2017年11月15日

DENONのプライ・プロジェクト

日本コロムビアは1983年ドイツに進出、デノンジャーマニー・エレクトロニックを設立した。
すでにヨーロッパでの「録音」は開始していたが、そういった出張録音ばかりではなく、本腰を入れて最先端のデジタルオーディオ技術を売りこむ目論見だった。
しかし、当時のコロムビアのカタログは東欧・東独・フランスのアーティストが中心。
一般のドイツ人にはまるで馴染みがないものであることに気づき、思案したそうだ。
議論の上、「大物ドイツ人アーティストを起用してアルバムを作ろう!」ということになり、(どういうわけか)プライに白羽の矢が立った。
プライは日本コロムビアにしてみればオイロディスク・レーベルを通じて馴染みのアーティストであり、1960年代から数多くのアルバムを発売してきた経緯もあったのだろう。
間もなく同社の副社長西村氏の推しと英断で交渉がスタート、録音スタッフも世界的に名の通った技術者ヴォルフ・エリクソンを起用、かくして「3年間7枚」+1枚の集中的なプロジェクトが実行された。

これは在ドイツ企業にとっても英断なのだ。
現代のドイツ人にとっては「ドイツリート」は必ずしも親しみのあるものではない。
「菩提樹」や「野ばら」のように半ば民謡化した曲はともかく、古典的なドイツ語の古風な言い回しは、よほどの文学好きでなければ馴染みがなかった。
戦後、ディースカウやプライの登場によって「かろうじて」その灯は消えずにすんだが、リサイタルはもはや満席は望めず、すっかり過去のものとなってしまっていたのだ。
…とはいえ、これらはドイツが誇る伝統文化には違いなく、理解する素地は充分あるはず。
ある意味、めったに聴けない=新鮮ととらえることも可能とあれば、CD時代に移行する時期にディスカヴァリーの意味も込めて新譜発売を試みるのもひとつの開拓になると発想したのだろう。
実際のところ、インバルのマーラーやヴァイルのモーツァルトはそこそこの売り上げがあったようだし、シューベルト、シューマンもプライ円熟期の再録音、しかもそれが「日本企業の企画」ということで、各方面の注目を集めるのに成功したのだった。

ラインナップはこうなった。

@シューベルト「冬の旅」(ピアノ:ビアンコーニ)
Aシューベルト「白鳥の歌」(ピアノ:ビアンコーニ)
Bシューマン「詩人の恋」「リーダークライスop24」「ハイネ作品集」(ピアノ:ホカンソン)
Cシューベルト「美しき水車小屋の娘」(ピアノ:ビアンコーニ)
Dドイツリート名曲集「愛の歌」(ピアノ:ホカンソン)
Eシューマン「リーダークライスop39」「ケルナーの12の歌」(ピアノ:ホカンソン)
Fモーツァルト「オペラアリア集」(指揮:ヴァイル)
*マーラー「交響曲第8番」のソリスト(指揮:インバル)

「DENONのオーディオ機器の発表会に彼がゲストで登場すると、マスコミは騒然とし「プライが録音した日本の会社DENON」の認知度は急上昇した」とのこと。
60年代から80年代のプライのドイツでの人気は予想以上だったのだ。
彼はオペラの大スターであり、リートの名手、そして何よりTVでお馴染みのタレントでもあった。
口の悪い評論家諸氏からすれば何やら色物扱いだったかもしれないが、世間の人気、ドイツの一般人からは断然の支持を得ていたのだ。
売り上げが充分だったかははどう考えても微妙だろう・・・が、宣伝効果は抜群だった。
オペレッタやオペラを中心に企画したならまた違ったろう。すでにプライはこの頃にはU音楽から手を引くことに決めていて、そちらをオファーしても無理だったろうけれど、時期をもう少しひっぱることができれば、のちに日本コロムビア専属となる鮫島有美子とのオペレッタアルバムなども可能だったと思われる。
なお、同時期1985年にはサヴァリッシュとのベートーヴェンリート集がDENON名義でリリースされているが、それは1980〜1981年のオイロディスクのライセンスであり、このプロジェクトではない。

個々の盤についてはおりおり触れようと思う。直前から同時期にわたるインターコードへの連続録音(レーヴェ・シューベルト・ブラームス・バッハ)と共に、これまでの歌唱スタイルが大きく変化した時期の物であり、かつてのプライのイメージとは若干違って感じる。
もともと深い響きを持った声が、表層の柔らかさが弱まった分強調され、逞しさと渋さを感じるものとなっている。

