2018年05月12日

プライ&ラインスドルフのファウスト66年盤

以前、プライとラインスドルフによる「ファウストからの情景」のCDを紹介したが、それはバイエルンのメンバーによる1971年のものだった。
今回紹介するのはそれに先立つこと5年、1966年ボストンでのライヴのLPだ。
当時のドイツオペラのスターを集め、純ドイツ的な色合いの強かった71年盤と異なり、こちらはオーケストラもボストン交響楽団、ソリストもシルズなど、アメリカで活躍する歌手が中心になっている。

schumfau.jpgシューマン:「ファウストからの情景」(全曲)
ヘルマン・プライ/ビヴァリー・シルズ
トーマス・ポール/チャールズ・ブレスラー
ヴェロニカ・タイラー /タチアーナ・トロヤノス
フローレンス・コプレフ/バーチャ・ゴドフライ
ボストン交響楽団・合唱団・少年合唱団
エーリヒ・ラインスドルフ(指揮)
(メーカー不詳 LP2枚組 米国輸入盤)



音質はかなりしっかりしていて、当時としては優秀なもの。
ただし、盤のデータは極めて貧弱で、共演している合唱団の名称も不明、公演日時もわからない。
レーベル名すらなく・・・つまりこれは・・・海賊盤なのだろうか。
とはいえ、正式な放送用録音・資料音源を用いて原盤を作ったものらしく、ひざ上隠し録り的なゆれやノイズは皆無で、とても聴きやすい。あるいはこの盤自体が、放送に使用すること前提に配布されたものだったのかもしれない。
問題点としては面の切り方がぶっきらぼうなこと。
本来3枚組にすればよいものを、無理やり2枚にまとめている。
前半後半それぞれのラストには盛大な拍手が入っているが、極端に短くいきなり切れたりする。つまり、ほとんど編集していないわけだ^^;

「ファウストからの情景」はかなりの力作だが、それほど知名度があるわけではなく、全曲盤も恵まれてはいなかった。
自分が知る限りこの1966年盤が一番古いものだと思う。
100分の長大な曲なのでSP時代には省みられなかった。
オペラのような娯楽性は低く、ミサ曲のような宗教的な需要もないため、あえて商品として送り出すことがなかったのだろう。
その為、演奏会で聴かない限り、ほとんどの人は耳に出来ない。
その演奏会も、管弦楽、合唱、児童合唱、そして8人〜10人の独唱者が必要になる為、そう機会が訪れることもない。
忘れ去られるのに充分な要素があったわけだ。

そんな曲を2種もリリースしているプライ&ラインスドルフは中々のツワモノだと思う。
近年はシューマンも魅力再発見の気運が高まり、この曲も演奏・録音されるようになった。
ただ多くの演奏家達は、原作の特質からか内容を難しく捉え過ぎているようで、少々硬直気味のものが多いような気がしている。
かのディースカウは、ブリテン盤やクレー盤で歌っているが、やはり考えすぎてしまったようで、成功しているとは思えなかった。原作につきまとう哲学的な議論に寄りすぎ、音楽をそれに従属させてしまった感じがした。
指揮者にとっても、ドラマ的に弱く、音楽の起伏のラインがとり辛いこの曲は、結構難曲なのだと思う。
このラインスドルフの場合は…アメリカで活躍する多くの指揮者同様、楽譜に手を入れ、聴き易くすることを厭わない、その柔軟さが功を奏しているようだ。
ストコフスキーやオーマンディはシベリウスなど大作曲家の管弦楽法にまで改変を施したが、ここではそこまでのことはないまでも、最近の別指揮者の演奏とはまるで別の色合いがあって面白い。
聴いて楽しんでもらえてこその音楽の存在価値。異論もあろうが、ひとつのあり方だ。

さて、特筆すべきはここでのプライの甘美なこと!
彼はファウスト、セラフィムに似通う教父、マリアを崇敬する博士の3役を担当している。
この曲をリリックに、バリトンというよりテノール的な響きで歌っている。
スターの階段を駆け上っていた頃の自信、歌う喜びにあふれた歌唱を聴かせてくれる。
リートよりもオペラ的な表現で、クライマックス前のハープを伴う「夕星の歌」を思わせるソロは71年盤以上にロマンティックに響かせている。
1966年はプライに幾つかの試練(親友ヴンダーリヒの急死、妻と自身の体調不良)があった年である。
この数年後には、無理のないリート的な発声に変化していくのだが、この頃はまだ幾分自分の喉の性能の限界に挑戦するかのような力技が見え隠れしている。ファンには嬉しい30代青年歌手の美声だ。
グレートヒェン役のビヴァリー・シルズも美しく繊細可憐な声だ。彼女も当時アメリカで大人気の歌手だった。
原盤の由来はわからないながら、これは本当に貴重な好演の記録。
今更LPは望むものではないが、公式の製品の発売を願いたいセットだと思った。

