2017年10月15日

シューベルティアーデ1978〜ATWガラコンサート

ホーエネムスでの「シューベルティアーデ」は本来、公共事業ではない。
個人が提案し、実行委員会による運営とスポンサー出資で成り立たせる私的事業のはずだった。
しかし、そうあるためには、シューベルトという「素材」は大きすぎた。
しかもその「大きさ」はバッハ、モーツァルトやベートーヴェンとは違う。決してグローバルなものではなく、「愛好家の偏愛」と「国家の誇り」に支えられたものだったのだ。
そこには名目と現実の乖離と矛盾があった。
だからこそ、プライは世界初のシューベルトのみの音楽祭を創始することで、シューベルトの真の姿を示す「ディスカヴァリー・シューベルト」を試みたかったのだ。

プライは発案発起人ではあったが、音楽祭が動き出してからはすでに発言権はまるでなかった様子だ。
いちばんの誤算は「シューベルトの全作品を作曲年代順に演奏」の発案コンセプトが最初から反故にされたことだろう。これは私的なささやかなコンサートを繰り返すことで出来る話ではなかった。
にもかかわらず…ある意味で彼らしいおっちょこちょいを発揮して、彼は最初の3年程「ならば」とばかりに自分のリサイタルを中心に据えてしまったのだった。
プライがディースカウのような「網羅主義」だったら、片っ端から歌うことで、反故にされたコンセプトをわずかでも取り戻す言い訳もたったろうが、レパートリーへの拘りからそれもならず、結果的に3大歌曲集とゲーテ・シラーをメインにした、いつもの得意のプログラムを繰り返し歌うことになった。
プライらしいその暖かな歌唱は世界から多くの称賛を集めたものの、一部からは出演バランスの問題で顰蹙をかってしまった。そこには例によって彼の感情的な対応(癇癪?)もあったのではないかと心配になるところだ^^;

音楽祭の大きなスポンサーのひとつでもあった「オーストリア・タバコ」は当時のその企業力で、音楽祭期間に独自のガラコンサートを毎年継続していた。
ホーエネムスに「シューベルティアーデ」目当てに世界中からやってくる人たちはこちらも楽しめたわけだ。

これは9月16日のガラコンサートの様子を収めたレコードである。
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シューベルティアーデ1978〜ATWガラ
   ヘルマン・プライ(バリトン)
   エッダ・モーザー(ソプラノ)
   ローマン・オルトナー(ピアノ)
   ヴィーンシューベルト合唱団
   アルバンベルク・カルテット
   パウル・ハドゥラ=スコダ(ピアノ)
(ATW LP2枚組 オーストリア輸入盤)




一見、ただの顔見世ハイライトのようだが、音として聴くと、なるほど、と頷ける「静かな祝祭」の雰囲気。シューベルトへの愛着に満ちた空気に満たされ、充実した時間を体感できる。

曲目はこんなふう。
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魔王/菩提樹/セレナーデ/シルヴィアに/音楽に寄せて/
ミューズの子/「美しき水車小屋の娘」から3曲
酒の歌/おやすみなさい/愛と光

   ヘルマン・プライ(バリトン)
  ローマン・オルトナー(ピアノ)
  ヴィーン・シューベルト合唱団
笑いと涙/男は皆悪者/野ばら/
緑の中で/至福/ます

   エッダ・モーザー(ソプラノ)
  ローマン・オルトナー(ピアノ)
即興曲op142-2/ソナタop120〜第1楽章
楽興の時第3番

   パウル・パドゥラ=スコダ(ピアノ)
弦楽四重奏曲第13番「ロザムンデ」〜第2楽章
  アルバンベルク・カルテット


ここでのプライの調子はなかなか良い。リラックスした雰囲気に、多くの人が期待する「ときめき」を感じる声がシューベルトへの愛情を伝えてくれている。リサイタルではないので声のアイドリングは許されず、基本的にはいきなりMAX勝負のスタンスだが、その中にも70年代半ばからの彼の大きな変化のひとつが表れているように感じた。バランスを重視し、美声なだけの歌手ではないことをアピールしているようだった。

ホーエネムスのシューベルティアーデは彼にとっては確かに「失敗」だった。しかしその出発は注目を集め、このガラのような派生行事を多数生み、それをきっかけにヴィーンで、ニューヨークで「シューベルティアーデ」を実施することになった。ディスカヴァリー・シューベルトにおけるうたびとプライの業績はやはり大きかったのだ。

posted by あひる★ぼんび at 11:00| Comment(2) | プライ

2017年10月08日

秋のはじめの

今回で9回目だという「花咲くおはなし会」
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小手指公民館分館を会場に東日本大震災復興チャリティーとして続いている暖かなおはなし会だ。

絵本のよみきかせやパネルシアターだけでなく、毎回バラエティに富んだ出演者で楽しめる。
今回はおおだちパパのクラリネット演奏に始まり、絵本よみきかせ、指笛、パネルシアター、
そして若者達のサークル「わるだ組」によるマジックやジャグリングのパフォーマンスショー。
本当に盛りだくさんだった。

ピアノの生演奏にのせて語られた「おたのしみじどうはんばいき」
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堂々としていて流暢で明快な声が心地よく、すてきだった!