これらはLPからCDに移行していく頃のものであり、それぞれほぼ同時期の発売だった。
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とにかく日本コロムビアはこの最新メディアに力をいれようとしていた。
金額的にはLPの販売価格とリンクさせ、安めに設定していた。
「冬の旅」は3800円、「詩人の恋」は3500円で、どちらもスリップケース入り別冊解説書付にして、LPレコードの重厚な仕様を損なわずに移行させようという努力も見えていた。
CDの音は軽く薄く、少々珍妙な気がしたが、「高音質」と言われてしまうと装置との相性なのだと勝手に納得するマジックもあった。
厚みや暖かみは劣っても、チリプツ音にヒヤヒヤせず聴けるメリットは感じたものだ。
多くの音楽愛好家がCDへの切り替えを迷っていた時代。
今では遠い昔のことのように思える。

posted by あひる★ぼんび at 23:37| Comment(2) | プライ

2017年11月04日

文集仕上げ、まゆ実長がんばる!

土曜夜は予定通り「にがりの会」の場をかりてキャンプ文集の仕上げ。
まゆ実長のがんばりで見事原稿は形になった。

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なにしろ合宿&キャンプの文集は昔ながらのアナログ作業。
手書きイラスト、切り貼り写真とハガキコピーで構成している。
このデジタル時代に貴重な世界だと思う。
考えてみれば、行事自体も昔ながらのスタイルで、
「手間をかける」ことを大切にしているわけなのだ。

今年の文集もあとは印刷を残すのみだ。
今年は合宿もキャンプも行けなかったけど、来年は参加したいなぁ。

*******

はむはむさんが取材中にトラブルに巻き込まれたらしい!!
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大事なかったようだけど、オンエアは未知数とかw

posted by あひる★ぼんび at 23:41| Comment(0) | 劇場

2017年11月02日

フィリップス「プライ・リートエディション」〜第4巻

第4巻はほんのわずかに間をあけて1975年にリリースされた。間といっても1年なのだが、この間にメインの会社形態が変わり、BOX裏には大きくPolyGramのロゴマークが入った。
業界としては各社新しい録音方式「デジタル録音・PCM録音」の研究を進めていて、まだそれは製品となるには数年時間が必要だった。10年の後、CDがLPに取って代わろうなどと誰に想像できたろう?
激動期直前の短い安定期であり、同時に廉価で手間をかけない製品をメインにしていく「合理主義」が蔓延し始める、そんな時代だった。
なにしろ新譜レコードの盤は薄くベコベコ、ジャケットや解説も簡略化という、滅びの前の「進化という名の退化」が始まる時代でもあったのだ。

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プライ・リートエディション第4巻
「世紀の転換からの100年」

ヘルマン・プライ(バリトン)
カール・エンゲル、ヴォルフガング・サヴァリッシュ
ギュンター・ヴァイセンボルン、ミヒャエル・クリスト 他(ピアノ)
(独フィリップス LP6枚組 ドイツ輸入盤)





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プライ・リートエディションVol.4
「世紀の転換からの100年」

ヘルマン・プライ(バリトン)
カール・エンゲル、ヴォルフガング・サヴァリッシュ
ギュンター・ヴァイセンボルン、ミヒャエル・クリスト 他(ピアノ)
(独フィリップス 4枚組 ドイツ輸入盤)





このシリーズの場合、そんな時期に片足をつっこんでいても、第1巻からの雰囲気を継続させることは困難ではなかったろう。
もともと解説書は黒朱2色刷り、ボックスのつくりも布張箔押しではなく、圧縮ボール紙にツヤありコートを張った簡素なものだった。ハードカヴァーの解説書も当初は計画されたようだが、結局実現していないし、堅実にというのが、統一感を保つ秘訣だと、進言する人がいたのかもしれない。
選曲については監修のリヒトホルン博士もプライも、最大限の工夫と努力をしているのがわかる。
作品の重要度だけで選ぶのではなく、プライ自身が「歌いたいかどうか」が大きく作用しているのだ。
文献論文ではなく、レコードという娯楽要素を持つメディア・・・聴き手に配慮する内容と分量バランスは必要だとおさえていたのだろう。
ただ、この4巻に関して言えば、Rシュトラウスから現代までの100年を俯瞰するのにLP6枚(CD4枚)は少なすぎる気がする。録音当時まだ存命中、あるいは評価の定まらない作曲家たちであり、背景にある政治思想面も無視できないものが多くなった時代のものとはいえ…である。
Rシュトラウスはプライとしては最大の20曲をとりあげている。艶やかな声と、広い声域、強弱の見事さはRシュトラウスの音楽の良い面を描き出すのに恰好だ。ディースカウより数倍、ぴったりしていて、本当ならば全集を試みてほしかったが、これ以降、映像作品やステージ以外ではまとまった数を披露することはなかった。
プライはドイツ語の響きを見事に感情とリンクさせることが得意で、それによってプフィッツナーから抒情と哀愁を引出し、新ウィーン楽派だろうとツェムリンスキーやフォルトナーなどだろうと「うた」として聴かせてくれる。
録音当日、たまたまプライに不調があったとしても、この時代の音楽が持つ不安(定)な音の並びでは、聴き手にはそこまでわからない。オシロスコープを設定して楽譜にかじりついて鑑賞する人はいないだろうし、音楽の正しい鑑賞態度でもない。大切なのはその音から何が聴き手に伝わるか、だろう。
思えばプライの歌唱自体がいつも聴き手の鑑賞態度を問うものだったように思う。
「うたびとプライの芸術」を楽しむには聴き手にも「うたごころ」が必要なのだ。
好きになれなかったら「うたごころがない」などとは言わないけれど、少なくともここのスラーの位置が違うとか、付点の長短とか、拘りたい人は別の歌手を聴けばいいと思うだけだ。
理論だけで音楽を理解しようとする人には向かない気がするのだ。