posted by あひる★ぼんび at 14:04| Comment(4) | プライ

2018年04月20日

ローゼンのレコード

チャールズ・ローゼン(1927−2012)はアメリカのピアニスト。
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フランス文学の博士であり、人生の大半を文筆家とフランス語教育者として過ごした。
オックスフォード、ハーバード、シカゴ他、一流大学のフランス語教授として教鞭をとる傍らのピアニスト活動だった。
また、そのピアニスト業はコンサートをメインにしていたので、同世代の奏者と比べると録音は多くはない。
しかし、実力と業績は大きく、現在でも残されたもののほとんどをCDで聴くことができる。

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ショパン:ピアノ協奏曲第2番ヘ短調 op21
リスト:ピアノ協奏曲第1番 変ホ長調

リチャード・ローゼン(ピアノ)
ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
ジョン・プリッチャード(指揮)
(odyssey LP 米輸入盤)



この演奏は現在は普通にCDで聴けるわけだが、これはLP盤。
中古屋でたまたま手にした米国輸入盤で、ジャケットの劣化が激しく盤もカビカビ。安価なジャンク扱いだった。実は、このレコード、アントルモンのコーナーに紛れていて、気づかず買ってきた…というのが正直なところ。
針をおろす前にアルコールでカビや付着物をふき取り、電解水で洗浄して…その時、レーベルの演奏者名を見て、ありゃ???と初めて気が付いたのだった。
ローゼンか…と、特に何のイメージも期待もしないままに針をおろした。

ショパンの第2協奏曲の前奏の音を聴いてびっくり。
なんと懐かしいアナログ特有の厚みあるオケの響きだろう!そして、鮮やかで凭れることないピアノ。
確かに、「ショパンはかくあるべし」といった一般に期待されるロマンティックな演奏とは違い、ドイツ古典派のような雰囲気もある。
アラウの演奏に通じるような重心の低さで、バッハやモーツァルトの古典様式美に憧れていたという若きショパン像が見えてくるようだった。
テンポは標準的だが、、しかし体感時間の短い演奏だった。
プリッチャードはオーケストラをかなり豪快に鳴らしていて、ショパンにありがちな管弦楽パートの瑕疵も感じなかった。
続くリストは…こちらも落ち着いた演奏。ローゼンはショパンと同じテンションと音で取り組んでいるようなのだ。曲が曲だけに、こちらはもっと派手に演出してもいいのでは?と思ってしまった。
自分はこの曲自体があまり好きではないのだが、案外と楽しめた。
特にトライアングルのリアルな響きが面白かった。普通は控えめに聴こえるように調整するだろうに、ここでは恥ずかしい位にチロリンチロリン。この存在感は「トライアングル協奏曲」と揶揄される姿そのもののバランスだった^^

ローゼンはショパン弾きとして名の知れたローゼンタールの弟子であり、しっかりした知識博識の持ち主だった。ヴィルトージティに遠く、常に音楽学的で曖昧さがない。サービスに欠けた演奏は、評判が上がらなくても仕方ないだろう。だがこの、地味ながら誠実さを感じる演奏は忘れがたい好印象を残す。
偶然聴いた盤だったが、今後、愛聴できそうだ。

posted by あひる★ぼんび at 20:41| Comment(2) | 音楽

2018年04月15日

春の高学年合宿のまとめ会

中高生合宿は姿を変え、数年前から小学生も参加する「高学年合宿」になった。
会員が減ってしまった今では、過去の形式に戻すことはかなわないが、今出来る形で参加者にとって最高の合宿であれば、と思う。

今年の場所は久々に長瀞元気プラザだった。
行けなかったので合宿中の様子は写真を見せてもらうしかないのだが、きっと存分に楽しんだことと思う。
いちだんと逞しくなったように感じるダブル実長まゆ&けい、大学生となったひとみ…
みんな終始楽しげなきらきらした表情で、今回の合宿も「成功だった」ということがわかる。

