2020年08月29日

思い出のレコードからH〜ペナリオの協奏曲録音

自分の小遣いでレコードを買い始めた当初は、レギュラー価格の盤に手を出すことはなく、廉価盤シリーズからチョイスしていた。
最新録音がないとか、ジャケのデザインが落ちるとか、そんな短所はあったものの、1970年代のいわゆるLP全盛期においては、それまでに結構「名盤定番」評価を得たものだったり、演奏者の知名度と実際レベルのバランスのいいものが多く、入門者には最適だった。
中学生の自分が3,4番目ぐらいに購入したのがこれだった。
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ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番
グリーグ:ピアノ協奏曲

   レナード・ペナリオ(ピアノ)
   ロスアンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団
   エーリヒ・ラインスドルフ(指揮)
(セラフィム LP 国内盤)





ペナリオは1924年ニューヨーク州バファローに生まれ、ロスで育ち、2008年にカリフォルニア州ラホヤで没した生粋のアメリカン・ピアニスト。
ラフマニノフの追悼演奏会で2番を弾いたのは彼であり、作曲家以外による最初の協奏曲全曲録音も彼だった。また、映画「旅愁」で彼の演奏が使われ、世間の認知度を高めたことも特筆だ。
グリーグについては、ダラスの演奏会で急なピアニストのキャンセルで困っていた指揮者ユージン・グーセンスが、たまたま「この曲なら知っているよ!」と言う当時12歳のペナリオの言葉を真に受け、大抜擢。見事に代役を務めあげ、注目を集めたというエピソードがある。実際は「聴いたことはある」程度だったらしいが、短い練習期間での公演成功であり、やはり天才だ。1950年代になると、彼のレコードはギーゼキングと並び常に「売れる」ものだったという。
いかにもアメリカな話だが、そんないわくつきの2曲が聴ける盤である。
2曲とも名曲中の名曲であり定番の名演も多く、これは決して「これでなくては」という演奏ではない。
今、改めて聴いてみると、この演奏自体は民族色が希薄で、テンポも凭れずサラリとしている。
しかしそれがかえって作品の持つ味わいを醸し出しているようだった。ペナリオの、明るい音色がとにかく爽やかだった。彼は自由にポップな感覚でテンポを揺らすのだが、ラインスドルフは常に冷静で崩れない。
潤いのない録音なのだが、それはこの場合マイナスには感じず、重くなることを防いでいるようだった。

ラフマニノフの2番はその3楽章コーダがFENラジオ(いわゆる旧進駐軍放送)の夜のクラシック番組のテーマ曲になっていて、当時、番組パーソナリティを担当していたカーメン・ドラゴン氏の流暢な英語と共に、中学生には充分すぎるほどのインパクトと多彩な楽曲を提供してくれていた。自分の場合、基本的な楽曲の知識の入口はこの番組だったとも言える。
この盤、ラフマニノフもグリーグも特に第2楽章が美しかった。
それこそ、このジャケ写のイメージはぴったりで、夕日に煌めく水面を思わせた。これより以前、父所有の盤で聴いたルービンシュタインの演奏で感じた「悲哀」や「孤独感」はなかった。もっとさっぱりとしている。
その感覚は今聴いても基本的に変わらない。
両曲とも冒頭が強インパクトなので、そこに耳がいってしまいがちだが、派手さのないこの演奏は、全体バランスで聴かせているのがわかる。なんだ、地味じゃないかと言わずに、じっくりと聴き込むにはいい演奏だと思う。実際、この演奏が今の音楽趣味の1つの入口になったほどの、自分にとっては名盤なのだ。

posted by あひる★ぼんび at 14:20| Comment(0) | 音楽
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