの前の「進化という名の退化」が始まる時代でもあったのだ。

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プライ・リートエディション第4巻
「世紀の転換からの100年」

ヘルマン・プライ(バリトン)
カール・エンゲル、ヴォルフガング・サヴァリッシュ
ギュンター・ヴァイセンボルン、ミヒャエル・クリスト 他(ピアノ)
(独フィリップス LP6枚組 ドイツ輸入盤)





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プライ・リートエディションVol.4
「世紀の転換からの100年」

ヘルマン・プライ(バリトン)
カール・エンゲル、ヴォルフガング・サヴァリッシュ
ギュンター・ヴァイセンボルン、ミヒャエル・クリスト 他(ピアノ)
(独フィリップス 4枚組 ドイツ輸入盤)





このシリーズの場合、そんな時期に片足をつっこんでいても、第1巻からの雰囲気を継続させることは困難ではなかったろう。
もともと解説書は黒朱2色刷り、ボックスのつくりも布張箔押しではなく、圧縮ボール紙にツヤありコートを張った簡素なものだった。ハードカヴァーの解説書も当初は計画されたようだが、結局実現していないし、堅実にというのが、統一感を保つ秘訣だと、進言する人がいたのかもしれない。
選曲については監修のリヒトホルン博士もプライも、最大限の工夫と努力をしているのがわかる。
作品の重要度だけで選ぶのではなく、プライ自身が「歌いたいかどうか」が大きく作用しているのだ。
文献論文ではなく、レコードという娯楽要素を持つメディア・・・聴き手に配慮する内容と分量バランスは必要だとおさえていたのだろう。
ただ、この4巻に関して言えば、Rシュトラウスから現代までの100年を俯瞰するのにLP6枚(CD4枚)は少なすぎる気がする。録音当時まだ存命中、あるいは評価の定まらない作曲家たちであり、背景にある政治思想面も無視できないものが多くなった時代のものとはいえ…である。
Rシュトラウスはプライとしては最大の20曲をとりあげている。艶やかな声と、広い声域、強弱の見事さはRシュトラウスの音楽の良い面を描き出すのに恰好だ。ディースカウより数倍、ぴったりしていて、本当ならば全集を試みてほしかったが、これ以降、映像作品やステージ以外ではまとまった数を披露することはなかった。
プライはドイツ語の響きを見事に感情とリンクさせることが得意で、それによってプフィッツナーから抒情と哀愁を引出し、新ウィーン楽派だろうとツェムリンスキーやフォルトナーなどだろうと「うた」として聴かせてくれる。
録音当日、たまたまプライに不調があったとしても、この時代の音楽が持つ不安(定)な音の並びでは、聴き手にはそこまでわからない。オシロスコープを設定して楽譜にかじりついて鑑賞する人はいないだろうし、音楽の正しい鑑賞態度でもない。大切なのはその音から何が聴き手に伝わるか、だろう。
思えばプライの歌唱自体がいつも聴き手の鑑賞態度を問うものだったように思う。
「うたびとプライの芸術」を楽しむには聴き手にも「うたごころ」が必要なのだ。
好きになれなかったら「うたごころがない」などとは言わないけれど、少なくともここのスラーの位置が違うとか、付点の長短とか、拘りたい人は別の歌手を聴けばいいと思うだけだ。
理論だけで音楽を理解しようとする人には向かない気がするのだ。

収録している曲の作曲家は以下の通り。
Rシュトラウス/プフィッツナー/マーラー/キーンツル/ヴァインガルトナー
ブレッヒ/グレナー/マッティセン/ヴァルター/レーガー/シュレッカー/ハース/トゥルンク/
クナープ/マルクス/シェック/コルンゴルト/サルムホーファー/シェーンベルク/ヴェーベルン/
ベルク/ツェムリンスキー/ハウアー/ヴェレス/アイスラー/ツィリヒ/イェリネク/ヒンデミット/
クシェネク/ロイター/ロタール/ブラヒャー/フォルトナー/アイネム/ツヴェトコフ/グルダ


共演しているピアニストはいつものカール・エンゲル、ヴォルフガング・サヴァリッシュ
久々のギュンター・ヴァイセンボルン、後に多数共演するようになるミヒャエル・クリスト
そして自作自演としてマルク・ロタール、ヘルマン・ロイター、エルンスト・クシェネク、フリートリヒ・グルダとなっている。

この全4巻27枚のアルバムはプライの歌手生活20年目の記録。
その時点での一断面であって、決して「総決算」ではない。あくまで道半ばなのだ。
上り調子が続くかに見えたこの後、過労や音楽祭失敗等、大きな試練が続くことになる。
プライはこのエディション完成後フィリップスを去り、補遺も追加録音も結局行うことはなかった。
以降はどこのレーベルとも専属は結ばず、「○年の範囲で○枚のアルバム製作」というスポット契約をすることになる。
エディションからおよそ10年ののち、50代の貴重な記録となるDENONの一連の録音はそうやって生まれたのだ。これについてはまたいずれとりあげたい。

posted by あひる★ぼんび at 23:40| Comment(2) | プライ

2017年10月15日

シューベルティアーデ1978〜ATWガラコンサート

ホーエネムスでの「シューベルティアーデ」は本来、公共事業ではない。
個人が提案し、実行委員会による運営とスポンサー出資で成り立たせる私的事業のはずだった。
しかし、そうあるためには、シューベルトという「素材」は大きすぎた。
しかもその「大きさ」はバッハ、モーツァルトやベートーヴェンとは違う。決してグローバルなものではなく、「愛好家の偏愛」と「国家の誇り」に支えられたものだったのだ。
そこには名目と現実の乖離と矛盾があった。
だからこそ、プライは世界初のシューベルトのみの音楽祭を創始することで、シューベルトの真の姿を示す「ディスカヴァリー・シューベルト」を試みたかったのだ。

プライは発案発起人ではあったが、音楽祭が動き出してからはすでに発言権はまるでなかった様子だ。
いちばんの誤算は「シューベルトの全作品を作曲年代順に演奏」の発案コンセプトが最初から反故にされたことだろう。これは私的なささやかなコンサートを繰り返すことで出来る話ではなかった。
にもかかわらず…ある意味で彼らしいおっちょこちょいを発揮して、彼は最初の3年程「ならば」とばかりに自分のリサイタルを中心に据えてしまったのだった。
プライがディースカウのような「網羅主義」だったら、片っ端から歌うことで、反故にされたコンセプトをわずかでも取り戻す言い訳もたったろうが、レパートリーへの拘りからそれもならず、結果的に3大歌曲集とゲーテ・シラーをメインにした、いつもの得意のプログラムを繰り返し歌うことになった。
プライらしいその暖かな歌唱は世界から多くの称賛を集めたものの、一部からは出演バランスの問題で顰蹙をかってしまった。そこには例によって彼の感情的な対応(癇癪?)もあったのではないかと心配になるところだ^^;

音楽祭の大きなスポンサーのひとつでもあった「オーストリア・タバコ」は当時のその企業力で、音楽祭期間に独自のガラコンサートを毎年継続していた。
ホーエネムスに「シューベルティアーデ」目当てに世界中からやってくる人たちはこちらも楽しめたわけだ。

これは9月16日のガラコンサートの様子を収めたレコードである。
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シューベルティアーデ1978〜ATWガラ
   ヘルマン・プライ(バリトン)
   エッダ・モーザー(ソプラノ)
   ローマン・オルトナー(ピアノ)
   ヴィーンシューベルト合唱団
   アルバンベルク・カルテット
   パウル・ハドゥラ=スコダ(ピアノ)
(ATW LP2枚組 オーストリア輸入盤)




一見、ただの顔見世ハイライトのようだが、音として聴くと、なるほど、と頷ける「静かな祝祭」の雰囲気。シューベルトへの愛着に満ちた空気に満たされ、充実した時間を体感できる。

曲目はこんなふう。
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魔王/菩提樹/セレナーデ/シルヴィアに/音楽に寄せて/
ミューズの子/「美しき水車小屋の娘」から3曲
酒の歌/おやすみなさい/愛と光

   ヘルマン・プライ(バリトン)
  ローマン・オルトナー(ピアノ)
  ヴィーン・シューベルト合唱団
笑いと涙/男は皆悪者/野ばら/
緑の中で/至福/ます

   エッダ・モーザー(ソプラノ)
  ローマン・オルトナー(ピアノ)
即興曲op142-2/ソナタop120〜第1楽章
楽興の時第3番

   パウル・パドゥラ=スコダ(ピアノ)
弦楽四重奏曲第13番「ロザムンデ」〜第2楽章
  アルバンベルク・カルテット


ここでのプライの調子はなかなか良い。リラックスした雰囲気に、多くの人が期待する「ときめき」を感じる声がシューベルトへの愛情を伝えてくれている。リサイタルではないので声のアイドリングは許されず、基本的にはいきなりMAX勝負のスタンスだが、その中にも70年代半ばからの彼の大きな変化のひとつが表れているように感じた。バランスを重視し、美声なだけの歌手ではないことをアピールしているようだった。

ホーエネムスのシューベルティアーデは彼にとっては確かに「失敗」だった。しかしその出発は注目を集め、このガラのような派生行事を多数生み、それをきっかけにヴィーンで、ニューヨークで「シューベルティアーデ」を実施することになった。ディスカヴァリー・シューベルトにおけるうたびとプライの業績はやはり大きかったのだ。

posted by あひる★ぼんび at 11:00| Comment(4) | プライ

2017年09月24日

DG企画のプライ・モーツァルト・リート集

「私はモーツァルト歌手とか、シューベルト歌手とか、そういう言われ方は好まないし、そういう方向をとるのは望ましくないと思っています。これは学生達にも常日頃言っていることです。」
プライはたびたび、インタヴューでそう言っていた。
プライは幅広いレパートリーの持ち主。
しかし、知名度の低い曲なのに頻繁にステージで披露していたものと、有名曲なのにほとんど歌わなかったものがある。
これは芸術的価値を値踏みせず、自分の声に合っていて、歌いたいかどうかを基準にしていた為でもあろう。
プライはフィガロとパパゲーノの大当たりで、上記の彼の発言にもかかわらず、しばしば「モーツァルト歌手」と呼ばれてしまった。
冷静に考えてみるとプライはそれほどモーツァルト作品に取り組んではいない。
プライのカヴァリエ・ハイバリトンの声質ではモーツァルト作品では活躍できないからだ。
持ち役としては「フィガロの結婚」のアルマヴィーヴァとフィガロ。アルマヴィーヴァはキャラが合わず、フィガロは声域が合わない。そもそも、本来のプライフィガロへの好評は「セヴィリアの理髪師」の方だったはずなのだが・・・。
「恋の花つくり(偽の女庭師)」のナルド。しかしこれはあまりにも作品がマイナーで上演回数が少ない。
「コジ・ファン・トゥッテ」のグリエルモ。これは真に当たり役と言えそうだ。しかし、アンサンブル主体の作品なので地味で通好みで、彼のエンタメ性は発揮しきれていない。セッションではヨッフムと1度きりの録音だったが、ステージではベームらと毎年複数回演じていた。
「ドン・ジョヴァンニ」のジョヴァンニ。キャラ的にはレポレロもいけたが、低すぎてステージでは不可、ジョヴァンニも彼の喉には負荷があったようだ。ステージは60年代は多かったようだが、セッション録音は抜粋のみが残されている。
そして「魔笛」のパパゲーノ。自由に羽ばたく鳥人を演じるプライはいつも生き生きしていて、これは大当りだった。ステージ数はあったものの、残された記録録音はそれほど多くなく、公式録音も1度きりだった。
また、本体が失われたジングシュピール他からのカノンや重唱曲はとりあげることがあり、アルバムも残している。その他、ミサ曲やアヴェヴェルムなどは時折歌っていた。
さて、リートだが…モーツァルト自身、30曲前後しか書いていないこともあるが、フィリップスのリートエディションとDG以外にはアルバムがない。しかも、リサイタルでも取り上げることがほとんどなかった様子である。

これは想像の域だが、プライが考えるモーツァルト像というものがあって、ほとんどのリート作品は幾分そこから乖離していたのではないだろうか。名作として知られる「ラウラに寄せる夕べの想い」「別れの歌」「すみれ」「夢に見る姿」「クロエに」他数曲を除いては、あまりにも説教的な歌詞・解説的な音楽である。
中には発表の時点でモーツァルト自身が著作権放棄ともとれる行動発言をした曲もあり、概ね作品への愛情そのものが希薄だったようなのだから、まあ、数百年たった現在の扱いがどうなろうと、モーツァルト自身は与り知らぬことだろう^^;
プライにしてみれば自己の感性と同化共鳴させづらい曲が多かったのかもしれない。
(ハイドンをほとんどとりあげなかったのも同様理由かと思われる)
デムスのハンマーフリューゲルで録音したリートエディション第1巻のものは、有名曲を厳選してはいるものの曲数が少なかった。すぐにまたEMIあたりにまとめて録音するかとおもいきや、そうはせず、1975年11月にDGに録音をした。

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モーツァルト:リート、アリエッタと小カンタータ(全17曲)
  ヘルマン・プライ(バリトン)
  ベルンハルト・クレー(ピアノ)
  越智 敬(マンドリン)

(DGポリドール  国内盤)
 




このアルバムは同社のモーツァルト全集の為の企画で、エディト・マティスと分担して歌い、1枚づつのリサイタルアルバムとしてリリースされたものだ。先に録音されたマティスと有名曲を分け合うことになり、プライの方はほとんど「フリーメイソンの為の楽曲」アルバムの様相を呈している。
いくら彼でもそういった作品で聴衆を楽しませるのは無理である。
しかも、ピアノは共演回数の少ない(というか初?)ベルンハルト・クレー。誠実な弾きっぷりではあるが息ぴったりというわけにはいかなかったようだ。
プライ自身もかなり不調な様子で、曲によって音程が上がりきらなかったり、逆に上ずったり、苦戦している。
フィリップスのように空気感を生かし幾分ブライトな録音ならまだしも、LPの印象ではやけにオンマイクで声の音像が鮮明ではあるが固く大きい。
この点はCD化された時にいくらか改善されたように思えるけれど、ここまで不利が揃ってしまったアルバムも珍しかったかもしれない。それでもプライ唯一のモダンピアノによるモーツァルトである。
残してくれただけでもありがたいことだとは思う。また、約8分弱の小カンタータ「無限な宇宙の創造者を褒め称えよ」は堂々としていて、プライの表現のバランスが見事な立派な歌唱だった。

こちらはマティスのものと合わせてリマスターし、1枚にまとめたもの。
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モーツアルト:リートとアリエッタ(全28曲)
エディト・マティス(ソプラノ)
  ヘルマン・プライ(バリトン)
  ベルンハルト・クレー(ピアノ)
  越智 敬(マンドリン)
(Eloquence DG ドイツ輸入盤)





モーツァルト全集からマティス13曲、プライ15曲の抜粋でランダムに組み替えられている。
プライのフランス語歌唱が聴けた「寂しい森で」と、先に書いた立派な小カンタータが省かれているのが残念だが、元々同一企画なので、この形での違和感はない。クレーのピアノは、やはり奥さんのマティスとのほうがぴったりしている^^