こちらも生効果音つきのパネルシアター「三まいのおふだ」
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あのはなしって、おふだの効力が疑問なんだよなぁ・・・^^;

「わるだ組」はひとつひとつの芸の技量が高いのだけれど、それをまとめる演出のユルさと楽しげなノリが文化祭っぽくて、それがとても好ましかった。

出演者集合!
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暖かくてすてきな時間をありがとうございました!
次も楽しみにしています〜♪
posted by あひる★ぼんび at 23:22| Comment(0) | 日記

2017年10月01日

マルタンの音楽

フランク・マルタンは1890年スイス・ジュネーヴ生まれ、1974年に移住先のオランダで亡くなっている。
作曲と教鞭、そして自作曲の指揮と、晩年まで積極的な活動を行っていた。
彼は少年時代からバッハを敬愛していたようだが、作品に直接反映している様子は聴きとれない。
むしろ、時代の空気、フランクやダンディ、ラヴェルらフランス近代音楽の影響、
そして新ヴィーン学派の「十二音技法」まで取り入れ、実に多面的な表情の音楽を発表し続けた。
彼は無調音楽には批判的だったという。
しかし、決してそれに敵対姿勢をとるのではなく、しっかりとりこんで創造に生かすというアウフヘーベン(止揚)を心がけていたようだ。

これはマルタンが晩年に残した自作自演アルバムのひとつ。
I_4790ss.jpgマルタン:
協奏曲〜ハープシーコードと小管弦楽の為の(1952)
バラード〜トロンボーンと管弦楽の為の(1940)
バラード〜ピアノと管弦楽の為の(1939)

クリスティアーノ・ジャコテ(ハープシーコード)
アルミン・ロジン(トロンボーン)
セバズティアン・ベンダ(ピアノ)
フランク・マルタン(指揮)ローザンヌ室内管弦楽団
(VOX-ワーナー LP 国内盤)



1972年のセッション録音。商品価値を上げる為の小細工のない、安定していて心地よい録音だ。
地味で堅実な性格だったというマルタンにふさわしい。

曲は、3曲とも不思議な既視感をもつ。
似ているといえば、ラヴェルっぽい響きだが、どこか違う。
つまり聴き易く、この時代の音楽にありがちな聴くのをやめたくなるような音響実験は一切ない。
安心感と安定感。いや、これが彼を有名にすることを妨げた要因なのかもしれないが。

ハープシーコード協奏曲はバッハ的なフレーズで満たされているのか、といえばそんな部分は聴き取れず、ただ急−緩−急というバッハも愛好したイタリアバロックスタイルと、カデンツァの入れ方にその時代へのオマージュを感じるのみだ。

トロンボーン・バラードはコンクールの課題曲としてピアノ伴奏で書かれたものの改作ということ。
7分の時間制限があった原曲を数パーセント拡大し、9分弱のコンチェルタンテになっている。
「フニクリフニクラ」を思わせるフレーズ(そんな話はマルタンは全くしていない)が聴かれるのが面白く、全体に高度な技法が盛り込まれているにもかかわらず、そのあたりがこの曲を親しみやすくしている。

ピアノ・バラードはフランスバロックの協奏曲、緩−急−緩−急のフォームを持っている。
新しいスタイルのフレーズもあるにはあるが、単純な主和音でそれを解決する部分が、むしろ新鮮だった。
こういうスタイルを「面白い」と思うか「工夫がない」とするかはもはや受け取る側の好みかもしれない。

マルタンは大戦の激動期を故郷の中立国スイスで過ごし、戦後なぜかオランダに移住し、終の棲家とするという不思議な行動をとった。
作品からは深い感動感銘はもてないながら、自分は3曲とも繰り返し聴きたくなる音楽に思えた。
いや、マルタンという名をきいて「あぁ、あの曲の!」という人などほとんどいないだろう。
それがもったいないと思う。

