2017年06月17日

プライ最初のミュージカルナンバー集

多くのドイツ人にとって、オペレッタやジングシュピールは身近な娯楽だった。
19世紀から綿々と続き、戦中戦後も咲き続けたこの「芸術の花」。
そのオペレッタやジングシュピールがアメリカの自由な空気の中で進化したのがミュージカル。
ドイツ国内でそれらは、決して卑下されるものではなかったのだが、一部の面倒な権威ある人達が音楽の中にまで「ドイツ民族の威厳」を持ち込んだ時、標的にされてしまったのだ。
わかりやすさが仇になった。
これらオペレッタ・ミュージカルを含み、ポップス中心にした「庶民の娯楽音楽」U-musik、交響楽やソナタなどを「純粋な芸術音楽」E-musik。二つの音楽は全く違い、区別されるべきという考え方だ。
(例えば、ヒトラーはレハールを愛好していたが公言はせず、ヴァグナーこそを最高の音楽とした。本人はヴァグナーを理解することも、プライベートに聴くこともなかったという)
この民族主義(というより人種主義)起因の暗黙の身分のような住み分けは、長く尾をひくことになる。
しかし、ドイツで実際に広く親しまれているのも、音楽文化を支えているのも結局は「庶民の娯楽」だったわけで、現代ではそんな住み分けはほとんど希薄化したように思う。
むしろ日本。日本の評論家・演奏家・教育者・愛好者が西洋クラシック受容の過程で、一部のドイツ音楽の神格化に同調した為、その思想ポーズが残ってしまったわけだ。

プライはそんな難しい時代の中で、E-U両面で活躍した歌手だった。(そのことはここで何度も記事にしてきた)
プライは戦後しばらくの間、友人たちとバンドを組み、ソ連軍・米軍のキャンプや酒場でピアノやアコーディオンを弾き、ポップスを歌って生業としていた。既に声の素晴らしさは認められていて、音楽の道に進むことも決めていた。しかし、具体的な道として彼はクラシックを選んだ。
まさにその住み分け故、ポピュラー音楽と決別の必要が出てしまったのだ。プライは悲壮な決意でバンド活動に終止符を打たねばならなかった。
COLUMBIAは英国に母体があったこともあり、オペラとリート両面で新進注目株のプライに白羽の矢を立てたようだ。
流行が過ぎれば消えてしまうポップスターと違い、クラシック歌手では長期セールスが見込めるわけで、ポップス系も歌いたかったプライにとっても、双方悪い話ではなかっただろう。

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Hermann Prey Singt Musicals
「回転木馬」
「マイ・フェア・レディ」
「キス・ミー・ケイト」
「アニーよ銃をとれ」

ヘルマン・プライ(ヴォーカル)
カール・ミハルスキ指揮グラウンケ交響楽団
(COLUMBIA 7in.EP ドイツ輸入盤)



4曲収録の7インチ盤。プライにとっては、これがこのジャンルでの最初期の公式録音となった。
当時のドイツの常識では外国曲はドイツ語訳詩で歌うものだが、ここでは4曲とも英語で歌っている。
これらのミュージカルや映画は当時、世界的にヒットし、ドイツでも話題の作品だった。
彼自身がこれらミュージカルの舞台に立ったわけではないが、その堂々とした声量と美声はポップシンガー以上にミュージカルにぴったりで、盤の売り上げはなかなかに好調だったようだ。
結果的に、追加プレスや規格品番、レーベルを移行して長く現役を保った録音だった。

マルカートレーベルの移行再発盤はこんなパッケージ。
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Hermann Prey Sings Musicals
<初出盤に同じ>
(MARCATO 7in.EP ドイツ輸入盤)





再発盤のタイトルは英語に変わっている。
戦前、英米のレーベルがイタリアオペラの歌手にポップススタンダードを歌わせる企画がはやったが、この盤のヒットはドイツの音楽界に多少の影響をもたらしていたようだ。再びそういうクロスオーヴァー企画が登場するきざしが出ていた。何匹ものドジョウを狙って、(あろうことか)当然同レーベルの専属歌手だったディースカウにも話がいったようだが、彼は「ああいうものを歌うスキルは持ち合わせていない」として一蹴し、生涯このジャンルに寄りつかなかった。

こちらはオペレッタのナンバーと組み合わせたオムニバス。
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Beliebte Melodien aus Operetten und Musicals
ヘルマン・プライ、ハインツ・ホッペ
アネリーゼ・ローテンベルガー、エリカ・ケート
フランツ・アラース、カール・ミハルスキ
ヴェルナー・シュミット=ベルケ
(HORZU LP ドイツ輸入盤)





なんだか妙な雰囲気のジャケットだが^^;こういうオムニバスは何種類か出ている。
この60年代はじめにプライは、指揮者ミハルスキと7インチ(いわゆるシングル盤)10インチ(いわゆるミニアルバム盤)用の名歌集を多数録音していた。それらにオペレッタ全曲盤や抜粋盤から有名曲をひっぱってアルバムに仕上げたものだ。
不思議なのは日本のクラシックファンの反応で、プライ贔屓の人には概ね好評ながら、そうでない人からは「資源の無駄」的な低評価、あるいは「無視」されている種類の録音。評論家たちの「メーカーの要請で片手間に取り組んだであろう…」はそんな時の常套句。
本人に尋ねたのかな?日本人の閉鎖性はドイツ人以上なのかもしれない。

