2016年07月24日

キャンプ参加者全体会

今年のキャンプの全体会。
こどもの参加が少なく、全体に極小規模になってしまったが、
だからこその楽しさもあるだろう。

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数年前の金峰でのキャンプDVDを鑑賞。
去年は両神だったし、一昨年は台風のために自由が制限されていたので、それ以前のものを使用。
今年は「流しそうめん」もやるので、参考動画は必須でありました。

内容とは関係ないが、公民館なのに視聴覚備品なしってどういうことだろう。
ということで、プロジェクターやプレーヤーはぼんびの私物。
まあ、今に始まったことではないか^^;

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全体のタイムスケジュールを確認。
そのあと班にわかれてキャンプ中のメニュー決め。
2つの班、申し合わせたように同じメニューになっている。なんと不思議な・・・。

とにかく、楽しいキャンプになるよう
ワタクシは当日は所沢から成功を祈っております^^
その前にやることはまだまだあるわけで。
posted by あひる★ぼんび at 23:47| Comment(0) | 劇場

2016年07月23日

プライの命日


https://www.youtube.com/watch?v=y93cl4gM9q8

ヘルマン・オスカル・カール・ブルーノ・プライ
「私は自由でありたいし、聴衆にただ喜びをもたらす歌手でありたい」
うたびとプライは1998年7月22日(日本時間で23日)
地上での歌の旅を終えて天上へ向かった。
今頃はシューベルトに美声を披露し、ヴンダーリヒとデュエットに興じているのだろうか。

https://www.youtube.com/watch?v=PUNmM1a4obM


●●おまけ●●
プライを偲ぶものとして、あまり出回っていない音源をひとつ。
http://ahirunooto.sakura.ne.jp/du%20bist%20wie%20eine%20blume-gherrmann.mp3
1981年10月10日、バートウラッハ「秋の音楽の日」での1曲。
ピアノはレオナード・ホカンソン、クラリネットはディーター・クレッカー。
曲はゴットフリート・ヘルーマン(1808-1878)の「君は花のように」
ハイネのこの詩には多くの作曲家が付曲している。
シューマンの有名曲とは全く違う雰囲気で、プライの暖かくやさしい声は、憂いを含みつつ、独特の世界を描き出している。
プライは小さなコンサートではこうしたロマン派のささやかなリートを多数歌っていた。
posted by あひる★ぼんび at 00:31| Comment(7) | プライ

2016年07月20日

ボッセの穏やかな遺言

ゲルハルト・ボッセ。1922年生まれ。ゲヴァントハウス管弦楽団の名コンサートマスターとして長く活躍し、ゲヴァントハウス・バッハ管弦楽団の創立者。晩年の10数年は日本で新日本フィルや神戸市室内合奏団、大学での講師として活動した。
老マエストロにありがちなギチギチ楽員を締め上げるタイプではなく、むしろその対極、永年の楽団員としての演奏感覚と深い学識を生かした指示で端正にまとめる手腕を持っていた。
「リラックス、リラックス!」ボッセはどんな時もそんな言葉を楽員に投げかけたという。
「この曲はもう何度もやったからという気持ちになることが、いちばんよくない」
「正しい音を弾くだけでは不十分」
「繊細な表現を実現するには、テクニックと感情の両方が必要。加えて知識と冷静な分析も必要」
「指揮者をしていて、いちばん幸せだと思うのは、演奏会のあとでメンバーが来て、楽しかったと言ってくれるときです。ステージ上の演奏者が幸せでなければ、お客さんを幸せにできるはずがありません」

ボッセが亡くなったのは2012年5月。これはその1年前の2011年3月10日に録音されたCD。
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J・Sバッハ:ブランデンブルク協奏曲(全曲)
ゲルハルト・ボッセ(指揮)神戸市室内合奏団
白井圭 (vn)平尾雅子&瀬田麗 (ガンバ)花崎薫 (vc)
北谷直樹 (チェンバロ)白尾彰 (fl)岩佐雅美 (fg)
古部賢一、森枝繭子&多田敦美 (ob)垣本昌芳&永武靖子 (hr)
太田光子&宇治川朝政 (ブロックフレーテ)、高橋敦 (tr)
(Altus 2枚組 国内盤)