現代においても写実主義をとっていた画家、アンドリュー・ワイエスの言葉を思い出す。
「人生とはもっと真面目なものだよ」・・・これは刺激的な流行にのる現代画家達にに向けたひとこと。
マルタンにも共通するポリシーを感じている。

posted by あひる★ぼんび at 13:32| Comment(0) | 音楽

2017年09月24日

DG企画のプライ・モーツァルト・リート集

「私はモーツァルト歌手とか、シューベルト歌手とか、そういう言われ方は好まないし、そういう方向をとるのは望ましくないと思っています。これは学生達にも常日頃言っていることです。」
プライはたびたび、インタヴューでそう言っていた。
プライは幅広いレパートリーの持ち主。
しかし、知名度の低い曲なのに頻繁にステージで披露していたものと、有名曲なのにほとんど歌わなかったものがある。
これは芸術的価値を値踏みせず、自分の声に合っていて、歌いたいかどうかを基準にしていた為でもあろう。
プライはフィガロとパパゲーノの大当たりで、上記の彼の発言にもかかわらず、しばしば「モーツァルト歌手」と呼ばれてしまった。
冷静に考えてみるとプライはそれほどモーツァルト作品に取り組んではいない。
プライのカヴァリエ・ハイバリトンの声質ではモーツァルト作品では活躍できないからだ。
持ち役としては「フィガロの結婚」のアルマヴィーヴァとフィガロ。アルマヴィーヴァはキャラが合わず、フィガロは声域が合わない。そもそも、本来のプライフィガロへの好評は「セヴィリアの理髪師」の方だったはずなのだが・・・。
「恋の花つくり(偽の女庭師)」のナルド。しかしこれはあまりにも作品がマイナーで上演回数が少ない。
「コジ・ファン・トゥッテ」のグリエルモ。これは真に当たり役と言えそうだ。しかし、アンサンブル主体の作品なので地味で通好みで、彼のエンタメ性は発揮しきれていない。セッションではヨッフムと1度きりの録音だったが、ステージではベームらと毎年複数回演じていた。
「ドン・ジョヴァンニ」のジョヴァンニ。キャラ的にはレポレロもいけたが、低すぎてステージでは不可、ジョヴァンニも彼の喉には負荷があったようだ。ステージは60年代は多かったようだが、セッション録音は抜粋のみが残されている。
そして「魔笛」のパパゲーノ。自由に羽ばたく鳥人を演じるプライはいつも生き生きしていて、これは大当りだった。ステージ数はあったものの、残された記録録音はそれほど多くなく、公式録音も1度きりだった。
また、本体が失われたジングシュピール他からのカノンや重唱曲はとりあげることがあり、アルバムも残している。その他、ミサ曲やアヴェヴェルムなどは時折歌っていた。
さて、リートだが…モーツァルト自身、30曲前後しか書いていないこともあるが、フィリップスのリートエディションとDG以外にはアルバムがない。しかも、リサイタルでも取り上げることがほとんどなかった様子である。

これは想像の域だが、プライが考えるモーツァルト像というものがあって、ほとんどのリート作品は幾分そこから乖離していたのではないだろうか。名作として知られる「ラウラに寄せる夕べの想い」「別れの歌」「すみれ」「夢に見る姿」「クロエに」他数曲を除いては、あまりにも説教的な歌詞・解説的な音楽である。
中には発表の時点でモーツァルト自身が著作権放棄ともとれる行動発言をした曲もあり、概ね作品への愛情そのものが希薄だったようなのだから、まあ、数百年たった現在の扱いがどうなろうと、モーツァルト自身は与り知らぬことだろう^^;
プライにしてみれば自己の感性と同化共鳴させづらい曲が多かったのかもしれない。
(ハイドンをほとんどとりあげなかったのも同様理由かと思われる)
デムスのハンマーフリューゲルで録音したリートエディション第1巻のものは、有名曲を厳選してはいるものの曲数が少なかった。すぐにまたEMIあたりにまとめて録音するかとおもいきや、そうはせず、1975年11月にDGに録音をした。

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モーツァルト:リート、アリエッタと小カンタータ(全17曲)
  ヘルマン・プライ(バリトン)
  ベルンハルト・クレー(ピアノ)
  越智 敬(マンドリン)

(DGポリドール  国内盤)
 