できれば80年代あたりにどこかのレーベルにモーツァルト・アルバムを再録音してほしかったが、そうしなかったのは、やはり気持ちの中に「求める世界は他にある・・・」という意識が強かったからだろうか。
今となっては望んでも叶わないことである。


posted by あひる★ぼんび at 23:29| Comment(0) | プライ

2017年07月22日

プライの19回目の命日に

プライが没したのは1998年7月22日。69歳になったばかりだった。
この年、ニューヨークでレヴァインとのリサイタルから帰国後、体調に多少の違和感はあったようだが、フローリアンとのコンサートも持つなど、相変わらず活発にステージを行っていた。
しかし、7月12日ミュンヘン近郊プリンツレーゲンテン劇場でのリサイタルの後、心臓発作で倒れ昏睡状態に陥った。それから10日後、家族や親戚が見守る中、永眠したという事だ。
その死は早かったが、こうして「生涯現役歌手」「いつも家族と共にあること」という大きな2つのポリシーを実現できたわけだ。

晩年の写真を見ると、数々の生活習慣病を抱えていてもおかしくなさそうな雰囲気で、過密スケジュールとそれに伴う無理不摂生がどれだけ健康を削いだかが伺える。
楽天性と深刻のふり幅の大きい彼の思考の中で、音楽や家族についてはストイックになれても、健康状態については「私には危機を乗り越える才能がある」を口実に疎かにしてしまったようだった。

来年は没後20年。西洋では没後○年より生誕○年が重要視されるので今のところ特に情報は入ってこない。
たぶん、再来年の「生誕90年」には何らかのアクションがあると信じている。
ザルツブルク、バートウラッハ、シューベルティアーデ(ヴィーン、ホーエネムス、ニューヨーク)、数々の来日公演記録…年間100回を越えるリサイタル、オペラ公演、メディアへの出演…多数の未発表音源や映像が残されているはずで、それらの公開を心待ちにしている。

さて、プライの経歴の中で、必ず取り上げられながら、本人があまり触れることのない音楽祭事業に「シューベルティアーデ・ホーエネムス」がある。
この音楽祭は、現在でも5〜10月に開催され、しっかり継続している。
その発起人がプライであることは、いまだ音楽祭紹介文にも健在だ。
計画時は「シューベルトの全作品演奏」「出来る限り作曲順に」そんなコンセプトだった。
しかし、実現した音楽祭はプライが想定した方向とは最初から違ってしまい、自身にとっては何かタブーめいた顛末になってしまったようだった。
この大音楽祭の「冠」として彼の名を看板に掲げることに何らかの不都合があったのか、この件はプライが音楽祭を去った後のインタヴューでも、自伝でも触れることがまるでなかったので、詳細は不明だ。

しかし、ホーエネムスを去った直後に始めたバートウラッハの「秋の音楽の日」について語る時、対比めいた発言がある。そこからホーエネムスでひっかかった点は想定できる。
ただそれは極めて事務的な、マネージメント上の課題を匂わせた。
バート・ウラッハでは「音楽を通じて集う親密な友人たちとの楽興の場」「人の声を伴う作品に特化し、毎年テーマを立て、それに基づいた全体プログラム」そして「地元の理解と安定した資金調達をはかる」・・・
つまり、ホーエネムスはそうならなかった、ということだ。
それは、シューベルトに特化した為、起こるべくして起きた問題、つまり、国際的に有名で愛好者の多い作曲家にもかかわらず、特化した定期音楽祭が「世界初」であった事。シューベルトが多彩なジャンルの音楽を多数残していて、世にそれぞれの「スペシャリスト」が溢れている事…。そのスペシャリスト達をまとめ上げるスキルなど当然持ち合わせなかった事。そして、これは大きいと思うのだが、行政の考えと音楽祭運営、出演者との温度差…つまりはそもそも、まだ40代半ばのスター歌手の手におえる仕事ではなかったわけだ。

プライがシューベルティアーデを始めた1976年は彼にとって多忙な年で、なんとか乗り切ったものの、完全に体調を崩し、77年は年始から夏まで休業を余儀なくされる。
夏にはステージに復帰するが、今度はホーエネムスのメイン会場に問題が起こっていて、数年後には余計な仕事が増える予感めいたものが彼を消耗させていたようだ。
1981年には音楽祭の運営からおりてしまい、以後は全くホーエネムスに近づかなかった。
プライは感情の起伏の激しい人ゆえ、有力者の逆鱗にふれたか、本当に何があったのかわからないが…状況からして「外してもらった」が正解なのだろうとは思う。
最初のステージは76年5月8日ホカンソンのピアノ、パーレイの講演を含んだレクチャーコンサート。最後は81年6月18日パーソンズと「美しき水車小屋の娘」
スポンサー主催のガラコンサートを除く公式本公演の出演回数は76年5回、77年7回、78年6回、79年2回、80年1回、81年1回。
「この音楽祭の創立者ですよ」というにはあまりにも寂しいフェイドアウトだった。

なにやら「大人の事情」を感じる状況もあってか、この音楽祭でのプライ出演部分のリリースは少ない。
メジャーレーベルで公式にリリースされたのは1977年「重唱曲集」、
1978年ホカンソンとの「白鳥の歌」(通常の14曲だけ編集してリリースされたが、実際はザイドル4曲と秋も入れ、曲順をいじったプライ版だった)、
オペラ「サラマンカの友人たち」復元蘇演版のみだった。

そんな中、プライの様子が垣間見られる盤はこれ。
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シューベルティアーデ音楽祭
1977年〜86年の記録


プライ他、演奏者多数

(ATW LP5枚組 オーストリア輸入盤)




これは「地域限定販売品」で、当然流通は希少。
内容は1977年から1986年までのシューベルティアーデのまとめハイライト盤になっている。
出演者の多い巨大音楽祭のであるから、5枚のLPのうち、プライは1枚目A面に5曲(星、漁夫の生活、魔王、さすらい、酒の歌)2枚目A面に3曲(別れ、喜びと黄金のワイン、光と愛)のみ。
寂しい限りだが、最初の10年で区切ってもプライのステージは数えるほどだったし、この音楽祭にはあまたの著名音楽家が集ったのだから、仕方ないだろう。
セット内にはクリスタ・ルートヴィヒ、エディト・マティス、ロベルト・ホル、エッダ・モーザー、ヴァルター・ベリー、アーリン・オジェー、ヴェルナー・ホルヴェークなど、この年代のリートのスペシャリスト達の名が連なっている。
特にホルはプライの分大活躍といった感じだった。また、女声ではマティスの比率が高い。
実際、これらのコンサートライヴは貴重であり、編集の手が入っていない生々しさと温度感が素晴らしい。
但し、収録のほとんどは本プログラムではなく、スポンサー主催のガラコンサートからのもののようだ。
そのスポンサー、発売レーベルAustriaTabakは、この当時はオーストリアでの煙草独占企業だった。
歴史ある老舗ではあったが、1990年代以降は民営化されたり買収を受け、現在はなんとJTI(Japan Tabacco international)の系列会社となっている。
この会社のロゴはホーエネムス音楽祭初期から見られる。愛煙家プライらしいスポンサーだと思う。
それにしてもシューベルトの肖像に社名入りタバコ入れを持たせてしまう大胆さには驚く。嫌煙家が増えた今だったらクレームがつきそうだ^^;

ホーエネムスでの公式録音は基本的にDGが担っていた。現在音源自体はオーストリアが国として管理していることだろう。できれば、音源の劣化前にどうにか一般発売して欲しいところだ。
プライをはじめ、この音楽祭の初期メンバーが次々と逝去している現在、この宝を無にしてはいけないと、つくづく思う。
posted by あひる★ぼんび at 23:26| Comment(2) | プライ

2017年06月26日

プライのヴォルフ・アイヒェンドルフ

山歩きが好きで、ドイツの深い森を愛好したプライは、その風景をふんだんによみ込んだアイヒェンドルフの文学に愛着を持っていた。
その詩が「リート」になる時、より強靭な生命を得たと感じたことだろう。
歌謡性と幻想のバランスの良いシューマンの諸作品と、ドイツ語の響きやその心理の奥を読むような、リートの醍醐味を感じさせるヴォルフの諸作品は特に好きだったようだ。
彼のリート録音の初期のグループの中心にそれらがあったのも納得できる。
プライは1952年にリートリサイタルを開始している。レパートリーは彼の感性にマッチしたシューベルト、そしてレーヴェとシューマンの有名曲。
そこにヴォルフを加えるべく勉強を続けていた。プライとして自然に歌うことのできたシューベルトに比べると、ヴォルフの少々屈折した世界は細かい分析と綿密な練習が必要だったのだろう。

彼はまず、アイヒェンドルフとイタリア、スペインから手を付けている。
このリート・デヴューから60年代初めのプライの歌唱は、幾分声に頼って情緒に流れる傾向があった。
その特徴は、口うるさい評論家の批判のターゲットにされがちではあったが、それは常に「歌を聴く喜び」を与えてくれるものだった。
美声であるからこそ、湧きだす感情や淡いメロディに込めたロマンの香りを感じ取ることができる。
後に声に落ち着きを加えてからは、旋律より言葉の比重が高く演劇的なメーリケへの付曲を多く歌うようになっている。
いずれもプライの甘く若々しく、なおかつ深い声が、かくもヴォルフを深刻さと難解さから掬い上げているのが、作曲家と演奏家の時を隔てた幸福な邂逅と言えるだろう。

ヴォルフはシューマン以上に集中的(偏執的?)な作曲方法をとるのが常だったが、「アイヒェンドルフの詩によるリート集」は作曲時期に比較的幅がある。最初期は1880年、連作集を計画するも頓挫、1886〜88年に再び取り組むが、連作扱いにはしなかった。各曲に気分の共通性はあるものの、有機的に綿密に動機を結び付けたり、調性を綿密に配置して全曲に統一感を持たせる配慮はない。したがって「美しき水車小屋の娘」や「詩人の恋」のように、全曲を通して歌われることが絶対条件ではなく、リサイタルやアルバムでは数曲が抜き出され、自由に配置されることが多い。

プライ1回目の「アイヒェンドルフの詩によるリート集」
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ヴォルフ:アイヒェンドルフの詩によるリート(18曲)

ヘルマン・プライ(バリトン)
ギュンター・ヴァイセンボルン(ピアノ)

(COLUMBIA 10in.LP ドイツ輸入盤)




収録しているのは、一般的に知られる全20曲から女声用2曲を省いた18曲。
リリースは10インチ(25p)モノラル盤だった。
ジャケット上に録音データがなく、いつ録音されたものか正確には掴めないが、後の資料等から1957年〜58年、ベルガーの歌唱と組み合わせた「イタリア歌曲集」と同じ頃のものと思われる。
50年代は、こういうふうに1人の歌手が1人の作曲家の作品をコンプリート的に録音するというアルバムがやっと登場し始めた時期だった。
ドイツ敗戦で頓挫したドイツリートプロジェクト以来、33と1/3回転12インチ、10インチ盤が普及して実現しやすくなったのだ。
また、天才歌手ディースカウの登場と、すでにピークを過ぎてしまった大御所ラウハイゼンに代わり、幅広いレパートリーを持つムーアや、若手のヴァイセンボルンらが活躍を始めた時期でもあった。
この盤は「イタリア歌曲集」同様、再発売の機会に恵まれなかったようで、他種はまるで見かけない。
まとまった形では埋もれたままで、CD化もされていないのが惜しまれる。

東芝が60年代終わりにリリースした巨大プロジェクト「ドイツ歌曲大全集」のヴォルフの巻の中で、20曲中前半10曲をプライのこの1回目の録音で収録している。「郷愁」以降後半10曲はディースカウの録音を使用している。すでにヴォルフについてもスペシャリストの域だったディースカウを差し置いてプライに占有させるわけにはいかなかったのだろう。
もちろん、ディースカウは非の打ち所のない立派な歌唱なのだが、こうして並べると、解釈と落ち着きではディースカウ、しかし、声の幅や勢いの点ではプライが勝る。
そして全く異なる色彩の風景が広がっているのを感じる。それを実感したセットだった。
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ドイツ歌曲大全集第9巻〜ヴォルフ第2集
〜メーリケとアイヒェンドルフの詩によるリート

エリーザベト・シュヴァルツコプフ(ソプラノ)
ヴィクトリア・デ・ロスアンヘレス(ソプラノ)
ヘルマン・プライ(バリトン)
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
ハンス・ホッター(バスバリトン)
(東芝EMI LP4枚組 国内盤)


このBOX以外では、各種のオムニバスやコンピレーションに1〜4曲、バラバラに収録され必ず顔を出す録音だった。そんな「穴埋め素材」のような扱いはCD時代に入っても変わらない。
当時のプライの艶やかな声と率直な感情表現、ヴァイセンボルンの鮮やかなタッチが高評価を受け、愛聴する人も多かったようだ。そんなふうに、演奏の存在価値は誰からも明白だが、この扱いは何か軽く見られているようで、はなはだ残念だ。


同リート集2回目の録音は1968年と70年。ピアノはコンラート・リヒターだった。
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ヴォルフ:アイヒェンドルフの詩によるリート(20曲)

ヘルマン・プライ(バリトン)
コンラート・リヒター(ピアノ)

(EMI LP 国内盤)





こちらは前回同様女声用2曲を省き、そこに遺作2曲を加えている。
解釈としては基本的な変更はないようだ。美声はそのまま、リズムが流れてしまうことがなくなり、多くの聴き手が期待するプライの姿が明確になっている。
1960年代後半から共演回数が多かったリヒターだが、このコンビでの録音物はそれほど多くなく、リサイタルライヴ盤と名曲集などが短い期間にDECCAに数点残されただけだった。
プライは常に「共に歌うピアニスト」を求めたが、その意味でもリヒターとは相性が良かったようだ。
この盤は「忘れがたき名演奏」として取り上げる評論家も多い。
1971年、2度目の来日記念盤としての「最新録音」のリリースだった。
この日本盤LPのライナーでは「ドイツ歌曲大全集」に収録した旧録音との比較が述べられているが、この新盤を圧倒的に褒めているわりに、あちこちのオムニバス盤で耳にできるヴォルフ録音はこのリヒターとのものではなく、1回目のものが多かった。
充実度ではこの録音のほうが上かもしれないが、若々しい瞬発力と鮮やかさの点からそうなったのだろう。
しかもこの盤がCD化されたのは追悼盤としてが初めてであり、その後の再発もない。
ヴォルフは、日本人にはやはり高いハードルなのかもしれない。

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ヴォルフ:アイヒェンドルフの詩によるリート(20曲)

ヘルマン・プライ(バリトン)
コンラート・リヒター(ピアノ)

(EMI 国内盤)




音の印象がLPとCDではかなり異なるが、そこは一長一短…マスターは今後劣化していくだろうから、まあこのタイミングでCD化されたのは大きな意味があったと思う。

その後、フィリップスのエディションでも数曲取り上げているが、まとまったものはリヒターとの盤を最後に、晩年になってもついに録音しなかった。
プライは「リートもオペラの各役も、歌うにふさわしい年齢があるものだよ」と言っていたことがある。
プライ自身「ヴォルフのこれらのリート集には若者の声がふさわしい」と考えていたフシがあり、そのため一定年齢を越えてからは歌うことを避けたようだった。
全曲網羅主義でなかったプライらしいと思う。

posted by あひる★ぼんび at 23:23| Comment(12) | プライ

2017年06月17日

プライ最初のミュージカルナンバー集

多くのドイツ人にとって、オペレッタやジングシュピールは身近な娯楽だった。
19世紀から綿々と続き、戦中戦後も咲き続けたこの「芸術の花」。
そのオペレッタやジングシュピールがアメリカの自由な空気の中で進化したのがミュージカル。
ドイツ国内でそれらは、決して卑下されるものではなかったのだが、一部の面倒な権威ある人達が音楽の中にまで「ドイツ民族の威厳」を持ち込んだ時、標的にされてしまったのだ。
わかりやすさが仇になった。
これらオペレッタ・ミュージカルを含み、ポップス中心にした「庶民の娯楽音楽」U-musik、交響楽やソナタなどを「純粋な芸術音楽」E-musik。二つの音楽は全く違い、区別されるべきという考え方だ。
(例えば、ヒトラーはレハールを愛好していたが公言はせず、ヴァグナーこそを最高の音楽とした。本人はヴァグナーを理解することも、プライベートに聴くこともなかったという)
この民族主義(というより人種主義)起因の暗黙の身分のような住み分けは、長く尾をひくことになる。
しかし、ドイツで実際に広く親しまれているのも、音楽文化を支えているのも結局は「庶民の娯楽」だったわけで、現代ではそんな住み分けはほとんど希薄化したように思う。
むしろ日本。日本の評論家・演奏家・教育者・愛好者が西洋クラシック受容の過程で、一部のドイツ音楽の神格化に同調した為、その思想ポーズが残ってしまったわけだ。