このCDライナーノートに書かれたの本人の言葉。
  この録音を聴くたび、あの日のことを思い出すだろう。
  愛する人を亡くし、家を失い、故郷まで失って傷ついた人々の心が、
  J.S. バッハの音楽から何かを受け取ろうとする時、私たちの演奏が
  少しなりともその仲立ちになれるなら、これほどの喜びはない。

そう、このCDはその演奏会のライヴ録音だ。開演から終演までの記録ではなく、曲順や曲間に編集があり、アンコールもカットされているが、ボッセも団員も自ら最高の演奏だったと自認するコンサート録音がこうして残されたことは喜ばしい。
スマートな演奏だ。無駄にピリオドに影響されていないようで、フレーズのリズムや音色が若々しい。
「18世紀の音楽に必要なのは話し言葉のアーティキュレーション」というボッセ。ドイツ語的に書かれたバッハの音楽を日本人が把握するのは大変だったと思うが、ここではしっかりその意図を汲み取って演奏している。
人によってはもっと暗い音色を好むのかもしれないが、ボッセ自身がソリストを精査厳選し集めたメンバーは優秀で、技術的な不安も、余計な翳りも曇りもない演奏に仕上がっている。

以前「年に何回か無性に管弦楽組曲やブランデンブルクを聴きたくなる」といったことをこのブログに書いたことがあった。これもそうした気分で購入したものだった。
随分前からボッセ/ゲヴァントハウスによるブランデンブルクは愛聴していて「東ドイツのバッハ」の先入観を覆す爽やかな演奏が印象的だった。
この盤に関しては「日本の合奏団と全員日本人のソリストによる演奏」ということで今度は極めて中性的な演奏になるのかな・・・というやはり勝手な先入観を持って手にしたのが正直なところだった。
しかし、聴いてみれば・・・音が立ち、踊り歌う。活発にして優雅。しかし18世紀の慣習から逸脱することもなく堂々と「音楽」を聴かせてくれていた。
ただ、聴きながら「この演奏中は明日起こる悲惨な出来事はだれも予想できなかったのだろうな」とか「1年少しでボッシュさんも神に召されてしまうなんて、それもわからなかったのだろうな」などと考えてしまったのも事実だ。でもそれは演奏のせいではない。
今こうして楽興の時に浸れる幸せを感じる事は大切だと思う。天災は避けられないながら、被害を最小にする工夫や、人災で災害を上塗りしない工夫は何か等、そこにも思いを巡らすのも重要だと、聴くたび確認することになる盤でもある。

この記事を書いているのは7月20日の朝。
さっき、7時25分、茨城県震源でM5の地震があった。
うちは高層なので結構大げさに揺れる。災害はいつ起こるかわからないな。
注意怠ることなく備えよ!それが難しいのだけれど^^;
posted by あひる★ぼんび at 23:52| Comment(0) | 音楽

2016年07月17日

2016年のデイキャンプ

さてさて今年のキャンプ、どういうわけか小学生の申し込みがほとんどなく、
「こどもキャンプ」という名称から離れてしまった。
よびかける対象が少ないのだから当然と言えばそうなのだが^^;
それでも、流れを止めたらそれで枯れてしまうのがこういうもの。
実行委員レギュラーメンバーで行事を進めて行くことに。

恒例、事前のディキャンプ。
今年も河原ではなく入間の施設を使用。
ここもポイントなのだが、河原から公共施設になってしまって、ディキャンプからも求心力が失われてるのでは?
川遊びは本来目的ではないし、それなりのリスクもあるが、魅力は絶大なのだ。

今年のメニューもカレー。
やはりキャンプの基本でしょう♪
今回は去年みたいにシャバシャバカレーにならないように注意を払いつつ頑張っていた。
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(てか、普通のカレーで失敗ってどんだけ料理下手かよって思う^^;)
今回はちょっとジャガイモ入れすぎかなぁ。でもおいしかったので結果オーライ♪