このアルバムは同社のモーツァルト全集の為の企画で、エディト・マティスと分担して歌い、1枚づつのリサイタルアルバムとしてリリースされたものだ。先に録音されたマティスと有名曲を分け合うことになり、プライの方はほとんど「フリーメイソンの為の楽曲」アルバムの様相を呈している。
いくら彼でもそういった作品で聴衆を楽しませるのは無理である。
しかも、ピアノは共演回数の少ない(というか初?)ベルンハルト・クレー。誠実な弾きっぷりではあるが息ぴったりというわけにはいかなかったようだ。
プライ自身もかなり不調な様子で、曲によって音程が上がりきらなかったり、逆に上ずったり、苦戦している。
フィリップスのように空気感を生かし幾分ブライトな録音ならまだしも、LPの印象ではやけにオンマイクで声の音像が鮮明ではあるが固く大きい。
この点はCD化された時にいくらか改善されたように思えるけれど、ここまで不利が揃ってしまったアルバムも珍しかったかもしれない。それでもプライ唯一のモダンピアノによるモーツァルトである。
残してくれただけでもありがたいことだとは思う。また、約8分弱の小カンタータ「無限な宇宙の創造者を褒め称えよ」は堂々としていて、プライの表現のバランスが見事な立派な歌唱だった。

こちらはマティスのものと合わせてリマスターし、1枚にまとめたもの。
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モーツアルト:リートとアリエッタ(全28曲)
エディト・マティス(ソプラノ)
  ヘルマン・プライ(バリトン)
  ベルンハルト・クレー(ピアノ)
  越智 敬(マンドリン)
(Eloquence DG ドイツ輸入盤)





モーツァルト全集からマティス13曲、プライ15曲の抜粋でランダムに組み替えられている。
プライのフランス語歌唱が聴けた「寂しい森で」と、先に書いた立派な小カンタータが省かれているのが残念だが、元々同一企画なので、この形での違和感はない。クレーのピアノは、やはり奥さんのマティスとのほうがぴったりしている^^

できれば80年代あたりにどこかのレーベルにモーツァルト・アルバムを再録音してほしかったが、そうしなかったのは、やはり気持ちの中に「求める世界は他にある・・・」という意識が強かったからだろうか。
今となっては望んでも叶わないことである。


posted by あひる★ぼんび at 23:29| Comment(0) | プライ

2017年09月19日

思い出のレコードからC〜ランパルのモーツァルト

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W.A.モーツァルト:
フルート協奏曲 第1番、第2番
フルートと管弦楽の為のアンダンテ

    ジャン・ピエール・ランパル(フルート)
    テオドール・グシュルバウアー(指揮)
    ウィーン交響楽団
(エラート LP 国内盤)



これは1967年のレコード。
日本コロムビアの「デ・ラックスシリーズ」といういわば企画品で、定価は2500円と書かれている。

レコードの値段は基本的にずっとこれぐらいの価格で、それは現在のメディアにも引き継がれているわけだが、厚生労働省の統計資料ではこの頃の一般サラリーマンの月収は36200円(標準的手当込、課税前)ただし、現在の月収平均を35万前後とした、かなりお役所らしいありえない数値のものなのだが・・・
いずれにせよ「レコード」というものがいかに贅沢品だったかがわかる。

それは趣味としていた人にとっては「蔵書」であり「宝」である。
これ以前からジャケットを簡略化して値段を数百円下げたものや、大胆に半額にした「廉価盤」もあったが、それらはいくぶん盤質にむらがあって、50年経過した現在ではザラザラと針音を生じさせてしまうものも出ている。
明らかに価格をおさえる方向を間違えた為なのだが、まあ、それは当時は将来のことなどわからなかったろう。1000円だって充分高価な買い物だったわけだからもう少し考えるべきだったのでは?とも思う。

70年代の高度成長は大きく経済状況を変えた。
自分自身が小遣いでレコードを買い始めた頃(1973年以降)には廉価盤の質も向上していたし、
70年代おわりともなれば海外盤が専門店で国内盤より安く入手できるようになり、まるで様相が違ってきた。
無産階級の中高生にはありがたいことだった。
しかし、一種のグローバル化と技術革新の競争過熱は、80年代のLP終焉に向かって一直線。
「進化」と「簡略化」と結果としての「商品としての魅力の低下」へ進んでしまったようだ。
CDの登場が止めをさしたのは確かだが、それだけが原因ではないように思う。

ともあれ、これは輝かしいLP全盛期の一枚。
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布張りの上製本仕様、26ページの分厚い解説書の紙質も印刷も高品位で、50年たった今も劣化していない。解説内容そのものは時代なりだし、まるでエッセイなのだけれど…縮小されてはいるが、全曲のスコアも収録されている。
盤はさすが限定仕様、レーベル部分もエッジも丁寧な仕上げで、材質起因のノイズも少ない。うちの保管が良かったというより、紛れもなく製品の水準の高さなのだと思う。

