2019年05月19日

ゲーテの詩によるリート集

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「ゲーテと音楽」
(ゲーテの詩に付曲された
ライヒャルト、ツェルター、ベートーヴェン
シューベルト、ヴォルフ、ブゾーニのリート集)

カールハインツ・ミュラー(バリトン)
ヘレ・ミュラー・ティーメンス(ピアノ)

(TORIO 国内盤 LP)




収録曲は以下の通り。
ライヒャルト:ラプソディ/プロメテウス/近さ
ツェルター:憩いのない恋/嘆き
シューベルト:野ばら/最初の喪失/ひめごと/湖上て/
狩人の夕べの歌/竪琴弾きの歌第1
ベートーヴェン:5月の歌/悲しみの喜び/憧れ
ただ憧れを知る人だけが
ヴォルフ:羊飼い/竪琴弾き
ブゾーニ:ブランダーの歌/メフィストの歌
不機嫌の歌/有難くもない慰め


カールハインツ・ミュラーは1934年ドイツ・テューリンゲン生まれ 。
ジュネーヴとマンハイムで学び、1960年に宗教曲でデヴューしている。
彼は「バス」と表記されることが多かったが、それはレパートリーのほとんどが宗教曲だったため、楽譜上のパート表記に準じた為だろう。実際は一聴すればわかるハイバリトン、いわゆる「騎士バリトン」の2枚目声である。
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ここでのミュラーは、崩すことのない丁寧な歌唱で、くぐもった所のない明快な発音である。
何でも歌えそうな軽やかな声だが、彼はエンタメの世界には踏み込まなかった。
バッハなどの宗教曲と古典派リート、そして、1968年からはハノーファーで後進の教育に取り組み、それ以上に仕事を広げることをしなかったようだ。残念な気もするが、彼のポリシーだったのだろう。
ミュラーはこのアルバムでも、直接的な演劇的効果を狙うことはせず、音楽に乗った言葉の響きで情景を描写していく。ディースカウのような学術分析はしていないし、特に説明的には聴こえない。そしてまた、プライのような楽しげで活発なエネルギーの放出もない。このへんは「面白みを欠いている」と感じるかも知れないが、一聴では淡白に感じるこのバランス感覚は、聴きこむほどに味わいを感じるものだ。
賢明な表現者は誰もが知る事だが、例えば悲哀に満ちた曲で、歌い手側が泣いてしまっては聴き手には何も伝わらない。
抑制された表現の中、物語が冷静に語られるとき、そこにあるべき音楽世界が鮮明に浮かび上がってくるのだ。
とにかく演出が少ないので、聴き流しには向かない。地味な選曲ともども、どちらかというと「玄人向け」かもしれない。

この盤のジャケットの絵は、ティシュバインの「ローマ近郊でのゲーテ」。
1787年頃描かれたもので、かなり広く知られた絵画作品だ。
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貴族的な風貌と威厳がかなり美化され、また、実際よりおそらく若作りに描き出されている。
レコードやCDで使われることも大変に多く、この盤以外に、プライの国内フィリップス盤、プライとアメリングのコンピレーション独フィリップス盤、CDでは白井貴子のアルバム、歴史的録音BOXなどとにかく高頻度だ。もっとも、この盤ではデザインのために反転されている。よくあることだが、あまり感心しない^^;
ジャケットのデザインは中身の印象を大きく左右する。この高貴なゲーテ像のおかげもあってか、このアルバムもかなり上品に聴こえたのは確かだ。

posted by あひる★ぼんび at 20:55| Comment(5) | 音楽