食事の後はテント立ての実習に続いて
キャンプ2日目に予定の流しそうめんのトイ作り。
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節部分をしっかり削り落としておかないと、そうめんが留まって決壊を起こす。
ペンチでむしったあと、ノミとハンマーを使ってしっかり削り取る。みんな手早く器用でありました。
今回、同じ場所でこの施設主催の流しそうめんもやっていたが、それは雨どいを使用していた。
あれは滑らか過ぎてそうめんは高速通過してしまうし、何よりあまりにも情緒がないと思った。
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本日、天気もそこそこで、暑過ぎず、良かった!ただ蚊が・・・。
富士登山に行ってしまったけっけ実長に代わりなお副長大活躍。ご苦労様でした。

ところで。
体調不良の為、今年は自分は当日の参加はみあわせることにした。
日常生活に支障はないが、3泊の野外生活はさすがに慎重に考えたほうがよさそうだと判断。
ファイアーの仕込みとか、プログラム上で不都合が起きないよう、準備段階はできる限りフォローしようと思う。

posted by あひる★ぼんび at 23:51| Comment(0) | 劇場

2016年07月13日

プライの「ピーターと狼」

この種の音楽は、数はそこそこあるようだが意識にとまることは少ない。
有名どころではブリテンの「青少年の為の音楽入門」、プーランクの「小象ババールの物語」、サンサーンスの「動物の謝肉祭」だろうか。
この「ピーターと狼」(ペーチャと狼)はプロコフィエフが海外亡命からソヴィエトに戻った1936年に書かれ、同年にモスクワで初演。大戦直後の1946年にはウォルトディズニーもアニメ化して、急激に世界に知られた。
平明で見通しの良い音楽で、音響的描写も巧みだ。
だが、正直なところ、面白いと言えるのだろうか?
ソヴィエトの社会主義理念に忠実なだけで、プロコフィエフの本音が見えない分、聴く度にどこか不消化感を持ってしまう。
だから、これを忠実に大真面目に演奏した場合、感想は「ふむ・・・」だけになりかねない。
各奏者の技量がずば抜けて優れているか、指揮者やナレーターが工夫を凝らしているか、実演ではなく録音物の場合はどんなコンセプトで作られているのかで大いに評価が変わるだろう。

ここに歌手プライではなく、ナレーター・プライとしての1枚がある。
「さすらう若人の歌」について書いた後なのでコンセルトヘボウ繋がりで書いておく。

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プロコフィエフ:「ピーターと狼」
        「古典交響曲」(交響曲第1番)
Lモーツァルト:「カッサシオン」(含おもちゃの交響曲)

ヘルマン・プライ(ナレーター)
ベルナルト・ハイティンク(指揮)
アムステルダムコンセルトヘボウ管弦楽団
ネヴィル・マリナー(指揮)LSO、ASF
(eloquence ドイツ輸入盤)


この盤、プライがナレーターでなかったら入手はしなかっただろう。ハイティンクはきっと「忠実に大真面目に演奏」するだろうと思える指揮者だからだ。
実際、その通り、大真面目な演奏だった^^;
プライは常に「演じよう」と意欲的で自由ゆえ、かなり冷静に楽譜を再現しようとするオケとに若干の温度差のようなものを感じる部分もある。エンジニアもあまり緻密なミキシングや加工はしていない。
しかしじっくりと聴くと、それがかえってこの演奏の「良さ」になっているようにも思えてきた。
プライの自在な声、オケの安定した演奏、とにかく気持ちが温かくホっとする演奏に仕上がっている。
なお、この演奏、日本ではナレーター:樫山文枝さんで発売されていた。(日本フォノグラム発売の「ピーターと狼」は別演奏もその樫山録音を使っていた)
また、海外盤もLP時代は別のナレーターで出ていたこともある。
もちろん、そのあとのカップリングも様々に代えられていて、いったい何種あるのだろう、という感じだ。
この盤の場合のカップリングはマリナー&ロンドンSOによる同じプロコフィエフの「古典交響曲」と、アカデミー室内0とのレオポルド・モーツァルトの「カッサシオン」になっている。
楽しい演奏だが、できればハイティンクで固めてほしかったなぁ。
ちなみにこのカッサシオンは「おもちゃの交響曲」として知られる3つの楽章を含む7楽章の管弦楽曲。
「おもちゃの交響曲」は18世紀からFJハイドン作曲とされ、その後「いやちがう弟のMハイドンだ!」と議論があったそうだ。その後1951年にモーツァルトの父レオポルドの作品「カッサシオン」(イベント用セレナーデの1種?)が発見された時、中に同曲がまるまる入っていたため、レオポルド作曲と修正された。
しかし、日本ではその後数十年間ハイドン作曲として教科書に載っていた。(恐るべし当時の文部省)。自分自身も「ハイドンは交響曲の父と呼ばれ、親しみやすく楽しい曲を沢山書きました」なんて説明があったのをしっかり憶えている。
そののち、1992年にオーストリア・チロルでご当地作曲家アンゲラーが書いたスコアの写譜が発見され、どうやらこのアンゲラーの曲をまるごとレオポルドがパーティ用の曲にとりこんだのだろう・・・ということに落ち着いたようだ。
著作権の法律も観念すらもない時代。誰のせいでもない^^;