当時の若手指揮者のホープ、グシュルバウアー(録音時27歳)の演奏もまた時代を反映したロマンティックな解釈で、この曲にしては大きめの編成のオーケストラを優雅にドライブている。
すでに大ベテランとして君臨していたランパルのフルートも鮮やかで伸びやかだ。
ランパルの演奏は、フルートを愛好する人たちから少々荒いと言われがちだったようだが、こういう古典曲をダイナミックに演奏する際の手段でもあったのだろう。
ここでのランパルの演奏は違和感を感じないどころか、最近の「ピリオド」では味わえない生気がある。
思えば、この頃は学問や理屈より感覚が優先されていた、音楽を素直に楽しむには良い時代だったのだろう。
こういう伸びやかな演奏を改めて聴くと、現代の環境が「音楽を楽しむ人」「音楽を豊かに表現できる人」を生むのか、ちょっと疑問になる。
もちろん、これを初めて聴いた小学低学年の頃はそんなことは考えようもなく、比べる材料もなく、美しくなぜか少し寂しげな(時にちょっと眠くなる^^;)音楽だと捉えていた。
とにかく刺激だけが楽しみではないことを、穏やかに教えてくれる演奏だった。
中学時代、仲良しにフルートをやっていた友人がいて、彼はランパルはあまり好きではないと言っていた。大御所マルセル・モイーズの数少ない録音が、彼の心の師匠だったようだ。
時々、2番のコンチェルトの部分的なパッセージやドップラーを吹いて聴かせてくれた。
心からスッゲーッと思った^^
それもまた、大切な思い出だ。


posted by あひる★ぼんび at 23:27| Comment(4) | 音楽

2017年09月04日

組曲「占星術」(!?)

1914年から1916年、星にまつわる神話を題材に、第一次世界大戦の頃に書かれたのがホルストの「惑星」。
この曲がレコーディングされるようになり、まれに演奏会にもとりあげられるようになった(ホルスト自身が抜粋演奏や編曲を厳しく禁じていたせいで実演が困難だった)のは1960年代以降。
東西世界の宇宙開発が活発になった時代だったので、一般の人はその「惑星」という題名から「占星術・神話世界」ではなく「宇宙」をイメージすることになった。
発売されるメディアのアートワークのほとんどが天体なのだから、なおさら。この(恐らく意図した)誤認が「大当たり」となった。
もし、ホルストが作曲意図通りに題名を「占星術」とかにしたならば、現在の人気はありえなかったろう。
星に託された神々の伝説は、各惑星の「ビジュアル」のインパクトからは遠い。
よって、オーケストレーションは凝っていて楽器の種類も多いが大げさではなく、概ね地味な使い方をしている。壮大か精緻か、アプローチ変更の余地はあるとはいえ、映画音楽的世界を期待するには曲の構造がサービス不足、それを求めるとおかしなことになるだろう。
しかし、1950年代終わりから1960年代の初めの、有名指揮者の演奏は案外とエンタメ性が高い。
この時代の物としては、作曲家のスタイルを尊重して手堅く描いた初演指揮者でもあるボールト、禁を破って曲に手を入れ、かゆい所に手が届く(!)ストコフスキー、明晰明快に磨き、耽美的なカラヤン、この3点が典型と言えるかもしれない。

カラヤン&ウィーンフィルの「惑星」を久しぶりに聴いた。
1961年に録音され、60年代から80年代までのアナログオーディオ全盛期に名盤として君臨した1枚だ。
オリジナルのLPは中学の頃購入したが、とっくの昔に処分してしまったので、しばらく耳にすることがなかった。CDも一時期持っていたが、それも手放した。
…自分の中ではその程度の価値感覚だったのだ。曲自体、好きとまでいえない状態だったので、余計だろう。当時、面白いと思えたのはTVの洋画劇場のエンディングテーマだった「木星」とたんたんたぬきに似ている「天王星」ぐらいだった。「半端にわかりやすい音楽」が苦手だったのかもしれない。これは子どもの頃からそうだった。同じ時間を鑑賞に費やすなら、ディーリアスやシベリウスのほうがずっと好ましかったのだ。

これを久々に聴いた理由はBlu-layオーディオ化されたものを入手したからだ。
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ホルスト:組曲「惑星」op.32
   ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮)
   ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
   ウィーン国立歌劇場合唱団

(ユニバーサル・ハピネット Blu-rayAudio 国内盤)



