2016年03月29日

春の東京から

こんにちは、レポーターのはむはむです。
01s3580.JPG
桜が咲き始めて間もなくの29日。
ちょいと東京に足をのばしてきました。

都内の桜名所のひとつ、千鳥ヶ淵。
TVなどでは「見ごろを迎えます」とかやってたけれど、
実際は未だ3分〜5分咲き、って感じでした。
休日に人を動かすための先行&目論見宣伝だったのでしょうかね。
02s3582.JPG
でもやっぱキレイ。
04s3599.JPG
武道館を臨む掘り沿いなどは「古き良きニッポン」を感じます。
03s3609.JPG

07s3596.JPG

桜は当然きれいだけれど、その他の小さな花も一生懸命さがあって素敵です♪
05s3601.JPG

東京の開花基準木のある某有名神社。
平日なのにすごい人でした。
参拝はしません。出店で昼食を済ませるのが目当てであります^^
この神社そのものには、むしろ未来永劫、直接かかわらずに済むことを願うばかりです。
06s3613.JPG

今年の春は三寒四温のバランスが良くなくて、桜が一斉開花ではないみたいだけど、
いずれにしても、春。
皆さんは春を満喫してますか?
はむはむのお花見レポートでした。

posted by あひる★ぼんび at 23:29| Comment(0) | 日記

2016年03月28日

タウリスのイフィゲニア

ギリシャ悲劇の登場人物は関係が複雑でドロドロしている。
現代、それも日本人の感覚からすると倫理観もおよそ破壊されていて、素直に感情移入をするのは難しかったりする。
「タウリスのイフィゲニア」はギリシャ悲劇の一部を抽出した脚本に、グルックが1778年に付曲した4幕のオペラだ。

預言者の偽りの進言でアガメムノンは娘イフィゲニアを生贄に差し出すことになる。
しかし、寸前で女神ディアナの救済を受け、イフィゲニアはそれを免れることができた。
(ここまでは1774年発表の「アウリスのイフィゲニア」に描かれている)

それから10余年の後、アガメムノンは妻クリテムネストラとその愛人に殺される。
イフィゲニアの弟オレステスは母を父のかたきとし、殺してしまう。

その頃、イフィゲニアは植民地タウリスでディアナの神殿に仕えていたが、暴君トアス王に常に苦しめられていた。
そこへ流れ着いた若者2人。イフィゲニアは王からその二人を生贄にするように命ぜられる。
若者はオレステスとその親友フィラデス。
イフィゲニアはどちらか1人を助け、故郷の妹エレクトラへの手紙を託すことにする。

2人は生き残る権利を譲り合う。
結局、母殺しの呵責に悩むオレステスがフィラデスに手紙を持って逃げるように仕向ける。

…いよいよオレステスが生贄となる直前、イフィゲニアは彼が実の弟であることを知る。
オレステスと、命令に背いたイフィゲニアを処刑しようとする王。
そこに王討伐の兵をつれたフィラデスがオレステスを助けようと戻ってくる。
ざわつく人々と神々の怒りを諌めるべく、女神ディアナ登場。
すべてをまるくおさめてなぜかハッピーエンド。


ドロドロした物語だが、「偉大な」女神ディアナが解決できるのなら、最初からそうすりゃいいのに!という、水戸黄門の印籠的な展開には現実味はない。
だが、きっとグルックの時代はこれでよかったのだ。
血圧が上がるようなリアルな葛藤がオペラに盛り込まれるようになるまで、あと150年近い時を要するわけで…。

taug1b.jpg
グルック:タウリスのイフィゲニア(ドイツ語版)
   ヒルデ・ツァデク (イフィゲニア)
   ヘルマン・プライ (オレステス)
   ニコライ・ゲッダ (フィラデス)  他
   ケルン放送交響楽団・合唱団
   ヨゼフ・カイルベルト (指揮)
(capriccio 2枚組 ドイツ輸入盤)


