2017年06月05日

ヴェヒター父子の共演

エバーハルト・ヴェヒターはオーストリアのバリトン。プライと同じ1929年7月生まれで、1992年に没している。その死のタイミングが歌劇場の要職が決まりそうな時期だったこともあり、不穏なうわさも流れた記憶がある。
ヴェヒターはプライとほぼ同じ声域の役を歌っていた。幾分バス寄りの厚い響きの声を持ち、リートも歌ったが、それよりもモーツアルトからRシュトラウス、ヴァグナー、幾つかのイタリアオペラまで歌っている。また、オペレッタや軽い作品も得意にしていた。
そういう意味では、ディースカウよりよほどプライの比較対象とされそうなのだが、なぜか話題に上ることがなかった。ヴィーンに生まれ、そこを中心に活動したので情報が拡散しずらくローカルな位置付けにされていたのだろう。その辺はクンツと同様の傾向だった。
プライなどの多くのスター歌手たちは、故郷がどこなのか分からなくなるほど世界中を旅し、世界的な評価と引き換えに、強烈な漂泊感・孤独感を持ち続けるものだ。しかし彼の場合はヴィーンに根をおろし、そこに歌手人生を花咲かせることができた。幸福な花の一輪だったといえそうだ。

こんなアルバムがあった。
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ヴェヒター(エバーハルトとフランツ)
 ヴィーン歌謡集〜良く知られた歌とデュエット

エバーハルト・ヴェヒター(バリトン)
フランツ・ヴェヒター(バリトン)
(ARIOLA LP オーストリア輸入盤)




これは1984年に、エバーハルトが息子フランツと作った親子共演アルバムだ。
フランツ・ヴェヒターは1955年生まれ、父よりテノーラルな明るく軽い響きのバリトン歌手。
(この辺も、プライ父子の関係に類似している。彼らの場合は単独の共演盤を残さなかったのが残念)
フランツもまた、オペレッタの舞台を中心に活動しているようだが、日本までは全く活動状況が聞こえて来ない。明るさと暖かさが心地よい声なので、リートを歌ってもさぞ似合うと思う。

さて、ここに集められたものはすべてヴィーン歌謡。伴奏は「シュランメルン」編成のアンサンブルで、AB面とも真ん中の一曲に朗読を入れ、独特の雰囲気を出している。
エバーハルトの歌い方は…このジャンルらしい酔いどれ気分とダミ声ぎみの発声を駆使(笑)している。
普通に歌ってくれればいいのに、と思うのは聴いている自分が外国の人間だからだろう。
これは一種の民族的コブシであり、スタイルなのだ。
標準ドイツ語ではなくヴィーン訛りそのままの方言歌詞を、曲の輪郭が崩れそうになるほど過剰に表情をつけて歌う。
あれ、ヴェヒターってこんなに「性格バリトン」な声だったっけ?と耳を疑う事しばしばだった。
フランツの声がやけに爽やかなせいもあるかもしれない。
ハンサム好青年と酔いどれ親父。なかなかのものだ。
録音に際しては、おそらく綿密な練習や解釈の摺合せはなかったかもしれない。
編曲自体、かなりラフに聴こえる。ここをギシギシ締めてしまうとしまうと「ドイツ人の音楽」になってしまうわけで、彼等がおそらくは拘ったであろう正真正銘のヴィーンっ子のスタイルを「ゆるさ」の中に貫いているようだった。
このアルバムはCD時代の幕開けのリリースだが、LPとテープ発売のみでCD化はされていなかったと思う。
没してしばらくすると、淘汰がおこり、一定の評価に即したもの以外は「なかったもの」となる。
この偉大な歌手の素顔、実際に生きた証しを感じられるちょっと粋な暖かなこういったアルバムが埋もれてしまうのは残念なことだと思う。


posted by あひる★ぼんび at 22:50| Comment(4) | 音楽
この記事へのコメント
こんばんは。

ヴェヒターは「詩人の恋」のCDを一枚持っています。
「輝くばかりの美声の持ち主、ウィーンの名歌手、ヴェヒター。
魅力的な声と知的な容貌で多くのファンを惹きつけた隠れた名盤!」
という帯にひかれてかったものです。
「そんなに美声なの?プライさんをもう大好きだし、レコードやCDだってこんなに集めたのに、プライさんより良かったらどうしよう」と思いつつ聞いたことをおかしく思い出しました。
1961年の録音時のものなのか、ジャケット写真も若くなかなか今で言うイケメンです。
ピアニストは、かのブレンデル(笑)ヴェヒターとはうまくやれたんですね。

ヴェヒター父子はこんな素敵なレコードを残しているんですね。
「明るさと暖かさが心地よい声」とお聞きすると聴いてみたくなります。
幸せそうなこのジャケットを見ていると、亡くなるに際してそんな不穏な噂が流れたなんて嘘のよう、と思ってしまします。いろいろあるんですね・・。
Posted by 真子 at 2017年06月14日 19:44
こんばんは。

ヴェヒターの「詩人の恋」は高評価の方が多いようですね。しかし、オペラ舞台の姿より地味で印象は薄味に思えます。リート歌唱に関してはそれ以外あまり聴けていないので何ともいえませんが。
1991年彼は国立歌劇場総監督に就任しています。しかし、その頃多くの政財界有力者や指揮者、人気歌手と微妙な軋轢が見えていました。彼が就任してすぐにアバドが辞任、ヴァイクルとそのとりまきとの確執も伝えられていて、急死報道を巡っては噂が渦巻く状態だったようです。
ヴィーンにとってオペラは国策。想像以上に難しい問題がまとわりつくようです。

フランツの声は父とは全く違う声質で、Pアレクザンダーやオペレッタのテノールのような軽やかな声です。
残念ながら活動の現状は日本までは届きませんが、大小様々な劇場でのステージ出演はしているようです。

こういう録音はリラックスしていてそれだけで魅力的。
プライ父子もこういうアルバムを残してくれていたら・・・、と本気で思いました。

Posted by あひる★ぼんび at 2017年06月14日 23:27
お久しぶり。

ヴェヒターが亡くなった時、ちょうどオーストリアにいました。
確かに彼の死をめぐっては穏やかでない情報もありましたが、基本的には噂話の域だったと思います。名指しで謀殺説を書く記事まであって…。
ただ、あの国でウィーン国立歌劇場「総監督」といったら政治的にもスゴイ役職ですから、言えない黒い出来事もあるのかも…と納得ではあります。
リート録音も本当は結構あると思います。すでに埋もれているってことかも。
フランツも、オペレッタのキャストで見かけたことがありました。
生歌は聴けませんでした。残念。

Posted by サルミアッキ at 2017年06月23日 12:17
暑くなってきましたね。この夏もまた北欧に行くのでしょうか。

彼の生前も没後も、日本には情報が入って来ませんでした。
芸能ゴシップのような扱いでヴェヒターの周囲のブラックな話題がとりあげられてはいましたが、興味本位にすぎる内容でした。
真実としてあるのは彼がほんの短期間「総監督」に就任していたこと。
彼は保守的な考えの人で、少なからず外来アーティストと摩擦があったこと…程度でしょう。
そんな詮索より、音楽を楽しんだ方がよさそうですね。
「詩人の恋」以外のリート録音、ないのかなぁ。
シューベルトやRシュトラウスがあっていそうです。
Posted by あひる★ぼんび at 2017年06月23日 16:55
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