ブルーレイディスクに96kHz/24bitと192kHz/24bitのリニアPCM音声を収録している。
2Lレーベルに比べると少々半端なハイレゾだが、うちのチープなシステムでは充分だ。
ってか、これでもちゃんと再生できているのか確証が持てないけれど^^;
が、まあ、不満はないからいいのか。 アナログLP的なまろやかさの中、スクラッチにびくびくすることなく暖かな豊かな音が聴けるわけで、本当に良いメディアだと思う。
細部のパートの音まで聴き取れるのは、この年代のデッカの録音技術も高度だったということだろう。
LPではノイズに消され、CDでは決して気付けなかった音列が蘇っている驚異があった。
そういう発見は「金星」や「海王星」など、特に弱音主体の部分で顕著なのだ。
全体を通して、この時代のカラヤンのすっきりテンポがとても心地良い。粗野さを残したウィーンフィル、アナログ時代らしく、ヴォリューム操作で多少平坦化している以外は小細工がなさそうな録音…そんな中で素朴なエンタメ性が楽しめる。
考えてみれば、1960年代位まではどこのオーケストラもそこそこラフで、また、指揮者の「オレ様度」によって音楽が変容するのが何よりも面白かったものだ。
高度な専門教育を受け、技術的にも磨かれた演奏家達が、最新の技術の元でスマートな演奏を繰り広げている現在。それはそれで良い事なのだが、この時代の流れは、ノイズや人間的な疵と共に、覇気と生き生きとした力まで割り引いてしまったのかもしれない。
こういう最新メディアのひとつの形が忠実な過去再現だとしたら、それはそれで歓迎するけれど、結局過去は過去。すでに化石となったものは蘇って動いたりはしない。新しい覇気がほしい今日この頃だ。
音楽を聴きながら、そんなことを考えているなんて、いやあ、自分も歳をとったものだなぁ・・・。

posted by あひる★ぼんび at 23:43| Comment(2) | 音楽

2017年08月27日

キャンプ報告会2017

今年のキャンプの「まとめ報告会」。
キャンプの終着駅直前、これであとは文集製作を残すのみとなる。
毎年、参加者数の縮小が記録更新されてしまって寂しい限り。
でも、少人数なりに楽しく過ごせたようで良かったと思う。

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中学生で実行委員長をつとめるというのは少人数キャンプとはいえ何かと大変だったろうが、プレッシャーがあることを感じさせない余裕の表情だったのが印象的。まゆ&けいは大物だ^^
8月初旬のキャンプ期間中、こちらはぐずぐずの天気だったので心配だったのだが、むこうはまずまずだったようだ。
こういう行事は天気の良し悪しが成功のカギでもあるわけで、とてもラッキーだった。

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現地には行っていないゆうたがDVD編集をしてくれて、楽しさを端的に提示してくれた。
言葉や写真では伝わらない部分を明らかにしてくれる貴重なアイテムだと改めて感じた。

今年は高校生大学生不在のキャンプになってしまったので、それだけでも厳しかった。
来年は、自分も参加できたらいいなと思う。
もしそれが無理でも、参加者があと数名は増えて欲しい。
そうじゃないと、企画自体が難しくなってしまうよ^^;

posted by あひる★ぼんび at 23:21| Comment(0) | 劇場

2017年08月21日

純粋な、真のファミリーソング

mer-shima.jpg「メルヘンをうたう」
ドレミの歌・チムチムチェリー・星の王子さま
スヌーピーの大冒険・虹の彼方・マルセリーノの歌
二人の天使・ヴィリアの歌・いつも夢の中で
オリバーのマーチ・こうして踊ろう・ママに捧げる歌

島田祐子(ソプラノ)
杉並児童合唱団 ニューサウンズエコー
ポリドールオーケストラ
(ポリドール LP 国内盤)




これを聴いたのは高校生の頃。
島田さんの歌声はずっと以前から聴きなれていたし、収録曲もいくつかの新しい曲以外は幼い頃から知っているものだった。
最初に新譜としてFM放送で流れた時の印象は、島田さんが歌うと全部が「みんなのうた」テイストになるのだな、ということだった。
その声は、後年以上に若く伸びやかで気負いも感じない。
当時、「ベルカントの観点からは・・・」とか「本格的なオペラ発声としては」とか、色々難しいことを言う評論家はいたようだが、彼女の日本語の発音の自然さは、当時のクラシック系ソプラノ歌手随一だったと思う。
オペラの発声はこうでなければ、なんてものは本来ないのだし、そもそもここに収録している種類の歌のほとんどはオペラ発声は似合わないし、それを採用するのは音楽的ではない。日本人に向けて歌うのであれば、しかも楽しさを伝えようというのであれば島田さんの解釈はベストだ。何しろ歌えないのではなく、表現上の選択なわけで。