この録音は1956年10月、WDRによるもの。
グルックのこの作品をありのままに紹介しようというのではなく、若手のスター、ゲッダとプライの2人を聴かせるために作られたことは明らかだ。
ドイツ語訳版で、聴きやすく適度に切り詰められ、古典オペラにありがちな冗長さは感じない。
カイルベルト指揮のケルン放送響は大きめの編成で、ロマン派オペラのような音作りをしている。金管パートなどはグルック時代の様式を離れてしまっているが、歌手や合唱の表現とはむしろマッチした音響になっていると思う。
ゲッダはいつものように自在に声を張り、若々しい。役柄上、大活躍とはいかないが、「ゲッダここにあり!」の存在感はしっかりしている。
プライは…リートに主軸を移す直前の頃の録音であり、ほとんどイタリアンテノールのような節回しと、泣きの発声で、「情熱的だが、深く苦悩する若者オレステス」を演じている。ステージだったら喉が心配になる発声だが、敢えてこの歌い方でチャレンジしてみたのだろう。通常のバリトンには高いキイの役柄を歌いきり、新星バリトンカヴァリエの登場を世間に主張しているようだった。
本来主役のはずのイフィゲニア役のツァデクの声が少々弱いのが気になったが、グルックの音楽自体が「若者2人」を中心に書かれているようなので、ちょっと分が悪かったかもしれない。
放送用録音としては年代のわりに聴きやすい音。近年リマスターされ、一段と良くなって再発売されている。

posted by あひる★ぼんび at 22:46| Comment(2) | プライ

2016年03月25日

ヘンシェル&岡原の「冬の旅」

ピアニストの岡原慎也氏は1994年にヘルマン・プライと「冬の旅」で共演した。
その時の演奏は、NHKによって映像に残されているが、本当に素晴らしいものだった。
絶望と、憧れと、諦念と、寂寥感、孤独感・・・それらが静かに二人の演奏家の周りでうずまくようだった。
しかし、その公演は岡原氏からすると「どうにか切り抜けたが」…と、不納得な仕上がりだったという。
スター歌手のスケジュール調整の関係もあって練習や打ち合わせが足りず、何より、親子ほども歳の離れた大家に気後れしてしまったようなのだ。
その後間もなく、氏はやはり大御所のテオ・アダムとも共演する。
それで氏は考えた。
・・・自分と同世代の歌手と共演し、納得のいく演奏をしよう・・・一種のリベンジをはかろう、と。
そうして、共演できる歌手を探したのだという。しかし、理想的なリート歌手は限定されていてなかなか見つからなかった。
そんな中、「僕なんかどう?」という感じで話を持ちかけてきた歌手がいた。
ディートリヒ・ヘンシェル。1967年ベルリン生まれのバリトン歌手。
国内のプロモーターの契約を持たなかったこの頃のヘンシェルの営業活動はかなり自由で活発だったようだ。
そうして岡原氏の口利きで日本デヴューしたヘンシェルは、96年以降、毎年来日を重ねた。もちろん岡原氏とはリサイタルで名コンビネーションを聴かせ、97年来日公演の「冬の旅」は大変な名演だったという評判である。
その「冬の旅」を1998年5月、ドイツでセッション録音したのがこれ。
okahen.jpg

シューベルト:冬の旅(全曲)
  ディートリヒ・ヘンシェル(バリトン)
  岡原慎也(ピアノ)

(音楽之友社 国内盤)