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本心を言えば、この子達にもかつての大人数の行事を経験させてあげたい。
沢山の同世代と沢山の異年齢の中での高揚感と、焦燥感。
エネルギー炸裂と混沌。同調、親愛、対立、葛藤。
小学生にはこういう活動の楽しさを、中高生には計画する楽しさと難しさを、
青年にはまとめることの難しさと成功した時の喜びを。
そして「仲間」の存在を。
もちろん今の少人数行事にも家族親戚集団のような暖かさはあるけれど・・・

子どもをとりまく社会の現状の縛りが、常につきまとう活動ゆえ、形態の変化はしかたない。
だがしかし、あのキャンプや合宿がすでに遠い昔になってしまったとは思いたくはない。
さて、今年のキャンプはどうしようか。

posted by あひる★ぼんび at 23:25| Comment(0) | 劇場

2018年04月10日

桜の季節を越えて

今年の桜は、随分あっけなかった。
半月前が遠い過去の様だ。
桜が咲く頃は、特に忙しい時期、さらに自分の体調が良くない時期と重なってしまう。
きっとそれもあるのだろう。

日本人が桜を好むのは、その美しさだけでない、と言われている。
わび・さびを良しとする文化的価値観の刷り込みから、その盛りの短さ、儚さに心を揺さぶられるのだ。
直後に芽吹き始める新緑がどれだけ力強く華やかでも、そちらに意識を向ける人は多くはないかもしれない。

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自分が住んでいる街には桜が多い。
所沢は鎌倉時代からの旧街道、戦時中の陸軍基地、その後の米軍基地と、歴史的に桜が植樹される機会が多かったからだろう。
公団が街を作った60年前も、けやきと桜が数多く植えられた。
ただ、寿命の短いソメイヨシノは最近はかなり悲惨で、徐々に伐採、生き残りも少々精彩を欠いた状況になっているようだ。
現在の家の前の桜すら、入居した18年前とは全く違う様相。
桜も人も、命あるものはすべて移りゆく。

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夜の桜は独特の風情。
ライトアップはいらない。街灯と、月明かりで充分だ。
posted by あひる★ぼんび at 23:55| Comment(2) | 日記

2018年03月30日

スクリデのストラヴィンスキーとマルタン

ラトヴィアの女流ヴァイオリニスト、バイバ・スクリデのオルフェオへの録音のひとつ。

彼女は1981年生まれ、37歳になるわけだからもはや「若手」というのは失礼だろう。
美少女ヴァイオリニストとしてメーカーが売りこんでいたのはついこの前だった気もするが、時の流れは早いものだ。
デヴューの頃から明確な輪郭を持った音色と、正確な音程感で安定した演奏を聴かせていて、活躍が楽しみな演奏家の1人だったが、期待通り、地味ながら着実に腕を上げているようだ。

sku003.jpgストラヴィンスキー:ヴァイオリン協奏曲ニ調
サーカス・ポルカ
オネゲル:パシフィック231、ラグビー
マルタン:ヴァイオリン協奏曲

  バイバ・スクリデ(ヴァイオリン)
  BBCウェールズ・ナショナル管弦楽団
  ティエリー・フィッシャー(指揮)
(オルフェオ EU輸入盤)



このアルバムは新譜ではなく、2011年の録音。
スクリデ30歳の時のものだが、今更の記事となる^^;
曲目はストラヴィンスキーとマルタンの協奏曲、そしてオネゲルの管弦楽曲を収めるという意欲作。
作品に厳密な繋がりがあるわけではなく、雰囲気・色合いに共通性を感じる選曲になっているのが面白い。
トータルで聴き通しても違和感なく、また退屈することもない良く考えられた並びだと思う。