プライのナレーターとしての正式セッションはこれぐらいかもしれない。
「バートウラッハ秋の音楽の日」での「ワルシャワの生き残り」は映像が残されているが、彼の語りは感情豊かで素晴らしかった。もっと多くの録音を残して欲しかった。


posted by あひる★ぼんび at 23:50| Comment(5) | プライ

2016年07月09日

マーラーのオーケストラ・リート

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マーラー:さすらう若人の歌
     亡き子をしのぶ歌

ヘルマン・プライ(バリトン)
ベルナルト・ハイティンク指揮
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
(フィリップス LP 国内盤)



「さすらう若人の歌」は直訳だと「ある遍歴職人の歌」となる。
最初の訳者は、これを日本で紹介する時、ドイツの徒弟制度を説明するより訳語を細工する方が理解が深まると考えたのだろう。「魔王」と同じく、意図的意訳。最高のプロの仕事だと思う。
曲は1884年頃から低声&ピアノ用に書きはじめられ、オーケストレーションと数度の改訂の後1896年に初演(管弦楽版)されている。テキストはマーラーが愛読していた「子どもの不思議な角笛」のスタイルで自作した詩で、当時のマーラー自身の悲恋が反映していると言われている。
彼女の婚礼の時に/朝の野を歩けば/胸の中には燃える剣が/彼女の青い目が
・・・以上の4曲からなり、演奏時間は16分程度。
曲名だけで内容の察しがつくほどベタなのだが、そこがまたいいと思う^^
この曲のメロディは交響曲第1番にふんだんに引用されたので、リートファンならずとも、多くの人が耳にしているはずだ。
美しく哀しい第1曲、爽やかで光に溢れる第2曲、短いが劇的な第3曲、そして静かな葬送曲のような最終曲。
最終節の美しい色彩感。
   街道沿いに菩提樹が一本立っている
   木陰で 私はやっと安らかにまどろんだ
   菩提樹の下 花びらは雪のように私に舞い降りた
   人生がどうなるか 知りはしない
   全て ああ 全てが 素晴らしくなる
   全て 全て 恋も 苦しみも 世界も 夢も!