収録している曲の作曲家は以下の通り。
Rシュトラウス/プフィッツナー/マーラー/キーンツル/ヴァインガルトナー
ブレッヒ/グレナー/マッティセン/ヴァルター/レーガー/シュレッカー/ハース/トゥルンク/
クナープ/マルクス/シェック/コルンゴルト/サルムホーファー/シェーンベルク/ヴェーベルン/
ベルク/ツェムリンスキー/ハウアー/ヴェレス/アイスラー/ツィリヒ/イェリネク/ヒンデミット/
クシェネク/ロイター/ロタール/ブラヒャー/フォルトナー/アイネム/ツヴェトコフ/グルダ


共演しているピアニストはいつものカール・エンゲル、ヴォルフガング・サヴァリッシュ
久々のギュンター・ヴァイセンボルン、後に多数共演するようになるミヒャエル・クリスト
そして自作自演としてマルク・ロタール、ヘルマン・ロイター、エルンスト・クシェネク、フリートリヒ・グルダとなっている。

この全4巻27枚のアルバムはプライの歌手生活20年目の記録。
その時点での一断面であって、決して「総決算」ではない。あくまで道半ばなのだ。
上り調子が続くかに見えたこの後、過労や音楽祭失敗等、大きな試練が続くことになる。
プライはこのエディション完成後フィリップスを去り、補遺も追加録音も結局行うことはなかった。
以降はどこのレーベルとも専属は結ばず、「○年の範囲で○枚のアルバム製作」というスポット契約をすることになる。
エディションからおよそ10年ののち、50代の貴重な記録となるDENONの一連の録音はそうやって生まれたのだ。これについてはまたいずれとりあげたい。

posted by あひる★ぼんび at 23:40| Comment(2) | プライ

2017年10月28日

ハロウィン手前の土曜に

ハロウィンはケルト起源の土着信仰の祭りらしいが、要はカトリックの「諸聖人の日(万聖節)」のイヴであり、名称自体All Hallows eveが変化したものとも言われているようだ。
(カトリックもプロテスタント諸派もハロウィン自体は認めていない)。
そしてそのまた翌日は「信仰を持つ全ての死者の日(万霊節)」。いわばここから数日の「西洋のお盆週間」というわけだ。

ハロウィン前の土日がこんな台風で、お祭り大好き日本人には残念なことになってしまったが、それでも騒ぐツワモノもいるのかな?当日は平日夜になるわけだが騒ぐ人は騒ぐのだろうねぇ。
まあ、お盆もそうだが、なんでも祭りにしてしまう日本庶民のエネルギー&商魂を感じて、それもアリだと思う。

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そんな土曜の夜はキャンプ文集作り。
今年は参加人数が少なくて大変さもあったキャンプだったが、内容自体は濃く楽しく過ごせたようなのは感想ハガキからも伝わってくる。
今年は僕は説明会もデイキャンプも当日も不参加だったので寄稿はしていないが、せめてものお手伝いだ。
体調を崩している人が多く、しかも表は強い雨。しかたないだろう。
それでもだいたいの形にはなった。あと1回、「にがりの会」を借りて完成の予定。
中学生実長ふたり、文集作りまでほんと、お疲れ様!!
完成までもう少し♪