プライはそんな難しい時代の中で、E-U両面で活躍した歌手だった。(そのことはここで何度も記事にしてきた)
プライは戦後しばらくの間、友人たちとバンドを組み、ソ連軍・米軍のキャンプや酒場でピアノやアコーディオンを弾き、ポップスを歌って生業としていた。既に声の素晴らしさは認められていて、音楽の道に進むことも決めていた。しかし、具体的な道として彼はクラシックを選んだ。
まさにその住み分け故、ポピュラー音楽と決別の必要が出てしまったのだ。プライは悲壮な決意でバンド活動に終止符を打たねばならなかった。
COLUMBIAは英国に母体があったこともあり、オペラとリート両面で新進注目株のプライに白羽の矢を立てたようだ。
流行が過ぎれば消えてしまうポップスターと違い、クラシック歌手では長期セールスが見込めるわけで、ポップス系も歌いたかったプライにとっても、双方悪い話ではなかっただろう。

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Hermann Prey Singt Musicals
「回転木馬」
「マイ・フェア・レディ」
「キス・ミー・ケイト」
「アニーよ銃をとれ」

ヘルマン・プライ(ヴォーカル)
カール・ミハルスキ指揮グラウンケ交響楽団
(COLUMBIA 7in.EP ドイツ輸入盤)



4曲収録の7インチ盤。プライにとっては、これがこのジャンルでの最初期の公式録音となった。
当時のドイツの常識では外国曲はドイツ語訳詩で歌うものだが、ここでは4曲とも英語で歌っている。
これらのミュージカルや映画は当時、世界的にヒットし、ドイツでも話題の作品だった。
彼自身がこれらミュージカルの舞台に立ったわけではないが、その堂々とした声量と美声はポップシンガー以上にミュージカルにぴったりで、盤の売り上げはなかなかに好調だったようだ。
結果的に、追加プレスや規格品番、レーベルを移行して長く現役を保った録音だった。

マルカートレーベルの移行再発盤はこんなパッケージ。
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Hermann Prey Sings Musicals
<初出盤に同じ>
(MARCATO 7in.EP ドイツ輸入盤)





再発盤のタイトルは英語に変わっている。
戦前、英米のレーベルがイタリアオペラの歌手にポップススタンダードを歌わせる企画がはやったが、この盤のヒットはドイツの音楽界に多少の影響をもたらしていたようだ。再びそういうクロスオーヴァー企画が登場するきざしが出ていた。何匹ものドジョウを狙って、(あろうことか)当然同レーベルの専属歌手だったディースカウにも話がいったようだが、彼は「ああいうものを歌うスキルは持ち合わせていない」として一蹴し、生涯このジャンルに寄りつかなかった。

こちらはオペレッタのナンバーと組み合わせたオムニバス。
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Beliebte Melodien aus Operetten und Musicals
ヘルマン・プライ、ハインツ・ホッペ
アネリーゼ・ローテンベルガー、エリカ・ケート
フランツ・アラース、カール・ミハルスキ
ヴェルナー・シュミット=ベルケ
(HORZU LP ドイツ輸入盤)





なんだか妙な雰囲気のジャケットだが^^;こういうオムニバスは何種類か出ている。
この60年代はじめにプライは、指揮者ミハルスキと7インチ(いわゆるシングル盤)10インチ(いわゆるミニアルバム盤)用の名歌集を多数録音していた。それらにオペレッタ全曲盤や抜粋盤から有名曲をひっぱってアルバムに仕上げたものだ。
不思議なのは日本のクラシックファンの反応で、プライ贔屓の人には概ね好評ながら、そうでない人からは「資源の無駄」的な低評価、あるいは「無視」されている種類の録音。評論家たちの「メーカーの要請で片手間に取り組んだであろう…」はそんな時の常套句。
本人に尋ねたのかな?日本人の閉鎖性はドイツ人以上なのかもしれない。

プライは、60年代のインタヴューでは「世界中にはたくさんの美しい歌が溢れています。私が歌えるものなら、この声を通して、素晴らしさや楽しさを皆様と分かち合いたいと思っています」と述べている…しかし、80年代半ばには「私はあちら (ミュージカルやポップス) の世界は諦めました」と語り、また晩年95年のインタヴューでは「今は以前にくらべてかなりステージに立つ回数を抑え、その中でよりよいものを目指すよう心がけています」と変化していた。
実際、この間に「マイ・フェア・レディ」などのミュージカル出演の企画オファーもあったようだが、結局実現することはなかった。残念ではあるが、まさにそれはレパートリーの精査の結果だったのだと思う。
それでも心持ちは変わらなかったのだろう。
「歌うことは神様が与えてくださった私の使命なのです。私は神様がお望みになる限り…もういいよと言われるまでは歌い続けます。」
いつも彼は真剣真摯に「うたびと」であろうとした。どんな歌を歌っても彼の声が心に響くのはまさに「だからこそ」なのだ。
posted by あひる★ぼんび at 19:26| Comment(4) | プライ

2017年05月13日

フィリップス「プライ・リートエディション」〜第3巻

19世紀は、クンスト・リート全盛期であり、リート歌手にとっては重要な作曲家がひしめきあう時代だった。ナポレオン戦争とその反動による殺戮はヨーロッパを荒廃させたが、征服と解放の繰り返しの中で絶対的な身分制度が揺らぎ、異文化の輸出入もおこった。そういう強い刺激によって芸術は活性化を見たのだ。
しかし、やはり不安定な時代の産物ゆえ、玉石混淆は否めず、多くの作品は時の流れと共に忘れ去られてしまった。
酒場の流行歌や労働歌は常に流れ去るもの。しかし、楽譜として出版された「芸術作品」は、歌ってみようという歌手さえいれば、こうして時を越えて聴くことができるわけだ。
戦後ドイツで最も意欲的な歌手、ディースカウによって同趣向のアルバムは多数、EMIやDGに録音され、愛好家の話題になっていたが、ディースカウの場合、「今さら歌うに値しない芸術価値の低い作品」と判断したものはとりあげなかった。作曲技法上の問題、テキストの文学性・・・彼はかなり厳しい基準を持っていた。ゆえに、とりあげていない作品も多かった。
例えばジルヒャーの作品。シュヴァーベンの宝としてプライは特に愛唱したが、ディースカウはほとんど無視している。また、オペレッタやジングシュピールを多く残したローカル作曲家に対する待遇が、2人では正反対だったというのも面白い。
プライはエディションを組むに当たって、そういったロマン派リートを第1巻とこの第3巻に住み分けさせた。ディースカウの批判の対象になったようなローカル作曲家のものは1巻のほうにまとめ、3巻を一般的に考える大家でまとめている。結果的に賢明なアイデアだったと思う。これによって、ドイツのリート文化がローカルからグローバルへと変化していく過程(実際は同居しているものだが・・・)が見えてくるからだ。

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プライ・リートエディション第3巻
「ロマン派の時代、シューマンからヴォルフ」

ヘルマン・プライ(バリトン)
ジェラルド・ムーア
レオナード・ホカンソン
カール・エンゲル(以上ピアノ)
(独フィリップス LP8枚組 ドイツ輸入盤)



さて、このLP8枚、CDだと6枚のセット、録音時期は1971年〜73年(72年が多い)だが、ヴォルフのうちの数曲をリリースの74年に追加録音して加えている。
プライのコンディションはムーアやエンゲルとの録音はほぼ好調を維持しているが、ホカンソンとのメンデルスゾーンは少々ばらつきがある。名曲「歌の翼に」などはぶら下がり気味に聴こえる。リストは、調子以前に曲との相性がイマイチのようだ。以前から得意とするコルネリウスやドイツの堅牢な音楽を守っているヴァグナーは良かった。

1.「詩人作曲家シューマン」(3枚)〜シューマン
2.「ロマン派の哀愁とビーダーマイアー時代」
   〜メンデルスゾーン、リスト、ヴァグナー、フランツ、コルネリウス
3.「単純化された郷愁」(2枚)〜ブラームス
4.「ヴォルフの凝縮された世界」(2枚)〜ヴォルフ

LPセットはこんな感じだった。面割が明快で、つめこんでしまったCDより聴きやすかった。以前も書いたが、プライはアルバム制作時に曲順にかなり神経を使っていた。レコード鑑賞者は、針を落とした時が開演、面の切れ目が休憩、1枚の終わりは終演。そのことをプライ自身がしっかり押さえていたのだろう。プライの少年期から青年期の入口は世界大戦の激動の中だった。その中でレコードやラジオの音楽が与えてくれた出会いは、多くの喜びを心に刻みつけた。そんなふうに「繰り返し聴いて心に刻む」重要性を知っていたので、レコード録音を「二次的産物」とか「所詮」とか言わず、丁寧にとりくんでいたのだろう。

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「ロマン派のリート集」
メンデルスゾーン/リスト/ヴァグナー/フランツ
コルネリウス/タイバー/ダンツィ/トマーシェク
シュポア/マルシュナー/ヴェーバー/ジルヒャー

ヘルマン・プライ(バリトン)
レオナード・ホカンソン/ミヒャエル・クリスト(ピアノ)
カール・シャイト(ギター)
(蘭フィリップス LP2枚組 オランダ輸入盤)



LP時代のこの巻からの分売は、シューマンのうちホカンソンとの2枚(国内盤あり)、ブラームス全部(2枚組国内盤あり)、ヴォルフ(1枚分輸入のみ)、それ以外の作曲家のものは上の写真のように「ロマン派のリート集」として、第1巻のジルヒャーやマルシュナーなどと組み合わせたものが、2枚組BOXとして本家フィリップスから発売されていた。

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プライ・リートエディションVol.3
「ロマン派の時代、シューマンからヴォルフ」

ヘルマン・プライ(バリトン)
ジェラルド・ムーア
レオナード・ホカンソン
カール・エンゲル(以上ピアノ)
(独フィリップス 6枚組 ドイツ輸入盤)



CDは6枚に圧縮。カットはないが、面割を無視してつめこんでいる。また、解説はテキストのみになっている。傷やノイズを気にせず気楽に聴けるのはありがたいが、利便性と引き換えにどれだけの楽しみを奪ったか考えると複雑な気持ちになる。

また、このプライ・エディションは「第2巻シューベルト」以外は、一度簡略化廉価発売された後は単売は未発売が多い。プライも没後20年近くとなり「ヒストリカル歌手」に仲間入りしてしまった現代、フィリップス社も存在せず、もはや完璧な形での復刻リリースは難しいだろう。そう思うと残念でならない。


posted by あひる★ぼんび at 23:41| Comment(2) | プライ

2017年05月02日

プライ1回目の「詩人の恋」

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シューマン:詩人の恋 op.48
リーダークライス op.39

ヘルマン・プライ(バリトン)
カール・エンゲル(ピアノ)

(EMI ドイツ輸入盤)



両曲ともプライの得意レパートリーだが、この曲の録音としては最初のものになる。
プライとエンゲルのコンビでは、60年から70年代半ばまでEMIエレクトローラ系、テレフンケン・デッカ系、フィリップス、バスフ等に主要なリートの録音を行っていた。
しかし、2人のステージ共演は数えるほどしかなかったというから、意外である。
残された録音のどれもが後年のホカンソンとの共演よりも良さげに聴こえ、これはエンゲルのリズムのメリハリと推進力の賜物なのだろう。
プライの個性的なリズムや歌い癖をものともせずに、実にうまいバランスで押し出してくる「合わせる能力」の高さ。この世代の「リートに取り組んでいるピアニスト」の中ではピカイチだったと思われる。

62年頃に録音されたと思われる、この「詩人の恋」は一般的な改訂版を使用し、すべてオプションの高い音を選んでいる。各曲の移調の選択に問題がなくもないが、それはそれとして割り切って聴くほうがいいだろう。それはバリトンが歌うときは宿命的な行為なのだ。
にもかかわらず、このプライの録音は発売当時、専門家や研究者の間で話のネタにされていた。彼の人気が上がってからは議論にもなり、中には「プライの無知の象徴・勉強不足」のように言う評論家まであらわれた。多くは他の歌手を褒める根拠にアンチに利用されたわけだ。
クラシックとはなんとメンドクサイ世界。本質はそんなことではなく、表現も含めて何を聴き手に伝えるかなのだが、そっちが置き去りになることが多く、未だに進歩がないのが残念だ。

テンポは遅めながら、緩急の差が大きくエンゲルはテキパキ進める感じなので、体感速度は速い。
また、1曲の中でのテンポの揺らし幅が、後年より大きくなっている。
第1曲の後奏でテンポを一段と落し、第2曲を限界まで間をあける…静寂がそのまま心の深くにしみこむような響きの余韻を味わえる。
ただ、60年代のプライは発声に少々のロスがあって、またリズムが流れやすかった。
日本の音楽雑誌では、音程の不安定さがたびたび話題になったが、実際はそちらよりもこの発声のムラのほうが気になることがあった。
ただそれも、感情の起伏の大きな歌では「表現」となっていて、他の歌手では味わえないスリリングさがあり、大きな魅力だった。
「私は恨むまい」の艶やかで朗々としたA音!
そして、言葉にこめた細やかな感情は、単純な喜怒哀楽ではない複雑な「愛」を伝えているようだった。
片思い→成就→破局→怒り哀しみ→放心→回顧→昇華
そう分類してステレオタイプに描くのではなく、クララとの恋の成就にあえてこの曲を書いたシューマンの複雑な不安心理を探るかのように歌い進めている。
ディースカウのように詩に対する分析的な姿勢ではなく、また、この前のハンプソンのような怒りと愛の告別でもない。
あくまで1人の迷える青年のポートレートのようだった。
安定感を加えた10年後のフィリップス盤、さらに10年後、一段と落ち着きと深みを持ったDENON盤(どちらもホカンソンとの共演)と、すべて違ったアプローチで残してくれたことに感謝したい。

アイヒェンドルフの詩によるリーダークライスも、伸びやかに歌っている。
通常ならハイネによるop.24と組み合わせるものだろうが、この頃はそちらはそれほど歌っていなかったようだ。
本人もニヒルで屈折したハイネの世界より、民謡風の言葉とメロディに溢れたこちらのほうが自分に合っていると思っていたのだろう。
プライが愛したドイツの森の風景描写、伝説、そして静かな心象風景。それを克明に描き出す12曲の絵巻物。
声の艶とパワーも充分に生かせるリート集なので、プライにはうってつけ。こちらもほぼ10年ごとに録音を残してくれている。