日本人はきっと、桜に置き換えてイメージするだろう。
雪の面影を花に重ね、その中で失った恋を送る。
だがこの花は菩提樹、きっと一面黄色の世界。強烈な送りの情景だ。

プライの声や表現に「さすらう若人の歌」はとても良くあっていると思う。愁いを秘めた美声で歌われると、青春の息吹きなどというちょっと気恥ずかしくなる言葉さえ素直に受け止められそうだ。
にもかかわらず、プライ自身は必ずしも積極的にはとりあげなかった。録音もセッションはザンデルリンクとハイティンクの2回だけ、放送用録音はノイマンなど何種かあるが、歌手歴から考えたら少ない。プライは初来日公演でこの曲のピアノ伴奏版を歌い、また、後には数回オーケストラコンサートの中で歌っている。すべてを聴いたわけではないが、聴ける限りでは慎重さが前面に出たものが多かった。
マーラーの手法上あらわれている音程の難しさ…数ヶ所歌のラインと伴奏がケンカしている場所があって、多くの演奏では、歌手はサっとすりぬけ、伴奏も軽くうけ流すのだが、歌っている本人はきっと気になるのだろう。
プライは若き日から晩年まで、伴奏にひっぱられると怪しい音を選んで歌ってしまうことがあった。自然な音楽の流れを本能的に把握する力が強かった。その為マーラーに限らず、シューベルトの「馭者クロノスに」や「春に」で引き起こすことがあった。それは何でもないフレーズなのに「どうしたプライっ!」という瞬間。ほんの1音、ぶら下がってしまうだけで、全ての演奏が批判されてしまうのだからさぞ恐いことだったろう。
この盤はハイティンクのマーラー交響曲全集の一環として録音された。
ライヴではなくセッションだから、怪しければとり直せばいい。実際、この演奏には違和感は全くない。生き生きと謳い上げ、個人的にはディースカウの名盤より数段上だと思っている。

B面は「亡き子をしのぶ歌」
こちらは1905年初演の作品で、演奏時間は約25分。5曲からなるが、曲間は開けずに演奏するように指示がある。
テキストはリュッケルト。リュッケルトは半月の間に2人の子を失い、その体験を詩にしたためたわけだが、マーラーは何を思ってこの詩を選び付曲したのだろう?
詩集は1901〜03年、つまり「さすらう若人の歌」に比べ、ずいぶん短期間で作曲したことになる。幼い子どものいる青年作曲家が、この詩を読んで「なんだか作りたくなった」では不吉この上ない^^;誰かの依頼でレクイエムを書くのとは違い、リートはもっとずっと個人的な世界なのだ。マーラー自身、数年後に幼い娘を失ってしまうが、いわく「娘を失った後ではこんな歌を書けるはずがない・・・」
いや、そうは言うが、マーラー自身が常に持っていた「死への憧憬」に創作欲を刺激された結果の作品のような気もする。
晴れやかに陽が昇る/なぜそんなに暗い眼差しだったのか/母さんが戸口から入ってくる
子ども達はちょっと出かけただけだ/こんな嵐のときに

救いのない、出口のない悲しみ。曲は淡々としていて、かえってそれが放心しているようだし、最後の長調は一段と不気味さを感じさせる。

プライは、こちらはあまり感情移入せず、淡々と歌っている。
おそらく、家族思いのプライには辛く、また少々不吉に感じるものだったろう。
プライは旅公演には奥さんが必ず同行したが、子どもはいつもドイツにおいていた。
子どもを亡くした父が「大丈夫、あの子は散歩に行っているだけ」と繰り返し歌うわけで、プライの脳裏にあるのは自分の息子娘たちのことだったはずだ。来日公演でも各国のコンサートでも度々歌っているが、きっと心は穏やかではなかったろう。
歌詞の設定の陰鬱さと印象深いメロディの少なさ、そしてドイツ人以外には言葉の壁もあるので、素直に楽しめない人も多いのでは?と思う。もちろん優れた作品には違いないのだが。

mah-p71re.JPGところで、この記事冒頭のジャケットを見ればわかると思うが、この国内初版は写真が左右反転している。
こういうことは珍しい事ではなく、色々な都合であたりまえに行われていた。
多分この盤の場合は、日本独特の文化であるタイトル帯がプライを隠してしまうのを防ぐためだったろう。
人間の顔は反転させると微妙に印象が変わる。
でもこれはプライ自身が見ている鏡に映った姿ということにもなるわけだ^^
かなりしっかりした厚紙のダブルジャケットで、裏写真は輸入盤のドイツ民謡集でも使われているプライの青い目が強調されたアップ写真とサインのデザイン。
高級感もあるが、この盤にはなぜか歌詩対訳がついていなかった。