posted by あひる★ぼんび at 23:22| Comment(0) | 劇場

2017年10月22日

マルタンの音楽A

長い歴史に支えられた西洋の調性音楽のルールは、いつでも音楽に安心感と信頼性を与えるものだった。
近代以降の作曲家が率先して破壊しようとしたのはこの「安心感」だったろう。
創造を生業とする「芸術家」は、いつでも独自性と個性を追求する。
いくら追求しても既成のルールの中ではおのずと限界を感じるもの。
その限界と折り合いをつけながら音を見つけるのが本来のはずだが、壊すことで音楽の新たな展開に結びつくなどと考える時代があった。
それが20世紀だった。
しかし、生み出す意思を忘れて壊す刺激だけを求めるようになると、間違いに気が付く。
これは「逃げ」なのでは? と、その間違いに早々に気付き進路補正をした作曲家もいれば、マルタンのように最初から相応の距離を置いて、表現の範囲として12音技法などを扱った者もいた。
逆に、音楽を数学的に分解してほぼ「ノイズ」までつきつめてしまったツワモノもいた。
実に面白い100年だったと言えるだろう。

このアルバムは前に紹介のものに続く「自作自演集第2集」。
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マルタン:
ヴァイオリン協奏曲(1951)
ピアノ協奏曲第2番(1970)

    ヴォルフガング・シュナイダーハン(ヴァイオリン)
    パウル・パドゥラ=スコダ(ピアノ)
フランク・マルタン(指揮)ルクセンブルク放送管弦楽団
(VOX-ワーナー LP 国内盤)



ここにはヴァイオリン協奏曲とピアノ協奏曲という、大作2曲を収録している。
どちらも古典的なフォルムを持った曲だが、雰囲気そのものは第1集より「あぁ、現代音楽だ」と思えるものだ。
しかしいずれも「前衛」に走ることはなく、12音技法に近い形の音型に埋め尽くされてはいても、調性音楽という最終着地点を持っているのがいかにもマルタンらしい。
実はこれが「聴きやすさ」を生んでいる大きな要素だと思う。

まずヴァイオリン協奏曲。1951年の作品で、初演は翌年に名手シゲティによって行われている。
急―緩―急の伝統的3楽章の堂々たる佇まいだ。当然ながら、印象的なメロディがあるはずもないのだが、気迫で一気に聴かせる曲になっている。
「現代音楽」というくくりにもかかわらず、でこれまでに3回もレコーディングされているということからも、単なる作り手の自己満足ではなく後世に残りうる作品なのだと思う。
ピアノ協奏曲第2番はマルタンがパドゥラ=スコダのために書いた。79歳、1969年の作品。
「親愛なるパウル君―私の篤い友情と深い賞賛をこめて」と、初演の大成功へのメッセージを寄せている。
鋭角的でダイナミックな作品。ここでのパドゥラ=スコダは鮮やかに一気呵成に弾ききっている。
ふだん、ドイツ古典派の音楽をピリオド楽器を使って演奏する大家というイメージがあるのだが、どうやら彼にはもうひとつの顔があるようだ。
「パウル君が弾くのでなければ全く違う曲を作った」というぐらいだから、技巧派ヴィルトーゾの認識が強かったのだろう。
そんなパドゥラ=スコダは先日90歳の誕生日を迎えた。いつまでもお元気でいていただきたい。

現在では自作自演盤もCD化され、気楽に楽しむことが出来る。広く人気が得られる種類の音楽ではないけれど、真面目に生きた作曲家の足跡が消えずにすんだことは喜ばしいと思う。

posted by あひる★ぼんび at 21:10| Comment(0) | 音楽

2017年10月15日

シューベルティアーデ1978〜ATWガラコンサート

ホーエネムスでの「シューベルティアーデ」は本来、公共事業ではない。
個人が提案し、実行委員会による運営とスポンサー出資で成り立たせる私的事業のはずだった。
しかし、そうあるためには、シューベルトという「素材」は大きすぎた。
しかもその「大きさ」はバッハ、モーツァルトやベートーヴェンとは違う。決してグローバルなものではなく、「愛好家の偏愛」と「国家の誇り」に支えられたものだったのだ。
そこには名目と現実の乖離と矛盾があった。
だからこそ、プライは世界初のシューベルトのみの音楽祭を創始することで、シューベルトの真の姿を示す「ディスカヴァリー・シューベルト」を試みたかったのだ。

プライは発案発起人ではあったが、音楽祭が動き出してからはすでに発言権はまるでなかった様子だ。
いちばんの誤算は「シューベルトの全作品を作曲年代順に演奏」の発案コンセプトが最初から反故にされたことだろう。これは私的なささやかなコンサートを繰り返すことで出来る話ではなかった。
にもかかわらず…ある意味で彼らしいおっちょこちょいを発揮して、彼は最初の3年程「ならば」とばかりに自分のリサイタルを中心に据えてしまったのだった。
プライがディースカウのような「網羅主義」だったら、片っ端から歌うことで、反故にされたコンセプトをわずかでも取り戻す言い訳もたったろうが、レパートリーへの拘りからそれもならず、結果的に3大歌曲集とゲーテ・シラーをメインにした、いつもの得意のプログラムを繰り返し歌うことになった。
プライらしいその暖かな歌唱は世界から多くの称賛を集めたものの、一部からは出演バランスの問題で顰蹙をかってしまった。そこには例によって彼の感情的な対応(癇癪?)もあったのではないかと心配になるところだ^^;

