2019年12月28日

2019年クリスマス、シュライアー逝去

ペーター・シュライアーが25日に亡くなった。
1935年7月、マイセン生まれ。
言うまでもなく、第二次世界大戦後のドイツ楽壇を支えた大歌手の一人なのだが、情報量は意外な程少ない。社会主義体制だった東ドイツ時代の経歴の公開が限定的だということもあるだろう。
この辺はかの国のアーティストすべてにあてはまること。ただ、彼の場合、壁の崩壊のあと、HJロッチュやOスウィトナーと違い、スパイを疑われて活動が制限されるようなことはなかった。
むしろ「当局」という縄をとかれたことで、歌手・指揮者として自由に世界中を飛び回れるようになっていった。

彼の声は硬質な細身の個性的なもので、一聴すればすぐにわかる。
決して大きな声ではないのに、オーケストラ伴奏であってもそれを貫くような遠達性を持っていた。
特定の単語に癖があったり、低音が極端に弱く、またフォルテでは時にヒステリックに感じ「schreier(金切り声でわめく)」という名前そのものだと揶揄するアンチも湧いた。
楽壇や業界の、第2のヴンダーリヒを求める要望からか、イタリアオペラやポップスまで歌ったが、彼は万能歌手ではなかったようだ。残念ながらそれらにエンタメ的な閃きは感じなかった。
しかし、声を必要以上に張る必要のない、小編成の器楽伴奏やピアノリートでの端正な表現は独特の存在感だった。また宗教曲での彼の均整の取れた表現はいつも神々しいほどだった。

2000年6月にオペラから引退。その際、2005年に引退すると決め、日本では2005年11月に最終公演を行った。同年12月のチェコ公演をもって歌手活動から完全引退した。
…なのだが、SWR2の企画のオムニバス盤「WIEGEN LIEDER1に2009年8月ライプツィヒでの新録音が収録されている。(この盤は隠れた名盤だと思う。ここにはコボウやカウフマン、トレーケル、プレガルディエン父子らも特別録音を行っている、もう、マニア垂涎の1枚なのだ)

シュライアーの「人生の中で、音楽のない時間は意味がない」「その日の演奏会は翌日の為のアイドリングでもある(実際はアインジンゲンという言葉だが、意図はそう捉えられる)」という言葉や、来日時も移動中の車でも歌っていたという話から、ストイックというより、歌に憑りつかれた人生だったわけだ。
そんな人が10年以上沈黙するわけはない。ここ数年は糖尿病とその合併症との戦いだったようだが、そうなるまでは教育活動は続けていたとの事。2009年の声を聴く限り、何の衰えも感じない。
あるいはどこからか新録音がでてくるかもしれないと思っている。
schreier01.jpg
自分はシュライアーさんの歌でシューマンやメンデルスゾーンの魅力を知りました。
多くの喜びと感動をありがとうございました。
どうぞ安らかに・・・。

posted by あひる★ぼんび at 23:49| Comment(2) | 音楽
この記事へのコメント
こんにちは。

シュライヤー、亡くなられたのですね。糖尿病でいらしたとは知らなかったです。
いかにもドイツを感じさせる彼の雰囲気も好きでした。

アルヒーフにいれたバッハの宗教的リート集を聴いて、偲びます。
Posted by 真子 at 2019年12月29日 14:27
こんばんは。

今年のクリスマスは、深夜にシュライアーのクリスマスアルバムを聴いていました。偶然なのでしょうが、不思議なこともあるものです。
自分が聴き親しんだ世代のアーティストは次々と天に召されてしまいます。それが時の流れ、といえばそうなのですが、やはり寂しいものですね。
Posted by あひる★ぼんび at 2019年12月29日 21:17
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