mah-p73.jpg実は、上の盤はあとから買ったもので、先に買ったのはこちらの再発盤のほうだ。
その再発盤では画像反転が解消され、歌詩対訳もついている。
この頃から、国内LPはほとんどがシングルジャケットになったのだが、この盤も裏側に解説が書かれたシンプルなシングルジャケットになってしまった。盤も「高品位」を口実に薄く軽量化されている。
70年代から80年代は世の中は上り調子の好景気。
景気が良いのだから「ちょっと贅沢に」と考えそうだが、そうせずにギリギリまで経費節約・簡略化すればそれだけもっと収益があがる!といったところだろうか。
同時にあらゆるジャンルで「合理化」が流行しはじめていたから、購買欲を無理に刺激しなくても物が売れた時代だったわけだ。


pl-prey-ms.jpg再発売と同じ頃、「詩人の恋」と「さすらう若人の歌」を組んだパイロット販促盤も出た。
そちらは擦り切れるほど聴き、全ての音を脳内に刻んだ。
対訳がないことは鑑賞の障害にはならなかった。
音からのイメージで言語の壁をクリアしてしまう、中3少年の底なしの嗜好である。
ピアノリートと、オーケストラリート、それぞれの素晴らしさをたっぷりと味合わせてくれた、忘れられない一枚だった。


ところで、この「さすらう」と「亡き子」の録音は比較的早くにCD化され、ハイティンクのマーラーの交響曲6番と9番の余白に収められている。
それは国内盤としても「ドイツ輸入盤に帯と解説」のスタイルで出た。後に「嘆きの歌」などと共に「マーラーのオーケストラ付リート」として2枚組で出たこともあったが、ついにこのカップリングで単独発売されることはなかった。
積極的にCD発売が成立しなかったのは、同曲にはディースカウの圧倒的な名盤が存在し、また、オーケストラ付という特殊事情から古い録音より新しい録音が求められる傾向、この2曲だけではCD収録時間にあまりに足りないということ…
検討のうちに時が流れて「今さら」になってしまったのだろう。だとしたら、とても残念なことだ。

posted by あひる★ぼんび at 23:34| Comment(6) | プライ

2016年07月07日

七夕の頃になると

七夕の頃になると、決まって思い出すことがある。
1969年7月20日。
アポロ11号による月面着陸。
あの時はついに人類が月を歩いた!と、世間は大騒ぎだった。
当時の僕の夏休みの日記は、アポロ11号の着陸記録の切り抜きで埋められていた。

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ただ「月への興味」は大きかったものの、新聞紙面に宇宙開発の「平和利用」という文字を見つけた時、
子どもながらに、逆の「軍事利用」もありうるのだなと察してしまった。
自分は月の表面に星条旗を挿した映像に、必ずしも明るい未来を想定できない子どもだったのだ。

想像と現実はいつでも微妙なバランスで並列している。
もはや小さな子どもだって「月にウサギさん」なんて言わないけれど、
幸い、半世紀近くたっても、月も星も遠いまま。
人間社会がどんなに物騒に動こうと、月は相変わらず白く美しく、地上を照らしている。
僕達の心には「永遠に手の届かないもの」が必要だと、常々思っているところ。
珍しく晴れた7日だったが、夜は薄曇で今年も星は見えなかった。

posted by あひる★ぼんび at 23:48| Comment(0) | 日記

2016年07月05日

シューマンのドキュメンタリー

schumann-v.jpgドキュメンタリー「シューマンのポートレイト」
*美しき5月に(1828年から1840年)
*孤独に身を委ねる者は(1841年から没年)

マイケル・トレーガー(ロベルト)
ゾフィ・フォン・ケッセル(クララ)
ヨアヒム・ヘップナー(ナレーション)
監督:ミヒャエル・フュール
(EUROARTS DVD ドイツ輸入盤)



ロベルト・シューマンの生涯を描いたドキュメンタリー番組のDVD。
ドラマ仕立てではなく、名演奏家による既発売のコンサート映像の抜粋と、シューマン時代の絵画、写真、そしてロベルト役とクララ役の俳優による書簡の朗読で構成される。
110分、結構なテンポのドイツ語ナレーションで進むので、英字幕はあっても慣れていない人には厳しいかもしれない。
自分は早々に日本語で理解することを諦め、次々と繰り出される貴重な写真の数々を楽しむことにした。
それで正解だと思う。
どうやら内容的には特別異説は唱えていないようなので、彼の伝記や書簡集を読んだことがあれば、それを思い起こせば充分理解できる。また、ほとんどウィキペディアの内容通りなので、目を通してから観れば理解の助けになるだろう。

