2019年04月16日

バスティアニーニのラストアルバム

bas01.jpg「イタリアを歌う」
ディ・カプア:オ・ソレ・ミオ
デ・クルティス:帰れソレントへ
カルディルロ:カタリ 作者不詳:光さす窓辺
デンツァ:来たれ/妖精のまなざし
ビルリ:こおろぎは歌う
トスティ:マレキアーレ/セレナード/最後の歌

  エットーレ・バスティアニーニ(バリトン)
  岩城宏之(指揮)フィルハーモニア管弦楽団
(ロンドン LP 国内盤)



高校時代に、FMでこのアルバム収録曲を聴いた時「テノールっぽい歌い回しをするバスだな」と思った。
それまでヴェルディのオペラでは特に感じてはいなかったのだが、こういったカンツォーネ・ナポリターナでは、キメ所の音の選びやフェルマータが、テノールが歌う時のままに思えたのだった。そして、声質自体はバリトンというよりバスの重い響きだと感じたのだった。

バスティニーニは1922年生まれ、大戦終了直後の1945年に頭角をあらわし、数年はバス歌手として活躍したが、1952年にバリトンとして再デヴューしている。
なんでも、オペラのテノールパートをたまたま歌ったその声を聴いたルチアーノ・ベッタリーニ(音楽教師、編作曲家)が、バスティアニーニに強く転向を薦めたのだそうだ。本人も自分の低音に違和感と負担、限界を感じていたから、その話を快諾し、バス歌手として決まっていた仕事をすべてキャンセルして、バリトンを歌うべく再勉強に入ったのだという。
名バリトン、バスティアニーニの誕生だ。

そんなエピソードもあるとおり、イタリアン・テノールの定番曲を集めたこのアルバムは思いきりそのまま「声の低いテノール」の様相がある。
1965年、2度目の来日時に録音した彼の「ラスト・アルバム」でもあった。
指揮は岩城宏之。オーケストラはフィルハーモニア管。
岩城氏はバスティアニーニの声を立派にサポートしている。イタリア歌手独特のルバートや、伸ばしを的確なバランスで包み込んでいる。
編曲は全体的に控えめながら、「光さす窓辺」はベルリーニのパロディになっていて、ちょっとクスっときた。そういえばこの曲、長らく「ベルリーニ作曲では?」と言われていたものだ。

同時期、デッカ=ロンドンのレーベルからはデル・モナコやディ・ステファノのナポレターナアルバムが複数出ていて、愛好家の宝になっていたのだが、このバスティアニーニのものも独特の輝きを持った宝石のひとつと言えるだろう。

彼は61年に咽頭がんにかかっている。声帯を失うことを恐れ、外科手術を拒否し、放射線治療を繰り返しながら舞台に立っていた。
病気を周囲に漏らさぬようにしていたということだ。しかし、1965年には複数転移を起こし、1967年に世を去ってしまった。
全盛期を知る人にはこの頃のオペラ録音も、初来日63年のステージも「かつての輝きもない声」と捉える向きもあったようだが、NHKに残された「もう手の施しようもなくなっている」はずの1965年の映像も、そしてこのアルバムも、立派で堂々とした声である。


https://www.youtube.com/watch?v=uW-7Pg8C3qY

がんに侵され、しかも転移に悩まされているなどと、言われなければわからないし、逆に言えば、健康な時はどれほどの輝かしい声だったのか、想像が難しいほどのものだ。

美男の美声歌手。
もちろん低声歌手独特の威厳と渋さも備えていた。さぞ人気だったことだろう。
デヴューからわずか20年、バリトンとなって正味14年程の短い活動期間に、強烈なインパクトを残した名歌手の1人だった。
アルバムの最終曲がトスティの「最後の歌」というのがなにやら意味深である。
彼の脳裏には何が浮かんでいたのだろうか。
この曲の歌詞自体は「嫁いでしまう彼女への最後のセレナード」なのだが、サラリとした感触ながら、別の惜別の思いが聴き取れてしまうものだった。


posted by あひる★ぼんび at 23:42| Comment(2) | 音楽
この記事へのコメント
こんばんは。お久しぶりです。

ご無沙汰しているうちにすっかり令和になりました。
バスティアニーニの声も好きでした。昔のの写真を見るととてもハンサムで、本当におモテになったでしょうね。

歌手が喉頭がんにかかるなんて残酷な事ですね。勿論誰がどんな病気になってもそうではありますけど。
どんな気持ちでステージに立っていたのかと思うと、こうして残された音源や映像を大切にきかなくてはな、と思います。

Posted by 真子 at 2019年05月07日 20:01
令和になって早1週間。こんばんは。

バスティアニーニはいつでも端正な歌声を聴かせてくれてましたね。
自分がオペラを聴くようになった頃にはすでに他界してしまっていましたが、不思議な事にリアルタイムに同時代の音楽シーンにいた人のような気がします。
この来日リサイタルの映像で確認したのは、イタリア人歌手には珍しくピアノ上蓋全閉、表現もリート的だということ。ニュアンスの作り方が近い世代のベルゴンツィとの類似も感じました。もっと長生きしてくれたなら…と思いました。オペラよりも古典歌曲やトスティやドナウディなどを沢山歌って欲しかったです。
親日家であり、日本の録音技術に絶対的信頼があったようです。病をおしてわざわざアルバム録音を日本で行い、リサイタルまで開いてくださったのだから、頭が下がります。
Posted by あひる★ぼんび at 2019年05月07日 22:42
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