2019年06月22日

思い出のレコードからF〜ストコフスキーの「惑星」

stko-hol.jpg
ホルスト:組曲「惑星」

ロスアンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団
ロジェ・ワーグナー合唱団
レオポルト・ストコフスキー(指揮)
(セラフィム LP 国内盤)




「ホルストの惑星」といえば、自分にとってはこの演奏だ。
中学時代に買って、たっぷりと楽しんだ、思い出深いレコードでもある。
1956年2月、キャピトルレコードによる「3チャンネルステレオ録音」(盤はSQやQSではなく、ごく普通の2チャンネルステレオ)で、現代のオーディオの音質からすればとりたてて良いものでもない。
しかし、当時のものとしてはかなり安定したバランスを持っていて、のちにストコフスキーが嵌る(というかLONDONが売りにする)フェイズ4よりはずっと聴きやすい音質だ。
初出時の受容状況は自分が生まれる前なので知り様もないが、この曲の世界初のステレオ録音だったそうで、かなりの話題になったらしい。
ほぼ近い時期にカラヤン(1961年)やボールト(1966年)もステレオ録音している。今振り返ると、日本での発売が近い時期になってしまったこともあってか、それぞれが「ついにステレオでこの曲が聴ける!」とオーバー気味に宣伝しているのが面白い。
自分自身、この盤のあとすぐにカラヤンやオーマンディの盤を入手して聴いたが、ストコフスキーのものが一番個性的で楽しめた。ただ、ナマイキな中学生はこれを名曲名演奏と呼ぶことを躊躇わせる「何か」を感じたのだった^^;

さて、魔術師ストコフスキーはこの曲にどんな魔法をかけたのだろうか。
アメリカ人の好みを知り尽くした彼が、ポピュラーやジャズがメインの「キャピトルレーベル」に録音したあって、さぞかしあの手この手を動員しているのでは?と思ったが、実際はエンタメ性を無理に盛り込む改変は試みていない。大きな変更といえば「火星」のエンディングの銅鑼の扱い位だろう。
あとは管と弦の音量バランスや楽器配置で演出をつけること、休符やアクセントの付加ぐらいにとどまっている。
なにしろホルストは生前、この曲の楽器編成変更や編曲を許可しなかったそうだ。死後も、娘イモージェンによってこの掟が守られ、ストコフスキーもどうやらそれを遵守したようだ。
メーカーも下手な事をして遺族に発売販売NGを出されては困るとも考えたのかもしれない。
…が、この曲は原曲そのものが潜在的に「エンタメ性」を持っていて、そのままでも充分に大衆にアピールできるとの解釈分析もあったことが伺える。
ストコフスキーはテンポの揺らしも強弱さえもそれほどオーバーにはしていない。
他の作品でも言えることだが、彼の表現自体は、どちらかというと、いつも冷静で淡白なのだ。
一旦、計算して導き出した答えは変更しない。
ある意味、それは映画やアニメに付随させる音楽のスタイルを反映しているともいえそうだ。演奏がその時の気分で変わってしまっては、固定した映像に関わるそれらの仕事は難しくなってしまうだろう。それは、アーサー・フィードラーやカーメン・ドラゴンといった、よりエンタメ性の強い指揮者たちにも共通する、「自由な表現ではなく、自由な計算に基づく綿密なアレンジ」と「名人芸的な手堅い演奏」でこそ成立する世界のような気がしている。
この演奏は、「火星」の切迫したリズムで恐怖をあおり、「金星」では孤独な静寂を歌い、「木星」は素朴に温度感を、天王星では諧謔を増幅して聴かせている。各曲、職人芸の極みの見事な結実の記録だ。
今なら、躊躇わずに名曲名演奏だと言い切れる。
やはりストコフスキーは偉大だった。

posted by あひる★ぼんび at 23:08| Comment(0) | 音楽
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]