ストラヴィンスキーの協奏曲は大管弦楽の有名曲とは対照的な室内楽的な親密な響きを持っていて、おどけているようで実にクール、皮肉とか単なる諧謔ともまた違う、しゃれっ気のある音楽。
スクリデの演奏は程よい緊張感の中でユーモアを描き出していて、聴きやすい。
これがコパチンスカヤあたりだったらもっと刺激ある解釈を見せたろうと思う。
続けてオネゲルの管弦楽曲2曲。「パシフィック231」は、言うまでもなく「機関車描写音楽」なのだが、ここでは特別な強調はしていない。前後の曲のバランスを考えるに、これぐらいが程よい。
続いて「ラグビー」。231に比べるとインパクトの薄い曲なので、最近録音されるのは珍しいかもしれない。
マルタンの協奏曲については以前に自作自演盤を紹介したが、このように複数録音が存在する現近代曲は珍しく、そういう意味ではすっかり市民権を得た楽曲と言えるだろう。
自演の大家によるものに比べると、大げさにならないよう控えめに演奏していて、それが親しみやすさを生んでいるようだった。
そのあとに演奏されるストラヴィンスキーの「サーカス・ポルカ」は楽しく、さながらちょっとした「アンコール」の様に聴こえた。
このアルバムは総じて地味目の音楽が並んでいるが、スクリデのカラーもあるのだろう。
それでトータルバランスがとれているのだ。
多くの人が進んで買うようなアルバムにはなり様もないが、このジャンルを愛好する人には、長く聴き続けられる1枚になると思う。
posted by あひる★ぼんび at 23:37| Comment(0) | 音楽

2018年03月18日

高学年合宿参加者顔合わせ

春の合宿は数年前から新小6を含めて実行してきたが、
今年は小4から参加OKの完全な「高学年合宿」となった。

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自己紹介を兼ねた「なんでもバスケット」
そして引き続きダブル実長まゆけいによる合宿説明。

ここのところ、行事の度に大きな時の流れを感じている。
会員数も減り、当然対象者数も減ってしまった。
参加者の年齢枠を広げることで対処しているけれど、それもこれが限界なのだろうか?
自分自身がかかわり始めた37年前と同じであるはずもなく、当たり前と言えば当たり前なのだが、かといって変わってしまった時代の傾向に合わせていくなら、会の存在の意味さえなくなるだろう。

間もなく、キャンプも動き始める時期になる。
これまで自分でやれるから、意見できたわけだが、
スケジュール的にも体調的にも参加できない状態なのにあれこれ言うのは難しい。

やれば、参加者はそれなりに楽しいはずだ。
実際、こういう活動は教育効果云々より「楽しい」が大原則。
だが、実行委員の負担、スケジュールの摺合せ、つきまとう危険リスク…と、
それぞれのムリを考えてまで意義のある行事なのか、別の道もあるのでは?とも思ってしまう。
…そうやって、多くの子ども関連の団体から「キャンプ」が姿を消したのだということも知っている。

まずは自分なりに「今年のキャンプをどうして、今後どうするか」を考えてみたい。
時間はすでに限られているけれど、大切なことだ。

posted by あひる★ぼんび at 23:38| Comment(0) | 劇場

2018年03月11日

第10回花咲くおはなし会

あの日から7年。
何もないはずの早春の1日が「あの日」になってしまった。

仕事中の大揺れ。
瞬時にただごとではないとは思えたものの、テレビでの報道の様子も当初は「それほどの被害ではない」という空気があった。
揺れそのもので街が大崩壊した阪神淡路震災の印象と記憶が強かったためだろう。
しかし、間もなくの本当の地獄。大津波と、火災、原発事故は想定外だった。
際限なく追い討ちをかけてくる惨事は恐怖だった。

震源地から遠く離れた自分の居住地は、地震被害はほとんどなかったが、
原発停止に伴う「輪番計画停電」と食料品流通のストップには困った。
それでも、こちらは命の危険は何もなかったわけで、2ヶ月もたてば普段と変わらない生活に戻っていた。
ただ、あれ以降、心のなかに蟠りが残り、何かとても大きな喪失感を蒙った気がしている。
きっと被災地はそれどころではない。
7年たった今でも、人も街も、失ったものは戻ってこないという激痛は治まっていないはずなのだ。

復興支援チャリティーイベント「花咲くおはなし会」に行ってきた。
今回で10回目。
毎回、多様な年齢と内容の出演者の出し物で楽しめる。
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今回もクラリネット・ピアノ演奏、絵本読み聞かせ、指笛、ダンス、紙芝居、そしてマジック・・・
家族的な雰囲気であたたかい。
災害や紛争にまきこまれることなく
この暖かな「平和」がいつまでも続くように、と祈りの気持ちをこめて、
出演者に拍手。
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posted by あひる★ぼんび at 14:46| Comment(0) | 日記