このアルバムには「30歳のシューベルトが30歳のミュラーの詩に付けた曲を30歳の歌手が歌う」というキャッチがついている。
ヘンシェルの声は幾分ディースカウより重いが、歌いくちはソックリで、ちょっとしたクローン。しかも、若き日の、ではなく充実期のディースカウの雰囲気を持っている。
高音域で声質がガラリと変わることも、顎を引いた状態で顔の筋肉を上に引っ張って出すような発声もほぼそのままに聴こえる。ちなみに、最近はすっかり師匠の呪縛を抜けたようだが、まだこの盤では忠実なディースカウ・スタイルだ。
ヘンシェルの声には暖色の明るさはないので、キャッチコピーが表面上の特徴にはなっていない。だが当然、30歳の若者の旅は人生最後の旅とはなりえず、死の影や諦念は希薄に感じる。そんな歌の淡白な部分を、岡原氏は気合と気迫で埋めていく。歌手に寄り添い共に歌う姿勢が見事だ。相当な準備を持って取り組んだと思われ、どんな音も無駄に鳴らすことない丁寧な演奏。それを破る瞬間も欲しいと思ってしまうのは贅沢だろうか?いずれにしても冬の旅の名演のひとつと言えるだろう。
ちなみにこの盤の歌詩の邦訳は岡原氏によるもの。明快で素直な訳文で読みやすい。

ヘンシェルはその後も誠実な歌唱を聴かせ、一段と実力もつけた。しかし「大歌手フィッシャー=ディースカウの弟子にして後継者」とのふれこみで推されたものの、その目論見通りにはいかなかった。スターが持つ華やかさがなく、師匠のレパートリーをなぞることもなかったからだろう。
現在49歳の充実期を迎えているわけだが、これからどんな活動を展開してくれるだろうか。
岡原氏ともども、さらなる活躍を期待したいと思う。
posted by あひる★ぼんび at 23:13| Comment(2) | 音楽

2016年03月21日

合宿実行委員会と桜と

19日(土)
さて、春の中高青合宿も参加者が決まり、実行委員会も大詰め。
160319_1959~01.jpg
今年お世話になる大滝げんきプラザははじめての場所。
使い勝手も何も不明部分が多いが、実行委員諸氏にはその辺の不安はないようだ。
・・・というわけで、新中1からおとなまで、15人で実施する。
来週土曜、確認の実行委員会を持って、再来週は本番だ。
大きな目玉企画はないけれど、楽しい合宿ができるといいと思う♪

********
21日(月)
朝、東京の開花宣言があった。
160321_1716~01.jpg
小手指西友横の「ポトマック桜」はまだ蕾。ソメイヨシノ系の木だが、蕾は平均的な桜より赤みが強く感じる。
咲くと桜色なのが不思議なところ。さすがワシントン帰り^^
うちの周りの桜はすでに咲き始めた。

いよいよ春だ♪





posted by あひる★ぼんび at 23:53| Comment(0) | 劇場

2016年03月17日

ミニカーつれづれ

「ミニカー」も自分の大きな趣味のひとつだ。
時々おさんぽカエルを乗せた写真をアップしてるので改めて言うことでもないが^^

ミニカーを転がして遊ぶなんてしたことはない。それは幼児の頃から眺めて楽しむものと捉えていた。
だから細かければ細かいほどウレシイ。

ミニカーを見ていて、つくづく凄いと思っている事がある。
まず職人芸。
例えば「43分の1モデル」の場合、ボディを仮に1o厚で作ってしまうと、実車では4.3cm。だがそれではまるで戦車だ・・・だからミニチュア化するには不自然にならないようなデフォルメが必要で、そこが模型原型師の腕ということになる。
そして塗装技術。最近はコンピューターを駆使したプリントやレーザーカットも進化しているわけだが、基本的には手作業。組み立てもしかり。
そうやって、手元で職人芸を楽しむわけだ。
そして、もうひとつ。
その車を生んだそれぞれの国の文化状況、デザインに込められた、時代性に思いを馳せる楽しみは大きい。
国民性、経済状態・・・いろいろなものがそこにあらわれるわけで、動かないおもちゃ、たかがミニカーと侮るなかれ、だと思う。

さて、そんな中でふたつの日本車。
セラはノレブ製。AZ-1はエブロ製。どちらも1/43という小さいものなのでカエルは乗らない^^;