自分自身、当時から歌謡曲よりフォーク・ロック、それよりクラシックが好きであり、子どもの歌やミュージカルナンバーも好きだったから、このアルバムの収録曲は特に親しみを感じるものだった。
アレンジはクラシカルなポップス、つまり典型的なホームミュージック。
曲によってはメロディそのものが唱歌風に大きく変えられているものもある。
フンパーディンクの「こうして踊ろう」は元のメルヘンオペラの枠を飛び越えて、幼児用の歌集で見かけるお遊戯用改変版。「あしぶみトントントンそのてをパンパンパン」…ちょっと気恥ずかしい感じだ^^;
だが、19世紀にジルヒャーが「菩提樹」を改変し日本をはじめ世界ではそちらのほうが有名になった例があるように、良い編曲は曲に新たな生命を与えるものだ。品位を失わない範囲で主旋律を抽出してわかりやく覚えやすくするのは悪いことではない。

歌詩については岩谷時子氏による「ヴィリアの歌」などは、原語のオペレッタを聴いてもこちらを口ずさみたくなるほどぴったりきている。
「ヴィリアおおヴィリア森の美女、麗しの面影よ ヴィリアおおヴィリア命でも君の為なら・・・」
原詩の物語の流れをそのままうまく日本語にあてはめるこの手法は見事だ。
また、あらかわひろし氏による「チムチムチェリー」や峰陽氏による「オリバーのマーチ」はNHK教育の歌番組で聴き慣れたバージョン。
そしてペギー葉山さんの才気溢れる名作詩「ドレミの歌」・・・元々名曲だが、日本語歌詞が更なる永遠の生命を与えた名作だ。
「虹の彼方に」や当時の最新曲「星の王子さま」も収録され、これらも実に見事なはまり具合だと思う。
ダニエル・リカーリの世界的ヒット「二人の天使」、あのダバダ〜ダバダバダバダバ〜は本家を髣髴とさせる。より純度が高く感じたのは彼女の声質からだろう。

このアルバムがCD化されているかどうかは確認していないが、今では半ば忘れられた存在になってしまった感がある。
そうしてしまうのはもったいない、上質の、本気のファミリーアルバム。
ここから聴こえてくる純粋な、真のファミリーソングが完全に「過去のもの」になってしまうとしたら、今は何とさびしい時代なのだろうと改めて思った。

島田さんにはこのLP録音当時、こうもりのアデーレ役や学生王子のケティ役で生の歌に接することができた。
また後には仕事でもお会いすることもできた。
早期にステージを引退し、情報は何も入らなくなってしまったが、引退後は後進の指導にあたっているときく。
いつまでもお元気でいてほしい。
posted by あひる★ぼんび at 23:42| Comment(4) | 音楽

2017年08月12日

「ハンガリーの三羽烏」そろい踏み

「ハンガリーの三羽烏」・・・クラシックファンでこう聴いて、「ああ、あの…」と思うのは自分と同世代以上だろう。
ラーンキ・デジュー(1951- )
コチシュ・ゾルターン(1952- 2016)
シフ・アンドラーシュ(1953- )

共にハンガリー国籍、1950年代前半生まれのピアニスト。
ハンガリーの状態が安定をとりもどした70年代、ほぼ同時期に初来日を果たし、それぞれ端正で若々しい演奏でファンを獲得した。
チェコの同世代ヴァイオリニスト、ヴァーツラフ・フデチェク(1952- )もそうだったが、3人の中では特に、個性的過ぎない爽やかルックスのデジュー・ラーンキが若い女性たちを虜にしていた。
来日してすぐ、ポップスターでは当たり前の「ファンクラブ」結成もあり、また、サイン会・握手会も数多く開催されていた。
当時高校生の自分は、男子であるし、ほかに聴きたい演奏も数多かったので、「話題のひとつ」的な捉えかただったし「アイドル展開」にメーカーの売らんかな意識を感じて、抵抗感もあった。しかし、それを越えて、中高年演奏家ばかりのクラシック音楽の世界に彼らのような「新しい風」が起こっていることは嬉しかった。
「年寄り音楽を聴いて面白い?」
そんなことをよく友人に問われることが多く、ある意味「好きなものは好き」としか答えられないはがゆさと面倒くささがあったので、彼らのように見た目から美しいスター性、アイドル性は本当に貴重な救世主に思えた。