2018年02月21日

前の東京オリンピックの記念品

今日は父の誕生日だ。生きていれば米寿になったはずだ。

1964年オリンピック東京大会。
あの時のオリンピックは、戦後の日本の復興ぶりを世界にアピールするという大きな意義があり、落ちぶれた日本のイメージを覆し、再び大国の列に加わろうという「宣言」だった。
多分、国民の多くが成功を願ったものだったろう。
あの時、国民皆が明るい未来を思い描いていた。
政府は発展の妨げになりそうなものを徹底排除したし、真面目な日本人は多くのジャンルで世界一を達成させる努力をした。
その点は「大東亜共栄圏」なるものへの妄信で地獄へ突き進んだ一途な気質と全く変わっていない様子なのだが、前を向く為に必要なこととして、多くの国民は納得していたのだろう。

この頃、世界的に見れば東西冷戦構造はより深刻になり、それは舞台を宇宙にまで広げていたし、隣国の半島の戦争は休戦はしたものの、日本の一般人には情報は隠されていた。
アメリカのベトナムへの軍事介入は日々強まり、後のベトナム戦争の導火線に、すでに火は入っていた。
世界中でクーデターが起こっていたし、米ケネディ大統領はオリンピックの前年に暗殺されている。

当時、自分は浅草に住んでいたけれど、幼かったのでオリンピックに向けての街の変化はほとんど覚えていない。
通りから、いかがわしい看板やポスターが減って、裏通りからは怪しい店が退いたぐらいだろうか。

あとできいた事だが、ホームレスや日雇い労務者に対する退去命令も厳しかったようだ。
「体裁をあわてて整えると、後が大変だ。大空襲の後始末で学んだはずなのに…」
そんな話も聞いたことがあった。

父は「記念だから」と、このオリンピックのグッズをいくつか購入していた。
そういえば父のこの「記念だから」感覚は、たびたびちょっと「?」なセンスの土産品となっていた。
「記念」の重要度は、当時の僕にはわからなかったし、今でも物そのものに特別意味は感じない。
ただ、「何を思ってこれを買ったのか」に思いを馳せることで、亡き父の面影を読み取る素材となっている。
そういう意味での「記念品」なのだ。

どういう「記念」を持つかはひとそれぞれだ。
僕は目が悪いのでよく写真を撮る。肉眼では総ボケの世界を、手元で確認できるからだ。
だから自分が写っている必要は全く感じない。
もともと自分からは自分の姿は見えないのだし、その時に見ていた情景と、接していた人がいることが思い出の道しるべなのだ。これも自分にとってのひとつの「記念」のかたちだろう。

さて、オリンピックの「記念品」
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「オリンピックファンファーレ」「入場行進曲」「君が代」を収録した7インチレコード。
当時は「東京オリンピック」ではなく「オリンピック東京大会」の呼称が一般的だったようだ。
スポーツ競技会らしくてこのほうが好ましい。
それからコイン。ケースはプラスチック製ながら、一枚の百円玉には不釣り合いな豪華ケース^^
写真は撮ってないが、同じ仕様のケース入りの千円硬貨もある。

オリンピックは事実上、政治宣伝の意味合いも持つ。
残念ながらいつでも歴史的にそんなものだ。
今やっている平昌オリンピックなんて、あからさまに駆け引きの道具と化している。
また、産業界にとっては経済効果が気になる所。
2020年のオリンピックを通して、日本は何を宣伝するのだろう。
現代は国民が一丸となって開催を歓迎する時代ではない以上、各業界、意義を今からしっかりまとめてとりくまないと、やっつけ仕事のイベントになってしまいそうだぞ。
そういう意味で、今こそ「ガンバレ日本」だと思う。

posted by あひる★ぼんび at 23:35| Comment(0) | 日記

2018年02月05日

プライと「白鳥の歌」

自分にとっての初めて生で聴いたプライの歌が「白鳥の歌」だった。1973年の来日公演。
この時のコンサートは後にNHKでも放映されたが、テレビと生とでは声が全く違い驚いたのを覚えている。
プライは決して「大きな声」の歌手ではないと思った(生意気にも当時自分はすでに何人もの外来歌手のコンサートを聴いていた)が、深く豊かにホールじゅうに響いていた。
そして、最後に聴いたのも「白鳥の歌」。1997年シューベルティアーデin東京の最終日だった。

