2020年02月24日

思い出のレコードからG〜プライのパイロット盤

あっという間に2月も終盤。
またまたこのブログの更新が滞っていました^^;
新年のご挨拶もせず、申し訳ない・・・

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これはここでも何度か話題に出したことのある販促盤。中学時代に買った。

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 シューマン:「詩人の恋」
 マーラー:「さすらう若人の歌」

ヘルマン・プライ(バリトン)
レオナード・ホカンソン(ピアノ)
ベルナルト・ハイティンク(指揮)
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
(フィリップス LP 国内盤)




「詩人の恋」は超がつく有名曲だから、楽譜が入手しやすい。リート鑑賞入門者にとっては最適な教材といえるだろう。しかしもちろん、シロウトが本格的に歌うのは無理で、即座にシューマンの技法に色々な意味でノックアウトされる。
「さすらう若者の歌」も、カラフルで描写的な音色が音楽自体の難解さを超越している。民謡風の佇まいなのに、歌と管弦楽のバランスは複雑で、声も楽器パートの1つと思えるほど、縦の関係が重視されている。

この盤を買ったのは、高校受験の年だった。
音楽を聴きこんだりドイツ語を読みとる努力をする時間があるのなら、受験に役立つ勉強をするべき、という時期だったのだが、両親は何も言わなかった。
19世紀ヨーロッパの芸術や文学への興味はすでに自分を飲み込んでいた。だからすぐに「詩人の恋」は詩を暗記してしまった。「さすらう…」の詩はハイネに比べると散漫な印象で、韻や語の選び方が独特で覚えずらく、あえて深入りしなかった。あとで知ったが、この詩はマーラーが「こどもの不思議な角笛」の延長のようなスタイルで創作したものらしい。今読むと、かなり名作コラージュになっていて、若きマーラーの文学的な「憧れ」の具現のようにも感じる。

この盤は購入後間もなくから高3ぐらいまで、多くの友人や先生に貸し、随分あちこち旅をしていた。
その為、さすがに盤面が荒れてしまい、数年ののちに買い直したほどだ。
なぜ、この盤だったか。それなりの理由がある。このホカンソンとの「詩人の恋」は「リーダークライスop24」やシューベルトリート選集と組み合わせたレギュラー盤も出ていたのだが、それらはどれも最後の第16曲がB面になっていて、不自然だった。片面に全曲収録したのは、この販促盤だけだった。30分越えのカッティングは音に影響するものだが、曲の一貫した流れを断ち切らない為には絶対に「これ」だった。

言うまでもなく「詩人の恋」も「さすらう若者の歌」も恋のときめきと破局、昇華を描いた作品。
「詩人の恋」の原詩「抒情的間奏曲」の主人公の年齢設定はわからないが、作品自体がハイネ26歳前後なので、だいたいそれぐらいの主人公ということだろう。
「さすらう若者の歌」は原題がLider eines fahrenden Gesellen「ある遍歴職人の歌」。
Gesellenということは、主人公は徒弟は終えていて、おそらく20代前半ということになるだろう。
両曲とも、つきまとう死の影やどこか老成した悟りを感じるのは時代性だと思う。

以前、このブログで「詩人の恋」はシューマンの「冬の旅」と書いたことがあった。
それはハンプソンによるこの曲集の初版「20のリート」についてである。
ハンプソンは実に苦々しく厳しい解釈を聴かせてくれた。
しかし、ここでのプライの歌唱には、そういった悲壮感や諦念はどこにもない。喜びも悩みも悲しみも前向きに描き出されていて、生命力に溢れている。
遅いテンポと丁寧な発音で、歌い飛ばすことなく物語を噛みしめていて、とても素直に聴こえる。
こういった、死や不幸の予感を排したまっすぐな雰囲気には賛否もあろうが、当時のプライの、他者には(先輩ホッターにも、比較されがちなディースカウにも)真似できない美声歌手プライの個性だった。当時の彼の歌は、素直なシューマンとか、親しげなブラームスとか、いつも独特なアプローチになっているのだ。
また、この盤は録音も残響の具合がソフトで美しく、程よい空気感が心地よい。

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あとひとつ、演奏とは関係ないが、同梱封入の「フィリップスベスト100選」のカラーリーフが、なかなか良い。
あの頃はなんでもなかった広告の、小さな懐かしいジャケット写真の数々が、素敵な思い出を呼び起こしてくれ、45年の年月を遡らせてくれるのだった。
posted by あひる★ぼんび at 00:48| Comment(4) | プライ