ドイツ輸入盤のLPはこれ。
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(columbia-EMI  LP ドイツ輸入盤)
他にケルナーも加えた2枚組や、「詩人の恋」とケルナーから9曲を組んだものも出ていた。
なお、このジャケットは国内盤にも使われたことがあった。

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(東芝 LP 国内盤)
こちらは初期の国内盤LP。半透明赤の、いわゆる赤盤。
CDと、輸入盤LP、国内盤LP、それぞれ音の印象がだいぶ違う。
どれもそれなりの良さがあり、また物足りなさもある。
CDなどはそれこそ再発売の度に大胆にリマスターされているのだが、どれもあまり良い状態とは思えない。
LPの音からはどんどん遠ざかっているようだ。
マスターは…というより現場の音はどうだったのか聴いてみたい。
艶やかなプライの美声はどうやら当時のメディアには収まりきらなかった。
もともと収まりきらなかったものはいくら化粧しても無駄なこと。
録音元のレーベルはすでになく、移動したマスターテープも年月の経過と共に確実に劣化していく。
プライが現代の人ならどんなに良かったろうか。
ああ、もったいない、とつくづく思うのだ^^;

posted by あひる★ぼんび at 23:33| Comment(12) | プライ

2017年03月30日

フィリップス「プライ・リートエディション」〜第2巻

ディースカウは60年代終わりにDGにシューベルトの男声用リートの全曲録音を実行し、それがワールドリリースされるや否や「シューベルトのスペシャリスト」と見なされるようになっていた。まだ若さを残したディースカウにとっては意欲的な挑戦、ステージ引退直後の大御所ムーアにとっては芸術の集大成。
当時、評論家も、研究者も、同業の歌手達もこの全集を聴き込んだことだろう。
当然、プライもしっかりと聴き、研究したはずだ。
プライはシューベルトを愛好しリスペクトしていたが、「シューベルト歌手」と呼ばれることを恐れ、嫌っていた。
それは自由な魂の「うたびと」であり続ける為の彼のポリシーでもあったのだろう。
まして、このフィリップス・リートエディションの場合、全体枚数の制約もあったと思われる。
全体の助言者、音楽学者ハンス・ゲルハルト・リヒトホルン博士との合議によって、曲目はかなりスリムにまとまった。

そのリートエディション第2巻。題名は何の捻りなく「フランツ・シューベルト」。
これはプライ自身が最も望んだセット、このエディションの中核だった。

「膨大なシューベルトのリートからほんの数枚分選べと言われても難しい。だからここには私が普段からコンサートで披露しているものを入れた。それらは考え抜いて決定し、長年歌いこんだプログラムだ。私のリサイタルに来てくれる人と、このセットを手にする人はほとんど共通していることだろう。それでも、この中から聴き手はきっと新しいものを受け取ってくれるはずだ。私自身が歌いながら多くの喜びと共に新しい発見をしたのと同様に。」

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プライ・リートエディション第2巻
「フランツ・シューベルト」

ヘルマン・プライ(バリトン)
ジェラルド・ムーア/レオナード・ホカンソン/
ヴォルフガング・サヴァリッシュ/
カール・エンゲル(以上ピアノ)
(独フィリップス LP8枚組 ドイツ輸入盤)



ジャケットのデザインは第1巻や事前公開された広告写真から変更され、大きくHERMANN PREYと表記されている。
内容は
「様々な詩人によるリートT」(ホカンソン)
「美しき水車小屋の娘」(ホカンソン)
「冬の旅」(サヴァリッシュ)
「白鳥の歌」(ムーア)
「ゲーテの詩によるリートとバラード」(エンゲル)
「シラーの詩によるリートとバラード」(エンゲル)
「様々な詩人によるリートU」(エンゲル)
・・・という大まかなくくりにまとめられている。
これらはエディションの計画具体化直前の1971年から1973年に録音され、すべて単独で発売された。この巻の場合「分売」という表現はふさわしくないかもしれない。
このエディション自体が本家オランダフィリップスではなく、分家のドイツフィリップスのローカル発売だったため、オランダ&インターナショナル向けの規格番号を打った買いやすい単独アルバムも必要になったようなのだ。
日本はヨーロッパ諸国以上にリート愛好者が多かったので、本来ならまとめて出しても良かった筈だが、ばらばらのままで結局実現はしなかった。
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内容についてはこれまでにも度々取り上げているので、全ては書かないが、気負わず自然な歌を聴かせる為に、1曲1曲、彼がどれだけ歌いこんだか考えると、決して聴き流すことができない特上の「宝箱」に仕上がった。
特にエンゲルの逞しいピアノに支えられた作品はプライも生き生きとたっぷりと声を響かせている。
対してホカンソンとの録音に少々ムラを感じるが、あるいは他のレコーディングの合間をぬっての取り組みだったのかも…と思えた。実際、この頃プライはTV収録や他社録音を掛け持ちすることがあり、スケジュール調整を当時快く受けてくれたホカンソンとはどうしても「合間」になってしまったのだろう。
歌劇場音楽監督も務める多忙な指揮者サヴァリッシュや大御所ムーア、ステージの共演すら全く実現しなかった人気のエンゲルらとは、多少差別化が起こってしまうのはやむをえなかったのだとも思う。
とはいえ、アンサンブルの質が低いとか、そういうことではない。シューベルティアーデの気分に相応しい親密な雰囲気はホカンソンとの共演に特に感じる。
選曲として、シラーだけで1枚分入れているのはプライらしい。大バラード「潜水者」は派手目の間奏を挿入したD.77とD.111の折衷版。曲自体が巨大なので、とりあげる歌手自体は少ないが、曲の面白みを伝える妥当な措置として、プライはステージでも常にその版で歌っていた。
構成力とバランスが勝負のそういった大作に対しても、無理に感情を押さえて理性的に捉えるなどという不自然な瞬間はない。
また、全てに共通して、楽譜のバージョンに拘りすぎることもないのにも好感がもてる。
つまり、プライのいつもの長所がシッカリと生かされ、誠実にシューベルトの業績を歌い上げようとしているのが明確だ。
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プライ・リートエディションVOL.2
「フランツ・シューベルト」

ヘルマン・プライ(バリトン)
ジェラルド・ムーア/レオナード・ホカンソン/
ヴォルフガング・サヴァリッシュ/
カール・エンゲル(以上ピアノ)
(独フィリップス 6枚組 ドイツ輸入盤)




CDは8枚のLPの面割をつめて6枚にしている。リーフも、アーティストの写真や各詩人肖像画、プロフィールをカットしている。
これでは資料的価値が下がり、少々読みにくく、曲の並びがつまってしまった為、LPで聴きなれた身には聴き辛い。
プライが描いたコンセプトを破壊してまでコンパクトにする必要も感じないのだが…無視されずにCDセット化されたのは喜ぶべきだろう。現在は製造されておらず、中古在庫とダウンロードのみだが、いずれオリジナル通りの復活を願いたい。

posted by あひる★ぼんび at 23:40| Comment(8) | プライ

2017年03月17日

グラフェンザールのプライ

プライは地方の合唱団のコンサートにゲスト出演することが度々あった。
彼自身、専属レーベルも専属劇場も持たなかった強みで、大規模なクリスマス等のイベントや音楽祭のガラコンサートにとどまらず、地方都市の小さなコンサートにも参加していた。
それはキャリアのある歌手にしては珍しいことかもしれないが、音楽都市ザルツブルクやバイロイトよりも、田舎町バートウラッハでの演奏会を大切にしていたように、晩年に近づくにつれてその傾向は顕著になっていたようだ。
商業性を意識せざるを得なかった大規模音楽祭のプログラミングに乗るより、自分の芸術性を発揮できるのはそちらだと実感していたのだろう。

sil-pre.jpg1979年グラフェンザールコンサートより
シューベルト:森の夜の歌〜男声4部合唱と4つのホルン
        酒の歌〜バリトン、合唱とピアノ
        おやすみなさい〜バリトン、合唱とピアノ

ヘルマン・プライ(バリトン)
ミヒャエル・クリスト(ピアノ)
ツォーラーナルプ・バリンゲン・ジルヒャー合唱団
ヨゼフ・ケストル(指揮)
(MAS 7in.LP ドイツ輸入盤)


これもそんなコンサートの演奏記録。1979年6月24日ホーエンツォーレン城グラフェンザールでの収録。
シューベルトのこういった作品は純粋なピアノ・リートに比べると演奏機会が少ない。
当然、録音物も少なくなる。
少人数であっても合唱が加わるということは、独唱者側の通常のリートリサイタルではプログラムが出来ない。そうなると、合唱団のコンサートの中に組み込まれることで披露の機会を得るしかないわけだ。
このコンサート全体のプログラムは不明だが、A面の「森の夜の歌〜ザイドルの詩による男声4部合唱と4つのホルンの為の」も、B面、プライが加わった「酒の歌」「おやすみなさい」の2曲も珍しい曲目なので、かなり意欲的な内容だったと想像出来る。
カステッリの詩による「酒の歌」は「酒」が題材だが、題から想定される酔っぱらい気分とは対極のきわめて真面目なリート。
ロホリッツの詩による「おやすみなさい」は「うるわしき夜」と訳され重唱曲集などに時々出てくる作品。
両曲ともプライ自身、他ではあまり歌っていないようで、歌い崩すことなく慎重に歌い進めている。
深い声のバリトンと男声合唱によって歌われるシューベルト晩年の音楽は格別の雰囲気を持つ。これも名演だと思う。
この盤は合唱団の自主制作盤らしく、MASという規格品番以外、レーベルもわからない。
7インチドーナツ盤だが33回転。この回転数のドーナツ盤は日本ではレコード全盛期でも滅多に見かけない規格だった。
現代のようにCDが簡単に作れる時代ではなかったので、有名アーティスト参加の「公式の自主制作盤」=「結構な貴重盤」ということになるだろう。
当然収録時間は短いが、聴いた充実感はしっかりと残る。フルサイズのLPの存在はわからないが、あったら是非聴きたいものだ。
このいかにも最低限の保守条件を満たしただけの簡易なジャケットは購買意欲をそそるものではないが、
プライはここに収録された曲については他に公式録音を残さなかったので、大変に貴重なものだ。

プライは70年代後半フィリップスとの契約を終えると、以降はEMI系(エレクトローラ、インターコード等)、RCA系(オイロディスク、DENON等)に数点録音した以外はメジャーレーベルへ録音しなかった。その分、こういった自主制作盤への参加と、放送局企画への録音が増えている。
それらは「存在」はわかっていても現実的には入手が出来ないものばかりなのが残念だ。
最近、改めて思う。ひとりの歌手の芸術の足跡を追うだけで、無限の広がりがある。
まだ全貌はわからないし、知る術もない気がしている。「偶然入手する以外に方法のないもの」ばかりなのだ。
さらに没後20年ともなると、淘汰も起こってしまうものなので、その辺がとても恐いのだが、遺族近親者=フローリアンあたりがまとめてくれたらいいのに、とひたすら願うばかりだ。

posted by あひる★ぼんび at 23:27| Comment(10) | プライ

2017年03月06日

ZDFの「イタリアのトルコ人」

「イタリアのトルコ人」はロッシーニが1814年に発表したコミカルなオペラ。
大当たりした「アルジェのイタリア女」の2匹目のドジョウを狙ったようだが、失敗とまでは言わないまでも不発となってしまったということだ。
題名の「トルコ人」はじめ、多くの出演者のキャラクターがステレオタイプに作られ、全体がドタバタしたコメディだが、その中に「文化史」や、それ以上に「哲学」を見出す愛好家もいたようだ。
結局、ロッシーニの死後は上演回数がいよいよ減り、この作品が再び着目されるのは1960年代後半から1970年代になってからだったという。
そういったディスカバリー・ロッシーニとも言えるフィルムがこのZDF制作のドイツ語版「イタリアのトルコ人」テレビエディット。ベルリンRIASの協力、レンネルトの企画である。
ZDF(第2ドイツ放送)は日本で言えばEテレのような公共放送局で、教育番組や各ジャンルの音楽番組も積極的に制作している。
これもその1つ。60〜80年代、このシリーズは名作オペラを放送時間に合わせて巧みにエディットして(とはいえ作品によってはほぼ全曲だが)スター歌手を揃え、立派で楽しい「オペラ映画」を生み出していた。
テレビ放送の全盛期にこういったものが日常的に作られていたというのが、いかにも「ドイツらしい」と思う。

TurcoinItalia.jpgロッシーニ:イタリアのトルコ人(ドイツ語版TVエディット)
ヘルマン・プライ
バリー・マクダニエル
インゲボルク・ハルシュタイン
ルドルフォ・ダラポッツァ
RIAS室内合唱団 ベルリン放送交響楽団
ジュゼッペ・パターネ(指揮)
ヌンティオ・デル・ベッラ(チェンバロ)
(ZDF DVD-R ドイツ輸入盤)



序曲をカットし、いや、それはフィナーレの後の出演者クレジットのバックに数分流れるわけだが、いきなり狂言回しにあたる「詩人」の独白シーンで始まる。
プライはその詩人役で、実質主役。歌い、語り、お得意の顔芸(!)で各場面で巨大な存在感を出している。
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演出としてその視点が一貫しているので、詩人の存在は狂言回しどころではなく、全てを食って、物語自体が彼の妄想であるかのような状況に感じさせる。
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一応主要な場面は網羅しているが、細かいカットがある。その分、物語の展開と設定を補足する場面が追加され、レシタティーヴォ部分はドイツ文化に適合した風情に加工され、エンタメ性が強調されているのは「テレビ放送」を意識してのことだろう。
その辺は以前紹介の「ドン・パスクワーレ」と同様だ。
とにかく楽しい。ってか、騒々しい^^;
とにかく男声陣がハイパーなコメデイアンっぷりなのだ。
ダラポッツァのアルフレート的お馬鹿キャラ作りも秀悦だが、トルコ人役のマクダニエルの美声が良かった。プライの1歳下のアメリカ人だが、歌手人生のほとんどドイツで送ったバリトンだ。中低音の深い響きと、テノールのような輝かしく滑らかな高音を持っていて、プライとはまた違った魅力ある声を聴かせている。
顔芸のほうもプライに負けていない^^;
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何より出演者全員が屈託なく楽しそうなこと。
こういう作品をリアルタイムにテレビ視聴していたなら、オペラ愛好者は増えまくるに違いない。
オペラは芸術であり最高の娯楽なのだ。それが実感できる作品だった。
この盤は残念ながら放送原盤の製品化ではなく、オンエアの録画のコピー資料である。したがって画質はまるで良くないが、音質は鑑賞に支障はない。

以前youtubeに上げた人がいて視聴可能だった。このブログでも取り上げたことがあった。
あれが消されてから最近は見かけないなぁ…。
posted by あひる★ぼんび at 23:38| Comment(2) | プライ

2017年02月11日

プライのアルマヴィーヴァB

mozfig_ab.jpgモーツァルト:「フィガロの結婚」(全曲)
ヘルマン・プライ(アルマヴィーヴァ伯爵)
ミレッラ・フレーニ(伯爵夫人)
ホセ・ファン・ダム(フィガロ) ダニエラ・マッツカート(スザンナ)
テレサ・ベルガンサ(ケルビーノ)
クラウディオ・アバド(指揮)ミラノ・スカラ座管弦楽団・合唱団
(OPERA D'oro 3枚組CD アメリカ輸入盤)