どんな時も、彼の歌唱は、ピアノの響きと溶け合う部分と突き抜ける部分の対比が絶妙だった。
再弱音では微妙な息遣いとピアノの残響が見事にシンクロする。そして、ロングトーンのコントロールの見事さに驚く。語にこめる感情の豊かさと丁寧さは、ディースカウ以上だと思えた。
ただ、時としてリズムのとり方の癖がピアノとずれて、外れているように聴こえることがあった。
さらに、おそらくプライは「音程」そのものではなく、楽曲の「響き」の中からシンクロさせるべき音を選んでいるようだ。
美しい響きを得るための方法だったのかもしれないが、低くとってしまうと全体の音程が下がって聴こえてしまう(この件は自伝でもヴンダーリヒとの会話に出てくる)。
また、複雑な周波数をもつ彼の声質は、聴く側の聴覚神経の個人差で感じ方の変化が大きいようである。
プライに対する評価が常に分かれがちだったのは、そういう人間の機能上の差異も大きかったのではないかと思う。

プライの「白鳥の歌」のディスクは数種類がある。
*1962年頃 DECCA  ヴァルター・クリーン
*1964年 ORFEO(ザルツブルクライヴ) ジェラルド・ムーア
*1971年 PHILIPS ジェラルド・ムーア
*1978年 DG(ホーエネムスライヴ)  レオナード・ホカンソン
*1984、85年 DENON フィリップ・ビアンコーニ
*1986年 Unitel (映像作品) レオナード・ホカンソン
この他、1997年の来日公演の非公式盤があるが、NHKによる編集修正後のもの(「鳩の便り」の失敗部分を取り直している)なので、明らかに放送録画のダビング音声だろう。
個人的な感想としては、60年代の2枚が圧倒的にすぐれていると思う。
あとのものは少し疲れ気味に聴こえたり、有名な映像作品も音だけ聴くと色々問題があったり^^;
とにかく難しい曲集なのだろう。なにしろリートの怪物シューベルトの「最終形態」なのだから。

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プライは60年代には曲順の変更、そして70年代からは本格的な「プライ版」ともいえるプログラム構成でこの曲に取り組んでいる。
「プライ版」を実演に用いる以前は「鳩の便り」の違和感を軽減するために、「ドッペルゲンガー」がコンサートの中央に来るよう、そしてそのあと、休憩がはいるように曲数を工夫していた。
ムーアとの1964年のライヴでは最初にゲーテの詩による「うたびと」「竪琴弾きの3つの歌」を持ってきて、続けてハイネ6曲を歌っている。
こうした場合、コンサート第2部冒頭が「鳩の便り」になるのだろうが、これだけでは、この曲の孤立救済は充分ではない。CDでは間をとらずに繋いでいるが、意外とこれが自然に聴こえるから不思議だった。実際にはこのタイミングの繋ぎはないはずだ。

「一夜のコンサートをこれだけで済ませることができないというのが、この曲集の難しいところです。試行錯誤の末、私はシューベルトの晩年作品からザイドルの詩による数曲を選び、組み合わせ、ひとつのグループを作って冒頭で歌うことにしました。最初の「戸外で」は美しい冬の情景を歌った名曲ですが、音型と調性、穏やかな感情の起伏が「鳩の便り」と呼応して聴こえませんか?」(73年来日時のインタヴュー)
選ばれた曲は「戸外で」「あこがれ」「さすらい人が月に寄せて」「窓辺にて」。
実際こうすることで、1曲だけ浮いていた「鳩の便り」がしっかりと存在位置を得ていて、これは素晴らしい構成だと思う。
プライはここで一旦引っ込むか、相応の間をあけて、次の6曲としてハイネを歌う。
これも巧みな演出で、「ドッペルゲンガー」のあと休憩をとることで、プライ自身の精神のリカバリーと観客の気分の転換の猶予ができるわけだ。
コンサート第2部としてレルシュタープ。70年代半ばからは「白鳥の歌」に補遺として付属されていた「秋」も歌うようになったが、扱いは流動的で、後半に紛れ込ませたが、どうやらどこに置いても座りは良くなかったようで、「鳩の便り」以上に不安定な立場になってしまったようだ。つまり、同時期の名作「流れの上で」と同様、作詩者が共通するというだけで、この曲は気分も設定も全くの別物なのだろう。
最後の1曲は「別れ」なのだが、深刻さの薄い曲なので、このあとにアンコールとして何でも歌えるメリットも出る。プライはアンコールを多数歌うほうだが、「冬の旅」や「美しき水車小屋の娘」ではアンコールなしということも多かった。終曲の余韻を大切にしたいという思いからだろう。