音楽祭の大きなスポンサーのひとつでもあった「オーストリア・タバコ」は当時のその企業力で、音楽祭期間に独自のガラコンサートを毎年継続していた。
ホーエネムスに「シューベルティアーデ」目当てに世界中からやってくる人たちはこちらも楽しめたわけだ。

これは9月16日のガラコンサートの様子を収めたレコードである。
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シューベルティアーデ1978〜ATWガラ
   ヘルマン・プライ(バリトン)
   エッダ・モーザー(ソプラノ)
   ローマン・オルトナー(ピアノ)
   ヴィーンシューベルト合唱団
   アルバンベルク・カルテット
   パウル・ハドゥラ=スコダ(ピアノ)
(ATW LP2枚組 オーストリア輸入盤)




一見、ただの顔見世ハイライトのようだが、音として聴くと、なるほど、と頷ける「静かな祝祭」の雰囲気。シューベルトへの愛着に満ちた空気に満たされ、充実した時間を体感できる。

曲目はこんなふう。
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魔王/菩提樹/セレナーデ/シルヴィアに/音楽に寄せて/
ミューズの子/「美しき水車小屋の娘」から3曲
酒の歌/おやすみなさい/愛と光

   ヘルマン・プライ(バリトン)
  ローマン・オルトナー(ピアノ)
  ヴィーン・シューベルト合唱団
笑いと涙/男は皆悪者/野ばら/
緑の中で/至福/ます

   エッダ・モーザー(ソプラノ)
  ローマン・オルトナー(ピアノ)
即興曲op142-2/ソナタop120〜第1楽章
楽興の時第3番

   パウル・パドゥラ=スコダ(ピアノ)
弦楽四重奏曲第13番「ロザムンデ」〜第2楽章
  アルバンベルク・カルテット


ここでのプライの調子はなかなか良い。リラックスした雰囲気に、多くの人が期待する「ときめき」を感じる声がシューベルトへの愛情を伝えてくれている。リサイタルではないので声のアイドリングは許されず、基本的にはいきなりMAX勝負のスタンスだが、その中にも70年代半ばからの彼の大きな変化のひとつが表れているように感じた。バランスを重視し、美声なだけの歌手ではないことをアピールしているようだった。

ホーエネムスのシューベルティアーデは彼にとっては確かに「失敗」だった。しかしその出発は注目を集め、このガラのような派生行事を多数生み、それをきっかけにヴィーンで、ニューヨークで「シューベルティアーデ」を実施することになった。ディスカヴァリー・シューベルトにおけるうたびとプライの業績はやはり大きかったのだ。

posted by あひる★ぼんび at 11:00| Comment(4) | プライ

2017年10月08日

秋のはじめの

今回で9回目だという「花咲くおはなし会」
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小手指公民館分館を会場に東日本大震災復興チャリティーとして続いている暖かなおはなし会だ。

絵本のよみきかせやパネルシアターだけでなく、毎回バラエティに富んだ出演者で楽しめる。
今回はおおだちパパのクラリネット演奏に始まり、絵本よみきかせ、指笛、パネルシアター、
そして若者達のサークル「わるだ組」によるマジックやジャグリングのパフォーマンスショー。
本当に盛りだくさんだった。

ピアノの生演奏にのせて語られた「おたのしみじどうはんばいき」
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堂々としていて流暢で明快な声が心地よく、すてきだった!

こちらも生効果音つきのパネルシアター「三まいのおふだ」
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あのはなしって、おふだの効力が疑問なんだよなぁ・・・^^;

「わるだ組」はひとつひとつの芸の技量が高いのだけれど、それをまとめる演出のユルさと楽しげなノリが文化祭っぽくて、それがとても好ましかった。

出演者集合!
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暖かくてすてきな時間をありがとうございました!
次も楽しみにしています〜♪
posted by あひる★ぼんび at 23:22| Comment(0) | 日記

