2018年11月03日

聖書原作のドラマ〜ベルリオーズのテ・デウム

今年のハロウィンは、渋谷の喧騒がクローズアップされて、日本人の不思議ちゃんっぷりを世界にアピールしてしまった。
あの報道は、騒ぎを防ぎたいのか煽りたいのか。
今の若者は・・・という免罪符でくくって、適度に儲けている人がいることを隠したいのか。
本来はどうでもいいことを特集して、今本当に考えるべきことをはぐらかしたいのか。
そんなことにも寂しさを感じる秋である。

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閑話休題。

ベルリオーズは「幻想交響曲」&「レリオ」のように、当時の時代性を考慮に入れても、かなり不道徳な題材を用いた作品を送り出したり、必然性に疑問符がつくほどの肥大編成を指定したり、オーケストラの楽器配置を音響効果優先で変更したりと、独創的な活動を展開していた。
普通は、宗教観や社会的立場が大胆さの邪魔をするものだが、彼の場合は生涯を通してその大胆さを貫いたのだから、立派な芸術だ。
ベルリオーズは特別な信仰を持っていなかった、という説がある。これは大きな要素だ。
そうであれば、宗教という巨大で深遠な世界ですら、単純に芸術の題材のひとつとして捉えられるということだからだ。逆に「ローマカトリック教会の敬虔で熱心な信徒であった」とする研究者もいるが、ならば、劇的効果のために、テキストの変更(つまり聖書の文言の書き換え)や、順序変更などできるものだろうか?
無信仰だったと考えるほうが理解しやすい。
もし、そんな彼の宗教的作品をはじめて聴くのなら、レクイエムよりこのテ・デウムのほうが良いと思う。
全曲で40分程度なので、聴きやすいと思う。
ベルリオーズには珍しく、わかりやすく、感情豊かなメロディがここにはある。
例によって巨大な編成が実感できる部分は少ないのだが、第1曲と終曲が派手なので、それを求める人はそこで満足できるだろう。
宗教的な敬虔な感動は期待すべきではない。これはあくまで立体音響のドラマなのだ。
ベルリオーズが想定した音場は、パイプオルガンの対面上にオーケストラ、その上バルコニーに児童合唱団。
オケを左右に挟んで2つの合唱団。
ベルリオーズ指揮による聖トゥスタッシュ教会での初演(1855年)では、弦100、管打50、合唱200、児童合唱600・・・合計950人だったそうだ。
1848年の2月革命で、荒廃したパリ疲弊した市民に、この曲はどのように受容されたのだろうか。
異例なほどに力強く明快な表情のこの曲には、明らかにパリ市民を力づけようとした意図が見える。
完成から初演まで5年以上かかってしまい、「空気入れ」効果自体は幾分薄れてしまったにせよ、ベルリオーズには珍しい「陽」の音楽といえるだろう。

105517.jpg

ベルリオーズ:テ・デウムop.22
         (3つの合唱団とオルガン、管弦楽の為の)

ジャン・ドゥプイ(テノール)ジャン・ギヨー(オルガン)
ダニエル・バレンボイム(指揮)
パリ管弦楽団、合唱団
パリ児童合唱団、メトリーズ・ド・ラ・レジューレクシオン
(CBS-SONY SQLP 国内盤)



この盤は1976年9月28,29日、この曲が初演されたパリの教会で録音された。
LPはこの時期の多くのSONY盤同様、SQ4chシステムで作られている。
おそらく録音時の制約もあったのか、位置効果の演出は大きくはないが、空気感がほどよく、大編成のこの曲を無理なく再現していると感じる。
SACDやBA化してくれればよいのだが、需要ないか^^;
ベルリオーズのレクイエムを360度マルチのSACDで聴いた時、初めてあの曲の音響設計が理解できた。
作曲者が位置バランスで音響効果を狙った作品は、そういう再生技術を借りる必要もあると感じる。

この演奏は、ピアニストとして名を馳せていたバレンボイムが指揮者としても売り出し始めた「若手」表記の時期の録音で、意欲的で颯爽とした指揮っぷりだ。
合唱の音質も、テノール独唱も全体に若い。
彼らがかなりのハイテンションで一気に聴かせてくれる。
宗教的題材とはいえ、祝典音楽と考えれば、無理に深みを演出する必要もないのだ。
わざわざ初演会場で大編成を組んで、SQ録音するというのに、恒例通りの2曲カット6曲版。
もったいないなと一瞬思うが、LP時代なのだからこれが最適だったのだと納得した。

posted by あひる★ぼんび at 23:53| Comment(4) | 音楽
この記事へのコメント
お久です。

今年の秋から冬は南・中欧撮影の仕事なんですが、メイン予定地がデモで大荒れということで、フランスはスルーしてベルギーで仕事中です。
フランスは、国民性でしょうかね、蜂起自体にはそれほどの悲壮感がなく(現象的には悲惨さはあります)もしかしてこれが革命の伝統を持つ国の特質なのか…と思ってしまっているところです。

ベルリオーズのこういった音楽が、本当に当時の人々の元気づけになったかは疑問も感じますが、紛争続きで大変な時にこんな大編成の音楽を演奏しようということ自体が「ベルリオーズにとっての革命」なのだと思えています。

このあとドイツに入り、そこからホームグランドの北欧です。
極寒ですが、楽しみです。
Posted by サルミアッキ at 2018年12月08日 21:53
お久しぶりです。

パリの状況は報道で見る限りはまるで紛争ですね。
でも、そこで生活する市民の顔がまるで見えてこない不思議さも感じてます。
サルミアッキさんはジャーナリストではないので、視点は違うと思いますが、実際はどうなのでしょう?

確かに、ベルリオーズなりの革命なのかもしれませんね。

北欧は寒いでしょうね〜。あ、室内は日本より快適か^^
Posted by あひる★ぼんび at 2018年12月08日 22:43
日本での報道がどうなっているかわかりませんが、パリ周辺でも特に厳戒という雰囲気はありませんでした。デモ自体はテロではないですからね。それでも、観光・文化・公共施設はかなり制約されているのは事実です。市民は・・・わかりません。何を考えてるのでしょうね。

ベルリオーズは楽壇の封建的慣習を破りたかったのでしょうかね。
破壊ではなく、覚醒の為の冒険をくりかえしていたのではと思えます。


Posted by サルミアッキ at 2018年12月12日 18:16
イギリスもドイツもフランスも、カナダもアメリカも中国も、もちろん日本も、大きな病を得てしまった気がします。
ポピュリズム、○○○ファースト、結局は究極の利己主義。
どうなっていくのでしょうね。
Posted by あひる★ぼんび at 2018年12月13日 00:01
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