2021年07月11日

92回目のバースディ

プライは1929年7月11日ベルリンの生まれ。
preyはドイツ語としては「獲物」「狩猟」を意味する語だが、姓としてはそれほど多くはなく、外来姓の可能性が高い。―ey の語尾自体がドイツ語的ではないのだが、例外的に、富豪や貴族の家系は語尾に―eyをつけることがあった。オランダやベルギーあるいはイタリアの有力一族がドイツに根付いた、その子孫の可能性も高い。
実際、代々プライ家が経営する大規模精肉商社はかなり羽振りが良かった。
プライの父は「どんな道でも究めればよし」ということで、息子が音楽の道を歩むことに反対しなかった。・・・というより、そもそも商人になる為の実業学校ではなく神学関係のギムナジウムに入学させている時点で、息子には自由な道を歩んでもらおうと思っていたのだろう。激動の時代や、ナチスの不穏な動きの中で、息子が歩むべきはどういう道か・・・
プライは、父のことはそれほど多くを語っていないが、偉大な父親だと思う。

プライの人生は決して順風満帆ではなかったはずだが、堂々と生き、
音楽の道を究めた。

prey-porss.jpg

プライは80年代ごろから、シューベルト最晩年のホルン助奏付リート「流れの上で」を度々ステージに上げるようになっていた。レルシュタープの詩による9分位の作品で、主要なメロディは前年に亡くなったベートーヴェンの英雄第2楽章をベースにしているとも言われている曲だ。
「1828年の作品集」として「白鳥の歌」と組み合わせたり、近い時代の作曲家達の器楽オブリガート付リートとまとめてリサイタルを組むこともあった。
荒波に翻弄され、葛藤しつつ、やがて大海に出て天空に輝く星を見る、まさに人生のメタファー。
プライが晩年に近づくにつれこの曲を歌うことが増えたのは、作品の核心への共感が大きかったのだろう。

http://ahirunooto.sakura.ne.jp/d943.mp3
ピアノ:レオナード・ホカンソン ホルン:クラウス・ヴァーレンドルフ
1981年10月10日バートウーラハ (HMT81-2とHMT84-1の2種の現地限定アルバムに収録)
(mp.3対応のブラウザの方はそのまま聴くことができると思います)

どちらのCDの裏ジャケもピアノはヘルムート・ドイチュになっている。
しかし実際はこの日の演奏会はホカンソンだった。
ドイチュは82年からこの音楽祭に参加している。別日に同曲を共演していた可能性もあるが、それよりは、このCD自体が1982年や84年の演奏会からの音源を数曲加えた編集盤で、それらはすべてドイチュが弾いていることからくる誤りだったのだろう。
ちなみに中面の曲目表記はホカンソンになっている。おそらくこのCD製品化には複数のテキスト編集者がかかわっていたのだろう。受け手の自分たちは表示されているデータを信じるしかないわけだから、正確な記録を心がけてほしいものだ。
posted by あひる★ぼんび at 22:18| Comment(6) | プライ
この記事へのコメント
こんばんは。

私としたことが、こんな貴重な記事を見逃していましたあせ(^_^;)
7月11日に訪問はしたのですがあせ(^_^;)(^_^;)

さて、Preyという名前は珍しいですよね。1961年の初来日の音楽雑誌を以前手に入れたのですが、当時の音楽関係の日本人も、「プライってだれだ?変わった名前だな。」と思ったそうです。

昔、プライさんの外国語記事をネットで翻訳したら、確かに「狩猟」と出てきました(笑)
プライさんの中にあるラテンを感じさせる一面は、やはりイタリア辺りの血が入ってそうです。

晩年は、「私の中は、冬の旅の世界だ」というような趣旨の発言がありましたが、自伝には「陽気な性格」と書いてありましたし、どう見てもオチャメな一面を持っていますよね。

自伝の口絵に、幼いプライさんとお父様の写真がありますが、お父様もハンサムな方ですよね。来ている服もいいもののようで、裕福な家庭で愛情たっぷりに育った様子が伺えます。

戦争も経験されているし、あの時代の人は我々のわからない苦労もされたと思います。
歌手生活も大スター故の苦労もあったようですし。
でも、家族家庭には恵まれましたね。
それを思うと、ファンとしても温かい気持ちになります(*^^*)
Posted by 真子 at 2021年09月15日 21:40
こんばんは。久しぶりですね。コメントありがとうございます。