2017年10月01日

マルタンの音楽

フランク・マルタンは1890年スイス・ジュネーヴ生まれ、1974年に移住先のオランダで亡くなっている。
作曲と教鞭、そして自作曲の指揮と、晩年まで積極的な活動を行っていた。
彼は少年時代からバッハを敬愛していたようだが、作品に直接反映している様子は聴きとれない。
むしろ、時代の空気、フランクやダンディ、ラヴェルらフランス近代音楽の影響、
そして新ヴィーン学派の「十二音技法」まで取り入れ、実に多面的な表情の音楽を発表し続けた。
彼は無調音楽には批判的だったという。
しかし、決してそれに敵対姿勢をとるのではなく、しっかりとりこんで創造に生かすというアウフヘーベン(止揚)を心がけていたようだ。

これはマルタンが晩年に残した自作自演アルバムのひとつ。
I_4790ss.jpgマルタン:
協奏曲〜ハープシーコードと小管弦楽の為の(1952)
バラード〜トロンボーンと管弦楽の為の(1940)
バラード〜ピアノと管弦楽の為の(1939)

クリスティアーノ・ジャコテ(ハープシーコード)
アルミン・ロジン(トロンボーン)
セバズティアン・ベンダ(ピアノ)
フランク・マルタン(指揮)ローザンヌ室内管弦楽団
(VOX-ワーナー LP 国内盤)



1972年のセッション録音。商品価値を上げる為の小細工のない、安定していて心地よい録音だ。
地味で堅実な性格だったというマルタンにふさわしい。

曲は、3曲とも不思議な既視感をもつ。
似ているといえば、ラヴェルっぽい響きだが、どこか違う。
つまり聴き易く、この時代の音楽にありがちな聴くのをやめたくなるような音響実験は一切ない。
安心感と安定感。いや、これが彼を有名にすることを妨げた要因なのかもしれないが。

ハープシーコード協奏曲はバッハ的なフレーズで満たされているのか、といえばそんな部分は聴き取れず、ただ急−緩−急というバッハも愛好したイタリアバロックスタイルと、カデンツァの入れ方にその時代へのオマージュを感じるのみだ。

トロンボーン・バラードはコンクールの課題曲としてピアノ伴奏で書かれたものの改作ということ。
7分の時間制限があった原曲を数パーセント拡大し、9分弱のコンチェルタンテになっている。
「フニクリフニクラ」を思わせるフレーズ(そんな話はマルタンは全くしていない)が聴かれるのが面白く、全体に高度な技法が盛り込まれているにもかかわらず、そのあたりがこの曲を親しみやすくしている。

ピアノ・バラードはフランスバロックの協奏曲、緩−急−緩−急のフォームを持っている。
新しいスタイルのフレーズもあるにはあるが、単純な主和音でそれを解決する部分が、むしろ新鮮だった。
こういうスタイルを「面白い」と思うか「工夫がない」とするかはもはや受け取る側の好みかもしれない。

マルタンは大戦の激動期を故郷の中立国スイスで過ごし、戦後なぜかオランダに移住し、終の棲家とするという不思議な行動をとった。
作品からは深い感動感銘はもてないながら、自分は3曲とも繰り返し聴きたくなる音楽に思えた。
いや、マルタンという名をきいて「あぁ、あの曲の!」という人などほとんどいないだろう。
それがもったいないと思う。

現代においても写実主義をとっていた画家、アンドリュー・ワイエスの言葉を思い出す。
「人生とはもっと真面目なものだよ」・・・これは刺激的な流行にのる現代画家達にに向けたひとこと。
マルタンにも共通するポリシーを感じている。