プライは、60年代のインタヴューでは「世界中にはたくさんの美しい歌が溢れています。私が歌えるものなら、この声を通して、素晴らしさや楽しさを皆様と分かち合いたいと思っています」と述べている…しかし、80年代半ばには「私はあちら (ミュージカルやポップス) の世界は諦めました」と語り、また晩年95年のインタヴューでは「今は以前にくらべてかなりステージに立つ回数を抑え、その中でよりよいものを目指すよう心がけています」と変化していた。
実際、この間に「マイ・フェア・レディ」などのミュージカル出演の企画オファーもあったようだが、結局実現することはなかった。残念ではあるが、まさにそれはレパートリーの精査の結果だったのだと思う。
それでも心持ちは変わらなかったのだろう。
「歌うことは神様が与えてくださった私の使命なのです。私は神様がお望みになる限り…もういいよと言われるまでは歌い続けます。」
いつも彼は真剣真摯に「うたびと」であろうとした。どんな歌を歌っても彼の声が心に響くのはまさに「だからこそ」なのだ。
posted by あひる★ぼんび at 19:26| Comment(4) | プライ
この記事へのコメント
こんにちは。

これすごくいいですよね!(真ん中と下のレコードを持っています)
なのに相変わらずの批評をされていたんですね。
ちゃんと聞いて書いたんでしょうか。
心を揺さぶられなかったんでしょうかね。
キスミーケイトの「so in love」や回転木馬のサビの部分「I loved yuo・・」なんて心を持って行かれますよね!

浅里公三さんが、プライさんの追悼記事にこのレコードの事を書かれていて、ドイツに行ったとき「プライが好きなら是非これを聴きなさい」と勧められたそうですね。
評論家の方々、実はプライペートではプライさんが好きで聴いているという人がいて面白いです。

>「歌うことは神様が与えてくださった私の使命なのです。私は神様がお望みになる限り…もういいよと言われるまでは歌い続けます。」
この言葉、覚えています。
死に時はステージで死にたいと言っていたプライさんは、現役歌手のまま召されましたね。
彼のインタビューからは歌への愛情がいつもあふれていますね。
本当に歌が好きで、歌にも愛された人だったと思います。
Posted by 真子 at 2017年06月20日 15:44
こんばんは。

この録音はプライの歌唱が特に安定していることと、アレンジの良さが特筆だと思います。周到な準備の上の録音だったのでしょう。時代を反映してステレオ盤とモノラル盤があるようです。(この盤に限らず、2種流通は普通だったようです)

プライが好きだという評論家は多かったようですが、必ず「個人的には」と言い訳をするのはなぜでしょうね。誰への「忖度」だか(笑)
レコード評など元々個人的意見だと思うのですが、それとも本人達は哲学や真理を論じているつもりだったのでしょうか??

引退の時期も神様が決めると言っていたプライは、死の数日前もリサイタルだったようですから、正に生涯うたびと。本当に歌を愛し、ミューズに愛された人でした。
天国のカンマーゼンガー任命は早すぎましたが。

Posted by あひる★ぼんび at 2017年06月20日 22:00
こんにちは。

>レコード評など元々個人的意見だと思うのですが、それとも本人達は哲学や真理を論じているつもりだったのでしょうか??
先日レコ芸をパラパラ立ち読みしていたんですが、まさにこの話が載っていて、(確か)宇○功○さんの話として評論は客観的なものだと言う記事がありました。
宇○さんは、バトル始め美声歌手がお好きな方なのに、プライさんにはえらく辛辣な評論家でしたよね。男性歌手はまた別なのかな?

>誰への「忖度」だか(笑)
誰だったのか、とっても気になります(笑)
昔の雑誌を読むと大きな声で「プライが好き」はともかくとして、「プライは素晴らしい」と言えない空気があった事が、確かに感じられます。
それはが急逝されてから少し空気が変わったような・・。
なんか急に不世出の名歌手に格上げされたりして(それは事実なんですが)。

もしプライさんがあと30年、40年あとに生まれていたら、彼はもっともっと評価されたと思われますか?


Posted by 真子 at 2017年06月23日 13:28
U氏こそ「私見のみ」で語っていた人だと思います。彼は「評論家は好き嫌いではなく良し悪しを語らなければならない」と言っていましたから、自分の価値基準に絶対的な自信があったのでしょう。ある意味痛快。好きではありませんが、彼の文からは「それがどんな演奏か」読み取れるので、こちらの好みの演奏を捜すナビゲーションにはなりました。皮肉なもので、彼は好き嫌いを言いたくない筈なのに^^;

過去を遡ると、シュルスヌスもヒュッシュもスタートは異端扱いだったようです。それが時代と共にひとつの王道、伝説へと微妙な記憶の色付けがおこっています。彼等は20世紀前半のピリオドです。
プライの歌唱もやはり時代を反映した歌い方で、20世紀後半のピリオド。そこに存在したからこその光源。
プライが現代にデビューしたら、果たして活躍できたかどうかはわかりません。ジャンルの障壁はない現代ですが、ディースカウ以上に手作業の作品へのとりくみは、現代の音楽文化の急流や経済優先の考え方にはそぐわない気もします。
カウフマンの著作などを読んでも感じたのですが、現代の音楽ビジネスの中で、歌手としてのアイデンティティを保つことができるかどうか、でしょう。
Posted by あひる★ぼんび at 2017年06月23日 15:04
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