1974年4月22日ミラノ・スカラ座での公演ライヴ。
拍手や舞台上のノイズもそのまま収録されている。つまりはかなりぶっきらぼうな資料録音で、Aで紹介した1961年のものより条件は悪い。しかしこれも音源の貴重さを考えれば許容できるものだ。
基本、ゆったりテンポながら、物語の進行と登場人物の感情の高ぶりに応じて加速し、変化が大きい。
アバドは後にピリオド的アプローチに踏み込むが、この頃は、モーツァルト・ピリオドではなく、ロマンティックな「70年代ピリオド」と言えるだろう。
テンポのゆらしが活力になっていて、時代考証に慣れた耳にはかえって新鮮にも思えた。

ファン・ダムはフィガロ役は得意だったようで、多数の録音・上演記録を残している。
彼のフィガロは重く逞しく、まるでエスカミーリョなのだ。でも、そんな声の強さを除いては表現は中庸だと思う。足音や声の揺れから察するに、結構アクションをつけているのがわかるが、感情を声に極端に反映させるほうではないらしく、映像がないので音だけでは明確ではない。
そんなダムに対して、プライのアルマヴィーヴァは、登場しただけで空気がそこを中心に渦巻くようで、主役的存在感がすごい。アルマヴィーヴァの役作りは堂にいったもので、60年代のいくつかの録音よりずっと落ち着き、威厳も感じる。が、そこはプライ、例によってスイッチが入ってしまうとダム・フィガロより軽快陽気になってしまう。プライの色々な声と感情表現をわかりやすく盛り込むクセがここにも出ている。
果たしてそれがアルマヴィーヴァ役として相応しいかどうかは疑問も残るのだが・・・。

プライ自身はこの役に愛着を持っていたようだが、ディースカウ程、世間の評価は上がらず、「喉への負担」を恐れて渋っていたフィガロ役でブレイクしたという事実が面白い。
実際のところ、大御所ベームとのDG盤やユニテルの映画、来日公演でプライ=フィガロは大きな印象を残しているが、上演舞台はそれほどの回数ではなかったようで、残された録音もアルマヴィーヴァ役のもののほうが多い。
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女声陣は皆、のびのびと持ち役を演じている。フレーニの声が若い事もあって、悪役になりきれないプライ共々、アルマヴィーヴァ夫妻は「セヴィリア」時代からタイムスリップしてきたのではないかと思えてしまった。また、ケルビーノ役のベルガンサの声も若いので、声だけだと録音上の問題と相俟って、誰が誰やら…である。
しかし、実演の強みは、全体のきびきびした運びだろう。通常、音だけだと少々長すぎる印象もある「フィガロの結婚」だが、セッションでは味わえない楽しさが伝わってくる。
音質に拘らなければこれも名演奏の良い記録だと思った。

プライは60年代終わりからベームとのDGレコーディングに向けて「フィガロ役」の準備も進めていた。
生の舞台で披露するにはまだまだかなりの入れ込みが必要だったろう。
丁度この盤の上演の頃はユニテルへの映像収録があって、音楽に対するノリにけじめがつかなくなることもあったかもしれない。
(ベームとのレコーディングではフィガロなのに伯爵パートを歌ってしまったり、場ミリ位置を踏み越えて技師を困惑させたり…要はやっぱり彼のフィガロ&パパゲーノ的エピソードが伝えられている)

ミラノ・スカラ座というイタリアオペラの殿堂で、プライはイタリア語で勝負している。
もともとラテン語やイタリア語が得意だったというから語学的にはそれほどの苦はなかったかもしれないが、それでもメトで歌うのとはわけが違う。
伝統的にウルサイ評論家達が待ち構えるイタリアオペラ界に「ドイツ人バリトン」が単身切りこんだ勇気は大変なものだったと思う。
当時売れっ子だった人気歌手を集め、イタリアローカルではない世界的な「新しいドリームキャスト」を実現しようとした感のある当公演。出演者の大半が鬼籍に入り、今となっては過去の遺産である。
演奏スタイルも新しいどころか、すっかり過去のもの。時の流れはなんと早いのだろう…。

posted by あひる★ぼんび at 23:35| Comment(8) | プライ

2017年02月08日

プライのアルマヴィーヴァA

「フィガロの結婚」では、プライはデヴュー間もないころから、アルマヴィーヴァ伯爵を持ち役にしていた。フィガロを歌うには声域の問題があったため、オファーがあってもなかなか踏み切れなかった。
それよりも(キャラクターは別として)声域がぴったりはまるのはアルマヴィーヴァだったのだ。
その辺のことは以前に記事に書いた。http://ahirunooto.sblo.jp/article/174104547.html

ディースカウは「4歳下のプライが何でも真似をしてくるので辟易している」と著作にまで残しているが、さてさて、アルマヴィーヴァもディースカウの持ち役だったわけで、まあ、これもさぞ穏やかでなかったことだろう。
しかし、ディースカウ先生、考えてみて下さい。王道のレパートリーを総なめにしていたあなただからこそ、同声域の後輩歌手の行動がすべて「ものまね」に思えてしまったのではないですかね。
でも、「常に芸術家でありたい」というあなたと、「どんな時も歌手でありたい」というプライでは、アプローチの違いは歴然としていたわけで。

Figaro-pr-gu.jpgモーツァルト:「フィガロの結婚」(全曲)
 ヘルマン・プライ(アルマヴィーヴァ伯爵)
 エリザベート・シュヴァルツコップ(伯爵夫人)
 グラツィエラ・シュッティ(スザンナ)
 ジュゼッペ・タディ(フィガロ)
 カルロ・マリア・ジュリーニ(指揮)
 レジデンティ管弦楽団 ネーデルラント室内合唱団
(verona 3枚組CD ルクセンブルク輸入盤)


これは1961年、オランダフェスティヴァルでの放送用ライヴ録音。
ドイツ国外の上演なので原語のイタリア語が採用されている。
プライはまだ32歳、当然若い声だが、「好色伯爵」のギラギラ感はなく、むしろ抑え気味で、充実した響きの声で歌っている。フィガロと違い、アルマヴィーヴァは聴かせどころがアリアではなく、レシタティーヴォにある役柄なので、これはむしろ得意分野だったろう。
ただ、対話シーンがノってくると、つい威厳を忘れた演技になってしまうのは彼の特徴。
それがかえって、「普段気取ってるけど、おまえら貴族の本質は全然違うんでしょ」とおちょくるモーツァルトとポンテの笑いが見えてくるようで面白い。
シュヴァルツコップに関しては、彼女の良さを引き立ててくれる演出になっていないようで、少々評価が難しく感じた。また、フィガロ役のタディはさすがイタリア人…なのだが、アルマヴィーヴァより女好きか?と思えるオーラを醸し出してしまうのはいかがなものか^^;
プライ、シュヴァルツコップ、タディ、シュッティ以外はオランダのローカル歌手のようで、聴いた記憶のない名が並んでいる。しかしまだ若かったジュリーニの指揮ともども、締めすぎず緩めすぎず、いい具合の上演になっている。確かに、若手スターとベテラン指揮者を看板に掲げた音楽祭の「客寄せ公演」には違いないのだが、きっと評判は上々だったに違いない。
ただ、これはあくまで一回性のライヴ録音。もしも、プライに興味がなく、シュヴァルツコップとタディを楽しみたいならEMIのセッション盤を聴いたほうがいいだろう。
上演データの記載は何もないが、イタリア語の分厚いテキストが全文添付されている。
録音状態は年代相応の「ラジオ放送用録音」で、特に問題はない。場面によっては所作によるノイズが音楽より大きくなったり、顔の向きで音が大小することがあるが、臨場感と思えば気にならない。タディもプライもよく動き回る歌手だったからだろう。
多少、編集には難があって、場面転換で不自然な空白や余韻の消去がある。
だが、メジャーからの発売のなかったこの音源の貴重さを思えば、許容範囲だと思う。
この録音は、ハイライト盤は幾つかの廉価レーベルから出ているし、中の有名曲が引き抜かれてオムニバスに紛れていたりもする。だが、そのままの全曲盤は希少だし、最近は中古でも目にすることが少なくなった。
メンブランあたりがセットもので復刻しない限り、やがては忘れられていく音源なのかも、と考えたらなにやらとても残念な気がしてしまった。

ちなみにこのセットの3枚目余白には1957年ザルツブルクでの同曲抜粋が収録されている。
指揮はベーム、伯爵夫人はシュヴァルツコップ、フィガロはクンツ、そしてアルマヴィーヴァはディースカウ。
プライの盤に先立つこと4年・・・洒落なのか意地悪なのか皮肉なのかわからないが、蛇足とは正にこういうことだろう^^;

posted by あひる★ぼんび at 22:08| Comment(2) | プライ

2017年01月25日

H.Prey The Schubert Song Cycles

この映像作品はこれまでずっと2枚組NTSC-DVDで流通していたが、やっとblu-ray1枚にまとめられ、発売された。
preybdschub.jpgHERMANN PREY
The Schubert Song Cycles
   「美しき水車小屋の娘」
   「白鳥の歌」(付:秋)
   「冬の旅」
   ドキュメンタリー

ヘルマン・プライ(バリトン)
レオナード・ホカンソン(ピアノ)
ヘルムート・ドイチュ(ピアノ)
(UNITEL-Cmajor Blu-Ray EU輸入盤)


PCMステレオ音声+ドルビーデジタル5.1ch、英・仏・西字幕。
この盤の場合、画質、音質共にこれまでと比べ特にアップしているわけでもないが、こうして新フォーマット発売があることで盤の消滅を防ぐことにもなっているわけだから、喜ぶべきだろう。
とにかくデータが荒れないうちにユニテルにあるシューマン、Rシュトラウスも早期にデジタル化願いたいものだ。

さて、この盤は「冬の旅」が1984年、「美しき水車小屋の娘」「白鳥の歌」が1986年の製作。
いずれもライヴではなく、貴族の小さな客用広間のような場所で収録されている。
暗めの間接照明の中、比較的親しげな空気感に演出されていて、リートに似合っている。

「美しき水車小屋の娘」
いつものようにすべて通常の版を使って、特に差別化ははかっていない。
ただ、例によって「仕事を終えた夕べの集い」の最終行のくりかえす単語が他の歌手と違う「プライ仕様」になっている事ぐらいだろう。
「水車屋の花」のピアノパートも、いつものプライだと3節目をオクターヴ上げて弾かせ「涙の雨」の前奏と繋げるのだが、ここでは慣用版へと戻し、弾き終えたあとに楽譜を開き直す間をおいて気分の転換をみている。
どちらかというと全体に淡々とした演奏で、感情の起伏も抑え気味だ。
冒険を避けたのは、これは観客を前にした1回限りの瞬間芸術ではなく、繰り返し鑑賞されるものであるということを強く意識してのことだろうか。
その割には細かい修正はなく、プライの発声の部分的なムラや、ピアノパートの微妙な傷がそのままになっている。
コンサート・ライヴとセッション録音の中間といった位置づけか。
プライは、この世代のバリトン歌手としては、「美しき水車小屋の娘」の演奏回数がかなり多い。
ザルツブルクやホーエネムス、そして来日公演でも度々歌っていた。
反対に、ディースカウなどはこの曲集を観客の前ではほとんど歌わなかったわけで、捉え方そのものが大きく違うのだろう。
田舎芝居のような詩と、民謡風の有節曲で占められたこの曲集の、どこに芸術的価値を見出すのか、という点で、アプローチの仕方が大きく変わるのだと思われる。
民謡曲に大きな芸術性を見出し、愛唱したプライだったが、それでもこの曲集には常に苦戦しているのがわかる。
シューベルトが曲に含ませた毒や棘が、プライの素直な表現を打ち砕こうと、待ち構えている。
それは常に意識しせねばならなかったに違いないのだ。
ここには70年代初めのエンゲルとの「天真爛漫」と言われた歌唱とは全く異なる世界が広がっていた。

「冬の旅」
プライにとってのシューベルト映像作品第1作として1984年に収録された。ピアニストは80年代に入って共演が多くなったヘルムート・ドイチュ。
こういった観客のいない準セッション録音は、作品への没頭はしやすいと思うが、独特の高揚感や熱気を生みにくい。ドイチュのピアノは冷静で、これまで録音されていた「逞しいリズムを打ち出すエンゲル」や、「理知的に詩と音楽を解釈するサヴァリッシュ」と全く異なっている。この頃のプライの評価として、急激に「落ち着いた歌唱を聴かせるようになった」と言われたりしたのは、まさにドイチュのテンポ感や音量バランスのとりかたにあったろう。実際、同じ頃でも別のピアニストとはいつもの「プライ的」な起伏や歌い崩しがあった。そう考えるとピアニストの作品アプローチはとても大きな要素なのだ。
この頃になると、プライは自らがシューベルトの自筆譜から校訂した版を使って歌っている。ただ、手稿譜のまま歌っているわけではなく、あくまで出版譜に手を入れるにとどめているようだ。音楽学者でないプライにとって、音符の位置の相違は明確でも、シューベルト独特の記譜法(フェルマータやアクセント等)に関して、どこまで自分の説を主張できたかはわからない。聴感上、それほど突飛なことにはなっていない。
「若い頃から何度も歌い間違えていると指摘された部分が、実は手稿譜では自分が歌っている通りと知り驚いた…」と、ボーナストラックのインタヴューでも語っている。
また、初期の頃から「最後の望み」のミュラーの原詩を参照した歌詩変更が特徴だったが、当然、ここでも反映している。
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ここでのプライは淡々と、歩行リズム制御しつつ、怒りすぎず嘆きすぎず旅をすすめている。
彼のいつもの解釈通り、「宿屋」では、それまで力なく足元ばかり見ていた主人公は、静かに未来を見据えるような前向きな力をふりしぼり、強く歌いきる。その様子が、涙を潤ませた表情と共に感動的だ。

「白鳥の歌」
こちらは1986年の収録で、ピアノはホカンソン。この映像に関してはVHS、LD、DVDと昔から広く流通している。声の調子としては残念ながら好調とは言えず「兵士の予感」などは少々乱れているし、なぜかホカンソンも「春のあこがれ」などいくつかミスタッチ気味になる部分があって、気にならなくもない。
リートの歌唱映像は、今でこそ数多く目にすることができるが、この録画の頃はとても貴重だったわけで、これ位の演奏の傷で価値が揺らぐものではなかったろう。
ここでは同じ頃録音のビアンコーニとのDENON盤と同じく、レルシュタープ部分に「秋」を加え、15曲版として歌っている。
できればリサイタル時のように、「戸外で」「あこがれ」「月にさまよう人」「窓辺にて」に「鳩の使い」を並べ、ザイドルグループを構築してほしかった。その形での録音を最期まで残さなかったのが残念だ。色々な歌手の「白鳥の歌」を聴いたが、あれほど「鳩の使い」がしっくり収まっている例は思いつかないぐらいだ。
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ボーナストラックとして、スタジオで収録したと思われる各曲集の簡単な紹介と、長めのインタヴュー・ドキュメンタリーが収録されている。内容は生い立ち、少年合唱団時代、ダンスホール歌手時代の話、リート歌手として「冬の旅」の発見エピソード、バイロイトの思い出、2つのフィガロ役のこと、パパゲーノのこと…どれも短くエディットされているが、ユニテルのオペラ映像作品からの部分映像や、バイロイト初舞台の様子、演出にチャレンジした際の様子など、ちょっと珍しいシーンも織り交ぜて飽きさせない構成になっている。特に難しいことは言っていないが、日本語字幕がないのが残念。あればもっと楽しめたのに…と思った。
posted by あひる★ぼんび at 23:44| Comment(4) | プライ