posted by あひる★ぼんび at 13:32| Comment(0) | 音楽

2017年09月24日

DG企画のプライ・モーツァルト・リート集

「私はモーツァルト歌手とか、シューベルト歌手とか、そういう言われ方は好まないし、そういう方向をとるのは望ましくないと思っています。これは学生達にも常日頃言っていることです。」
プライはたびたび、インタヴューでそう言っていた。
プライは幅広いレパートリーの持ち主。
しかし、知名度の低い曲なのに頻繁にステージで披露していたものと、有名曲なのにほとんど歌わなかったものがある。
これは芸術的価値を値踏みせず、自分の声に合っていて、歌いたいかどうかを基準にしていた為でもあろう。
プライはフィガロとパパゲーノの大当たりで、上記の彼の発言にもかかわらず、しばしば「モーツァルト歌手」と呼ばれてしまった。
冷静に考えてみるとプライはそれほどモーツァルト作品に取り組んではいない。
プライのカヴァリエ・ハイバリトンの声質ではモーツァルト作品では活躍できないからだ。
持ち役としては「フィガロの結婚」のアルマヴィーヴァとフィガロ。アルマヴィーヴァはキャラが合わず、フィガロは声域が合わない。そもそも、本来のプライフィガロへの好評は「セヴィリアの理髪師」の方だったはずなのだが・・・。
「恋の花つくり(偽の女庭師)」のナルド。しかしこれはあまりにも作品がマイナーで上演回数が少ない。
「コジ・ファン・トゥッテ」のグリエルモ。これは真に当たり役と言えそうだ。しかし、アンサンブル主体の作品なので地味で通好みで、彼のエンタメ性は発揮しきれていない。セッションではヨッフムと1度きりの録音だったが、ステージではベームらと毎年複数回演じていた。
「ドン・ジョヴァンニ」のジョヴァンニ。キャラ的にはレポレロもいけたが、低すぎてステージでは不可、ジョヴァンニも彼の喉には負荷があったようだ。ステージは60年代は多かったようだが、セッション録音は抜粋のみが残されている。
そして「魔笛」のパパゲーノ。自由に羽ばたく鳥人を演じるプライはいつも生き生きしていて、これは大当りだった。ステージ数はあったものの、残された記録録音はそれほど多くなく、公式録音も1度きりだった。
また、本体が失われたジングシュピール他からのカノンや重唱曲はとりあげることがあり、アルバムも残している。その他、ミサ曲やアヴェヴェルムなどは時折歌っていた。
さて、リートだが…モーツァルト自身、30曲前後しか書いていないこともあるが、フィリップスのリートエディションとDG以外にはアルバムがない。しかも、リサイタルでも取り上げることがほとんどなかった様子である。

これは想像の域だが、プライが考えるモーツァルト像というものがあって、ほとんどのリート作品は幾分そこから乖離していたのではないだろうか。名作として知られる「ラウラに寄せる夕べの想い」「別れの歌」「すみれ」「夢に見る姿」「クロエに」他数曲を除いては、あまりにも説教的な歌詞・解説的な音楽である。
中には発表の時点でモーツァルト自身が著作権放棄ともとれる行動発言をした曲もあり、概ね作品への愛情そのものが希薄だったようなのだから、まあ、数百年たった現在の扱いがどうなろうと、モーツァルト自身は与り知らぬことだろう^^;
プライにしてみれば自己の感性と同化共鳴させづらい曲が多かったのかもしれない。
(ハイドンをほとんどとりあげなかったのも同様理由かと思われる)
デムスのハンマーフリューゲルで録音したリートエディション第1巻のものは、有名曲を厳選してはいるものの曲数が少なかった。すぐにまたEMIあたりにまとめて録音するかとおもいきや、そうはせず、1975年11月にDGに録音をした。

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モーツァルト:リート、アリエッタと小カンタータ(全17曲)
  ヘルマン・プライ(バリトン)
  ベルンハルト・クレー(ピアノ)
  越智 敬(マンドリン)

(DGポリドール  国内盤)
 




このアルバムは同社のモーツァルト全集の為の企画で、エディト・マティスと分担して歌い、1枚づつのリサイタルアルバムとしてリリースされたものだ。先に録音されたマティスと有名曲を分け合うことになり、プライの方はほとんど「フリーメイソンの為の楽曲」アルバムの様相を呈している。
いくら彼でもそういった作品で聴衆を楽しませるのは無理である。
しかも、ピアノは共演回数の少ない(というか初?)ベルンハルト・クレー。誠実な弾きっぷりではあるが息ぴったりというわけにはいかなかったようだ。
プライ自身もかなり不調な様子で、曲によって音程が上がりきらなかったり、逆に上ずったり、苦戦している。
フィリップスのように空気感を生かし幾分ブライトな録音ならまだしも、LPの印象ではやけにオンマイクで声の音像が鮮明ではあるが固く大きい。
この点はCD化された時にいくらか改善されたように思えるけれど、ここまで不利が揃ってしまったアルバムも珍しかったかもしれない。それでもプライ唯一のモダンピアノによるモーツァルトである。
残してくれただけでもありがたいことだとは思う。また、約8分弱の小カンタータ「無限な宇宙の創造者を褒め称えよ」は堂々としていて、プライの表現のバランスが見事な立派な歌唱だった。

こちらはマティスのものと合わせてリマスターし、1枚にまとめたもの。
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モーツアルト:リートとアリエッタ(全28曲)
エディト・マティス(ソプラノ)
  ヘルマン・プライ(バリトン)
  ベルンハルト・クレー(ピアノ)
  越智 敬(マンドリン)
(Eloquence DG ドイツ輸入盤)





モーツァルト全集からマティス13曲、プライ15曲の抜粋でランダムに組み替えられている。
プライのフランス語歌唱が聴けた「寂しい森で」と、先に書いた立派な小カンタータが省かれているのが残念だが、元々同一企画なので、この形での違和感はない。クレーのピアノは、やはり奥さんのマティスとのほうがぴったりしている^^