トヨタSERA。
1990年発表。1994年製造終了。正にバブルの申し子。
sera~01a.jpg
グラッシーキャビン、ガルウィング(バタフライ)ドア、2+2シーター、ハイスペックオーディオ搭載の「遊び車」だった。5年間で16000台弱が出回ったようだが、こういうコンセプトの車としては多いのか少ないのかは考え方次第だろう。
自分の友人も乗っていた。
ほぼ全面がガラスのキャビンは、夏場(冬も晴れた日には…)は、室内が熱帯温室(というよりオーブン!)のようになり、ウレタン部分は紫外線と熱で劣化が激しかったようだ。
sera~01b.jpg
性能的には1500tの大衆車スターレットの着せ替えなので特筆することはない。
しかしデザインの未来感はやはり画期的だった。交換部品の入手が大変なはずだが、今でも大切に乗っている方もいるから、中毒的に惚れる熱烈なファンも多かったわけだ。僕もこの車が好きである。

オートザムAZ−1。
この車が発売されたのもバブルの残照の中にあった1992年のこと。
az1~01b.jpg
「マツダ車」だが、エンジンはスズキ製でミッドシップに配置。ガルウィングドア2シーター、ボディはシャーシにボルトでとめられていて、簡単に換装が可能だった。全長3.2m、720s。
マニアックというか、好みの別れるスタイルで、つまりはバブル景気がもたらした「ゆとり」の中の産物と言えなくもない。
az1~01a.jpg
安定性・安全性の問題もあって4400台前後しか出回らず、アンチの声に負けるごとく1995年には製造終了…。
とても面白い車だったと思う。しかも、その器用っぷりが実に「日本人の作ったもの」らしいと思えた。

景気の後退と共に、車に対する感覚は極端に現実的にシビアになっていく。
安全性と合理性が重視され、エコも声高に主張される時代へと流れ込んでいったわけだ。
どちらの車もいろいろ問題があり、使い勝手は良くないという評判だった。デザインの関係で走行性もイマイチ、荷物もほとんど積めず、のみならず運転者の体格も事実上の制限を受ける…。
では、こういうのはナシなのか。
いや、むしろ大切にすべきことを含んでいる気がしている。
車には「夢」や「遊び心」が必要なのだ。
バブル前後の車は、1950〜70年代の物ほどの起爆力はないまでも、そこに込められた「夢」や「遊び心」は必ず社会の活力になるものだった。
楽しくないことをわざわざ誰がやりたいと思うだろう?
面白くないものを買いたいなどと思わないだろう。
購買力が落ちた理由は、消費者の収入減だけが原因ではないわけで。
ミニカーを見ながらそんなことまで考えてしまった^^;
posted by あひる★ぼんび at 23:24| Comment(4) | 日記

2016年03月09日

アレクサンダー・ショーのプライ

ペーター・アレクサンダー(1926〜2011)はドイツ文化圏で絶大的な人気を持っていたオーストリアのエンターティナー。
フルネームはペーター・アレクサンデル・フェルディナント・マクシミリアン・ノイマイアー。
オペレッタ・ミュージカル・ポップス・ジャズからディスコミュージックまでレパートリーにし、どれも彼のカラーにしっかりと染め上げられていた。端正なルックスで、主演俳優としてかなりの数の映画やドラマも撮られている。
E音楽・U音楽で言うと、彼の場合はあくまで「E音楽もたまに歌うU音楽歌手」であり、プライやホフマンとは立ち位置は違ったようだ。声質にオペラ風の不自然さがなかったので、幅広い層のファンを獲得できたようだ。