2017年01月19日

芸術家の肖像〜アリアとリート

prey2292.jpegDas künstler-porträt
セヴィリアの理髪師/フィガロの結婚/ドン・ジョヴァンニ/
皇帝と船大工/刀鍛冶/ジプシー男爵/
ガスパローネ/ボカッチョ からのアリア
ベートーヴェン・シューマン・ブラームスのリート/
ドイツ民謡2曲

 ヘルマン・プライ(バリトン)
 スウィトナー/ザノテッリ/ヘーガー/アラース
 レーハン/ベルク/ミハルスキ(以上指揮)
 ムーア/エンゲル/メルツァー(ピアノ) 他
(Crystal-prisma LP ドイツ輸入盤)


これはオリジナルのリサイタル盤ではなく、再発廉価の編集コンピレーションなので、紹介するほどのものではないかもしれない。しかし、CDに比べるとずっと扱いが面倒なLPならでは、というか、編集者の工夫が読み取れるようだし、また、収録時間が短めなので弛緩なく楽しめる。
集められているのはプライが1957年から1968年の11年間にエレクトローラに録音したオペラ、オペレッタの全曲盤やオリジナル抜粋盤、そしてリートのリサイタル盤から数曲。
構成としてA面はオペラアリア、B面はリート4曲のあとにブラームスの民謡編曲1曲、続けて民謡2曲、そのあとオペレッタナンバー。
LPはCDほど自在に曲をスキップできないので、たぶん多くの聴き手は一度針を乗せたらその面は最後まで聴ききる・・・そんなふうに通して聴くことを想定して、変化をもたせようという工夫が見られる。
プライ自身がアルバムを作るときは自身で曲目曲順をプログラムするのが常だったが、それはこういう盤ではあり得なかった。が、もともとプライのプログラムの感性は素直なので、「彼ならたぶんこうする」の想像は難しくはない。ぐちゃっと集めただけでなく、それなりのポリシー(戦略)で並べることの大切さを感じる。その意味ではこの盤は合格点だろう。

ジャケットの、まだ若いプライのポートレートを眺めながら、歌う喜びに溢れた若々しい歌声を聴くのは本当に楽しい。
こういうのはそれぞれの全曲盤とは違った印象で楽しめるし、曲の並びと組み合わせでオリジナルとは異なって聴こえるものだ。録音状態が曲ごとに違っても、気にしない…気にしない癖をつければよい。
それも含めて、面白さを見出してしまったら、それはもう抜け出すことが困難な「ドロ沼」である^^
自分は見つけるたびに望んで飛び込んできた。抜け出したくもない。
こういうアルバムの場合、特にCD化の必要はないだろう。
むしろLPだからこそ楽しめるのだと思えた。
posted by あひる★ぼんび at 23:16| Comment(8) | プライ

2017年01月04日

プライ1回目の「冬の旅」録音

プライにリートを歌う「意欲」と「決意」を作ったのは1948年、ディースカウがリサイタルで歌った「冬の旅」を聴いたことだったという。
この件については以前もこのブログで取り上げたが、これは「意欲」というより自分自身に対する衝撃的な危機感だったようだ。
プライにとっては、レコードで楽しむシュルスヌスは「憧れ」であり、いつか到達可能な夢の形だったろうが、目の前で同世代の男が、考え得る最高の歌を聴かせている姿は…自分の夢に疑問を持つほどのダメージをくらったようなのだ。

しかしプライは不安に負けなかった。
「劇場専属オペラ歌手」としてデヴューしたプライがリートリサイタルを開催できるようになるまでは数年を待たなければならないが、ドイツ語版イタリアオペラやローカルなジングシュピールを歌う傍らで「夢」にむけての勉強を怠ることなく続け、やがて劇場契約を持たないフリー歌手になり、ついに才能を開花させた。

プライは1952年にリサイタルの舞台に初めて「冬の旅」をのせるが、レコーディングまでには更に10年程準備をしている。そして、60年代初め「冬の旅」をエレクトローラにセッション録音する。
ピアニストは同世代のカール・エンゲル。ディースカウの「冬の旅」の衝撃体験から10数年が過ぎていた。
綿密な準備で作られたこの録音はプライ初期の代表的名盤として今でも聴かれ続けている。
(ちなみに1965年にはザルツブルク音楽祭でブレンデルと「冬の旅」をやっている。61年「ベートーヴェン」62年「美しき水車小屋の娘」同様、このコンビは解釈問題での対立が顕著で、それでも何年にも渡って何回も共演させたのは本人たちの意思ではなく、商業的事情だったのだろう。若い彼らはまだまだ我儘のいえる立場ではなかったわけだ)

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シューベルト:冬の旅 D911(全曲)

ヘルマン・プライ(バリトン)
カール・エンゲル(ピアノ)
 (東芝 2枚組 LP 国内盤)




これはまだこのアルバムが「最新録音」扱いだった60年代の日本国内盤である。
この頃のLPは片面の収録時間が短いので程良く集中して音楽を楽しめる。
昔、父が、ヒュッシュのSP盤「冬の旅」は20枚組だったよと言っていたが、それはちょっと困るけれど・・・CD、DVD、BLU-LAYとメディアは進化し、収録できる時間もとんでもなく長くなったが、人間の集中力はたかが知れているわけで、最適収録時間のLPの発明普及はそのまま音楽文化の発展に寄与したことは間違いない。
2枚組、赤透明のエバーグリーン盤。これも以前書いたが塩ビ素材に静電防止剤を多く練りこんで、通常の「不透明黒」ではなく「透明赤」の色素が使われた。この業界で現在も延々続く「素材違いによる音質改善をセールスポイントにする」そのはしりみたいなものだ。この頃、東芝はいわばフラッグシップ規格にこれを持ち込んだ。確かに静電気はおこりにくいようだが、正直なところ、それ以外の効果は理解の外だった。
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この盤のジャケットデザインは、当時の外盤のディースカウの「冬の旅」の完全な使いまわし。次の再発からは別ジャケットに変わったが、この安易さは、日本での当時の立場そのものなのかな?ディースカウなんてほとんどが布や化粧紙貼りのBOXなのにねぇ^^;
演奏そのものは高評価だったようで、LP時代もCD時代も何度も再発売を繰り返している。

このプライの「冬の旅」の話にもどる。
若き日のプライの歌唱はいつでも前のめりで、少々リズムが流れる傾向があった。この盤の場合、エンゲルがしっかり止揚をかけていて、アクセントも整えてくれている。ディースカウと共演していたヒリングや常に分析的なムーア、自由なデムス…彼等よりお見事…というか、プライの特質に合致しているピアノを聴かせている。
この盤の西野氏の解説(なぜかそこにはヒュッシュとディースカウのことばかり^^;)にもあるのだが、なぜかこの録音でのプライは各詩句語尾の子音をあいまいに発音していて、「独白」状態を演出している。その分エンゲルがそれを受け止め、全体の輪郭バランスをつけている。
また、シューベルトが改変したとされる詩を原文に戻して歌っている。このことはあまり話題にならなかったようだが、実際大きなチャレンジだった。
まだピリオド的研究が流行する前のものなので、ピアノパートや表情記号の検証などは行われていないが、プライはこの後、手稿楽譜を細かく検証したクリティカル・ヴァージョンを成立させるそのスタートとなっている。のちにその版は80年代にDENON録音で披露することになった。

プライの「旅」の主人公は、悲しみの中にはいるが、それほど絶望していない。
城門前の噴水の「菩提樹」を越え、雪の荒野に歩みを進めるうちに「とんでもないことをしてしまった!」と気付く様子なのだ。
絶望し、諦めた人間は喜怒哀楽が薄くなるはずだが、プライは常に濃厚な感情を読み込んでいる為、音楽があちこちで「平坦」を演出していても「生きてやる!」と抵抗を続ける。
後半に至って、さすがに放心が起こるが、それとて、「宿屋」で自分の心の意思(必ずしも希望ではないけれど)を確認し解脱を試みる。もちろん、それは魂が体からの開放されることなのか、逆に死からの決別かはわからないが、プライは晩年に至るまで、ここに強い意志と決意を織り込んでいる。
だから、最終曲の老音楽師との足取りも決して重くはならないのだ。死だけを道連れにしていた旅に、横を歩く友が出来た。主人公よりずっと深い苦難を歩いてきた老音楽師。行く末は見えないが、その存在は将来を映した鏡でもあったろう。

生きることは死ぬことより辛く、困難さがつきまとう。実は、死ぬのは簡単なのだ。
まして極寒の冬であれば、黙って動かなければ本当に簡単に死ねる。
ではなぜ、主人公は歩き回る?
死に場所を探しているのではなく、生きたいのだ。
思いを巡らし、もがき葛藤するのは生きることを諦めていないからだ。
「冬の旅」は主人公が「旅をしている」限り、本当の諦念はない。
プライ自身はこの旅が冥府への道であることを否定していないが、同時に、必要以上に低く移調して歌うことは暗く重くなり、シューベルトの調選択の意図に反するので注意すべき…とバスやバリトン独唱にありがちな陰鬱設定に警鐘も鳴らしている。
常に生を意識させるプライの解釈は、真っ当で理屈に合っていると思う。


posted by あひる★ぼんび at 20:40| Comment(4) | プライ

2016年12月23日

聖夜〜シャウシュピールハウスのクリスマス

「シャウシュピールハウス」は旧東ベルリンにあった伝統ある劇場で、東ドイツの代表的音楽ホールのひとつだった。
現在の統一ドイツになってからは「コンツェルトハウス・ベルリン」の名称で存続している。
このDVDは「シャウシュピールハウス」でのクリスマスガラコンサートの収録で、ドイツのテレビ局が放映するために製作したものらしい。

dvd2aa.jpg聖夜〜シャウシュピールハウスのクリスマス
  ドレスデン国立歌劇場管弦楽団
  フェルディナンド・ライトナー(指揮)
  テルツ少年合唱団・合唱隊
  ザゴールスク修道院聖歌隊
  ドリス・ゾッフェル/ヨッヘン・コヴァルスキー
  ヘルマン・プライ/ジークフリート・イェルザレム
  ギュトラー・ブラス・アンサンブル 他
(ARTHAUS DVD EU輸入盤)

  

これにはどこにも収録年の記載がない。再発売盤の宣伝資料では1990年ということになっているが、画質や、出演者の容姿を見るとドイツ統一直前の収録の可能性もありそうだが、詳細はわからない。
一夜のコンサートライヴの所々にクリスマス前後のドイツの雪景色のイメージ映像が挿入されていて、バイエルン放送の「ヘルマンプライ共にクリスマスを」を思い出させ、雰囲気は上々だ。

ジークフリート・イェルザレム
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ドリス・ゾッフェル
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ヨッヘン・コヴァルスキ
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画質が旧東ドイツのアナログTVクォリティなのが少々残念だが、トランペットのギュトラーや、イェルザレム、コヴァルスキなど、まだまだ皆若々しい容姿で、ライトナーも元気そのものだ。
ゾッフェルやコヴァルスキの声の後にイェルザレムのテノールを聴くとやけに太い声に感じたのだが、きっと耳の錯覚だろう。現場ではどう響いていたのだろう。ヴァーグナー・テノールでありながら、オペレッタでも人気が高かった彼である。空気感の大きな響きは録音マイクに乗り難いものだからだ。
その辺はプライの声が録音と生では印象が大きく違うことでも感じる部分で、人間の声が持つ幅広く複雑な周波数をそのままとらえるのはとても難しいことなのだ。
合唱はテルツ少年合唱団&合唱隊。清らかで丁寧に歌っている。ゲルハルト・シュミットガーデンの元気すぎる位陽気な指揮が面白かった。さすが、子ども達をまとめる特殊技能を持った人だ^^
珍しいのは他メンバーと少々異質なロシア正教会のザゴールスク修道院聖歌隊が参加して10分ほど歌っていることだろう。

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音色も見た雰囲気も「黒」。
クリスマスはドイツプロテスタントだけのものではないと言う所だろう。敬虔な祈りを感じる演奏だ。

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プライの容姿はこのメンバーの中ではすでに大御所の貫録が出ていて驚くが、声は変わることのない若々しさでフィナーレ近くの3曲に参加している。
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ラストは出演者全員で「聖夜」をおごそかに歌う。
本当に、パーティ的な騒々しさの全くないコンサートだった。
特別なショー演出皆無、出演者のトークすらなく、ナレーションも入らない。全員が真摯な態度と表情で敬虔なクリスマスコンサートを作っている。

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このDVDはほぼ同時期に輸入盤・国内盤違うパッケージで流通し、何度か再発売されている。
自分は輸入盤しか持っていない。
収録曲は必ずしもクリスマス音楽ではないが、しみじみと静かに過ごしたい方には最適なDVDだ。
何より、こんなコンサートに参加してクリスマスを過ごしてみたいと思った。
<収録曲>
1. 扉を開けよ(フライリングハウゼン)
2. ばらの花咲き出でぬ(エサイの根より)(プレトリウス)
3. アヴェマリア(グノー)
4. ユビラーテ「主に向かって喜びの叫びをあげよ」(プレトリウス)
5. 聖らに星すむ今宵(アダン)
6. 甘き喜びのうちに(プレトリウス)
7. クリスマスオラトリオより「心からの喜び」(バッハ)
8. ロシア正教会聖歌3曲
 (アミン,栄光は父と子と/主は神なり,我等を照らせり/今,処女は永住の主を生む)
9. 管弦楽組曲第3番よりアリア(バッハ)
10. クリスマスオラトリオより「道を整えよ」(バッハ)
11. ハープ協奏曲変ロ長調op.4-6から第1楽章(ヘンデル)
12. オンブラ・マイ・フ(ヘンデル)
13. シェメッリ歌曲集より「やさしくも愛らしき」(バッハ)
14. キャロル「ヨゼフ,愛するヨゼフ」(14世紀古曲)
15. マカベウスのユダより「見よ,勇者は帰る」(ヘンデル)
16. 聖夜(グルーバー)

posted by あひる★ぼんび at 23:57| Comment(4) | プライ

2016年12月14日

廉価再発盤、しかし…

以前、オイロディスクの名盤「プライ・世界の民謡を歌う」(アルバム原題:Welterfolge der Jahrhundertwende 世紀の変わり目の世界的傑作)を紹介しているが、これにはマルカートレーベル名義での廉価盤がある。
これもまた、他のマルカート盤と同様、レギュラー品と同時期流通の為、「売るための工夫」が見られるのが面白い。
具体的には「ジャケットデザインの変更」と「未発売音源の追加」である。
他で聴けない音源が含まれるというのは、全体の曲数がレギュラー盤より少なくても購入のきっかけになるものだ。ジャケットは「wie es euch gefällt」の初期盤と同じもの(トリミング違い)で、これは少々迷惑だった。
これらマルカート廉価版に関してはプライ側の監修は全くなかったようで、曲の並びもオリジナルのように工夫されたものではない。ドイツ語・イタリア語・英語が次々に入れ替わり「変化大」の面白さはあるが、穏やかな世界旅行ではなくなってしまった^^;

prey-mar7.jpg「プライ、世界の歌を歌う」
黒い瞳/海に来たれ/ねずみ捕りの歌/故郷の人々/
ボヘミアの森深く/ハイサ、トロイカ/マリアマリ/
鐘の音は単調に鳴る/ケンタッキーの我が家/
ヴェザー川で/マッティナータ/懐かしきヴァージニアへ/