できれば80年代あたりにどこかのレーベルにモーツァルト・アルバムを再録音してほしかったが、そうしなかったのは、やはり気持ちの中に「求める世界は他にある・・・」という意識が強かったからだろうか。
今となっては望んでも叶わないことである。


posted by あひる★ぼんび at 23:29| Comment(0) | プライ

2017年09月19日

思い出のレコードからC〜ランパルのモーツァルト

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W.A.モーツァルト:
フルート協奏曲 第1番、第2番
フルートと管弦楽の為のアンダンテ

    ジャン・ピエール・ランパル(フルート)
    テオドール・グシュルバウアー(指揮)
    ウィーン交響楽団
(エラート LP 国内盤)



これは1967年のレコード。
日本コロムビアの「デ・ラックスシリーズ」といういわば企画品で、定価は2500円と書かれている。

レコードの値段は基本的にずっとこれぐらいの価格で、それは現在のメディアにも引き継がれているわけだが、厚生労働省の統計資料ではこの頃の一般サラリーマンの月収は36200円(標準的手当込、課税前)ただし、現在の月収平均を35万前後とした、かなりお役所らしいありえない数値のものなのだが・・・
いずれにせよ「レコード」というものがいかに贅沢品だったかがわかる。

それは趣味としていた人にとっては「蔵書」であり「宝」である。
これ以前からジャケットを簡略化して値段を数百円下げたものや、大胆に半額にした「廉価盤」もあったが、それらはいくぶん盤質にむらがあって、50年経過した現在ではザラザラと針音を生じさせてしまうものも出ている。
明らかに価格をおさえる方向を間違えた為なのだが、まあ、それは当時は将来のことなどわからなかったろう。1000円だって充分高価な買い物だったわけだからもう少し考えるべきだったのでは?とも思う。

70年代の高度成長は大きく経済状況を変えた。
自分自身が小遣いでレコードを買い始めた頃(1973年以降)には廉価盤の質も向上していたし、
70年代おわりともなれば海外盤が専門店で国内盤より安く入手できるようになり、まるで様相が違ってきた。
無産階級の中高生にはありがたいことだった。
しかし、一種のグローバル化と技術革新の競争過熱は、80年代のLP終焉に向かって一直線。
「進化」と「簡略化」と結果としての「商品としての魅力の低下」へ進んでしまったようだ。
CDの登場が止めをさしたのは確かだが、それだけが原因ではないように思う。

ともあれ、これは輝かしいLP全盛期の一枚。
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布張りの上製本仕様、26ページの分厚い解説書の紙質も印刷も高品位で、50年たった今も劣化していない。解説内容そのものは時代なりだし、まるでエッセイなのだけれど…縮小されてはいるが、全曲のスコアも収録されている。
盤はさすが限定仕様、レーベル部分もエッジも丁寧な仕上げで、材質起因のノイズも少ない。うちの保管が良かったというより、紛れもなく製品の水準の高さなのだと思う。

当時の若手指揮者のホープ、グシュルバウアー(録音時27歳)の演奏もまた時代を反映したロマンティックな解釈で、この曲にしては大きめの編成のオーケストラを優雅にドライブている。
すでに大ベテランとして君臨していたランパルのフルートも鮮やかで伸びやかだ。
ランパルの演奏は、フルートを愛好する人たちから少々荒いと言われがちだったようだが、こういう古典曲をダイナミックに演奏する際の手段でもあったのだろう。
ここでのランパルの演奏は違和感を感じないどころか、最近の「ピリオド」では味わえない生気がある。
思えば、この頃は学問や理屈より感覚が優先されていた、音楽を素直に楽しむには良い時代だったのだろう。
こういう伸びやかな演奏を改めて聴くと、現代の環境が「音楽を楽しむ人」「音楽を豊かに表現できる人」を生むのか、ちょっと疑問になる。
もちろん、これを初めて聴いた小学低学年の頃はそんなことは考えようもなく、比べる材料もなく、美しくなぜか少し寂しげな(時にちょっと眠くなる^^;)音楽だと捉えていた。
とにかく刺激だけが楽しみではないことを、穏やかに教えてくれる演奏だった。
中学時代、仲良しにフルートをやっていた友人がいて、彼はランパルはあまり好きではないと言っていた。大御所マルセル・モイーズの数少ない録音が、彼の心の師匠だったようだ。
時々、2番のコンチェルトの部分的なパッセージやドップラーを吹いて聴かせてくれた。
心からスッゲーッと思った^^
それもまた、大切な思い出だ。


posted by あひる★ぼんび at 23:27| Comment(4) | 音楽