この「プライ版」での録音盤がないのは残念だ。1978年ホカンソンとのDG盤はホーエネムスのライヴで、実際は「プライ版」そのもので歌ったが、製品化の際に通常通りに戻され編集されてしまった。
…ということで、「戸外で」「憧れ」「窓辺にて」の3曲は公式録音を残さなかったことになる。本当に残念だ。
できればホーエネムスのオリジナル音源やザルツブルクでの公演、NHKの来日記録の製品化を願いたいところだ。

90年代からは「シューベルト最後の年のリート」という企画としてハスリンガーの曲順のままに「白鳥の歌」を取り上げるように戻っている。
この場合、コンサート前半にホルン付の「流れの上で」などを加えたが、ザイドル作品4曲はすべて1827年以前の作品ということで除外されている。
1997年来日公演の「鳩の便り」が歌えなくなるハプニングはこれが原因なのだ。
浸りこみと憑依はプライの晩年には顕著だったから、ドッペルゲンガーに憑依されたプライが精神状態を元に戻せなくても当然だった。
そして、憧れを歌う「鳩の便り」の歌詩は、プライが生涯をかけて追い続けた憧れそのものとして、自身の遺言のように響いてしまったのだろう。
あの時のつまりかたは歌詩を忘れたとか、タイミングを間違えたという種類のミスではなかったように感じた。
シューベルトが最期にこの曲に託した遺言を、プライはこの瞬間に全身全霊で受けとめ、意味を読み取り、自分自身のものとした。

終演後、青ざめてソファーに凭れたきり動けないプライに「放送の為の部分的取り直し」を伝えたというのが、事実ならNHKは鬼である^^;
また、そんな文字通り命を削った公演の記録を倉庫に眠らせておくのも鬼の所業だ。
何らかのメモリアルイヤーには、これらの貴重な映像記録をどうにかして頂きたいものだ。

posted by あひる★ぼんび at 23:22| Comment(2) | プライ

2018年01月21日

高学年例会「キッドナップ☆ツアー」

劇団「うりんこ」の「キッドナップ☆ツアー」
角田光代原作。NHKの単発ドラマでも知られる作品。
主人公は小5女の子で、失踪中の父親に「誘拐」され、連れ回され旅行…そこでの出来事を娘視点で綴った「ロードムービー」的なものだ。

起こるできごとは「ささやか」で実にプライベートなもの。
しかし、本来この年齢の少女にとって、家庭の問題は一番巨大であり、人間関係にも価値基準が生じてくる時期なのだから、ひとつひとつの出来事は後の人生に影響を及ぼす。
家庭の事情の詳細はドラマでも、この劇でも描かれていないが、わかるのは、「自由すぎる父」が家に帰ってこなくなって2ヶ月以上たっていたこと、母は忙しく働いていてかまってくれず叔母が面倒を見てくれていること…
つまりこの子の家庭の機能はほとんど崩壊しているということだけだ。
物語では、旅を通してこの父の人としての魅力に娘が気付き、心に親子らしい思慕が生まれる…というわけなのだが、自分個人としてはこの父親に魅力は全く感じなかった。
この人はきっと中学生ぐらいで成長を止めてしまったアダルトチルドレンだ。そのようにしか感じられなかった。俳優の力量の問題ではなく、原作の無理ではないかな?

エピソードひとつひとつは面白いけれど、なんだか、さびしい物語だった。
父娘のふれあいが熱気を帯びる程に、この感覚は増幅し、登場人物のそれぞれを包み込んでいく。
つきまとう欠落と喪失感。
親子の幸せを実感するのには必要なもの、信頼とか、理屈ではない愛情とか、そういうものがあるはずだが、彼らにはそれがないのだ。
この父親も、ひょっとすると母親もそれらの大切なものを欠いたまま、生育し、親となってしまったのかもしれない。
そのスパイラルに、この娘も半ば引き込まれている。
だからさすがにこの父も、鈍いながら考えたのだろう。
もし、あの子が孤立無援の状態であると実感し、不幸だと思ってしまったら、世を恨み、親を怨み、果てはやさぐれてしまうのではないか?
恐らく誘拐の要求は「大切な事を伝えたいから娘とのふたりだけの時間をくれ」ということだったのではないだろうか。
だから伝えるべきことを彼なりの方法で伝えた…まあ、この子を不幸にしている主犯が何を言う?って感じだが。

「おれがろくでもない人間なのは誰のせいでもない…そうなったのを人のせいにしたりはしない。
思い通りにならないことを、何かのせいにしてたら、周りの全部のことが思い通りにいかなくてもしようがなくなる」

