2018年07月01日

幻のオペラ「イルメリン」〜ディーリアスの音楽D

「イルメリン」はディーリアスが1890年から92年に書いた彼の最初のオペラだった。
北欧の童話が題材で、北国の王女イルメリンの恋への憧れと夢想で展開される。初々しい恋物語で、ニルスという、いわば白馬の王子も現れる。・・・まさにそれだけなのだが、ディーリアスはこれに極めて美しい音楽をつけた。
それは現代の自分達が持っているイメージでの「ディーリアスの音楽」そのもので、穏やかで繊細、哀愁を帯びた北欧民謡風のメロディに満たされている。
ディーリアス自身がもっと積極性や野心を持っていて、この作品を強引に売りこんだなら結果は違ったかもしれないが、この穏やか過ぎる音楽は世紀末の喧騒にはまるで似合わなかった。
結局、世間にアピールできる要素を見出せないまま、この作品は早々に埋もれてしまった。

舞台作品というものは、観客が劇場の椅子に座り、舞台で繰り広げられるドラマに身を浸す為のものである。
しっかりしたコンセプトの「世界」がそこに出来上がっていれば、その中に観客を誘うことができる。
したがって、その評価や人気は、時代の空気や流行に左右される宿命をもつものだ。
どんなに音楽芸術として優れていてもタイミングが悪ければ存在感をもてないし、爆発的熱狂で迎えられた作品でも、ある時期以降、顧みる人が全くいなくなるというミステリーも起こるのだ。
現代のアイドルや芸人の人気とどこか似ている気もする^^;

「イルメリン」完成のおよそ40年後の1931年、フェンビーとビーチャムは「イルメリン」から印象的なメロディを抽出し、「イルメリン前奏曲」を作った。
夏の朝もやの中の高原を思わせる空気感が全曲を支配していて、世界中で演奏機会も多く、ディーリアス作品の中で高い人気を持っている。
ビーチャムはさらにオペラの主要曲のメロディを器楽に置き換えた「イルメリン組曲」も発表した。
ヒット作ではなく、上演されずに完全に埋もれてしまっている作品を元に、新たに前奏曲や組曲が作られるというのは異例だろう。
これらの作品を聴いて気に入れば、本編に興味を持つのが当然なはずだが、なぜかこの作品の場合、オペラ本体は忘れられたまま。
これも異例中の異例だ。どこまでも運のない作品なのか、と思う。

deliusirmelin.jpgディーリアス:「イルメリン」(全曲)
アイリーン・ハンナン(イルメリン王女)
マイケル・リッポン(王様)
ジョン・ミッチンソン(ニルス王子)
BBCシンガーズ
BBCコンサート管弦楽団
ノーマン・デル・マー(指揮)
(BBC ARTIUM LP3枚組 UK輸入盤)



この盤は1892年に完成された3幕版オペラをそのまま演奏したもので、当然、有名な「前奏曲」は収録されていない。
短い導入フレーズのあと、すぐにイルメリンの歌が入り、物語はモノローグ調に進行する。
最初の動機からしてかの「イルメリン前奏曲」そのものだが、それがそのまま2時間に延長されている感じだ。つまり、あの前奏曲が好きな人には夢のような世界が続く。
しかし逆に言えば・・・この「一色感」が、ピンとこない人にとってはただのふわふわした音の羅列でしかない・・・それがこのオペラが認知されない原因でもあったということだろう。
この「イルメリン」は美しいメロディに満たされているが、これに続くオペラ2作目「魔法の泉」に至っては、印象深いメロディすらなく、不発も納得できてしまうものだった。
どうもディーリアス作品はそういうキャラクターのようだ。
強いインパクトは皆無だが、普通に口ずさめるわかりやすさがある。
ただ、ドラマに起伏がないので、主役の力量で作品全体の印象が大きく左右されてしまう怖さもあると思う。
イルメリン役とニルス役の声や歌いまわしが気に入らなければアウトになりそうなのだ。
この盤の場合、どちらももう少々若々しい声のほうが良かったかもしれない。
少女の初恋物語を描くのに、妙齢の豊かな声ではリアル感が薄くなる。
この作品に限らず、いわゆる「メルヒェンオペラ」(「ヘンゼルとグレーテル」や「マッチ売りの少女」「人魚姫」など・・・)の主役人選は極めて困難だったろうと思われる。オペラというのは常に「脳内変換」が必要になる世界とはいえ、変換レベルを小さく出来るならそうしてほしいところ。
もっとも、このレコードは世界初の全曲録音であり、他に競合盤がないのだから比較材料皆無。
とても美しい絵柄のBOXに簡単な解説と全曲の英文テキストが添えられていて、レコードのレーベル面もカラフルでおしゃれだ。
アートワークは重要で、もしこれが灰色や黒のカートンだったら聴こえてくる音楽までその色に染まってしまうだろう。
この曲を聴き始める時、イメージするのはきっとこの絵の王女と王子なのだ。
聴きなれた有名オペラでは起こらない現象ではあるのだが。

持てる限りの時間をこれに費やして、ゆったりと聴く覚悟さえついていれば、ディーリアスの世界を堪能できる。
その夢の世界に浸る喜びも感じられるだろう。
1985年にリリースされてからCD化歴があるようなないような、かといってLP自体も入手絶対不可というわけでもない・・・まるでこの作品そのもののような存在の曖昧さがある、というのも面白い。
とにかく、ディーリアス好きの方は必聴盤だと思う。

posted by あひる★ぼんび at 22:39| Comment(2) | 音楽
この記事へのコメント
またまたお久です。
暑くなりましたねぇ。

「イルメリン前奏曲」は違和感なく北欧気分ですね。結構好きです。
ただ、あれが2時間続くのは睡眠効果抜群そうかな。
でも聴いてみたいので、次にあっちに行った時に探してみよう。
Posted by サルミアッキ at 2018年07月11日 12:53
こんにちは。

災害、猛暑、狂った政治、日本はどうなる!?という中、
自分自身は自分の生活だけでいっぱいいっぱいの毎日です。
せめて、音楽に浸って現実逃避・・・寝ちゃってもいいと思います^^

英国盤なので、ヨーロッパならどこかにはあると思いますよ。
Posted by あひる★ぼんび at 2018年07月11日 22:37
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