2019年10月17日

コルンゴルトの死の都

エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト(1897- 1957)が、ベルギーの詩人ローデンバックの「死都ブリュージュ」を原作とした脚本に付曲したもの。作曲家が23歳の時の作品である。
モラヴィア生まれのコルンゴルトは、幼少期から天才少年として評判を呼び、発表する作品はどれも高評価を得ていた。1938年にアメリカに亡命するまで、ヴィーンを中心に活躍を続け、数々のオペラを発表した。
その一つの頂点が「死の都」である。
1930年代以降、ナチス政権下での彼は、ユダヤ系であるせいで弾圧を避けることが出来なかった。
亡命以降はハリウッドで活躍。映画音楽作曲家として名を馳せることとなった。
亡命にあたり、多くの作品を失ったわけだが、それらの多くは支援者によって復元や修復がなされ、消滅を免れた。この不幸中の幸いは、当時人気の作曲家だった所以と言えるだろう。
しかし戦後、純音楽作曲家としてヴィーンで復権をはかるも、すでにその音楽は「時代遅れ」であり、ドイツ文化圏では映画音楽は下流とみなされていたこともあり、ハリウッドでの高評価に反して黙殺に近い仕打ちをうけてしまう。
失意と苦悩の中、再びアメリカに戻り、1957年に脳出血で逝去。なんとも寂しい人生の終わりだった。

「死の都」のストーリーはこんなふう。
第1幕
*若者パウルは、愛妻マリーを失うが、その死を受け入れられない。
パウルはマリーを偲び、自宅に「名残部屋」を構え肖像画や遺髪などを陳列している。
*友人フランクはパウルに現実の生を考えろと説く。しかしパウルは「マリーはまだ生きている!」と言い張り「街でマリーに再会した。じきにここに来るだろう」と言う。
*間もなく、若く美しくマリーそっくりの踊り子マリエッタが家を訪れる。
*パウルは彼女のことをマリーと呼ぶ。事情のわからぬ彼女は否定。
*マリエッタは誘惑するように歌い踊るが、やがてマリーの肖像画を見つけ、自分はその代わりなのだと悟り、家を出て行く。
*亡妻への思いとマリエッタへの興味に心を引き裂かれるパウル。
*マリーの肖像画から彼女の亡霊があらわれ、「私を忘れないで」と言う。その後すぐにその姿はマリエッタに変わり「自己を失わず自分の生き方を通しなさい」と諭す。
<第2幕>
*マリエッタの家の前を徘徊するパウル。
*友人フランクが現れる。彼もマリエッタの虜となっていた。フランクが彼女に受け入れられた証として見せたマリエッタの家の鍵を、パウルは奪い取る。
*マリエッタが舞台仲間たちと通り沿いの水路に船で現れる。彼らはパウルのことを皮肉りはしゃいでいる。
*彼らは『悪魔のロベール』の稽古をはじめる。マリーの清楚さをマリエッタに重ねていたパウルは、不貞娘を演じようとすマリエッタを諌める。そんなパウルを囃し立てる舞台仲間たち。
*マリエッタは「これはパウルとの個人的な問題だから二人だけにしてくれ」と言う。
*マリーの幻影を打ち消すことに執念を燃やすマリエッタ。
*ついにパウルは誘惑に負け、彼女と一夜を共にしてしまう。
<第3幕>
*勝ち誇った様子のマリエッタ。パウルは誘惑に負けた自分を恥じる。
*マリエッタは、パウルの目をさまそうとマリーの遺髪を持ち出し、からかうようにてもてあそぶ。
*激嵩したパウルは遺髪の束を奪い返し、その遺髪でマリエッタを絞め殺してしまう。
*我に返ったパウルは、マリエッタの遺体にすがり、つぶやく。
「彼女も本当にマリーそっくりになってしまった」
・・・
*家政婦ブリギッタが「お客様がお忘れ物の傘を取りに戻られました」と告げる。
*パウルはふと目を覚ます。マリエッタの姿はどこにも見当たらない。ずっと幻を見ていたのか?
*ついにパウルはマリーとの思い出のつまった街と屋敷を離れ、新しい暮らしへ踏み出すことを決意したのだった。