アレクサンダーがメインホストを務めるZDFのテレビショーは、60年代の白黒放送時代から1990年代まで続いた高視聴率長寿番組だった。
内容の充実とゲストの豪華さは特筆。また、数十秒でカットが入れ替わる日本のバラエティとは対極の長回し(ただ長いのではなく、ちゃんと編集ポイントとして使えそうなアングルも用意されているのが業界プロフェッショナルの仕事だと思う^^)で作られ「楽曲鑑賞用」としても価値が高かった。昔のNHK番組をハイセンスにした感じというか。
このTVショーは、現在、かなりの本数がDVD化されている。
マイナーレーベルのものはダビングを重ねた海賊ものもありそうだが、現在版権はSONYにあり、そこからのものは公式記録から製品化されている。画質音質は向上が図られているが、その時代のテレビクォリティからは離れられないのはしかたない・・・とはいえ、鑑賞に何の障害もない。
アレクサンダーとゲストが織りなす音楽の喜びと楽しさがつめこまれたショーは「TVに夢が溢れていた時代」の素晴らしい記録だと思う。

pasp1.jpg

Peter Alexander
Die schonesten Show-Momente
Herzlichen Gluckwunsch!
Folge1


(ALIOLA SONY BMG PAL-DVD ドイツ輸入盤)



これはこの番組のDVDのベスト編集盤の「第1集」
当然、アレクサンダー中心に編集されているが、ここはゲストのプライ視点で紹介。
内容はYOUTUBEにほぼすべて上がっていて、熱烈ファンというか、著作権をものともしないツワモノが世界中には多いのだな、と感心する。そうやって、ネットでも見られるのだが、当然DVDのほうが音も映像も綺麗であり、落ち着いて鑑賞できる。
DSCF3517bss.JPG
わずか3歳違いのプライとアレクサンダーは国こそ違えど、同じ時代の空気を吸って育ち、近い世界で活躍する「スター」ということで、終始楽しげで自然な雰囲気だった。
映像は1972年3月12日の収録。実際の放送では20分以上あったようだが、これはハイライト編集とあって、収録されているのはわずか7分46秒^^;
トーク、掴みのデュエット、そしてセヴィリアの理髪師からのお得意のアリア。
オペラの設定とは関係なく、コント仕立てが面白かった。
泡だらけの二人のスターの姿など、普通は観られない^^
DSCF3525bss.JPG
そのほかのゲストは少年歌手ハインティ(1969年)、ユリア・ミゲネス(1978)、ミレイユ・マチュー(1969)、ウド・ユルゲンス(1978)、アンネリーゼ・ローテンベルガー(1973)など。
どれも充実していて、実はプライの出演シーンより他の部分が印象深かったりもする。
すべてがすべて、生き生きとしている。105分、次に何が出てくるか楽しみになる1枚だった。

posted by あひる★ぼんび at 23:56| Comment(2) | プライ

2016年03月06日

合宿説明会2016

5日(土)に実行委員主要メンバーで現地下見に行き、ロケーションを確認。
それを受けて夜に実行委員会、そして本日の説明会を迎えた。
今年は案外と内容が見えてきている。空っぽ状態ではないのが良い。
問題は…中心の大学生がバイトやサークルに忙しく、こういう場に参加できないことか。
自己のスケジュールの優先順位の中で、劇場の位置付けが下がってしまってるとしたら残念なこと。
ただ、幼児期からここに所属していた彼女らには、もはやこども劇場は「空気」と同じであり、
大切とわかっていても意識するものではないということなのかもしれない。

今年の「BOSS」ゆりえによる概要プレゼンテーション。
IMG_4521s.JPG
ゆりえは「今日はサークルの集まりとブッキングしているので最初の30分だけ」と、頑張って出席。
彼女のほんわかまったり感は、いつも行事にのんびりした雰囲気をもたらしてくれる。
今日は欠席だが、しゃきしゃきのさきのと堅実なしほ、あの3人は本当に名トリオだと思う。

後半の進行はけっけが頑張った。

IMG_4518s.JPG

さて、どれぐらいの子達が申し込んでくれるかな。
人数も成功のカギだと思う♪
自分も早く足を治して、参加できる体制を整えなければいかんな^^


posted by あひる★ぼんび at 23:24| Comment(0) | 劇場