ヘルマン・プライ(バリトン)
ヴェルナー・アイスブレンナー(指揮・編曲)
ベルリンRIAS交響楽団&合唱団
(MARCATO LP ドイツ輸入盤)



未発表曲というのは「ねずみ捕りの歌」と「マッティナータ(朝の歌)」。
「ねずみ捕りの歌」のほうはこの10数年後にベルケの指揮と編曲で再録音することになるし、「マッティナータ」は名手ヘルベルト・レーバインと作ったアルバムでも歌っている。→参考記事
アイスブレンナーの編曲はどちらも、他の曲同様、シンフォニックで、プライの声にも気合が入って「重厚で大きな音楽」になっている。
そのスタイルが成功しているかどうかは即断できない。立派な歌唱だが、ホームコンサート向けレコードにしてはどちらも重くなってしまい、プライお得意の明るい軽妙なスタイルを期待すると当惑することになる。

Welterfolge der Jahrhundertwendeのオイロディスクオリジナル盤のジャケット
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もっとも、このアルバムはロングセラーで、追加製造のたび何度もジャケットや題名が変更されている。
題名は抽象的→具体的に変わっているが、初期盤のちょっと「?」な題はプライ自身がコンセプトを決める時の発案だったのかな?とも思う^^;
その国内盤のジャケット。自宅書斎でポーズをとるプライが印象的。
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続編ともいえる「wie es euch gefällt」のオリジナル盤ジャケット。
ちなみに観音開きの中ジャケ写真は上記の自宅書斎のプライだった。
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そのマルカート廉価盤(これも未出だったグリーグとレーヴェを1曲ずつプラス)
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同じジャケットのオイロディスク盤フランスオペラアリア集
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こんなふうにジャケットでアルバムの判別が出来ないというのは購入するにも、鑑賞するのに引っ張り出すにも注意が必要になり、困るのだが、まあ、いろいろ事情はあったのだろう。

プライは、オイロディスクではポピュラーシンガー並みの頻度で録音物を繰り出していた。録音物の使用権を全面的にレーベルが所有するポピュラーと同じ契約スタイルだったようなので、どの程度の数の「録音ストック」を残したのか、今となっては全くわからない。その為に、ファンにはオムニバスやコンピレーションで不意に「聴いたことのない音源」が紛れ込んでいる宝探し的な楽しみ方が残された。
それはいいような、困ったようなだが、できればメモリアルイヤーでいずれ集大成してほしいものだと思う。きっと多くの「幻の名唱」があるにちがいない。
posted by あひる★ぼんび at 23:32| Comment(4) | プライ

2016年12月06日

異教徒達の仮装大会〜ヴァルプルギスの夜

10月末はハロウィンで、世界じゅう・・・というか、ニッポンの都市部には大騒ぎしてはしゃぐ「妖怪達」があふれていた。
ケルト紀元の土着信仰が起源らしいハロウィンだが、日本人と何が関係あると言うのか?
この流行そのものは明らかに商売がらみなのだが、大人も子どももそれをネタにイベントを繰り広げていた。いいでしょう。楽しいことは多いほうが世は平安になるものだから^^

似たような祭りなのだが「ヴァルプルギス(ワルプルギス)の夜」というのがある。
4月30日から5月1日にブロッケン山に悪魔や魔女、妖怪達が集って大饗宴を繰り広げると言う「伝説の夜会」だ。こちらは日本では話題にならないが、中央ヨーロッパの一部ではハロウィンと同じように仮装してドンチャン騒ぎするイベントに変貌しているようだ。
このヴァルプルギスは「幻想交響曲」の終楽章や「禿山の一夜」にはその派生戯画が描かれている。
メンデルスゾーンも曲を書いている。それが「最初のヴァルプルギスの夜」というカンタータ。

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メンデルスゾーン:「最初のヴァルプルギスの夜」op.60
  リリー・チョーカシアン(アルト)
  ヘルマン・プライ(バリトン)
  エルネスト・ヘフリガー(テノール)
  レイモンド・ミハルスキ(バス)
  フレデリク・ヴァルトマン(指揮)
  ムジカエテルナ(管弦楽&合唱)
(MCA-DECCA LP アメリカ輸入盤)


この作品はゲーテのテキストによる混声合唱と4人の独唱者・管弦楽のための30分ちょっとの声楽曲で、独唱パートがアルト・テノール・バリトン・バスと、低声に傾いているのが珍しい。
1830年頃から書き進められ1832年に完成したようだ。
メンデルスゾーンはキリスト教徒ということだが、一族は代々ユダヤ教で、当主たる父は1812年ごろ改宗し、以降、姓も「メンデルスゾーン=バルトルディ」と改めた。
一族が裕福で、改宗も済ませていたとはいえ「金融業のユダヤ人の息子」はヨーロッパでは明らかに特別視されたことだろう。メンデルスゾーンの時代では、それが原因で落命するほど極端な差別はなかったと思われるが、強固なユダヤのコミニュティからは排除され、やはり純血主義の強いドイツ人からも「違う目」で見られたわけで、その行き場のない精神的な圧迫は強かったようだ。
心の隅に深い闇をかかえ、それは感受性の強い彼の若死の遠因にもなった様にも思えるのだ。

ゲーテの原作での「ヴァルプルギス」は「悪魔の饗宴」ではなく、「山に追われた異教徒達がキリスト教の兵士を驚かそうと計画した仮装大パーティ」ということになっている。
同じ時代にヘルダーやハイネもそういう設定で作品を書いているから、今更言うまでもなく「魔女」や「悪魔」は権力者の捏造だということは明白だったわけだが。
それにしてもキリスト教聖人を題材にした作品を何曲も書き、その恩恵も受けていた者が、こんな風にキリスト教徒をおちょくる内容を音楽にするというのはある意味暴挙だが、文豪ゲーテを免罪符に、権力に対する批判を描いたわけだ。
この題材をとりあげた理由には、ゲーテがメンデルスゾーンの才能に惚れこみ、強力な支持者になってくれていたこともあるだろう。
しかしそれよりも、20代に入って「世の中の矛盾」を強く感じ、自己批判も強くなっていったというメンデルスゾーンの社会に対するメッセージのひとつだったとも捉えられる。
メンデルスゾーン自身が「自分は畏れる側ではなく、ブロッケン山の宴会に参加する立場である」と感じていたに違いない。

大規模な序曲は「不穏な天気」「春の兆し」の2部に分かれ、全曲の3分の1近くに及ぶ。とってつけた雰囲気ではなく、それに続く9つの場面と楽想的にも完全に一体化している。
第1曲 5月が微笑む (テノール+合唱)
第2曲 あなた方は大胆に振舞えますか (アルト+合唱)
第3曲 いけにえを畏れる者は(バリトン+合唱)
第4曲 男たちよ、散れ! (合唱)
第5曲 愚かなキリスト教の僧たちを (バス+合唱)
第6曲 見張りたち(合唱)
第7曲 万物の神を崇めるのに相応しく(バリトン+合唱)
第8曲 助けてくれ、助けてくれ(テノール+合唱)
第9曲 煙は炎によって清められる(バリトン+合唱)
曲は切れ目なく、緊張感を持続させて一気に続く。
冒頭から印象的なメロディにあふれ、とても聴きやすく優れた音楽だと思う。

プライは1969年にこの曲のレコーディングに参加した。
フレデリク・ヴァルトマン&ムジカ・エテルナとはこの後フォーレのレクイエムを録音している。
管弦楽、合唱ともども「メンデルスゾーンだからこのように」ということはなく、プライの歌いっぷりはいつものように自由で、クライマックスでは短いながら英雄バリトンの真骨頂を聴かせてくれる。
プライ以外の独唱者にもヘフリガーなどの有名どころを揃えているが、少々印象が弱い。
曲の構成のせいもあるだろうか?とにかく、この曲のバリトンソロは完全に「おいしいところ取り」である^^
録音バランスが少々ゆるかったり、自分の手持ちがアメリカ盤の為、あまりコンディションが良くなく、盤質起因の歪が多いのが残念だ。
しかしそれを差し引いても、素晴らしい名曲と思った。

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流布しているヴァルトマン(英語読みカタカナではウォルドマン)のポートレイトは険しい表情のものが多く、指揮姿も見たことがないのでイメージができないのだが、こういった珍しい作品は映像でも残してほしかった。
…というか、MCA=DECCAの傾向から考えるとTV放映用の収録ぐらいはあったのではないかな?と思う。
なんといってもアメリカである。なんでもかんでも記録していそうだ^^;
とにかくこの盤自体、元々流通期間が短く再発売もなかったので、現在では中古市場でも見かけることがない。
ここはDECCA名義で保管されているであろう原盤からのCD化を切に願いたいところだ。
posted by あひる★ぼんび at 23:17| Comment(4) | プライ

2016年12月01日

マイ・ウェイ、しかし私の道ではない・・・

1970年〜1980年代、ヨーロッパ全土でセールス展開をするポップスのスターは、アルバムを複数の言語で製作することがあった。
まあ、ポピュラーの録音方法の場合、ヴォーカルトラックを入れ替えるだけだからそれほどの手間はなかったろう。各言語とアレンジの整合性がとれなくなるのはいたしかたないところだが、それでもファンには嬉しいものだ。
日本人は外国語に弱いにもかかわらず、字幕にも抵抗感がないし、異言語の音楽もそれとして受け入れる習慣ができあがっている。だからドイツリートが早くに日本で受け入れられた。言葉の意味も解らないはずなのに…と歌手のほうが驚くわけだ。
欧米人は他言語を習得することに長けながら、字幕や対訳を読みながら音楽を楽しむことに慣れていない。「感覚的」に楽しむのが難しいらしい。ドイツではオペラ等の外国語上演はほとんどできなかったし、アメリカは外国映画をいちいちリメイクする文化ができあがっている。そんなわけで音楽アルバムの複数言語リリースはいわば「売る気ならあたりまえ」だったのだ。今でこそネット社会になって捉え方が変わってきてはいるが、80年代まではそんな感じだったようだ。

以前、アリオラ=オイロディスク系からプライがリリースしたU音楽アルバムから「Welterfolge(世界のヒット曲)」というものを紹介した。英米でヒットしたポップスや映画挿入曲を全曲ドイツ語で歌ったもので、マイウェイやイエスタディなど、少々の違和感がむしろ面白く、奇妙な気持ちにさせられたものだった。アレンジは、アイスブレンナーとの物ほどではないが、重厚なクラシックテイストを盛り込んでいた。これは文頭アクセントのドイツ語にはむしろしっくりきたし、ポップ歌手に比べれば重く厚い声のプライには合っていた。

じつは、このアルバムには「別バージョン」が存在する。
それは、同じプログラムで、全曲英語で歌っているものだ。

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マイウェイ(1982年英語版アルバム)
  マイウェイ・雨に歌えば・ララのテーマ
  フィーリング・ディスガール・明日に架ける橋
  エクソダス・80日間世界一周・イエスタディ
  世界は愛を求めている・風のささやき・ピープル

ヘルマン・プライ(ヴォーカル)
ディーター・ライト(指揮・編曲)
(インターコード LP ドイツ輸入盤)


アリオラ社はこのアルバム「Welterfolge」制作にあたって、「マルチトラックによるミキシング」を用いている。(これはポピュラーでは当たり前の方法なのだが、クラシック系ではほとんど採用されない)
伴奏の各パートとヴォーカルを完全に別録りするので、それぞれを「完全に」入れ替えることができる。つまり、同社のP・アレクサンダーやショック、コロらのヴォーカルと音域さえ合えばそのまま入れ替えることが可能だった。実際、いくつかはそのように使い回しもされているようだ。その際には伴奏の楽器バランスを変えたり、コーラスを加えることも自在なので案外と気が付かないものなのだ。
この盤は、伴奏部分は先に発売のドイツ語盤と全く同じである。
プライのヴォーカル部分の録音はドイツ語盤より後。アルバムは米英販売ルートをとるべく、EMI系の「インターコード」からの発売となっている。

さて、ここでのプライは…英語の歌を英語で歌うのだから、想像上は問題はなさそうなのだが、部分的に「ドイツ語向け」のクラシカルなアレンジと違和感が出ている。プライの英語発音は典型的ドイツ訛りながら、むしろ古典英語のような響きを感じ、それは「マイウェイ」や「フィーリング」といった英米以外の国の曲は案外と違和感が小さい。しかし「明日にかける橋」や「イエスタディ」は、正直、あははははは…(^^;)になってしまった。また、プライのリズム感覚がいつも以上に独特さを出していて、曲が曲だけに慎重さが薄く、かなりラフな(特に音程において)歌唱になってしまったようだ。

それでも、ファンにとっては貴重なアルバムであることは確かだ。
なにしろプライだよ!
曲目としては彼のファンなら驚きはないようなものだが全曲英語で歌っているのだ!
「ラフ」と書いたが、全世界に何億という支持者を持つ、ビートルズやサイモンとガーファンクルらの歌を原語で歌うことは、実際は片手間で済まされるほど簡単な挑戦ではなかったはず、とも思う。「ドイツ語歌詞」と言う免罪符を失った時、原曲の歌手や世界中のポップスのスター達のカヴァー歌唱と直接比較されてしまうことになっただろう。
この英語版「マイ・ウェイ」リリースの1982年からしばらくして「この道は諦めた」というインタヴュー発言があったぐらいだから、この楽しげなアルバム「マイ・ウェイ」についても「しかし私の道ではない」と本人自身、考えることがあったのかもしれない。
posted by あひる★ぼんび at 23:32| Comment(4) | プライ

2016年11月09日

フィリップス「プライ・リートエディション」〜第1巻

まず記念すべき第1巻。
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プライ・リート・エディション第1巻
「ミンネゼンガーからベートーヴェンそしてレーヴェまで」

ヘルマン・プライ(バリトン)
イェルク・デムス/カール・エンゲル/レオナード・ホカンソン/
ミヒャエル・クリスト/エドゥアルト・メルクス/
越智敬/カール・シャイト/カペラ・アカデミカ・ヴィーン/
(独フィリップス LP 5枚組 ドイツ輸入盤)




録音時期は第2巻の「シューベルト」よりも後だが、発売は順番通りこちらが先だった。
(この録音年についてはどこにもデータの記載がないので正確なことは掴めない。2巻からは録音年記載もあるから、そのことでもまだ方針が確定していなかった様子が感じられる)
この巻の大見出しは「ミンネゼンガーからベートーヴェン、そしてレーヴェまで」
5枚のLPのコンセプトタイトルは「中世からバロックのバスリート」「1800年のヴィーン」「ベートーヴェンのイデア」「抒情的な歌」「ロマン派の夜明け」と題されて、リサイタル風に曲が配置されている。
もともとこのエディション自体が、「ピアノと独唱によるリートに特化した流れを描く」のがコンセプトにあったようだが、この第1巻では時代移行を描き出す為に、チェンバロや弦楽器、リュート、ギター、ハンマーフリューゲルなども使っている。
遠い中世の響き、バッハやヘンデルの古典様式、ライヒャルトやモーツァルト、ベートーヴェンの登場と、聴き手はひとつひとつに成層圏があって、別の宇宙へ抜けていくような感覚を味わうことができる。
LPはその辺が明確だが、CDは4枚につめこんでしまったので境界が解り辛くなった。
こういうコンセプトアルバムはオリジナルに忠実にCD化してほしいものだと思う。
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プライ・リートエディション VOL.1
   ヘルマン・プライ(バリトン)
   共演者多数
(独フィリップス 4枚組 ドイツ輸入盤)