コロナ禍で仕事が崩壊し自分の生活も大変なことになってしまい、このブログも放置状態でした。たまに記事を書けるといいのですが、なかなか気持ちに余裕がもてないでいます。

写真で見るプライの父は立派な体躯ですね。恵まれた遺伝子だったと思います。でもフローリアンはかなり細身ですよね^^;
戦前までのプライ家は莫大な経済力を持っていて、ナチ党ですらむやみに手出しはできなかったようです。ただ、終戦間際になると屋敷の大半を強制接取され、将校の宿泊所・連絡所にされてしまったり、連合軍の攻撃ポイントにされるという、大きな災難にみまわれたようですね。自伝にも少しだけ触れられていましたね。

ところで、この記事内の音源は聴けましたか?
プライの「流れの上で」は97年来日公演で歌ったきり、日本では未発売音源なので、貴重なものなんですよ。
Posted by あひる★ぼんび at 2021年09月16日 23:48
こんにちは。

コロナがなかなか収束しない中、どうしていらっしゃるか、案じていました。
お掛けする言葉もありません。。
何を言っても虚しく響くようで、、

フローリアンさんは、お母様似でしょうかね。お姉様もスリムで、一番下のお嬢様が一番父ヘルマンさんに似ているように思いました。
時々、奥さまはどうされているんだろうなあ、と思ったりします。

さて、「流れの上で」初めて聴きました。貴重な音源をありがとうございました。
歌詞も検索して読んでみました。
レルシュターブの詩につけたシューベルトの曲は叙情的で大好きです。

1981年のプライさんの声は、威厳と力強さと甘さと優しさが見事に同居していて、彼の魅力がつまった素晴らしい歌唱でした。

1997年の来日公演は、NHKラジオでも流されたものはカセットに取りましたが、この曲が入っていたかどうか、、。
でも、お陰さまでこうして聞けましたこと、嬉しく思います。
何回もリピートしそうです。

プライさんも、すっかり過去の人になったしまった感はありますが、彼のような歌手は二度と現れないと思いますので、なんとか残された音源、映像は後世に残してほしいです。

あひる★ぼんびさまも、大変な中にいらっしゃいますが、時々は記事を書いて下さいね。本当にたまにでもいいですので。
何もできませんが、祈っています。






自伝には、ドイツが降伏した後の、緊迫した様子も書かれていましたね。
Posted by 真子 at 2021年09月17日 15:16
自分自身はこの秋でこの仕事から撤退です。
別の仕事を探さなきゃ^^;

「流れの上で」はテノールが歌うことが多い曲です。実演ではホルンとの音量バランスが難しいわけですが、プライのような幅のあるバリトンで歌われると、よりダイナミックな音楽に聴こえます。セッション録音を残していないのが残念です。

1997年東京公演最終日では「1828年の作品集」として「白鳥の歌」の前に「冬の夕べ」「星」「秋」「水鏡」「流れの上で」を歌いました。ハスリンガーが何故か「白鳥の歌」に加えなかったレルシュタープ作品3曲(あとの1曲は未完の「生きる喜び」)のうち2曲を歌ったわけです。理にかなったプログラムですが、「鳩の便り」の不整合の救済にはならず、結果、あのハプニングに繋がってしまった。いつものザイドル作品で繋げれば良かったのに・・・。
ラジオは聴けませんでしたので、オンエアがあったかどうかはわかりません。

バートウーラッハでのライブには貴重なものが多いです。LPやCDも地域限定・国外販売禁止がほとんどでしたから、いまや聴く機会はいよいよ少ないと思います。本当に正式にライブラリーを組んで欲しいものです。

Posted by あひる★ぼんび at 2021年09月17日 21:38
こんばんは。

お仕事、そうなんですね。。
少しでもいいお仕事が見つかります事を祈っています。

どうぞお身体を大切になさって下さいね。
また、時々はこちらのブログでお会いできますと嬉しいです。
Posted by 真子 at 2021年09月18日 21:05
ありがとうございます。
頑張るとか、そういう問題ではなく、生きねば!とひたすら思います。
どうか真子様もお大事に^^
Posted by あひる★ぼんび at 2021年09月19日 00:09
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