改めて思う。
ロベルトとクララの「幸福な時間」は何と短かったことか…。
このドキュメンタリーはロベルトとクララが出会った1828年に始まるが、二人が恋愛関係に進むのはそれから長い時が必要だった。クララの父ヴィークは、ロベルトから見れば「異常な程」厳格だった。ヴィークはこの生意気なピアノ生徒を認めていなかったし、クララと恋愛関係になってからはロベルトに唾を吐きかける程「わかりやすく」軽蔑していたという。
ヴィークは鬼か?いやいや。ヴィークは正しく努力しないロベルトのピアノに対する姿勢を知っていたし、酒におぼれ、奔放に遊びほうけるその性癖も知っていたわけで…しかも時代は19世紀前半。結婚は家と家の契約であり、自由恋愛による結婚など、異例中の異例だったのだ。
そんなヴィークの猛反対を「訴訟」という形で突破し、たどり着いた1840年の結婚。
しかし1843年頃からの精神疾患の兆候、その10年後には完全に病み1854年の入水自殺未遂以降は精神病院で廃人として2年の隔離入所の後、生涯を終える…。
このドキュメンタリーでは淡々と、見えることのみ並べているが、数々のエピソードは、その真偽に諸説ある。ドキュメンタリーにも写真で出てくるシューマン考案の「ピアニスト養成ギブス」(!?)…このために右手の正常な機能を失い、ピアニストの道が断たれた…といわれてきたが、最近の研究ではそれは違うのでは?
と言われているようだ。精神疾患の原因についても遺伝的要因、耳の疾患、進行性の脳萎縮、梅毒の末期症状…諸説あるという。これも近年の有力説は「梅毒」で、43年前後の最初の兆候から感染時期を割り出すと1833年前後のシューマンが奔放に遊んでいた時期と附合するし、記録に残る症状は梅毒治療に使われていた水銀による中毒であると説明できる…らしい。モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト…彼等もまた鉛、水銀、ヒ素中毒があったようで、ヨーロッパは何世紀にもわたって梅毒が蔓延していたということだろう。
さすがに、このドキュメンタリーではその辺は直接触れず、におわせるだけに留めている。

正直、このこのドキュメンタリーが面白いと言えるかどうかはわからない。
内容的に事実に公正であろうすれば起承転結もつかず、ハッピーエンドでもバッドエンドでもなく、納得の結末も期待できない。ドラマ性を持たせれば虚構になる。
このフィルムはその辺を排してしまったために、淡々としすぎている気がした。
シューマンの生涯はその分裂性の故か謎が多く、人間関係も支離滅裂。
シューマン自身とクララの名誉の為に抹消された記録も多いようで、精紳疾患治療に関するカルテは破棄、遺体の解剖所見も大半が失われている。
謎が多いという事は、ある意味ではいくらでも物語を捏造可能なのだ。ただしできあがるのは「世にも奇妙な物語」になりそうだが^^;

さて、このDVDのカテゴリーをプライにした理由はひとつ。
現在日本では影も形もないユニテル製作の映像「シューマンリート集」から数曲、断片的ではあるが、プライの映像つきで収録されていることからだ。1840年、シューマンの人生の大きな転機となった結婚及びリート作曲の開始を描くに当たり、そのプライによる「リーダークライスop39」などからの歌唱風景が使われている。
プライの柔らかいが端正な声はシューマンの夢想と、現実を見据える厳しい部分と、その両面をうまく導き出している。元々明度彩度の低い映像だが、プライの表情は明るいし、あたりまえだが、Youtubeより良い音、良い映像だ。
さて、このプライの元映像をそろそろリリースしてくれないだろうか。シューマンやRシュトラウスといった未発売のユニテル映像作品の現在の版権はどこにあるのだろう?
とにかく、貴重な遺産を埋もれさせてはいかんですぞ!!

posted by あひる★ぼんび at 23:53| Comment(6) | プライ