さて、この盤。

hung-lks.jpgモーツァルト:
2台のピアノのための協奏曲(第10番)
3台のピアノのための協奏曲(第7番)

   コチシュ・ゾルターン(ピアノ)
   シフ・アンドラーシュ(ピアノ)
   ラーンキ・デジュー(ピアノ)
   フェレンチク・ヤーノシュ(指揮)
   ハンガリー国立管弦楽団
(フンガロトン LP キング国内盤)


のちにコチシュはフィリップス、シフはデッカと契約しているが、このデビュー時点では3人とも同じフンガロトンレーベルだし、レパートリーも共通しているので、特に共演に困難はなかったはず。しかし案外こういう企画はされず、ラーンキとコチシュで分担して弾きわけたモーツァルト独奏曲集などはあるにはあったが、3人そろっての共演盤は珍しかったと思う。
この盤でのパートは第1がラーンキ、第2がコチシュ、第3がシフである。
ほぼ均一のタッチと音色で、全体に颯爽とした演奏だ。
ハンガリーのオーケストラは明るい響きではないので、そこはうまくバランスが取れているし、フィレンチクもツボをおさえ、若者達のテンポ感をコントロールしている。
決して能天気に空虚にならないし、全体の「歌心」が心地よく、すべては「あれ、もう終わり?」と思ったほど弛緩なく軽やかに駆け抜ける演奏だ。緊張感ではなくシンパシーで聴かせてしまうのはまさに「若さの特権」なのだろう。
同時期にこれだけの才能ある奏者が現れたのは奇跡の様だった。
これがハンガリーでなくアメリカだったら大宣伝だったかもしれない。
結果的に聴く人数は制限されることにはなったが、消費されることなくショービズの餌食になることなく、3羽の烏がハンガリーを中心に飛び続けることができたのはラッキーだったと言えそうだ。

この3人、その後の歩む道はそれぞれだった。

シフはソリストとしてはシューベルト演奏に定評があるし、リート伴奏者として多くの歌手に信頼を得ている。室内楽への参加も多く、また現代音楽の世界にも踏み入っている。
コンサート、メディアの数では3人の中で一番の知名度といえるかもしれない。
極端に内向的に聴こえることが多いので、時折聴くのが苦しくなることがあるが、自己のスタイルを完全に確立しているのがわかる。

コチシュは早くから指揮者・編曲者としても活躍の場を広げていて、演奏スタイルは積極性が強かった。
テンポを速くとることが多く、歌いすぎない。ある意味シフの対極かもしれない。
指揮もピアノ演奏もキビキビとした音楽運びが力強く、心地よいものが多かった。去年、64歳というまだまだ活躍できる歳で亡くなったのが惜しまれる。

ラーンキは2人に比べると中庸温和な雰囲気だ。誠実で崩しのない演奏が、曲によっては物足りなくなりそうだが、案外とシューマンなどには名演も多い。
また、室内楽にも良い適性を聴かせてくれていた。デビュー時の(日本での)スタートダッシュ的売り込みは、むしろ彼の本質ではなかった。
彼は最近も来日し、演奏会を開いている。
その公演は衰えのない鮮やかな演奏、綺麗に歳を重ねた容姿、「美青年の演奏家」という思い出を裏切らないものだったと聞いている。

彼らの若き日、青春の記録。もう2度と3羽が揃うことは叶わないが、ジャケットの笑顔同様、微笑みを交し合うような音楽は永遠である。

posted by あひる★ぼんび at 23:31| Comment(2) | 音楽

2017年08月11日

あの空

あたりまえだったことががあたりまえでなくなることがある。それはもう色々と実感している。
僕は今年もこどもキャンプにいけなかった。
30数年ずっと重ねてきた夏の恒例行事だが、こんなふうにブランクができてしまうと、どこか「リアルタイム」から「思い出」に変化しているのを感じる。
ずっと並列だった過去と未来が、整理され並べなおされていく。
歳を重ねるというのはこういうことなのか・・・まだ先はわからないけれど。

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金峰は良い山だが、最初の現地下見以来、登っていない。
持病を抱えたここ20年は、何となく体調とにらめっこしながら、無理は避けてきた。
いつも中腹のキャンプ場から山頂を眺めて、「またいつか登りたい」と思った。
だが今は、「またいつかキャンプに行きたい」と思っている。
夢が小さくなったわけではないが、それもまた、しかたないこと。

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来年も10年後も、あの場所の空の色はきっと変わらないだろう。
大丈夫だ。焦ることはきっと、何もない。

posted by あひる★ぼんび at 17:48| Comment(0) | 日記