まさかの夢オチ物語!!
どこからがパウルの幻想なのだろう?不安定な世相を反映したような奇談であり、オカルトっぽさもある。
映像作品としてうまく演出すれば「世にも奇妙な物語」風に面白いものができそうだ。
この作品は大戦をはさんで、上演はほとんどなくなっていたが、1970年代にコルンゴルト復権の機運が盛り上がり、1975年6月にラインスドルフが全曲盤を録音すると、ぼちぼちながら再演にとりくむ劇場も出てきた。
ただ、積極的に取り組まれないのは、Rシュトラウス風の大きく構えたオーケストレーションに加え、楽器の種類の多さと、パウル役の歌手の力量が極端に要求される為、難しいからだろう。そんな難しさがある割に、作品自体は求心力が幾分不足していて、割にあわない。そうなると今後も残念ながら頻繁に舞台にかかる作品にはならない気もする。

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コルンゴルト:『死の都』全曲
 ルネ・コロ(パウル)
 キャロル・ネブレット(マリエッタ/マリー)
 ベンジャミン・ラクソン(フランク)
 ヘルマン・プライ(フリッツ) 他
 テルツ少年合唱団 バイエルン放送合唱団
 ミュンヘン放送管弦楽団
 エーリヒ・ラインスドルフ(指揮)
(RCA CD2枚組ドイツ輸入盤/LP3枚組米国盤)



ラインスドルフによる世界初の全曲録音。
ラインスドルフはこういった「知られざる作品」を絶妙なバランスで聴かせるのが得意だったようだ。
このブログでも先にシューマンの「ファウストの情景」(2度録音)やコルネリウスの「バグダッドの理髪師」をとりあげているが、どれも歌手達がマエストロを全面的に信頼してついてきているのがわかる演奏になっている。
コロとネブレットはこの難しそうな役を見事に、そして甘美に演じきっている。また、プライはパウルをおちょくる役として第2幕にちょっとだけ登場する。彼の声で有名な「ピエロの歌」が聴けるのが嬉しい。

posted by あひる★ぼんび at 23:31| Comment(2) | プライ

2019年10月07日

ベーマーヴァルト♪

久々の更新。
本格再始動まではもう少しかかるかもしれないけれど、まずは軽く^^

プライは冗談好きで基本「上機嫌」ながら、気性の変化が激しく、癇癪持ちと言われていた。
地雷、起爆スイッチが多い性格は厄介な気もするが、クレンペラーやシューリヒトとも関係が良好であったというから、年長者に可愛がられるタイプだったのだろう。
しかし、近い世代となると様相は変わり、共演の多かったHシュタインとは何度か大喧嘩もしているし、ブレンデルやバイロイトのヴォルフガング・ヴァグナーとは険悪だったわけで、まあ、全部含めて人間プライの面白さだと思っている。
さて、そんな中でのカール・ベーム。
気難しいとか、とにかく偏屈な老巨匠と、アーティストの間でも一般聴衆からも捉えられていたベームだが、プライとは生涯良い関係を築けていた。共演も数多く、モーツァルトのフィガロ役は彼の推薦あっての成立であったとも言われている。
(喉への負担が大きいとして、それまで歌ってこなかったこの役のオファーを断らなかったのは、本人の意思を越えた大きな力が働いたと想像できる)

ベームの誕生日を祝う公開放送のVTRがあったので貼っておく。1979年8月27日のものだ。

https://www.youtube.com/watch?v=TXHxf7MWZpk
(youtubeなので消えてしまっていたらごめんなさい。)
若干、画像に乱れがあるが、アコーディオン弾き語りの姿は貴重な映像だ。
デビュー前、連合軍キャンプ(主にソ連)で日銭を稼いでいた頃の姿がどんなふうだったか、ここから想像するのも楽しい。
曲は「ボヘミアの森深く」の替え歌。
ボヘミアの森=ベーマーヴァルト(ベームの森)
若々しいプライ、そして元気そのものの笑顔のベーム。
翌年、日本でのフィガロ公演のベームに比べてもとても若く見える。
幸せで楽しい時間は人を輝かせるものなのだと、改めて思った。

もうひとつ。
オペレッタの巨匠、ロベルト・シュトルツと共演した番組。
慈しむような優しいシュトルツのピアノにのって、プライは持ち前の温かい声に憧れをいっぱいにこめて歌っている。世代差も格の上下もない、音楽へのひたすら深い愛情を感じる演奏だ。
「父の家の前に菩提樹が立っている」

https://www.youtube.com/watch?v=Tk2HKw62fpU

父の家に菩提樹が立っている
家の前にはベンチが置いてある
私がそこに立つとき
菩提樹は再び音を響かせる
親愛なる懐かしい古い歌
私は夢の中でいつもそれを聴いた・・・


ここでの2人は、大巨匠と若手歌手というより、本当の父子、祖父と孫、といった感じに見える^^


posted by あひる★ぼんび at 23:05| Comment(3) | プライ