ちょっと聞くといいことを言っているし、人生を渡って行くのに大切な事ではある。
けれどこれはなんと冷たく突き放した言葉だろう。
子どもは生まれてくる親や家庭を選べない。1人では生きられない以上、手の届く範囲の世界の中で懸命に生きるしかない。
子どもの人間的成長には親の責任は大きく、それを助けるのは人としての義務だ。その責任を放棄しておいて「人のせいにするな」とは暴言以外の何物でもない。
普通ならそれは日々の中で、行動で示すべきこと。
しかし、彼は、父でいられる時間はすでに短いと悟ったのだろう。家庭が崩壊している今となっては、短絡的に言いたいことだけを伝えるしかなかった…ということだとは思う。
たびたびこの父親が発する「選択権はそっちにもあるが決定権は俺だ」に集約される通り、彼には子どもを支配している実感があるわけだ。
人生を渡るのは「自己責任」などと、娘の成長能力、適応力やポジティヴシンキングに依存しようとする姿は本当に情けない。
「人のせいにするな」は最初から他者の行動を除外するから、事の本質が見えなくなる危険もはらむ残酷なぶったぎりになる。
この父が言ったら、「お前のせいだ」と言われたくない言い逃れにしかきこえない。
肉親だったら「言葉にしなくてもわかる」とよく言われるけれど、それは共有する時間が充分にある場合だ。何もなしにそれは「ない」。
「ある」とすれば「だってそれでも父だから」という善意の誤解と忖度だ。この父親は自己責任を免罪符に、妻にも娘にも甘え、好き勝手に生きてきた。
挙句の言葉がこれで、その伝わらなさを薄々感じて、自分の気持ちを伝える時間を「要求」したのだろうけれど…。
同じ言葉を、一生懸命、思い切り生きてきた人が人生の最期今わの際に言ったなら名言として響くのだが、この人ではまるでダメだ。

この冒険旅行で、観念的には父との絆は確認できたろう。
父としても言いたいことはそれなりに伝えられたろうが、本来彼女が望んでいるであろう「当たり前の家庭とその時間」は、多分このまま、本人が大人になって親になるまで得られないのだ。
それが確定した旅でもあったわけだ。その事実はとても苦いものだった。

あるいは原作者自身にも何かこのへんにはコンプレックスがあるのかもしれない。
単純に、親子の絆を確かめる物語なら、別居家庭の設定にする必要もないし、父のキャラをあんなふうにする必要もない。
そうじゃないから、重い。いくらエピソードを盛っても笑えないし、父親が良い事を言っても、腑に落ちてこない。結果、モヤモヤである。

実は、自分がこれまでに出会った人の中から、こんなことも考えた。
青年として共に劇場で活動した人達には、並はずれた自由人が必ずいた。
そういう人は大抵、自分の中にルールが出来上がっていて、また、時には自分が「神」でもあるので、共通して他人の迷惑に対する配慮が薄かった。
むしろ彼等は共通して「自己責任論」を構築しているようだった。やってることは無茶苦茶だが、なぜか堂々としている。
広い社会の中にそんな人がいてもいいとは思う。
しかし僕は、彼等を肯定はできなかった。
この物語の父親にも同じにおいを感じていた。
受け入れる側のキャパに依存する行動ばかりのくせに「人のせいにはしていない」とか言うなら、つまりは「言い訳はしないから勝手にさせろ」でつきすすむことになってしまう。
誰かの配慮や思いやり、我慢とのバランスで社会は成り立っていることを無視し、忘れている。
人生にとって大切な事は、まず負っている責任を全うすること。
また、アンドリュー・ワイエスの言葉を思い出した。
「人生はもっと真面目なものだよ」

混沌と書いてしまったが、
劇としては面白いものだった。
役者も活気があり、キャラクターがしっかり立っていて、簡素な舞台なのに情景がみえるような優れた演出と美術で、とても良かった。
直接的な感動よりも、つっこみどころの多いこの物語を、うまくまとめて一気に観せたうりんこの俳優さん3人の力はすごいと思った。

看板はこんなふう。
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ロビー売店。
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受付にあかね製作のバルーンアート
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プレゼントもいつも通り。
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これはローティーンの子どもとその親に見て欲しい劇だろうけれど、実際はOGばかり^^;
ちょっとさびしい現状ではあった。
中高生、青年で話の題材にも出来そうな劇だったのになぁ。

posted by あひる★ぼんび at 22:27| Comment(0) | 劇場