CDはいきなり廉価盤ボックスでの発売だった。
それでもテキストは添付されているが、解説文と各詩人肖像画、共演者プロフィールと写真が省略されてしまったのが残念だ。

分売について書いておく。
まず、エディション発売前に、1枚目がそのまま、本家オランダフィリップスのバロック音楽の別シリーズの1枚として発売されている。
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「バロック時代のリートとアリア」
アルベルト/フォイトレンダー/ハンマーシュミット/
クリーガー/テレマン/JSバッハ/ヘンデル/ゲルナー/
グルック/CPEバッハ/ 各作品

ヘルマン・プライ(バリトン)
カペラ・アカデミカ・ヴィーン 他
(蘭フィリップス LP オランダ輸入盤)




プライはバロックの専門家ではないので、中世と初期古典派を無理に拡張するのは避けているようだ。
しかし、後世のクンストリートの峰の登山口はしっかり歌っておく必要があると感じたようだ。
教会権力と風習から解放された民衆文化としての「歌」たち故、素朴さにひっぱられて伝承民謡曲のようなアプローチになってしまわぬよう、細心の注意をもって取組んでいるのがわかる。

続けて5枚目のレーヴェが発売された。並べた場合、流れからすると唐突な感じもしないではない。
彼の実質活躍時期はシューベルトよりも後。叙事詩(バラード)への付曲自体はモーツァルト時代からの伝統だが、音楽はこの巻の他の作曲家のものより先進的に聴こえるからだ。本来はロマン派リートを集めた3巻の巻頭に入るべきものなのだが、構成上やむ負えなかったということだろうか。そのあたりの塩梅が難しい。
ちなみに、レーヴェの曲目についてはEMI時代の再録音になっていて、特に冒険はないが、エディション完成翌年にエンゲルとこれまで録音していなかった曲目をBASFに録音している。

これらのアルバムの録音時点ではエディションの詳細は決まっていなかったのかもしれない。1枚目3枚目5枚目の「単独アルバム」に収めた作品を繋ぐ作品を集めて2枚目、4枚目を録音した感じだろうか。何といっても、70年代初頭は音楽業界は活気ある時代だった。企画を拡張して大エディションが成立してしまうのはすごいことだった。

エディション発売前の分売はなかったが、2枚目はまずモーツァルトをとりあげている。モーツァルトは作曲家として有名でもリート史上は経過点にすぎない事実もあり、ほんの数曲、片面に収まる範囲に留めている。これもプライはエディションの直後に、エディット・マティスと2人でDGのモーツァルト全集の一環としての録音を残した。
続けてB面にヒラー、ハイドン、Dシューバルト、シュルツ、ライヒャルト、ツェルター、ツムシュテークを収録している。ドイツリートの歴史上、最初の「傾向」が顕著になる。それは単純な伴奏と有節形式の中でいかに詩句の世界を描くかという、各作曲者の創意工夫だ。プライは豊かな表現力と声の魅力でしっかり聴かせてくれる。
3枚目のベートーヴェンはリート史上重要ではあるが、ここでは1枚分に留めている。曲目も、60年代にEMIに残したものをほぼなぞっている。
4枚目はタイバー、ダンツィ、トマーシェク、シュポア、マルシュナー、ヴェーバー、ジルヒャーといった、プライが特に愛好し、地方のリサイタルでは晩年まで愛唱し続けたロマンティックながら素朴さの残る作品を集めている。のちにこれらは第3巻のメンデルスゾーン他と合わせて2枚組BOXでもリリースされている。
また、プライはこの盤と同時期に、ホカンソンと共にトマーシェクをメインにした同様の「シューベルト時代のヴィーンのリート」、ジルヒャーの「ベートーヴェン作品の編曲集」などをアルヒーフに残している。また、EMIにはライヒャルト、シューベルト、レーヴェなどの「ゲーテの詩によるリートとバラード」を録音したが、それは契約の関係か、最晩年にCD化されるまでお蔵入りになってしまった。
このようにエディション製作前後に、他社に多数の重要曲を録音することになったのは、エデション全体の枚数と内容が最初に決められたためなのだろう。結果的には曲数を制限することで内容の飽和が避けられ、構成がすっきりとまとめることができている。

このエディションの選曲や枚数決めでメーカーとどんなディスカッションがあったのか、プライはどこにも公開していない。
プライは音楽学者ではないので、本来ならその道の権威を「監修」につけるのが通例だが、このエディションにはそれが見当たらない。
あのディースカウさえ・・・彼は直前に、「単独で」シューベルトのリート全集を作ったが、実際はムーアという偉大な研究家との共同作業であり、使用楽譜はムーアの解釈校訂が入ったものだった。つまり立派な後ろ盾があったわけだ。音楽は理屈ではないし、アルバム自体は文献でも論文でもないのだが、将来的な価値を補強するには少しはそういう部分も考えても良かったのではないか?とも思えてしまう。
その辺の大胆さ(大雑把さ?^^;)がいかにもプライらしい気がする。
だからこそ、プライを愛好する人には宝物になりうる「プライそのもの」を感じるエディションになったのだ。

posted by あひる★ぼんび at 23:44| Comment(6) | プライ

2016年10月16日

フォルクスリーダー・エディションのジャケット集

プライが「リート・エディション」と同時期に製作した「フォルクスリーダー・エディション」。
復刻CDの紹介は以前記事にした。
「芸術歌曲と共に私の歌手としての生活に深く刻み込まれているのは、疑いもなくドイツ民謡です。優れた名人芸により作曲されていることが稀ではない、これらの素朴な調べは常に私の愛好の対象でした。」
・・・ヘルマン・プライ

そんなプライのドイツ民謡に対する愛情が溢れた名盤である。

今回はLP時代のジャケットを紹介したい。
オリジナルカップリングのジャケットは前の記事にまとめた写真のとおりだが、フィリップスレーベルとしては初出時はまとめてセット販売とまでは考えていなかったのか、様々な組み合わせの編集アルバムになって70年代を賑わせていた。

2枚組ベスト盤2種。
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こちらはオリジナルカップリングで、「ポスター・ジャケット」という種類のバージョン。
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要はジャケット自体が4つ折で、広げると大判ポスターになっている。
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裏ジャケットはこんなふう。
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そして中面。
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面白いのは、プライとヴァルター以外の演奏者名がどこにもなく、内容も曲目のみ、歌詞も載っていない。
・・・のだが、過剰なほど大写しのプライのポートレイトで埋められていること。
このジャンルでは芸術家というよりエンターティナー、テレビ・スターであり、一種アイドル的需要もあったのかもしれないな、と思える作りだ。
ディースカウではありえない現象だと思う^^;

posted by あひる★ぼんび at 23:16| Comment(8) | プライ

2016年10月08日

バッハの小ミサ曲

「小ミサ」といっても構成上だけのこと。カトリックのミサの「儀式上の決まりごと」に比べてずっとコンパクトな「ルター派ミサ曲」と呼ばれるこれらは、「キリエ」と「グローリア」だけ。
それでも長さ的には1曲30分弱あり、編成も混声合唱+独唱者3人+管楽器を伴う合奏団…と、決して小規模ではない。
曲はブランデンブルク協奏曲に合唱・独唱をのせたような雰囲気で、快活で楽想が親しみやすく聴きやすい。
これらのミサ曲の実際の用途がどのようなものだったかは不明とされているが、バッハを聴きなれた人にはわかるあちこちからの引用や編曲ですべてが構成されているあたり、基本的には自由度の高い場面のためのもので、決して慎重を要する場での使用はなかったのだろうと思われる。
有名なロ短調ミサ曲もこういった作品の拡張によって出来たとされるのも面白い。
バッハは確かに「ルター派」で、その為の音楽を書くことを生業としたが、ルターの改革から2世紀を経たバッハの時代にはカトリック教会勢力とのバランスは各宮廷まちまちだった。
バッハも仕事の依頼元の状況によって需要が限定されることを恐れたのか、時折「汎用スタイル」をとっている。小王国集合体の当時のドイツではその地の領主の信仰宗派にあわせることが、彼の「商売」の為には必要だったのだろう。

bach-mass1.jpgJ・S・バッハ:ミサ曲ヘ長調BWV233
        ミサ曲イ長調BWV234

アグネス・ギーベル(ソプラノ)ギゼラ・リッツ(アルト)
ヘルマン・プライ(バリトン)
クルト・レーデル(指揮)ミュンヘン・プロアルテ管弦楽団
ローザンヌ・プロアルテ合唱団
レオナード・ホカンソン(チェンバロ)他
(フィリップス-日本ビクター LP 国内盤) 



2つのミサ曲の構成はどちらも同じ。
「キリエ」・・・合唱
「グローリア」・・・合唱〜バスアリア〜ソプラノアリア〜テノールアリア〜合唱
となっている。
LPは片面1曲づつのミサを収録し、気持ちよく聴ける。
この曲には豪快なffも繊細すぎるppもないので、アナログ盤の性能が試されることがなく、安心して聴ける。
独唱者のプライもギーベルもリッツも、当時、オペラやオペレッタや大規模宗教曲のステージで引っ張りだこのスターたち。それこそプライは度々インタヴューで語っている「私は歌い手として、この作曲家だからこのように…ではなく、いつも通りの声で歌っています」・・・その通り、ロマン派リートの時と何らの変わりなく、真摯に丁寧に持ち前のロマンティックな声で、その心を伝えようとしている。
レーデル率いるプロアルテの面々は、これもまた現代の耳からすればかなりロマンティックな豊かな音と表情で、いかにもこの年代らしい。故に、オペラ・リート畑の独唱者との親和性も格別だ。
自分達は今生きている時代の流行の「バッハ演奏」に知らず知らず慣らされていて、こういった40〜50年前の演奏に違和感を持つことがあるし、やれモダン楽器が…とか、付点解釈が…とか、にわか音楽学者になってしまって、音楽を素直に楽しむことができないこともある。
そんな耳からこの演奏を批判するのは簡単だ。だが、情報過多はひとつの不幸。ここは一辺、素直に聴こえてくる音楽に浸ってみてるのが良い。バッハが曲に託した「嬉しさ」が心に湧き出してくるはずなのだ。

CD化はこれ。
bach-mass.jpgJ・S・バッハ:4つの小ミサ曲
ミサ曲ヘ長調BWV233/ミサ曲イ長調BWV234
ミサ曲ト短調BWV235/ミサ曲ト長調BWV236

クルト・レーデル(指揮)ミュンヘン・プロアルテ管弦楽団
ローザンヌ・プロアルテ合唱団
ヘルムート・ヴィンシャーマン(指揮)
ドイツ・バッハゾリステン
ヴェストフェリッシェ・カントライ
アメリンク(ソプラノ)アルトマイアー(テノール) 他 
(PHILIPS 2枚組 オランダ輸入盤)


CD時代に入ると比較的早く、ヴィンシャーマンの録音した2曲と組み合わされて製品化されている。
残念ながら廃盤は早かったが、現在も中古や在庫が流通している。
また、ヘ長調のミサ曲はロ短調ミサ曲と組み合わせた2枚組も出ていた。
ヴィンシャーマンの2曲も基本的にはレーデルに似ていて、60年代後半の「ロマンティックなバッハ解釈」のスタンダードといった感じだ。
いずれも、現在では流行に押されてまず話題にならない盤ということがもったいないと思っている。

posted by あひる★ぼんび at 23:51| Comment(8) | プライ

2016年09月29日

プライ行方不明?!〜ミヨーの「ダヴィデ」

ダリウス・ミヨーは1892年生まれ、1974年没のフランスの作曲家・ピアニスト・指揮者。
その81年の生涯に450ほどの作品を書いた。
ミヨーの作品には「こんな感じの音楽」という固定した姿がないようで、極めて多彩だ。
世紀末の激動から2つの世界大戦を越え、時代の混沌がそのまま音楽に表れているようでもある。
「ダヴィデ」はミヨーが1953年から54年にかけて書いた舞台音楽。カール・オルフの諸作品と同様、演奏のみでもオペラとしても上演可能な5幕8場という大規模作品だ。したがって、「オペラ」「劇的カンタータ」と呼び名がまちまちだが、作曲後すぐにイタリア、ドイツ、アメリカなどで上演はされたものの、継続的な機会や録音に恵まれない作品の為、厳密なジャンルがグレーゾーンのままになってしまったようだ。

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ミヨー:イスラエルの王ダヴィデop320 (ドイツ語版)
  ヘルマン・プライ
  ハンス・ヘルベルト・フィードラー
  エーリヒ・ヴェンク
  ウルスラ・ツォーレンコプフ/他
  ハンブルク放送管弦楽団 合唱団
  ハンス・シュミット=イッセルシュテット(指揮)
(LINE CD−R 2枚組 ドイツ輸入盤)



この録音は作曲翌年の1955年ハンブルクでのもので、放送用と思われるが実態不明。
ユダヤ系のミヨーが「ダヴィデによるイスラエル3000周年」への個人的オマージュとして書いたというこの作品の、評価が未知数だった時期の記録ということになる。
全編ドイツ語で上演されている。楽曲的には大変貴重なものなのだが、いかんせん録音状態が悪すぎる。
エアチェックしてダビングを繰り返した風の全体の音質劣化、持続する様々なノイズ、極端な音割れ、ピッチの変調、音像の大きさの変化、ゆれ…冗談かと思うほどの「問題のデパート」である。
イメージ的にはコンディションの悪い短波放送ラジオの音だ。
通常、仮にライヴの膝上録音であっても、素直に録ったものなら「音の判別」はできる。
ところが、この盤、全体のピッチが低いようだ。さらに、全体のサーっという大きなノイズやシャカシャカした音を抑えようとしたらしく、高域に大胆にフィルターをかけた状態なのだ。

メインの出演者に「ヘルマン・プライ」の名がある。この作品の主役、若きダヴィデ役。
本来それが「売り」であり、受け手はそれが「買い」になる要素だ。…だが、聴いて驚愕した。
いない????
・・・どこまで聴いてもあの特徴ある声が聴こえてこない。
しかも女声以外の全員が「バス歌手」に化けている。
テキストがないし、音が悪すぎてどの声がプライかまるでわからない。2度目に聴き直した時、泣きの入るこの頃の彼の歌い癖から「この声か?」と思う部分があったので、ピッチを少し上げ、さらに高域の周波数を思い切りブーストすると…あら不思議、見事にプライの登場である。
エンジニアはなんとおバカな加工をしてしまったのだろう。おそらくシャカシャカの音を落ち着けたいがために、ハイバリトンのプライがベリーかフリックに化けてしまうほど、高域を削って低域を補足したのか??それともマイクの特性の不良でこうなった?いやいや、戦後すぐならともかく、1955年でこれは異様だ。
同じ演奏がyoutubeに上がっているが、こちらはLP盤か、このCDより一世代遡った音源の様だ。かなりノイズが乗り、テープヒスも多く、「全員バス歌手傾向」もあるが、まだマシかなぁ^^;

まあ、どうにか鑑賞方法は掴んだので、ノイズを我慢しながら作品を楽しむ。
ミヨーの極彩色、多調、「時代性」を動員した変化の大きい音楽は結構面白い。
それにしても音の悪さが致命的。ミヨーの音楽のキモは音色ゆえ、これはもったいない。
この録音にはもっと状態の良いものが存在するのかもしれないが、それよりなにより、このメンバーでセッションを組んで、公式録音を残してほしかった。
プライのような「バリトンカヴァリエ」が活躍できる数少ない貴重な作品なのだから。

posted by あひる★ぼんび at 22:27| Comment(10) | プライ